ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT9「『シェルダー一家 第2124話』」

 

 収録現場はごった返している。

 毎週の録音に合わせ、絵をつけ、声優の演技を編集し、ビデオにして納品する。

 これを毎週、ほぼ欠かさず続けているのである。

 スタッフとスタジオの疲労感など何のその、視聴者は恐らく世界の終わりまでこの番組が続くと疑っていないだろう。

 テレビ離れが叫ばれる世の中、それでも毎週二十パーセントの視聴率を弾き出す「オバケ番組」。他の放送局の連中からは、「羨ましいよ」とからかわれる。

「もう勝ち組だろ?」

 勝ち組なものか。

 毎週のテレビ放送に追われる現場はしっちゃかめっちゃかで、先週の放送分に不備があったって修正も出来ないのだ。

「今週の『シェルダー一家』の本番入りまーす」

 声優達が一つのマイクを囲って声を吹き込む。

 自分の担当する長寿アニメ『シェルダー一家』。この部署に配属されてもう四年ともなれば慣れたか、と思うが、毎度この季節だけはどうしようもない。嵐のような忙しさである。

『シェルダー一家』は名前にシェルダーとついた奇妙な頭部形状をした奥様を中心としたコメディタッチのファミリー物で、なんと四十年間も続いている。

 全世界で放送されているが、一番の放送局があるのはカントーだ。

 一般認知率九割越え。普通のテレビドラマやバラエティだって一般認知が七割あればいいほうなのに、この数値は異常である。

 それでも、カントーで滞りなく、毎週のように放送され、ある種、平和のパラメータにもなっているこの作品。

 毎年、夏ごろになるとスペシャルを組んで放送するのだが、その際に他地方からのゲスト有名人を呼び込むのだ。

 今回呼んだのはホウエンのロックバンドのカリスマ。ティーンエイジャーからの支持率の極めて高い有名人、ディズィーである。

 ディズィーのキャラクターを資料で渡された時、自分は驚いて上に直訴した。

「こんなキャラクター、どうやって『シェルダー一家』のホンに入れろって言うんですか」

 オファーと共にどのように出演させるのかも企画として通るのだが、ディズィーをまるで神様のように扱え、とあった。

 今さらのようで恐縮なのだが、『シェルダー一家』の舞台は今から四十年前のカントーである。

 四十年も前の常識が今でもまかり通っているのが驚きなのだが、『シェルダー一家』のフィルムはこのデジタルが盛んなアニメ業界でも珍しい、セル作画で作られている。

 しかもスタジオの体制も旧式であり、ホンを通すのには通すのだが、スタッフはそのホンに一切異論を挟めない。

「御前様」とあだ名されているプロデューサーの一声で、何でも決定されてしまう。

 だから中には明らかにこのアニメに沿わないキャラクターや設定も出てくるのだが、それでもご愛嬌とでも言うように文句が届いた事は一回としてない。

 ファンの中でもそういう回は「迷回」と呼ばれ親しまれるほどだ。

 今回のディズィーの参加はその「迷回」になる可能性が濃厚であった。

「シェルダーさん一家が海の家に遊びに行く……ここまではいいです。でも、そこでロックバンドのボーカルのお忍び旅に偶然行き会って、それで意気投合したシェルダーさん一家をディズィーが次の機会に呼び出すと言って、そこが実はロック会場だったって……、あまりに荒唐無稽ですよ」

 ホン読みの段階で明らかにおかしい場合、声優達だって納得づくとはいえ、やはりいい顔はしないだろう。

 だが御前様はこう言い放った。

「あのねぇ、いくら視聴率二十パーって言ってもさ、やっぱりアニメなわけ。アニメじゃ数字取れないんだよ」

 上では当たり前のように言われている風説である。

「アニメは数字を取れない」。

 そのような事はないではないか、とこの作品が証明しているのだが、皮肉な事にこの作品以外に長生きしているアニメを最近、めっきり見なくなった。

 どの放送局でも「間引き」の対象に真っ先に挙がるのがアニメだという。それだけ弾圧の厳しい中、『シェルダー一家』は大事にしたい作品であった。

「でも、じゃあ、ホンに関してはいいです。これで通します。でも、ここ! 会場は全編CGで、っていう指示! これだけはおかしいでしょう! だって、『シェルダー一家』は一度だってCGなんて使っていないんですよ!」

 それが誉れでもあった。しかし御前様は言ってのける。

「それも古いって言ってるの。今は時代はCGだよ。イッシュなんかの高品質アニメだって世界で流行る。シェルダーさんも、そのうち、世界シェアの商品になるんだ」

 どうやら御前様は世界に羽ばたかせたければCGを使う、という認識らしい。冗談ではない。それでは作品の持ち味を消してしまう。

「『シェルダー一家』はセル作画だからこそ、意味があるんです」

「しかしねぇ、君。今時、アニメファンでもない視聴層が、セル画だ何だと気にするかね? それよりもワッとビックリさせてやろうじゃないか」

 そうすると視聴率も今より伸びる、と御前様は結ぶ。

 脚本を握り締めて自分はその指示をアニメスタッフに届けなければならない。このような決定であった、と報告するのが制作担当の辛い仕事だ。

 当然、持ち帰っていい顔をする人間は一人もいなかった。

「今回の作監、ニシキさんだよね? ニシキさんの許可は取ったの?」

 そう尋ねてくるのはベテランアニメーターである。今回の作画監督がデビュー作であるニシキ、というアニメーターには言えず仕舞いで、今、スタジオに来ていた。

「いえ……。でも納得してもらうしかないですよね……」

「それさぁ、もうちょっとどうにかならなかったの? 粘ってよ、あたし達の労力も考えてさ」

 ぶつくさ文句をこぼすのは女性アニメーターであった。この業界は女性が少ないため、スタジオの中でも簡単にアイドルの扱いになれてしまう。

「すいません……」

「謝ってばかりじゃなくって、ニシキさんに相談しなよ。オレら、どうせ書くしかないんでしょ? その、フルCGの会場の部分は別受注してよね。うちではセル画以外受け付けていないの、知っているでしょ?」

 やはり外注となるか。そうなると自分の出せる手札は限られてくる。

「デデンネスタジオさんに委託しようと思っているんですけれど」

「あこね、いい噂聞かないよ? この間放映したあそこの孫受けだった映画、なんでも二日前納品だったって噂だし」

「マジですかぁ? それじゃ今回で『シェルダー一家』も打ち切りですかね」

 女性アニメーターの声に自分は頭を下げていた。

「いえ! 何としてでも今回の案件、超えて見せたいと思います」

「言うはやすし、だけれどねぇ」

 早速、デデンネスタジオにアポを取ったところ、返答は苦いものであった。

「『シェルダー一家』なんてCG使わないんじゃなかったの?」

 打ち合わせに現れたのはデデンネスタジオのプロデューサーであった。彼は煙草を吹かしながら高圧的に話す。

「ですから、今回だけのつもりで」

「そうやって企画倒れしたアニメ、俺、いっぱい見てるんだわ。うちにCG頼んでくださるのは、とても光栄な事ですが、なにぶん、経験の浅いスタッフしかいなくってね。それにフルCGってなると、予算も足りない。おたくのアニメ、これだけ出せるの?」

 見積もり表に息を呑む。

 一話分だけで、『シェルダー一家』の半年分に相当した。

「さすがに、こんなには……」

「出せないって? おかしいなぁ、だってさ、そっちのプロデューサーが言い出したんでしょ? だったら出してよ」

 はぁと生返事を寄越す。

 その足でディズィーを擁する事務所に出向いた。今回のディズィー出演の件、やはりキャンセルを、と頼もうとしたのだ。

 しかし、そこで出くわしたのは何とディズィー本人であった。

 赤髪のパンクロッカーは気さくに挨拶した。

「やぁやぁ、アニメ会社の人? 『シェルダー一家』はオイラもファンなんだ。出させてもらって光栄だよ」

 後には退けなくなった。

 ここで企画を倒れさせれば全て自分の責任。

 工程表を作って自分の知り得る限りのアニメーターに連絡した。門前払いがほとんどだったが、自分の顔を立てて、と言ってくれた数人のアニメーターとの共同制作で今回の話を担当する事になった。

 それで肩の荷が下りた、のならばまだよかったのかもしれない。

 翌日に舞い込んだのは御前様の意見であった。

「もっと大々的に盛り上げようよ。ディズィーの事務所には宣伝費をぱあっと使ってもらってさ」

 ふざけているのか、と自分は怒りを噛み締める。

 宣伝費に金を振ればそれだけ現場に予算が回らない。ただでさカツカツなのだ。

「その、『シェルダー一家』には、そんな余分な予算は……」

「宣伝費振らないで、いつ振るって言うの? これだからアニメって融通が利かないんだよねぇ」

 御前様も上からのプレッシャーがあるに違いないが、今回の指示はあまりに無謀である。

 お取り潰しのために自分達はアニメを作っているのか? そう考えると吐き気を催した。

 この枠で如何にして楽をして儲け話にしたいかを上は考えているだけだ。

 以前、上の番組編成が「バラエティ枠にしない? だってあのアニメさ。現場も農業って思っているんでしょ?」と皮肉ったのを思い出す。

 ベテランアニメーターばかりを揃えた『シェルダー一家』は安定した供給を実現する一方で昨今のハイクオリティアニメからは縁遠い、いわゆる「農耕アニメ」と成り果てていた。

 ネットでも辛口の意見が多い。

 ――あの枠は観るだけ時間のムダ。

 ――正直、何も期待していない。月曜日が来る前だから必然的にチャンネルを点けると映っているだけ。

 ――登場人物全員、人類の滅びる日までやっているんじゃないの?

 誹謗中傷は自由だ。

 誰にも咎められやしない。しかし、今、現時点でこの作品にかかわっている自分にしてみれば、鳩尾に重い一撃を食らわされたような感覚であった。

 製作現場に入ると決まって流れる愚痴。

「あのさ、デデンネスタジオさんからフルCGの受注は待ってくれって連絡があったんだけれど待てないんじゃないの?」

「っていうか、今回の話、あまりに酷過ぎやしません? こんなホン、何で通すかなぁ」

 じっと嵐が通過するのを待つしかない。

 やがてホン読みの日程が訪れた時も、胃が痛かった。

 酷評するようなプロ意識に欠ける人間はレギュラーメンバーにはいない。声優陣は皆、いつだって本気だ。

 しかし、その中で、今回大抜擢のディズィーが声にした。

「ちょっと、無理やり過ぎやしない?」

 ああ、素人でもそう思う脚本を、どうして自分は躍起になって通そうとしているのだろう。

 一番年長である声優がその場をいさめる。

「ディズィーさん。こういうのはよくある事なんですよ」

 そう諭されると世界に名だたるロックミュージシャンも空気を読んだようだ。

「そう仰るのなら」

 声優の演技はバッチリだった。ディズィーも初出演とは思えないほどNGを一発も出さない。

 リテイクのない、いつもと同じ『シェルダー一家』の収録風景。そこに混じっている異物は果たしてどちらか。

 信念を曲げてまで、こんな馬鹿げたホンを通そうとする自分なのか。

 それとも、きっちり場に馴染んでいるディズィーなのか。

 彼女のために全てを犠牲にして自分はここにいるのに、酷く惨めに思えた。

 ホンを破り捨てようとして、業界人としてのプライドが邪魔をする。

 CGは一向に挙がってこない。今回のセル画部分もいつにも増してやる気がなかった。

 農業アニメの最たる部分のように動きは一切ない。扁平な顔をした登場人物達が交わす会話も、どこかいつも以上に嘘めいている。

「あの、ここの動画、作監に通しましたか?」

「通したよ。ニシキさんなら、さっき別室に行くって言っていたけれど」

 ベテランアニメーターも次の週の通常回の作画に取り掛かっている。

 その間、制作担当の自分は口を挟めない。

 女性アニメーターも同様だった。作画監督のニシキは喫煙室で身体を投げ出していた。

「ねぇ、僕、もっと夢のある業界だと思っていたんですよ。何だって、こんな、こんな仕事をやらないといけないんです?」

 自嘲気味に語るニシキ作画監督には最早何も言えなかった。

「メディアミックスだ、仕方がない」

 そう言えばよかったのか。そう言って自分も、何もかもを誤魔化して生きれば、よかったのだろうか。

 気がつくと、納品間際なのに、自分はディズィーの事務所にアポイントメントもなしに訪れていた。

 ただひたすら懇願した結果、ディズィーとの面会が許された。

 一も二もなく、自分は頭を下げていた。

 きっと、低品質のものになるだろう。あなたに出てもらったのに申し訳ない、と平謝りしたが、彼女は首をひねった。

「分からないなぁ。だってあなた方、プロでしょう? プロならばそういうところは割り切っているものだと思っていたけれど。オンエアを観て欲しくないなら、オイラは観ないし。そんなに言うのなら、オイラのほうが謝るよ。事務所が勝手にした事とは言え、迷惑をかけた」

 殊勝にも、彼女が謝ってきた。

 やめて欲しかった。惨めな上に、自分はなんて卑怯な真似をしているのかとこの場から消え去りたくなる。

 プロなのだ。

 プロの意識というものがある。

 たとえ、組み上がったものが自分の本意ではなくとも、それを呑まなければならない時が。

 ギリギリの日程だったがビデオダビングも終え、音声も編集し、放送局へ納品が行われた。

 それが自分の最後の仕事になった。

 地方の放送局へと左遷され、制作担当を追われた自分は、少しばかりゆったりとした時間を持てている。

 しかし日曜六時にやっている『シェルダー一家』が始まると、今でも震えが止まらない。

 きっと、この世の終わりまでやっているであろう世界一平和な番組を前にして、自分は縮こまるしかなかった。

 のどかな音楽と共にエンディングが流れ、次回予告が始まる。

『さーて、来週のシェルダー一家は? 私達がなーんと、山登り! あー、柿のおいしい季節になってきましたね。今でも干し柿をよく食べちゃう。太っちゃうかしら? 次回は「シェルダーさん家の物干し竿」、「垂れ幕のため息」、「食べ盛りの秋」の三本です。来週もまた、見てくださいね。ジャンケン、ポン! ウフフフ』

 

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