ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT3「歪曲記憶」

 

 私はまず彼女にこう提案した。「前向きに検討してくれないか?」と。

「そうは言ったってね。それって結局、オイラに歌うな、っていっているって事でしょ」

 ディズィーは切れ味鋭くこちらの真意を抉ってくる。だが私は殊更に強調する。

「ディズィーさん、ようやく催眠から抜け出したところじゃないですか。この間の打ち合わせなんて酷かったですよ。どの音楽雑誌もディズィーとギルティギアは終わりだ、の一面です」

 私は週刊誌を叩いてテーブルに叩きつける。ディズィーは言葉を呑み込んだ。まだ新参者のプロデューサーであるが、私は業界でも屈指のギルティギアのファンのつもりである。それなりに彼女達を理解しているつもりであるし、何よりも病気療養から復活したばかりのディズィーにステージは荷が重過ぎる。

「でもさ、オイラなら」

「マネージャーさんはどう言っているんです? ディズィーさんがステージに立つ事を、了承しているんですか?」

 ディズィーは苦い顔をする。承服するはずがない。彼からしてみればディズィーは再起不能のレベルまで追い込まれていた。それも全て自分の監督不行き届けのせい。一番に責任を感じているのは彼のはずなのだ。

「ステージには立たせられません。ただパフォーマンスは自由です。歌わないという制約付きならば」

 ディズィーは頬をむくれさせて、「口パクをやれっての」と抗弁を発した。

「オイラはアイドルじゃない」

「アイドルじゃないからこそ、一過性の流行じゃないから、あなたには慎重を期してもらいたいんです」

 ギルティギアは一過性のバンドで終わってはいけないのだ。だから今回だけは苦汁を舐めろと言っている。そうでなければ近いうちに自滅するだろう。ディズィーも分かっていないわけではないらしい。私の言葉を聞き届けてくれたようだった。

「……けどステージに立って口パクってのは、高い料金払ってくれているお客さんを軽視している。なら、今回はインストゥルメンタルだけ、という前提で」

「そんな事を言えばチケットの払い戻しが急増します」

 ステージ云々よりもギルティギアとして先細りしていく。今回だけだ。今回だけ、口パクを許してくれればいい。ステージの上で彼女達が踊り狂っても構わないが、ボーカルのディズィーは休むべきであった。

「そんなの。ギルティギアのライブじゃないじゃん」

「言いたい事は分かりますし、ディズィーさんのポリシーも理解したつもりです。ですが、今回ばかりは譲れません」

 ディズィーは眉間に皺を寄せてテーブルを指で叩く。今回の発端はディズィーがカントーのいわゆる都市伝説に興味を持ってそこに赴いた結果だ。彼女の監視は厳にせねばならない。

「……プロデューサーさんの言いたい事は分かる。オイラが勝手に出回って、そのせいで催眠を受けてしまった。たくさんの人に迷惑をかけたのも自覚している。そのせいでいくつかのインタビュー記事が潰れて、こんな」

 ディズィーは週刊誌を顎でしゃくって、力なく言葉にした。

「……書かれ方しちゃうんだからね。全部、オイラのせいだよ」

 分かってくれたか。私は安堵する。ディズィーは、「じゃあさ」と声にした。

「歌えないんなら、せめてちょっとした小話でも挟んでいいかな? MCの時間を長くするみたいな」

 その程度ならば問題ないが私はある予感を抱いていた。

「……ディズィーさん。もしかしてまた」

「ああ、言いたい事は百も承知。また、この人は厄介な話をしようとしているな、という、君の予感はもっともだ。でもさ、せめて、って思ってくれない?」

 上目遣いのディズィーに私はすっかりやられてしまった。結局、私も彼女の一ファンなのだ。

「……打ち合わせありでお願いしますよ。何なら今ここで話してください。話の内容如何では止めさせてもらいますから」

「そんなに危ない話じゃないって。前回は、もし現場にファンの子が行ったら危なかったし、その病院の株が下がるような話だったけれど、今回は全くの逆。そうだな。オイラが経験した――もう取り壊されているから絶対に安全な、話だ。ファンの子が行こうと思っても、もうないんだし、確かめようがない。ディズィーさんの与太話だと思うに違いないって」

 私は呆れ返った。この人は一回のライブにつき一個は奇妙な話を持ち帰らないと気が済まないのか。これではマネージャーは大変だな、と同情する。

「話してください。使うかどうかのジャッジはこっちでしますからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンオウに行った時の話だ。向こうで、オイラはエキシビションマッチって言うか、言ってしまえば特別にジムリーダーとの手合わせを願えた。オイラみたいなのがバッジをもらえるはずがないから、本当に特別戦。手合わせだけだし、何かを交換した事もない。

 向こうのジムリーダー? ああ、ナタネって言ってね。ハクタイシティのジムリーダーだった。とても強かったし誇り高い女性だった。もう高齢と聞いたけれど、それでも衰えない強さって言うのかな。特に戦わせてもらったロズレイドは気迫みたいなのが違ったね。勝負に対する執念が段違いだった。

 エキシビションだからって手加減はなかった。オイラもここで手を抜くのは失礼だと思ってメガシンカを使おうかって悩んだくらいだ。まぁ使う前にやられちゃったんだけれど。

 彼女は普段どこに住んでいるのか、って聞いたんだ。するとハクタイシティの一等地に住んでいた。さすがだって思ったけれど、彼女には奇妙な癖があったんだ。

 西側に、ハクタイの森という山林地帯が広がっている。珍しいポケモンや古い建築物の同居する森だ。自然保護の観点からほとんど人間の手が入っていない。

 彼女の部屋はとても豪奢だった。ただ同時に奇妙だったのは、西側、つまりハクタイの森を一望出来るテラスが何故だか封鎖されていた。木やベニヤ板で何重にも打ちつけて、見えなくしていたんだ。ちょっと異常だろう? オイラ聞いたんだよね。

「何で西側を見えなくしているんですか?」

 すると彼女はこう答えた。

「昔から草ポケモンが大好きだった。草ポケモンならば噛みつかれても、刺されても痛いよりも嬉しいが勝っていた。幼い頃、まだカントーのポケモンリーグに挑戦する前にハクタイの森に行った事があったの。その時、とても大きな洋館が立っていた。森の洋館、と呼ばれていたんだけれど」

 オイラも聞き及んでいた。ハクタイの森に位置する巨大な洋館で、いつ誰が作ったのか一切不明。ただ流れている噂は耳にしていた。

 その館に住んでいた人間は一夜で消えたのだと。

 そして一夜にしてポケモンや亡霊の住処に変わった。

 もちろん、半信半疑さ。全部信じ込んだわけじゃないよ。ただ、こんな高貴な方が、そんな俗物めいた話を信じ込むのかってね。そっちのほうが気になった。オイラは聞いたんだ。

「そんなのデタラメでしょう?」

「でも、あなた、あの洋館に立ち入った事があって? 一度でも立ち入ればただのでまかせでない事が分かる。どうしてあの洋館には人が住んでいないのか。どうして取り壊されないのか。私はあの洋館が取り壊されるまで、怖くてあちら側のテラスを開ける事も出来ない」

 そこまで困っているとなっちゃオイラ正義の味方だからさ。森の洋館の噂の真偽を確かめてみようって気になったわけ。

 実際、森の洋館に立ち入ってみた。陽は高くてまだまだ日暮れまでは時間があったし、その間ならば何にもないだろうって。

 入ってすぐに視線を感じた。ははん、いるな、ってオイラは感じたね。亡霊が、じゃない。悪さをするポケモンだよ。ポケモンと人間の区別くらいつく。気配は完全にポケモンのものだった。

「出てきなよ。ナタネさんが怖がっているじゃないか」

 するとその部屋のテレビが破砕されて出てきた影があった。独楽のようなポケモンだ。

「行け、クチート!」

 クチートをすぐさま繰り出してオイラは迎撃した。あんまし強いポケモンじゃなかったかな。クチートには相手の得意とするゴーストも電撃も通用しなかったし。アイアンヘッド一撃で沈んだ。

「何だ、こんなのが亡霊の正体か」

 拍子抜けしちゃったくらいだよ。オイラ、根源は倒したし出ようと思った。

 でもおかしいんだ。

 階段を降りたけれどいつの間にか上がっていて、二階から降りられない。というよりも階段が何段あるのか、分からなくなっていた。

 降りる階段のはずが、どこからともなく靄がかかっていて終点が見つからないんだ。

 なに、こういう仕掛けだ、とオイラは思った。よくあるやり口さ。階段を立体的に造って終点と始点を分からなくするって言う。錯視の絵とかでよくある奴だと思った。

 ただ来た時にはなかったのにな、というくらいの気持ちだった。まぁ亡霊が出ると言われているくらいだ。そのくらいの仕掛けがあってもおかしくはない。

 別の階段を探そうとしたんだけれど、いつの間にか迷っちゃって大きな厨房に入っていた。その奥にはテーブル席があってレストランみたいな感じだったかな。ただ蜘蛛の巣は張っていたしろくなもんじゃなかったけれど。

 オイラは適当に散策した。どうせ行きも帰りも分からなくなるほどに暗い時間帯じゃない。歩き回っていれば窓の一つくらいには出くわすだろうって。

 そこでオイラ、あれ? って気付いたんだよね。今までたくさん部屋を回ってきたけれど一つだって窓はあったか、って。

 入る前に窓の配置は確認した。ガラスは曇っていたけれど窓はあった。だって言うのに、内側には全くないんだ。

 ナタネさんが怖がっていた意味が少しだけ分かったけれど、これも何かの仕業だと考えた。外側にあった窓はブラフで、ひょっとすると最初から窓のない造りなのかもしれない。だとすれば脱出するには正面玄関しかない。

 とぼとぼと戻ろうとすると気配を感じて振り返った。

 そこにいたのは女の子だ。亡霊か何かだと思って身構えたけれど、女の子にはしっかり足もあって泣き声も本物だと分かった。

「何かあったの?」

「出られなくなっちゃったの」

 女の子はどうやら興味本位で森の洋館に踏み入ったらしい。オイラと同じだ、と思って勇気付けた。

「大丈夫。オイラも出られなくって困っているところだけれど、二人なら出られるさ」

「何で、お姉ちゃん、平気なの?」

「正義の味方だからね」

 女の子を連れて、オイラは彷徨った。そのうちに、最初の階段に行き着いた。相変わらず靄がかかっていたけれど、その階段を通じてでしか正面玄関に至る事が出来ない。仕方なく踏み出すと、今度は何にもなかった。

 階段を踏み締めて数段程度で降り切った。さっきのは錯覚だったのか、とオイラは感じたよ。女の子は手をぎゅっと握ってくるから離さないようにとしっかり握っていた。

「ほら、正面玄関だ。もうすぐ出られるよ」

 正面玄関の取っ手に手をかけた。何か来るとしたらここだな、と感じていたからホルスターのクチートをいつでも出せるようにしておいた。でも、何もなかった。

 案外あっさりと森の洋館を出る事が出来た。陽もちょうど中天くらいで、何だ何にもなかったな、とちょっと意外だった。

「何にもなかったね」

 振り返ると、女の子はいなかった。

 ああ、でも、彼女が亡霊でもおかしくはないな、と感じていたからその衝撃は少なかった。足がついていたと言ってもそのくらいよくある話だし。

 オイラ、ハクタイシティに帰ってまずナタネさんに報告しなきゃと思った。もう森の洋館には何もありませんよ、って。するとね、訪れたナタネさんの部屋の西側は開いていたんだ。

 何にもなかった。目張りも板も、何も。西側のテラスは開けていて、陽射しが差し込んでいた。ナタネさんは不思議そうな顔で、「あら?」って言ってくるんだ。

「今、ちょっと夢を見ていて。ディズィーさんそっくりのお姉さんに連れられて怖かった森の洋館を出た事を思い出したわ。あの時は本当に怖かった。だって、私を連れ出してくれた後、お姉さんが消えてしまうんだもの。森の洋館の怖さよりも私を連れ出してくれたお姉さんが幽霊だったんじゃないかって疑ってしばらく眠れなかったくらいだったわ」

 ナタネさんの話はオイラの体験した事の裏返しみたいな話だった。女の子視点での、森の洋館でついさっき、オイラの経験した出来事だったんだ。

「あの、その女の子って、茶色のボブカットの……」

「ああ、そう。よく知っているわね。私は昔、髪の毛を短くしていたの」

 何ていう事だ。オイラがさっきまで手を握っていた女の子も、茶髪のボブカットだったからね。

 結局、森の洋館の謎を解き明かす事は出来なかった。オイラとナタネさんはもしかしたら時のパラドックスに囚われて邂逅したのかもしれない。あり得ない出会いをして、それがナタネさんに一種の恐怖を植え付けていたのかもしれなかった。

 未来と過去が交差した森の洋館は去年、ようやく取り壊される事が決定したみたいだ。

 誰が圧力をかけたわけでもない。誰が今まで管理していたわけでもない洋館が今の今まで存続していた事も不思議と言えば不思議だったね。

 ナタネさんの部屋の西側のテラスから望める景色はとても綺麗で、ハクタイの森を一望出来た。ただその中に、黒点のように視界にちらちらと映る森の洋館は、今はもう見れないよ。取り壊された事が正しかったのか、間違っていたのか、オイラには判断がつけられない。

 で、この話。ライブで使えるかなぁ?

 

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