第1話-孤島の遺跡-
まるで世界の終わりが訪れたかのような光景だった。
空を覆うのは分厚い鉛色の雲。地上を覆うのは連合軍のゾイドとその残骸、黒煙、炎、瓦礫……
響き渡るのは何処か遠くで鳴り出した雷鳴と、激しさを増す銃声や爆発音。人やゾイドの雄叫び、悲鳴、断末魔の嵐だ……
その全てを全身で感じるかのように曇天の空に浮かぶのは、一機の鳥型ゾイドだった。
既に機体は大小様々な傷を負い、あちこちから火花を散らしている。
もう限界に近い……しかしそれはパイロットも同じであった。
「なあ……イーグル……」
血で滑る操縦レバーを今一度握り直しながら、コックピットで口を開いた少年の声は穏やかだった。
「お前は、後悔してるか?……」
少年の言葉に、鳥型ゾイドはキュルルルと咽を鳴らすような声を発する。
まるで「そう言うお前は後悔しているのか?」と少年へ問いかけているかのようだった。
「……いや、俺も後悔なんてしてないさ」
少年の口元には笑みが浮かんでいた。
「全部、俺が自分で決めたんだ。シーナを守る事も、お前達と最後まで戦う事も。だから、俺は後悔なんてしてない。後悔するかよ……」
彼の薄紫の瞳が、戦場の中心……連合軍を相手に戦う異業の巨大ゾイドを真っ直ぐ見据える……
死の淵に瀕していながら、その眼が宿す光は全く潰えてなどいない。傷の痛みに震えながら吐く深呼吸も、何処かまだ力強かった。
「……行くぞ! イーグル!!」
少年が操縦レバーとフットペダルを全開にする。
異形の巨大ゾイドめがけて一直線に、彼らは空を切り裂いて行った……
これは、惑星Ziを救った新たな英雄達の物語である。
『ZOIDS-Unite-』
銀河の彼方に存在する惑星Zi。
意思を持った金属生命体「ゾイド」と人々が共存するその惑星で、かつて、世界を滅ぼそうと暗躍した者達が居た。
しかし、英雄「バン=フライハイト」とその仲間達の活躍により、恐ろしい野望は打ち砕かれ、人々は平和を取り戻していた。
ガイロス帝国とヘリック共和国も友好同盟条約を新たに締結し、ますますの発展を遂げている。
……だが、平和になって尚、賞金首や盗賊達といったならず者が消える事などある筈もなく、国籍に囚われず荒野を駆ける賞金稼ぎ、傭兵、運び屋、情報屋などもまた、それぞれの仕事に精を出す毎日を送っていた。
「えーっと? 確かこの島だったよな?」
春の快晴に覆われた青空をレドラーで飛びながら、パイロットの少年がモニターに表示されたデジタルマップを確認する。
最近巷で流行りのロックバンドの最新アルバムを聞きながら、彼は眼下に見える大きな島とマップを交互に見据えた後、ニヤッと笑った。
「よし。間違いない!」
彼は手早くマップを閉じると、レドラーを着陸態勢へ移行する。降り立ったのは、島の中央に位置する巨大な遺跡の入り口の前だ。
ヒビと苔に覆われた石柱を見上げながら、彼はキャノピーを開け辺りを見渡す。その薄紫色の瞳は純粋な好奇心に満ちていた。
「やっぱりな。海上航路からも航空航路からも外れたこんな無人島に誰も来る訳ねぇ。こりゃ情報収集のし甲斐がありそうだ」
楽しそうにそう呟くと、彼は後部座席に無造作に放り込んでいる荷物の山を漁る。
程なくして取り出したのは仕事で彼が愛用しているウエストバッグだ。中には情報収集用の小型タブレット端末の他に小型ライトや折り畳みナイフ、携帯用ワイヤーリールなどが入っている。ウエストバッグのベルトにはホルスターが追加されており、小型のオートマチック拳銃が収まっていた。
彼はサッと中身を確認すると慣れた手つきでウエストバックを腰に巻き、コックピットを飛び降りる。
情報屋として生計を立てている彼がこの島の存在を知ったのはつい先週。共和国での情報収拾を終え、自身が活動拠点としている貿易都市へ戻る途中の事だ。近道の為に航空航路を外れた際に発見した。その時は既に陽が沈みかけており探索を見送ったが、場所だけはレドラーのデジタルマップへしっかりと記録を付けていたのである。
誰もが知っている情報にわざわざ金を払う者はいない。情報屋として常に新しい情報を仕入れる事に余念がない彼にとって、この遺跡はまさに鮮度の良い情報の塊だった。
早速ウエストバッグから小型ライトを取り出し、薄暗い遺跡の中へ足を踏み入れる。
大型ゾイドでも余裕で入る事が出来そうな遺跡の入口の奥は、地下へと続くなだらかな坂道となっていた。
「地下遺跡なのか。階段式じゃないのは珍しいな……」
独り言のようにそう呟きながら坂を下りてゆく。
道中の壁面に刻まれた古代文字や壁画などは随時タブレット端末のカメラで写真に収めながら、彼は躊躇う事なく遺跡の奥へ奥へと進んでいった。
考古学の知識には乏しい彼でも、ほぼ完璧な状態で遺っているこの遺跡が他の遺跡と違った様式である事はすぐにわかった。緩やかな螺旋状にカーブしながら地下へと延びる通路は一本道で、やはり階段が現れる気配はない。まるでゾイドで乗り入れる事を前提としているかのような構造だ。
進めば進むほど暗く、肌寒くなっていくにも関わらず、不思議と恐ろしいと思わないのはライトを手にしているからだろうか? それとも盗賊達に荒らされ荒廃し、おどろおどろしい雰囲気を纏っている訳ではないからだろうか? この遺跡には人を拒むような何かが無い。寧ろ誰かを待ちわびていたようにすら思えてしまう。
そんな事をぼんやりと考えながら進む彼の前に、やがて巨大な石扉が姿を現した。
「すっげぇ……」
彼は感嘆の溜息を吐きながら石扉を見上げ、思わず声を上げる。一面に美しいレリーフの彫り込まれたその扉はまるで神殿の扉のようで、扉の端々に生えた苔すら厳かな雰囲気を纏っているようだった。
だが、この石扉には取っ手など何処にも見当たらない。この奥へ進みたくてもどうすれば扉が開くのか全くの謎であった。
「成程な。完璧な状態で現存してる遺跡が少ないのは、こういう事か」
かつて長らく続いていた帝国と共和国の戦争に巻き込まれ破壊された遺跡も多いだろうが、それを差し引いても盗賊などのならず者が遺跡の保存を考えて回りくどく仕掛けを解くのは考えにくい。恐らくそういった連中は遺跡の奥へ進む為なら躊躇う事なく爆薬などを用いてこういった扉を破壊し、奥へと進むだろう。
「これは良い情報になるぞ」
少年はまたも目を輝かせる。扉を開く仕掛けを解けば、遺跡の場所の情報とは別料金で扉の開け方をチラつかせる事も出来る。こういった情報はフリーの考古学者等に高値で売れる事を彼はよく知っていた。
「さーて? この扉はどうすれば開くのかな? っと」
うきうきとした様子で彼は扉の周辺を調べ始める。
かつてプロイツェンやヒルツが古代のゾイドを復活させる為、各地の遺跡を荒らし回ったせいで戦争の被害を受けなかった遺跡ですら完璧な状態で現存する物は殆ど残っていない。正直レドラーに戻れば爆薬もあるが、無理に扉を破壊してしまってはせっかくの遺跡の価値が下がってしまう。遺跡の価値が下がるという事はつまり情報の価値も下がるという事だ。高値で売れると解っている情報の価値を自ら下げるような真似は出来ない。
ふと、彼は扉の両脇に立つ柱が一部非対称である事に気が付いた。苔に覆われているので一見しただけでは判りにくいが、柱は左右対称のデザインとなっているのにも関わらず、左の柱のレリーフと右の柱のレリーフの上下が逆なのだ。
「……ははーん」
彼はニヤッと笑みを浮かべる。こういった場合向きが上下に分かれているのなら入る方向。つまり上を向いている右のレリーフが……
「よっしゃ!」
読み通り右のレリーフを押してみれば簡単にレリーフが奥へと引っ込んだ。
一拍置いて、固く閉ざされていた石扉が驚くほど静かに、ゆっくりと開いて行く。
ふと扉の上下をライトで照らしてみれば、金属製のドアレールが見て取れた。石造りなのは扉の表面だけで扉自体はどうやら金属製らしい。
……一瞬遺跡に偽装された軍事施設だろうか? という思いが頭を過ったが、軍事施設ならば見張りが居ない筈がない。
彼は、古代ゾイド人達が今の時代の人間よりも遥かに高度な文明を築いていたと言われている事を思い出した。今まで確認されている遺跡の中には現代の軍事基地のように金属製の壁で作られた部屋が確認されている場所もあると……
わざわざ石造りの扉に見えるようにしたのは金属製の扉である事を偽装したかったのか、あるいはただ単に見てくれの問題なのか……もし偽装の為だとしたら、何か重要な物があるに違いない。古代ゾイド人が厳重に守りたかった、或いは封じておきたかった何かが……
「一体この奥には何があるんだ?……」
彼は開いた扉の奥へと一歩踏み出した。
「うわ?!」
少年は思わず声を上げた。
踏み込んだ扉の奥、手にしたライトで照らし上げた先に真っ直ぐこちらを睨み付ける巨大な鳥の頭があったのだ。
ホラーやオカルトの類は基本的に信じていない彼でも流石にこれには驚き、後ずさった拍子に尻もちをついた。その動転ぶりは一周回って、腰が抜けるとはまさにこういう事を言うんだろうな。と何処か他人事のように考えてしまう程だ。
自分の心臓がバクバクと早鐘を打つその音が耳の中に反響する……が、体はまるで言う事を聞かない。腰を抜かしたまま、彼は金縛りにあったかのようにその鳥から目を逸らせずにいた……
だが、どうした事だろう? 目の前の巨大な鳥は微動だにしない。
段々と恐怖に凍り付いていた体が言う事を聞き始めた。今にも動き出しそうな鳥を見つめたまま、彼はそっと立ち上がってその顔を凝視する。
鋭い金色の嘴に、白い頭……そして印象的なのがキリッと吊り上がったその目だ。目が合った瞬間は動転して睨み付けられているかのように感じたが、落ち着いてよくよく見ればその眼は透き通った鮮やかな紫色をしており、まるで巨大なアメジストをはめ込んだかのような美しさだった。
「こいつは一体?……」
彼はようやくライトの明かりを鳥の頭以外の場所へ向けてみた。
真っ暗な部屋の中で顔だけがくっきりと浮かび上がって見えたのは、どうやら色のせいらしい。鳥は頭こそ真っ白だが胴体は黒だった。
更にライトを巡らせて見れば、鳥の胸には三連衝撃砲。翼にはバルカン砲が左右一門ずつついている。
「武装が付いてる……って事は、こいつゾイドか?!」
彼が驚愕するのも無理はない。飛行型ゾイドといえばプテラスやレドラー、ストームソーダー……昨年共和国軍で新たに配備が始まった最新型のレイノスさえ全て翼竜型だ。鳥型の飛行ゾイドなど全く聞いたことがなかった。おまけにレドラーよりも一回り程大きい。
「石化してないって事は、コアは無事なんだよな?……だとしたら……」
動かないのはおかしい……ゾイドは金属生命体だ。パイロットがいれば従順に従うが、ゾイド自身にも意思がある。
こんな遺跡の奥に居るならば、遺跡の番人たるゾイドかもしれない。それでも襲ってこないという事は、眠っているのだろうか?……石化せずに眠りに付いていたゾイドが発見された事例はウルトラザウルスが有名だ。
目の前の鳥が化け物の類ではなくゾイドで、しかも襲ってくる様子も無いとなれば別にどうということはない。
彼はこの真っ暗でだだっ広い部屋の壁をライトで照らしながら、ゆっくりと壁沿いに歩き出した。入口だった扉がレリーフを押しただけで開いたということは、おそらくこの遺跡の動力はまだ生きている。ならばこの部屋の中を照らす術もまだ生きているかもしれない。
程なくして、彼は部屋の中央に鎮座する鳥型ゾイドの真後ろの壁にスイッチを発見した。部屋の照明ではなくゾイドの起動ボタンだったら最悪襲われるかもしれないが、いかにも証明スイッチですと言わんばかりの小さく簡素なスイッチでゾイドが起動する事はまず無いだろう。
少年がスイッチを押すと、遺跡の天井からモーターのような駆動音が微かに聞こえ始め、先程まで真っ暗だった部屋の内部がみるみる明るくなって来た。なのに、特にハッキリとした光源は見当たらない。まるで壁と天井そのものが発光し始めたかのような不思議な明かりが部屋を満たしていく……
古代の不思議な技術に感心しながら部屋がひとしきり明るくなった所で、少年は鳥型ゾイドのその全貌をハッキリと確認した。真後ろに居るせいで、そのゾイドの背に小型ブースターが2つ付いているのがよく見える。そのポーズはまるで今この瞬間地上に降り立ち、翼を畳もうとしているかのようだった。
彼はそっと、ゾイドの周囲を時計回りに歩き出した。
再びその正面へと向かいながら、ゾイドの姿を改めてまじまじと眺める。嘴は金。アイレンズは紫。頭は白。胴は黒。翼は前縁が銀。雨覆いと呼ばれる羽根に当たる部分は黒く、風切り羽根に当たる部分は白い。脚部は黒。尾羽根は白く、足の爪は嘴と同じ金色だ。翼の色が3色に分かれている事を除けば、その配色とフォルムはどこか白頭鷲を連想させた……
しかし、正面へ戻って来た時、彼は気が付いた。
今まさに折りたたまれようとしているかのようなその翼に、左右一つづつカプセルが抱かれている。
「おいおい、遺跡にカプセルって……もしかして……」
少年は思わず生唾を飲んでカプセルを凝視した。
遺跡で発見される古代カプセル……その中に入っているのは、オーガノイドか、古代ゾイド人……実際にカプセルを見つけた事例はほんの僅かだが、それでも、惑星Ziの人間ならば誰もが聞いたことがある有名な話だ。
彼は向かって左……鳥型ゾイドの右の翼の下にあるカプセルへ歩み寄る。どうやら下に付いているのが起動スイッチのようだった。
そのスイッチへ手を伸ばしかけて、少年はふと手を止める。
コレは下手に起動させず写真に撮り、情報として売ればとんでもない金額になるのではないか?……思わずそう思ってしまったのだ。
だが、そしたらこのカプセルは?……自分がこの情報を売れば、情報を買った者が必ずカプセルを回収しに来るだろう。回収されたカプセルは起動させられ、その中から出て来たオーガノイドは? 古代ゾイド人は? その後どうなる?……
研究や実験に、使われるのだろうか?……
「……」
少年は目の前のカプセルを見つめた。
自分は情報屋だ。それで今まで食って来たのだ。
だが、古代に眠りに付いたこのカプセルの中身がオーガノイドであれ古代ゾイド人であれ、目覚めた瞬間に囚われ、研究や実験に使われるとしたら?……せっかく目覚めたというのに、その生涯を囚われの身のまま過ごす事になるとしたら?……それを承知の上で、自分はこのカプセルを情報として取引出来るだろうか?
時には他人を陥れるような汚い情報のやり取りだって幾度もこなして来た。そんな自分が今更こんな風に思うのもおかしな話だが、今回ばかりは、何も知らずに眠る彼らを情報として売り捌いた金で食らう飯の味など、想像したくなかった……
しかし仮に自分がこの場で目の前のカプセルを開いたとして、どうする?……新たな相棒として連れ歩くのか?
オーガノイドや古代ゾイド人など、盗賊や悪どい考古学者達の恰好の標的だ。ただでさえ情報屋というトラブルの絶えない仕事をしているというのに、自らトラブルの種を増やしてやっていけるだろうか? それにオーガノイドならばともかく、古代ゾイド人だとしたらもう一人分の食い扶持も確保しなければならない。
……待てよ、何も自分と行動を共にしなくても良いのではないだろうか?
起こしてやるだけ起こしてやれば、後は自分達で何とか出来るのでは?……いや駄目だ。全く知らない時代に目覚めていきなりほっぽり出されて……到底やっていける訳がない。この時代の知識も通貨も持っていないのだ。すぐに路頭に迷うだろう。
捕まってしまうか、或いは何処かで野垂れ死ぬか……それでは見殺しにするのと同じだ。
少年は考えた。商売と割り切るか、情をかけるか……自身の利害と良心を天秤に掛けて……
「……そもそも俺は、自分の意思で此処に来たんだ」
少年は不意に、まるで自分自身へ確認するかのようにそっと呟いた。
「自分の意思でこの遺跡に入って、その結果としてこいつ等を見つけたんだ。だから、自分の行動には最後まで責任を持つのが道理だよな……」
少年はその薄紫の瞳でカプセルを真っ直ぐ見据える。
その眼には、彼の決意を体現するかのような強い光が宿っていた。
「自分に嘘は吐きたくない。こうなりゃ見つけちまったのは何かの縁だ。毒を喰らわば皿までって言うしな」
ニヤッと笑ったその顔に、もう迷いは無かった。
仮にこの遺跡やカプセルを見なかった事にして帰ったとしても、遅かれ早かれいずれは誰かが見つけるだろう。ならば早い者勝ちだ。
薄っぺらい偽善かもしれない。
だが、それでも構わない。
起こす以上は最後まで面倒を見ようではないか。
カプセルの下にあるスイッチを、彼は押した。
ガラスへひびが入る音、そのひびから噴き出す蒸気、ガラスの割れ落ちる音……その全てが目の前で起きている事だというのに、少年はまるで映画を見ているような気分でそれを眺めていた。そのくらい、あまりにも現実離れした光景だった……
ほんの数十秒が永遠にすら感じられるような光景を経て、それは遂に、ドシャッと音を立てて彼の目の前の床に倒れた。
カプセルから現れたのは、桜色のオーガノイドだった。頭部に2つ付いた飾りのような突起も桜の花びらを連想させるような形をしている……ゆっくりと立ち上がったそのオーガノイドの若葉色の目が少年の薄紫の目と合った。
「グルル?」
オーガノイドは何処か不思議そうに少年を見つめ、ちょこんと首を傾げた。
その人間らしい仕草に、少年は思わずクスッと笑った。
「よぅ。おはよう」
そう言って彼はオーガノイドの頬へそっと手を伸ばす。
オーガノイドは特に警戒する様子もなく、少年を攻撃する素振りも見せず、差し出された手を不思議そうに見つめた後、スンスンと匂いを嗅ぐような仕草をしてから、その手に自ら頭を擦り付けて来た。随分と人懐っこい性格らしい。
初めて目にした、初めて触れたオーガノイドのボディは、目覚めたばかりである為かまるで人の肌のような温度をしていた。
しかし、そんな感動を噛み締める間もなくオーガノイドはすぐに辺りをキョロリと見渡した後、もう一つのカプセルの方へカシャンカシャンと独特の足音を響かせながら歩いて行く。
「どうした?」
手から離れて行ったオーガノイドの柔らかな温もりを名残惜しむ間もなく、少年もオーガノイドと共に残ったもう一つのカプセルへと歩み寄った。
オーガノイドは何かを探すかのようにそのカプセルをあちこち眺めていたが、足元についている起動スイッチに気付くと顔を近づけ、鼻先でそれを押した。
先程と同じようにカプセルへひびが入り、蒸気が噴き出す……まさかオーガノイドが自分でもう一つのカプセルを開けるなどと思ってもみなかった少年は、その光景を呆気にとられて眺めた。そんな彼の目の前で、オーガノイドは胸部を開き、まだ蒸気の晴れていない割れたばかりのカプセルの中から何かを回収すると、元通り胸部を閉じて少年を振り返った。
「なぁ、お前今一体……何を取り込んだんだ??」
今しがた目の前で起こった出来事に戸惑いながら、少年は自分へ向き直ったオーガノイドに問う。
オーガノイドの胸部があのように開くなど、彼は知らなかった。
残ったカプセルの中に入っていたのはおそらく、オーガノイドがその体内に取り込める程度の大きさである事から古代ゾイド人であろう……それは容易に想像が付くが、もしかして捕食したのだろうか?そんな物騒な考えが少年の頭を過った。ゾイドが捕食行為を行うなど聞いたことがないが……このオーガノイドはたった今長い眠りから覚めたばかりだ。腹が減っていてもおかしくはない……のかもしれない。あくまでゾイドに腹が減るという感覚があるならの話だが……
一方のこの桜色のオーガノイドは少年へ向き直ったまま何も言わなかった。いや、寧ろピクリとも動かない。
少年は恐る恐るオーガノイドへ近づき、その目を見つめた。
オーガノイドの目の奥で何かが微かにキラキラと輝いている事に気付いたのだ。
念の為に顔の前で軽く手を振り、動く様子が無い事を確認すると、彼は更に顔を近づけてその目を間近で覗き込んだ。
目の奥では小さな古代文字が輝きながら、とてつもない速さで右から左へと流れている。
「なんだこりゃ……」
少年はオーガノイドの目の奥で流れる古代文字をジッと見つめた。
古代文字など勿論読めはしないし、仮に読めたとしても目で追うなど到底不可能なスピードで文字は絶え間なく流れていく……だが、その光は神秘的で、いつまでも眺めていたいと思わずにはいられない。
一体どれほどその光を眺めていたのだろう……古代文字の放つ輝きがスゥっと収まった時、やっと少年は我に返った。
オーガノイドは少年が自分の顔を見上げている事に気付いたのか、その頬へ軽く頬ずりをした後、小さく一声鳴いた。
「グーゥ……」
オーガノイドが胸部を開いた……
開け放たれたオーガノイドの中から現れたのは、オーガノイドと同じ桜色の髪をした可憐な少女だった。
……ただし、全裸の。
「は?……」
思わずぽかんと少女を凝視してしまう……
オーガノイドの体内から伸びた無数のケーブルが体に巻き付いているせいで、ぶっちゃけ肝心なところも含め肌は殆ど見えないが、今はそんな事どうでも良かった。
というよりも、正直そんなスケベ心すら働かせている余裕が無かった。
いきなり目の前に全裸の少女を差し出されても、一体何をどうしろというのだ……
腹の底が冷たくなっていくような気まずさに苛まれながら彼が導き出した考えは、とりあえずレドラーに戻ろうということだった……逃げるのではなく、自分の着替えを少女に貸してやる為に。
まぁ、一旦この場を離れて混乱した頭を落ち着けたいという気持ちがあったのも確かだが……しかし……
「……ちょっと待て。とりあえずそのケーブルを……」
離すなよ?と伝えようとしたのに、オーガノイドはケーブルと聞いた瞬間、わかったとばかりにずるりとケーブルを緩めて少女を放してしまった。
「わ?! っちょ?! 馬鹿お前!!!」
顔を隠すべきか、痴漢だと思われるのを覚悟の上で少女を受け止めるべきか、一瞬のうちに様々な考えが少年の脳裏に浮かんだが、気を失っているらしい可憐な少女が固く冷たい床の上に叩きつけられてしまうのはやはり男として何とかしなければなるまい。
「いで?!」
……例え自分が下敷きになって、代わりに後頭部をしたたか床に叩きつける羽目になろうとも……だ。
少年は涙目で強打した後頭部を片手で抑える。もう片方の手はというと、とりあえず少女が冷たい床へ転げ落ちないようにかろうじてその細い体を支えていた。
「ぅ……」
少年の体の上で、少女が身じろぐ。
(あ……まずい……)
恐らく少女はすぐに自分が全裸である事に気が付くだろう。
そして、全裸の自分が男の腕の中(というより体の上だが)に居ると気付けば大声を上げるに違いない。
いや、大声を上げられるだけならばまだ良い。ついでに強烈なビンタをお見舞いされるかもしれない。最悪なら顔面にグーパンが飛んでくるだろう。
しかも少女に押しつぶされている今の体勢では避ける術もない……そんな事を考えながら、少年はとりあえず目を瞑った。せめて下心が無い事のアピールになればと願いつつ……
少女が上体を起こし、自分の顔を覗き込むのが服越しに伝わって来るのがまた何とも心臓に悪い。彼女の長い髪が、頬へサラサラと落ちて来るのがくすぐったい……
しかし、少女は叫ぶ事もビンタを繰り出す事も、ましてやグーパンを叩き込むこともせず、きつく目を閉じた少年へこう呟いたのだ。
「アレックス?……」
「へ?」
思わず彼は目を見開いた。
少年の薄紫の瞳が、少女の鶯色の瞳とガッツリ目が合う……まるで時の流れが止まったかのようにしばしの間見つめ合った二人だったが、その沈黙を破ったのは少年の方だった。
「とりあえず……降りてもらっていいかな?」
「あっ! ごめんね!」
少女がパッと少年の体から降り、床にぺたんと座る。
やっと気まずい緊張から解放された少年は床に転がったまま、片腕で顔を隠すと疲れ切った長い溜息を一つ吐いて力無く呟いた。
「ついでに、少し体隠してくれると助かるんだけど……」
「え? あ、えっと、えっと……」
少女が隣であたふたしているのが気配でわかる。
彼女は傍らにずっと佇んでいるオーガノイドにすぐ気付た様子で、その名を口にした。
「あ! ユナイト! ちょっとこっちに来てっ!」
少女は立ち上がってオーガノイド……ユナイトの後ろに隠れると、そっと顔を覗かせて少年へ声を掛けた。
「これで、いい? かな?」
「ん」
やっと少年が体を起こす。
オーガノイドの後ろに隠れて顔を覗かせる少女を確認すると、少年は軽く溜息を吐いて、おもむろにウエストバッグを外した。
彼はそのまま自分が着ていた黒い上着と、丈の長い白い7分袖のシャツを脱いで床に置き、黒いランニング1枚になった背を少女へ向ける。
「なんていうか……言いたい事は色々あるんだけど……何からどう説明すれば良いのかとりあえず考えるから、それ着てろよ……無いよりマシだろ」
「……うん……ありがと……」
少女の声はぽかんとしていた。
彼女が歩いて来て、服を拾い上げ、身に着け終わるのは音で大体想像が付いたが、少年は音が収まっても律儀に背を向けたままで、少女が声を掛けて来るのを待っている。
一方の少女は服を身に着け終わっても首を傾げたまま少年の背中をジッと眺めていた。
「よく似てるけど、アレックス……じゃないの?」
「……服、着たんだな?」
「あ。うん。着たよ」
「よし」
少年がやっと安心して少女を振り返る。
……が、彼は思わず言葉を失ってしまった。
自分が貸した服の袖や裾から覗く白い手足に、痛々しい無数の傷跡が刻まれているのがハッキリと見て取れたからだ……
「あの、どうかした?……」
「あ、いや……別に……」
不安そうに首を傾げる少女に少年は短く答える。
彼は気まずそうに少女から目を背けつつ、頭をガシガシと掻いてから口を開いた。
「まず、俺の名前はカイ。カイ=ハイドフェルドだ。アレックスって名前じゃない」
「カイ……ハイドフェルド?」
「ああ。カイって呼んでくれ」
「……うん……」
少女の返事は、何処か寂しげだった。
その様子を察してか、少年……カイは少し遠慮がちに少女へ視線を戻しそっと訪ねる。
「……なぁ、君がさっきから呼んでるアレックスってのは、一体誰なんだ?」
彼の問いに、少女はしゅんと足元に視線を落としてそっと呟いた。
「私の……双子のお兄ちゃん」
「……そっか……」
少女の様子を察して、少年も再び俯く。
この遺跡はずっと一本道で他に部屋も無かった。勿論カプセルも……おそらくこの遺跡に、そのアレックスという古代ゾイド人は居ない……
「……じゃあ、次の質問。そっちのオーガノイドはユナイトっていうんだろ? 君は?」
暗くなった空気を切り替えるかのように、カイは少し明るい声で少女へ訪ねる。
少女は、少し目を見開いて彼を見つめた後、独り言のようにポツリと自分の名前を口にした。
「……シーナ」
「シーナか。よし。じゃあシーナ、此処からは俺と君と、代わり番こに質問しよう。俺は俺の知りたい事を質問するから、君も知りたい事をなんでも聞いてくれ」
「うん」
シーナはカイの提案に頷くと、彼の向かいにぺたんと座った。
「じゃぁ、さっきカイが質問したから、私から質問して良い?」
「ああ。勿論」
「じゃあ教えて。今はイヴ歴何年なの?」
「え?……」
カイはシーナの言葉に思考が止まった。イヴ暦なんて暦は聞いたことが無い。
「ねぇ、教えて。私は一体どれくらい眠っていたの??」
控えめに、しかし切実な色を滲ませて、少女は訪ねて来る。
カイは頭の中を整理するかのように少し考え込んだ後、彼女の目を真っ直ぐ見据えた。
「シーナ、落ち着いて聞いて欲しいんだけどさ……今はイヴ暦なんて暦は使われてない」
「え?……」
「今はZAC暦2128年。4月7日。恐らく君が眠りに付いた時代から最低でも2000年以上経ってる……と思う」
「そんな……」
シーナはまたふいっと俯く。無理も無いだろう。誰だっていきなり2000年以上先の未来の世界で目が覚めたらそうなる筈だ。
全く知らない時代にたった一人……不安でたまらないであろう事は察するに余りある。
カイは少し困ったように指で軽く頬を掻くと、彼女の方へそっと身を乗り出し、その桜色の艶やかな髪で覆われた頭を優しくわしわしと撫でた。
「心配すんなよ。起こしちまった以上、ちゃーんと俺が面倒見てやるから」
元気付けるように笑顔を見せるカイに、シーナもいくらか安心した様子でふわっと微笑んだ。
憂いに満ちていたその顔が、目の前で可憐な微笑みに染まる様は、まさに花の
やっと微笑んでくれた彼女に、カイも思わずドキッとしてしまった。怒涛の展開で全く意識する暇も無かったが、シーナは美少女だ。それもかなりの……
遺跡に来て、美少女と出会って、しかもその美少女は自分に向かって微笑んでくれている……まるでラブコメディーの主人公になったかのような気分だが、これは実際の出来事だ。
まったく、人生何が起きるかわからないものである。
「あ、えっとさ! 俺からもまた質問なんだけどっ!」
カイは赤い顔のままシーナに声を掛ける。
シーナはきょとんと首を傾げた。
「うん。なぁに?」
一度可愛いと認識してしまった以上、その一挙一動が、こちらを見つめる澄んだ鶯色の瞳が、柔らかな声が、恋愛経験皆無のカイを優しく苛む。
可愛いは武器である。とはよく言ったものだ。
カイは「可愛い」とか「綺麗だ」とかいう意識をそれ以上シーナに向けないように、傍らに佇んだままの鳥型ゾイドへ視線を移して訊ねた。
「このゾイドは一体何なんだ? 鳥型のゾイドなんて、この時代には何処にもいないんだけど……」
彼の質問に、シーナも鳥型ゾイドを見上げる。
「この子はブレードイーグル。私達を守る為に造られた子なの」
「造られた??」
カイがシーナへ視線を戻す。
シーナはブレードイーグルを何処か懐かしそうに見上げたまま言葉を続けた。
「そう。私とアレックス……それから私と対になっているユナイトと、アレックスと対になってたハンチを守る為に造られたの」
「古代ゾイド人が、造ったゾイド……」
カイはもう一度、ブレードイーグルを見上げた。
デスザウラーのようなとんでもないゾイドを造り上げた古代ゾイド人だ。確かにこの大きさのゾイドを一機造り上げるなど造作もない事だろう。
「こいつは動くのか? 石化してないから死んでる訳じゃないんだろ?」
「うん。眠ってるだけだから、目を覚ませば動く筈……でも……」
シーナはそっと視線を足元に落とした。
「ごめんね。どうしたらこの子が目を覚ましてくれるのか、思い出せないの……」
「思い出せない?……」
カイの言葉に、シーナはこくりと頷く。
「私が生きていた時代は、ずっと戦争が続いてた……戦争を終わらせる最終兵器として造られたデスザウラーも人の手を離れて沢山の人を殺して……デスザウラーをどうにかして止めないとって……そんな話をしてた頃に、この子が造られたの。でもそこから、この子がこのシェルターに私達を連れて来るまでの間の事が思い出せなくて……だから、此処で一緒にこの子が眠りについたのは覚えてるけど、起こす方法は…きっとアレックスしか知らない……」
シーナは足元に視線を落としたままだった。
古代ゾイド人達が、シーナ達を守る為だけに造ったというゾイド……なのに、主であるシーナが目を覚ましても覚醒しないのは何故なのだろう?
カイは、一人眠り続けているブレードイーグルを見上げて何とも言えない気持ちになっていた。