ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT29「慰霊プランは計画的に」

 

「この間の慰霊ライヴ、大成功でしたね、ディズィーさん」

 そう口にした私へと、対面でコーヒーを飲むディズィーはちょっとだけ意識を割く。

「慰霊ライヴって……いつのだっけ?」

「いつのって……つい一か月前のじゃないですか。もしかして……忘れちゃいました?」

「いいや、覚えているけれど案件が多すぎて一瞬思い出せなかっただけ。この時期はただでさえ多いんだ、そういうの」

 ふわぁ、と欠伸を掻いた彼女の態度に私は少しだけ察した。

「ああ、夏の終わりでしたもんね、ちょうど」

「ちょうどって言うか、その時期に集中するんだよ、スケジュール。もうちょいどうにかならないもんかなぁ、その辺。業界の風通しが悪いとか言われちゃうよ」

「言葉もないです」

 そう言って愛想笑いを返す私相手に、ディズィーは特段に不機嫌にはならなかったものの、あー、そう、とそっけなく返す。

「けれどもまぁ、そういう時期もとっくに過ぎちゃって……。もう今年も半分くらい?」

「ですねぇ。もういくつ寝るとって感じです」

「一年も早いなぁ」

 さしもの売れ線、ギルティギアのディズィーとはいえ感傷くらいはあるのだろうか。私は気になって尋ねてみる。

「ディズィーさん、この夏は楽しまれたんですか?」

「仕事仕事って感じだったよ。いやまぁ、楽しいんだけれどね。娯楽的な楽しさじゃないって言うか……」

「分かりますよ。仕事で楽しいのと、趣味で楽しいのは違いますから」

「だからこれも……ある意味じゃ、夏だからで済まされる話なのかもしれないんだけれど……」

 こういう時のディズィーは饒舌だ。

 私は慣れた様子で彼女から話を聞きだしてみる。

「何かあったんですか?」

「うん、まぁ。この間の慰霊ライヴだったと思うんだけれど――」

 

 慰霊ライヴを企画したのは、何もこの場所のせいだけではない。

 そう言い聞かせて、私はディズィーを待っていた。

「……約束の時間をもう十分も過ぎているぞ……どやされれるのは俺なんだってのに……」

 ぼやきつつ、私はラジオ塔を見やる。

 かつてポケモンの彷徨う霊魂を癒していたという、共同墓地――ポケモンタワーを壊してでも屹立させた人類の叡智を誇るかのようなラジオ塔は、今では一端の商業施設だ。

「地下に商業コーナーまであるんだって言うんだから驚きだよな……」

 その地下で、本日14時よりディズィーの率いるギルティギアのライヴが執り行われる予定であったが、当のディズィー本人はまるで待ち合わせ場所に訪れる気配はない。

「……これは振られたかな」

 割とよくある業界の通説だ。

 ――時間通りに間に合う有名人なんて居ないと思え、と。

「まぁ、そうだよな……。いくらディズィーがその辺にはしっかりしている人物とは言え、軽んじられたか」

 仕方なしに、歩みは自然とポケモンタワーへと向いていた。

 地下商業施設はシオンタウンよりそのまま真っ直ぐ、ヤマブキシティまで届いているのだというくらいだから驚きだ。

「懐かしいな……俺がトレーナーだった頃なんて……」

 思い出すと今でも身震いしてくる。

 その頃のシオンタウンは陰気な町だった。

 重苦しい空気と、不気味な音程がよく似合う、トンネルを抜けた先にある田舎町――そしてあまりいい噂を聞かない町でもあった。

 ポケモンタワーには「出る」のだと言う。

 まことしやかに語られる噂もさもありなん。

 実際、ゴーストタイプを捕獲しに入ってみたものの、薄気味の悪さにすぐに引き返したものだ。

「トレーナー達も気味が悪かったっけ。オカルトマニアとかばっかりで……」

 しかし少年の頃の思い出ほど美化してしまうものもない。

 自分は弱小トレーナーであったが、それでも目指すべきものがあり、そして辿り着くべき居場所があった。

 あの夏の思い出は自分だけのものだ。

 だからなのか、地下商業施設の賑わいに、少しだけ疎外感を覚えたのもある。

「すごいな……。シオンせんべいに、シオンアイス……。何でもご当地に結び付ければいいってもんじゃないぞ、まったく……」

 だが別段故郷でもない町。変わりゆくのは人の常なのだという事くらいは理解出来る。

 理解出来るからこそ――私は不意にその光景が飛び込んできて目を疑った。

「こんな商業施設のど真ん中に……ポケモンの墓の跡?」

 ポケモンタワーに入っていた全ての遺骨や墓地は移送したはずだ。

 だと言うのに、商業施設の小うるさい音楽がまるで似合わない、その中心軸にポケモンの墓らしきオブジェクトがある。

 これはどうした事なのだろうか、とじぃっと眺めていると、声がかけられた。

「もし。これが気になられていらっしゃるので?」

 老人であった。

 別段小汚いわけでもないが、どこか話しかけるのは躊躇するような風貌の持ち主。

「ええ、まぁ……。ここってもう大型商業施設ですよね? ラジオ塔の地下がこんなになっているのは知らなかったですけれど。これは、ポケモンの……?」

「ええ、お墓です。ですがただのお墓じゃないんですよ、これは。ちょっと昔の話なんですが、ここがポケモンタワーだった頃に、ポケモンと人間の遺骨を一緒に埋葬する習慣があったのをご存知で?」

「いえ……でもそれって、当時でも……」

 濁した先を老人は継ぐ。

「ええ、奇特な人間だと後ろ指を指される事もありましたね。ですが、それでも自分の愛したポケモンと一緒に、最期の時まで居たいという人間はとても多かった。そのための共同墓地ももちろんあったんですが、彼はあくまでも、ポケモンの一部として眠るのを望んだ」

「違法ですよね、それってたとえ昔でも……」

「ええ。だから彼は真夜中のポケモンタワーに忍び込んで、自分のポケモンが埋葬される場所を指定しておいた。ですが指定と言っても死んでからじゃどうしようもない」

「彼はどうしたんですか?」

「……結論から言えば、ポケモンには置き土産という技がある。その置き土産の中に、忍び込ませたんでしょうね。自らの遺骨を埋葬するように、洗脳作用とでもいうのでしょうかね」

「洗脳……ポケモンの技を使ってですか?」

「洗脳という言い回しが適切じゃなければ、思い込ませた。彼は自分が死ぬ時に、そうだ、あの老人も一緒に埋めてあげようという、手心を相手に滑り込ませたんです」

 何という執念だろう。

 いや、それは最早、妄執と呼ぶのに相応しい。

「何でそこまで……。ポケモンと一緒がいいという人間は居ますけれど……」

「冥婚、という言葉をご存知で?」

「死んだ後に結ばれるという、あれですか」

 老人は一拍頷いた後に、墓地を見据えて悲しそうにしゃがれた声で告げる。

「かつてはポケモンも人間も同じだった、区別などなかった、という言い伝えがあります。その言い伝え通りなら、ポケモンと冥府の世界で一緒になろうとした人間が居ても、おかしな話でもない」

「ですがそれは……カントーじゃ異端となる」

「ええ、だから彼はポケモンの墓地に埋葬された。死期を悟ってポケモンに技まで使わせて。……ですが、それは間違いだった。そんな事を混じり気のないポケモンのお墓に持ち込むべきじゃなかったんです。初めは、ちょっとした違和感でした。ですがそれは、少しずつ。摺りガラス越しのように気づかぬレベルでゆっくりと浸食していった。人間の血は、ポケモンの血と混ざらせるべきではなかったんです。そのせいで、ポケモンタワーは濁ってしまった。凝った霊気の滞留する……よくない場所になってしまったんです。やがて行き場をなくした彼の霊魂は、ポケモンタワーで化けて出るようになった。タチサレ、タチサレってね」

 どれほどバカ騒ぎの騒音が鳴り響いていても、老人の声だけは明瞭に耳朶を打つ。

 私はいつしかその話の赴く先を促していた。

「それって……一時期出現していた、ポケモンの幽霊の噂話……」

「ご存知でしたか。ですが、今お話しした通り、あれはポケモンでも人間でもなかった。誰でもない、何者か。何者でもない、異物。それが一時期ポケモンタワーを包んでいた正体ですよ。哀れな話だ。ポケモンにもなり切れず、人間としても埋葬されない、そういう存在がいるなんて」

「……でも、このお墓は……じゃあその人間の魂を慰めるために……?」

「ほとんどの遺骨やそういったものはポケモンの家に移送されましたけれどね。人骨をそっちにまで持ち込むわけにはいかないでしょう。一応は分別したとは聞いていますが、それでも混ざっているみたいですよ。人間でもポケモンでもないって言うのが……」

「でも、そんな存在って……」

 そこで私は言葉を切っていた。

 向き直った老人の相貌は、人骨でも、ましてやポケモンのそれでもない。

 ポケモンの獣じみた骨と、人間の頭蓋骨を入り混じらせたような「虚」が私のほうをじっと見つめていた。

 その眼窩と目が合った瞬間、私は叫んでいた。

 ――と、そこで不意に目を覚ます。

「うわぁ、びっくりしたぁ……。どうしたの、マネージャー。急にライヴ中に倒れるもんだから、みんなで様子見していたら叫びながら起きるなんて」

 目の前に居たのはディズィーそのものである。

 ここは、と私は枯れた喉で返答する。

「ここはって……ラジオ塔の特設ライヴステージじゃん。どうしたの? やっぱりどっか打った?」

「い、いえ、ディズィーさん……。確かここって……ラジオ塔の地下ですよね?」

「うん? そうそう。ラジオ塔の地下を一時的に借り受けてさ。そこでライヴ始めよっかってなったところで、マネージャー、急にどたんとテーブルの上に倒れて一時間。ライヴは強行したけれど、何かあった?」

 不可思議な感触だけがあった。

 じっとりと汗を掻いている。

 あれは――夢だったのだろうか。

 それとも……と意識を手繰った私の視界の中に、「それ」はあった。

「あれって……」

「ん? ああ、妙なもんだよね。もうポケモンタワーじゃないってのに、あのお墓だけどうしても取り壊せないし、どっかにやれないんだってさ。詳しい事は誰にも分からないらしいけれど」

 バカ騒ぎの音楽。

 当たり前のように明るい地下商業施設に、不意に降って湧いたような、暗黒地帯――。

 そんな印象が拭えない一個の墓が、そこにはあった。

「どうしたの? やっぱり気分悪い?」

「いや、その、ディズィーさん。これって馬鹿馬鹿しいかもしれないんですが……」

 

「……ってなわけ。まぁ、よくあるオカルトだと思ってくれて大丈夫だよ」

 ふぅんと私は返答していた。

 その返事でディズィーも充分だったのだろう。

 彼女は満足した様子で打ち合わせを終える。

「じゃあね。ああ、それと、一個だけ忠告しておくと――君がこの間死んだって言う、よく愛でていたワンパチ。それと自分の墓を一緒に、なんて思わないほうがいいのかもね。だってどこまで行ったって結局、ポケモンと人間なんて死んでまで相容れる必要なんて、ないんだと思うし」

 

 


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