ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第12話-軍人の息子-

 たまたま立ち寄った田舎のコロニーで、ユナイトとブレードイーグルを見た人達が大騒ぎ。

 おまけに写真撮られてSNSで拡散された挙句、トップ記事にまでなっちまった。

 このままじゃ盗賊だの傭兵だの賞金稼ぎだの……いや、もしかしたら軍にも狙われる事になるかもしれねぇ。

 暫くほとぼりが冷めるまで、どっかにひっそりと身を隠したいとこなんだけどなぁ……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第12話:軍人の息子]

 

「おー! ホントに居やがったぜ! 鳥型の飛行ゾイドだ!」

「合成写真のデマかと思ってたが、マジだったとはなぁ!」

「何が何でも捕まえてやるぜ! こいつは大金だ!」

 

 口々にそんな事を騒ぎながらブレードイーグルを追っているのは、荒野のならず者達であった。

 国籍もゾイドもバラバラ。金に目が眩み、周囲の者を蹴落としてでもブレードイーグルを捕える事しか頭に無いような烏合の衆は、口々に交わす言葉と同じくらいの勢いで銃弾やエネルギー弾をイーグルへと浴びせる。

 それを必死に躱しながら、カイは盛大に舌打ちをして忌々しそうにモニターを睨みつけた。

 

「ったく! 何処のどいつだよ! イーグルを手に入れたヤツに賞金出す~なんて言った馬鹿は!!」

「なんか、ゾイドのコレクター? とかいうお金持ちさん……だったよね?」

「いやまぁそうなんだけどさぁ!!」

 

 独り言のつもりで口にした刺々しい愚痴へ返事が返ってくると思っていなかったカイは、シーナの純粋さに微笑ましさ半分、呆れ半分といった様子の情けない声を上げる。

 爆発的に広まったブレードイーグルのSNS記事はこの1週間でコメント数が10000件越え、閲覧数は20万回を超える程の話題となっており、それを聞いた帝国最大手の貿易商「フォルトナー商社」の社長がブレードイーグルに賞金を掛けるという異例の事態にまで発展してしまっていた。

 このフォルトナー社の社長「クラウス=フォルトナー」は、熱狂的なゾイドコレクターという顔を持っており、その執念たるや、あの伝説の賞金稼ぎ「アーバイン」が乗る貴重な開発第一号機のライトニングサイクスを金で買い叩こうとして痛い目を見た。というニュースで一躍有名になってしまった曰く付きの人物である。

 そのあまりに強引な財力一辺倒の交渉方法と、貴重なゾイドに対する執念にも似た情熱から、裏ではガーディアンフォースの主力機であるブレードライガーやジェノブレイカーすら虎視眈々と狙っているのではないか?という噂まで囁かれる始末なのだから手に負えない。

 

「正直、拡散されちまった時点でフォルトナーが目を付けて来るだろうとは思ってたけどよ……よりによって賞金首扱いとか勘弁してくれっての。俺達が一体何したってんだ畜生ッ……」

「イーグルもずっと追い駆けられててすっかりへとへとだから、何処かで暫く休ませてあげないとブースターも使えないし……困ったね……」

 

 後部座席でパネルを操作し機体コンディションをチェックしながら、シーナが途方に暮れた様子で呟く。

 普段ならばイーグルお得意の「音速かっ飛び逃げ」もとい、背面の小型ブースター「ソニックブースター」であっという間に逃げきれる筈だが……ここ数日間、逃げる先々で別の連中に見つかってはまた逃げる。という繰り返しであった為、ブースターのエネルギーは殆ど残っていなかった。

 イーグルさえそんな状態であるのだから、無論、カイもシーナもユナイトも、ここ数日間はろくに休息を取れていない状態だ。ハッキリ言って、このまま逃げ回り続けるのは到底無理だとカイも痛感している。

 だからといって、次から次に押し寄せる賞金稼ぎや盗賊達の相手などいちいちしていたらキリがない上に、元々戦闘はそこまで得意ではないカイが、疲弊しきった今のコンディションでどの程度戦えるかなど目に見えていた。

 

「くそっ……せめて近くに森や山があれば、ブースターが無くたってどうにか逃げ切れるのにッ……」

 

 苦々しい一言がカイの口から零れる。

 今回追い掛けて来ているのは全員地上を走る陸上ゾイドだ。地面に障害物の多い場所ならば撒く事も出来ただろうが、今自分達が追い掛け回されているのは一面に広がる見通しの良い荒野……追っ手を撒けそうな場所まで逃げ切れるかどうかは正直微妙な所であった。

 

   ~*~

 

「いやぁ、賞金を掛けたお陰で目撃情報も急激に増加。しぶとく逃げ回っているようだが、今頃パイロット共々疲弊しきっている頃合いだ。これなら君もあの鷲型ゾイドを捕え易くなるし、なんなら金に目の眩んだ連中が先にサッサと捕まえて私の所まで運び込んでくれる事だろう。どうだね? 少しはお役に立てているかね?」

 

 通信画面越しに得意げに語るのは、30代半ばといった若い男。

 その通信を受けながら、帝国の麗しき女将校は事務的な笑みを浮かべる。

 

「ええ。ご協力大変感謝致します。フォルトナー社長」

 

 その言葉に、フォルトナー商社の社長クラウス=フォルトナーは画面越しに映る女将校……アナスタシア=フォン=リューゲンを見つめ、うっとりとした様子で夢心地のように語った。

 

「いやいや、礼など不要だよ。君の御父君には貴重な北方大陸の野生ゾイドを何体も頂いているからね。こうして恩返しが出来るのは寧ろ光栄な事だ。あの鷲型ゾイドを手に入れるのは私にとっても君にとっても莫大なメリットがあるのだから、協力は惜しまないつもりだよ」

「ありがとうございます。我々にとって貴方のご助力は必要不可欠ですので」

 

 至って事務的なアナスタシアの態度など気にも留めていない様子で、フォルトナーは(いや)らしさの滲む声音を隠そうともせずに囁く。

 

「欲を言えば……君個人が私を必要不可欠だと言ってくれれば一番嬉しいのだがね?」

「御冗談を。私のような(しと)やかさの欠片も無い軍人が、帝国一の貿易商社の社長夫人になどなれる筈がありません」

 

 不意に事務的な態度を崩し、クスクスと笑いながらアナスタシアが答えれば、フォルトナーはそんな彼女を食い入るように見つめて熱っぽく語り出した。

 

「そんな事はないさ! 確かに君は軍人だが、それ以前に君は、あのリューゲンゾイド研究開発機構を取り仕切るリューゲン卿の一人娘! れっきとした貴族じゃないか! 身分としては十分だとも! 異を唱える者など誰一人居る筈がないじゃないか」

 

 しかし、アナスタシアは申し訳なさそうに微笑んでそっと囁くように呟いた。

 

「……お言葉は大変嬉しいのですが、私にはやらなければならない事が数多く残っています。それを蔑ろにすることなど、父にも部下にも顔向けが出来ません。貴族であり軍人であるからこそ、私には誰よりも自分の職務を全うしなければならない責任がありますので」

 

 彼女のその言葉にフォルトナーは寂しそうな表情を一瞬浮かべたが、次の瞬間には明るく微笑んでいた。

 

「……そうだね。無理を言って君を追い詰めてしまっては元も子もない。愛する人の枷になるなどあってはいけない事だ。だから私は、君が責任を全うするまで待つとするよ。いつか君がやるべき事を全て終えて肩の荷が下りた時、改めてゆっくりと話をしようじゃないか」

「……わかりました。その時は一考させて頂きます」

「うんうん。ではまたね。私の愛しいアナスタシア」

 

 満足げな言葉と共に通信が切れ、画面に映っていたフォルトナーの姿が掻き消える。

 次の瞬間、アナスタシアは軽蔑するかのようにふんっと鼻を鳴らして冷たく吐き捨てるように呟いた。

 

「何が愛だ。貴様の目的は父上の持つ北方大陸への渡航権利と、私の身体だけだろう。馬鹿馬鹿しい」

「ホントホント。下心見え見えだもん。クラウあいつ大っ嫌い」

 

 ふと室内に響いた声に振り返れば、アナスタシア以外に誰もいなかった筈の執務室にクラウと彼女のオーガノイドであるヒドゥンが、まるで霞の中から出て来るかのように姿を現した。

 

「まったく……盗み聞きとは感心しないぞ。クラウ」

 

 だがアナスタシアは驚きもせず、寧ろ若干呆れたかのように微笑みながら彼女を優しく(たしな)める。

 クラウも多少なり申し訳ないと思っているのか、素直に「ごめんなさい。」と謝罪の言葉を口にするも、すぐにむすっとした表情を浮かべて不機嫌そうに語った。

 

「でもあのおっさん、お姉様の事いっつも(いや)らしい目で見てるんだもん。だからね、クラウすっごく心配だったの。それに外で待っててもハウザーが怖いんだもん」

「ハウザーが??」

 

 意外そうに訊ね返すアナスタシアに、クラウはこくこくと頷く。

 

「いっつもだよ? お姉様があのおっさんとお話してる間、ハウザーすっごくイライラしてるんだもん。あんまりイライラしてるから、アレは絶対妬きもちだーって、皆の間で噂になってるもん」

「まさか。ハウザーがあの男に嫉妬する理由などある訳がない」

 

 何処か自身たっぷりに断言するアナスタシアに、クラウは首を傾げて不思議そうに訊ねた。

 

「なんでそんなに断言出来るの?」

「出来るさ。あんな小者とハウザーでは比べ物にならんからな」

 

 彼女がそう告げた時、執務室にホエールキングの操舵士から通信が入った。

 

「リューゲン大佐。まもなく目的地に到着します」

 

   ~*~

 

「カイ。前から何か来てるよ」

「は!? 前?!」

 

 後部座席でパネルをせわしなく操作していたシーナが不意に上げた声に、カイも思わず声を上げる。

 前方に捕えたという機影を最大望遠でメインモニターに回してもらったカイは、映し出された機影を見つめた後、げっそりとした様子で呟いた。

 

「おい……嘘だろ……」

 

 メインモニターに映っていたのは一隻のホエールキング……その機体に描かれたエンブレムは、間違いなく帝国軍所属の物であるという証であった。

 

「だぁー!! 後ろの連中だけでも一苦労だっつーのに! 軍にまで目ぇ付けられるとか面倒臭ぇなぁ!!」

「え? 軍??」

「あれ、ホエールキングっつって帝国軍の移動輸送艦ゾイドなんだよ。これじゃ挟み撃ちにされちまう」

「えぇぇぇ!?」

 

 不安げなシーナの悲鳴に、カイの焦りも増す……しかし、そう簡単に軍へ助けを求める訳にもいかない。

 一度軍に保護されてしまえば、シーナが古代ゾイド人であるという事など簡単にバレてしまう。おまけにオーガノイドであるユナイトと古代ゾイドであるブレードイーグルがそう易々と開放してもらえる訳が無い。

 恐らく研究所送りか、帝国軍所属の機体として使われる事になるかのどちらかの筈だ。

 それに、カイには軍に助けを求めたくない決定的な理由があった……

 

「とにかく後ろの連中にも、目の前の軍にも捕まる訳にはいかねぇ! どうにかして……」

 

 そこでふと閃いたカイは、おもむろに操縦レバーを握り直し叫んだ。

 

「イーグル! 頼むから操縦通りに動いてくれよ!」

 

 次の瞬間、カイはブレードイーグルを空中で急激にUターンさせ、後ろから追って来る者達の方へと引き返す。

 つい先程まで逃げていたブレードイーグルがいきなり自分達の方へ飛んで来たせいで、ならず者達はわらわらと立ち止まったり、ブレードイーグルを追い掛けて引き返そうとしたりと、荒野のど真ん中であるにも関わらず大渋滞を起こし、それでも尚、まるで最後の悪足掻きのように放たれた銃弾が一斉にイーグルへ襲い掛かった……

 

「うわっち?!」

 

 それをギリギリ間一髪で避けながら、大渋滞を起こしているならず者達を飛び越した事で、ブレードイーグルと帝国軍のホエールキングの間にならず者が挟まれる配置となった。

 

(これで治安維持を優先して、あの盗賊か賞金稼ぎかわかんねー連中の方に軍が気を取られてくれれば……)

 

 その隙に逃げる事が出来る筈……カイはそう考えたのだ。

 しかし、事はそう上手く運びはしなかった。

 帝国軍のホエールキングは荒野で大渋滞を起こしたならず者達に対して警告を発したりといった予備動作をする様子も無く、その周囲に容赦なく艦載砲を数発撃ちこんだのである。

 

「うっわ。えげつねぇ……」

 

 カイが思わずそう呟いたのも無理はない。

 ゾイドの中でも超大型の部類に入るホエールキング……しかもその艦載砲となれば威力はお察しの通りで、直撃こそしていないものの着弾時の衝撃と爆風でごちゃごちゃと固まっていたならず者達のゾイドはコンバットシステムがフリーズしたのか、あっという間に沈黙してしまったのだ。

 その為、ブレードイーグルの相手は幸か不幸か帝国軍のホエールキング一隻のみという構図に一変してしまった。

 

(こりゃぁ……下手したら状況悪化しちまったかも……)

 

 この疲弊しきった状態で訓練を積んだ軍人達が乗るホエールキングから一対一で何処まで逃げ切れるだろうか……少なくとも確かなのは、今のカイにそんな気力も体力も全く残っていないという事だけだ……

 しかし、ホエールキングから飛んで来たのは艦載砲ではなく、とある呼びかけの声であった。

 

「鷲型ゾイドのパイロットに告げる。我々は敵ではない。君達を狙う無頼(ぶらい)の輩から君達を保護するよう命令を受けて来た。現在、更に厄介な者達が此方へ接近している。一刻も早く我々の艦に来て欲しい」

 

 若い男性の声によるその呼びかけと共に、ホエールキングの口腔ハッチが開き始める。

 その様子を見たシーナは不安げにカイを見つめた。

 

「カイ。どうする?……」

「……」

 

 カイはほんの数秒の間、無言で睨みつけるかのようにホエールキングを見つめていたが、直後……一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべた後でポツリと呟いた。

 

「……行こう」

「え? でも大丈夫? 私達を捕まえに来たんじゃ……」

「信用は出来ねーけど、今はイーグルを休ませてやるのが先だ。ホエールキングの中ならさっきの連中みたいな奴らに見つかる事はまずない筈だし、少し休めば、ブースター1回分くらいのエネルギーはギリギリどうにかなる。それに、更に厄介な連中が接近してる。ってのも気になるからな……」

 

 警戒を含んだ低い声音で囁くようにそう語るカイは、普段とは雰囲気がまるで違った。

 明るくて面倒見の良い、年相応の少年といったいつものカイではなく、その大人びた声と態度は微かな冷たさすら感じる……初めて見た彼のそんな一面に不安げな表情を浮かべて戸惑いながらも、シーナは小さく頷いた。

 

「うん……そうだね」

「イーグル。ホエールキングの格納庫に着いたら、暫くブースターの回復に専念してくれ。罠だった時、すぐカッ飛んで逃げられるようにな。頼んだぜ」

「キュルル……」

 

 イーグルは面白くなさそうな鳴き声を上げたが、一応渋々ながらも彼の言葉を承服したらしい。

 そんなイーグルにふと申し訳なさそうな笑みを微かに浮かべたカイは、慎重にホエールキングの口腔ハッチへとイーグルを滑り込ませた。

 

   ~*~

 

「鷲型ゾイド、メイン格納庫へと無事収容完了しました」

 

 メインブリッジのオペレーターの言葉に、若き将校は微かな安堵の溜息を洩らした。

 

「どうにか、間に合ったようだな」

 

 彼は穏やかに微笑みながら、隣に控える腹心の部下へ告げる。

 

「ブローベル。鷲型ゾイドのパイロットとオーガノイドを来賓船室まで案内してくれ」

「了解しました。シュバルツ少佐」

 

 敬礼し、メインブリッジを後にするブローベルの後ろ姿を見送って、ルーカスはメインモニターに表示されているレーダーへと向き直る。レーダーには此方へ接近する機影が一つ表示されていた。

 

「さてさて。どう言い訳をしたものか……」

 

 気怠げな独り言を呟きながらも、その口の端には微かに笑みが浮かんでいる。

 考えを巡らせている時間も無く、通信士から声が上がった。

 

「シュバルツ少佐。第四装甲師団長、リューゲン大佐から通信が入っています」

「繋いでくれ」

「はっ!」

 

 モニターに表示された感情の読めないアナスタシアの無表情な顔を眺め、ルーカスはなんでも無さそうにのんびりと口火を切った。

 

「リューゲン大佐。このような辺境の国境沿いまで哨戒とはご苦労様です」

「貴殿こそ、何故第三陸戦部隊がこのような場所を哨戒している? 見た所、随分とやんちゃをしでかしたようだが戦闘許可は取得しているのだろうな?」

 

 氷のような冷たい眼差しと言葉を真っ向から受けながら、ルーカスは微かに首を傾げる。

 

「許可は取っておりませんが、我々はそもそも戦闘などしておりません」

「ほう?……」

 

 微かに呆れと苛立ちの込められたその声に、ブリッジの乗組員達は不安げな表情を浮かべ顔を見合わせながら会話の行く末を見守っている。

 だがルーカスはその全てを全く気に留めていない様子で言葉を続けた。

 

「我々は一般人を執拗に追い回す悪質な者達へ、警告の為威嚇射撃をしただけの事。追われていた一般人も無事保護致しましたので、我々は直ちに撤収致します」

 

 直後、心臓に悪い不穏な沈黙が流れる。

 ほんの数秒が永遠のように感じられる程の重苦しい空気の中、微かに嫌味を含んだ笑みを浮かべたアナスタシアがルーカスへと訊ねた。

 

「なるほど。戦闘をしていないのならばそれについては言及しないでおこう。その代わり、貴殿の率いる第三陸戦部隊がこの辺境を哨戒していた言い訳を聞かせてもらおうか。まさかまた議会を無視して行動した訳ではあるまいな? シュバルツ少佐」

 

 その言葉に、ルーカスは子供のような笑みをにっこりと浮かべてこう答えた。

 

「勿論。議会は一切通しておりません」

 

 次の瞬間、アナスタシアは呆れた様子を隠そうともせずにルーカスを見つめる。

 

「これはこれは。元帥閣下の嫡男の行動としては到底誉められたものではないな?」

「いえいえ、そうでもありませんよ」

「では貴殿お得意の『元帥閣下直々のご命令』とやらか? いい加減その手も通用せんぞ?」

 

 口元こそ笑みを浮かべてはいるものの、鋭く突き刺すかのように向けられたアナスタシアのエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、ルーカスは何処か得意げな様子で不意に語った。

 

「今回は元帥閣下のご命令も受けてはおりませんが、私の独断という訳でもありません。帝国軍議会と同等……いえ、それ以上の組織から、光栄にも直々にご指名を受けまして」

「議会と同等以上の組織だと?……まさか……」

 

 微かに驚いたようなアナスタシアに、ルーカスは勝ち誇ったように言い放った。

 

「ご推察の通りですよ大佐殿。我々第三陸戦部隊に追われていた一般人……いえ、鷲型ゾイドの保護を依頼したのは、特別国際平和維持法に基づきこの惑星の平和維持に貢献している特殊部隊。ガーディアンフォースです」

 

   ~*~

 

「ん~……」

 

 案内されるがままに通された来賓船室で、シーナが何処か釈然としない声を上げる。

 彼女が手にしているのは上品な香りの紅茶が満たされたティーカップ。

 しかし、それを一口飲んだ後、彼女は少々困ったように首を傾げていた。

 

「砂糖なら、そこのシュガーポットの中にある。好きに使ってくれて構わんよ」

 

 テーブルの傍に控えるようにして立っているブローベルが優しく声を掛けるも、シーナは困ったようにブローベルを見上げて呟いた。

 

「えっと……お砂糖じゃなくって、その……」

 

 しかし、彼女の言葉を遮るように開いた扉に船室内の者達の視線が集まる。

 来賓船室へ入って来たのは申し訳なさそうな笑みを浮かべたルーカスであった。

 

「お待たせして大変申し訳ない。すぐご挨拶しようと思っていたのだが……」

 

 そこまで喋ったルーカスが、不意に言葉を途切れさせた。

 ただ一点を見つめる彼の視線の先……そこには、出された紅茶に全く手も付けず腕と足を組んで無愛想にソファーに腰かけているカイの姿があった。

 シーナ、ユナイト、ブローベルの3人が揃ってルーカスの方を向いている中、彼だけ船室へ入って来たルーカスに見向きもせず、不機嫌そうな顔で静かに目を閉じている。

 

「……まさか、君が乗っていたとは……」

 

 ぽつりと呟かれたその一言でカイはやっと目を開き、面倒臭そうにルーカスを見やった……次の瞬間だった。

 カイもまた驚きに目を見開くと、弾かれるようにソファーから立ち上がって声を上げた。

 

「ルーカス兄ちゃん?!」

 

 あまりに唐突なその反応に、シーナとユナイト、そしてブローベルまでもが、各々戸惑いの表情を浮かべて呆然と見つめ合っているルーカスとカイを交互に見やる。

 数拍の沈黙の後、遠慮がちな声を上げたのはブローベルであった。

 

「あの……シュバルツ少佐。この少年と、その……お知り合いなのですか?」

 

 その言葉にルーカスはハッと我に返ると、ブローベルへ視線を移して苦笑を浮かべた。

 

「ああ……彼はハイドフェルド大佐の息子さんなんだ」

 

   ~*~

 

「彼の父……エリク=ハイドフェルド大佐は帝国軍第一航空大隊の隊長で、かつて数年だけ……丁度私が帝国士官学校に在学していた間、特別講師も務めておられた方なんだ」

「そうそう。んで、勉強の為に親父が持ってる資料とか家に時々借りに来るようになってさ、それで親父だけじゃなく俺のことも知ってるってわけ」

 

 ルーカスとカイの説明で、状況を全く呑み込めていなかった2人と1頭はようやく納得した表情を浮かべながら、今一度彼らを静かに眺める。

 ガイロス帝国軍元帥の息子と、第一航空大隊隊長の息子。どちらも軍人の息子とはいえ、互いに年齢も立場も全く異なっている者同士の筈なのに、2人の間にはまるで兄弟のような穏やかな雰囲気が漂っていた。

 

「しっかしまぁ……助けてくれたのがよりによってルーカス兄ちゃんだったとは……世間って案外狭いもんだな」

 

 先程までの無愛想な態度から一変。疲れを(あら)わにしながらも何処かリラックスした様子でソファーに座り直しているカイが苦笑を浮かべる。

 向かいの席に腰かけたルーカスも、そんなカイを見つめて可笑しそうにクスクスと笑っていた。

 

「よりによってとは酷いな。俺じゃない方が良かったか?」

「別に嫌とは言ってないだろ? 見ず知らずの軍人に保護されるくらいなら、そりゃルーカス兄ちゃんに助けて貰えたのはラッキーだし、感謝してるよ」

 

 カイはそう言いながら、ようやく出されていた紅茶に口を付ける。

 一息吐いて、彼はカップを手にしたまま言葉を続けた。

 

「シーナ達の事も、ルーカス兄ちゃんなら安心して話せるしな」

「シーナ?」

 

 微かに首を傾げたルーカスに、シーナがおずおずと片手を挙げる。

 

「あ、えっと。私の名前です……」

「ふむ……」

 

 ルーカスはシーナと彼女の傍に丸くなっているユナイトをゆっくり交互に見つめると、穏やかに微笑みながら優しく語りかけた。

 

「オーガノイドを連れているという事は、君は古代ゾイド人かな?」

「あ、えっと……」

 

 唐突に自分の正体を言い当てられて口籠ったシーナの代わりに、カイが頷く。

 

「ああ。シーナは古代ゾイド人で、そこのソファーの傍で丸くなってんのがシーナのオーガノイド。名前はユナイトって言うんだ。ちなみに格納庫に置かせて貰ってる奴はブレードイーグルな」

「ブレードイーグルか……あ」

 

 不意に何か思い立ったかのように声を上げたルーカスは、おもむろにソファーから立ち上がると部屋の隅の戸棚へと歩いて行き、何やら探し始める。

 程なくして再びソファーへ戻って来た彼は、テーブルの上に出されているシュガーポットとは別の形のシュガーポットを手にしており、それをシーナへと差し出しながら笑顔を浮かべた。

 

「古代ゾイド人という事なら、君には砂糖ではなく塩の方が良かったかな?」

「あ。うん! ありがとう!」

 

 嬉しそうにシュガー……もとい、ソルトポットを受け取ったシーナは、中に入っていた陶器製の匙でせっせと紅茶に塩を入れ始める。紅茶の中へこれでもかと言わんばかりの量の塩が注がれていく様を唖然とした様子で見つめるカイとブローベルに気付いたルーカスは可笑しそうに笑いながら語った。

 

「そうか。カイとブローベルは知らないんだったな。古代ゾイド人は大量の塩分を摂取する事で体内をイオン化しているそうでね。滅多に使う事は無いだろうとは思っていたんだが、一応この来賓室にだけ用意はしてあるんだ」

「な、なるほど……」

 

 全く頭が追いついていない様子で譫言(うわごと)のように声を上げるブローベルの目の前で、恐らく海水よりもしょっぱくなっているであろう筈の紅茶をシーナはさも美味しそうに飲んでいる。

 その隣で、カイがまさか……といった様子で声を掛けた。

 

「あのさ、シーナが味の濃い缶詰とかスープとか好きなのって……」

「え? なに?」

「……いや、なんでもない」

 

 理解の範疇を超える出来事に、ここ数日の逃亡生活による疲れとはまた違った類の疲れがドッと押し寄せて来たカイは、力無く一言そう答えるとぐったりした様子で何も入れていない紅茶に口を付ける。

 そんなカイとシーナのやり取りを眺めて面白そうにクスクスと小さく笑い声を漏らしながら、ルーカスはカイへ向き直ってそっと静かに切り出した。

 

「俺が部屋に入って来た時、酷く不機嫌そうな顔をしていたのは……彼女達を軍に引き渡せと迫られるんじゃないかと気を揉んでいた。といったところかな?」

「まぁ……勿論それも理由だけどさ……」

 

 ふと寂しげに微笑んで、カイは手にしたティーカップに視線を落とす。

 彼は少し大人びた落ち着いた声でそっと呟いた。

 

「親父が航空大隊の隊長なんかやってる手前、軍に保護されちまったら逃がして貰えねーだろ? 3年間も消息不明だったハイドフェルド家の面汚し。ろくでなしの放蕩息子だ……どうせ軍人共から嫌味やお小言言われた挙句、親父に連絡入れられて延々と説教されて……実家まで強制送還。ゾイドに乗れない退屈な日々にまた戻っちまうんだろうなーなんて。そんな事ばっか思い浮かんでイライラしちまってさ……」

 

 その言葉に、ルーカスは暫し黙り込んだ後でそっと呟く。

 

「なるほど。先程の『よりによって』の真意はそれか。嫌味や小言の心配は無いにしろ、ハイドフェルド大佐と家族ぐるみの付き合いがある俺では、どうあがいても父親に報告が行ってしまうと……」

「ああ……見なかった事にしてこっそり逃がす。なんて出来ねーだろ?そんな事しちまったらルーカス兄ちゃんの方が行方不明者の保護責任どうのこうのって、ややこしい事になっちまうのは目に見えてる訳だしな」

 

 カイは残りの紅茶を静かに飲み干してカップを置くと、切なさの滲む真剣な表情でルーカスを見つめた。

 

「見ず知らずの軍人相手なら、最悪、格納庫ぶち抜いてでも逃げ出してやろうって思ってた。けど、家に来る度に嫌な顔一つしないでいつも一緒に遊んでくれたルーカス兄ちゃん相手に、そんな事……やりたくても出来る訳ねーじゃん」

「……昔から、優しい所は変わらないな。カイは」

 

 ルーカスは困ったように微笑むと、そっとシーナへ視線を移す。

 

「シーナ。君はどうしたい?」

「え?……」

「このままではカイを家に連れ戻さなければならない。君やユナイト、ブレードイーグルの処遇については最大限口添えをするつもりだが……それでも、恐らくカイとは2度と会えなくなってしまう可能性の方が高いんだ。君は、どうしたい?」

 

 その言葉に、シーナは言った。

 

「私は……私は嫌。カイは一緒に私の途切れた記憶を探してくれるって約束してくれたの。だから私はカイと一緒に旅を続けたいし、自分の記憶を取り戻したい。それにカイは、空を飛んでいられる今の方がずっと楽しいって言ってたから……カイから空を……翼を奪う事はしないであげて欲しいの。お願い……」

「シーナ……」

 

 真剣な眼差しで懇願するシーナと、そんな彼女を微かに戸惑ったような表情で見つめるカイ。

 2人をゆっくりと交互に見つめたルーカスは、そっと目を閉じながら穏やかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「わかった。ならば一つだけ方法がある」

「え?! マジで?!」

 

 思わず声を上げたカイに、ルーカスは得意げに頷く。

 

「ああ。ハイドフェルド大佐にカイを発見したと報告をした上で、君達が離れ離れにならずに済み、旅は出来ないが、記憶を探しながら空を飛ぶ仕事が出来て、ブレードイーグルに掛けられた賞金すら白紙に戻させる事が出来る。そんな夢のような場所を、私は一つだけ知っている」

 

 そう言って彼はそっと目を開き、カイとシーナを真っ直ぐ見据えてその名を口にした。

 

「カイ。シーナ。君達2人で、ガーディアンフォースに入らないか?」

「え……」

 

 思いもよらない提案に、カイの思考が一瞬止まる。

 帝国、共和国の別なく活躍する国際平和維持特殊部隊……あの英雄バン=フライハイトをはじめとした少数精鋭で編成されている、世界でもトップクラスの特殊部隊に自分が所属するなど、俄かには信じられないし、想像もつかない。

 

「俺が……ガーディアンフォースに?」

 

 思わず訊ね返したカイに、ルーカスは静かに頷く。

 

「ユナイトとブレードイーグルも、君達の機体として所属登録すれば法が守ってくれる。ガーディアンフォースには俺の身内や父上の友人も多く働いている事だ。もしその気があるのなら、俺から入隊を推薦しようと思うが……どうする?」

 

 彼の言葉に最初に答えたのは、シーナだった。

 

「私、やってみたい」

 

 その一言に、カイが彼女を見つめる。

 シーナは、そんなカイをにっこりと見つめ返して訊ねた。

 

「カイは?」

「俺は……」

 

 カイはそう呟いて黙り込む。

 トップクラスの特殊部隊に戦闘の苦手な自分が入って、はたしてどこまでやれるだろう?

 そう考えると、正直不安で仕方がない。

 とはいえ、共に記憶を探すという約束を守れずシーナ達と離れ離れになり、実家に連れ戻され再びゾイドに乗るのを許されない日々を送るのと、ガーディアンフォースに入ってシーナ達と共に記憶を探しながら任務に従事する事で空を飛び続けるのを天秤に掛けた場合、答えは一つだった。

 

「……俺もやるよ。それでまた、一緒にシーナの記憶を探し続ける事が出来るなら。まだ……空を飛んでいられるなら」

 

 その言葉に、ルーカスは彼の決意を静かに受け止め頷いた。

 

「わかった。ではそのように手を回しておこう」

 

 席を立ったルーカスは、不意に身を乗り出すようにしてカイの頭をわしゃわしゃと撫でると、兄のような優しい声で明るく言った。

 

「そう気負わなくても大丈夫さ。カイと同い年の子も所属している事だし、きっと仲良くやっていける。だから精一杯やってみれば良い。頑張れよ」

「うん。ありがとう」

 

 まるで昔に戻ったかのような錯覚に一瞬捕らわれながら、カイは照れくさそうに呟いた。

 ルーカスのその手と言葉にほんの少し……だが確かに、勇気をもらったのを感じながら。

 

   ~*~

 

 その頃、あと一歩のところでブレードイーグルを捕える事が出来なかったアナスタシアはホエールキング内の執務室に戻り、デスクに着いてラップトップを操作していた。

 キーボードを操作する音だけが響き渡る中、不意に執務室の自動ドアが開き、ハウザーが姿を現す。

 

「失礼します」

「ああ」

 

 一礼と共に入室して来た彼に短く答えながら、アナスタシアは訝し気にラップトップのモニターを眺めている。

 そんな彼女に、ハウザーはそっと切り出した。

 

「ガーディアンフォースが守護鷲の保護を依頼した。という話についてですが、軍の通信記録を調べた限りでは、守護鷲の存在が騒がれ始めた1週間前から現在までの間に、ガーディアンフォースからの連絡は一切入っていないようです」

「やはりな。こちらでも記録を洗っていたところだがそれらしき情報は見当たらなかった」

 

 アナスタシアはラップトップを閉じるとハウザーを見上げる。

 

「まぁ、相手はあの元帥閣下の息子だ。軍の通信記録に残らないプライベートでのやり取りで頼まれた可能性は十分にあるが……あの場を切り抜ける為の虚言であった線も濃厚だな」

「そうまでして我々から守護鷲を遠ざけようとしたという事は、やはり……」

 

 ハウザーの言葉に、アナスタシアは不意に笑みを浮かべて囁くように呟いた。

 

「ああ。シュバルツも少なからず守護鷲の事を知っている筈だ」

 

 その一言を聞いたハウザーが微かに眉を顰める。

 

「いかがなさいますか?」

「構わん。奴が守護鷲の事を知っているか否かはさして重要ではない。彼に保護された守護鷲とそのパイロットが今後どう身を振るのか……問題はそこだ」

 

 アナスタシアはそう呟きながら両手の指を組みながらデスクに肘を突く。

 

「知らぬ者達からすれば、守護鷲は世間を賑わせ、賞金まで掛けられた謎の鷲型ゾイド……下手をすれば守護鷲を巡り更に大きな騒動が起こる可能性も十分考えられる。そんなゾイドを、両国の合意の上で合法的に保護出来る場所となれば……どちらにせよシュバルツの言った通り、ガーディアンフォースに属する事になる可能性が高いか……」

「その場合、所在が確定する事によって探し回る手間が省けるのは、我々にとっても利益ではありますが、ガーディアンフォースに属する者とその機体は特別国際平和維持法によって固く守られる為、穏便に手に入れるのは少々厄介かと……」

 

 真剣な面持ちで語るハウザーとは打って変わって、アナスタシアの表情は穏やかであった。

 

「確かに『穏便に』手に入れるのは骨が折れるだろうが、そのつもりはもう無い。守護鷲とそのパイロットがガーディアンフォースに所属すれば、それこそ捕えて確認する手間が省ける。パイロットが本物の双星の片割れか否か……それさえ判れば、後は奪えば良いだけの事」

 

 そこまで語った後、不意にアナスタシアはからかうような笑みを浮かべてハウザーを見つめた。

 

「そういえば、私がフォルトナーと連絡をしている間、随分と不機嫌だそうだな?」

 

 その一言に、ハウザーが微かに困ったような表情を浮かべる。

 

「……噂の出所は、クラウですか?」

「ああ。周囲の者達まで皆一様に妬きもちだと噂している。とも聞いたぞ」

 

 クスクスと笑うアナスタシアに、ハウザーはキッパリと語った。

 

「確かにフォルトナーの無礼極まりない態度を知るが故に、少々苛立ちはしておりました。ですが妬きもちなど、そのような見当違いの感情は抱いておりません。私にとって大佐は全てを捧げてお仕えすべき主であり、そこにあるのは絶対的な忠誠心のみです」

「ほぅ?……」

 

 何処か含みのある呟きを返し、アナスタシアは席を立ちあがる。

 執務室の自動ドアへ向かいながら、彼女はすれ違いざまにハウザーへ囁いた。

 

「お前に妬かれるのも存外悪くないと思ったのだがな?」

「は?……大佐、今なんと……」

 

 驚愕したように目を見開きながら振り返ったハウザーの視線の先で、アナスタシアはそれ以上何かを語る事も、振り返る事も無く執務室を後にする。

 一人取り残されたハウザーは、暫く呆然としたように閉まったドアを凝視していた。

 

   ~*~

 

 夕方、ルーカスはホエールキング内の自室で自分の小型タブレットを使い通話をしていた。

 

「申し訳ありません。私の一存で貴方方を巻き込んでしまいました」

 

 神妙な面持ちでそう語るルーカスに、通話相手が明るく答える。

 

「そう気にするなって。あのゾイドがニュースになってフィーネも心配してたしな」

「では、彼等をお任せしても?」

「ああ。俺から伝えておくよ。ルドルフやハーマンも口裏合わせくらいしてくれるだろうしな。まぁ、流石にシュバルツからは多少なりそっちにお小言があるかもしれないけどさ」

 

 何処か愉快そうに笑いながら喋る通話相手に、ルーカスが苦笑を浮かべる。

 

「それに関しては覚悟の上です」

「ホント、自分から面倒事起こしやすい所はシュバルツ譲りだな。ルーカスは」

「ええ。全くです」

 

 思わずクスクスと笑いながら答えれば、通話相手が不意に呟いた。

 

「どうせ軍の通信記録にも残らない個人通話なんだ。仕事モードのよそよそしい喋り方はそれくらいにして、のんびり話そうぜ」

「……そうですね。大英雄殿の仰せの通りに」

 

 微かにからかうような口調でそう言えば、通話相手が困ったような声を上げる。

 

「英雄って呼ぶのはやめてくれって。俺はただ、フィーネも、この惑星Ziのゾイド達も助けたかった。ただそれだけなんだから」

「それでも俺達からすれば、愛で世界を救った立派な英雄ですよ。バン=フライハイト大佐」

「大袈裟だなぁ~……」

 

 タブレットの向こうから返って来た面倒臭そうな声に、ルーカスはやはりまた笑う。

 イヴポリス大戦の最前線で活躍した大英雄。バン=フライハイト。

 二度に渡ってデスザウラーを倒した彼は、今や歴史の教科書に載る程の偉人であり、生きる伝説として今尚人々から尊敬されている。しかしそんな雲の上のような存在である彼も、ルーカスにしてみれば幼い頃から世話になった身近な知り合いの一人だ。

 その分け隔ての無いフランクな態度と自分の偉業を気取らない様は、昔から全く変わらない。

 

「ところで、今はどちらに?」

「レイヴンと2人で共和国南部の辺境支部の視察……って言えば聞こえはいいけど。要するにいつもの長期出張だよ。たまには家に帰ってフィーネや息子達の顔見てのんびり過ごしたいとこなんだけどな」

 

 若干ぐったりとしたその声音に、思わず「お疲れ様です。」と労いの言葉を口にしつつ、ルーカスは先程までとは違うリラックスした表情と口調で喋り始める。

 

「中立都市ヘルトバンのガーディアンフォースベースに到着するのは明日の13:00頃なので、恐らくクルトと同着くらいになると思います。仲良くしてくれると良いんですが」

「そうか。明日はクルトの正式入隊日でもあるんだったな」

 

 ああそうだった。といった様子で呟いたバンは、気楽そうに言葉を続けた。

 

「まぁ、ベースにはトーマも居るし、まさか父親の目の前で大喧嘩なんて事は無いんじゃないか? レンとエドガーも上手くフォローしてくれるだろうから、そう心配するなって」

「だと良いのですが、クルトは真面目な分少々頭の固い子なので……」

「確かに。家出して3年間も行方不明だったハイドフェルド大佐の息子だって聞いたら、とんだ不良が入隊して来たな~。なんて思いかねないよな」

 

 苦笑しているのが此方まで伝わって来るようなその声に、ルーカスが溜息を吐く。

 

「カイは……行動力があり過ぎるのが少々玉にキズなだけです。少なくとも俺から見た印象は昔と変わりません。ゾイドと空が大好きな、優しい子ですよ」

「なら大丈夫さ。俺が保証する」

「……そうですね」

 

 優しく穏やかなバンの言葉に、ルーカスも思わず安心したような笑みを浮かべる。

 どちらにせよ、ずっと傍に付いていてやれない以上、仲良くしてくれる事を願うしかない。これ以上あれこれと気を揉んでも、結局は本人達次第だ……それは分かっている筈なのに心配してしまうのは、カイもクルトも大切な弟分故だろうか。

 それでも、バンの「大丈夫さ」の一言には何処か説得力があり、彼がそう言うなら大丈夫だろうと思えてしまう。

 

(ありふれた一言でも、妙に説得力があるのがこの人の凄い所なんだよな……)

 

 そんな事を思いながら、ルーカスはそっと呟いた。

 

「では、俺はそろそろ仕事に戻らなければならないので、この辺で失礼します」

「ああ。後の事は俺達に任せてくれ。じゃぁ、ルーカスも元気でな」

 

 通話の切れたタブレットをそっと下ろして画面を切りながら、ルーカスはぼんやりと天井を見上げる。

 その顔はいつもの気怠げな表情を浮かべており、若干途方に暮れているようにも見えた。

 

「後はハイドフェルド大佐への言い訳だな……こればっかりは、俺が怒られるしかなさそうだ……」

 

 ハイドフェルド大佐が何故、カイを頑なにゾイドから遠ざけようとするのか……その理由を知っているからこそ、カイをガーディアンフォースに入れる事で彼の身の安全と自由を守るというのは苦渋の決断だった。

 ……が、この決断を後悔はしていない。

 こればかりはもう、理屈ではなく直観だ。これが最善でありベストであるという直感……

 まぁ裏を返せば、自身の直感以外の理由が無いので言い訳に困っているのだが……

 

「これ以上報告を遅らせる訳にもいかんし、よし。素直に怒られよう」

 

 彼は自分を奮い立たせるように呟くと、腰かけていたベッドから立ち上がり軍帽を被り直す。

 素直に怒られよう。と口では言っていたものの、ハイドフェルド大佐への報告の為に自室を出てメインブリッジへ向かうその後ろ姿に不安や気重さは一切無い。

 寧ろ、これから戦場に赴こうとしているかのような決意に満ちた力強さだけが静かに漂っていた。

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