フォーク海峡はグレード・アトラスターと紀伊・尾張による激しい砲撃戦が繰り広げられ、既に追い付いていた会議参加国の艦隊は近寄れず、傍観を決め込んでいた。
「砲撃手!もっと腰を据えて撃てっ!」
ラクスタルは戦闘によるアドレナリンで、今までにない程に興奮していた。
グレード・アトラスターは回避操艦を続けながら不利な状況の中、果敢に立ち向かう。
「敵さんは決死の覚悟で向かってくる!奴の勢いを押し返す勢いで応戦っ!」
松田も向かってくるグレード・アトラスターの心意気に応えるかのように、乗員を鼓舞する。
「遠慮はせんでよか!!撃ち続けっ!」
尾張でも、神が攻撃の手を緩めないように指示を下す。
グレード・アトラスターは2隻からの集中攻撃を受けて、圧倒的に不利な状況に陥っている。
防御力、火力で上回る紀伊型2隻の前ではグレード・アトラスター単艦はあまりにも無力であった。
『艦首上甲板被弾っ!浸水発生っ!』
『後部航空機作業甲板に直撃弾!』
『右舷に直撃弾あり!浸水発生!』
「防水作業急げっ!火災発生箇所は消火を!」
砲撃戦でグレード・アトラスターに着弾する51cm砲弾は艦へ着実にダメージを蓄積させていく。特に喫水線付近や構造上装甲が薄い箇所からの浸水が激しく、速力と浮力が徐々に失われていく。
特に海面に着弾した徹甲弾は、その勢いを保ったまま水中弾効果で魚雷のように、装甲が薄い艦尾と艦首に直撃し大穴を開け、海水が滝のように雪崩れ込む。
『艦首区画を閉鎖!』
「早く穴を塞げ!これ以上浸水させるな!」
応急員達は損害が大きい所を優先に防水作業を行うが、浸水量が予想以上に多く、また破孔が大きいため、防水作業は全く追い付かないでいた。
「艦首区画全閉鎖!注排水指揮官、左舷注水急げ!」
「了解!注排水指揮所、注排水装置作動っ!左舷注水区画に3000トン注水せよっ!」
注水指揮所の指示で、機関員達が注排水装置を動かし、注水ポンプからパイプを通じてを艦内に海水が注入される。
「速力10ノットに低下!」
グレード・アトラスターや大和型に共通している欠点として、注排水装置を使って艦内に海水を注水すると、船体の重さが必然的に増して速力が落ちるのと同時に、傾斜復元のため注水を続けているため注水区画が満水になり、傾斜が戻らなくなる欠点を持っている。
「不味いな」
今、この艦はその欠点を同時に受けて窮地に陥っており、沈没という事態も徐々に現実味を帯びてきていた。建造当時からグレード・アトラスターの艤装員長を勤めていたラクスタルはこの艦の熟知しているだけあって、艦の欠点も頭に入っている。それ故に、グレード・アトラスターの限界を感じ取っていた。
(敵も本艦の欠点を知っている様だ)
大和型と同様に集中防御方式を採用しているグレード・アトラスターは艦の中央部以外の装甲が薄く、おまけに片側に魚雷や水中弾を受け続ければ注水が出来ず艦が危うくなる事を理解しているラクスタルは次にどうすべきかを考える。
「敵艦発砲!」
しかしそんな彼の思考を邪魔するかの如く、追い討ちをかけるように砲弾が降り注ぎ、強い衝撃が艦橋に伝わってきた。
「第2副砲に直撃弾!火災炎上中!」
「何っ!?」
第1艦橋の後ろにある視察窓から後部を見ると、煙突越しに激しい黒煙が上がっているのが見えた。
(まさか……!?)
直後、大爆発が発生し副砲塔が艦橋よりも遥かに高く吹き飛ぶのが見えたが艦橋内に第3砲塔火薬庫の温度上昇を知らせる緊急警報ベルが鳴り響く。
「不味い!」
ラクスタルは顔を蒼くした。グレード・アトラスターは構造上、副砲と主砲の弾薬庫は壁一枚でしか隔たれていないため副砲弾薬庫が誘爆すれば、主砲塔弾薬庫と隔たれている隔壁を吹き飛ばされ、火災が主砲弾薬庫へ及び、砲弾と装薬の誘爆を引き起こす事になる。そうなれはグレード・アトラスターは内部爆発により船体が引き裂かれ、即沈没に繋がる。
(火力が落ちるが仕方無い)
ラクスタルは苦渋の指示を出した。
「第3砲塔火薬庫緊急注水っ!急げ!」
「第3砲塔火薬庫緊急注水っ!」
直ちに第3主砲の火薬庫へ注水が行われ、幸いにもラクスタルの判断が早かった事もあり、弾薬庫の火災は鎮火し警報ベルは鳴り止んだ。主砲弾薬庫の誘爆は避けられたが第3砲塔に格納されていた装薬と砲弾は全て水に浸かってしまったため使用不能となった。
「うぉっと……」
緊急注水により、左右のバランスが不安定になっていたグレード・アトラスターの船体は左へ向けて大きく傾いていく。
更に追い討ちを掛けるように、艦内から多数の報告が入ってきた。
『傾斜増大にて全主砲、旋回と装填不能っ!砲撃続行不能っ!』
『機関出力低下っ!』
『主舵破損っ!操艦能力低下!』
「艦長、左舷注排水区画満水!注排水装置も全損、傾斜復元不能っ!」
主砲も撃てず、舵もロクに効かず、注排水区画満水と装置全損による傾斜復元不能はグレード・アトラスターにとっては死刑宣告に等しかった。
「ここまでか………」
もはや戦艦としての役目を負う事は出来ないグレード・アトラスターは只の鉄の塊。
ラクスタルはこれ以上艦に留まれば更に多くの犠牲者が出てしまうと考え、悔しさを抑えながらもカイザルに重大な決断を進言した。
「司令、もうこの辺りでよろしいかと思います」
この進言にカイザルも、彼と同じ考えに至っていたのか、直ぐに決断を下した。
「艦長、総員退艦命令を発令。それと降伏旗を掲げよ」
「了解!」
「通信室に連絡。後方の第1打撃群と東征艦隊へ、現場海域からの離脱するよう伝えろ。」
「通信室、応答ありませんっ!伝令行きますっ!」
伝令により総員退艦命令が発令されると、乗員は生き残るため必死に外へ向けて走り出す。
「総員退艦っ!総員退艦っ!」
「急げっ!総員退艦っ!」
総員退艦を叫びながら走り回る水兵達の声を聞いた別の水兵達は退艦のため甲板へ出ると、傾斜により傾いた甲板から滑り落ちるように海へと飛び込んでいく。
「艦長、司令塔に居るシエリア殿を連れて退艦せよ!」
「はい!………司令、後ほど」
「あぁ…無事でいてくれよ」
ラクスタルは艦橋から飛び出し、階段を使って司令塔に降りると中に居たシエリアに声を掛ける。
「シエリア殿、至急退艦を!」
「分かった…」
ラクスタルに連れられ司令塔を出たシエリアは、駆け足で甲板に向かう中、ラクスタルに問いかける。
「………艦長、帝国はどうなるのだろうか?」
「それはあなた達外務省の仕事です。兎に角今は生き残る事を考えましょう」
司令塔から甲板に出た2人の目の前には海面が迫っていた。2人はそのまま滑り落ちるように海へと飛び込む。
「艦長っ!こちらにっ!」
海へ出ると、先に退艦していた乗員達がラクスタルとシエリアをボートに引き上げる。
「助かった………カイザル司令は?」
「はい、別のボートで退艦しております」
「そうか…………良かった」
ラクスタルは安心感からか息を吐き、そのまま自身もボートの回りを漂っていた別の乗員達を引き上げていく。
「艦長っ!アレっ!」
脱出から僅か10分後、左に大きく傾斜していたグレード・アトラスターの船体が急速に傾いていき、上部構造物が海水に浸かっていく。
「あぁ……!」
やがてグレード・アトラスターは赤く塗装された船底を真上に見せて大きく転覆。
直後、3回の大爆発が起きた。白い煙に黒煙が混じり、グレード・アトラスターの巨体は引き裂かれ、その姿を海中に没した。
「………………」
海面から伸びるキノコ雲が空に向かって伸びていく。
「……………」
ラクスタルや乗員達は沈んでいくグレード・アトラスターに向けて帝国式敬礼を送った。
「艦長、敵艦が………」
暫くしていると紀伊と尾張の後方から護衛艦『たかなみ』が近付いてきた。
『これより貴官達を救助収容する!我々はジュネーブ条約に基づいて貴官らを捕虜として丁重に扱う事を確約する!』
「了解した!!救助の申し出、感謝する!」
拡声器から聞こえてきた内容にラクスタルもカイザルも拒否できる状況では無いため、それを受け入れた。
「負けたな………」
たかなみに救助されたラクスタルは、ヘリ甲板で医官から手当てを受けていた。
「これで大丈夫です」
「すまない。ありがとう」
「いいえ」
医官からの手当てを終え辺りを見回すと、自分の他に救助された大勢の乗員達が救護を受けており、特に重傷者は担架に載せられ運ばれたり、意識の無い者は医官から救命措置を受けそれを無傷の者達が必死に声をかけていたりしている。
「我々の真の敵は彼らでは無いのか……」
そこへ一人の海上自衛官が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「申し訳ありません、貴方は士官の方でありますか?」
「そうだ。グレード・アトラスター艦長のラクスタル、階級は大佐だ」
「失礼しましたラクスタル艦長。私は当艦たかなみ艦長の山瀬です。階級は2等海佐、そちらで言う処の中佐にあたります」
たかなみ艦長はラクスタルに海上自衛隊式の敬礼をし、ラクスタルも帝国式の敬礼で返す。
「ヤマセ中佐……失礼、2等海佐。私に何用かね?」
「ラクスタル艦長、実は貴方の艦の幹部の方と、恐らくですが大佐の上官らしき人物を救助したのですが」
「何っ!?」
「御存知ですか?」
「その方の名前は?」
「カイザルと名乗っておりました」
「その方は当艦に乗艦しておられた、東征艦隊司令官だ!」
「そうでしたか。ではこちらにお連れしましょうか?」
「頼む」
数分後、数人海上自衛官に連れられて、先に脱出したカイザルがやって来た。
「司令、ご無事でしたか!」
「あぁ。貴官も無事であったか」
「はい」
ラクスタルは後年に自ら綴った自伝をこう締め括っている。
『私は沈み行く自艦を見送りながら《今日はグレード・アトラスターの番なれど、明日は帝国の番なり》と心で呟いた事を今でも覚えている。これは私を含めた帝国臣民の心が折れた瞬間で、私は自国の歴史に刻まれる大きな転換点に立っていたのだと実感していた………』
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