ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT24「ディズィー、風邪を引く」

 

「風邪薬を貰いに来たんだ。もちろん、お忍びで。まぁ、マスクもしていたし、それにホラ……病院ではみんな平等に患者じゃん。だから、何もないんだと……思っていたのがちょっと甘かったのかもしれないね。オイラもそうなんだけれど昔……とても昔の話になって恐縮なんだけれど、ヒーローショーが大好きだったんだ。……あっ、笑っちゃう? まぁ、女の子だから、普通はホラ、ポケキュアとかだよね。でもオイラは男の子に近いから。あーあ、また笑われちゃった。ま、そんな昔の事はいいんだ。問題なのは、今。つい先週、カナズミシティの総合病院に行った時だった。マスクと薄めのメイク。そんでもって、駄目押しに黒毛のウイッグ。そこまでして自意識過剰? かもね。でも、そこまでしても駄目だった。ちょっと油断していたのかもしれない。恋は盲目と言うけれど、信仰心だって盲目だ。他のものが見えなくなっちゃう。道徳心だとか、常識だとか。そういう、目隠しされた状態ってさ。コントロール不可なんだ。操れないんだよ、どうにかなっても。だから、うん。あの……事件と形容するのは早計かもしれないけれど、事件が起こったのは紛れもない、必然だったのだと思う」

 ちなみに風邪薬って何錠飲む? と彼女は聞いてきた。自分は用法用量を守って、と応じる。

「そう。風邪薬は用法用量を守らないといけない。そうじゃないと、変な効き方をしてしまって、逆に毒になる。だから、オイラもどうせ、ちょっと喉がしゃがれた程度だから、なんて事はないって軽い見立てだった。ああいう事って起こるんだね。勉強になったよ。そんでもって、これが毎朝飲んでいるサプリ」

 ディズィーは三種の錠剤を持ち歩いている。これを知っているのは一部の業界人だけだ。

 一線を行くアーティストは体調管理も第一。ライヴが風邪のせいでダウン、チケットは払い戻しなんて誰も望んではいない。それだけは確かだろう。

「だから、そう、風邪薬だけ貰うつもりだった。そのつもりだったんだ」

 

 タミノという医者は勤勉を絵に描いたような人間で、それでいて努力を怠らない、模範のような医師であった、と調書には書かれている。

 犯罪歴はもちろんなし。補導歴などもってのほか。真っ新な彼のプロフィールを目にした刑事は、まずは、と咳払いする。

「どうしてこんな事をしようと思ったんですか」

 警察組織としても、異例と言える事件である。出来れば早期に解決したい、と中年の刑事の前で目線をじっと、机の隅に据えている若手医師はこう応じていた。

「……刑事さん。ファンになったアイドルって、これまでいますか?」

 別段、話を逸らそうというわけでもないのだろう。素直に答える事にしてみる。

「PKT25というグループに、娘が熱狂していてね。わたしも何度かライヴに行った事はある」

 その言葉にタミノは、ああ、と口元を綻ばせた。

「いいですねぇ……。PKT。ピカチュウの姿のコスプレ集団だとか、パンツ見せ集団だとか、最初のほうは叩かれていましたけれど、今はほとんど一線級のアイドルじゃないですか。そういうのの……熱意って分かりますよね?」

「熱狂する、というのがどのようなものかくらいは」

 言葉の表層で応じた刑事は、タミノの一挙手一投足を観察していた。

 先ほどから目線は絶対に合わせない。かといって、特段容姿に恵まれていないわけでもない。

 爽やかな、どちらかといえば好感を持たれる愛嬌のある面持ち。笑えば、何人かの女性は虜になるであろう、鼻筋の整った相貌は眉目秀麗とは行かなくとも、一般的には美形に近いであろう。

 そんな彼が、今自分と机一つを挟んでアイドルの話をしている。

 異様さが際立つ中でタミノは、ははっ、と不意に笑った。

「……分からないもんだなぁ。まさかあの憧れの……ディズィーさんに会えるなんて。病院に勤務していてよかった」

「……憧れならどうしてあんな事を?」

「嫌だなぁ、刑事さん。分かり切っているじゃないですか。アイドルは、確かにみんなのものです。ファンのみんなの、共有財産なんです。それをでも、分かり切っている。誰もが独占したいのは山々じゃないですか。僕もそうだった。シンプルにそうなんですよ」

 刑事はようやく、この事件の深層へと口火を切っていた。

「……だからと言って彼女は風邪薬を貰いに来ただけだ。君の行動は情状酌量の余地もない。殺人未遂に該当する」

「殺人未遂かぁ……。よかった。まだディズィーさんは生きているんですね。だったら、またライヴチケットを五枚分、買わないと。シンオウのほうに遠征されるみたいだから、その分の旅費も……。かさむなぁ……」

 呑気なその言葉に唖然とする。彼は逮捕されているのだ。ライヴに行くなどもってのほか、これからの人生を棒に振ったのに。

 何故、という疑問が突き立った。

「……独占欲だけであんな事が出来るのか?」

 するとタミノは、少しだけ視線をこちらに据える。深淵を覗き込むかのような、虚無がその中には内在している。

「人は……何でも信じられる。それが神様でも、ポケモンでも何だっていい。信じたものに対して、対価は支払うべきです。僕は対価を支払ってきました。だから、報酬が必要なんです。払った対価に見合う代物が」

 静かなる狂気に刑事は言い含める。

「だが殺人は犯してはならぬ領域だ」

 しかし彼はそれこそ何を気にするのか、と頭を振る。

「独占欲がなくって、人間何をエネルギーにして生きるって言うんですか? お金だってそうだし、思い出も、家族も、名誉も、美食も、何もかも。全てを知るために僕たちは生まれて来たんです。だから、これも僕の生きる道」

 刑事はちらと調書を窺う。

『タミノ・テツヤ。殺人未遂』の文字が今の彼に貼られたレッテルであった。

 だがそのレッテルが何だというのか、と彼は言ってのける。

 むしろ彼の弁を借りるのならばこうだろう。

『独占欲なんて皆が持っている。偏在化させないだけだ』と。

 しかし、それでも問わずにはいられない。繰り言かもしれないが、と前置く。

「本当にディズィーさんを……殺したかったのか?」

 彼は何でもない事のように、それこそ自分の武勇伝のように言い放つ。

「はい。僕のものですから」

 

 風邪薬の処方って言うのは案外面倒でね。

 色々手続きが終えてから内科診療に入ったんだ。

 ……先生? 一見すると変じゃなかったよ。でも、それが過ちだった。

「どこが悪いんですか?」

 喉の調子がと応えると、彼は薬を三錠、差し出した。普通、いきなり薬を飲めってのはおかしいと思うんだけれど、早く治したいから三錠飲んだんだ。

 そこから先の意識が……なかったね。

 茫漠とする意識の糸を手繰り寄せたその時には、オイラは手術台にいた。銀色に反射する強い照明を受け、身をよじるんだけれどこれが全然解けてくれない。

 先ほどの医師が入ってきて、助けを求めようとしたんだけれど、その時だった。

 彼は六角形の氷雪のポケモンを繰り出したんだ。

「フリージオ。僕のポケモンです。今まで、色んな人を診てきましたけれど、まさか憧れのディズィーさんが患者として来てくれるなんて……。これほど嬉しい事はない。今日は実に良い日だ。だから永遠にしたいんですよ」

 フリージオの凍結攻撃が身体を末端から氷結に晒そうとする。氷点下とささくれ立った肌が瞬間的に熱を失っていくのが分かったよ。

 モンスターボールに手をかけようにも、好位置に手はない。だから、クチートで対抗する術もなかった。フリージオの氷の鎖がオイラを絡め取った時、もう駄目だと思ったけど、オイラは出来るだけ引き伸ばそうとした。

「……ねぇ、こんなしゃがれ声のディズィーなんてさ、永遠にしたってつまらなくない?」

 脳裏に閃いたのは「風邪を引いている」というかけ引きのみ。彼が「完全なディズィー」を求めているのならば今の自分は許せないはずだからね。

「それは……確かに今のディズィーさんは万全じゃない。それは残念です。風邪を治させてから、氷の彫刻にしてあげても」

 一瞬だけ相手が気を緩めた、その瞬間であった。絡まっているフリージオの氷の鎖を引っ掴んで頭突きをかます。

 ポケモン相手に人間の頭突きは通用するなんて思わなかったけれど、あまりレベルの高いフリージオじゃなかったみたいでね。幸いな事に相手はよろめいたんだ。

 その僅かな隙で手術台から転がり落ちて、相手のフリージオが再攻撃に移る前に、ホルスターからクチートを繰り出した。

「アイアン……ヘッド!」

 クチートが怪物の後頭部を振るい、フリージオを叩きのめす。その一撃が医師と敵ポケモンを突き飛ばしていた。

 荒く呼吸をつきながら、オイラは冷静に、警察を呼んだね。

 その後の顛末は知っての通り。

 まぁ、度の過ぎたファンは怖いねって話。それにしたって……コホン。

 ああ、ゴメン。まだ風邪、治っていないんだ。

 咳が残っちゃって……。熱もちょっとあるかも。

 ――いい医者、知らないかな?

 

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