ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT15「インドZOO」

 

 仕事場に入ると、いつものマネージャーがホロキャスターでゲームをしていた。

 

 全く非常識な、と怒る気にもなれず、ディズィーはその画面を覗き込む。

 

「何やってんの?」

 

 その言葉でようやくマネージャーは気づいた様子だった。抜けている、と叱責してもよかったが、ディズィーは相手を叱らない。

 

 マネージャーが平謝りする中で、ディズィーは今日の昼食であるコンビニ弁当を取り出しつつ話半分で聞いていた。

 

「で? 何やってたの?」

 

「あれ? ディズィーさん知りませんか? これ、大流行なんですよ」

 

 ホロキャスターの画面で見せられたのは、投射画面越しのコンビニ弁当の上に何かが乗っている動画であった。

 

 今時珍しくもない。ARと呼ばれる技術を用いた拡張現実アプリであった。

 

 ただ、コンビニ弁当の上に乗っている生命体が見た事のないものである事を除けば。

 

「これ、何? 小さくて、白くって……そんでもって鼻が長い。胴体は寸胴で、四つ足。身体は重たそうだけれど、でもちっこいし……」

 

「知りませんか? インドZOOですよ」

 

 意味不明は発音にディズィーは怪訝そうにした。

 

「何だって? インドゾウ?」

 

「違いますって。インドZOOです」

 

「インド、ズゥー?」

 

「違いますよ。何でかなぁ。人によっては発音出来ないらしいんですよ」

 

 後頭部を掻いて困惑顔になるマネージャーだが困惑したいのはこちらである。

 

「あのさ、ホロゲームやるな、って言わないけれど、節度ってもんがあるじゃん」

 

「分かっていますけれど……ああ、ほら、それ逃げちゃう!」

 

 ホロキャスターを構えたまま、マネージャーが先ほどの生命体を追う。すかさずタッチボタンが押され、投網が投げ込まれた。

 

 無事にアプリ内で生命体をゲットしたらしい。

 

「……マネージャー。オイラに乗っかってるけれど」

 

「ああっ、すいません!」

 

 埃を払いつつ、ディズィーは問い質した。

 

「インド……なんて呼べば正解なのか分からないけれど、それって流行ってるの?」

 

「流行ってるなんてもんじゃありません。このアプリ一つでイッシュの社会問題になっていた肥満症や、あるいは引きこもりが改善されたってほどです」

 

 そのような話は聞いた事もなかったが、あらゆる分野に精通している自分のマネージャーだ。それくらいは知っていてもおかしくはない。

 

「へぇ。それってアプリストアで買えるの?」

 

「無料アプリです。一部課金はあるものの、基本は無料で楽しめます。ホロキャスターのバージョンさえ合っていれば出来るんです」

 

 アプリストアに飛んでみると早速それを見つけた。しかし文字化けしており、うまく読み取れない。

 

「壊れてんの? これ?」

 

「いや、仕様みたいですよ。現行人類では読めないらしいです」

 

「何それ……。宇宙人が作ったって言うのかい?」

 

 半信半疑のままアプリをダウンロードするとおちゃらけたファンファーレと共にアプリが起動した。

 

『インドZOOへようこそ! わたしがこのアプリの案内人を務めるシキシマです』

 

 黒衣に身を包んだサラリーマン風の男がサファリパークを想起させる策に囲われた一帯を示す。

 

『あなたは現実世界と並行として存在する、この亜空世界でインドZOOを捕獲してもらいます。捕獲したインドZOOは育成する事でバトルしたり、あるいは進化したりします』

 

「ふぅん、マユツバだなぁ」

 

 説明を聞き流しながらディズィーはマネージャーに尋ねていた。

 

「これって何が楽しいゲームなの?」

 

「よくぞ聞いてくれました。AR機能で現実世界に出現するインドZOOを捕獲し、このドウブツエンに放り込む事が目的なんですよ」

 

「……何だか胡乱な気配のするゲーム内容だなぁ。楽しいの? それ」

 

 そもそも放たれる「インドZOO」という固有名詞も「ドウブツ」という名詞も聞いた事がない。

 

「ドウブツエンの中はインドZOOでいっぱいです。で、インドZOOを全種類集める事が、このゲームの目的でもあります」

 

「何種類いるの?」

 

「……最初に知っちゃったら、ディズィーさん、楽しめないじゃないですか。これは黙っておきます」

 

 マネージャーが唇の前で指を立ててウインクするので、ディズィーは眉をひそめつつホロキャスター画面に戻る。

 

『インドZOOを集めるのには歩数を稼ぐ事や、他のユーザーの設置した餌場に食いつくのを待つか、あるいは珍しい場所にしか存在しないインドZOOを投網か、ナパーム弾で捕獲する方法があります』

 

「こんなの、マジに流行ってるの? よく分からないゲームだなぁ」

 

 疑問視するディズィーにマネージャーは自信満々に言ってのけた。

 

「絶対ハマりますよ! 一週間後にはディズィーさん、これなしじゃやっていけないくらいになると思います」

 

「まっさかぁ」

 

 笑い話にしたが、投射画面に浮かび上がるシキシマがその時、不気味に笑ったのを二人は目にしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディズィーさん。今回のインタビューでは、ギルティギア、という音楽、についてのお話を聞かせていただければ幸いです」

 

 記者の質問にディズィーは他のメンバーとの楽曲製作の合間を縫って答える。

 

 すると、記者のホロキャスターが振動した。

 

「ちょっと失礼……。うわっ、レアドウブツの出現情報? ちょっと待っていてください! 今捕まえてきますんで!」

 

 記者はそう言うなり、周囲をホロキャスター越しに検分し、探し出そうとしている。

 

 その姿はどこか滑稽に映った。

 

「ねぇ、インタビューは?」

 

「ちょっとだけ! 一分でいいんで!」

 

 大の大人が熱中しているアプリゲームにディズィーは胡乱な声を出す。

 

「ドウブツって……オイラのインタビューより大事なの?」

 

 記者が捕まえ終えたのか、息を切らしてこちらに戻ってくる。その眼差しがまるで少年のように輝いているのをディズィーは発見した。

 

「いやぁ、すいません。どうしても◆◆◆を捕まえたいもので」

 

「何だって? 聞き取れない」

 

「◆◆◆ですよ。レアドウブツって言われているんです」

 

 ディズィーにはその発音がどうしても聞き取れなかった。まるでこの世のものではないかのような音程である。

 

「今捕まえたの、見せて」

 

 記者のホロキャスターを覗き込むと、黄色いドウブツが捕獲されていた。尻尾がギザギザであり、やはりというべきか、鼻が長い。

 

「これが、レアな奴って事?」

 

「レアドウブツなんですよ。インドZOO界隈でも人気で。捕まらないからってイッシュなんかではポケモンの保護区域に無断で立ち入る百人以上の人だかりが出来たって」

 

 ディズィーは記者の興奮した語り口に少しばかり興味を示し始めていた。

 

 仕事を忘れるほどに熱中出来るものなど、今までなかったからである。

 

「ふぅん、インドズゥーねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『インドZOOの舞台である亜空世界は常に現実世界と干渉し合っています。そのため、現実の場所が、他のマップアプリで見つけ出したモニュメントと影響し、珍しいドウブツの出現に一役買っているのです』

 

 シキシマという胡散臭いサラリーマン風の男が言うには、ドウブツとやらは珍しい場所に出現しやすいのだという。

 

 ディズィーはギルティギアのメンバーの集まる録音現場でインドZOOを起動させようとしたが、やはり、とやめた。

 

 プライベートと仕事は分けるべきである。

 

「おはようございまーす」

 

 扉を開けたその時、視界に飛び込んできたのはホロキャスターを構えて所狭しと走り回るギルティギアのメンバー達であった。

 

 録音機器を持っているスタッフも同様で、ホロキャスターをタップし、投網を投げている。

 

「よっし! レアドウブツゲットだぜ!」

 

「この■■■なんて絶対持ってないでしょ? 交換する?」

 

「こっちだって、この▲▲▲なんてレアって言われているよ」

 

 お互いに子供のように目を輝かせる人々を前に、ディズィーは唖然としていた。

 

 ルチアが振り返り、こちらに挨拶する。

 

「おっはよー、ディズィーちゃん」

 

「あ、おはよー……。ねぇ、何これ」

 

「何って、インドZOOでしょ。ディズィーちゃん、やってなかったっけ?」

 

「いやその、流行っているのはこの間聞いたけれど、でもまさか、こんな」

 

 大人達が仕事も忘れて没頭するなんて。

 

 絶句するディズィーにバンドのドラム担当が歩み寄ってきた。

 

「ディズィーさん! これ、スッゲェっすよ! レアドウブツです! オレが捕まえたんですよ!」

 

 自慢げに語るドラム担当に、ディズィーは辟易した。どうして現実でもない話に彼らは熱中しているのだろう。

 

 スタッフもスタッフである。

 

 誰一人、この現象をおかしいとも思っていないようであった。

 

「ルチアは? やらないの?」

 

「んー、やってみたいけれど今は手離しかな。ほら、仕事あるし」

 

 いつもは天然アイドルを演じている彼女がこの場において一番まともであった。ディズィーは嘆息をついてホロキャスターを起動させる。

 

「時間かかる?」

 

「多分。だってどこもこんな状態らしいよ」

 

「ウソじゃん」

 

「ウソじゃないって。電車とか見てみたら? みんなやってるよ。インドZOO」

 

「そんなに熱中出来るものなのかなぁ……」

 

 半信半疑のディズィーにシキシマという男が語りかける。

 

『インドZOOの世界はとても奥深く、あなたの時間を虹色に彩るでしょう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の収録は結局、夜半になり、ルチアと共にディズィーは街中に出ていた。

 

 夕食も出なかったため、二人で何か食べにいこうと提案したのである。

 

 横断歩道で信号待ちをしていると、不意に突っ込んできたスピード違反の車が停車していた車に追突した。

 

 劈くようなブレーキ音が上がり、直後には車体をひしゃげさせた車が横倒しになっていた。

 

「事故だ!」「警察呼べ! 警察!」

 

 すぐさま物々しくなった空気の中、事故車両から這い出たドライバーは片手にホロキャスターを握っていた。

 

 額を切ったのか、血が出ているにもかかわらず、ドライバーは大声で言いやった。

 

「みんな! レアドウブツがこの辺にいるぞ!」

 

 その一声に居合わせた全員がホロキャスターを構える。先ほど巻き起こった事故などまるでなかったかのように全員が血眼になってホロキャスターを掲げ始めた。

 

「出たか?」「いや、こっちには……」「見ろ! 捕まえた奴がいるぞ!」

 

 瞬間的に場が制圧された空気であった。

 

 レアドウブツ。その一言だけで事故が掻き消されたのだ。

 

「衝突事故……だよね?」

 

「うん……でもみんな、それも忘れているって言うか……」

 

 ルチアがいなければ頭がおかしくなっていそうな光景であった。

 

 大人達が押し合いへし合いでレアなドウブツとやらを取り合っている。

 

 しかもそれは、目に見えないのだ。

 

 ホロキャスターの拡張現実に映るだけであって、現実にはそれは不可視である。そのために、ただ単に大人達が姿勢を沈めて何かを警戒しているようにしか見えなかった。

 

 不自然な光景に割って入るように、パトカーのサイレンの音が鳴り響いた。救急車も到着し、これにて一安心、とディズィーが思ったところで、また声が響き渡った。

 

「何だって? ◆◆◆が出るって?」

 

 警察が事情聴取を取り止め、自前のホロキャスターを手にそのドウブツとやらを探し出そうとする。

 

 救急隊員も同じように姿勢を深く沈めて始めるものだから一向に現場が進展しなかった。

 

 気がつけば、押し殺したような沈黙の中、大人達がゆっくり、ゆっくりと這い回る奇妙な光景が出来上がっていた。

 

 数珠繋ぎに大人達が周回しているのである。

 

 一人が、「捕まえた!」と声に出すと、全員が注目するのだ。

 

 その異様な構図にディズィーは唾を飲み下していた。

 

「何これ……おかしいじゃん。だって、事故が起こったんだよ?」

 

「うん……でも、みんな、インドZOOに夢中で」

 

 操られたように人々がホロキャスターを構えている。

 

 ディズィーは覚えずルチアの手を引いて逃げ出していた。

 

 この場はおかしい。どうかしている。

 

 一駅分ほど駆け回ったところでようやく、ディズィーはその景色から抜け出す事が出来た。

 

 息を切らし、ルチアに問いかける。

 

「周りに、インドズゥーをしている人はいない?」

 

「うん、いないみたい」

 

 ――どうにかしたのか? 自分達だけが知らない世界に放り込まれたかのようであった。

 

 全員が口を噤み、一つの目的のために全てを忘れて恭悦しているなど、平時の人間の姿ではない。

 

「あれ、おかしいよ……だってあんなに」

 

「あっ、ちょっと待って」

 

 ルチアがホロキャスターを取り出す。自分のパーソナルカラーに塗装したホロキャスターは振動していた。

 

 その画面を見るなり、ルチアは笑顔になる。

 

「ディズィーちゃん! レアドウブツ、この辺にも出るって!」

 

 ディズィーは何かが壊れていくのを感じていた。

 

 唯一の寄る辺であるはずのルチアでさえ、呑み込むというのか。

 

 強烈な眩暈に襲われ、ディズィーは逃げ出していた。

 

 どこを、どう走ったのかも覚えていない。

 

 気づけば一人、人気のない公園に佇んでいた。

 

 肩を荒立たせ、もう走れないほどに体力を消耗している。

 

 しん、と水を打ったように静まり返った公園には誰もいない。

 

 ホロキャスターがその時、にわかに振動した。

 

 インドZOOをダウンロードした時に同時に配信されるメールサービスがレアドウブツの発見を告げたのである。

 

「この辺りに、いるって……?」

 

 ディズィーは身構える。だが、相手には実体がないのだ。

 

 実体のないものに、どう立ち向かえばいいのだろう。

 

 ホロキャスターが鳴動する。

 

『レアドウブツハッケン! レアドウブツハッケン! タダチニホカクスルノデス!』

 

 狂ったように配信するシキシマという男にディズィーは喪服の悪魔を見ていた。

 

「お前が! 今回の元凶か!」

 

 問い質してもシキシマはレアドウブツ発見の報告をするだけである。

 

 そのドットが浮き上がり、ARで拡張されたシキシマの顔面がケタケタと嗤い出した。

 

 現実と虚構の隙間。

 

 その合間に咲いた謎の存在を、シキシマが語り聞かせる。

 

『不思議な不思議な生き物。ポケモン図鑑には載ってない。インドZOO』

 

「こんな……みんなをおかしくしたのは、お前なのか!」

 

『さぁ、みんな! インドZOOの世界へ! わたしはインドZOOの研究をしているシキシマというものです。あなたのお名前は?』

 

「こんな……こんなもの……!」

 

 叩き折ろうと振り翳した、その時であった。

 

 投射画面に巨大な影が映し出された。

 

 シキシマの声がやみ、再び無音の空間に堕ちた公園で、何かが身じろぎした。

 

 ディズィーはその存在を、ホロキャスターの画面越しに目にする。

 

 長大な鼻を持ち、灰色の肉体は寸胴であった。四つ足に、鈍そうな身体。小さな瞳。

 

 公園どころか、空を包み込む天蓋と化したそれは紛れもなく――。

 

「インド……ZOO?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先ほど入ってきたニュースをお伝えします。世界中で配信されていた人気アプリ、インドZOOが突然、配信を取り止める、と発表しました。公式には、アプリによる事故の頻発、あるいはトラブルなどが原因だと言われていますが、目下のところ、原因は不明です。ユーザーには、配慮ある使用を、との事でしたが……えっ、レアドウブツが出現? ちょっと待って! アタシも捕まえるんだから!』

 

 街頭モニターに表示されるアナウンサーが飛び出した後の無音の領域が消え、砂嵐を映し出した。

 

 恐らく世界中の、全員がそのゲームに夢中に違いない。

 

 大人も子供も魅了する。人類みんなが、その虜。

 

 ポケモン図鑑には載ってない。

 

 不思議な不思議な生き物。インドZOO。

 

 さぁ、インドZOOの世界へ。

 

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