ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT13「アブソルの瞳」

『さーて、今日のポケモンをご紹介しましょう。今朝のホウエンニュースプラスが推すポケモンは……』

 ヘタクソなジングルと共にシルエットが出現し、そのポケモンを映し出した。サファリゾーンで飼育されているポケモンをランダムに映し出すカメラがそれを視聴者に届ける。

『災いポケモン、アブソルですね。このポケモンが現れるのを、昔の人々は災害の前触れだとして大変恐れたそうです。アブソル自身に、災害予知の能力があるとかないとか言われているようで、今日に至ってもその議論は解けません。しかし、アブソル自体はとても優秀なポケモンです。トレーナーを認めればしっかりと力になってくれます。では、今朝の星座ランキングに……』

「アブソルが嫌なポケモンって言うの、どこでも言われているね」

 ディズィーはテレビのチャンネルを替えつつぼやく。

 わたしは彼女のヘアスタイルストをやっているので、その話題に半分乗っかった。

「昔の人の迷信みたいなものでしょう?」

「そうだよ。ほとんど事実無根、アブソルもかわいそうだ。あのポケモン、メガシンカするんだよ」

 その言葉にわたしは驚愕した。メガシンカ云々に関しては現地トレーナーの憶測とたまに出される学会発表でのみ明らかになるので、なかなか一般人の手の届きにくい話題だ。

「ディズィーさんのクチートちゃんと同じですね」

 クチートの事はディズィーもオープンにしている。メガシンカ可能であるのも、彼女が導き出した戦闘結果だ。

「うん、メガアブソル見た事あるし。でも、こういう通説ってのは案外、馬鹿に出来なくってね。災いポケモンアブソル。その名前に振り回されて、破滅を免れた人間の話とか、したっけ?」

「いいえ。まだ聞いていませんね」

 ディズィーはこうしてたまに嘘なのか本当なのか分からない話を振ってくる。

 スタイリストや関係者からは話題の提供者だと歓迎される事もあるが、オカルトに弱い人間ならば卒倒しそうな話題も珍しくない。

 わたしは別段、幽霊が怖いわけでもなし、災いの前兆だとかも信じていない。

 いわゆる無神論者と言われても仕方ない人間だ。

「アブソル一匹を山で見かけたその男は、最後の最後までそのアブソルのせい、いやお陰かな。そうだって思ったみたいだ。この話は、本当の話だよ」

 

 登山って奴はいい。

 山に登ると胸がすっとすくような気がする。

 それは山の霊験を僕が信じ込んでいるからだ。

 山に登って三十年。子供の頃から生粋の山男であった僕からしてみれば、山の機嫌は手に取るようにわかる。

 その日の山のコンディション如何で死人が出るのだ。

 それは山を怒らせたから、あるいは自然の逆鱗に触れたからなのだと思っている。

 自然は雄大で、偉大で、そして畏敬の念を抱かなくてはならない。

 それを忘れると自然は時として牙を剥き、我々に襲いかかる。

 自然に、その時々の人間の都合など関係はない。

 ただただ、災禍をもたらす存在であると同時に、人々の営みに直結する事象でもある。

 僕はその日、山に登っていた。送り火山、というホウエンの山である。

 ゴーストタイプの群生地として知られ、時折現れるポケモン達もほとんどがそういう、幽鬼めいた存在である。

「ヒラノさん、今日はここで野営しましょうよ」

 後続する山男連盟の加入者が休憩を訴えかける。

 彼はサギサカ。山男歴はまだ浅く、三年程度である。

 だからか、足腰の姿勢制御がなっちゃいなかった。

 すぐに疲れるのは足腰の使い方が悪いからだと僕は何度も言ったが、トレーニングジムにも通わない彼の態度には山男としての純粋さの欠片もない。

「ああ、そうしようか」

 ただ、送り火山に関しては、その判断も時に正しい。

 煙が立ち込めてきたのだ。

 送り火山山頂付近には、雲海が広がっており、それほど標高もないはずなのに三角点に辿り着く前にもう雲の上である。

 恐ろしく気候変動の激しい山地。

 少しの判断ミスが命取りになる。

 僕は野営の準備をした。サギサカに体力はないので僕の山岳カバンに野営道具は詰められている。

 数分で設営した僕の視界に、あるポケモンが舞い込んできた。

 サギサカは手を振る。

 そのポケモンが鎌首をもたげ、青い角を持ち上げた。

「アブソルだ。捕まえましょうよ!」

 サギサカはトレーナーとしても未熟。見た事のないポケモンを見れば捕まえたくなる性も理解出来る。

 しかし、僕はそれを押し止めた。

 彼の手首を握り締め、ゆっくりと頭を振る。

「ダメだ。アブソルに手を出しちゃダメなんだ」

「どうしてですか? 保護対象のポケモンでしたっけ?」

 自然保護の名目で捕獲を禁じられているポケモンもいる。しかし、アブソルにはそれ以外にも手を触れてはいけない理由があった。

「災いポケモンなんだよ。知らないのか? 山男はみんな分かっている。山中でアブソルに出会ったら、こうするんだ」

 ガラスで出来た鈴を取り出し、僕はそれを鳴らした。山奥に染み入る音色がアブソルを遠ざける。

 登山は命の危機と隣り合わせの時もある。だからこうしてポケモン除けの鈴やピッピ人形などを保持しておくのはルールであった。

 しかしサギサカは追いかける。

「アブソルなんて珍しいじゃないですか。オレ、捕まえてきます」

 止める声も聞かずにサギサカは濃霧の中を駆けていった。

 まぁ、送り火山は平坦な山地だ。転がり落ちるという事はあるまいと、僕は高を括っていた。

 しかし、三十分経ってもサギサカは帰ってこない。

 これはおかしいぞ、と僕もにわかに立ち上がった。火をおこし、モンスターボールには相棒のイワークを連れて、野営地を離れる。

 先ほどまでよりも霧が濃くなっていた。その中を分け入って進むと、サギサカが少し行ったところに倒れ伏している。

 僕は思わず声を張り上げた。

「サギサカ君! どうしたんだ?」

 駆け寄ると息も絶え絶えに彼は口にする。

「……アブソルが……、アブソルが……」

 やはりアブソルに攻撃でもされたか、あるいは何か他のポケモンでも呼ばれたのか。

 緊急時の彼のホルスターのボールは仕舞われたままだ。僕は彼をそこに留めて、じっと息を殺した。

 ――何かが見ている。

 その予感があった。

 首筋に妙なプレッシャーを感じるのだ。

 汗がどっと噴き出し、生ぬるい風が野山を伝っていく。

 すうっと、陰になっていた草むらから飛び出したのはアブソルであった。こちらをじっと見据えている。

 その赤い瞳に、僕は暫時言葉を失った。

 やはりアブソルには霊験があるのか。

 イワークを繰り出そうとしたが、その瞬間、アブソルが跳躍し、僕へと飛びかかる。

 ばっと避けると、アブソルは山岳地帯を駆け抜けていった。

 そして一声鳴いて、導くかのごとく、僕の反応を待っているのだ。

 僕は魅入られたようにアブソルについていった。

 災いポケモン。その名が、今だけは忘れ去られたように。

 恐ろしく密度の高い時間であった気がする。

 アブソルに導かれる道はどこかこの世のものとは思えなかった。

 一歩進むたび、はて、ここは常世であったか、それともかくり世であったか、怪しくなってくるのだ。

 アブソルが人の魂を持っていくという話はない。

 しかし、災禍を運ぶポケモンだとして、古い迷信を信じ込む人間からは今も恐れられている。

 果たして、アブソルの立ち止まった先には洞穴があった。

 さほど深くもない穴で、入るなり行き止まりだ。

 その小さな空間の中で、僕はアブソルと対峙した。

 何が言いたいんだ? と僕はアブソルに問いかける。すると、次の瞬間、地鳴りがした。

 まさか、と洞穴から外を窺おうとすると、霧に包まれた送り火山の空間そのものが歪んでいるのだ。

 何が起こったのか、その解明の前に虹色に軋んだ空の向こうで、銀翼のポケモンが片腕を振るった。

 その一閃だけで、先ほどまで僕らが野営地を作っていた場所が崩落する。

 銀翼のポケモンは何かと戦っているわけでもない。ただ、送り火山を通過したに過ぎないのだが、その飛翔のなんと凄まじい事か。

 瞬時に飛び去ってしまった銀翼のポケモンを目にして僕は腰を砕けさせた。

 あれは、霊験などという生易しい存在ではない。

 見てはいけないポケモンではないのか。

 そう思ってアブソルを窺おうと振り返ると、そこにアブソルはいなかった。

 ただ、壁に彫り込まれているレリーフがあるだけだ。

 それはアブソルの特徴的な眼を彫り込んだものであった。常世を見渡す双眸が、鋭くこちらを睥睨する。

 災いポケモン、アブソルのまなこ。

 僕はそれに一礼して、山を降りた。

 不可思議な事に、さほど距離があったわけでもなく、サギサカも無事であった。

 山道に倒れていたお陰で、銀翼のポケモンの滑空に巻き込まれずにすんだらしい。

「ヒラノさん……、アブソルが、助けてくれたんですかね?」

 その質問には答えられないままであった。

 アブソルは本当にいたのか、それさえも分からない。

 ただ、自分達の行き遭ったのはとんでもない高次存在であった。それだけは確かであろう。

 野営地は完全に抉り取られており、跡形もなかった。

 あの時、アブソルが現れ、サギサカが捕まえに行かなければ、僕も巻き添えを食っていた事だろう。

 下山前にあのアブソルの眼が彫り込まれた洞穴に出向き、供え物をしてから降りる事にした。

 アブソルを畏れた先人達の作り出した、ある種の安全装置であったのかもしれない。

 災いを予見するアブソルの眼を彫る事で、送り火山の霊験を得たその力が登山者を救う。

 後から聞いた話だが送り火山にアブソルは棲息していないのだという。

 あの眼だな、と僕は今でも思い返す。

 アブソルの眼は、ひょっとするとあの山だけではない。このホウエンの、いや、もっと言えばこの世界の至るところにあるのかもしれない。

 そうして人々の営みを俯瞰しては、気紛れに助けたり、あるいは見捨てたりするのだ。

 さしずめ神のように。

 僕は帰って墨をすり、水墨でアブソルの眼を描いた。

 アブソルの眼は今も、恐ろしさと同時にこの世ならざる場所から僕を見守ってくれている。

 きっとそういう救いが、この世にはたくさんあるはずだから。

 

「それ本当ですか?」

「ウソ言うわけないじゃん。まぁ、知り合いのまた知り合いの山男から聞いた話だよ。アブソルの眼」

 半信半疑で聞き入っていたわたしに、ディズィーはホロキャスターの待ち受け画面を見せた。

 アブソルの眼の待ち受けである。

「御守にどう?」

 そう言われたが、わたしは断っていた。

 この真なるまなこの前では、きっと、わたしの稚拙な考えなど見透かされそうで、どうにも踏み切れなかった。

 後からこの話をスタイリスト仲間にすると、彼女はアブソルの眼を待ち受け画面にしておいたお陰か、交通事故に遭ったが無傷だったらしい。

 しかし、人間がありがたがる存在など、所詮は自分にとって都合のいいものでしかない。

 アブソルが災厄か、あるいは守り神であるかどうかを決めるのは、その「結果」のみだ。

 結果だけが、その信憑性を上げるのである。

 わたしは、というとまだアブソルの眼のブームには乗れずに、今日も愛玩ポケモンの待ち受け画面で仕事をこなすのである。

 

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