冒頭独白
善逸視点から原作軸
機能回復訓練
花のように舞う
「津衣鯉さん」
誰かを愛しいと思ったのも、
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(我妻善逸)
俺、今すごい手足が短いの、蜘蛛になりかけたからね。薬をたくさん飲んで、お日様の光たくさん浴びて治療中。後遺症は残らないってさ。完全に蜘蛛にされちゃった人達は、人間に戻れても後遺症が残るかもしれないみたい。悲しいね。
この蝶屋敷の主である、しのぶさん。この人の“音”がまた、今まで聞いたことない独特な感じなんだよな。規則性がなくて、ちょっと怖い。でも、蜘蛛にされた人たちを治療してる時は、女神のようだった。みんな泣きながら、しのぶさんの所に行ってたからな。そんで、めちゃくちゃ可愛いんだよ、顔だけで飯食っていけそう。
ところで、その可愛い人に、体力を元に戻すための“機能回復訓練”へと連れていかれた炭治郎たちなんだけど。げっそりとした様子で、重い影を背負って戻ってくる。一体何があったのか、どうしたのか、聞いてみても。
「……、ごめん」
一拍空けた後にこの返答。何!?何なの!?教えてくれよ!!明日から俺も少し遅れて訓練に参加するんだからさ!!
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善逸が機能回復訓練に合流するということで、季節は三人の様子を覗き見ることにした。のんびりと廊下を歩き、目的地である訓練室に到着する。中を覗いてみると、ちょうど、アオイが説明を始めるところだった。
「まず、あちら。寝たきりで硬くなった体を、あの子たちがほぐします」
示された先には布団と枕が置かれ、三人の少女が待機している。
「それから、反射訓練」
続いて、沢山の湯飲みが置かれた卓を指差す。長方形の卓の前にはカナヲが座っていた。
「湯飲みの中には薬湯が入っています。お互いに薬湯をかけ合うのですが、湯飲みを持ち上げる前に相手から湯飲みを押さえられた場合は、湯飲みを動かせません」
最後に、と前置いてアオイは続ける。
「全身訓練を行います。端的に言えば、鬼ごっこですね。
黙り込む三人。炭治郎と伊之助は意気消沈して頭を垂れ、善逸は訳が分からない、という顔をしている。なんなら、少し怒っているような匂いもする。ああ、これは、と季節は面の下で笑った。この後の展開は、語るまでもないだろう。炭治郎と伊之助を裏庭に連れ出した善逸が、二人に対して理不尽な怒りを向けたのである。
女の子と毎日キャッキャキャッキャしてただけで何をやつれた顔をしてたのか、土下座して謝れ、切腹しろと。素晴らしい理不尽、いやあ愉快愉快。紙面で見たことのある光景をこの目で見れたことに満足した季節は、頃合いを見て三人に声を掛けた。
「折角の訓練の時間がなくなるよ」
炭治郎は肩を落とし、伊之助は肩を怒らせ、善逸は喜び勇んで訓練に向かった。まさに三者三様、見ていてこれ以上ないほどに面白い。他人事であるがゆえに、季節は彼らの後ろを軽い足取りでついて行く。善逸の参加により、伊之助の士気は上がったようだ。炭治郎は相変わらずしょげているけれど。
体を揉みほぐされ、激痛が走っても、善逸は笑い続けていた。笑いすぎて顏が溶けてしまうのではないかと思うほど、素晴らしい笑顔を浮かべていた。あれはただ、女の子と触れあえることに喜んでいるだけだろう。
続く反射訓練では華麗にアオイに勝利をおさめ、カッコつけてみせた。しかし、裏で話していた内容は善逸の声が大きすぎて筒抜けだったようで。少女達の目は厳しく、全身訓練の鬼ごっこでも勝ち星をあげたのだが、顔面ぼっこぼこにされていた。
そんな善逸に続いて、負けず嫌いの伊之助もアオイ相手に勝利してみせた。その間、炭治郎はカナヲに負け続けていた。善逸と伊之助が順調だったのはここまでで、炭治郎と交代してカナヲと対戦するが、呆気なく負けていた。湯飲みを押さえることも、捕まえることも出来ない。
結局、三人ともずぶ濡れになって肩で息をしていた。当然の結果でもある。育手のもとを離れてから自己鍛錬だけを重ねていた炭治郎たちと、継子として蟲柱のもとで鍛錬を続けていたカナヲ。呼吸への理解を深め、実力をより伸ばせる環境はどちらかなど、考えなくても分かる。
そういった環境に左右されない者を天才と言う。例えば最年少の柱である時透無一郎とか。それは兎も角。今日の訓練はこれで終わりだろう。そう思って部屋に戻ろうとしたところを伊之助に止められた。
「柱だか何だか知らねぇけどな!ただ見てるだけってのはずりぃんじゃねぇか!?」
挑発しているのは匂いで分かるが、何とも稚拙だ。面で隠れた顔に笑みを浮かべ、顎をさする。季節はまだ、機能回復訓練を行う許可が下りていない。下りたとしても、炭治郎たちの訓練とは若干中身が変わってくる。だが、ここで少しくらい勘を取り戻しておくのも悪くはない。そう考えた季節は、伊之助の挑発に乗ってやることにした。
「これも訓練の一環だと思って、彼らに見取り稽古をさせてやろうか」
その言葉に、カナヲは何も言わず頷く。
「それじゃあ、やろうか」
結果は、当然と言えば当然だが、季節の勝利だった。最初は様子を見て、カナヲと同じ速度で湯飲みに手を伸ばしていた。そして段々と速度を上げていき、カナヲが手を伸ばした湯飲み全てを押さえるようになる。ある程度それを繰り返し、最後に目で追えない速さで湯飲みをカナヲの眼前に差し出した。
差し出された湯飲みを受け取り、参りましたとカナヲが頭を下げる。それに頷いて、見学していた男子三人を振り返る。
「見つけられたかい?勝つための――――強くなるための秘訣は」
そんな言葉を残し、季節は訓練室から退室した。分かるかそんなもん!と伊之助が後ろで怒鳴り、少しは考えてください!とアオイに怒鳴り返されていた。
それから五日間、炭治郎はカナヲに負け続ける日が続く。伊之助も、善逸も、カナヲの髪の毛一本すら触れなかったようだ。負け馴れていない伊之助は不貞腐れてへそを曲げ、善逸も早々と諦める態勢に入る。
そのうち、二人は訓練に行かなくなり、炭治郎がアオイに頭を下げる羽目になった。可哀想だなあとは思うものの、季節はあの日以降訓練の様子を覗くことはしなかった。できなかったとも言う。なぜなら。
「津衣鯉さん」
「何かな、カナエ」
「今日は珍しく外が晴れているから、縁側でお茶にしましょう?」
「……そうだね、そうしようか」
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(胡蝶カナエ)
私の婚約者は雨の匂いがする。春には梅と桜の、夏には青草の、秋には金木犀の香りが混ざって華やかになる。冬は雪の匂いと混じって、少しだけ気配が希薄になる。そんな
鬼殺隊士である限り、死とは隣り合わせの人生だから、その時が来るのは覚悟していたつもりだった。けれど、本当に
今では、昏睡していたのが嘘のように元気だ。目覚めてすぐ、鬼の討伐に向かったという話も聞いている。彼らしいといえばらしいけれど、無茶はしてほしくない。……きっと、これからも、何度でも、この人は無茶をするのだろうけれど。
「…ねえ、津衣鯉さん」
「ん?」
いつもはお面の下に隠れている素顔が、柔らかな笑みを作る。新緑色の瞳は慈愛に満ちて、日の下で煌く雨上がりの髪は一層美しかった。ただ、左目を抉るように走る傷跡だけが痛々しい。
「私、今、幸せよ」
鬼と戦い、死にかけた私とあなた。
「すごく幸せ」
二人とも、ちゃんと生きているのだから。
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機能回復訓練が始まってから、二十日が経った。たまたま、瓢箪を破裂させて喜ぶ炭治郎を見かけた季節は、良くやったねえと気の抜けた声で炭治郎を褒めた。ありがとうございます!と笑顔を見せた炭治郎だったが、次の瞬間にはハッと何かに気付いたようで。
「季津さんが前もって全集中・常中を教えてくれていたら、ここまで苦労することもなかったのでは……?」
「さあて、炭治郎。早速特訓の成果を見せに行こうじゃないか!カナヲちゃんが待ってるぞぅ!!」
「……誤魔化した」
雑な誤魔化し方だったが、季節の言うことも尤もなので、早速訓練室に向かうことにした。
まずは鬼ごっこからだ。二十日前とは違い、炭治郎は何とかカナヲの動きについていけていた。全集中の呼吸を習得したとはいえ、かなりの気合を入れなければ、一日持続することはできない。それでも、全集中の呼吸をより長く持続させられるようになれば、基礎体力が上がっていく。炭治郎の体は、確かに変わっていた。間もなく、カナヲの腕をつかんだ炭治郎は、歓喜のあまり拳を突き上げて飛び上がった。
次に、薬湯の反射訓練。凄まじい速度で繰り広げられる勝負に少女たちが声援を送り、季節はほう、と感心したように息を溢す。湯飲みを持った炭治郎の手がカナヲの押さえを抜け、カナヲの頭の上に伸びるのを確認して。少女達と一緒になって喜ぶ炭治郎に称賛を送った。この調子で頑張って、と。
「ところで」
ぐるん、と。顔を入り口の方に向けた季節は、面を被っていても分かるほどの威圧感を出して言う。
「君たち二人は、そのまま立ち止まったままで良いのかな?」
結果から言おう。善逸と伊之助もまた、九日後には全集中・常中を会得した。様子を見に来たしのぶの教え方が、上手かったのだろう。季節は療養中のため初めから教える気はなかったし、炭治郎は人に教えるのが爆裂に下手だった、とだけ言っておく。
栗花落 カナヲ
炭治郎たち同期の紅一点。機能回復訓練では季節に後れを取ったが、悔しさ感じていない。むしろ流石は柱、と感心してる部分が強い。那田蜘蛛山の一件では油断ならないとも感じていたが、平時は随分とゆるい人なんだなと思っている。
漢字も読み方も違うが、同じ雨の名前を持ち、実の姉のように慕っているカナエの婚約者である季節を少なからず気にしている。
胡蝶 カナエ
満を持して(?)登場、季節の婚約者。上弦の弐との死闘の末生還したが、利き手に重度の障害が残ったため、今後剣を握り振るうことはない。現在は後進育成に励んでいる。
式を挙げる予定は今のところないが、出来たら挙げたいと思うのは当然の乙女心。そのうち、馴れ初めとかを書きたいが、胡蝶姉妹の話が単行本になって手元にないと難しいのでは?と作者は思っている。