ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT25「科学讃美」

 

 打ち合わせに訪れたところ、駅前でギターをかき鳴らす一団に遭遇した。

 ああ、よくいるストリートミュージシャン。アマチュアの光景であったが、私はそれを聴き入って拍手している集団の中に重要人物を発見する。

「いやぁ、恐れ入った。いい曲だったよー」

 呑気にそう口にする相手はディズィー。カリスマロックバンド「ギルティギア」のボーカルであり、自分の打ち合わせ予定の相手であった。

 私は駆け寄ってディズィーの手首を掴む。およ? と間の抜けた声を発する彼女を集団から引き剥がしていた。

「何やってるんですか! 天下のディズィーさんが!」

 充分に離れてから、自分はガラにもなく怒声を漏らす。彼女はしゅんとして言葉を返す。

「いいボーカルだったからさ。いやぁ、いつかは大成するよ。昔の自分を見ているみたいだったね」

 有名人の自覚が足りないのか。それとも素の彼女がこうなのかは不明であったが、しかし誰も本物だとはまさか思わなかったのが救いであった。

 私は顔を手で覆い、嘆息をつく。

「……せめて打ち合わせのカフェで待っていてくださいよ」

「だって、カフェって飽きちゃう。それに、あの駅前はカフェから十メートルもなかった。ギリギリセーフだよ」

 どのような観点で言っているのか。ここは毅然とした態度で応じるべきだ、と自分は心を鬼にした。

「ディズィーさん。あなたはそうじゃなくっても目立つんです。だから、出来るだけオフの時にはオフの行動を……聞いていますか?」

「あー、うん。オンオフの話ね。でもなー、何だかこう、人間ってそう簡単にスイッチ出来るようにはなってないんだよ。この間だってそうだった」

 ディズィーがこうして口火を切る時には大抵、真偽の分からない話が始まる。私はその噂の是非も不明だろうと言いたかったが、業界の面倒ごとには目聡かった。

「その手には乗りませんよ。いつだって煙に巻くんでしょう? そうやって」

「論点ずらしているわけじゃないよ。本当に、ちょうどって感じ。オンオフってさ、昔は大人がよく使っていたじゃんか。この子供はオンオフが出来ないって。子供をラベル化するみたいな話でさ」

 その言い分にはどこかで同調する。自分もまた、よく大人より「落ち着きのない子供」としてラベリングされた過去が、この時数奇にも脳裏を過ったのだ。

「……そういうものですよ。子供は大人のラジコンじゃないんだって、誰もが大前提では言いたがります。ですが、実際にはラジコン……いいえ、もっと酷い事を考えている大人だっているでしょうね」

「でしょー。話分かるぅー」

 こうして調子だけはいいのだ。私は観念して、せめてカフェで、と促していた。

「長い話になるんでしょう?」

「あれ? もしかして有名?」

「……何となくです」

 本人に打ち明けるだけの勇気もなく、私は打ち合わせの延長で、という体裁を整わせ、彼女の話に付き合う事にした。

「でもさ、ラジコンって面白いよね。昔は欲しかったんだ、飛行機のラジコン。あれってどういう仕組みなのかちょっとよく分かんないところも魅力だよね。ふわって浮かんで、びゅんって飛んでいくんだ。それも凄まじいスピードで」

「……ディズィーさん、大人による子供のラジコン論の話じゃなかったんですか」

「あー、それもあるんだけれど、でも、やっぱり心の奥深くにあるのは、ラジコンだよね。あれってさ、どこまで有効範囲? 飛行機の、よく分かんない奴。旋回とか、カーブとかよく出来るよね、単純なスイッチ一つで。そういうのって、未来でもあるのかな」

「未来の子供が遊ぶのかって話ですか。……まぁ、今はシルフの開発した有名な遠隔操作ロボット玩具があるじゃないですか。ポリゴンって言う」

「あれはポケモンじゃん?」

 確かに、あれはポケモンとして登録されている。ポケモン図鑑にだって載っている有名な話だ。私は呆れながらその言葉を聞く。

「人工ポケモンですけれどね。造られたっていう観点で言えば、あれもラジコンですか」

「ラジコンだね。ロマンの塊だ。でもまぁ……ポケモンってのはちょっと違うかな。ラジコンってのも……もしかしたら違うかも。でも誰かが、意図して動かしている……そういう存在を、信じる?」

「UMAだとか、宇宙人だとか言いたいんですか?」

 笑い話にしようとすると、ディズィーは真剣な面持ちになった。

「そっか……宇宙人って言う観点があったか。そいつは盲点」

 どうにも掴みづらい。これは話させたほうが賢明かもしれない。

「……何か、あったんですね?」

「まぁね。あんまし他言しないで欲しいんだけれど……妖怪に行き会った」

「妖怪?」

 覚えず聞き返す。ポケモンが蔓延っており、この科学技術の進歩した世界で妖怪とは。

「あっ、今こいつヤバいって顔した! 絶対した!」

「そ、そんな事は……」

「目ぇ、逸らしてんじゃん! あー! やっぱそう思うんだ! やっぱかー!」

 糾弾されて仕方なしに愛想笑いを返す。

「すいません、ディズィーさん。でも、妖怪って何です? ポケモンじゃないんですか?」

 彼女の語る奇妙なポケモンとの遭遇譚は枚挙にいとまがない。それでも、いんや、とディズィーは譲らなかった。

「妖怪だね! あれは、間違いなく妖怪と呼べた!」

「妖怪って……人間がよく分からない事を分かるように説明するために用意した、前時代の遺物めいた論点でしょう?」

「へぇー、詳しいね」

「民俗学専攻でしたから」

 そう返すと、ディズィーは少しばかり見直したとでも言うように感心してみせた。私はガラにもなく得意げになる。

「でも……妖怪って観念は死に絶えたって大学で習いましたが。もう全ての現象はポケモンで解明したほうが早いとも」

 だから、民俗学は主にその接頭語として「ポケモン民俗学」となる。今の世の中、明らかに前時代の話を持ち込むのはナンセンスなのだ。

「でも……あれは妖怪だと思うなぁ。見たら絶対、思うもん」

 そうまで確信させるものは何なのだろうか。注文を取りに来たウェイターにコーヒーを頼む際、大学生のアルバイトらしいウェイターはこそっと耳打ちする。

「あの……サインいただいても……」

 店としてはNGなのだろう。この駅前にはそうでなくとも打ち合わせ関係で有名人が行き交う。そういう事を店ごと禁止にしているところは多い。だから自分にこうやって、聞こえないように囁くのだ。

「すいません、サインはちょっと……」

「はい。紙ナプキンに書いたくらいだけれど」

 ディズィーは何でもないように自分のサインを差し出す。女性店員は喜んで受け取っていた。

「……安売りしないほうがいいですよ。後で困った事になる」

 こうやって誰にでもサインを配るせいで後々困窮する有名人の例をよく聞かされていた。ディズィーはしかし、そんな迷信は何のそのである。

「つまんない迷信に雁字搦めになってるなぁ……」

「……妖怪信じている人に言われたくないですよ」

「言うねぇ。でもま、聞けば分かるよ。これは証言と、そしてオイラが実際に赴いた話だし」

 

 カンちゃんと私はマサラタウンの南のほうにある、グレンタウンに繋がる広大な海の端っこが大好きで、よくその周りで遊んでいた。

 日課であった。

 カンちゃんは私に、いつも見せびらかすみたいにして、ラジコンヘリで遊んでいるのだ。

 私は欲を言えばそれが欲しかったし、一回くらい触らせてくれてもいいじゃないかと文句も言いたかったが、小さい町だ。ちょっとした不和がすぐに広まるし、少ない友人を無下にするのもよくないと感じていた。

 昼下がりにラジコンヘリを動かすカンちゃんは得意げで、将来はポケモンマスターになると豪語していた。

「ポケモンマスターになったら、本物のヘリでイッシュへゴーだ!」

 そんな大きな夢があるのならば、こんな小さなラジコンヘリくらい触らせてくれてもいいのに、と私は思っていたが、私の欲求はさらに小さい。

 言い返すのも何だか嫌で、そうだね、と応じていた。

 その時、ラジコンヘリが急速に操縦系統を失う。

 あっ、と声にした時には、マサラタウンのど真ん中に落ちていた。

「あっちゃー、電波の範囲を超えちゃったか……」

 私は壊れていればいいのに、と内心思いながら、二人して草むらを探す。草むらとは言っても、ポケモンの出てくる草むらほどではない。子供二人の膝までもない小さな草むらだ。

 その中腹に、大人が立っていた。

「あ、あのおじさん……またあの場所に立ってるよ……」 

 半ば呆れ調子なのは、その大人が有名であったからだ。

 マサラタウンでは知らない人のいない、昼下がりに日光浴していたかと思えば、深夜にも同じ場所でじぃっと同じ位置でいる奇妙な大人だ。

 大人達はその男の事を「見ちゃ駄目」だと「相手にしちゃ駄目よ」だとか言って遠ざけようとする。子供からしてみれば、変な大人が年がら年中同じ場所にいて、仕事もしていないのだろうかと疑問であっただけだが。

「おーい! おじさん! ヘリ、落っこちなかった?」

 カンちゃんが恐れ知らずなのは知っていたが、まさかあの男に問いかけるとは思っても見ない。困惑した私を他所に、大人はそっとラジコンヘリを掲げていた。

 やっぱり! とカンちゃんが駆け寄ったのを、私は遠巻きに眺めていた。

 どうにもその男に近づく気にはなれなかったのだ。

「ありがとー! 拾ってくれたんだ?」

 カンちゃんがそう言って返すように手を差し出すと、男は不意に笑い出した。

 顔の筋肉が膨張したかのような、奇妙な笑い方である。

「科学の力ってスゲー!」

 男は私にも聞こえる音量でそう言っていた。カンちゃんは頷いて応じる。

「うん。このラジコンヘリ、高かったんだぜ? スゲーだろ?」

「科学の力ってスゲー! 今や遠く離れた他人と通信出来るんだもんなー」

 何でもない、当たり前の事実だ。それを男は声高々に言いやる。カンちゃんは何度も頷いた。

「分かったからさ。返してよ」

 男はその言葉に、ひょい、と肩付近までラジコンヘリを掲げる。

「科学の力ってスゲー!」

「何言ってんだよ! 返せよ! ……他の大人に言いつけるぞ! フシンシャって奴に絡まれたって!」

 不審者、をどうにもカンちゃんは自覚していないらしい。目の前の男がそうであるのに。

 私はびくびくしながら事の次第を見守っていると、不意に男はラジコンヘリをカンちゃんの目線に下げていた。

 カンちゃんがそれを取ろうとした、その時だ。

 大人の腹部が急に裂け、カンちゃんを頭から呑み込んだ。小太りの大人の腹の中で、カンちゃんがもがいたが、やがてその足から力が凪えていた。

 男はもぐ、もぐとカンちゃんを飲み込む。腹が裂けて現れた口腔部の中に完全にカンちゃんを呑むまで三分もかからなかった。

 靴がことりと落ちて私はようやく何が起こったのかを理解する。

 男はこちらを見据えた。私の心臓がきゅっと締まる。冷や汗が伝い落ちるのに、鼓動は今までにないほどの早鐘を打っている。

 ――逃げろ、という内側からの全力の警告にも応じられず、私はその場に腰を抜かしていた。

 友人が食われたのに、私は何も出来なかった。

 男は、歩み寄ろうとはせずに、一言だけ口にする。

「科学の力ってスゲー!」

 夏の日、よく晴れたマサラタウンでの出来事だった。

 私は逃げ帰り、大人達に、それを話したが誰にも相手にされなかった。それどころか、あの大人に関わった事をこっぴどく怒られたほどだ。

「……あのおじさん、昔からいるのよ。私達が子供だった頃から、ずっと……」

 私が寝静まったのを見計らって両親がリビングで頭を抱えているのを私は盗み見ていた。

「俺はホウエンの出だが、同じような男を見た事がある。……何なんだ、あれは」

「何も出来ないわよ。そう……何も。だってあのおじさん、■■■」

 そこから先は子供には聞き取れなかった。

 

 私がこの手紙をあなたに書く気になったのは、ずっと昔に封じていた忌むべき思い出を、あなたのライヴに観に行った時に、不意に思い返したからなのです。

 私の名前はどうか伏せてください。名前を明かさない、不義理な人間だと思っていただいて結構です。ただ、あれは今もいるのです。私は子供達によく叱りました。

 ――あの大人にだけは関わっちゃ駄目なのだと。

 今にして思えば私が子供の頃に湧いていた警句も似たようなものなのだと実感出来ます。

 あれを、どうする事も出来ないし、失ったものは取り戻せないんです。

 ですが、叶うのならば一つだけ。あれの正体を、どうか暴いてもらいたい。それだけが、切なる願いなのです……。

 

 オイラがこの手紙を受け取ったのはカントー全域への広域ライヴツアーの後で、ちょうどオフの日が一日だけあったから、マサラタウンにお忍びで赴いたんだ。

「……何者なんだ。場合によっては……」

 ホルスターのクチートを確かめる。警戒はしているつもりだったが、それでもオイラは逸る気持ちを抑えられなかった。

 ――果たして、その男はいた。

 マサラタウンのど真ん中、中天に陽が昇る昼下がりに。シャツを引っかけた、ごく普通の肥満体男性に映った。

「あんたが、マサラタウンで恐れられているって言う?」

 問いかけると、男は顔全体が膨張したような笑い方をする。

「科学の力ってスゲー!」

 間違いない、と判じたオイラの神経はそれなりに速かったと思うよ。

 クチートを繰り出す。それも相手より素早く、的確に。そう動こうとしたはずなのに――モンスターボールが開かなくなってしまっていたんだ。

「ボールの機能を、ジャックした?」

「科学の力ってスゲー! 今や、遠くの人とも当たり前に通信出来るんだもんなー!」

 男の腹部が割れる。内側に凶暴な光を湛えた何かが、顎を開こうとしていた。

 食いかかられる予感にオイラは咄嗟のヘッドバットをかました。それ以外に抵抗の手段がないと思ったんだ。

 ……痛かったかって? ここ、コブ。硬かったなぁー。でも、それもある種では納得だった。

 男はよろめいてその場に倒れた。

「あれ、効いた?」

 オイラは相手の頭を覗き込む。

 ……ぎょっとした、ってのはこういう事を言うんだろうね。

 欠けた相手の頭部から覗いたのは、見た事もない機械の密集だった。一見しただけじゃ分からない。パソコンや、他の電子機器のどれでもない、未知の技術に思えた。

 そういう、よく分からないのが寄り集まって、この男を構成しているって言うのだけは、でも何となく理解出来た。

 オイラはひとまず遠ざかり、ボールのシステムが復旧してから、もう一度近づこうとしたけれど、その時には男は起き上がって、また同じ言葉を吐いた。

「科学の力って、スゲー!」

 ……オイラがおかしい? かもね。でも、そういう事もあったんだって言う事実。

 何者なのか、そして何の意図があって「造られた」のか、それも分からない全くの未知数の存在。

 君の言葉を借りるのならば、宇宙人だとか……あるいは未来人、そういう、今のオイラ達じゃよく分からない存在が送り込んできているのかもしれない。

 この世界に。

 何の目的かって? そりゃ、野暮だろう。知らしめたいのさ。

 ――科学の力が如何にすごいのかを。

 それだけのロボット……いや、ラジコンかな。もしかすると、未来人とか宇宙人とかの娯楽なのかもね。オイラ達が飛行機のラジコンを飛ばすのと同じようなものでさ。

 オイラはそいつを、妖怪……そう、妖怪「科学賛美」と名付けた。

 ポケモンでも、人間でもない、まさしく妖怪だと思ったからだよ。

 倒さなくっちゃいけないのか、それとも放置するのが正しいのか、それも分かんないや。でもまぁ、オイラは民俗学者じゃないからし、それに、ミュージシャンだからね。

 ……まだ居るのかって。居るんじゃないのかなぁ。この世界の色んなところに。

 科学を、賛美するためだけの、ラジコンさ。

 

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