ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT22「モクモクタウン」

 

「あれ? タバコ臭くない……」

 

 第一声に担当者は乾いた笑いを出す。

 

「何ですか、ディズィーさん。そんなに意外ですか?」

 

「だって、いっつも吸ってたじゃん。ぷかぷか、って。タバコ臭いのに慣れていたから何だか別人みたいだよ」

 

「別人、ですか」

 

 彼は苦笑する。テーブルにつくと思い浮かんだ言葉をぶつけていた。

 

「禁煙……、するタイプには見えなかったんだけれど……でも臭いしないし、やっぱり何かあった? 恋人とか?」

 

「いるように見えますか?」

 

「ううん。まったく」

 

 容赦のない言葉にも彼は微笑むばかりである。彼は生粋のヘビースモーカーであり、そしてこのバンドの立役者だ。ギルティギア以外にも同時並走しているバンドの担当マネージャーであり、彼の手腕は芸能界では知らぬ人はいない。

 

 しかし、その悪癖も然り。タバコを手離した事は、一日もないと言う。

 

「何歳から吸ってるんだっけ?」

 

「十七からですね」

 

「年季入ってるなぁ……。それで今は四十だっけ?」

 

「先月、五十になりました」

 

「ふぅん、若く見えるのにね。で? どうしてタバコ歴四十年近いベテランが、引退しようと思ったの?」

 

「……うぅーん、ちょっと、にわかには信じ難いと思うんですが……」

 

「恋人なんていないでしょ? それに子供嫌いだし。喫煙席にはこぞって行くタイプ。今までだってライヴ音源を観てもらっている最中、何度も吹かしていたから、絶対この人はやめられないぞ、と思っていたんだけれどね。肺ガンの危険性とかに気づいた?」

 

 すると彼は額に手をやって考え込む。

 

「いえ、健康面は気にしたってもうオッサンですし……。それに諦めてましたから。タバコは一生の付き合いだって」

 

「じゃあその伴侶みたいなのと縁を切った理由が知りたいな。病気でも、ましてや誰かに言われたわけでもないのなら、きっかけは何?」

 

「きっかけ、ですか……。そうですね。これは、話したほうが信じてもらえるかもしれません。自分は一か月前、ある町のバンドに密着する事になったんです。名前は……ここでは伏せておきましょう。新進気鋭のバンドで、エネルギーもばっちり。これなら売れるって、もう上もオーケー出していたくらいですし、自分のやる事なんて音源のチェックとセールスの仕方を向こうの担当に伝授して……、一か月の出向は終わりだって思っていたんです。でも、その町が食わせ者だった」

 

「……町? 人でも、出会いでもなく?」

 

「ええ、あの町では、喫煙者ほど嫌になる……。ディズィーさん、これを話すのはあなたの事を自分が信頼しているからです。だから聞いても、あの町の悪評は流さないでください」

 

「もったいぶるなぁ。いいよ。聞く聞く」

 

「では……。出向して三日目、自分は随分と曇り空ばっかりだな、と思い始めていました。その町の名前は……、仮にモクモクタウンと名付けましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モクモクタウンの朝は霧に包まれて始まる。

 

 朝靄の湿気が窓に張り付いて、黎明の光を乱反射した。

 

「今日も曇りか」

 

 呟いた自分に同行者の若手マネージャーHは笑って手を払った。

 

「それがモクモクタウンですから」

 

「しかし……、こうも曇り空ばかりだとバンドに影響は? 彼らはまだ若い。晴れ渡る空の下でライヴをしたほうが……」

 

 若手ミュージシャンのライヴはもう目前だ。それをこのモクモクタウンで強行するという上の判断に、自分は一家言あった。

 

 フェスは盛り上がりを見せるだろう。チケットは二か月前にはソルドアウトだ。これならば、大成功間違いなし。

 

 それが見えているのに、どうにも気乗りしない。それはこの町に重く降り立つ曇天のせいでもあるような気がしていた。

 

 鉛のような空。重く沈殿する空気。滞留する倦怠感。

 

 どれもこれも、先駆者が行くにしてはちょっとばかし重苦しい。

 

「別の町での依頼もあったはずだろう? どうして請け負わなかった?」

 

「それは彼らの故郷がこのモクモクタウンだからです。まずは故郷を大事にしたい、と」

 

「故郷、ね。そういうのは一番、バンドマンには流行らないよ」

 

 経験則での忠言にもマネージャーは軽く返す。

 

「でも、ここでの成功はいずれ躍進へと変わります。今がチャンスなんですよ」

 

「それは分かっている。だが……、ちょっと申し訳ない。吸っていいか?」

 

 指を二本立てて前後させると、相手は、ああと心得た。

 

「外ならいいですよ」

 

「……中で吸いたいんだ。煙が沈殿するのが好きでね」

 

「申し訳ありません。自分が嫌煙者でして」

 

 そのせいもあってか、まともに吸えた気がしない。三日間、もちろん完全に我慢していたわけではないが、屋内で喫煙出来ないのはストレスだった。

 

「別室は? 例えば、そう。喫煙席」

 

 その言葉にマネージャーは目を白黒させる。

 

「喫煙席? ……よく分かりませんね。わざわざ吸う人のために席があるので?」

 

 その言葉に内心、仰天したがこれは嫌煙者なりの嫌味なのだろうと受け取った。

 

「……いいだろ、別に。そこいらのファミレスで吸うよ」

 

「外出はいいんですが、多分この町に、タバコを吸える場所はないと思いますよ?」

 

「……それは何で?」

 

 彼は当たり前の事のように告げていた。

 

「ここがモクモクタウンだからです」

 

 確証のない言葉を背に受け、早速ファミレスを探そうとしたが、外に出た途端、濃霧がホロキャスターの画面を覆った。

 

 何度拭ってもすぐに水滴がつく。

 

「……嫌がらせみたいな町だな」

 

 ホロキャスターでの自動案内は諦め、ここは久しぶりに自分の足で探そうとする。ファミレスくらいすぐに見つかるだろうと思ったが、どうにもこの町並みと言い、重く垂れこめた曇天と言い、灰色に支配されたこの場所では方向感覚が狂う。

 

 南に進んでいるはずなのに、西にいつの間にか足が向いているのだ。

 

 辛うじてスタジオの場所とホテルの場所は分かりやすかったものの、モクモクタウンを散策するのには情報が足りなかった。

 

「……そこいらの人にでも聞くか。あの、すいません」

 

 タクシー運転手が車体に背中を預けている。その隣でガスを吐き出し続けるポケモンがいた。

 

 肉腫のような形状のポケモンは確か、マタドガスと言ったか。マタドガスが絶え間なくガスを噴き出す中、手を振るって尋ねていた。

 

「この辺に飲食店はありますか?」

 

「ああ。それなら中心街にいくらでもあるよ。ここからじゃ、ちょっと分かりづらいかもしれないね」

 

 財布を覗く。タクシーの代金くらいは充分にあった。

 

「では、案内をお願い出来ますか?」

 

「別にいいですが、迷いやしませんよ。誰だって行けます」

 

「自分、この町は初めてでして」

 

「ああ。だからそんなものを持っているんですね」

 

「そんなもの?」

 

 タクシー運転手は胸を指した。

 

「胸ポケットにタバコ。珍しいファッションですな」

 

 まさかタバコを持っているだけで珍しい扱いされるとは思っても見ない。言い返すべきか悩んだが、今は一秒でも早くタバコが吸いたかった。

 

「そのファミレスは、喫煙席くらいはあるんですよね?」

 

 マタドガスを彼はどうしてだか仕舞わなかった。ガスが常に放出されており、据えた臭いが立ち込める。

 

「喫煙席? ……初めて聞きますね。都会じゃ常識で?」

 

 まさか。担がれているのだろうとすぐにその冗談に切り返す。

 

「いやいや……。喫煙席くらいはどこでもあるでしょう?」

 

「そういうものですかねぇ……。タバコ、長いんで?」

 

 気圧されるものを感じつつ、首肯する。

 

「え、ええ……。ずっと手離せません」

 

「では、このモクモクタウンにいる間はきっと、吸いたくても吸えない状況に晒されますね」

 

 思わぬ返答に困惑する。

 

「それは……景観条例と言うか、そういうのが厳しいんで?」

 

「いえ。随分とマナーやルールに関しては緩い印象ですよ?」

 

 会話中でもマタドガスの発生させる霧は止まらない。

 

 その霧に含まれる毒素か、あるいは気にし過ぎたせいか、むせてしまう。

 

「おやおや、大丈夫ですか?」

 

「……はい、何とか。でもこの町、ポケモンは常時出しているんですね」

 

「誰も困りませんからね」

 

「それにしては……」

 

 道行く人々のポケモンの種類は随分と特徴的だ。

 

 クサイハナ、マルノーム、スカタンク、ダストダス……。

 

 どれも一線級とはいかない、どこかマイナーなポケモンである。

加えて先ほどからのマタドガス。何だか息が詰まってしまいそうであった。

 

「……決まり事でもあるんですか? こういうポケモンしか持っちゃいけないみたいな」

 

「いえ。でもモクモクタウンには自然とそういうポケモンとトレーナーが集まるんです。それはこの町の持つ不可抗力と言っていいかもしれませんね」

 

「不可抗力……」

 

 ファミレスに到着し、胡乱なものを感じつつも自分は喫煙席を注文した。

 

 ――途端、店内が静まり返る。唐突な静寂と冷徹な客の視線に一瞬、息が出来なかったほどだ。

 

「……お客様、もう一度確認いたします。今……何と?」

 

「えっと……喫煙席だとありがたいんですが……」

 

「大変申し訳ありません。このレストランには喫煙席はありませんので」

 

 その返答にはさすがにおかしいと声を荒らげた。

 

「そんなわけがないだろう! 喫煙席のない場所なんて……! 店長を呼んでくれ!」

 

 自分でもここまでする必要性はなかったように思える。だが、ストレスが募り募ってこの事態を招いたのだ。

 

 事務所へと促され、対面した店長もポケモンを出していた。またしてもマタドガスである。

 

「……喫煙席がないのは客に対して不親切なのでは?」

 

「いやはや、全くその通りなのですが、当店……、いいえ。このモクモクタウンでは実装出来ないのです。喫煙所が」

 

「それは……何かしらの条例に違反するとか? ……思い浮かばないが」

 

「信じられないかもしれませんが、ここモクモクタウンでポケモン以外の生物がガス……、俗に言うタバコの紫煙を吹かす事は禁止されているんです」

 

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。だが、店長は真剣な眼差しである。

 

「それは、その……喫煙者を排斥する冗談とかではなく……」

 

「まさか。そんなものではありませんよ。……ここだけの話、私も喫煙者だったのです。つい二週間前までは」

 

「では、どうして……? どうして今は禁止する側に回っているんですか?」

 

 純粋な疑問に店長は頭を振る。

 

「この靄と濃霧に包まれた町、モクモクタウンでは自然な形が求められています。それは、昔から世界一のガスに包まれてきたからこそ、その形を壊したくない、という思いがあったのでしょう。喫煙者は厳しく罰せられる事はないですが、この町では文字通り……煙たがられます。公共サービスを受ける事は拒まれ、影のようにひっそりと税金を抜き取られるのです。それが嫌で、自分はこの町で定められているルールに従う事にしました」

 

「ルール、ですか?」

 

「ええ。外から来た人々はこの町で吸いたくても吸えない状況に耐えかね、ガスを放出するポケモンを所有する事でその欲求を解消させるのです」

 

 あまりの事実に困惑する。

 

「でも……、ポケモンがガスを発した程度で、だからって禁煙出来るものが……」

 

「そのうち、嫌でも分かりますよ。とにかく、当店にいる間、タバコは一切、禁止されています。ご協力を」

 

 そう言われて、レストランをほとんど門前払いで去る。

 

 近場に喫煙出来そうな場所を求め、公園が目に入った。さすがに公園でまで禁止される事はないだろうと思ったが、鼻孔を突いたのはきついガスの臭気であった。

 

「……スカタンクか。それにクサイハナも。こんな公園でタバコが吸えるか!」

 

 逃げるように、町中を走り抜ける。どこか……どこかに吸える場所はないものか。

 

 そう考えて駆け込めば駆け込むほどに、ポケモン達の放つガスの臭いに耐えられなくなってきた。

 

 町そのものを包み込む灰色の煙。

 

 天蓋のように被さったそれから逃れるのには屋内に入るしかない。

 

 タクシーを捕まえ、慌てて宿に戻った。宿の中なら、自分の関係者がいる。彼らならば理解を示すはずだろう。

 

 そう思って、部屋に逃げ込んだ、その時であった。

 

「あ、お帰りなさい。如何でした? このモクモクタウンは」

 

 部屋の中から濃霧が質量を持って圧し掛かってくる。

 

 重苦しいガスを放出するのはマタドガスであった。

 

「……どうして、マタドガスを……」

 

「どうしてって。こうすると音の通りがいいってホテルの従業員の方が」

 

 慌てて窓を開けようとして、それでも襲いかかってくるガスの魔の手に息を詰まらせる。

 

「どこに行っても……」

 

 ――タバコを吸いたい。しかし、これほどまでにガスの濃度が高い町中で、これ以上の煙に包まれると、それだけで圧死してしまいそうだ。

 

 マネージャーが過呼吸に喘ぐ自分へと囁く。

 

「タバコさえ捨てれば、慣れますよ。この町のルールにも」

 

 ――タバコを捨てれば?

 

 その選択と喫煙欲求が天秤にかけられる。

 

 どうしてもタバコを吸いたい。だが、吸えばそれは死ぬ時だ。この町で、一時でもタバコの悦楽に浸れば、それだけで追放者扱いだろう。

 

 何よりも、重く垂れ込めた灰色の世界に。このポケモンのガスと靄で揺らめく、世界そのものに。

 

 自分は、後ろ指指され、さらに言えば、影のようにひっそりといつの間にか退路を断たれているに違いない。

 

 そのような思いをするくらいならば、いっそ……。

 

「分かった! タバコを捨てる! 捨てるから……、もうこれ以上、俺を追い込まないでくれ!」

 

 胸ポケットからタバコのパッケージを放り投げる。

 

 マネージャーがマタドガスのガスで煙る視野の中でにやりと嗤ったのが窺えた。

 

「賢明な選択ですよ。これであなたも禁煙出来ましたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それが、禁煙出来た理由?」

 

「信じられませんか?」

 

「……いや、信じるよ。かなりぶっ飛んだ話だったけれど、確証はあったし」

 

「確証? 何ですか、それ」

 

 彼は笑うが気づいているのだろうか。彼の手持ちが知らぬ間にか、あるいは意図的にか――マタドガスになっている事を。

 

 モクモクタウンの呪縛はまだ彼を離してはいないらしい。否、もう囚われているのだ。

 

「いやぁ、禁煙って素晴らしいなぁ」

 

 晴れやかな表情の彼に、ディズィーは言ってやった。

 

「そうだね。形はどうあれ、禁煙出来たほうがいい。タバコはあなたの健康を損なう恐れが……」

 

「パッケージみたいな事を言いますね」

 

 微笑んだ彼がマタドガスのガスで包まれる。とろんと恍惚の瞳になった彼の面持ちは、以前までの喫煙時と全く同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それはモクモクタウン。

 悠久の濃霧と煙に包まれた、「禁煙出来る」町。

 

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