ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT2「忘却催眠」

 

 喫茶店で待ち合わせをしていると、案の定人だかりが出来ていた。

 当然だろう。ホウエンで彼女を知らない人間はいない。

 ディズィーは一人ずつ握手し、サインも手早くこなしている。最早、公開のサイン会に近かったが、今回の趣旨とはずれているので割って入った。

「すいません、仕事なんです」

 冴えない雑誌編集者であるところの私は大顰蹙を買ったがこのまま仕事に差し障りがあると顰蹙どころかクビを切られるので私はディズィーの対面席に座った。

「いやぁ、遅れて申しわけない」

「二十五分」

 ポケギアに視線を落としながら彼女が言うので私は首を傾げる。

「何ですか?」

「こんなに早く来て、何してんの? オイラ、あと二十分はファンと交流出来た」

 頬杖をついて文句を垂れるディズィーに私は微笑んで宥める。

「いえ、仕事ですから」

「ふぅん、まぁいいよ。片手間に詩を書いていたところだし」

 何と、ディズィーという女性は詩を書いている途中に割り込んできたファンよりも私を疎んでいるようだった。その姿勢は業界人としてはどうだろう、と私は内心感じるが言葉にしない。

「……あの、では取材のほうに当たらせてもらっても」

「ああ、構わないよ。詩の片手間でよければ、ね」

 ディズィーは目も合わせない。それほど握手会を打ち切った私が鬱陶しいのだろうか。

「その、今回は進化し続けるオルタナティブバンドの先駆者として、ディズィーさんのバンドであるギルティギアのこれからの指針を聞きたくって来たんですが」

「その話はもう事前に聞いたから、実際のインタビューに回ってもらっていいよ」

 私はディズィーという女性がもっと仕事熱心なのだと思っていた。だからこそほとんどアングラバンドから一斉風靡するバンドに成長出来たのだと思っていたし、何よりも彼女の実績を買っていた。だが、少々買い被り過ぎたようだ。

「あの……目線くらいはもらえますか?」

 だからなのか、私は少しむきになっていた。ここで目線も合わせないようなら、それはとんだ自惚れ屋だ、と。

 しかしディズィーは予想に反して顔を上げた。その時になってようやく、私の存在に気づいたように目を丸くしている。

「……いつから居た?」

「いつからって、握手会打ち切った時からですが……」

 するとディズィーは額に手をやって、「ああ、そっかぁ」と項垂れる。

「そりゃすまない事をしたね。オイラ、こっちで手一杯だからぞんざいな態度を取ったかもしれない」

 重ねて謝るディズィーに私は混乱する。彼女は先ほど握手会を打ち切った人物と自分とどうやら同一視していなかったらしい。

「どうしてもね、最近徹夜続きでいけないな」

 ぼやくディズィーの目の下にはそれと分かるほどの隈があった。俯いていたせいで私には全く見えなかったのだ。サインをしている最中も、彼女は俯きがちで、顔を直接見せなかったのを思い出す。

「何でそんな……。今、慌てる用事でもあるんですか?」

「慌てる用事、って言うか、オイラ、ちょっとトラぶっちゃってさ」

「トラぶる?」

 聞き返すとディズィーは詩を書いていたルーズリーフをシャーペンで指す。

「すぐに新曲にかかって欲しいってオファーが来てね。それも数件。で、オイラだけでどうにもならないので編曲とか作曲はある程度作ってから他のメンバーに任せて、オイラは一番面倒な作詞メインでやっている」

 何でそんな、と思わずにはいられない。今回の取材の面子は「音楽業界をリードするディズィーというボーカル」の音楽観だ。そのような余裕のない時に聞く話ではない。

「えっ、でもだって。ディズィーさん、取材は快諾してくださったじゃないですか。あの時の電話はマネージャーさんからきっちりディズィーさんに取り次いでもらったはずですよ」

「……その間に起こったアレがやばかったんだろうねぇ。寝られないのもアレのせいかもしれない」

 ディズィーはシャーペンで中空をかき回す。私は彼女をそこまで悩ませている出来事が気になった。

「何です? アレってのは」

 ディズィーは暫時、考える仕草をしてから一つ頷く。

「そうだね。他人に言ったほうがマシになる事ってのはある。数日前にオイラ、ギルティギアの国外ライブでカントーに出向いたのは知っているっけ?」

 それはワイドショーが報じていたはずだ。私は首肯する。

「だったら、その旅行先の事も知っているかな。クチバシティ、っていう港町だったんだけれど」

 私はクチバシティを思い描く。確か南側が港になっており、豪華客船サントアンヌ号が有名なカントーでも有数の港町だ。

「クチバでライブを?」

「うん。そこでちょっと行き遭った、というかオイラの好奇心がいけなかったんだろうね。これ、別に記事にしてもいいけれど実際に行くのはおススメしないな。だって危ないし」

 何を言っているのだろう。カントーの治安は折り紙つきだ。しかも港町、クチバシティとなればカントーの玄関と言ってもいい。そんな場所が危ないなど。

「あの、お言葉ですがクチバには自分も何度か行った事がありますが、危ない、という場所では……」

「違うよ。クチバシティは、ライブは、滞りなく進行したさ。ただね、東側に広がる草むらに、のっそりと建っている病院が危ない、って話なんだ」

「病院?」

 クチバシティの東側は確かディグダの穴と草むらだらけだったはずだ。いつ病院が出来たのだろう。

「病院があったんだ。そのいわれもそうなんだけれど、まぁちょっとした話の種にはなる。話したほうが楽そうだから話すよ。ただ、他言はしないほうがいい」

 彼女はそう前置いて喋り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クチバシティ記念病院の設立はまだ五年前後の話でさほど有名でもない。

 元々医療施設の不足と中央の集中が叫ばれており、カントーではクチバシティの広大な草むらを埋め立てて病院を建てる事に誰も反対などしなかった。

 ポケモンの生態系が、と声高に言う愛護団体はいたが病院の設立がほぼ確定すると誰もデモ活動には参加しなくなった。言うなればその程度の立地条件で、誰の反対意見も出ないクリーンな事業だったのだ。

 アマクサ・フサコは医療従事者で、薬品製造会社に勤めていたが薬剤師が足りないとの事ですぐさまクチバに移住した。彼女は元々ヤマブキシティ、中央都市での勤務だったのだが、港町クチバシティでの生活も悪くない、と感じていたのだ。

 実際、クチバシティはとてもいい場所だった。港町特有の潮風。運ばれてくる異国の空気。活気付いていて、見ていて飽きない人々。クチバシティの東側では高層ビルが建ち並んでおりヤマブキシティから遠く離れたとはいえ何一つ困る事はなかった。彼女は一流の会社勤めには違いなかったし、給与も有り余っていた。恋人もいる順風満帆な生活。

 どこにも魔の差しようがない、真の平穏。

 ただ時折、聞こえてくる「声」に関しては職場でも話題になっていた。

「嫌だ、またあの声だわ」

 職場の同僚がひそひそ声にする。フサコはその「声」とやらを何度か耳にした事があった。クチバ記念病院の付近で度々聞こえてくる「声」。それが不気味だとか、気に障る、という人間は一人もいない。ただ決まった時間に決まった調子で聞こえてくるのでもう慣れっこと言えば慣れっこである。

「ああ、またですね。ノリトン、ノリトンっていう」

 フサコはそう口にして患者のカルテを処理していた。「これ、先生に回しておいて」だとか、「点滴の患者さんがいるから」だとか、そういう事のほうが重要で「声」に関してはまるで無頓着だった。ただ一定周期で「ノリトン、ノリトン」と聞こえる、と皆が感じていた。

 クチバ記念病院に、入院施設と呼べるものは少数存在した。病院は主に内科、小児科、外科で成り立っていたが、どうしてだか神経内科の分野も存在した。

 上司曰く「今の時代、心の病気のほうが問題なのよ」との事でフサコもそれで納得した。

 ある日、神経内科に通っていた子供の一人が耳を軽く叩いて、それを何度か繰り返していた。子供は以前、軽度の不眠症だと診断された子だった。

「声が聞こえる……」

 だからその言葉も疲れから来ているのか、あるいは幻聴か、と思っていたのだがフサコはふと、もしかすると病院の周りで頻発している「声」なのかもしれないと思った。

「ポケモンが鳴いているのかもね」

 フサコの回答に子供は頭を振る。

「ううん、もっと、人間みたいな声だよ」

 ポケモンが棲息しているのは確認済みだ。ディグダが地下を掘り進める音でも拡張して聞こえているのかもしれない。

「気のせいよ。さぁ、今日はここまでにしておきましょうか」

 待合室で母親が待っているはずだった。扉を開けると、母親は眠りこけていた。随分と呑気なものである。

 そう考えていると子供は消火器のある辺りを示し、「あれ」と口にした。

 フサコが目線を振り向ける前に今度は子供が突然昏倒した。倒れ伏した子供に駆け寄り肩を揺さぶる。

 眠っているだけだ。

 しかし瞬時に、しかも深い眠りに落ちていた。

 フサコは子供の示した消火器の辺りを目にしないようにしながら考えを巡らせる。

 そうだ、この辺りは病院が建ったとはいえ野性ポケモンの出現地帯。その中に「催眠ポケモン、スリープ」の存在を思い出した。確か人の夢を食べるために出現するのだという。

 ひょっとしたら声の主もそのスリープなのかもしれない。フサコはぐっと、顔を上げないように気配を探る。

 何かがいる。それはフサコでも分かった。きっと親子はそのポケモンによって眠らされたのだ。息を詰めてフサコは考える。

 誰かを呼ぶべきか。いや、ここで根源であるポケモンを退治しなければいつまでも「声」は聞こえ続けるだろう。

 またしても「声」だ。ノリトン、ノリトン、という「声」。フサコの反応を探っているのか、消火器の辺りから徐々に歩み寄ってくるのが伝わってきた。

 額を汗が伝う。

 フサコにはポケモンをどうこうする心得がない。だから誰かに頼るのが一番なのだが、この場合誰に頼ればいいのだ。病院付きのトレーナーなんていなければポケモンレンジャーや警察にも「声」は報告していない。そもそも存在するのか怪しい「声」をわざわざ報告して患者が耳にすれば病院の評価が下がるだけである。

 フサコは目を瞑った。どうか、どこかに行ってくれ、と願う。

 この場合、ポケモンを刺激してはならない、とフサコは感じていた。悲鳴を上げたり、あるいは叫んだりするなど一番あってはならないのだ。とにかく立ち去るのを待つ。

 じっと、永遠に思えるほどの時間が流れた。

 気配が薄らいだのを感じる。

 フサコは顔を上げた。

 その瞬間、抗い難い感覚の前にフサコの意識は闇に没した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オイラがこの話を聞いたのは、ファンレターにアマクサ・フサコの友人、という女性から彼女の症状を聞いてくれ、という依頼があったからだ。フサコは突然に倒れ伏し、それ以降、継続記憶が安定しなくなったのだという。

 クチバ記念病院ではフサコの他にも数名の医療従事者が実はこの症状を発症している。だが業務に差し支えはほとんどないため、フサコのようにわざわざ入院している、という人間は少ないのだという。だが、実際にクチバ記念病院では患者の名前と顔を覚えられない医者が多過ぎる、という評価が与えられていた。

 それ以外は全くの普通。変わったところなど何一つない。だが、その友人にとやらによれば、ほとんど全員が「声」を聞いており、その「声」によって継続記憶に一部障害があるのだという。多発している記憶障害事件。

 たとえこの事件が警察のものであれ、ポケモンレンジャーのものであれ、まだ誰にも報告されていないこの事件を言ってくれたファンの期待には応えなくてはならない。オイラは正義の味方だからね。

 それに、とオイラはファンレターを見やった。アマクサ・フサコはギルティギアのファンであり、オイラ達の歌だけは継続記憶として残る、と言ってくれている。これほど嬉しい事はない。

 オイラは当然、ライブの後にその問題となったクチバ記念病院――十一番道路跡地に踏み入っていた。

「何者なんだ、そのポケモン。友人とフサコの私見では、スリープ、とあるが」

 オイラも聞いた事くらいはある。催眠術をかけて人の夢を食うポケモン。

 一晩張るつもりで病院の裏手に回っていたがすぐさま聞こえてきた。

「ノリトン、ノリトン」という「声」だ。

 オイラは耳だけはいいつもりだからすぐさま「声」の位置が分かった。なんと驚くべき事に「声」の主はオイラの背後二メートル前後まで肉迫していた。そこまで接近を許すほどオイラも油断していない。当然、モンスターボールに手をかけた。だが、その時には既に指先が硬直していた。恐らく相手の手の内だろう。

 歯噛みしてオイラは口にする。

「何のつもりだ? クチバ記念病院の人達を元に戻してもらおうか」

 害悪のあるポケモンならばオイラが実力で排除する。その覚悟の声音を込めたが、相手は近づいてきた。催眠術は、真正面から受けなければ通用しないはず。いくらポケモンを出せないとはいえ、オイラは冷静だった。近づいてくる相手の息がかかるほどの至近に迫った瞬間、オイラは振り返り様に蹴りつけた。ポケモンの防御力でも不意をつかれたはずだ。オイラはその一瞬のうちにポケモンを出して対抗しようとした――だが。

「……何だ、お前は」

 その姿にオイラは言葉を失った。

 目の前にいたのはスリープじゃない。いや、形状はスリープのものだった。寸胴な体型に特徴的な鼻を持つのもそうだ。ただし、体色が違う。

 まるで死人のように真っ白だった。そのスリープらしき存在は蹴りつけられた衝撃でよろめき、その姿からは想像も出来ないほどの速度で駆け出した。オイラが我に帰った時には、もうそいつは森に隠れて見えなくなっていたよ。

 それ以降、オイラその姿が時折夢まくらに立って眠れないんだ。それに「声」もする。今、必死に忘れようとしているんだけれど……。

 ああ、そういえば君、誰だっけ?

 

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