ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第11話-動き出す影-

 あのピンク色のオーガノイドに大切な事を思い出させて貰って、ナルヴァ大尉……ザクリスに逢いに来たけど、どうやら彼は随分複雑な事情を抱えているみたいね。

 危険に首を突っ込んでいるのは重々承知だけれど、私にも何か出来る事があるかもしれない。

 恋する乙女は、好きな人の為ならどんな事だって出来ちゃうんだから。

 [アシュリー=ワイズ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第11話:動き出す影]

 

 一年のうちの殆どが霧に閉ざされる白き山、イセリナ山……

 しかし今宵は珍しい事に霧が晴れ、頭上に輝く双月が滅多に目にする事の無いイセリナの山道の全貌を静かに照らし出していた。

 そんな青白く浮かぶ景色に溶けるように進む、青と黒の機影……

 ザクリスのセイバータイガーとアシュリーのステルスバイパーが、旅人を襲うという盗賊を捕える為にパトロールに勤しんでいた……もっとも、霧の晴れたこんな見通しの良い夜に盗賊が出るとは到底思えないが。

 

「平和そのものって感じね……暇過ぎて死んじゃいそう……」

 

 欠伸混じりにアシュリーがぼやけば、ザクリスも面倒臭げな溜息を吐く。

 

「こうしてパトロールしてる成果だとしたらそれはそれでいい事なのかもしんねーが……サッサと姿を現してくれりゃ、後はライフルでぶち抜いて一丁上がりだってのを考えると……だりぃよな」

 

 呆れているとも諦めているとも取れるような気怠げな声でザクリスはぼやく。

 コロニーからの情報では、盗賊は推定3~5人。搭乗機はモルガとゴルドスが確認されているらしい。

 帝国ゾイドと共和国ゾイドの両方を使用している事から、中古ゾイドの寄せ集めであろうと推測されている。戦力自体はそれ程高くは無いが、イセリナ山に立ち込める霧を上手く利用し襲撃してくるとの事だった。

 つまり、珍しく霧の晴れたこんな夜に姿を現す可能性自体がほぼ皆無に近い。だからこそ、今夜は自分一人で十分だろうとアサヒを寝かせてパトロールに出ようと考えていた訳だが……

 それでもアシュリーに声を掛け連れて来たのは万が一の保険と、恐らく退屈なパトロールになるであろう事を見越しての話し相手になって貰うのが実際の所の目的だった。

 

「きっと貴方達が痺れを切らして依頼を破棄するのを待ってるんじゃない? コロニーを発った途端、また姿を現してやりたい放題だったりして……」

 

 何処か冗談めいた様子でアシュリーがそう言えば、ザクリスは面白くなさそうにむすっと眉間に皺を寄せた。

 

「そう思ってわざわざ一度山を下りて見せたり、コロニーの駐機場からタイガーと牙狼(ガロウ)を移動させて隠したり……思いつく限りの事は一通り全部試した上で、この有り様なんだよ」

 

 彼の言葉に、アシュリーはガックリとコンソールパネルに突っ伏して盛大な溜息を吐いた。

 

「そこまでやって出て来ないなんて……気が長いというか、随分辛抱強い盗賊ね……」

「このまま一生大人しくしててくれるってんなら大助かりなんだが。そんな訳ねーよな」

「それか、貴方の事をよっぽど警戒してるんじゃない?」

「は?」

 

 怪訝そうな声を上げたザクリスを通信画面越しに見上げ、アシュリーは呆れた様子を隠そうともせずに訊ねた。

 

「は? じゃないわよ。相手はモルガとゴルドスの寄せ集め。貴方の腕なら5機だろうと10機だろうと仕留めるのは余裕でしょ? 大体ね、帝国機であるセイバータイガーをわざわざ青に塗って乗り回してるような傭兵、貴方くらいなのよ。自分がどれだけ裏サイトで有名か知らないの??」

「知るかよ。裏サイトなんていちいちチェックしてねーし」

 

 バッサリ切って捨てるかのようなザクリスの返答に、アシュリーは目を丸くする。

 

「嘘でしょ?! じゃぁ貴方一体何処で情報仕入れてるの??」

「信頼のおける優秀な情報屋を何人か知ってるもんで」

 

 得意げな笑みを口元に浮かべながらザクリスは両手を頭の後ろで組み、コックピットのシートに身体を預ける。

 そんな彼を再び呆れたような眼差しで眺め、アシュリーはボソッと呟いた。

 

「……手離し操縦は感心しないわね」

「そういうお前はどーなんだよ」

 

 互いに呆れたような視線を通信画面越しに交わした後、2人揃って溜息を吐きながら各々操縦桿を握り直す。

 アシュリーはふと、気になった事をザクリスに訊ねた。

 

「ねぇ、ザクリス。」

「んー?」

「軍を辞めた後……何故、偽名を使おうとしなかったの? 確かに貴方が有名だったのは帝国、共和国両軍の軍内が殆どで、一般人にまで名が知れ渡っていた訳じゃない。けど、裏サイトには貴方が元軍人だって情報も書き込まれてた……それも複数のサイトでね。あんなに頑なに『言えない事情』があるなら、本名で賞金稼ぎをしてるのは少し不用心じゃないかしら?」

 

 アシュリーの言葉に、ザクリスはそっと黙り込む……

 そんな彼の様子をチラッと眺めた後、アシュリーはキャノピー越しに広がる夜空へ視線を移した。

 夕食後、ザクリスが語った内容を思い返しながら……

 

   ~*~

 

 寝落ちたアサヒを宿まで連れ帰りベッドへ寝かせた後、ザクリスとアシュリーはセイバータイガーと牙狼の隠し場所であるコロニーの穀物倉庫の裏手に向かった。

 倉庫の裏手に到着すると、ザクリスはセイバータイガーの脚に背を預けて俯いたまま、何から話したものかと思案するかのように考え込んでいたものの、やがてポツリと呟いたのだ。

 

「あのディスクの事は正直俺もまだ確証が掴めてねぇ……だから、俺の思い過ごしなら良いんだが……」

 

 そこまで呟いて、ザクリスは視線をアシュリーへ移した。

 彼は特に先を急かそうとする様子も無く、ただ静かにザクリスが続きを語るのを待っており、ミントグリーンの瞳だけが心配そうな色を湛えて微かに揺れていた。

 そんなアシュリーを暫し眺めた後、ザクリスは小さな溜息を一つ吐いて再び俯き、言葉を続ける。

 

「ゾイドのデータバンクをリアルタイムで解析して戦闘情報を収集し、ゾイドの新規生産時に、データバンクへその膨大な戦闘情報を組み込む事で、大幅な性能向上を図るプログラム……『パンドラ』があのディスクの正体なんじゃねぇかと俺は睨んでる」

「パンドラ……」

 

 小さくポツリと呟いて、アシュリーはザクリスに訊ねた。

 

「そんなプログラム、聞いた事が無いわ……」

「そりゃそうだろ。パンドラは俺の親父が開発して、結局実用化されずに終わった欠陥プログラムだからな」

「え?!」

 

 思わず目を丸くするアシュリーに、ザクリスは「あぁ、そっか。」と呟いて補足を入れる。

 

「お前共和国人だから馴染みねーよな。親父……エリアス=ナルヴァ博士って、ゾイドの研究開発の権威として帝国じゃそこそこ有名なんだとよ」

 

 意外なその一言に、アシュリーは不安げな表情を浮かべ遠慮がちに訊ねた。

 

「じゃぁ……もしかしてザクリスのお父様があのディスクの裏で糸を引いているかもしれない……って事?」

「それはねぇよ」

 

 ザクリスはそう言うと、俯き様に嘲笑にも似た笑みを浮かべて投げやりに呟いた。

 

「俺が17の時に死んじまった」

 

 その表情と言い様から、彼と父親との間に何かあったのであろう事はアシュリーにも容易に想像出来た。

 だが、一体どう声を掛けてよいやらわからぬまま黙り込んだアシュリーに、ザクリスは話を続ける。

 

「それにな、親父が開発したパンドラに「ゾイドを学習欲で支配する」作用は無かった……何者かが処分された筈のパンドラを復元し手を加えたか、パンドラに似せて別のプログラムを作ったのか……どちらにせよ此処での仕事が終わったら、ディスクの出所を調べようと思ってる」

「そうね……貴方にとってはお父様のプログラムを悪用している人達ですもの。見過ごせないわよね」

「別に親父はどーでも良いんだよ!」

 

 吐き捨てるように声を荒げたザクリスに、アシュリーが思わずビクリと身を強張らせる。

 その様子を見て、彼はバツが悪そうにくしゃくしゃと頭を掻くと、昂った怒りを吐き出すかのように長い溜息を一つ吐いて呟いた。

 

「悪ぃ……今のは忘れてくれ」

「え、ええ……」

 

 気不味い沈黙の後、先に口を開いたのはアシュリーだった。

 

「あの……貴方が軍籍を剥奪されたのは……そのパンドラとどういう関係があるの?」

 

 ザクリスは、必死に言葉を探すかのように眉根に皺を寄せ黙り込む。

 そんな彼の背をそっと押すかのように、まだ冷たい春の夜風が一筋、優しく流れた。

 暫しの沈黙を経て重い口を開いた彼の表情は、自分自身を責めているかのような苦々しいものだった。

 

「パンドラを巡る因縁から逃げるには……そうするしかなかった。それ以上の事は言えねぇ」

「そう……」

 

 これ以上は、聞いても恐らく答えてくれない……いや、話したくても話せない事情があるのだろう。

 それを悟ったアシュリーは労うような笑みを浮かべ言ったのだ。

 

「ありがとう。話してくれて」

 

   ~*~

 

(まぁ……彼に限って偽名で活動するのを思いつかなかった。なんて事ないでしょうから……敢えて本名で活動する理由が何かしらあるんでしょうけど……)

 

 通信画面越しに黙り込んだままのザクリスを今一度眺める。

 アシュリーは再びキャノピー越しに広がるイセリナの夜道へ視線を戻し、そっと考え込んだ。

 

(私に出来る事は、頼まれた仕事の手伝い。あとは……此処での仕事を終えた後で、ディスクの入手経路を教えてあげる事……くらいかしらね)

 

 正直、ディスクの入手経路を教えるのは危険な賭けだ。

 最悪の場合、自分も無数の仲間達も無事では済まないだろう。

 ザクリスは勿論だが、自分を慕ってくれる大勢の仲間達も彼にとってはかけがえのない存在だ。

 どちらか一つなどそう簡単に選べはしない。

 

(愛する人か、大切な仲間達かの二者択一とはね……)

 

 とはいえ、あんな話を聞かされた以上……出来る限りの事はしたい。

 それでザクリスの役に立てるのなら、彼の抱える因縁が少しでも解けるのならば……力になりたいと思わずにはいられなかった。

 

(敢えて両方を選ぶなら、せめて仲間にだけでも危害が及ばない方法を見つけなくちゃ……トップが私情に走って仲間を危険に晒すなんて、あってはいけない事だもの)

 

 そんな事を考えながら、アシュリーは思考を巡らせる。

 愛する人と大切な仲間。そのどちらか片方ではなく、両方を救える方法をただ求めて。

 

(なんで偽名を使わねーのか……か)

 

 一方のザクリスはアシュリーからの問いを胸の内で噛み締めていた。

 

(もしかしたらクロードにまた会えるかもしれねーから。なんて、そんなガキ臭ぇ理由言えねえっての)

 

 彼の脳裏に、唯一覚えている赤ん坊だった頃の弟が思い浮かぶ。

 パンドラの開発に没頭し、突然家族を捨てた父。

 父に捨てられた怒りと悲しみの矛先を自分に向けた挙句、喧嘩別れのように弟を連れて出て行った母。

 両親に対して良い思い出の無い彼にとって、唯一「家族」と呼べるのは、まだ言葉もロクに覚えていなかった弟のクロードただ一人だけだ。

 因縁に縛られ雁字搦めになってしまっている自分と出会った所で、弟には迷惑以外の何物でもないかもしれない。もし母親から兄が居ると聞かされずに育っていれば、自分の存在すら知らないかもしれない。

 それでも……せめて今、幸せに暮らしているのだろうか? 自分のように因縁に捕らわれ苦しんでいないだろうか? という事が、それだけが気がかりで仕方がない……兄らしい事など何もしてやれなかった自分の、身勝手で独りよがりな心配だ。

 

(もしクロードを見つけて……元気でやってんなら……きっと思い残す事が無くなって満足しちまうんだろうな)

 

 ふとそんな考えが湧き上がる。

 親の因縁は幸か不幸か自分が全部引き継いでしまったのだから……後は……

 そこまで考えた時、アサヒの顔がふと脳裏を過った。

 ただでさえ失った親友の事を気に病み、その記憶を思い出せないでいる自分を酷く責めている彼の前から自分まで消えてしまったら……きっとアサヒはまた深く傷付いてしまうだろう。

 

(あんだけ痛い目見たってのに、学習能力ねーな……俺って)

 

 自分に関われば危険に巻き込んでしまうと分かっていながら、それでも誰かを傍に置きたがる自分の女々しさには情けなさを通り越して最早嗤いしか込み上げて来ない。

 ザクリスはふと、辺りを照らす月をメインモニター越しに見上げた。

 冷たくも何処か優し気なアイスブルー……今宵の月は、自分と関わってしまったが為に途方もない茨の道へ、共に堕ちる事となってしまった親友の瞳と、全く同じ色をしていた……

 

   ~*~

 

 翌日の早朝。

 ガイロス帝国の帝都ガイガロスにある帝国軍本部基地に一機の黒いホエールキングが降り立った。

 そのホエールキングと慌ただしく滑走路を駆け回る誘導員達を、基地の屋上から眺める軍人が2人。

 

「定刻通りの到着ですね」

 

 金髪をきっちりとオールバックに整えた男性軍人が腕時計をチラッと見て呟く。

 その隣で将校服に身を包んだ若い青年軍人が、屋上の手摺りに頬杖を突き小さな欠伸を上げていた。

 

「全くご苦労な事だ……専用機での輸送ならばわざわざこんな早朝でなくとも良いだろうに」

 

 眠気のせいなのか、はたまた呆れているのか……青年は半開きの目で到着したホエールキングを眺める。

 その視線はただ一点。ホエールキングの機体に描かれた「リューゲンゾイド研究開発機構」の文字とエンブレムに注がれていた。

 

「実戦テストも兼ねて、新型機のプロトタイプが1機、試験配備されるとの事でしたが……」

「ああ。随分と物々しい機体だよ」

「物々しい……とは?」

 

 男性の問いに、青年は無言のままホエールキングから運び出されて来る機体をくいっと顎で指し示す。

 それに従い視線を移した男性は、微かに目を見開き呟いた。

 

「あれは……」

 

 ホエールキングの中から姿を現したのは、まるで御伽噺の中から抜け出して来たかのような漆黒のドラゴン……

 頭から伸びる一対の角も、その背に頂く一対の翼も、大きな四肢の爪も、誰もが絵本の挿絵などで目にした事があるであろうと思われる姿を忠実に再現したかのような造形で、搬入用の自走台座にワイヤーで固定されているその様は、さながら人間達に捕らわれた伝説上の生物が運び出されて来たかのようだった。

 そう、朝陽を受け今にも目を覚まし、ワイヤーを引き千切って動き出すのではないか? と思えてしまう程に。

 

「空陸戦闘用ゾイド『ガン・ギャラド』リューゲン公爵が北方大陸のドラゴン型野生ゾイドを研究し完成させた最新鋭機だそうだ」

 

 何処か気怠げな声で青年が説明すれば、男性はガン・ギャラドと呼ばれたその機体へ視線を向けたまま呟いた。

 

「確かに、随分と物々しい機体ですね。まるで今にも口から火を噴きそうな……」

「噴くぞ」

 

 なんでも無さそうな口調で放たれたその一言に、男性は青年を見つめ目を丸くする。

 

「今、なんと??」

「あの機体は口腔内に火炎放射器を搭載しているそうだ。伝承のドラゴンと同じように火を噴くぞ」

 

 頬杖を突いたまま、微かにからかうような笑みを浮かべて青年が男性をチラッと見上げた。

 そんな青年の視線に男性は思わず苦笑を浮かべる。

 

「それはまた……随分と伝承に忠実な装備ですね。」

「なに。口から火を噴くだけならば可愛いものさ。奴の一番の武器はあの背の砲だからな」

 

 またすぐに呆れたような表情に戻り、青年はガン・ギャラドへ視線を戻す。

 そう。ガン・ギャラドは翼の間に巨大な砲塔を一つ背負っているのだ。

 男性は微かに怪訝そうな表情を浮かべ、青年に訊ねた。

 

「確かに……大質量系のビーム砲にしても、いささか規格が合いませんね。あれは一体?……」

「荷電粒子砲だそうだ。それも連射可能なタイプのな」

「荷電粒子砲?!」

 

 思わず絶句した男性の反応に、青年は小さな溜息を一つ吐く。

 かつてこの惑星で起きた大きな事件の陰には常に荷電粒子砲の存在があった。

 ジェノザウラー、ジェノブレイカー、デススティンガー……そしてデスザウラー……

 そんなとんでもない兵器を何故、戦争が終結し平和になったこの時代に作る必要があるのか? 青年には妙にそれが脳裏で引っかかっていた。

 

「この平和な時代に作られた最新鋭機に荷電粒子砲とは……正直全く笑えない話だ。あのドラゴンが抑止の力となるか、新たな戦争の火種となるか……ブローベル。お前はどう思う?」

 

 青年の言葉に、男性……パトリック=ブローベル大尉は物言わぬ漆黒のドラゴンを眺め、その存在を吟味するかのように眉根に皺を寄せた。

 

「自分には、どちらにもなり得る機体のように思えます。もっとも、ルドルフ皇帝陛下とシュバルツ元帥閣下が戦争を望まれるとは到底思えませんが……」

「勿論。陛下と父上が戦争を望む訳がない。デススティンガーとデスザウラー……あの二大災厄と戦った英雄なのだから。だが……」

 

 青年は呟くようにそう答えると、憂うような表情を浮かべて夜明けの空を見上げる。

 

「もしも戦争が起きてしまえば、陛下も父上も国と民を守る為、決断を迫られる立場だ。一度事態が動き出してしまえば、望むと望まざるとに拘らず兵を動かさなければならなくなる事もあるだろう。それが解っているからこそ、平和という名の泉に石を投げ込む輩が現れぬよう目を光らせているのだから」

「シュバルツ少佐……」

 

 ブローベルの視線の先で、青年……ルーカス=リヒト=シュバルツ少佐は再びガン・ギャラドを見つめる。

 

「少なくとも私に言わせれば、アレは泉に投げ込まれた小石だよ」

 

 その眼差しと声音に先程までの気怠さや憂いは最早無かった。

 ただ静かに警戒の色を宿した瞳に、ルーカスは漆黒のドラゴンを映していた。

 

(全く、本当に不思議な方だ……)

 

 ブローベルは思わず胸の内でそう呟かずにはいられなかった。

 容姿こそ若き日のカール=リヒテン=シュバルツ元帥と瓜二つではあるが、普段のルーカスは先程のように常に何処か気怠げで、名門シュバルツ家の人間であるという期待も、元帥の息子であるという重圧も何処吹く風といった様子で、のらりくらりと仕事をこなしている。

 だがその奥底では常に対局を見ており、あらゆる脅威への警戒を怠らない……

 彼の補佐に付きもうすぐ2年が過ぎるというのに、彼のそういった面を垣間見る度、未だ戸惑う自分が居る。本当に今目の前に居るのは、普段のらりくらりとしているあのシュバルツ少佐と同一人物なのだろうか? と。

 そして同時に痛感するのだ。彼はやはり間違いなくカール=リヒテン=シュバルツ元帥の息子なのだと……

 

「少佐。一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「ん?」

 

 まるでスイッチを切るかのようにいつもの気怠げな眼差しに戻り、ルーカスがブローベルへ視線を移す。

 そんな彼に思わず内心苦笑しつつ、ブローベルは訊ねた。

 

「脅威ともなり得るあのガン・ギャラドの操縦者に選ばれたのは、一体何方なのでしょうか?」

「あぁ、それは――」

「私だ。ブローベル大尉」

 

 不意に背後から響いた女性の声にルーカスとブローベルが振り返る。

 つかつかと歩いて来たのは、将校服に身を包んだアナスタシアとハウザーであった。

 

「最新鋭機であるガン・ギャラドに興味を持つのは結構だが、間もなく朝礼だ。直ちに所定の場所へ戻れ」

 

 冷たいその声音と同じ温度の視線が、ルーカスとブローベルに突き刺さる。

 

「も、申し訳ありません! リューゲン大佐!」

 

 その視線と声音に射竦められ、ブローベルが敬礼と共に返答する。

 だが、ルーカスは気怠げな視線のままアナスタシアを見つめていた。

 

「どうした? 何か言いたげな顔だな? シュバルツ少佐」

 

 アナスタシアの言葉に、ルーカスはきょとんと目を見開いて見せると苦笑した。

 

「いえ、大佐殿の軍帽に糸屑が付いているのが気になりまして」

「……ん?」

 

 予想外の一言に軍帽を脱ぎ確認しようとしたアナスタシアの傍を、ブローベルを連れ涼しい顔でスタスタと通り過ぎながら、すれ違いざまにルーカスはさも面白そうにクスクスと笑って言った。

 

「冗談ですよ」

「な?!」

 

 思わず振り返ったアナスタシアの視線の先で、ルーカスは屋上の出入り口へと歩いて行きながら何処か余裕を垣間見せるようにヒラヒラと手を振っていた。

 

「折角気持ちの良い朝なのですから、そうカリカリしていては良い事ありませんよ。大佐殿」

 

 振り向きもせずにそう言い残して、ルーカスはブローベルと共に階段を降りて行く。

 その後ろ姿を見送った直後、ハウザーが眉間に皺を寄せ不機嫌な様子を隠そうともせずに呟いた。

 

「全く。人の神経を逆撫でする天才という意味ではやはり元帥閣下の息子か……忌々しい」

「構わん。放っておけ」

 

 アナスタシアはふっと笑って軍帽を被り直すと、屋上の手摺りに手を掛け、運ばれて行くガン・ギャラドの後ろ姿を満足げに眺める。

 先程ルーカスにからかわれた事など全く気にも留めていない様子で彼女は言った。

 

「癪ではあるが、シュバルツの言う通り実に良い朝である事は事実だ。父上がガン・ギャラドの試験配備の手筈を整えてくれたお陰で、実戦テストという口実が出来た。これで少しは守護鷲を追い易くなるだろう」

「はい。試験配備決定の時点で実戦テストの為、哨戒及び有事の際の即時戦闘許可も下りております」

 

 ハウザーの言葉に、アナスタシアは手摺りを離れると拳の甲で軽くハウザーの胸を叩き呟いた。

 

「これから忙しくなるぞ」

「承知しております」

 

 穏やかな笑みと共に一言そう答えたハウザーを見上げた後、アナスタシアも彼を引き連れ屋上を後にした。

 その頃、朝礼場所に向かいながらルーカスは至って悪びれる様子も無く笑っていた。

 

   ~*~

 

 屋上から撤収したルーカスは、ブローベルを引き連れて階段を降りていた。

 その顔には、さも愉快そうな笑みが湛えられている。

 

「やれやれ。真面目な人間ほどからかい易い」

「少佐……いくら士官学校の同期とはいえ、二階級も上の方にあのような……」

 

 若干呆れた様子を隠し切れずに声を上げるブローベルを、ルーカスは笑みを浮かべたまま見上げた。

 廊下を歩きながら、彼は何処かとぼけたような口調で不意に語り出す。

 

「そういえば、ガン・ギャラドの試験配備を巡る採決会議の際、実践テストの為という名目で哨戒及び有事の際の即時戦闘許可を大佐殿の第四装甲師団が議会に要請。可決されたという話はしたかな?」

 

 その言葉に、ブローベルが微かに眉を顰め声のトーンを下げた。

 

「いえ、初耳です」

 

 何かを察したらしい彼の反応に、ルーカスは満足げに口角を上げ言葉を続ける。

 

「いくら試作機が試験配備中に一定の貢献基準を満たさなければ正式配備が見送られてしまうとはいえ、何故そのように功を急くような真似をするのか……私には少々理解が出来ない。最新鋭機を1機任されたからといって浮かれる程、彼女が底の浅い人間ではないと知っているからこそな」

 

 そこまで語ると、ルーカスは表情と口調をコロッと明るく変えて唐突な事を言い出した。

 

「そこでだ。我々第三陸戦部隊も大佐殿を見習って暫く哨戒に当たってみるとしようか」

「なっ?! 本気ですか?!」

「勿論」

 

 さも当然だと言わんばかりの短い返答に、ブローベルはすっかり眉を八の字にして声を上げる。

 

「よろしいのですか? あまり勝手な事をしては、議会になんと言われるか分かったものでは……」

「我々は帝国軍人であり国に仕えている身だ。故に、皇帝陛下、或いは元帥閣下に許可を取りさえすれば誰にも文句は言えんさ。議会のご老人方を気にする事は無い。放っておこう」

 

 涼しい顔で微笑んだままスタスタと隣を歩くルーカスの瞳をチラッと眺めた後、ブローベルは呆れとも諦めともつかない溜息を一つ吐いてやれやれと軽く首を振る。

 

(これはもう……何を言っても無駄な時の目だ……)

 

 父親であるカールの若草色の瞳とは違う澄んだアイスブルーの瞳は、普段の覇気の無い色ではなく、揺るがぬ決意を秘めた強い光を宿し生き生きと煌めいていた。

 こういう目をしている時のルーカスは、例えどんな事があろうと自分の言い出した事を決して曲げないというのをブローベルはよく知っていた。

 

「どうなっても私は知りませんよ。と……言える立場だったらどんなに良かった事か……」

 

 そうぼやいたブローベルをチラッと見上げ、ルーカスは面白がるかのようにクスクスと笑う。

 

「元帥閣下のドラ息子のお守りは大変だろう?」

「いい加減慣れました……」

 

 若干投げやりなその返事に帰って来たのは、驚く程穏やかで優しい一言だった。

 

「そうか。いつもすまない」

 

 だが、そんなルーカスの言葉にブローベルはふっと笑みを浮かべると、何処か楽しんでいるかのように答えた。

 

「嫌だとは、一言も言っておりませんよ」

 

   ~*~

 

 同日の昼過ぎ、カイ達は補給の為に共和国領の国境沿いにある辺境の田舎コロニーに居た。

 難しい顔で市場を眺めて歩きながら、カイは拙い知識で一生懸命買い込む物を吟味している。

 本当は、補給はもう少し先で良いだろうと思っていたのだが、今まで長い事1人で旅をしていたせいか、シーナとの2人旅で一番苦労しているのが「食料の補給」であった。

 1人の時は少量の食料でサッサと食事を済ませてしまうズボラ症であった事も相まって、2人分の食料をどの程度買い込み、どう消費するか? という勝手をカイはまだ上手く掴めていない。

 多く買い込み過ぎれば収納スペースの無いブレードイーグルの唯一の貨物スペース……つまりシーナの定位置である後部座席の足元が物で溢れかえってしまう上に、消費しきる前に傷んで処分しなければならない可能性もある。

 だからと言って、少量しか買い込まずにいれば頻繁にコロニーへ立ち寄らなければならないのが手間であるし、何よりもいざ食料が底を尽きてしまった際にコロニーが近くに無ければ最悪食事抜きという事態もあり得るだろう。

 また、買い込む量だけではなくどういった食料を買い込むか? というのもまた悩みどころだ。

 出来るだけ日持ちのする、かさばらない食料……と限定してしまってはどうにも味気ない似たような食料ばかりになってしまうし、食事のレパートリーを優先すれば必然的に食料はかさばる。

 日持ちのしない物から順に消費していく事を想定した上で「今日もコレか……」とワンパターンな食事にならないよう頭を使うというのはなかなかに大変な作業だった。

 

「世の中の主婦の皆さんって、すげーんだなぁ……」

 

 思わずそんな事をぼやけば、シーナがきょとんと首を傾げて不思議そうにカイを見つめる。

 

「しゅふ??」

「あー、要するにお母さんの事だよ。献立考えて飯作るってこんなに大変なのに、それを毎日やってんだと思うとスゲーなぁって思ってさ」

「おかーさん……」

 

 シーナは首を傾げたまま、いまいちピンと来ていない様子で考え込む。

 そんな彼女の様子に気付いたカイは、微かに心配そうな声音で声を掛けた。

 

「どうした??」

「えっとね……おかーさんって何??」

「え……」

 

 あまりにも唐突な質問に、カイは思わず絶句する。

 思わず頭の中が真っ白になる程戸惑った彼であったが、次の瞬間には様々な説明と疑問が浮かんでは消え、やっと口を突いて出た言葉は遠慮がちな問いかけの言葉だった。

 

「あの、さ……シーナって、もしかしてアレックスしか家族が居なかった……のか?」

「ううん。アレックスと、お父さんの3人家族だったよ。あ、でもユナイトとハンチも家族だから、そう考えると5人家族……かな?」

「そっか……」

 

 幼い子供のように至ってきょとんと答えるシーナに、カイは一言そう答えて少し考え込む。

 まぁ、大戦末期の古代に生まれ育ったシーナだ。父親という存在は知っていて母親を知らないという事は、恐らく記憶に無いほど幼い頃に母親を亡くしているのだろう。

 

「お母さんってのは、自分を生んでくれた女の人の事だけど……あー……でもそうだな……自分を生んでくれた人じゃなくても、自分の面倒を見て育ててくれた女の人をお母さんって呼ぶこともあるし……自分にとって家族だって呼べる、大人の女の人。って感じだと思う」

「そうなんだ……」

 

 シーナはまだいまいちピンと来ていない様子であったが、次の瞬間には無邪気な笑顔を浮かべカイに訊ねた。

 

「ねぇ、カイはおかーさん居る?」

「え? うん。まぁ……いるけど……」

「カイのおかーさんってどんな人??」

「俺の母さん?」

 

 思わず聞き返せば、シーナはこくりと頷く。

 カイは、そっと自分の母親を思い浮かべた。

 

「そうだな……頑固だった親父と違って、優しくて穏やかな、自慢の母さんだったよ」

 

 そう。カイの母親は穏やかで優しく、料理達者で、父の事が本当に好きなのだなと分かる程夫婦仲も良く、仕事で長く家を空ける事も多い父に対し不平を言う事もない健気な人であった。

 世の中には色々な母親が居るのだろうが、こうして改めて自分の母親について振り返ってみると、自分は随分母親に恵まれた境遇だったのだなと痛感する。父の事は嫌いだったが、母親を嫌いになった事は一度もない。

 

「元気にしてると、良いんだけどな……」

 

 父親に反発し家出してもうすぐ3年……その間、両親とは一度も会っていなかった……

 

(家出したまま行方不明だった息子がフラッと帰って来た。なんて事になったら大騒ぎになるだろうし……だからって、ずっと音沙汰無しだった手前、メール送るのもなぁ……ちょっと勇気出ねぇんだよなぁ……)

 

 今頃、母はどうしているのだろうか?きっと、自分の事を心配している……いや、流石にもう愛想を尽かしてしまっているかもしれない……どちらにせよ、父への反抗心で家を飛び出した結果、母を傷付けてしまったであろう事に関しては申し訳ないと思っているのが現実である。

 そしてそれでも、自由に空を飛び回れる今の生活に満足している自分が親不孝者であるという自覚も……ある。

 

「そういえば、カイって家出して旅に出たんだって言ってたね」

 

 シーナの言葉にカイは苦笑しながら、困ったように頭を掻く。

 

「ああ。正直親父がどれだけ心配してようが何しようがどーでも良いけど……母さんに心配掛けちまってんのは、ちょっと申し訳ねーというか……」

「そっか……なんか、ごめんね……」

 

 しゅんと項垂れて、シーナがポツリと呟く。

 カイはそんな彼女の反応にギョッとして顔を覗き込みながら言った。

 

「いやいやいや! なんでシーナが謝るんだよ。家出して母さん心配させちまってんのはシーナじゃなくて俺の方! な??」

「だって、一緒に私の記憶を探す旅をするって……約束してくれたから……そのせいでカイがおかーさんに会いに行けないなら……私、カイにもカイのおかーさんにも迷惑かけてる……」

 

 彼女の言葉に暫く黙り込んだ後、カイは不意にシーナの両頬を摘まんでくいっと上に持ち上げる。

 目が合ったカイは、呆れたようなジト目でシーナを見つめていた。

 

「俺、一言もお前のせいだなんて言ってねーぞ?」

 

 拗ねたようなその声に、シーナは目をぱちくりと瞬かせる。

 

「え、えっと……」

「俺は、自分がやりたい事やってるだけだし、そりゃ母さん心配させちまってんのは申し訳ねーと思ってるけど、それを誰かのせいにするつもりもねーの。それともシーナは、俺と旅するの嫌か??」

「い、嫌じゃないよ! 記憶を取り戻したいのは本当だし、私一人じゃこの時代の事まだまだ全然わかんないし! だからカイが居なきゃヤダ!」

 

 その言葉を聞いたカイは、ニカッと笑って手を放しシーナの頭をポンポンと撫でる。

 

「なら、そうやって自分のせいなんじゃないか? なんて考えんなよ。俺は好きなように空を飛んでいられる今の方がずっと楽しいんだからさ」

 

 そう。

 下手に家族と連絡を取らないもう一つの理由はそれだった。

 所在が割れて両親が会いに来てしまった場合、こっぴどく叱られる事よりも、家に連れ戻され再びゾイドに乗る事を許してもらえない退屈な生活に戻ってしまう事の方がカイにとっては苦痛だ。

 なら、もうしばらく……せめてシーナが記憶を取り戻すまでの間くらい、自由に空を飛んでいたい。

 その気持ちに嘘はなかった。

 

   ~*~

 

 一通りの買い出しを終え、カイとシーナはコロニーの外れに待たせていたブレードイーグルとユナイトの元に戻って来た……が、イーグルの周囲に人だかりが出来ている事に気付いたカイは顔を真っ青にし、シーナは不思議そうに首を傾げて呟いた。

 

「どうしたんだろう? 何かあったのかな?」

「まさかイーグルの奴、興味本位で近づいた奴つつき回して怪我させたんじゃねーだろうな?……」

「えぇ?!」

 

 シーナが驚きの声を上げるのと同時にカイが駆け出すが、次の瞬間人だかりを掻き分けるようにして飛び出して来たのはユナイトであった。

 

「グォウォォォ~~ン!!」

「ユナイト?!」

 

 まるで「助けてぇぇ~!」と泣きつくような情けない声を上げて一直線に走って来たユナイトに思わず立ち止まれば、ユナイトは隠れるかのようにカイの背後に縮こまり、そのユナイトを追って人だかりの一部がカイへ押し寄せる。

 

「なぁ坊主! もしかしてガーディアンフォースなのか?」

「俺、オーガノイドなんて初めて見たぜ!」

「このド田舎にこんな珍しいゾイドが来るなんて思ってなかったよ!」

「あの鳥型のゾイドもあんた達のだろ? あんなゾイド見た事ないけど、もしかして新型なのか??」

 

 次々と飛び交う質問の嵐にカイはオロオロと人だかりを見渡し、言葉に詰まる。

 

(しまった……ユナイトもブレードイーグルも、こんな田舎の人にとっちゃ大ニュースだよな……)

 

 サンドコロニーではこれ程の騒ぎにならなかった為、すっかり油断していた。

 オーガノイドと言えばイヴポリス大戦の英雄、バン=フライハイトが連れていた伝説の古代ゾイドだ。

 しかも、現在確認されている3頭のオーガノイドは全てガーディアンフォースに所属している。何も知らない一般人がカイをガーディアンフォースだと勘違いするのも無理はない。

 おまけに鳥型の飛行ゾイドなど、恐らく何処を探してもブレードイーグルしかいないだろう。

 予想以上に人目を引いてしまったユナイトとブレードイーグルを交互に見た後、カイは誤魔化すように笑いながら目を輝かせて自分達を取り囲んでいる人々へ遠慮がちに語った。

 

「えっと、実は……詳しい事は言えないんだ。ただその……俺達、先を急いでるから通してもらえると助かる……んだけど……」

 

 そんなカイの言葉に、良心的な者が数名道を開ける。

 カイは振り返ってシーナを呼んだ。

 

「シーナ! 早く行こうぜ!」

「え? うん!」

 

 駆け寄って来たシーナの手を掴み、カイはブレードイーグルの方へ走って行くとコックピットへ乗り込みながら集まった人だかりへ声をかけた。

 

「そんな近くにいると吹き飛ばされるから! ちょっと離れててくれよー!」

 

 その言葉に、人だかりはわらわらとブレードイーグルから離れ、遠巻きに飛び立つ瞬間を待ちわびる。

 カイは一瞬悩んだ後、一番手っ取り早く速やかにコロニーを離れる方が良いだろうと考えてその名を呼んだ。

 

「ユナイト! はぐれないようにお前も来い!」

「グオ!!」

 

 力強く頷いたユナイトは次の瞬間、一条の光となってブレードイーグルの中へと溶け込む。

 その様を目の当たりにした人々から上がる歓声など聞こえていないふりをして、カイは手早くキャノピーを閉めると一目散に空の彼方へと飛び立ったのだった……

 

   ~*~

 

「いやぁ~……ホントとんでもない目に遭っちまったな……」

 

 日が暮れた薄闇の中、辿り着いた荒野の岩場でキャンプバーナーとLEDランタンの明かりを頼りに夕食の準備をしながら、カイがぐったりとした様子でぼやく。

 その一言に、シーナの傍で丸くなったユナイトもすっかり疲れた様子でグオグオと相槌を打ち、そんなユナイトの鼻先を撫でてやりながらシーナもしみじみと呟いた。

 

「今の人達にとっては、ユナイトもイーグルも本当に珍しいんだね。私もびっくりしちゃった」

「ごめんなユナイト。お前やイーグルが滅茶苦茶目立つ存在なんだってのを俺がもっと自覚してれば、あんな目に遭わせずに済んだってのに……」

「グォゥグォゥ」

 

 元気の無い様子で謝るカイに、ユナイトは丸まったまま頭を上げてカイを見つめながらゆっくりと首を横に振る。

 そんなユナイトを優しく撫でながら、シーナが元気付けるように言った。

 

「気にしないで。だって。ユナイトもイーグルもカイのせいだなんて思ってないよ」

「そっか……」

 

 申し訳なさそうに微笑んで、カイは再び食事の準備に戻る。

 今日買い込んだ肉と豆を煮込みながら、少々手持無沙汰になってしまったカイは小型タブレットを取り出してSNSのアプリを起動した。

 何か気になる情報がないだろうか?というちょっとした情報収集の足掛かりのつもりだったのだが……

 

「あぁ~!?」

「え?! なになに?? どうしたの??」

 

 いきなり大声を上げたカイに驚くシーナの前で、カイの顔から段々と血の気が引いていく。

 

「うっそだろ……おいおいおいおい……コレちょっと不味いぞ……」

 

 どうやら尋常ではないカイの様子に、シーナとユナイトがカイの手にするタブレットを左右から覗き込む。

 画面にはブレードイーグルの写真がでかでかと表示されていた。

 

「あ。イーグルだ」

 

 きょとんとそんな声を上げるシーナに、カイは引き攣った笑みを浮かべて顔を上げる。

 

「昼間のコロニーでイーグルとユナイトの写真撮ってたヤツが居たみたいでさ……なんか、変な尾鰭が付いた状態で拡散されちまってるんだよ……」

「かくさん??」

「ネットで全国に知れ渡っちまったって事!」

 

 カイは途方に暮れたように投稿された内容を確認する。

 投稿記事にはイーグルやユナイトの写真と共に「なんかすっげーゾイドがうちのコロニーに来たんだけど、コレ一体何? もしかしてどっかの軍の最新鋭機? オーガノイドもいるし、GFの極秘任務か何か??」と綴られていた。

 記事に対するコメントは1000件近くに上っており、カイが利用しているSNSアプリのトップ記事としてバッチリ取り上げられる程の大騒ぎとなっている。

 

「こりゃ暫くコロニーとかに出向く時はイーグルとユナイトを隠してからにしねーと……どんどん話がややこしい事になっちまうぞ……」

「そうなの?」

 

 いまいち理解の追いついていないシーナの目の前に画面がよく見えるよう、タブレットをずいっと差し出してカイは情けない声を上げた。

 

「だってよく読んでみろよ。軍の最新鋭機? だの、GFの極秘任務? だの……」

「……カイ」

「ん?」

「私、今の時代の文字、なんて書いてあるのか全く分かんない」

 

 真顔でキッパリと字が読めない。と語るシーナに、カイはガックリと肩を落として項垂れた。

 

   ~*~

 

「おいおい……何やってんだあの馬鹿は……」

 

 その頃、ホワイトコロニーに滞在しているザクリスは宿のベッドに寝転がってカイが利用しているのと同じSNSアプリを眺め、呆れたように顔をしかめていた。

 

「おん? 一体どうしたんだ??」

 

 ひょこっと横から顔を覗き込ませたアサヒに、ザクリスは自分のタブレットをずいっと差し出す。

 表示されている記事を見たアサヒは困り果てたような表情を浮かべ、片手で顔を覆い隠した。

 

「あちゃ~……」

「何々? なんの話??」

 

 更にそんなアサヒの傍にやって来たアシュリーがアサヒが手にしているザクリスのタブレットを覗き込み、次の瞬間には両手で口元を覆い隠しながら目を丸くしていた。

 

「あらやだ……私このゾイド知ってるわ……」

「「はぁ?!」」

 

 綺麗に重なり合ったアサヒとザクリスの声に、アシュリーは「え?」と声を上げ、2人を交互に見つめる。

 

「どうしたの? 2人揃って……」

「お前、ブレードイーグルの事知ってんのか?!」

「何処で会ったんだ?!」

 

 ずいずいと詰め寄る2人に、アシュリーはしどろもどろになってボソボソと答えた。

 

「ちょ、ちょっと……ククルテ遺跡でやり合っちゃったのよね……仕事の関係で……」

 

 両手の人差し指をちょみちょみとつつき合わせながら視線を逸らすアシュリーに、ザクリスとアサヒは揃って溜息を吐くと、チラッと互いに目くばせして口を開いた。

 

「なぁ、ワイズ……そのゾイドとパイロットには、頼むから手を出さないでやってくれ」

「え? どうして??」

 

 唐突なザクリスの言葉にアシュリーが不思議そうに問えば、アサヒが苦笑しながら言葉を続けた。

 

「このゾイドに乗っとる奴ってのが、俺らの大事な弟分なんだ」

「そ……そうなの?」

 

 思わず聞き返せば、2人は無言のまま揃ってこくりと頷くだけだった。

 だが、その無言が逆に本気で手を出さないでくれと懇願しているのを強調しているようで、そんな物言わぬ迫力にアシュリーは冷や汗を浮かべて呟くように答えた。

 

「わ、わかったわよ。このゾイドには手を出さないであげるから。ね??」

 

 引き攣った笑みと共に返事をしながら、アシュリーはふとスカーレット・スカーズの3人の顔を思い浮かべた。

 

(どーしましょ……スカーズの3人に報復の手伝いするって約束しちゃったわよ私……あ~……でもザクリスの頼みだから聞かない訳にもいかないし…… 困った事になっちゃったわね……)

 

 そんな風に胸の内でぼやきながら、アシュリーは1人、板挟みに頭を悩ませるのだった。

 

   ~*~

 

「予想よりも早く情報が上がって来たな……」

 

 タブレットでSNSを眺めていたのはザクリス達だけではなかった。

 仕事の合間の小休憩を利用し、タブレットを眺めていたのは他でもないアナスタシアである。

 

「どうかされましたか?」

 

 温かなコーヒーを差し出しながらハウザーが問えば、アナスタシアはふっと微笑んでタブレットを差し出す。

 その画面に表示されたブレードイーグルとユナイトを眺めた後、ハウザーもまた笑みを浮かべていた。

 

「成程……確かに無知な市民の好奇心は、我々の味方だったようですね」

「ああ。ネットや小型タブレットが普及し、誰もが気軽に情報を発信出来る時代になったからこその収穫だ。見た事の無いゾイドを軍の最新鋭機だろうか? などと言っておきながら、わざわざ写真付きで記事を書くような愚か者にまで、文明の利器が行き届いているとは……つくづく良い時代になったものだな」

 

 アナスタシアはハウザーから受け取ったコーヒーを一口啜って一息吐くと、微かな嘲笑を浮かべて呟いた。 

 

「本当に軍の最新鋭機を盗撮したならば、軍事機密に関する情報窃盗罪で即刻逮捕だというのに……」

「誰もが気軽に情報を発信出来る時代の弊害……ですか」

 

 ハウザーの言葉にアナスタシアはふっと笑い飛ばすような短い声を上げて、彼を見上げた。

 

「現時点では、こういった愚か者の好奇心は我々にとって利益だが……我々も人目を忍んで活動を行っている以上、明日は我が身だという事を常に肝に銘じておかねばな」

「はい。今はまだ表に取りざたされる訳にはいかないというのは、組織の者全員が理解しております」

 

 その言葉にアナスタシアは、ふと手にしたカップを見つめたまま呟いた。

 

「一般人ならばある程度誤魔化しも利くが……本当に厄介な敵は、既に動き出している可能性もある事だ。我々の尻尾を掴まれるのが先か、我々の準備が整うのが先か……どちらにせよ、気を抜いてはいられんぞ」

「……シュバルツ少佐がまた何か企んでいると?」

 

 ハウザーの問いにアナスタシアは答えなかったが、代わりにまるで独り言のようにそっと呟いた。

 

「シュバルツは我々にとってのジョーカーだ。持っていれば厄介でもあるし、最強の切り札にもなり得る。使いどころは見誤らぬようにせねばな……」

 

 そう呟いた彼女の口元には、怪しげな笑みが浮かんでいるのだった。

 

 

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