ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT28「捕食偽蝕」

 

 ――告白するとするならば、とディズィーは面会室で告げていた。

「別にやましい事をして捕まったわけでもないし、何ならその逆って言ってもいい。オイラは何も難しいわけじゃないし、それに何よりも……その、幸運であったんだと思う」

 ディズィーの額には包帯が巻かれており痛々しい怪我の痕が窺えた。

「全治三か月だって、笑えない? ……いや、笑えないね、これは。でも、正直に言うのなら、警察に厄介になるっていうのはそれなりの創作のスパイスにはなるから、結果論としてはよしとしておく。えっとー、聞きたいのは何だっけ?」

「あなたの創作論に関して、取材をさせていただくつもりだったのですが……」

 言葉を濁すとディズィーは髪をかき上げて笑う。

「そうだね、まさか取材先がブタ箱だとは思わないでしょ、普通」

 いやはや、と参った仕草をしてから、ディズィーはこの数日で困った事を列挙し始めた。

「ギターに触っちゃダメ、歌っちゃダメ、楽譜書いちゃダメ、そもそもこういう……取材に答えるのもホントはまずいんだけれど、それはほら、先方との約束があったし、契約上はね。仕方ないってヤツだよ」

 どうやら心底参っているようで、ディズィーは神経質にポリポリと包帯の上を掻く。

「えっと……ディズィーさん、捕まっちゃったんですよね……遂に」

「なに、遂にって。こいつはやると思ってました、とかマスコミの前で言わないでよね。これ、誤解なんだから」

「誤解、と仰いますけれどでも……どう見たって……」

 そう、どう見たって収監されている。

 これは犯罪をやらかしたとしか思えない。

 人気ヴィジュアル系パンクバンド、ギルティギア。その斜陽の兆しがボーカルたるディズィー本人だとは思いも寄らない――と、そこまで考えたところで、こちらの意見を予見したようにディズィーは口元を尖らせる。

「あの、さ。キミらが飯の種のために、どうオイラの事を書こうと自由っちゃ自由だ。表現の自由は尊重されるべき、だからね。でもある事ない事書かれて追放ってのはなしにしてもらいたい。だからここなら……監視の目もあるけれど警察には再三話したからキミにも言っておくよ。オイラは何もやってないし、むしろ被害者だ」

「被害者……ですか。でもディズィーさん、こうしてガラス越しの面会で、面会時間もたったの十分……」

「だーから! それが誤解だって言うの! ……何て言うのかなぁ。言えば言うほど語るに落ちるって言う感じだから困るんだけれど、ここ、分かる?」

「包帯……ですか?」

「そう。怪我も……塞がっているから見る?」

 言ってディズィーは包帯を剥がす。

 その下についていたのは、黒々とした形容し難い「穴」であった。

 てっきり野生ポケモンか何かの攻撃でも受けたのだと思い込んでいた私は、ディズィーの額に空いた「穴」に当惑してしまう。

「……ディズィーさん、それって……」

「ああ、大丈夫。さすがに脳を貫通していないから。でも、見かけ上びっくりしちゃうから包帯で隠しているだけだし」

「でも、それって……穴、ですよね?」

「そうだよー、穴。これ、何で空いちゃったのか、キミには教えておくよ。何なら取材の埋め合わせにしてもいい。これは、ジョウトでこの間催した、野外ライブの時の話になっちゃうんだけれど」

 

「――お疲れー。今日のギグも最高!」

 その日、オイラは他の面子と一緒に野外ライブの後で演奏スタジオに入っていたんだ。

 ギルティギアの面子だけじゃないぜ。

 他にもそうそうたる顔ぶれだった。

 イッシュのホミカとも久しぶりに顔を合わせたし、他の子達もね、基本的にオイラはホウエンの人間だからあまり会わない。

 だからつい、テンションが上がっちゃって、それで聞いてみたんだよね。

「この辺りってさ、埋め立て地なんでしょ? 遺跡跡って聞いた事あるけれど」

「ああ、ディズィーさん、それってあれでしょ? 穴の話」

 一人のスタッフの奇妙な証言にオイラはついつい食いついていた。

「……待って、穴って何?」

「何って、知っていて言ったんじゃないんですか? ここ埋め立てる時、祟りだとか何だとか色々言われて、それでも強硬派が進めた結果がこの野外ライブスタジオですよ。ここ、元々は遺跡跡だったんですけれど、色んな地方の研究者達がどれほど頭脳を突き合わせても解明出来ないって言うんで、じゃあもういっその事売っちゃおうってなったって……そういう経緯で出来たんですよ」

「初耳だなぁ、それ。でも、それと何で、穴?」

 スタッフはホワイトボードに抽象記号のようなものを書き始めた。

 読めない事はないけれど、既存の文字配列からは離れているように見えるそれを示して、彼は告げた。

「これが穴の正体じゃないかと言われてるんですよ」

「文字じゃん」

「いえ、これってポケモンなんです。アンノーンって、聞いた事ありません?」

 後から調べた話で大変恐縮なんだけれど、アンノーンって言うポケモンが居たらしい。

 どうにも、まるで文字みたいにのっぺりしていて、そのくせ技も全然覚えない、今現在の学会でも不明な点のほうが多いポケモンみたいなんだ。

「アンノーン……? 知らないなぁ、それ。それが穴とどういう関係が?」

「分かりません? このアンノーン、眼と思しき場所が絶対に一か所あるでしょ? その穴の呪いだって」

 ここで馬鹿馬鹿しいと一蹴するのは簡単だったけれど、その時オイラ、お酒入っていたからさ。

 ちょっと気にかかっちゃったんだよね。

「……それって、差別発言じゃない? 今の世の中うるさいよ? 穴のあるポケモンだからって呪いだとか、祟りだとか」

 SNSって怖いよねって話。

 でも、そういうんじゃないって言うんだ。

「いえ、アンノーンと穴の呪いに関しちゃ、この辺じゃ結構有名ですよ。アルフの遺跡とかいう巨大な遺跡地帯があったんですけれど、それを埋め立てちゃったもんだから、尾ひれとか色々ついちゃったんでしょうけれど。それでも間違いないのは、この穴の呪いを受けると、身体の一部分に、空いちゃうんですって」

「何が?」

「いや、だから穴が」

 それこそ馬鹿らしいし、何なら最近のポケモン人権主義者にとってはうるさい案件だ。

「あのさー……ポケモンの呪いって言う技に関しても解明が進んでいる世の中じゃん。呪いはゴーストタイプだけだって。普通のポケモンの呪いは違うでしょ。……何? こいつゴーストタイプなの?」

「い、いえ……何か色々言われていますけれど、ノーマルタイプらしいです」

「じゃあ呪い云々ってインチキになっちゃうよ? あんましそういうの、よくないと思うけれどなぁ……」

 でもホラ、さっきも言ったけれどお酒入っていたから。

 ついつい調子づいちゃったんだよね、この時。

「じゃあ試しに行ってみるか。穴の真相を確かめに」

 ノリのいい参加者だったけれど、結局その案に乗っかったのはオイラとスタッフ三名だけだった。

「ちぇー、みんなビビりなんだから」

「ディズィーさん、やっぱやめません? この辺のオカルト、マジなんですってば」

「だーから! そういう怖がらせましょうみたいなのいいから! ……詳細だけ話してよ」

「……最初は工事関係者だったと聞きます。そして、次はその血縁者。肉体のどこか一部に、黒々とした穴が開くんです。その穴は最初こそ、ちょっと虫ポケモンに噛まれたかな、くらいなんですけれど、それがどんどん広がって、最終的に一部分を覆ってしまう」

「とんだオカルト話じゃん」

「いや、だからマジなんですってば! SNSにもその話題が一時期トップに上がっていて……!」

「あー、もういいってば。盛り上げ上手! よし! これでいいでしょ?」

「……ディズィーさん。嘘なんかじゃないんですって」

「じゃあどうしろって言うの? もうその遺跡とやらの敷地内だけれど」

 アルフの遺跡跡、と立て看板があったのでオイラは周辺を隈なく捜査する。

 でもまー、やっぱり何も出てこないわけ。

「……草むら一つないんじゃ、ポケモンも出ないよね。ここ最近有名スポットになったワイルドエリアでもないし。ねー、やっぱりさ、そのアンノーンって言うの居ないんじゃ――」

 そこで言葉を切っていた。

 いや、息を呑んだ、が正しいかもしれない。

 同行していたスタッフの一人が、急にかゆいとか言って腕を掻き始めたんだ。

 オイラも他のスタッフもライトで照らし出したそのスタッフの掻いている個所に注目……いいや、引き寄せられていた。

 ――小さな穴が、確かに空いていたんだ。

 それは黒くって、まるで光なんて通さないような絶対の魔だった。

 ブラックホールってあるじゃない。

 あれみたいな、さ。

 周囲の光を吸い込んで、穴の中に引き寄せるんだ。

 それと同じ理屈で、周りは暗いって言うのにその穴の周辺だけが、くっきりと見えていた。

「やばい! やばいですってば、ディズィーさん! 穴が空いている! 穴が……! ががが……!」

 舌でも噛んだのかな、と思ったが違う。

 そのスタッフの舌先にも穴が空いていた。

 黒い穴の向こう側から、ぎょろりと覗く小さな――そう、あれは眼球だった。

 穴の先にある眼球がオイラともう一人の、残りのスタッフを見据えて、そして――甲高い声を上げて嗤ったように感じる。

 もうパニックだよ、オイラも最後の一人も。

「もう駄目だ……入っただけでも呪われた……。終わりなんだぁー!」

 穴が空くメカニズムは分からない。

 でもこれがポケモンによる技の襲撃なのだとすれば、応戦する方法は限られている。

「……最初は腕、次は舌……伸ばしたものに反応しているのか……? いいや、恐らくこれは……運動量だ。スタッフ君、走らないほうがいい。どういうカラクリかは知らないが、運動エネルギーを標的として攻撃してきている。なら、こうやってやると……」

 拾い上げた石を思いっきり投げ捨てると、空中で石が縫い留められてその中央に穴が空いていた。

「もう駄目だ……呪われる……呪われてしまうんだ!」

「泣き叫びたいのは同じ気持ちさ。でも、ここでやたらめったら大声を出したり、運動エネルギーを消費しないほうがいい。相手はそれを狙ってきている。なら……」

 このアルフの遺跡跡を抜けるまで運動エネルギーの大きなものを引き連れればいいはず。

 近場で最も運動エネルギーの高いものと言えば、思いついたのは手に持っていた撮影用のポリゴンフォンだった。

「……これが正しいのか分からないけれど、ポリゴンフォンのバイブを最大に設定……こっちをロックオンするか、それともポリゴンフォンをロックオンするかの我慢比べみたいになるけれどでも……これしかない!」

 相手が逃げる運動エネルギーと振動の運動エネルギーどっちを標的に絞るかの差でしかない。

 でも、オイラ達は真っ直ぐに逃げた。

 そうするとね、ポリゴンフォンに無数の穴が浮かび上がってくるんだ。

 そう、穴は空くんじゃない。

 標的を触媒として、穴を張るんだ。

「これは……捕食行為なのか、もしかすると……。牙を突き立てたり、爪で引っかいたりするマーキングだ。穴はマーキング行為なんだ」

 穴そのものに意味があるわけではない。

 穴を介して、捕食生物を喰らい尽くすんだ。

 オイラ達はそれこそ、息を切らして走り去った。

 幸いにして遺跡の深部まで至っていなかったからか、屋内にはすぐに逃げおおせたよ。

 もう二人? ……さぁ。あの後分かれちゃったから。

「で、ディズィーさん! 大丈夫ですか! すごい汗ですよ……!」

「ああ、もう大丈夫。大丈夫のはず……」

 アルフの遺跡からは逃れ切った。

 そう思った次の瞬間だった。

 着信があったんだ、そう、ちょうどね。

 オイラに取材したいっていう、仕事の依頼が。

「こんな時に……ホウエンの会社か。もしもし――」

 それがある意味じゃ、運のツキ。

 穴は、あくまで捕食途上の現象なんだ。

 だから――オイラにおあつらえ向きにも骨伝導イヤホンを搭載していたポリゴンフォンから穴が至るのは必然で。

 そうして、額に穴が空いたってワケ。

 ……で、釈明してもらえるのかな。

 それとも謝罪?

 ――あの時、オイラに電話したの、キミだよね?

 

 ――ディズィーの話は半分冗談に受け取っておけは、この業界の警句だ。

 だから、笑い話で済んだのはある意味幸運であった。

 警察署で、その後スタッフ達は「不法侵入」で逮捕。

 穴の症状はアルフの遺跡から離れたお陰で収まっているらしい。

 ディズィー本人も公式には「不法侵入」と、そして警察の保護という形で今は落ち着いている。

「……しかし、穴を介しての捕食行為……? 全く馬鹿げている」

 やれやれ、と頭を振った私はその時、仕事用の端末が鳴ったのを確認していた。

 液晶に、何やら小さな黒点のような、穴が空いている。

 何だ、と思う前に、穴は広がり、私の手を伝って脳天を貫通していた。

 

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