ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT26「馴れ馴れしい街」

 

 ――街角でやぁ、こんにちは程度なら、誰でも経験があるはずだ。

 そう切り出したディズィーは少しばかり憔悴しているようであった。私は今回の案件の説明に乗り出そうとしていた矢先であったから、出鼻が挫かれた形だ。

「あの……ディズィーさん? 今回の企画……」

「一回言われりゃ分かるよ。バラエティ番組でアポなしロケだろ? ……まぁ実際にはアポありって言う、よくある奴だ。それくらい分かってるさ、まったく……」

 どうしてだろう。仕事に私情は持ち出さないタイプであるはずのディズィーがこうして嫌悪を露にするのは。

 よっぽど嫌な事でもあったのだろうか。私は探りを入れる。

「あの、ディズィーさん? 嫌な事でもあったんですか?」

「明らかに態度のおかしい相手に対して、嫌な事でも? ってキャッチーかよ。……ああ、そうさ、嫌な事があった。それくらい分かるだろ」

「でもディズィーさん、嫌な事一つあったって、今まで態度になんて出さない方でしたからその……」

「新鮮? あるいは、こういう心の狭い人間なんだって言う、認識に変わった?」

 どこかおどける調子は取り戻しつつも、それでも拭えない何かがあるような言い草だ。私は長年、番組プロデューサーを務めている。あらゆるタレント、芸能人は見てきたクチだ。少しは話し相手になれるかもしれない。

 何よりも、これから登用しようとする相手のご機嫌も取れないのでは、それはテレビマン失格である。

「あの、あった事を聞くくらいなら出来ます。なかった事には出来ないですけれど……」

 尻すぼみ気味に声にすると、ディズィーは熟考の末に言葉を搾っていた。

「……だね。誰かに言ったほうがいい事ってのはある。それに、他人の意見って聞いてみたかったんだ。ねぇ、もしさ、有名人とか無名とか関係なしに、街角で、やぁ、だとか、ごきげんようって話しかけられたら、キミならどうする?」

 想定外のシチュエーションに面食らいつつも、自分は冷静に応じていた。

「……まぁ、愛想笑いですよね。あるいはちょっとした会釈ですか? 都仕草って言うか……」

 それが一般的には返されるものだろう。しかし、ディズィーは不服そうに頬をむくれさせた。

「そうだろうねー。そうなんだろうねー……。それが正しいんだって、分かってはいるんだ。だってこの業界、それなりに長いし、変なファンも大勢いる。ま、オイラはファンはほとんど平等だって思っているつもりだけれど」

「……熱烈なファンに問題行為でも?」

 よくある話だ。ストーカーから、位置情報特定、それにいわれのない誹謗中傷。そんなものは有名税だと、ディズィーは跳ねのけるものだと思っていたが、彼女は思っている以上に参っているようであった。

「その……精神をすり減らすようなアクシデントなら、所属事務所に連絡して、それで警察とかに……」

「あー、いや。警察に御厄介になるほどじゃないんだ。それに、別に迷惑して、機嫌が悪いわけでもないし。そう……誰が悪いわけもでもないから、面倒なのかもね。オイラ、これでも有名人だから」

「それは分かっていますよ」

「だから、挨拶とか、そういうのは快く引き受けるつもりでいた。サインも、別にいいやって。マネージャーは怒るけれどね」

 ははっ、と乾いた笑いを浮かべたディズィーは、はぁ、と嘆息を漏らす。相当嫌な目に遭ったに違いない。ここは企画主としてではなく、長年の仕事仲間として話を聞くべきだろう。

「ディズィーさん。今なら誰も注目していませんし、ちょっと話していただけますか? こんなに不機嫌な理由」

 ディズィーは一拍の逡巡を挟んだ後、ま、いっかと合点した。

「もし、こういう事に行き会っても、キミらなら別にうまくかわすでしょ。だから、オイラの話は話半分でいいよ。こういう事があったって言う、記憶だ」

 そう前置いて彼女は語り始めた。

 

 アポなしロケ、そう、同じように、アポなしロケって言う体裁だったんだ。

「ディズィーさん、あくまでアポなし、って言う体で行ってくださいよ。突撃するって意味でも」

 もちろん、このご時世、完全なアポなしなんて通用するわけがない。それくらいは分かっている。本当にアポなしで店になんて訪れれば、困りますと入店拒否されるのがオチだ。

 ここはアポなしと言う前提で成り立つヤラセ番組なのだ、という大前提を崩さないようにオイラなりに努力した。

 だから、そこいらを固める通行人とか、みぃーんな、エキストラだった。第一村人レベルの人だって仕込みってのはちょっと驚嘆したね。

 あー、今の時代、そこまで徹底するんだ、って。

 まぁ、おおらかな時代はもう終わったって事なのかな。話を戻すと、エキストラで固められた街で、アポなしぶらり旅。オイラと、他のタレントとの共演だった。

 にこやかにテンプレート通りの挨拶を終えてから、オイラはちょっと予習がてら、周辺を出回る事にした。

「マネージャー。ちょっと出てくる」

「あー、ディズィーさん。待ってください。もし、変なファンに出くわしても」

「分かってるって。番組の撮影中なので、でしょ? 常套句じゃん」

 手をひらひらと返して、オイラは街角に出ていた。

 いわゆる古めかしい、老舗っぽいお店がよく並んでいたんだけれど、観察していると不意に声をかけられたんだ。

「やぁ、ごきげんよう」

 挨拶する初老の男性に、自分は会釈していた。彼はにこやかな笑みを浮かべつつ、近くにあった看板を指差す。

 街の名前を言ってから、わざとらしい口調で説明するんだ。

「十年ほど前に、町村合併が行われまして、ここはこういう感じの街並みになったんですよ。古い文化と新しい文化が共存する街なんです」

 へぇ、と話半分で聞いていると、相手はさらに言葉を重ねる。

「ポケモンの生息域も豊富で。なかなかに観られないんですよ、イルミーゼの遊泳って言うのは」

 話し足りなさそうな初老の男性を、オイラは常套句で振り切った。

「番組の収録中なので」

 ああ、そうですか、と理解を示したかに思われた相手は、しかしそれでも話をやめない。

「どのような番組で? 録画しますよ」

「あー、放送時期とかは未定で。なので言えないんですよ」

 適当にあしらって、収録に戻ろうとすると背中に声がかけられる。

「あ、待ってください。どうか、あなたのこれからに幸あらん事を」

 ……そういうのって宗教勧誘がやる奴じゃ? その通りだと思った。それと同時に、ははーん、こういうのが流行っている街なのかな、って。

 ひとまずその人物を振り切って、戻ろうとした矢先、次は女性に声をかけられた。

「靴紐が緩んでいますよ」

 おっといけない、とオイラが屈んで結び直す間にも、相手は言葉をかける。

「どこからいらっしゃったんですか?」

「ホウエンから。えっと……知らないかもしれないけれど歌手」

「へぇー、すごい。どんなジャンルを歌っていらっしゃるんで?」

 まー、オイラの事を知らない人間もいるよな、と思って説明しかけて、顔を上げると、その女性はいやにわざとらしい笑い方をしていたんだ。

 その時点で、オイラはある経験則を思い返した。

 ――これ、ひょっとして仕込みか? ってね。

 よくある話だよ。ニセ番組を企画して、その中で有名人の反応を見るって言う。

 それならそれで、一役買ってやろうと思ったんだ。

 オイラは自分の活動を一から説明した。その度に女性はわざとらしいリアクションをするもんだから、大根役者だなーとか思ったけれど。

 でも、そうじゃなかった。そういうのじゃ、なかったんだ、今にして思えば……。

 礼を言ってから立ち去ろうとして、あ、そういえばと言葉を投げられた。

「その服素敵ですよね。どこで売っていたんですか?」

 今、有名人だって話したばっかりなのにそういう事聞く? とは思ったよ。でも、相手の聞き方と言うか、話しぶりは自然だったからさ。応じたわけ。

 で、また、へぇーとか、ふぅーんとか、わざとらしいんだ。

 これはあれかな? どこまでおおらかな有名人がキレずに耐えられるのか、みたいなのをモニターしているのかなってピーンと来た。

 そういう、有名人の堪忍袋をはかるみたいなの、ちょっと前に流行ったじゃん。だからその延長かな、って。

 オイラはわざわざ一個一個のアイテムの売り場を言ってから、さぁようやく解放されると思ったんだけれど、また呼び止められた。

「もし。どうかあなたのこれからに幸あらん事を」

 その一言を潮にして相手はようやく開放してくれた。オイラはその辺りから、ちょっと怪しいなくらいには思っていたよ。

「どうにも、奇妙だ。……みんながみんな、確かエキストラだって言っていたよね? エキストラにしては、何だか……」

 その違和感を掴みかねる間にも、またしてもすれ違った人物が声にする。

 今度は子供だった。

「お姉ちゃん。そこのポケモンセンターに行けばポケモンを回復出来るよ。トレーナーなら誰でも利用出来るんだ」

 わざわざそんな事言う? とは思った。でも、これも仕込みなのかなって、オイラはわざわざ目線まで合わせて応じていたよ。

「わざわざありがと」

「ところでさ、その毛は地毛?」

「あー、うん。みたいなもんかな」

「へぇー。綺麗な声をしているね。アーティスト?」

 なんか、さっきからやたらと質問されるな、と思いながら、オイラは子供の質問に一個一個答えた。

 そんでもって、子供でさえも手を振って別れ際、こう言うんだ。

「あなたのこれからに、幸あらん事を」

 そこでさすがに、これはおかしいとオイラも思ったね。これはもしかして、質問攻めにしてオイラの収録を遅れさせる奴かなって。

「……さっきから質問攻めだ。でも、悪意がある感じじゃない」

 そう、悪意はなさそうなのだ。それが逆に性質が悪くってね。悪意がないんだから、断るのも気が引けるし、それに悪意がない相手を身勝手に無下にしたら、最近の風潮じゃ、すぐに拡散されてしまう。

 だから、その後も――七人ほど同じような、当たり障りのない会話を続けざまに答えさせられて、それでもオイラは耐えていたよ。

 どう考えたっておかしいよね。十人前後、当たり障りのない会話。そんでもって別れ際は絶対に「あなたのこれからに幸あらん事を」で結ぶ。

 年齢? 関係なかった。

 本当に、子供からご老人まで、幅広く。

 全員が絶対にその言葉で締める。もしかして、どこかでカメラが回っているのでは、ときょろきょろしたけれど、どこでも最近はカメラなんて回せる。見つかるわけがない。

「……戻るまで随分と時間がかかってしまった……。これがマネージャーも大目玉だな……」

 そういう心配をしていた、その時だった。

「あ、もしあなた……」

 さすがに立て続けだ。オイラは会話を拒否したよ。

「ゴメン、急いでいるんで」

 すると相手は唐突に倒れた。本当に、唐突だったんだ。

 倒れ伏した男に、誰も声をかけない。周りには……結構人はいたよ? でもみんな無関心なんだ。まるで見えていないみたいに。

 ……うん。良心を試されているのかなって思ったけれど、でもここまでやったら苦情レベルだなって思いつつ、オイラはその男を介助したよ。

「大丈夫? 救急車でも呼ぼうか?」

 男の顔を覗き込んだ、その瞬間だった。

「あっ、その靴、どこで買われたんですか?」

 男は何でもなかったかのように問いかけた。その質問のほうが自分の安否より優先的のように。オイラはそこでようやく不気味に感じて、男から距離を取ろうとしたところで、周囲の人々に囲まれている事に気づいたんだ。

「その服はどの辺がお気に入りなんです?」、「綺麗な声ですね」、「コンタクトってごろごろしませんか?」、「もし疲れているのならば、ポケモン用の滋養強壮剤もおすすめですよ?」、「空を飛ぶで行ける街に興味がありませんか?」、「一度でいいからイッシュに行ってみたいなぁ。そう思いません?」――。

 オイラは、思わず逃げ出した。

 その瞬間、市民はすれ違った矢先から、倒れていく。さっきの男と同じように。

 でも、オイラは無視した。何もかもを振り切って、倒れて呻く市民を見捨てて、ようやく、テレビクルーのいる場所に戻ってこられた。

 息を切らしてディレクターに抗議したよ。

「あんまりじゃないか!」ってね。そうすると、彼は困惑して言うんだ。

「ディズィーさん、あんまりって言われましてもそれはこっちの台詞で……。全然帰ってこなかったじゃないですか。収録押していて……」

「そんなの、エキストラの人達を使ってあんな……リアクション見るみたいな企画をしたからだろ!」

 さすがのオイラも堪忍袋の緒が切れていた。だってこんなの理不尽だし、それに悪趣味だ。

 すると、一人のテレビクルーが、もしかして、と声にしていた。

「ディズィーさん、市民の方に声をかけられたのでは?」って。

「何か知っているの?」

 彼は、少しだけ声を潜めて言いやる。

「……これ、噂だとばかり思っていたんですけれど。……じゃあここなんだ。一時期、ネットの掲示板で話題になっていたんですよ。市民が外の人間を質問攻めにしてなかなか開放してくれない、馴れ馴れしい町」

 彼が言うのにはその「馴れ馴れしい町」とは……正確な場所はぼやかすけれど、カントーの僻地にあって、市民みんなが質問をしてくるんだ。そして、その質問や話題に応じないと、彼らは死んだふりさえも交えてでも話題を継続させようとする。

 彼らに行き遭ったら、どうにも出来ないんだって、そう聞いたよ。

 会話を無理やりにでも打ち切って、倒れる市民を他所に、立ち去るか。それかずっと、彼らと話し続けるか。

 テレビクルーはどうしてそんな町が存在するのかって言う、核心にも触れていた。

「一人の善意で、最初は成り立ったいたんだと言われています。外から来た人間に色々と親切にしないとって言う。でも、それが町の中で蔓延して、誰も彼もが親切で、なおかつ外の人間の幸福を祈る……。そういう風にコミュニティが出来上がっちゃった、っていう……噂ですけれど」

 ディレクターはその風の噂を一蹴して撮影を強行した。

 もちろん、エキストラで固めた編成で。

 不思議と、その間、さっきまでたくさんいた市民とは一人も顔を合せなかった。

 撮影が終わって帰る段になってもオイラ以外、誰もそういうのには出くわさなかったらしい。

 でも、確かにあるんだ。この世界に。馴れ馴れしく……他人に親切な町が。

 でも、親切も度を過ぎると、それは異常な集団意識となる。親切にしなくっちゃ、死んじゃうくらいになるともう末期だ。

 それは親切さと言う仮初めの姿を借りた、悪意より性質の悪い、「最悪」だよ。

 

 そこまで話し終えて、ディズィーはカプチーノを飲み干していた。

「じゃ、話はここまで」

 えっ、と私は困惑する。

「これから撮影なんじゃ……」

「話し疲れちゃった。それに……しばらくは他人に親切にしたくない。アポなしロケは応じるって言っておいて」

 立ち去っていくディズィーの背中を見送りながら、私は悪態をついていた。

 何だ、結局は有名人の二束三文の話を聞かされただけではないか。

 ディズィーは業界ではそれなりの地位だと思っていただけに残念でしかない。

「あーあ……。ディレクターにどやされに行くか……」

 勘定を終えてカフェから出ようとしたその時である。

「やぁ、ごきげんよう」

 話しかけられて最初、自分だとは思わなかったが、どう見ても相手はこちらを目にしてニコニコとしているので会釈する。

 すると、相手は笑顔のまま問いかけてきた。

「いいスーツですね。どこかいい会社にお勤めで?」

 ええ、まぁ、と応じると、さらに質問が飛ぶ。

 様々な質問と応答が交わされた後、最後に相手はこう付け加えた。

 ――あなたのこれからに幸あらん事を。

 

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