雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/21 加筆修正

前半過去話
後半原作軸
蝶屋敷、機能回復訓練


捌 恵みの雨

 季節(すえふし)の家は、代々藤の花を家紋としてきた。何代か前の当主が鬼殺隊に命を助けられた、とか。初代が産屋敷家と交流を持っていた、とか。理由は兎も角、鬼殺隊ができた当初から藤の花を擁き、彼らと共にあったという。しかし、その季節家の者も今ではたった一人しか残ってはいない。

 ところで、その季節家のことだが。隊士として入隊した者が、二人いることをご存じだろうか。一人は季節家の生き残りで、現当主の季節津衣鯉(すえふしついり)。元水柱鱗滝左近次に師事し、冨岡義勇、錆兎、竈門炭治郎らの兄弟子。

 最年長かつ、現役隊士の中で最も長く隊士として活動している。そんな彼は、産屋敷耀哉がまだ六つの時に最終選別を合格し、鬼殺隊へと入隊した。最近では、騙されるような形で雨柱を襲名させられた、今を時めく狐面の剣士である。

 もう一人は、鱗滝左近次と同期の男。黒い隊服では味気ないからと身につけず、代わりに自前の着流しを纏って。休息所となっている実家にいては、他の隊士の気が休まらないだろうと、産屋敷邸に勝手に住み付く。

 変わり者として知られた、実に愉快な男だ。そんな同期に鱗滝は辟易としていたし、同門の出であるということにも頭を痛めた。それでも、その実力は本物で、鱗滝と共に切磋琢磨し、水の呼吸をもって一流の剣士――鬼殺しとして名を馳せた。

 その男の名を――――季節解霜(すえふしさとえ)と言う。

 真鴨色の着流しに土器色の帯を締め、綺麗な形の剃髪が特徴の男だ。一応断っておくと、彼は出家していたわけではない。ただ、定期的に髪を整えるのが面倒だからと、頭を丸めていたにすぎない。

 片時も面を外さず、食事の時は顔の上半分を覆う面を着け、徹底して顔を隠す。お館様さえまともに彼の素顔を見たことが無かった。そのため、面を外し、格好を変えれば、誰もが解霜だと気づくことはない。ただ、剃髪を隠していれば、と言う条件が付くが。

 他にも、左差しが当然の刀を右に差していたり、喜んで喧嘩を売り買いしていたりと。なかなか逸話が多い。刀に関しては、左利きを矯正しようとして失敗し、結局右に差すに落ち着いたのだとか。

 それを指差して嗤う者たちを、文句があるならばかかってこい、と挑発するのが常だった。そうした、挑発に乗った者たちで築かれた人の山。その始末を、なぜか鱗滝に押し付けて本人は逃走。結果、“鬼の霜、仏の滝”と呼ばれるに至ったことは、鱗滝にとって甚だ不本意であった。

 

 

「この……ッ、解霜!!」

「後は頼んだぞ左近次!!」

 

 

 犬猿と言うにはやや近しく、連理と言うにはやや遠い。二人の距離感とは、そういうものだった。そんな奇妙な関係は、どちらかが死ぬまで続くのだろうと思っていた。――――そう、思っていたかった。

 解霜には、兄と妹、そして弟がいた。両親を流行り病で早くに亡くし、幼くして当主となった兄を、妹弟たちと共に支えながら生きてきた。その兄も、無理が祟って二十を目前に亡くなり、妹は失意のあまり伏せがちになった。

 長男が亡くなれば、その跡を継ぐのは長男の子。子がいなければ、次男。そういった年功序列が当たり前だった時代、しかし、解霜は早々に家督を放棄し、弟を当主につかせるべく方々に手を回した。

 

 

「風の吹くまま気の向くまま、そんな性格の自分では家を存続させられる訳がない。お前であれば、堅実に、鬼殺隊とうまく寄り添ってやって行けるだろう。面倒な事を押し付けることを心苦しく思うが、きっと俺ではだめなんだ」

 

 

 そう語った解霜()に、弟は快く当主の座を引き受けた。そして、手続云々は任せろと言う彼に変わり、妹の看病をしていた。――――そんなある日、解霜が帰宅すると、弟が真っ青な顔で彼を出迎えた。どうかしたのかと聞いてみると、妹が寝室から忽然と姿を消したのだと言う。

 人手を借りて捜索すること三日三晩。結局妹は見つからず、代わりに見つかったのは、解霜がいつかに買ってやった柘植(つげ)の櫛のみ。その櫛も半ばから真っ二つに折れ、べっとりと血がついていたらしい。

 それから一年と経たずに、解霜は鬼殺の剣士となった。元々隊士になるために修行を積んでいて、そのために家督も放棄したのだ。家の方が落ち着いた以上、入隊しない訳にもいかなかった。妹の行方は気になるが、おそらく、鬼殺隊にいればどこかで巡り合う。そんな予感がした。

 鱗滝と出会ったのもその頃だ。、二人は同じ年の最終選別に合格し、鬼殺隊士となった。それから十数年もの間、二人は互いを支えとして戦っていくことになる。時に馬鹿をやりながら、お館様の覚えもよく、いつしか柱を襲名していた。それでも、二人は変わらなかった。変わりようがなかった、はずだった。

 何かがおかしい。鱗滝がそう気が付いたのは、解霜がある任務で怪我を負って帰って来た時だ。任務中の怪我は、鱗滝にも経験がある。しかし、それは相応の実力を兼ね備えてからは滅多になくなり、今では無傷で任務を終えるのが常だ。

 解霜もそうであったし、実力で言えば鱗滝よりも解霜の方が上だ。なおさら、怪我を負って帰ってくる、ということが信じられなかった。十二鬼月と遭遇したのかと問えば、違う、と返ってくる。ならば油断でもしたのかと問えば、然もありなん、と返ってくる。白々しい、嘘の匂いがした。けれど、どちらが嘘なのかは、分からなかった。

 “季節解霜殉職”、その知らせが鱗滝のもとに届けられたのは、解霜に真意を問い質した日から一か月後のことだった。はっきりとした原因は分からないが、解霜の亡骸の側には女の着物があったという。恐らく、女の鬼と対峙していたのではないか、と言われている。

 主のいない着物の上には、真っ二つに折れた柘植の櫛と片耳が欠けた面が置いてあった。そう語る隠の声をどこか遠くに感じながら、鱗滝は思う。殉職などという、体裁が整ったものでは決してない。あの男は心中したのだ、――――()()()()()()()()()()()

 隠を見送り、鱗滝は泣きだしそうな空を見上げる。

 

 

「青葉、に注ぎ……草木潤す、…穀物育て、や……恵みの…雨…」

 

 

 解霜がよく謡っていたいた一節を口ずさみ、拳を握りしめる。

 

 

「……早すぎるのではないか、解霜よ」

 

 

 その日、雨は降らなかった。

 

 

****

 

 

 炭治郎、顔面及び腕・足に切創、擦過傷多数。全身筋肉痛、重ねて肉離れ。善逸、最も重症。右腕右足、蜘蛛化による縮み・痺れ、左腕の痙攣。伊之助、喉頭及び声帯の圧挫傷。禰豆子は寝不足。

 

 

「季節さんって、意外とお馬鹿さんですよね」

「ううん…否定できないなあ」

 

 

 蝶屋敷の一室。診察室で向かい合ったしのぶに言われ、季節は面の上から頬を掻いた。しのぶの言うことは尤もで、己は確かに馬鹿なのだろう。それが分かっているからこそ、季節は反論を挟まず、大人しく彼女の話を聞いているのだ。

 

 

「病み上がりで那田蜘蛛山に向かった挙句、全身の筋肉痛と脚の肉離れ、腕の筋損傷。後は右肩の脱臼…ですか。よくもまあこんな状態で竈門君を背負って来れましたね?冨岡さんがいらっしゃったんですから、冨岡さんに背負わせておけば良かったのに」

「弟弟子の窮地とあればどこへでも駆けつけ、見栄を張りたくなるのは兄弟子としての矜持さ」

「それで怪我を悪化させていたら意味がないと思いますけど」

「ご尤もで」

「あわせて会議中の刀傷も……利き手じゃない所が腹が立ちます」

「理不尽」

「では、今回は体調が戻るまで、この屋敷で大人しくしていてくださいね」

「……洗濯物は?」

「必要なものは既に済ませておきましたので、数日、雨が降り続いても問題ありません」

「あ、あはははは……一日でも多く晴れの日が続くよう、努力します」

「はい、期待しないでいますね」

 

 

 笑顔で言い切るしのぶに申し訳なく思いながらも、季節は言葉に甘えることにした。笑顔の裏から、有無を言わせぬ怒りの匂いを感じ取りもした。何なら、姉さんに会っていけ、という副音声さえ聞こえてくる。総じて、圧が強い。

 

 

婚約者(姉さん)を未亡人にしたら、どこまでも追いかけて行って、毒をお見舞いして差し上げますから」

 

 

 覚悟していてください。

 

 

「……はい」

 

 

 そして、困ったことに、季節はしのぶに――――否、胡蝶家の女に、めっぽう弱かった。

 

 

**

 

 

(竈門炭治郎)

 

 俺、善逸、伊之助、禰豆子。四人は蝶屋敷でそれぞれ回復するための休息に入った。禰豆子は寝まくり、俺は痛みに耐えまくり、善逸は一人騒ぎまくった。そして、落ち込みまくる伊之助を両側から励ましまくる、そんな毎日だった。お見舞いには、村田さんが来てくれた。俺が隠に連れていかれた後、那田蜘蛛山での仔細報告のため、“柱合会議”に召喚されたらしい。

 

 

「地獄だった、怖すぎだよ柱。優しかったのは季節さんだけだったよ?お面で顔見えなかったけど……腕の怪我が気になりすぎてありがたみ半減してたけど……」

 

 

 思わず場面を想像して、納得した。確かに、それは心配するし落ち着かない。気遣われてても、ありがたい、とは思えないだろうな。

 

 

「なんか最近の隊士はめちゃくちゃ質が落ちてるって、ピリピリしてて皆。那田蜘蛛山行った時も命令に従わない奴とかいたからさ…その“育手”が誰かって、言及されててさ…」

 

 

 時折挟まる、季津さんに慰められたという話以外は、愚痴ばっかりだった。しのぶさんがやってくると、村田さんはそそくさと帰って行く。柱合会議のこともあるし、柱であるしのぶさんが怖いらしい。

 そんな村田さんの背中を見送っていると、しのぶさんに笑顔で容態を尋ねられた。だいぶ良くなりました、と返答すると、しのぶさんは更に笑みを深めてこう言った。

 

 

「ではそろそろ、機能回復訓練に入りましょうか」

 

 

 どうやら、何かが始まるらしい。




胡蝶 しのぶ
 季節を屋敷に留め置くために、雨が影響しそうな仕事を手早く終わらせるよう指示を出した。流石に毎日雨が降ることはないと思っているが、念には念を入れておきたい。なんたって、季節は筋金入りの雨男ですし?実は姉が季節の婚約者だったりする。間違いなくシスコン。婚約者(姉さん)に目が醒めたことを連絡してないとか馬鹿ですか?
 季節のことは名字で呼ぶ。今現在の所、義兄さんと呼ぶ気は一切ない。

季節 解霜(さとえ)
 急に出てきたオリジナルキャラクターこと、季節の大伯父。つまり、季節の祖父の兄。鱗滝と同期で先代雨柱だが、使用していたのは水の呼吸である。雨の呼吸を生み出すには至らなかった。
 明朗快活で破天荒、名前は冬の寒いときに作物についた霜を溶かすように降る雨、解霜雨(かいそうう)からきている。勿論生まれは冬。兄と妹弟の四人兄弟。ちなみに、兄は“御山(みやま)”、妹は“春雨(はるめ)”、弟は“白驟(はくしゅう)”という。読み方は違えど、全員、雨の名前だったりする。
 幼い耀哉が庭で見かけたのは解霜だったかもしれないが、その時彼は既に故人であった。

季節 津衣鯉
 当作主人公。この度、めでたく雨柱を襲名した。不意打ち良くない!そんなの聞いてない!などとは言わせない。大伯父が鬼殺隊士で雨柱だったことは知らないし、鱗滝と交流があったことも知らない。知っていたらあんなに面倒な出会い方をしていない。ただし、鱗滝は季節に名乗られた時点で察していた模様。
 実は婚約者がいることが判明、しかもしのぶさんのお姉さん。その馴れ初めが語られるのは当分先のことになるが、もしかしたら語られないかもしれない。とりあえず養生して、婚約者にも会って、それから直近の煉獄の死亡フラグをどうしようか改めて考える所存。
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