雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/20 加筆修正

冒頭は独白
しのぶさん視点から原作軸
柱合会議に行くまで


肆 冬の鬼洗い

 父は、厳格でありながら、確かな優しさを持った人だった。成人を迎える前に家族を失い、身寄りも後ろ盾もない中で。酸いも甘いも噛み分けて、たった一人で生きて来た、強い人だ。

 そんな父を、尊敬していたし、目標にしていたように思う。

 

 

「鬼は人を喰らう。それを赦しはできないが、鬼も元は人だった。それを忘れ、ただ悪と見なして鬼を殺すのでは、きっと人の道を逸れていくのだろう」

 

 

 父よく、そう語った。一度や二度ではない。鬼による被害が出るたびに、犠牲となった人たちに手を合わせ、同時に鬼を憐れむ。若い頃に家族を鬼に殺されて、赦せないと言いながら。

 なぜなら、鬼もまた、哀しく、憐れな存在だからだ。だから、殺された父母の仇を討とうとは思わない。その言葉通り、父は生涯、決して刀を握ることはなかった。

 代々藤の花の家紋を掲げている家の一人娘だった母。父とは幼馴染で、幼い頃から親しかったようだ。そして、父が天涯孤独の身となると、両親を説得して婿に迎え入れたのだという。いつの時代も女は強い。

 そんな母は――鬼となっても父と(おれ)を忘れることはなかった。

 

 

****

 

 

(胡蝶しのぶ)

 

「ああ、懐かしいね」

 

 

 お館様の命を受けて、冨岡さんと共にやってきた那田蜘蛛山には、予想外の人がいた。五年前、柱の襲名を控える最中(さなか)、十二鬼月に継ぐ実力を持った鬼と対峙した人。しかも、その鬼相手に、一般人二十余名を庇いながらただの一人も死者を出さなかった強い人。

 その対価というべきか、五年もの間意識不明で、もしかしたらもう二度と目覚めないかもしれないとさえ言われていた人。

 いつ、意識を取り戻したのだろうか。鎹鴉からの伝達はない。弟弟子だという冨岡さんも驚きに目を見開いているところを見ると、本当に、最近目を覚ましたのだろう。

 

 

「季節、津衣鯉…さん」

 

 

 女の子の鬼を庇うように気を失った鬼殺隊士を背に、夜明け色の羽織を揺らして立つその人。記憶の中よりもやや痩せ細った首や腕が、否応にも年月を感じさせた。それでも、しっかりと大地を踏みしめて刀を構える姿は、五年前と変わらない。鋼の色よりもなお濃い灰色の刀身が、雨にうたれてぬらり、と光っている。

 

 

「久しぶりだね、二人とも。それから、少し離れたところにいる子は初めまして、かな」

 

 

 静かに細められた瞳は、刀もかくやという程鋭い光を宿している。離れたところで様子を見ていたカナヲが木の間から姿を見せ、私に視線を投げた。いくら継子として稽古をつけているといっても、カナヲはまだ未熟。

 襲名こそしてはいないものの、柱の地位にあって相応しいと認められた実力者。カナヲにはまだ荷が重い。だからと言って、私と冨岡さんの二人で抑えられるかと言うわけでもない。

 隙を見て倒れている彼らと引き離そうとしても、きっと、そんな隙なんて見せてはくれないのだろう。むしろ、あえて隙を見せてこちらを誘い込んだところで、鳩尾に一発食らうのがオチだ。この人はそういう人だ。

 

 

「目が醒めたら、藤の家でこの子たちと出会ってね。機能回復訓練がてら、手伝いに来たのだけれど、ここまで来るのに随分と時間がかかったな。戦闘は粗方終わっていたし、俺が止めを刺したとはいえ、十二鬼月を追い詰めたのはこの子だ。兄弟子として鼻が高い。いやはや、それにしても間に合ってよかった。五年も寝ていると、体が重くて仕方がないね」

 

 

 淡々と。柔らかな空気を絶やさず。世間話をするように。なのに、隙なんて、どこにも見当たらない。

 あくまでも自然体。それが、この人の凄いところだと思うと同時に腹立たしくも感じる。変わらない。本当に、この人は変わっていない。――――変わりようがないのだろう。

 

 

「ところで、しのぶさん」

 

 

 チャリッ、と鯉口を斬る音がした。

 

 

「身内が鬼に喰われる、殺されるというのは……哀しいことだが、この御時世よくある話だ。辛くも生き残ったとて、何らかの後遺症を抱えることになった人もいる。それから――――()()()()()()()()という人も。その人物に、君たちは覚えがあるはずだね?」

 

 

 鯉口を斬ったのはカナヲだろう。少しだけ強張った顔で、腰を落とし、いつでも抜刀できるように構えている。反対に、冨岡さんは完全に柄から手を離し、聞きの体勢に入っていた。

 

 

「この少年は、身内を鬼に殺されて、唯一生き残った妹は鬼になった。決して他人事とは思えない。……お館様から聞き及んでいるとは思うが、俺の母も鬼となり、父を喰い殺した」

「ええ、知っています。それで、その鬼を討つために鬼殺隊に入ったんですよね」

「ははっ、そうなの?どこで話が捻じ曲がったんだか……、別に、鬼殺隊に入ったのはそれだけが理由ではないんだけどね」

 

 

 参ったなあ、と。首筋を撫で擦り、木々に覆われた空を仰いで。

 

 

「十数年前の俺は、まだ何の力も武器も持っていない、子供だったからね。ただ、鬼殺隊に入ったとしても母は――()()()()()は、既に討たれていると思っていた。どうやらそれは、思い違いだったらしいけど」

「――――、」

「五年前、対峙した鬼が母だった。あの人の血鬼術は厄介でね、それ相手に一般人を庇いながら戦うのは、流石に骨が折れた。広範囲に掛かるから、下手に退避させることも出来ないし。いや、本当に手強かった。……安っぽい言い訳だと、君は思うかもしれないけど」

 

 

 君、と言って私に視線を向ける。その通り、彼が連ねる言い訳は、随分と安っぽかった。けれど、あえて、そんな風に語っている印象もある。だから私は、その次に続く言葉を簡単に想像することができた。

 

 

「俺は、母を――――鬼を、殺せなかった」

 

 

 後悔の言葉。苦渋が滲む声に、やっぱり、と思ってしまった。だって、この人は優しい(馬鹿な)人だから。

 

 

「彼女は、殺してくれと、他でもない息子の俺に懇願していたのに」

 

 

****

 

 

 人を喰わねば生きられない。尊敬する父母だけでなく、愛する夫さえ喰い殺した。今この時も、息子であるはずのお前の身が美味そうに思えて苦しい。もう、嫌だ。辛い。苦しい。殺して欲しい。このまま生き永らえたとて、何の幸があろうか。地獄に落ちるのでもいい。今の生き地獄よりはましだろう。私にこれ以上、人を殺させ、喰らわせないで欲しい。だから、どうか、どうか!――――息子よ。

 

 

「――――(わたし)を、コろし、テ」

 

 

****

 

 

(胡蝶しのぶ)

 

 雨脚が強くなっている。

 

 

「次に見えることがあったら、今度こそ、俺は母を斬らねばならないだろう。…いいや、きっと斬る、斬ってみせる。あの人は、堕ちるとこまで堕ちてしまったから」

 

 

 ええ、そう言うと思っていた。

 

 

「けれど、この子の妹は、俺の母のように堕ちてはいない。ギリギリのところで踏みとどまり、鬼舞辻の呪いから逃れようとしている。それをどうして、阻むことができようか」

 

 

 ゴロゴロと鳴る空は暗く、黒く。降り注ぐ雨は痛いくらいに身を叩く。これは、この人が呼んだ雨だ。何もかもを洗い流すような、そんな、雨。

 ふ、と。体が軽くなった気がする。季節さんはいつの間にか刀を納めていて、倒れていた隊士を背負っていた。庇われていた鬼も、起き上がって季節さんと手を繋いでいる。その姿がまるで、兄妹のように見えて。

 

 

「お館様がお呼びです」

 

 

 そんな伝令と共に、季節さんの肩に降り立ったのは、白い鴉だった。一見、鳩のようにも見えるけれど、間違いなく鴉である。雨に濡れそぼって羽が逆立っているものの、その美しさは変わらない。季節さんの首元に頭を寄せ、甘えたような声で鳴く。

 

 

「ありがとう万代(ましろ)

 

 

 初めて出会ったその時から。この人は不思議な人だった。

 

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 

 何もかもを見透かしたような目と、言動。今いる柱の誰よりも早く、そして長く鬼殺隊に所属していて。その実力はお館様に認められ、柱の襲名も許されていた。惜しむらくは、本人に柱になる気がなく、のらりくらりと逃げ続けていたことか。

 天気のように気まぐれで、けれど、雨のように何もかもを洗い流してくれるのではないかと思わせる眼差しに。

 

 

「――――貴方には、何の悩みもないものだと、勝手に思っていました」

 

 

 私は、この人のことを、何も知らなかったのだと思い知った。

 

 

****

 

 

 “鬼洗い”と呼ばれる剣士がいる。

 “鬼洗い”とは、大晦日に降る雨のことだ。追儺(ついな)という宮中の年中行事に由来するとも言われている。その追儺は、悪魔を祓い、悪疫邪気を退散させる儀式のこと。

 始まりは中国。文武天皇の頃に日本に伝わり、寺社、民間でも行われるようになったという。古くは大晦日に行われたが、後に節分の豆まきへと姿を変えている。閑話休題(そんなところで)

 件の剣士は、鬼に怒りを向けるでも、憎しみを向けるでもなく。憐れと思い、来世は善い生をと願いながら頸を斬る。故に、平隊士からは、岩柱の悲鳴嶼行冥と同一視されることもある。けれど、全くの別人だ。

 悲鳴嶼は鬼を殺すことに戸惑いはない。当然、“鬼洗い”にも戸惑いはない。けれど、悲鳴嶼と考えを異にしているのも確かだった。

 

 

「鬼であることに苦しんで、己の所業を悔いる者がいることを知っている。自ら頸を差し出し、地獄でもいいからと生から逃れたがる者を知っている。その者たちを踏みつけることは、即ち、人の道から逸れることだと思っている。だって、鬼は――」

 

 

 それは、父から継いだ、確かな想い。

 

 

「――人間だったんだ。俺や、君たちと同じ、人間だった。望んで鬼になった者も、望まず鬼になった者も――そして、鬼舞辻無惨(始まりの鬼)も。元々は人間だった」

 

 

 それは、いつかに読んだ、ある物語の主人公が口にしていた言葉。

 

 

「醜いのではない、虚しく、悲しい存在なだけだ」

 

 

 それらを、“鬼洗い”は、心に刻んでいる。




我妻 善逸、嘴平 伊之助、栗花落 カナヲ
 炭治郎の同期、もう一人いる。善逸は高音が汚いし、伊之助は話を聞かない、カナヲは口を利かない。うん、とても濃い。善逸と伊之助の那田蜘蛛山での負傷具合は、原作通り。ただし、カナヲは炭治郎の顎を砕き損ねた。良かったね、炭治郎。

冨岡 義勇
 炭治郎を鬼殺隊に導いた鬼殺隊の“柱”の一人。担うのは水柱で、同じ師の下で競い合った錆兎と共に襲名した。異例の二人体制の訳は、本来なら水柱を襲名するは主人公だったから。当人らは代理襲名だと言い張り、主人公が回復次第辞任する気満々だったりする。が、恐らく主人公に阻止される。

胡蝶 しのぶ
 鬼殺隊の“柱”の一人。薬学に精通しており、鬼を殺す毒を作った剣士。冨岡をよくいじる。主人公のことは、鬼殺隊の中で一、二を争う実力者と認識している。姉からもよく話を聞いていた。姉が入隊する以前からいることも知っているので、年齢が知れないことに内心慄いてもいる。あ、姉は生きてます。

万代
 季節の鎹鴉。真っ白なメスで気位が高い、とても流暢に人の言葉を操る。理由は定かではないが、不死川(兄)のことが嫌いらしい。

季節 津衣鯉
 彼を知る隊士たちには、雨の日にだけ現れる鬼殺し、“鬼洗い”と呼ばれている。一部では、“季節津衣鯉河童説”も噂されているが、全くの嘘である。ちゃんとした人間です。強力な雨男であるがために、任務に就くと高確率で雨が降るだけで、晴れの日もちゃんと任務は受けている。が、やっぱり七割以上は雨になる。日照りが続く際には役に立つが、洗濯物が乾かないとしのぶには不評。そのため怪我をするともっぱら藤の家紋の家に厄介になる。
 常に狐のお面をつけているため、顔を知っている者は少ない。お館様と、育手だった鱗滝、弟弟子の冨岡と錆兎、稽古でお面を斬った炭治郎。それからなぜか“音柱”の宇随天元。そんな彼は、転生者である。前世は鬼滅の刃の読者だった。原作死亡キャラの救済を考えるも、真菰を救えなかった時点で若干諦めかけた。ただ、錆兎を救うことは出来たため、誰も救えないということはないとの確信は持っている。炭次郎は原作の主人公なので死にそうになることはあっても死なないだろう、と無駄に信頼してもいる。
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