雨をつれてくる男   作:破月

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原作本編にちょっと触れる程度の、季節の過去話。
前回の煉獄槇寿郎編に続き、今回は胡蝶カナエ編。
相変わらず捏造が激しいです。
過去話は人選を変えて、もう少し続きます。
もうしばらくお付き合いください……。


過去話(オリジナル展開)
しのぶさん視点から原作軸


弐拾壱 作り雨

「季津さんからは、雨の匂いがするよね」

 

 

 まだ隊士でもなく、狭霧山で修行中の身だった頃の話。季津さんに打ちのめされた俺に、直した方がよいところを指摘し終えた真菰がそう言った。

 

 

「優しい、(やさ)しい、雨の匂い。私たちはみんな、あの人の匂いが好きなんだ」

 

 

 また、不思議なことを言い出した、とその時の俺は思っていた。()()()とはいったい誰の事だろうか、と。今はその正体が分かっているけれど、あの時は訳が分からなくて、曖昧に頷くことしかできなかった。

 

 

「炭治郎は、季津さんの匂いは嫌い?」

 

 

 俺の顔を覗き込むようにして、真菰が聞いてくる。けれど、そもそも、俺は季津さんから何かしらの匂いを嗅ぎ取ったことは、一度もない。真菰もそうだけど、あの人からは何の匂いもしなかった。それを正直に言えば、そんなことないよ、と真菰は言う。

 

 

「気付いてないだけで、炭治郎だって感じてる」

 

 

 ふわり、と。真菰が笑うと、木立がざわめいた。まるで、他にも誰かいるかのように。

 

 

「みんなも言ってるよ?“炭治郎は鈍いなぁ”って」

 

 

 そんなことを言われても、分からないものは分からない。気付いていないだけ?俺は何を見落としているというのだろうか。うーん、と唸り空を仰ぐ。生憎、霧に覆われて空は見えない。晴れているのか、曇っているのか。どちらにせよ、そろそろ青空が見たいなあと、そんなことを考えた時だった。

 

 

「あ、ほら」

 

 

 サァッと。ほんの一瞬だけの、肌を撫でていくような雨が降る。その割に雨の匂いが濃くて、思わず肺いっぱいに空気を吸い込んだ俺に、真菰が一点を指さして言った。

 

 

「季津さんが来たよ」

 

 

 ――――雨をつれて。

 

 

****

 

 

 胡蝶カナエと季節津衣鯉の出会いは、まるで、現代で言うところの少女漫画の様だった。

 母から頼まれたお使いがようやく終わり、日も暮れてきて早く帰らねばとカナエの気は急いていた。速足が小走りになり、ろくに確認もせずに角を曲がった。その時に、ドンと。思い切り何かにぶつかって、尻餅をついた。

 買ったものが地面に散らばる。ごめんなさい、と反射的に出てきた謝罪の言葉。ぶつかった何かは、いやいやこちらこそ、と言う。目の前に、人の足があった。

 

 

「俺もろくすっぽ前を見ていなかったから、御相子さ。それよりも、随分と勢いよく後ろに倒れてしまったが、怪我はないかい?」

 

 

 それは、春から夏へと変わる頃のことだったように思う。その新緑色の目が鮮やかで、夕暮れの街並みに朝焼け色の羽織がぼんやりと浮かんでいたことを、はっきりと覚えている。

 カナエはまだ十にもなっていなくて、よくある、恋に夢見る少女であった。そして、その夢見ていた恋が目の前に転がってきたのが、この時だ。妹は独り歩きを覚えて、意味ある言葉を話すようになってきたばかり。両親はもちろん健在。親子仲睦まじく幸せに暮らしていた。そんな、ありきたりで、とても大切な日々の中に。

 

 

「お手をどうぞ、お嬢さん」

 

 

 “運命の人”が現れたことを、カナエは幼心に、確かに感じていた。

 

 

**

 

 

 散らばってしまった荷物を手分けして拾い集めていると、空はすっかり暗くなってしまった。一人で帰るのは危ないから、と言われ、その人が家まで送ってくれることになった。

 お使いで買った野菜などを片手にまとめて持ち、空いた片手でカナエの手を握ってくれた。それが嬉しくて、顔が綻ぶ。とりとめのない話をしながら歩いていると、空に星が輝き始めた頃に、家に着いた。

 

 

「すっかり遅くなってしまったね、ご両親も心配してるだろう」

 

 

 その言葉通り、家の明かりが見えてくると同時に、両親が青い顔で玄関口に立っているのが見えた。カナエの帰りが遅かったからだろう。母の腕の中にいる妹に至っては、もう一度泣いた後だった。目尻を真っ赤に染めて、ぐずぐずと鼻を鳴らしている。

 そんな家族を見たカナエは、辛抱たまらんくなって駆けだした。繋いでいた手が、するり、と解けていったのが少し名残惜しい気がしたけれど。しゃがんで両手を広げた父の腕の中に飛び込み、ただいまと言えば、おかえりと震えた声が返ってくる。温かな父の腕の中は、酷く安心した。

 ねぇちゃ、と舌っ足らずな声が聞こえて顔を上げる。妹が、母の腕の中から落ちそうになるほど必死に小さな手を伸ばしていた。それがとても愛おしくて、場違いにも笑みをこぼしながらカナエも手を伸ばした。

 

 

「ご心配をおかけしてしまって、すみません。娘さんの帰りが遅くなってしまったのは、俺のせいです。なので、娘さんのことは叱らないであげてください」

 

 

 しばらくの間、家族で戯れていると、カナエを連れて帰ってきてくれたその人がそう言った。その人の事がすっかり頭から抜け落ちていたカナエは、父の腕から慌てて飛び出し、その人が持つ荷物を受け取りに戻った。その後ろを、父がのんびりとした足取りでついてくる。

 

 

「お使いも終わって早く帰りたかったんでしょうね。俺も不注意だったんですが、角の道で思い切りぶつかってしまって」

 

 

 すみません、と。もう一度そう言って頭を下げたその人に、父がとんでもない、と肩をすくめた。

 

 

「こちらこそ、すみません。わざわざ娘に付き添っていただいて…本当は私か家内が付いていければよかったのですが、生憎どちらも手が塞がっていて……。この子は歳の割に賢い子ですので、一人でもお使いに行けると言って聞かず、私たちもそれに甘えてしまったんです」

「確かに、しっかりした娘さんですね。頼ってしまう気持ちも、分かる気がします」

「いやはや、お恥ずかしい…」

 

 

 暗闇でもわかるほど、顔を赤くした父が珍しい。両手いっぱいに荷物を抱えて見上げていると、父の手がカナエの頭に伸びてきた。

 

 

「今日はありがとうございました。もう日も暮れましたし、もし、今晩の宿がお決まりでなかったら、うちに泊って行ってください」

 

 

 娘もきっと、喜びます。そう言って笑う父と目が合って、カナエはポッと頬を染める。おやおや、と笑い交じりの声が頭上から降ってくるので、それから逃げるように母のもとへ向かった。片腕に妹を抱え直した母も、そんなカナエを見て笑っていたが。

 

 

「――お気遣いは大変嬉しいのですが、」

 

 

 不意に。カナエは空気がひりつくのを感じた。

 

 

「これから少し、用事がありまして」

 

 

 柔らかな笑みを浮かべるその人から、ひりひりとした何かが漂ってくる。肌を軽く火傷したような、そんな感覚。――数年後に、これが殺気だったと気づき、随分と加減されていたのだと知るのだが。

 

 

「また、近くに来ることがあれば、寄らせて頂きますので」

 

 

 今宵はこれにて。

 どこからともなく取り出した狐のお面を顔につけ、どろん、とお道化たように言う。そして、ぶわり、と。雨が降るとき特有の湿気を含んだ風が吹き、その姿は瞬きのうちに消えていた。家族そろって、その人がいた場所を凝視する。そこには、香り袋が四つ、置かれていた。

 

 

「……山の神様の御使いだったのかしら」

 

 

 ぽつり、と。母が溢した言葉が、とても印象的だった。

 

 

****

 

 

「津衣鯉!どこに行っていたんだ、探したぞ」

 

 

 暗闇に、(ほむら)が浮かんでいる。やや呆れた表情で、しかし安堵の色を隠しもしない。

 

 

「あ?何?一人で寂しかったんです?ハッ、情けねぇの!」

「お前な……心配したんだそ、こっちは」

 

 

 ――心が悲鳴を上げてるだろうに、他人の心配とはご苦労なことだ。その心労を与えているのが自分だと、分かりきっていながら他人事のように、そう思う。

 

「頼んでもねぇのに、そいつぁどーも!」

「……茶化すな、やめろ、お前らしくもない。何かあったと言っているようなものだぞ?」

 

 

 ゆらり、ゆらり。燻るように炎の羽織が揺れている。

 

 

「――――()()()()()

「…嘘ではなかろうな?」

「ああ…、何も起きちゃいなかったよ……()()()()、な」

 

 

 ただ、来るその日に思いを馳せた。

 

 

****

 

 

 それから数年後、カナエは両親を失い、妹と二人だけになってしまった。助けに来てくれたのは、悲鳴嶼と。

 

 

「……遅くなってごめん、ご両親を助けられなくて本当にごめん」

 

 

 あの日、カナエの手を引いて、家まで連れ添ってくれたあの人だった。

 

 

****

 

 

(胡蝶しのぶ)

 

 どういう流れでそうなったのかは知らないけれど。姉さんが穏やかな声で、我妻君に昔のことを話して聞かせていた。

 それを、私は、戸口に背を預けて聞いていた。季節さんは来客があったため、客間にいる。無理はしないでほしいが、話をするだけなら、と個室を出ることを了承した。

 

 

「両親が鬼に殺されて、私としのぶだけが生き延びた。助けに来てくれた悲鳴嶼さんと津衣鯉さんには申し訳ないけれど、最初の頃は酷く恨んだわ。“どうしてもっと早く来てくれなかったの?もっと早く来てくれたら、お父さんも、お母さんも、助かったかもしれないのに”って」

 

 

 確かに、と頷く。私もそう思った。姉の手を引いて帰ってきてくれた季節さんの姿を、幼いなりに覚えていたから。“あのお兄さんは、姉さんを、私を、守ってくれる人だ”と思っていたから。

 それはもう、激しく当たった記憶がある。今思い出すと恥ずかしすぎて、穴があったら入りたいと思うくらいには激しかった。挙げ句、怒り疲れた私は季節さんの膝の上で寝落ちした。幼児でもあるまいし、本当に恥ずかしい。

 

 

「津衣鯉さんは……弁解も、何も、しなかった。私の言葉に、その通りだと頷いて、深々と頭を下げるだけだった。それがあんまりにも潔くてね?一緒にいた悲鳴嶼さんも狼狽えて、困り顔になるものだから、なんだか気が抜けちゃって」

 

 

 その話は初めて聞く。私が寝落ちした後の話だろうか。それなら、記憶にないのも当然なのだけれど。

 

 

「へぇ……でも、ちょっと気になるんですけど」

「え?」

「いや、仇と言うほどでもないけど、恨んでてもおかしくない相手と――季節さんと、どうして婚約したのかなって」

「――――(ニコリ)」

 

 

 その質問に、姉さんは、何も答えなかった。

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