雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/20 加筆修正

前半が十数年前の話
中盤炭治郎視点から原作軸
那田蜘蛛山まで


参 秋の冷雨

 晩秋の、冷たい雨が降る日だった。

 鱗滝が薪割りを終えて小屋に戻ると、小屋から十歩ほど離れた位置に、その子供は立っていた。手足は汚れているが身なりは整っている。場所が場所なら、商人の息子と言って紹介されても納得ができる出で立ちだ。そんな子供は、一心に小屋を見つめていた。

 

 

「小僧」

 

 

 いつもより低い声で、脅しかけるように。興味本位でこの山に入ったのなら、さっさと送り返すのが一番いい。そんな思いで、鱗滝は子供に声を掛けた。弾かれたおはじきのように飛び跳ねた子供は、恐る恐る振り返る。そして、鱗滝の姿を認めると、天狗だ、と小さく溢した。

 ふむ、と面の顎を撫でて子供に歩み寄る。子供は大きく目を見開いているが、逃げる様な事はせず、その場で鱗滝が近づいてくるのを待っていた。あと一歩詰めれば手が届く、というところで、鱗滝は足を止める。

 不意に、子供の方から湿った土と、草の香りが漂ってくる。覚えのある匂いだな、と鱗滝は思った。面越しに子供を見下ろすと、新緑の瞳と雨上がりの空に似た髪が目に入る。その瞬間、脳裏を過ったのは一人の男の顔だった。――ああ、そうか。この匂いは、雨の匂いだ。

 

 

「こんな所で何をしている」

「探しモノをしていて」

「見つかったのか」

「はい」

「それなら帰るといい。親御さんが心配するだろう」

「親はいません、鬼に喰われました」

「……、」

 

 

 何の迷いもなく言い放たれた言葉に、思わず口ごもる。

 

 

「遠戚の者だと言う人が来ましたが、生憎、とんと覚えのない苗字に名前でして。……実際遠戚でも何でもなかったんですが」

「それは、」

「なのでお帰りいただいたところ、夜襲に遭いまして。結果、追い出されました」

「何と言うか……」

「あまりに腹に据えかねたので、財産は一切焼き払ってやりましたけどね!!」

「無駄に行動力のある…」

「それが自慢ですから!」

「自慢せずとも良い」

 

 

 有り余る行動力の使い方が、どこかズレているように思う。もう少し建設的な使い方をして欲しいものだ。そして、そいういう所が、あの男に似ていて。

 

 

「ところで天狗さん」

「なんだ」

「俺を鍛えてくれませんか?源九郎何某が鞍馬の天狗に鍛えられたように。天狗に鍛えられたら、きっと俺も――――鬼を殺せるようになりますよね?」

「――――、」

 

 

 清々しい笑みを浮かべて、殺伐としたことを言う子供だった。けれど、不思議と怒りや憎しみといった暗い感情の匂いはしない。感情の制御が上手いのか、それとも、知らぬふりをしているのか。

 

 

「…よかろう」

「うん」

 

 

 初めから、子供は分かっていたのだろう。鱗滝が、何を生業としてきたのかを。

 

 

「ありがとう、鬼殺しさん」

 

 

 分かっているからこそ、この山に足を踏み入れたのだ。それが、鱗滝左近次と季節津衣鯉(すえふしついり)の出会いだった。

 

 

****

 

 

(竈門炭治郎)

 

 骨折が癒えた頃、緊急の指令が来た。鎹鴉が姦しく、三人共々那田蜘蛛山へ一刻も早く向かえと言う。それを横で聞いていた善逸が真っ先に、何で上官がいるのに同行しないの?!と喚いていた。確かにとは思いつつ、上官こと兄弟子の顔を思い浮かべる。

 意外と筆まめな錆兎さんからの文に曰く、柱になってもおかしくない実力を持つらしい。同行してくれるなら、勿論それは心強いと思う。けれど、五年も寝たきりだったことを考えると頼みづらい。普通に考えて、刀を振るうのは無理だ。

 狭霧山で俺に稽古をつけてくれた、季津さん。もとい、季節津衣鯉さん。五年前に鬼から一般人を守って負傷し、最近まで意識不明だった人。意識がない間、魂だけの姿で彼方此方を巡ったらしい。体に戻ろうにも戻れず、それならと、最後に向かったのが狭霧山で、鱗滝さんの様子を一目見ようと思ってたらしい。そこに、俺がいた。それで、久々の弟弟子に嬉しくなって、稽古をつけてくれたんだとか。

 藤襲山で俺が鬼の首を斬ったのを見届けると、体に戻れたそうだ。不思議な話だと思う。それから、季節さんの匂いも不思議だ。湿った土と、草の匂い。――まるで、雨のような。

 

 

「俺は雨が好きだから、そう言われるのは嬉しいね」

 

 

 名前も“ついり”だし、と。“栗花落(ついり)”とは、梅雨に入ることを言うらしい。つゆり、とも読むらしいが、由来は栗の花が散る頃に降る雨から来ているのだとか。

 そんな名前だからか、季節さんが任務に出かけると、高頻度で雨が降るのだという。たまたまだと言うけれど、果たして本当にそうなのだろうか。実際、季節さんが命からがらこの家に転がり込んできた日も、雨が降っていたようで。だから周りから河童と呼ばれるのかもしれない、そう言って季節さんは笑った。

 

 

**

 

 

 よく晴れた次の日の朝、お婆さんと季節さんに見送られて、俺たち三人は那田蜘蛛山に向かった。急いで俺も後を追うよ、と季節さんは言っていたけれど、無理はしないでほしい。でも、昨日稽古してもらった時、普通に動けていたから、もしかしたら本当に追ってくるかもしれない。

 

 

****

 

 

 こきり、と。凝り固まった肩を鳴らす。藤の家には、季節とお婆さんの二人だけ。姦しい三人がいなくなると、不思議と静けさが身に染みた。

 久々の生身の体は重く、五年も寝込んでいたことを納得せざるを得ない。身軽な事が売りだったのに、と。ぼやきながら振った刀は、風に巻き上げられた落葉を真っ二つに斬り裂いた。鈍っているようでそうでもなさそうなのが救いだ。炭治郎に付き合って半年間、刀を振っていたおかげだろう。

 魂だけだっただろ、という突っ込みはいらない。

 

 

「……うん、」

 

 

 刀身を見つめ、頷く。持ち主によって刀身の色を変える日輪刀。季節のそれは、鋼の色を濁らせただけの濃い灰色だ。まるで雨雲のようで地味だ、もっと派手な色じゃないとつまらんだろう。そんなことを顔面が派手な男に言われたことを思い出し、少しだけ眉間に皺が寄る。

 季節自身はこの刀の色を気に入っているのだから、余計なお世話でしかない。

 そういえば、その派手男に、目を覚ましたことを知らせていなかったように思う。たまたま見舞いに来ていた錆兎にお館様への伝言を頼んだほか、誰にも知らせていない。もう一人の弟弟子にすら知らせていないことに思い当って、あー、と唸りながら頭を掻いた。

 

 

「……柱合会議に顔を出すのが手っ取り早いか」

 

 

 五年前、季節は柱を襲名することが決まっていた。柱になるのが心底嫌で断り続けていたが、ついに先手を打たれてお館様が触れを出したのだ。つまり、季節は退路を断たれた形になる。しかし、季節は任務で重傷を負って昏睡し、柱の襲名式が行われることはなかった。

 結果的に、季節が襲名するはずだった柱の名は、弟弟子二人に与えられている。一つの柱を二人で勤めるという、過去に例がない形での襲名だった。その事を話してくれたのは錆兎だ。申し訳なさそうな顔をしていたが、今更寄こせとは言はないので安心して欲しいと思う。

 

 

「概ね原作通りだしなぁ」

 

 

 日が暮れた空を見上げ、猫の背でも撫でるように刀の鞘を撫でながら笑う。

 

 

「俺は、お前たちが生きてくれているだけで、嬉しいんだから」

 

 

 そのためにこの世に生まれ落ちた、とは言わない。言ってしまえば、なぜ真菰を助けられなかったのかと、自責してしまうから。そんな生産性のないことをするなら、一人でも多くを生かし、一人でも多くの鬼を殺した方がいいに決まっている。

 

 

**

 

 

(竈門炭治郎)

 

 斬った、と思った。家に代々伝わる神楽で、何故技を出せたのか分からない。でもそれで助かった…勝てたんだ。視界が狭まって、目が見えづらい。呼吸を乱発しすぎたせいだろうか?耳鳴りが酷くて、体中に激痛が走っている。早く回復しなければいけない、伊之助を助けに行くために。

 地面を這いずったまま、前に進む。瞬間、ぞわぞわと悪寒が走り、血の匂いが濃くなった気がした。死んでないのか?頸を切ったのに。でも、鬼が消えていく時の、灰のような匂いがしない。まずい。早く立たなければ。立って、呼吸を整えて、もう一度頸を斬らなければ。

 鬼が何かを喋っていて、ぞわぞわと悪寒が強くなっていく。本当にまずい。焦るな、息を乱すな、落ち着け、落ち着くんだ。正しい呼吸なら、どんなに疲弊していても関係ないんだから――!!

 

 

「みっともないぞ、炭治郎。でも、その意地汚さは――嫌いじゃない」

 

 

 ――――雨の匂いがした。

 

 

「す、えふし…さん……?」

 

 

 体に覆いかぶさっていた威圧感が消えて、濡れた土の匂いが鼻をくすぐる。ぽつり、ぽつり、と雨粒が頬を叩く。

 

 

「後は任せておいで」

 

 

 優しく頭を撫でられて、季節さんの匂いが遠ざかっていく。段々と強くなっていく雨の匂いと、頬を叩く雨粒。ゴロゴロと空が嘶きをあげ、ピシャリと稲光が走る。

 

 

「次から次に…!!僕の邪魔ばかりする屑共め!!」

 

 

 強い怒りの匂い。それを遥かに超える雨の匂い。

 

 

「拾壱ノ型、」

 ――――“神立(かんだち)

 

 

 勝負は一瞬で決まった。

 

 

「来世は善い生を」

 

 

 流れるように繰り出された斬撃は、霞んだ眼でも分かるほどの雷を纏っていた。雨雲に走る稲妻のような光景に、禰豆子に伸ばした手を空中でさまよわせて魅入る。ふらり、ふらり、と頭をなくした体が近づいてくるのに気づいて、禰豆子を抱きこんだ。奪われる恐れはもうない。それでも、きつく禰豆子を抱きしめる。

 近づいてきた鬼の小さな体からは、抱えきれない程大きな悲しみの匂いがした。倒れ込んだその背は頼りない。気付くと、俺はその背に、禰豆子を抱える手とは反対の手を伸ばしていた。その手の上に、節くれた大きな手が被さる。

 

 

「ご両親が待っているよ」

 

 

 優しい雨の匂いが、鬼の悲しみを洗い流していく。

 

 

「炭治郎もゆっくりお休み。禰豆子は俺が箱に入れて連れて行くから」

 

 

 跡形もなくなってしまった鬼の、かすかに残った灰。それを掬い取ったのとは逆の手で、優しく、(やさ)しく。髪を梳くその手つきに誘われるように、俺は微睡みに身を委ねた。




季節(すえふし) 津衣鯉(ついり)
 当作主人公。季津(すえつ)という呼び名はニックネーム。炭治郎及び冨岡、錆兎、真菰の兄弟子で、鱗滝の弟子。炭治郎が鬼殺隊に入隊する五年前に、ある鬼と対峙し、意識不明の重体となる。意識がない間、体を離れて魂だけで彼方此方さまよったあげく、狭霧山で修行する炭治郎のもとに現れた。真菰と共に、本来ならば錆兎が稽古をつけるところ、替わりに稽古をつけてやることに。
 意識を取り戻したのは最近で、筋力とかも落ちている筈なのに、起きてすぐに炭治郎たちを追って那田蜘蛛山に行く程度には元気だった。驚くべきタフネス。
 鬼殺しとしての能力は高く、鱗滝や産屋敷、他の柱たちも認める実力者。どちらかというと技巧派で、生き残る事に全力を注いでいる。重体になる前は柱の襲名を控えていたが、意識がない間に弟弟子たちが襲名した。弟弟子たちが辞退しようものなら全力で止める。だって柱とかめんど――――おっと、誰か来たようだ。

・拾壱ノ型・神立
 主人公が独自で編み出したもの。雨男という特性を利用した技で、雷雲があるときにしか使えない。見た目は某忍者漫画の雷切とか千鳥とかに似ているが、一応、水の呼吸の技。
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