むらさめとハイドラガンマの対決は、お互い姿も見えない中、音だけを頼りの戦いだった。
「あの日本艦の艦長は優秀だ。一筋縄ではいかん」
ポンペイはむらさめを今まで戦ってきたどの艦よりも手強いと直感で判断した。そして、本気を出さなければ勝てないと。
「本気で掛かろう。魚雷の再装填は?」
「完了しています。何時でも撃てますが」
「現深度を維持。攻撃は合図があるまで待て」
ハイドラガンマの現在の深度は、海中の水温が変化する水面近くの変温層にあり、この変温層域ではサーフェスダクトと呼ばれるサウンドチャンネルが形成され、このダクト内に向けてはアクティブソナー等の音波が通りにくく、潜水艦にとっては絶好の隠れ蓑である。
ポンペイは潜水艦乗りとしてその辺の知識は身に付けているため、暫くは隠れられると判断し、艦をこの場に留めさせているのである。
「敵艦の動きは?」
「周囲を回っています。恐らく本艦を探しているものと思われます」
「暫くはここに留まって、ヤツの隙を突こう」
その頃、むらさめはソナーシステムをフル活用し、ハイドラガンマを探していた。
「敵潜は捕捉出来たか?」
「今の所は何も。恐らく表面層のダクトに身を潜めてるのかと」
「向こうの艦長は頭が良い。ソナーの弱点を心得てる」
山村はハイドラガンマの動きから、ポンペイの性格を読み取る。
「もしかしたら直ぐ近くに居るかもしれん………アクティブは打ち続けるんだ」
「はい」
むらさめはアクティブを打ち続ける。変温層のサウンドチャンネルダクトでは音波は通らないのを承知でアクティブを打ち続けるのは、相手の動きを牽制させるためである。
実際、ハイドラガンマはアクティブソナーの音に警戒しているため行動は大きく制限されている。
「艦長、間も無く敵潜が魚雷を発射した位置に到達します」
「突発事態に備え。アスロック、短魚雷スタンバイ」
むらさめに装備されているアスロックと短魚雷が何時でも撃てるよう、砲雷長は安全キーでロックを解除する。後はソナー員が敵を補足し位置の報告を待ち、発射ボタンを押すだけである。
山村は此処でもう一つの指示を出した。
「此処からは無音モードだ。ソナー、アクティブ停止」
「了解」
「機関緊急停止。両舷停止」
「艦橋、CIC。機関緊急停止、両舷停止」
山村はここでエンジンとアクティブソナー停止させ艦の動きを停めさせる。艦橋の操舵員がスロットルレバーを手前に引き、むらさめのガスタービンエンジンが停止しスクリューが止まる。むらさめの船体は徐々に速度を落とし、やがて完全に停止した。
「…………」
むらさめの全乗員がその場で静かに音を立てないように待機する。
「ん?艦長、目標エンジン停止」
「間違いないか?」
「はい。同時にあの音も聞こえなくなりました」
「音を立てないようにして本艦を補足しようと言う算段か。我々が動かなければ向こうは攻撃できない」
ポンペイもむらさめの意図を読んで、現状維持を指示する。互いに静粛を保つ2艦はどちらが先に動き出すかを探る。
暗いCICの中で山村は冷静に、汗一つかかずに静かにチャンスが来るのを待ち続ける。
そんな中、山村は静かにソナー員に指示を出す。
「アクティブソナー用意」
「了解」
ソナー員はアクティブソナーの出力を最大に上げて、アクティブソナーの電源を入れる。
「用意よし」
「打て」
バウソナーから発せられたピンガー音は、ハイドラガンマにも一瞬で伝わった。
「目標捕捉!」
ハイドラガンマのソナー員が叫ぶ。
「何処だ!」
ソナー員が上を指差し、ポンペイ達が上を向く。
「何て事だ……奴は真下に居るぞ!」
なんと、ハイドラガンマはむらさめのほぼ真下に居たのである。
「真下じゃ武器が使えない!機関始動、両舷最大戦速!」
「機関始動、両舷最大戦速!!」
むらさめのエンジンが始動しスクリューを回転させ、艦尾から大量の気泡を吐きながら停止していた船体が一気に動き出した。
「艦長!敵潜も動き出しました!増速しています!」
ハイドラガンマもむらさめの動きに合わせて速度を上げていく。
「艦長!敵は本艦の真下にピッタリ張り付いてます!この位置からでは攻撃できません!」
「奴と速度を合わせ続けろ!砲雷長、魚雷の諸元入力は?」
「終わってます!何時でも撃てます!」
「魚雷発射後、敵の後方100で自爆させて、浮上させるんだ」
「了解!」
「艦長!前方500メートル先に大陸棚の切れ目があります!そこから一気に深くなっています!敵潜、更に増速!」
「艦橋、CIC!私の合図で機関後進一杯だ!」
『了解!』
操舵手はスロットルレバーに再び手を掛ける。
「棚の端まで500メートル!」
大陸棚の端に到達した瞬間、ポンペイは指示を下した。
「今だ!ダウントリム最大、機関全速!潜れ!潜れ!潜れ!」
ハイドラガンマの操舵主が潜舵を真下に向けると、船体は艦首を下に向けて一気に潜航し始める。
「大陸棚の端に来ました!敵潜、潜航しています!」
「後進一杯!」
操舵手がスロットルレバーを後ろに引くと、スクリュープロペラが前進から後進に切り替わり、むらさめの船体がその場で一気に停止、その反動で全員が前のめりになる。
「魚雷発射3発!直下に撃て!撃て!」
3連装魚雷発射管から装填されていた短魚雷の全てが撃ち出された。
「プレイリーマスカー起動!音響デコイ発射!」
対ソナー用のマスカーが起動し大量の泡が吐き出され周囲の海水を攪拌し、同時に音響デコイも発射される。
投下された短魚雷3発は、アクティブソナーを放ちながらハイドラガンマに向けて直進する。
「後方より推進音聞こえます!魚雷です!」
「速度一杯!潜れ!」
ハイドラガンマは限界深度まで逃げようとするが、短魚雷の方が速度が早く、直ぐに追い付かれてしまう。
「総員衝撃に備え!」
その直後、短魚雷3発は100メートル後方で同時に爆発し、衝撃と圧力がハイドラガンマを包み込み、巨大な水柱が上がった。
「魚雷3発、シグナルロスト。同時に爆音聞こえます!自爆確認!」
「前方に水柱を視認!」
「ソナー、敵潜の状況は?」
「爆音で聞こえません。少し待ってください」
ソナー員はヘッドセットで辺りの音を聞き分ける。
「艦長、目標より圧搾空気排出音、急速浮上中の模様です」
「位置は?」
「本艦後方180度」
「面舵一杯!急速回頭!」
むらさめはその場で一気に回頭する。
「敵潜浮上します!」
ハイドラガンマが海面に姿を表した。
「艦長、敵艦右舷!」
「単装砲用意!」
ポンペイは尚も戦おうと乗員に単装砲を用意させる。
「艦長、正気ですか!降伏しましょう!」
「黙れ!一糸報いるチャンスはまだある!奴が転舵しきる前に単装砲を撃ち込むんだ。急げ!」
「了解!」
砲撃要員達は甲板に出ると、150㎜単装砲に砲弾を装填すると、砲をむらさめに向ける。
「敵潜、単装砲旋回!本艦に指向中!」
「艦長、まだ主砲の死角です!!」
本来、敵潜浮上後に降伏勧告をする筈であったが、敵が尚も戦闘の意思を示しているなら、山村は直ぐに決断を下す。
「CIWS 2番射撃用意!!」
「了解!!」
砲雷長がCIWSの電源を入れてコントロールスティックを握ると、艦尾のヘリ格納庫上にあるCIWSが手動操作でハイドラガンマに向けられる。
「照準よし!」
「撃て!」
コントロールスティックのトリガーを引くと、CIWSの6連装バルカン砲が毎分3000発の発射速度で20㎜弾を放つ。ハイドラガンマの船体に直撃した20㎜弾は細かな穴を穿ち、発射寸前だった単装砲も要員ごと吹き飛ばした。
しかし、発射速度が早いため弾倉に装填されていた分の20㎜弾は10秒で撃ち尽くしてしまった。
「CIWS、射撃停止!弾切れです!」
「主砲は!?」
「間も無く射線に入ります!」
「射線に入ったと同時に撃て!」
むらさめの76㎜速射砲が右に旋回する。
「目標補足!!」
「撃ち方はじめ!」
ハイドラガンマが射線に入ったと同時に速射砲が射撃を開始した。毎分80発を誇る発射速度で放たれる76㎜弾
はハイドラガンマの船体に大穴を穿ち、貫通した砲弾が艦内に飛び込むと内部で爆発、乗員もろとも内部を破壊していく。
「撃ち方やめ!」
装填されていた分の砲弾を撃ち尽くした速射砲は射撃を止め、砲身の先から冷却用の水が吐き出される。
「目標沈黙……」
「やった………」
76㎜速射砲の全力砲撃を受けたハイドラガンマは大きく破壊され、黒煙を吐き爆発を起こしながら、艦首から海中へゆっくりと沈んでいく。
「敵潜、沈みました」
海上からハイドラガンマが姿を消し、見張り員からの報告に山村達は緊張感から解放された。
「手強い相手だったな」
「えぇ。これからもこんな事が続くと思うと……」
今回は上手く行ったが、また同じ様な状況が起こらないとは限らない。
犠牲を出さないためにも、山村は早く敵潜水艦をこの海域から一掃しようと思った。
続く
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