ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT5「えがおのおそうしき」

 

「ご機嫌ですねぇ、ディズィーさん」

 私がそう切り出すとディズィーは微笑みながら小首を傾げた。

 赤く、ビビットな色をかもし出す髪が揺れる。

「そうかい?」

「そうですよ。いつにも増して笑顔ですし。何かいい事でもあったんですか?」

 ステージに立つ前のメイクをやらせてもらっているから分かる。ディズィーはいつもしかめっ面なのだ。

 これから多くのファンの前に出るのに、ほとんどすっぴんである。余計な独学の化粧をされるよりかはマシだったが、あまりに飾り気のないカリスマに、自分は辟易していた。少しばかりオシャレと礼節を学んでもらえたらそれに勝る事はない。

 しかしディズィーは張り付いた笑みのまま尋ねるのだ。

「オイラ、笑ってる?」

 妙な問いである。笑っているのを自覚せぬほど、幸福な事でもあったのだろうと結論付けた。

「無意識に出ちゃう笑いって事は、相当幸運な事があったんですね」

 自分も微笑ましい。しかし、ディズィーの声音は沈痛であった。

「……いや、逆だよ。知人が亡くなってね」

 ハッとしてディズィーの顔を窺う。まさか、その知人への手向けのためにせめて笑顔で、という心積もりなのだろうか。

 しかし、ディズィーが今までそのような配慮を見せた事はない。

「そう、ですか。ご愁傷様です……」

「やめてよ、それ。言い飽きちゃったんだ。この度は、も、ご愁傷様です、も。それほど人死にが多かった印象はないんだけれど、そうだね、オイラの周りって案外死ぬ人が多いね」

 それでも、ディズィーは笑顔なのである。しかも、どこにも無理をしたところのない、打算も欠片もない笑顔であった。 

 私は思わず訊いてしまう。

「何でそんな、笑顔なんですか?」

「笑っている? オイラが?」

 聞き返すディズィーに手鏡を持たせた。すると、ディズィーは頬っぺたをつねった。思い切りやるものだから心配したほどである。

「これからライブなのに、頬に痣が出来ますよ」

 注意するとディズィーは頭を振った。

「駄目だ、やめておこう。こんな顔でライブには出られない」

 思わぬ告白であった。私はうろたえてしまう。

「何でですか。みんな、ギルティギアのライブを楽しみに……」

「こんな笑顔じゃ、人前に出られないって言っているんだ」

 それは理解出来なかった。不都合な事など何もない。晴れ晴れとしたいい笑顔である。

 だというのに、ディズィーはこの世の悲しみを一身に背負ったかのように弱々しく口にする。

「やめよう、中止だ……」

「何でですかっ! 今のディズィーさんの笑顔、素敵ですよ!」

 景気づけのつもりであった。現にディズィーは笑っている。何もおかしな事はない。

 しかし、ディズィーは重々しい声音で切り出した。

「これ、オイラが笑おうと思って笑っているんじゃないんだよね。あの葬式のせいだ」

 笑顔にそぐわぬ、葬式という言葉。知人を亡くした、との事だが何か関係があるのだろうか。

「その、葬式って言うの、何だったんですか?」

 ディズィーは逡巡の間を浮かべてから口を開いた。

「そうだね。いつもスタイリストでお世話になっているし、話してもいいだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の日だったんだ。

 小雨がずっと昨日の夜から降っていて、ああ、鬱陶しい天気だな、と思いながらオイラはそこに向かった。

 葬式会場だ。

 よくある黒と白の幕が巡らされていて、そこいらにいるのは喪服に身を包んだ男女――。それが世間一般の葬式、の定義だと思う。

 オイラもそうだと思った。別に、死んだ知人には没頭していた宗教もなかったし、今回ばかりは形式ばった葬儀になるだろうって。

 でも、そうじゃなかった。

 張られている幕に模様があったんだ。

 くるくるとした渦巻き模様であった。絶対、葬式の場では使わない模様だ。色もけばけばとした黄色と赤で妙に目に悪い。

 オイラは最初、その場所がお祭りか何かに使われているのだと思ったほどだよ。

 でも、住所も、もっと言えば間違いなく、知人の両親がいて、葬式会場らしき名簿欄もあった。

 だけれど変なのは誰一人として喪服なんて着ていない事だった。

 赤と黄色の、売れないお笑い芸人みたいな服をみんなが着ているんだ。

 オイラは担がれているのかな。って思ったよ。

 ほら、よくあるドッキリさ。葬式会場でみんなが変な色の服を着ていたらどうする? っていう、ドッキリ企画を疑った。

 でも、その知人は芸能人じゃないし、仕掛け人をするにしても本当に死んだなんて冗談にもならない。今のテレビじゃ絶対に通用しない不謹慎な話だ。

 だからドッキリの線を疑いつつも、オイラは真面目腐った顔で挨拶をした。

「この度は……」

 口ごもって目礼をすると赤と黄色の服に身を包んだ人達が顔を上げる。

 仰天したよ。

 全員、にやにやと笑っているんだ。

 おかしい、とは思った。

 でも、それを追及するのもまた、変だろう? オイラは知らぬ存ぜぬを通し、真面目に挨拶をして真面目に参列した。

 故人を悼む場合、その人間が好きであった音楽を流したりするのは現在において一般的だけれど、流れているのはどこからともなく聞こえてくる太鼓の小気味いい音であった。

 その知人の趣味が、そんな風に珍妙であった記憶はない。

 でも、オイラは流れるに任せた。

 とりあえず参列して、お経が唱えられるはずだった。

 でもそこの坊主はお経を唱える段になってモンスターボールを取り出した。

 別に坊主がポケモンを持っている事に驚いたんじゃない。普通ならご焼香を、というところでポケモンを出すのが理解出来なかった。

 しかし、オイラは意外と冷静に分析していてね。

 ああ、お焼香をポケモンにやらせるのかな、って思ったんだ。

 それなら筋が通る。

 ご主人との最後の機会だし、それも悪くない趣向だと思ったんだ。

 でも現れたポケモンは、オイラの知る限り知人のポケモンじゃなかった。

 パッチールってポケモンを知っているかい? 渦巻き模様が描かれた、黄色と赤の小型ポケモンだ。

 そいつが小躍りしながら、何と故人の棺おけの上で踊り出したんだ。

 おいおい、いくらドッキリとは言え、あまりにも……。

 オイラは言葉をなくしていたが、その踊りが奇天烈に舞われる度に、くすっ、と誰かが笑うんだよ。

 それが誰なのか、オイラには最初分からなかったけれど、普通なら悲しみにくれているはずの人々が、くすっ、くすっ、って。

 大笑いはしないんだ。

 みんな、潜めたように笑う。

 くすっ、くすっ、って浮かぶ笑いに、オイラは異常な空間に陥れられたのだと感じ取ったほどだ。

 ここは葬式会場ではないのか? 告別式ではないのか?

 あまりに不可思議だからオイラ、棺おけの中の知人の顔を確認した。

 確かに、死んでいた。

 動きさえもしない。呼吸ももちろんないし、脈動も途絶えている。

 死んでいるんだ。

 これは悪趣味なドッキリなんかじゃない。

 死体を前にして、ここにいる人々はくすくす笑いを交わしている。

 オイラ、頭がおかしくなったんだと思っちゃったよ。

 でも、ここで「何で笑っているんですか?」って問い質すのも、また無礼だ。

 それくらいは分かっているつもりだった。郷に入らば郷に従え、とも言う。笑うとまではいかなくとも、せめて涙は流さずに送り届けてあげよう。

 そのためにこの人達は無理をして笑っているんだって思い込んだ。なるほど、故人の遺志を優先して無理に笑うためにパッチールの踊りが必要だったのだと、そう理解した。

 パッチールはヘタクソな太鼓の音と珍妙な笛の音に従ってくねくね身体を動かす。

 その度に、渦巻きが角度を変えるんだ。

 そういえば、パッチールの模様は一つとして被らないって聞いた事があった。どの個体にも固有の模様があり、同じ模様の個体は存在しないのだと。

 パッチールが腹を突き出してフラダンスか、あるいは腹踊りのように踊り狂う。

 しかもそれが棺おけの上なのだからとんだ罰当たりだ。

 しかし誰もいさめないし、怒る事もない。みんな、にやにやして、くすっ、くすっって笑うんだ。

 ある種、諦めてオイラは無心になる事にしたよ。何も考えまい。ただ焼香を済ませればいいって。

 ここの人達が特別に変わり者か、あるいはこの告別式がそういう趣向なのだったら、オイラは従うだけだ。所詮は外の人間だからね。

 一人、また一人と焼香を済ませるんだが、ここに来てまた妙な事が起こった。

 パッチールを撫でてやっているんだ。

 みんな、焼香を済ませるとパッチールの頭を撫でる。

 いや、人によってはお腹をくすぐってやる人もいたな。

 とにかく、パッチールに触るんだ。

 普通、こんな場でポケモンには触ってやらない。そんなの無礼を通り越して……、恥辱だろうに。

 死者を軽蔑している、と思われても仕方がない光景だった。

 棺おけの上で踊るパッチールをみんな、ありがたがるみたいに触っていく。

 オイラの番が来た。

 お焼香の礼儀は知っている。でも、こんな葬式デタラメだった。

 焼香を済ませた後、パッチールに触るか否か、オイラの判断に任されていた。

 誰も強制はしないんだ。でも、これまでにみんながして来たってことは、それが礼節の一部なんだろうって事くらいは察する。

 オイラが触ったかって?

 触ったよ。

 パッチールの頭を撫でてやった。

 するとね、ここでさらに奇妙な事に。いや、場違いな事に、とでも言うべきか。

 拍手が起こったんだ。

 パッチールを撫でたオイラに対する拍手なのか、それとも今も変わらず踊るパッチールに対する拍手なのか。それは判別出来なかった。

 オイラもほとんどパニックでさ。

 だから、パッチールの腹も少しだけさすってやったんだ。するとまたどこからか拍手。

 さすがに死者をもてあそぶような真似だろう。ここで怒鳴ってやってもよかった。

「何で笑ったり拍手したりするんですか!」ってね。ガラにもないけれど。

 でも振り返った瞬間、ぞっとしたよ。

 みんな、にやりと笑っているんだ。

 自分以外のみんなが、笑っている。

 しかも、だ。笑顔というほど綺麗なものじゃない。

 にたり、にたりと、締まりのない笑い方だ。

 パッチールにそれは注がれているのか、それともオイラなのか。混乱しちゃってさ。

 オイラが笑われているのか、それともパッチールを笑っているのか。

 お経の声がどこか遠く聞こえた。

 ここはどこだ? 告別式じゃないのか? それともオイラは、常識の通用しない場所に訪れてしまったのか?

 でも、怒る気にも、ましてや叫ぶ気にもなれないのは、そりゃその場所が葬式会場だからさ。

 沈痛に顔を伏せたつもりだった。

 その悲しみと、どこか小ばかにされたような感触を今も引きずっている。

 でも、君が、オイラが笑っているって言うのなら。今手鏡で見たオイラの顔が本当なら……。

 やっぱりライブはやめたほうがいいと思う。

 これはよくない。

 よくない笑い方なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう結んでディズィーはライブの中止を打診した。

 案外簡単に、ライブは中止された。ポケモンの大量発生でここに来るまでのツアーバスが足止めを食らっているそうである。

 ライブ本局はその足止めを表面上の理由にしてギルティギアの面々を送り出した。

 私は不可思議な気持ちに囚われていた。

 彼女の語ったその葬式は本当に葬儀だったのだろうか。それは、ともすれば彼女自身の感覚を捩じ曲げかねない、一種の別世界だったのではないのだろうか。

 判別する術を私は持たない。

 その夜、スタッフだけで集まって小さな打ち上げが行われた。

 無論、実質的にはライブ失敗なのだから全員、肩を落としているはずである。

 だが、みんな、にたにたと笑っていた。

 誰かが手を叩くと飲み会の会場に現れたのは一匹のポケモンであった。

 スポットライトを浴びたのはパッチールだ。

 くねくねと踊り出し、腹の模様がうねる。皆、パッチールをありがたがった。頭を撫でてやったり、くすぐってやったりした。

 私は、ディズィーの話を聞いたばかりであったから、パッチールに近づくのは危険だと感じていた。

 だが、スタッフの一人が肩を叩く。

「君の番だよ」

 そう言われて、私は言い返すことも出来ず、パッチールに触れていた。

 パッチールはくねくねと踊り狂い、人々が、くすっ、くすっと笑った。

 ライブは失敗したのだ。どうして笑うのか。そう問い詰めたくって私は振り返った。

 その瞬間、凍りつく。

 全員が、その飲み会の店員も含めて――笑っていた。

 しかも、にたにたと締まりのない笑みで。

 強制されたわけでもない。誰かが決定的な事を言ったわけでもない。

 示し合わせたわけでもないはずなのに……、私は怖くなって逃げ出した。

 トイレに駆け込み、先ほどまでの気味の悪さに頭を振る。

「こんな……。こんなのって……」

 洗面台の上で、私は面を上げた。

 鏡には、にやにやと笑みを浮かべる私自身が、克明に映っていた。

 

 

 

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