ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT10「ディズィーロイド製作秘話」

 

 わたしは頭を抱えるしかなかった。

 このプロジェクトの成功如何のかかっている人間の姿としてはいささか情けないが、このポケモンに限界を感じたのである。

 今、デスクに詰めている人々は皆、音声編集ソフトと渋面をつき合わせていた。

 親の仇のように睨んでいる視線の先にはパソコンのディスプレイ。

 その中に浮かび上がっているのは波形データであった。

 何度目か分からないため息をつく。データは確かに「彼女」のものだ。しかし、それを「再現」するとなれば話が違ってくるのは自明の理であったはずだが、今まで失敗した事がなかった。だからか、このプロジェクトの頓挫は考えられなかったのだ。

 どれだけ波形データを動かしても、精密な音声編集システムを起動させても結果は同じ。

 わたしは部下達に言っていた。

「やはり、無理だったのか……。ディズィーのボーカロイドを作るなんて」

 

 事の始まりは一冊の音楽雑誌であった。

 流行り廃りの激しいこの世の中で今、輝いているボーカルがいる、と企画を持ちかけられたのだ。

 そう言い出したのは笑顔を貼り付かせたようなプロデューサーであった。

 わたし達はその恰幅のよさと姿勢から密かに「ベロリンガ」と呼んでいるプロデューサーだ。

 ベロリンガは事もなさげにこう切り出す。

「やっぱりね、これからの時代はロックだよ」

 はぁと生返事しか出ない。このベロリンガはいつだって、これからの時代は、とか言い出すのだ。

 そのくせ、取材対象の曲を一つしか聴いた事のない、などザルである。

「知ってる? ギルティギア」

 知っているかと問われればわたしは首肯するしかない。ホウエンで人気のロックバンドである。

 その中でも一際異彩を放つのがボーカルのディズィーであった。

 赤い髪に、長身、スタイル抜群。切れ長の瞳に射竦められると何も言えなくなってしまう。

 そんな風評が流れる今話題の時代を牽引する人間。

 彼女を話題にしてきた辺りから、嫌な予感はしていた。

「まさか、次のボーカロイドに彼女を登用しろ、なんて言わないですよね?」

 ボーカロイド、という文化がある。

 音声を分析し、自ら手がけた歌詞を歌わせるプログラムソフトだ。

 曲も歌唱力も思いのまま。

 文明の利器が生んだ新たなるサブカルチャーである。今、このボーカロイド文化が熱かった。

 プロデューサー、通称「ボカロP」と呼ばれる先駆者達が、こぞってボーカロイドの曲を作りネットにアップするのである。

 ヒットする動画では百万再生など当たり前の世界。

 わたしは以前、ボーカロイドの最新作としてルチアロイド、というものを作った事がある。

 その名の通り、ホウエンのアイドル、ルチアの声を分析し、解析し、それを自由自在に生み出す事の出来るボーカロイドで百万本以上は売れたはずだ。

「前回のルチアロイド。あれ、大反響。よかったよ」

 その賞賛にも、はぁ、の生返事。

 何故ならば、我々製作陣にとっては思い出したくもないプロジェクトであるからだ。

 一人の人間の音声を解読し、解析し、分解し、再構築する。

 これだけの事にどれだけの予算と人員、それに高スペックのパソコンがいる事か。

 上は全く分かっていないし、結果ばかりを追い求める。それはこのベロリンガだって例外ではない。

「やっぱりさ、ネットだとかなり評判なんだよね。ルチアロイドはよかった。とても! 傑作だよ! ……だったらさ、そのツインボーカルを使いたいって思うのは当然の事だよね?」

 そう来ると思っていた。

 ルチアはディズィーとツインボーカルを組む事も珍しくない。

 だからネット上で発売直後から「次はディズィーロイドか」というデマや噂話が出回ったほどだ。

 しかしディズィーロイドを作る事に、わたしは懐疑的であった。

「プロデューサー。ディズィーさんの楽曲、もちろん、お聴きになられたんですよね?」

「ああ、当たり前だとも! いい曲ばかりじゃないか」

「だったら、彼女の声がどれほど難しいのかも、理解いただけるでしょうか?」

 ディズィーロイドの製作に取り掛からないほど、自分達も流行に疎いわけではない。

 ルチアロイドと制作を同時にして、ディズィーロイドの試作型をいくつか仕上げた事はあるのだ。

 しかし、どれも途中で断念せざる得なかった。

 ディズィーの声は特殊なのである。

 普通、人間の声にコピープロテクトなどかかっているはずもない。無論、通常の声と歌声の振れ幅はあるものの、それほど違わないはずであった。

 しかし、ディズィーの声は全く別次元と言ってもいい。

 解析を行おうとすると何故かエラーを連発するハイスペックパソコン達。

 地声と歌声の間を狙おうとしても、その振れ幅があまりに違うために、意想外のところでディズィーロイドは失敗作をたくさん作った。

 だから今回、ディズィーの話が来た瞬間、身構えていたのである。

 何なら、こちらから、失敗作の書類を上に通してもいい。

 それほどまでに無謀なのだ。

 ディズィーロイドは不可能だ、とつき返してもよかった。

 しかし、ベロリンガは唇を舐めつつ、でもさ、と声にする。

「ルチアが出来てディズィーが出来ないってのはおかしくないかな?」

「ルチアさんは元々の声が歌声に近いんです。だから可能でした」

「ディズィーのプロダクションはさ、このディズィーロイド、大賛成なんだよね。これを成功させれば一発当てられるかもしれない」

「一発当てる? ボーカロイド製作はいつだって一発当てるなんてそんなヤマを張るみたいなものじゃないんです。一応、人員とか、予算とか……」

「ああ、分かった! ディズィーロイドは難しい。よぉく分かるし、ボーカロイド製作には色々と付き物だ」

 分かってくれたか、と胸を撫で下ろそうとするとベロリンガは予想外の声を発する。

「でもさ、もうオーケー出しちゃったんだよね」

 ベロリンガは舌を出した。

 わたしは唖然とするほかない。

「何をやっているんですか! 我々スタッフの同意もなしに……」

「悪いとは思っているよ。でも、この企画さえ成功すれば黒字に転化出来る見込みはあるんだ。プロダクションはディズィーロイドの製作と、それによって生じるマージンを、こんだけくれるって言っているんだ」

 五指が広げられる。まさか半分も自分達に与えるというのか。破格、というよりも最初から無理だと分かっていないと出来ない交渉であった。

「それ……、最初から不可能だと相手も分かっていて言って来ているんじゃ……」

「疑ったって始まらないさ。もう転がり出した石だ。出来ない、とは言わないよね?」

 プレッシャーをかけてくるベロリンガにわたしは言い返す。ここで、デスクであるわたしが跳ね返さなければ企画は通ってしまう。

「冗談じゃありませんよ! ディズィーロイドの失敗は目に見えています!」

「ルチアロイドと同じ規格を使えばいいじゃないか。なに、パソコンオタク共を相手取るんだ。実際のディズィーの声なんて知る者はいないよ」

 その認識は遥かに古い。今や、個々人のパソコンでも一昔前のスパコン並みの働きの出来る時代だ。

「ディズィーの声と違えば、反発も出ます」

「パッケージの権利はウチが持っているんだ。誰が反発するって? もう買い取ったし、ここに、ホラ! 契約書もある! もう進むしかないじゃない」

 やられた、というよりも相手の術中であった。

 このベロリンガは最初からこちらの退路を塞ぐ。

「そんな事言ったって、デモテープでもない限りディズィーの声を解析は出来ません」

「ここに、そういうと思ってさ!」

 既にデモテープを用意してあった。このベロリンガにしては用意周到である。それほどまでに魅力的な企画だと言いたいのだろう。

 だが、わたしがここで折れれば数十人規模の作業の開始の合図となってしまう。

 デスクとして、責任ある決定が望まれた。

「ディズィーロイドはやれません。どこまで音声解析ソフトが発達しても、無理なものは無理なんです」

「ところが、だ。今回、隠し玉をもらってね」

「隠し玉?」

 そう言うとベロリンガは懐からモンスターボールを取り出した。まさか、これがホントの隠し玉、とかいう駄洒落ではあるまいな。

「これがホントの隠し玉、ってね。中身を確かめてみなよ」

 わたしは透かして中のポケモンを凝視する。

 鳥ポケモンが入っているのが見えた。

「ボーカロイドに打ってつけだからさ。それ使ってちゃちゃっと頼むよ。ね?」

 ベロリンガが打ち合わせ室を後にする。残されたわたしはボールの中のポケモンを繰り出した。

 音符の頭部を持った極彩色の羽根を持つ鳥ポケモンだ。

 このポケモンの特徴は自分でも知っている。

「ペラップ、か……」

 呟くとペラップは喋り出した。

「オイラにかかれば、こんなの」

 まさか、とわたしは目を戦慄かせる。

 このポケモンにはディズィーの声が既に録音されているのだ。

 ボーカロイドに打ってつけだと言ったのはこれか、と感じると共に一杯食わされたのだと判じた。

 これを使えば、自分達は全く苦労せずに、音声サンプルを得られると思われたのだろう。

 プロダクションも、ベロリンガも知っての行動だ。

 わたしはディズィーの声で流暢に喋るペラップを相手に頭痛を覚えた。

 それが地獄の始まりであった。

 

 音声解読は確かにペラップを使って何とかなる部分が多々あった。

 今まで解析不能であった地声と歌声のバランスをペラップは心得たようにサンプリング出来る。逸材だと言ってもいい。今まで何故、誰もこの方法を思いつかなかったのか不思議なほどであった。

 しかし、二週間目辺りから、徐々にその理由が偏在化してきた。

 ペラップは機械ではない。

 ポケモン、生き物なのだ。

 育成にかかるのは人間と同じくらいの金がいる。食費、飼育費、ペラップの喉を枯らさないためのケア、室温を均一に保ち、時には休ませるなどの措置などなど……。

 その一週間後、わたし達は今までにないほど疲弊していた。

 ペラップには常に最善を保ってもらわなければ困るのだ。

 だからコンディションを毎日のように日に三回もポケモンセンターで回復させ、さらにポロックやポフィンなどの嗜好品も与える。

 そうでなければペラップは一声も鳴かない時もあるのだ。

 それだけならばまだよかった。

 音声サンプリングとは同じ声音だけを入力するのではない。今日は違う感じで、という指示はポケモンには通じない。

 常にマイクを取り付け、新しい声が検出された時にはすかさずパソコンに打ち込む、という集中が要求された。

 こんな事ならば普通にディズィーを呼んで歌わせたほうが早いのではないか。

 そんな議論も出たが、ペラップを掴まされた以上、どうしてペラップでやらないのだ、と言われるに決まっている。

 三週間経ってようやく、わたし達は分の悪い仕事を引き受けたのに気づいた。

 最初こそ好調であったペラップも似たような声だったり、地声ばかりを喋ったりするせいで全く作業が進まない。

 かと思えば、今までにないサンプル音源を不意打ち気味に発したりするものだから、誰も集中が解けない。

 全員がパソコンの前で座りっ放し。二十四時間体勢でペラップの世話をしている。

 もう何日も寝ていないスタッフもいた。

 わたしも現場を預かる以上、それなりに気を配らなければならない。

 全員のシフト管理だけでも気が滅入る思いなのに、スタッフは明らかにルチアロイドなど比ではないほど疲れを溜め込んでいた。

 加えて完成の見込みも薄い。

 ペラップがどれだけの情報を組み込まれて送られてきたのか分からない以上、何をもって完成とするかの判断が下せないのだ。

「デスク……ディズィーさん、呼べないんですか? まだ作業量、五割行っていませんよ……」

 泣き言も言いたくなるだろう。

 しかしわたしは心を鬼にした。

「駄目だ。ペラップを寄越されたという事はこれだけで済ませろという事なのだろう」

「波形解読だけで七十時間以上パソコン見つめっ放しですよ。その波形も、次のペラップの動き次第で駄目になる事だって……」

 終わりがないのだ。

 わたしは遂に我慢出来なくなった。

 スタッフも忍耐の限界がある。

 ベロリンガに直訴しに行ったのだ。

「ペラップは使えません」とハッキリ言うつもりであった。

 しかし、連れていたのが本物のディズィーであったものだから、わたしは狼狽した。

 どうして本物が、と疑う前に相手はわたしの手を握って笑顔を向けた。

「嬉しいなぁ。オイラのボーカロイド作ってるんでしょう? 大変だと思うけれど、頑張ってね。前のルチアロイド、あれはとてもよかったから」

 おめおめと逃げ帰ってしまったのは我ながら情けない。

 スタッフに顔向けも出来なかった。

 本人を前に、あなたの声を入力したペラップはとんだ役立たずです、など言えるわけがない。

 さらに一週間が経った。

 早朝に屋上に上がると、金網を飛び越えて今にも飛び降りそうなスタッフと遭遇した。

 不思議と、驚きはしなかった。

 むしろ、今までよくやってくれたと思ったほどだ。

「こ、来ないでください……」

 こういう時、落ち着け、だとか、早まるんじゃない、というのが定石だろう。

 しかし、わたしはとてつもない事を言ってしまっていた。

「お疲れ様……」

 飛び降りようとしていたスタッフは金網を戻り、わたしに頭を下げた。

「すいませんでした……! デスク……! そんな顔で、ぼくを見ないでください! ぼくしか、苦しんでいないみたいじゃないですか……!」

 そうか、自分はそれほどまでに酷い顔をしているのだな、と客観的に感じてしまったほどである。

 スタッフの疲労はピークで、屋上で飛び降りなかった人間は次の日にはペラップの鳴き真似をしていた。

 ディズィーの声ではなく、たまに漏れ聞こえるペラップの地声である。

 それを鳴き真似すると微笑ましくなった。

 ああ、この録音用に充てられたポケモンもしっかり生き物として扱われているのだな、と感じたほどだ。

 スタッフ全員が、ペラップの動きの真似をして羽ばたいたり、時にはジャンプしたりした。

 笑顔の絶えない職場だ、とわたしは満足さえ覚えた。

 翌日から、わたしは職場の鍵を完全に施錠し、外部からの干渉を消し去った。

 すると、どうだろう。

 ペラップが次々とディズィーの未回収の音源を歌い出したのである。

 十分の間に紡がれた歌声を入力すれば、ディズィーロイドの完成であった。

 ――だが、我々にもうその気力はない。

 ペラップの鳴き真似をして、餌をせがむ女性スタッフ。男性スタッフはお互いに袖をだらんと垂れさせて羽根に見立てて擦れさせ合い、求愛行動をする。

 わたしは担当書類を噛み千切って、踊っていた。

 ダンス、ダンス、ペラップのダンス。

 人間の声と、脅威の歌声を発する人間離れしたペラップに比して、我々は人間をやめていた。

 ペラップが飽きて声を出さなくなるまで、わたし達はペラップの真似をし続けた。

 

214:名無しさん

 結局さ、一時期盛り上がっていたディズィーロイドっていつ発売すんの?

 

215:名無しさん

 何だか発売延長したらしいよ。ホームページの発売時期が未定になってる

 

216:ギルティギア好き

 >>214 クソスタッフが発売遅らせて抗議したとか噂

 

217:名無しさん

 >>216 マジか。クソ無能スタッフ氏ね

 

218:ギルティギア好き

 ツインボーカルできるかと思ったけれど、無理そうね

 

219:名無しさん

 そもそもおれは期待していなかったけれどな

 

220:ディズィーのしもべ

 まぁ、ここでギルティギアの良曲リンク張るから、そこからとんどけ

 

221:名無しさん

 >>220 乙

 

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