ディズィーの素敵な冒険   作:オンドゥル大使

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ACT7「ある日のこと」

 

「ディズィーは気難しいですよ」

 そう口にするのは彼女に付き従う少年であった。

 一部では彼女の特別な間柄だとか、マネージャーだとか言われている人物である。

 幾度か「オサム」と呼ばれているのを目にしていたので私はうろたえなかった。

 オサムは黒いスーツをピシッと整えて襟元を正す。黒髪にその背丈は低いものの、私は誰かに似ているような気がしてならなかった。

 ディズィーを取り巻く伝説の一つである「彼女の周囲には偉人が集まる」という風説を信じるのならば、オサムも誰か特別な存在であるに違いないのだが、どうしても思い出せない。

 ホウエンの人々にとっては馴染み深い顔立ちのような気がしていたが、その人物の名前となると途端に雲散霧消する。

「それは、その……分かっています。今回、インタビューに取り次げただけでもそれなりに奇跡的で。私みたいな下っ端のオファーを受けてくださるなんて」

 こちらも最大限の謝辞を送るがオサムの返答は素っ気ない。

「ディズィーはおべっかには機嫌を崩しやすい人柄です。ご注意を」

 諭されて私は閉口するしかなかった。オサムは停めておいた車の運転席を開ける。

「タクシーを呼ばないんですか?」

「僕の車で行ったほうが早いですし、それにディズィーはあれで、タクシーとか苦手なんですよ」

 初めて聞くディズィーの話に私は首を引っ込めつつ彼の車に乗った。

 黒塗りの高級車でどうやら外車のようだ。報道部に移されて一年。私はまだ経験も浅い。だからディズィーを取材しろと言われてもどこから手をつけていいのか分からなかった。

 そんな折、編集部を訪れていたオサムに連れてこられて、とんとん拍子に今夜、ディズィーの取材が結構される事になったのだ。

 私は最低限の装備を確認する。

 レコーダーは持ったか? メモ帳は持っているか。鞄の中を引っくり返す私にフロントミラー越しにオサムが微笑んだ。

「相も変わらず、報道関係の方は忙しそうだ」

 私は顔を真っ赤にして恥じ入った。オサムは外見上では年下の少年にしか見えないのに、どこか気品めいたものを漂わせている。

 淑女に仕える紳士、あるいは執事のような立ち振る舞いだ。

 ディズィーという人間に従う以上、ある程度の礼節は必要なのかもしれない。私は自分の身なりを今さらに確認する。

 報道部の中にいればそれほど重要視されない外見も、インタビューとなれば別だ。

 インタビュー記事に載るのは自分の言葉ではないが、彼ら彼女らから必要な言葉を引き出すのには絶対に紳士的、あるいは淑女的でなければならない。

 小汚いADなどもってのほか。

 私は所詮、二十代そこそこの小娘でしかない。ディズィーのように世界を見てきたわけでもない。

 そうなってくると彼女らのような存在は圧倒的なのだ。 

 世界を席巻するパンクロックバンド、ギルティギア。

 そのボーカル、ディズィー。

 一時期黒い噂も流れたものの、そのような言説を吹っ飛ばして、今の不動の地位を築いている部分はある。

 何よりも私の世代ではドンピシャだ。

 彼女らの活躍が私達の栄光でもある。ホウエンの人々の輝きの象徴でもあるのだ。

 身なりを整え始めた私にオサムはハンドルを回しながら、フッと笑みを浮かべた。

「女の人は、なかなかに大変でしょう。ディズィーは外見で差別はしませんが、人を見る目だけは確かですからね」

 私はこの場で取材出来る事はしておこうかと考えた。何よりもディズィーという存在に付き従うオサムという彼に興味が湧いたのもある。

「その、例えばディズィーさんが対バンしたバンドは絶対売れるって言うの、あれ本当なんでしょうか」

 鞄の中に入れたボイスレコーダーをオンにする。オサムは半分冗談の調子で返した。

「そのバンドの力ですよ。ディズィーの力じゃない」

 付き人同然でありながらディズィーを過度に褒め称える事もしないのだな、と私はオサムのスタンスを疑った。

 この人物にも謎がある。

 もしそれを掴めれば私の報道部での地位も今よりかはマシになるかもしれない。

「その……私、見た通り新米で。だからディズィーさんの事はその、ネットの情報とかでしか知らなくって。伝説とか、あれ、本当なんですかね」

 窺った言葉にオサムは笑い声を返す。

「話には尾ひれがつくものです。ほとんどがデタラメですよ。……しかし、全てが嘘八百ではありません。あなた、報道部でしたよね?」

「ええ、まぁ」

「秘密を守れますか?」 

 来た、と私は身構える。こういう時には素直に頷けと言われている。

「一応は、業界人ですから」

「結構。これは、僕の経験した、本当の話です」

 

 ホウエンより暑い夏はあるのだな。

 僕の第一印象はそれだった。

 シンオウと言えば寒冷な地方のイメージがあったので額を拭うハンカチもそこら辺で買った安物だ。

「何でこんなに暑いんだ?」

「異常気象みたいだからね。オイラからしてみればどこに行っても同じだけれどシンオウの夏がこれほどまでに暑いのは初めてだ」

『今日の最高気温は三十六度。真夏日がシンオウでも続いています。ここ数日は真夏日で雨もないでしょう。続いてシンオウラジオ局、トピックスの紹介です。本日、十六時より……』

「ラジオも言ってますよ。異常気象だってね」

 タクシー運転手が楽しそうに声にする。

 ディズィーの正体を知っての事か。あるいは、ただ単に物珍しいのかもしれない。

 この真夏日にスーツを着込んだ僕と、マフラーまでしているディズィーという組み合わせが。

 付き添ったディズィーの目的はファンレターに書かれたある出来事の究明であった。

 ディズィーは自称、正義の味方。これは皆さん、よくご存知の通りだと思う。

 インタビュー記事でも度々口にしているし、僕もまぁ、彼女のそういう部分に巻き込まれたクチだ。

「ディズィー。こんな場所まで来てまでやる事なのか? その、イタズラハガキの」

「心外だな、オサム。オイラに届いたファンレターには一つだって嘘なんて書いていないのさ」

 ディズィーは真っ直ぐだが時折そういうのが困る。周りの人間の迷惑なんて二の次なのだ。

「ここだな」

 訪れたのはシンオウでも設備の整った都会の、その一画にある古びたアパートだった。

 ファンレターの送り主である大家は大変に歓迎してくれたよ。

「まさかディズィーさんが直に来てくださるなんて、感激です」

 随分と若い大家だな、と僕は思った。年の頃は君とさして変わりはしない。

 多分、苦労人なんだろうな、と察していると大家が顎をしゃくった。

「あの部屋なんです」

 外に出て窺うと角部屋が目に入った。ディズィーにはあらかじめその内容が分かっているのだが僕には知らされていなかった。

「あの部屋が、何なんです?」

「今に、鳴り始めますよ。ほら」

 大家の言葉に、がなり声が聞こえ始めた。近所迷惑などなんのそのの音響で楽器が掻き鳴らされている。しかし音楽とはほど遠い。一応は歌手のマネージャーのようなものをしているから音楽にはそこそこ詳しかった。

「何ですか、この……。近所迷惑な」

「今回の依頼はこれだね?」 

 確認したディズィーに僕だけが置いてけぼりを食らったよ。

「ええ。あの角部屋にいる、自称ロッカーを改心させて欲しいんです」

 改心、というのはどういう事か、と僕が目線で問いかけるとディズィーはようやく説明を始めた。

「オイラに送られてきたファンレターの内容だ。はた迷惑なロッカーがいて、そいつが居座っているアパートでは連日のように寝不足だと。近所からの苦情もひどい。だから、オイラのような人間に説得して欲しい、と」

 目を凝らせば大家の目の下には濃い隈がある。相当苦しんでいるのだろうと知れた。

「……でもそんなの、ギルティギアの仕事じゃないだろ」

 声を潜めてやるとディズィーは大仰に首を横に振る。

「まるで分かっていないね、オサム。こういう慈善事業こそ、正義の味方の面目躍如じゃないか」

「でも……」

「まぁまぁ、後はこちらに任せて。大家さん、安心するといい」

「その、ポケモンはこちらで預からせてください。あくまでも、その、大事にしたくないので」

 もしもの時にもみ合いになれば大変だろう。彼女に僕とディズィーは手持ちを渡した。

 ディズィーが階段を上っていく。それに付き従いながら僕は尋ねていた。

「ディズィー。お前は、他人の夢を否定出来るようなタイプじゃないだろ」

「あっ、ばれてる?」

「ばれてる、じゃないよ、まったく……。どうせここにいる自称ロッカーに対バンでもし掛けて改心させようって魂胆だろ。分かってるよ、やりそうな事は」

「まぁ、音楽家ってのはいつの時代だって身勝手なもんさ。だからオイラは真正面から彼の夢を応援するよ。でも、迷惑なのは変わりないからね。力の差を見せ付ける」

 彼女が取り出したのは相棒のギターである。これを掻き鳴らせば、彼女は無敵のロックスターだ。

 そこいらの自称歌手など裸足で逃げ出すだろう。

 僕は息を詰めて、その部屋に向かった。音響はかなりのものだ。壁が薄いなんて考えちゃいない。

「よくもまぁ、息も切らせずこんなに歌えるな」

 その言葉にディズィーは無言だった。どうしてだか、彼女の目は真剣そのものだ。

 まぁ、正義の味方を自称するくらいだから彼女も大概だろう。僕はそう感じて、大家から預かったマスターキーで部屋に押し入った。

 当然、僕は予想したさ。 

 こんな音楽をやる奴なんてろくなのがいないから、髪の毛がギンギンの金髪で、目つきも悪くって、それでいてクスリでもやっているんじゃないかってほど煌々とした眼をしているものだって。

 だからか、視界に飛び込んだ光景に唖然としたよ。

 そこにいたのはラジオの音声を最大に設定しただけの、少女だったからね。

 ハッとした僕らは彼女に歩み寄った。どこにも、楽器なんてない。それどころか、先ほどまでの音声は全てラジオからのものだった。

 どういう理屈なのか、僕は問い質そうとした、その時である。

 バタンと扉が閉まった。

 ディズィーが扉を叩くも開く気配はない。

「どういう事だ? 僕らは何に巻き込まれた?」

 混乱に陥る僕の耳に入ったのは、呪文のような大家の声であった。

「やった。ディズィーを捕まえた。これで私だけのもの。私だけの、世界のロックスター。これで、もう二度と、二度と……」

 その声に僕はギョッとしたよ。先ほどの大家とは思えないほど切迫した声だったからね。

「ディズィー。僕らは……」

「ハメられた、ね」

「ハメられた……?」

「最初から、彼女はオイラ達を幽閉するために、偽の情報を流したんだ。いや、半分は本当か。角部屋に人間を軟禁して、ラジオで大音響を流し、近所迷惑を演出する。自分はそのクレームに怯える大家を演じながら、実のところオイラを幽閉する機会を狙っていた。まぁ、度の過ぎたファンだね」

 落ち着き払ったディズィーの声に僕は逆上してしまった。ガラでもないのにね。

「何落ち着いているんだって! これ、立派な犯罪じゃないか!」

 ポケモンは、と腰のホルスターに手を伸ばしかけて拳を握り締める。

 大家が預かったのはこれのためだったのだ。

「まぁ、犯罪だね。ばれれば」

「どうするんだ? 僕ら、閉じこまれてしまった!」

 扉に体当たりするも全くぶち破れる気配はない。

 窓は、と視線を巡らせるが外側から目張りが打ちつけてあった。

「完全に、閉じ込められてしまったね」

「だから、何で落ち着いていられるのかって……」

 僕の疑問にディズィーは少女の頭を撫でた。見れば、少女は痩せこけており、食事もまともに摂っていないのが見て取れる。

「オイラを閉じ込めるために君を準備したんだね。かわいそうに」

 少女はすすり上げて泣き出してしまった。僕は肩を竦める。

 これではどうしようもないではないか。

「……どうするんだよ。ポケモンもない、あるのは非力そうな女の子とギター、それに僕だ。これじゃ脱出も望めない」

「いや、可能性はあるよ。ここにはラジオがある」

 顎をしゃくったディズィーに僕は呆気に取られる。

「だから、ラジオしかない」

「いいや、ラジオがあれば、後は充分だ」

 ラジオの周波数を変える。音量を最大値に絞り、彼女が選局したのは一つだった。

 

 凄惨な女の悲鳴が迸る。

 それに続いて階段を転げ回るような音。

 アパートの住民が気づいて飛び出してきた。

 それだけではない。近隣住民がアパートに歩み寄り、その音の凄まじさに警察へと繋ぐ者もいる。

 大家は慌てていた。

 何が起こっているのか。

 まさか、ギターケースの中に何かを仕込んでいたのか。

 あり得る、と大家はマスターキーを持って角部屋に押し入ろうとした。

 脳裏に浮かぶのは自暴自棄になったディズィーが餌の少女と連れ添いを巻き込んで自殺、という場面。

 血濡れの凄惨な現場を予感した大家の視界に入ったのは、少年の靴裏であった。

 蹴り上げられた大家が廊下に転がる。

 ディズィーは少女を抱え上げ、大家を睥睨した。

「悪いね。オイラ、一人のファンのものじゃないんだ」

 どうして、と大家は部屋に目線をやる。

 血の一滴でさえもない。何かが転がった音がしたのに畳も、窓もどこも壊れていない。

 ハッとして視界の中央に入れたのはラジオであった。

 そこから漏れている音声は殺人現場を演出した音楽である。

「ラジオドラマ、ってのがある。この時間帯ならちょうど、そういうスプラッター系列のものだって覚えていたからね。他の人達が気づくかどうかは賭けだったが、君は慌てざるを得ないだろう?」

 少女を抱えたまま降りていくディズィーに大家が手を伸ばす。

 ロックスターはどこまでも輝かしく、自分には届かない場所へと行ってしまった。

 がくりと項垂れる大家に連れ添いの少年が手を縛り上げる。

「まったく、何だってあいつの行くところはトラブルばっかりなんだ」

 抵抗する気力も萎えた大家はそのまま警察へと突き出された。

 

「監禁の現行犯、それに誘拐も、かな。僕らは警察に取り計らってもらって、その場にはいなかった事になっているけれど。そういう事も、彼女についているとよくある事なんですよ」

 オサムはそう結んで高級ホテルの駐車場へと車を進めた。

 私は完全に呆然としていた。

 そのような絵空事のような事件が起こるのか。 

 そもそも、彼女を取り巻いてそんな出来事が頻繁に起こっているなど信じられなかった。

「さぁ、着きました。僕は彼女に取り次ぎますんで、その間、ちょっと車で待っていてください」

 外に出てオサムが通話を繋ぐ。

 私は話のショックよりも、ディズィーがどこまでも自分の信念を曲げない人間である事に驚いていた。

 そのような人間の前で、自分は――。

 私はそっとレコーダーの音声履歴を削除する。

 彼女の前では、せめて若輩者でいい。卑怯者でさえなければいい、と私は感じた。

 オサムが促してくる。

「行きましょうか。ディズィーが待っています」

 

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