冒頭独白
炭治郎視点から原作軸
柱合会議、オリジナル展開
その
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(竈門炭治郎)
ぼたり、ぼたり、と。夥しい量の血が腕から流れ出ている。それを、禰豆子の箱の上にかざす季津さんは、驚くほど感情の匂いがしなかった。とんでもない速さで、赤い染みが広がっていく。季津さんのが腕が、血の気を失って青白くなっているような気もする。
「お前は決して、炭治郎を裏切らない」
囁くように、季津さんはそう言った。その言葉の後を追うように、空が段々と暗くなり、より一層雨の匂いを運んでくる。
「――――信じているよ、禰豆子」
その瞬間、蓋が蹴り破られた。
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空っぽの腹を刺激する匂いが鼻を衝く。視界が急激に狭まっていき、頭に熱が昇る。ぐつぐつと、体の中で血が煮立っているような感覚さえある。目の前には、欲してやまなかった極上の餌がある。それでも、人は、守り、助けるものだ。だから――――傷つけない。絶対に、傷つけない。
それが、禰豆子の答えだ。
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その場にいた誰もが、禰豆子の一挙手一投足に注視していた。禰豆子の大きく縦に裂けた瞳孔は、滴る血を凝視している。けれど、それだけだ。額に汗を滲ませ、息を荒くさせて、流れ落ちる血を見つめている。禰豆子から季節に手を伸ばすことはない。
そして、プイッ、と。そんな音が聞こえてきそうなくらいにはっきりと、禰豆子は季節の血だらけの腕から顔をそむけた。その結果に、錆兎は満足げに笑って、冨岡は静かに頷く。炭治郎は禰豆子の名前を叫びながら、号泣した。
鬼が人を襲わない。極上の餌をチラつかせていても、手を出さない。
「ではこれで、禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね」
一部始終を女児から聞いた耀哉の言葉に、反対の声が挙がることはなかった。それを見届け、季節は面の下で笑みを浮かべる。結果は上々、ただ、血を流しすぎたのか頭がくらくらする。そんな季節に気付いたのか、呆れた顔でしのぶが駆け寄り、季節の羽織の袖を裂いて止血を始めた。
その横で、禰豆子はうつらうつらと頭を揺らしていた。そして、こてん、と。季節の膝に頭を落とすと、しゅるしゅると体を縮ませ丸くなる。まるで猫のようだ。季節は傷を負っていない方の腕で禰豆子を抱き寄せ、大人しくしのぶの治療を受ける。そして、空を見上げ、ぽつりと。
「そろそろ降り出すかな」
他人事のように呟いた。次の瞬間、その言葉通り雨が降り出した。水を溜めていた桶をひっくり返したような、勢いのある、強い雨だ。耀哉の誘いで皆が屋敷に上がり、どこからともなく現れた女児たちが用意した手拭いで水をふき取る。ざぁざぁと降る雨の音を聞きながら、全員が落ち着いた頃を見計らって。
「禰豆子のことを快く思わない者は、まだいるだろう。今回は大丈夫だったかもしれないが、次に同じことがあればどうなるか分からない、とも思っているだろう」
穏やかな笑みを浮かべながら、耀哉は言う。
「だからね、炭治郎。証明しなさい。これから、炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てることを、行動で示して欲しい」
耀哉の声音、動作の律動は、聞く者の心地を良くさせる。現代の言葉で、
ふわふわとした不思議な感覚に、炭治郎は覚えがあった。それがいつ、どこで聞いたものかは思い出せないが、とても大切な記憶だったように思う。そんなことを思いつつ、炭治郎は耀哉の言葉を真剣に聞いていた。
「十二鬼月を倒しておいで。そうしたら、皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」
「俺は…!」
「くれぐれも、鬼舞辻とは戦わないこように!運よく生き残れたとしても、重傷を負うのは目に見えているから、ね?とりあえず、十二鬼月を一人倒すところから始めるように」
「は、はい…」
勢いよく返答しようとした炭治郎だったが、季節の横槍に出鼻を挫かれ声をすぼめる。耀哉もまた、季節の言葉に頷いて笑った。
「鬼殺隊の柱たちは、当然抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて死線をくぐり、十二鬼月を倒している。だからこそ柱は尊敬され、優遇されるんだよ」
消え入るような声で返事をした炭治郎の背を、ぎこちない手つきで冨岡が慰めるように撫でる。なんとなくしょっぱい気持ちになりながら、不死川に刀を返す季節を横目に冨岡に頭を下げた。そして、錆兎と耀哉にも深く頭を下げ、最後に季節を見て。
「これからもご指導のほどよろしくお願いします!!」
そう言って直角に腰を折った。その愚直なまでの誠実さに、それこそが炭治郎の美点だと、季節は面の下で笑う。かつて紙面でしかその活躍を知ることができなかった存在を目の前に。その成長を間近で感じられることが、幸せだなあと思うのだ。
すやすやと、胸を上下させる禰豆子の頭を傷ついていない方の手で撫でる。これで、ひとまずは、炭治郎と禰豆子の安全は確保されたと思っていいだろう。次にやることは、と思考を巡らせた季節の耳に、とんでもない情報が飛び込んできた。
「炭治郎の話が終わったから、今度は津衣鯉の柱襲名の儀を行おうか」
「――――はい?」
聞き間違い、それとも冗談?耀哉の表情を窺った季節は。
「柱襲名の儀だよ、津衣鯉。触れを出してから随分と間が開いてしまったけれどね」
「――――――――――――は?!」
面の下で盛大に顔を引き攣らせた。
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(錆兎)
ざわり、と空気が動いた。その中心にいるのは兄弟子の季津で、面を被っていても分かる驚きように思わず口元が弛む。いい驚きを提供できたようで、とても嬉しい。他の柱の面々も、思いもよらぬことだったのだろう。少しだけ面食らった顔で、しかしすぐに納得したのか各々笑みを浮かべる。
意外にも、一番動揺しているのは本人、ではなく兄弟弟子の義勇だった。常々、自分は水柱に相応しくないと言っていたから、当然と言えば当然か。それは俺も同じだが、俺はお館様に直接お話を聞く機会があったから、それほどでもない。お館様から話を聞いた当初は、酷く驚いた覚えがあるけれど。でも、それで納得できた。
「水柱ならば既に義勇と錆兎の二人が襲名しておりますが、まさか二人に退けと?」
「そうではないよ。ああ、でも、二人体制ではなくなるかな。錆兎には私の側付きを命じたから、水柱は義勇ということになる。事後承諾となってしまうけれど、構わないかな義勇?」
「…はい」
全然構う、という表情をしている。表面上冷静に見えるが、実のところ酷く混乱しているに違いない。若干目の焦点も合っていない気がして、ほんの少し、申し訳ない気持ちになった。
「では、その、お館様は俺に何柱を襲名させようとお考えなのでしょうか?」
そんな義勇を横目に、そう尋ねた季津に、お館様が笑みを浮かべる。
「津衣鯉が柱を襲名するという話が出た時、皆はこう思ったのだろう。
「――――えっと、つまり、それは、」
悪戯が成功した子供のように、嬉しそうに、楽しそうに。
「それじゃあ――――
お館様がそう言った時の季津の顔を見られなかったのが、少しだけ残念だった。――そういえば、なんで季津はずっと面を着けてるんだろう。
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(鱗滝左近次)
久しく便りがなかった弟子から文が届いた。形式に拘らないあの子らしい文であったが、内容は随分と支離滅裂だった。何とか読み取った部分には、“ご心配をおかけしました”、そして、“雨柱の襲名”の文字が見て取れる。それを目にして、漸くか、と肩の荷が下りる思いがした。
「新しい柱の誕生か」
随分と長くかかったな。十数年余りの歳月を鬼殺隊士として活動し、十分な実力を携えながらも、のらりくらりと襲名から逃れていた愛弟子。漸く襲名を受け入れたかと思えば、任務での怪我が原因で昏睡状態に陥った。そうまでして柱になりたくないのかと、心配と共に苦笑した覚えがある。
先にあの子の弟弟子の二人が水柱を襲名したことを知らせてきた時には、思わず笑ってしまった。お館様も、随分と粋な計らいをするものだ、と。
我が弟子らしく、水の呼吸を
拾壱ノ型とは言っているが、あれは、厳密には水の呼吸の型ではない。雷の呼吸との複合技であるそれは、もはや別の呼吸法の型である。名をつけるとしたら――――そう、
加えて。可哀想ではあるが、よく雨に降られるあの子は、“雨柱”の名が相応しい。字面こそ違うものの、名前も雨の一つを冠しているのだから、運命と言ってもいいかもしれない。ただ、あの子にその話をすれば、嫌がられるのだろうが。
「お前の
棚から、片耳が欠けた狐の面を取り出し呟く。それを座布団の上に置き、二つある盃のうち新緑色の物を面の前に置いた。生憎と徳利などないため、瓶からそのまま酒を注ぐ。
「――――
今宵は古い朋との思い出を肴に、祝い酒とするとしようか。……ただ、お前も承知だろうがわしは下戸ゆえ一献で勘弁してもらおう。
「物足りんと言われるだろうが」
錆兎
この度、お館様こと産屋敷耀哉の側付きに任命された。五年前、錆兎が受けた任務に鬼が複数関係していることが発覚し、応援要請をしたところ季節が合流した。季節の昏睡には自分の未熟さが関係していると悔やんでいるが、表に見せることはない。強くなって、今度は彼の背を護れるよう、そしていつかは隣に立てるよう。今日も彼は刀を振るう。
季節のことは季津と呼んでいる。残念ながら、この先は当分出番がない。
冨岡 義勇
この度、正式に水柱として着任した。混乱しているが顔に出ない。出せばちょっとは可愛げがあるぞ、と錆兎に思われていることを知らない。原作の冨岡さんよりはネガティブではないはずだが、自分は柱に相応しくない、とは思っているかもしれない。安定の口下手、ただし錆兎がいると通訳してくれるので困ってはいなかった。ただし、今後は困る。
季節のことは季津と呼んでいる。
鱗滝 左近次
愛弟子からの手紙を読んで、安心すると共に少しだけ肩の荷が下りた。同期の同呼吸法を使う鬼殺隊士に破天荒な奴がいたが、季節にもその片鱗が見えていてちょっと胃が痛い。お前の姪孫はお前に似て手がかかるぞ。ちなみにその同期が先代雨柱なのだが、柱への就任方法が季節と全く同じであったことをご報告しておく。
名字で呼ぶと同期とも被るので、季節のことは下の名前で呼ぶ。
産屋敷 耀哉
皆大好きお館様。巧みな言葉遣いで、季節の意表を見事についてみせた。幼少の頃から季節を知っているため、自身の
季節のことは、他の隊士同様下の名前で呼ぶ。