やっとの思いで入隊した国際平和維持特殊部隊、ガーディアンフォース……
今まで弟のように見守って来た筈の幼馴染にいつの間にか追い越され、やっとその背に追い付いたというのに!
同期隊員のカイは、古代ゾイドを手に入れたというだけでポンッと入って来ただと?!
ゾイドの操縦技術は並程度の癖に、減らず口ばかり叩くあの生意気さと来たらッ! あー腹が立つ!!
全く、親の顔が見てみたいものだ……
[クルト=リッヒ=シュバルツ]
[ZOIDS-Unite- 第15話:母親]
「カイ~? 起きてるか~い??」
朝。いつも通り自室で目を覚ましたカイは、その声とノックの音で洗面所に行く準備をしていた手を止める。
ドアを開ければ、オペレーターのリーゼがビニールに包まれた服と思しき物を抱えて立っていた。
「おはようございますリーゼさん。どうかしたんですか?」
きょとんとした顔で訊ねるカイに、リーゼは笑顔で抱えていた服をカイへ差し出す。
「入隊して今日で丁度1週間経っただろ? 入隊日に注文してた任務服が今朝届いたから持って来たんだ。今日からコレを着て仕事になるからよろしく」
「あ! はい!」
差し出された任務服を受け取り、カイは目を輝かせた。
ガーディアンフォースの任務服は軍の制服のように型が決められているわけではない。
大きく分けてレンやクルトが着ているようなフィールドタイプと、エドガーが着ているようなパイロットスーツタイプの二通りがあり、カタログから自分でカスタムして注文出来るのが大きな特徴だ。
特殊部隊だというのにきっちりとした制服が無いと聞いた時は驚いたが、フィーネ曰く、ガーディアンフォースの任務は多岐に亘る為、情報収集や調査などの際に下手に目立って警戒されないよう配慮されているらしい。
ならば私服で良いのでは?とも思うが、私服と違い、任務服は万が一ボロボロにしてしまってもガーディアンフォースに所属する限り、同じ服が何度でも無償で支給される。ならば断然こちらの方が便利だ。
「じゃ、もしサイズが合わないとか不具合とかがあれば、僕かフィーネに遠慮なく言って」
「わかりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたカイにニコリと微笑んで、リーゼは隊員宿舎を立ち去る。
カイはドアを閉めると、真新しい任務服をビニールからいそいそと引っ張り出すのだった。
~*~
「あ! カイ、おはよう!」
朝食を摂りに食堂へ来てみれば、シーナが笑顔で声を掛けて来る。
彼女もまた、カイと同じように今朝支給された任務服に身を包んでいた。
「おはよ。シーナ似合ってんなぁ」
「えへ。そっかな?」
照れくさそうな笑みを浮かべたシーナも、カイの姿をまじまじと眺めてから不思議そうに呟いた。
「カイは……いつもの服とあんまり変わんないね」
「まぁな。モノトーンに紫の差し色って組み合わせ、気に入ってっから」
そう言って笑った直後、不意に後ろから勢い良く背を叩かれ、カイがビクッと背後を振り返る。
背を叩いた犯人は悪びれる様子も無く、面白がっているような明るい笑顔を浮かべていた。
「よ! おはよ! 2人とも。」
「あービックリした。レンか。おはよ」
「おはよう。レン」
挨拶を交わしたレンはカイとシーナを眺めてから、ふと思い出したかのように口を開く。
「そっか。カイとシーナは急に飛び入りで入隊だったから、任務服の支給遅れてたんだったっけか」
「ああ。今朝届いたらしくてさ。今日からやっと任務服勤務」
「なるほどな。2人共バッチリ決まってんじゃねーか」
その言葉に、カイとシーナは顔を見合わせた後、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
そこに、エドガーとクルトも朝食を摂りに食堂へとやって来た。
次の瞬間、クルトの視線は案の定、真新しい任務服を纏ったシーナへ釘付けとなり、エドガーはそんなクルトを呆れたような表情でチラッと眺めて呟いた。
「クルト。朝食食べないのか?」
「あ、あぁいや。食べる」
ハッとしたようにいそいそと食券の券売機へ向かうクルトに苦笑を浮かべる一同であったが、サッサと食券を厨房係へ渡した彼はシーナの方へ駆け寄って来て声を掛ける。
「お、おはようございますシーナさん! 任務服、お似合いですよ!」
「えへ。ありがとう」
シーナがはにかんだ笑みを浮かべた直後、タイミング良く厨房係の男性が彼女を呼んだ。
「シーナちゃん。サンドイッチ出来たよ~」
「あ。はーい」
まだ話し足りない様子のクルトに気付いていないシーナは、自分の朝食を受け取りに行ってしまう。
名残惜しそうにその後ろ姿を眺めるクルトに、カイが珍しく自分から声を掛けた。
「えっーと……おはよ。クルト」
「あーおはよう」
シーナへの態度とは打って変わって、どうでも良さそうに返された冷たい返事に、カイは一瞬面白くなさそうな表情を浮かべるが、それ以上は気にしないようにして食券の券売機へ向かい、そんな彼に続いてレンも「あ。俺もまだ頼んでねーや。」と声を上げながら券売機へと向かう。
何を注文しようかと考えあぐねいている様子の2人の後ろ姿を眺めて、エドガーがクルトへポツリと呟いた。
「いい加減、少しは仲良くしたらどうなんだ?」
「俺があいつを気に入らない理由なら、お前だって大体の察しくらい付いてるだろう? 到底到底そんな気にはなれん」
頑ななクルトに、エドガーは呆れたような溜息を一つ吐く。
「……少なくとも、先に歩み寄ろうと努力し始めたカイの方が、クルトより大人なのはよくわかった」
「あいつの何処が? 歩み寄ろうとしてるようには見えんぞ」
怪訝そうに眉を顰めたクルトの問い掛けには答えず、エドガーは心配そうな声音で呟いた。
「君もなんだかんだ根は真面目だから心配ないと思うが……せめて任務中くらいはカイとも連携取ってくれよ?」
それだけ言い残して券売機へ向かったエドガーの背を、クルトは無言で見つめる。
ふと、インカムのイヤホンからテオの声が響いて来た。
[部隊内での不和は任務に支障を来す恐れがあります。エドガーの意見は的確だと思われますが?]
「……俺だって、それくらいわかってる」
複雑そうな表情でボソッと吐き捨てるように呟き、視線を落とす。
そう。クルト自身もわかってはいるのだ。カイを嫌った所で彼がガーディアンフォースからいなくなる訳ではない事も、選ばれたからにはきちんとそれなりの理由があるのだろうという事も……
だが、どんなに頭でそれを理解していても……カイの事は認めたくない。
(レンやエドの時はあんなにすんなり受け入れられたのに……)
ふとそんな思いが頭を過り、クルトは溜息を一つ吐く。
レンとエドガーのゾイド乗りとしての才能は幼い頃から目の当たりにして来た。だから、ガーディアンフォースからスカウトされる形で入隊したのも納得がいった……むしろあの2人なら選ばれて当然だと、自分の事のように誇らしいとすら思ったのだ。
弟のように思っていた2人に先を超された事に対し不思議と悔しさは無く、レンとエドが前線に立つのなら、2人が安心して前線に立てるようサポートしたい。それが出来るのは自分しかいないと自信を持っていられた。むしろその思いを糧に訓練をこなして来たと言っても過言ではない。
なのに、優秀な空軍パイロットを数多く輩出して来た名門ハイドフェルド家の出自でありながら、特に訓練も受けていないカイは総合的には中の上といった所でも、凡人の域を出ない……そんなカイが何故、よりによって自分の憧れの1人であるルーカスから認められ、ガーディアンフォースに推薦されたのだろう?
別にガーディアンフォースになるのが夢だった訳でも無い癖に、何故カイは頑なに家へ帰ろうとせず、ルーカスに促されるままガーディアンフォースへ入って来たのだろう?
こうして改めて考えてみると、ひょっとしたらカイの生意気な態度はこの際どうでも良いのかもしれない。
クルトがカイを嫌う一番の理由は、自分の必死の努力を嘲笑うかのように飛び入りで入隊して来た癖に、本人はなりたくてガーディアンフォースになった訳ではないのだという事と、なりたくてなった訳ではない割にガーディアンフォースを辞めるつもりも無いのだという事だった。
(どっちつかずの半端者にどう接しろっていうんだ……ガーディアンフォースは家出少年の避難所なんかじゃないんだぞ……)
胸の内でそう吐き捨てた時、厨房係から声が掛かる。
「クルト博士~。お待たせしました~」
「あ、あぁ。どうも。ありがとうございます」
自分の注文したベーコンエッグセットを受け取り、クルトはこれ以上暗い事は考えないようにしようと思いながら先に席について朝食を食べているシーナの隣へ向かうのだった。
~*~
朝食と朝礼を終え、カイはブレードイーグルの格納先である第三格納庫へと向かっていた。
自分は今日も1日操縦訓練。レンとエドガーは共和国のウエストサイドコロニーに任務へ向かった為、5日程度基地を空ける事になるらしい。もしその間に別の任務が入った場合はクルトとカイで対応する事になるようだが、そう立て続けに任務が入る事はあまり無いので、とりあえず訓練に集中してくれれば良いとの事だった。
「万が一任務が来たら、その時はクルトと一緒に出撃かぁ……初任務なら正直レンかエドガーと一緒が良いんだけどなぁ……」
思わずポツリと声に出して呟いた直後、彼はガックリと肩を落とす。
「……つーか、帰って来るのが5日後って……その間、フォローしてくれる人間がいないって事じゃん……気が重くてやってらんねーよ……出来るだけ傍に居ないようにするしかねーかな……」
暗い顔で盛大な溜息を吐きながら歩くカイの後ろから、丁度「今一番聞きたくない声」が響いた。
「カイ!」
「うぇ?! クルト?!」
ビクッと振り返ったカイの様子に、クルトはしかめっ面のまま呆れた視線を投げかける。
「大袈裟な奴だな……人を化け物みたいに……」
「あ、いや、別にそうは思ってねーけど……」
ちょっと暫く顔合わせたくないだけで……と胸の内で付け足しながら、カイはクルトを見上げ訊ねた。
「一体どうしたんだ?……もしかして任務入った……とか?」
「別に任務じゃない」
溜息交じりに呟いたクルトは、面倒臭そうにカイを見つめて口を開いた。
「お前の母親……ハイドフェルド婦人が面会に来られたそうだ。とっとと応接室に行け。」
「母さんが?! え?! 今?! こんな朝っぱらから?!」
驚きに目を見開いたカイを呆れたような眼差しで見つめたクルトは、返事の代わりに溜息を一つ返すと、そのまま自分のディバイソンのある第二格納庫の方へと歩いていく。
その去り際に、クルトは静かな、それでいて微かに苛立っているような声音でカイへ呟いた。
「どう生きようがお前の勝手だが……それに振り回される親や周りの事、少しは考えろ」
唐突なその一言は、いつものクルトからの小言とは違ってカイの胸にグサリと突き刺さり、彼は微かにハッとしたような表情を浮かべた後、何も言えずにクルトの姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
~*~
「えっと……し、失礼します……」
ぎくしゃくとした様子でカイが応接室のドアを開けば、ソファーに腰かけて俯いていた女性がパッと顔を上げて彼を見つめた。
……目が合ったカイは次の瞬間ギクリとした表情を浮かべる。顔を上げた女性……カイの母親であるジャネット=ハイドフェルドが我が子の姿を見た途端に、両目に涙を溢れ返らせながら駆け寄って来たのだ。
「カイ!!」
ギュッと自分を抱き締める母に、カイはその背へ反射的に両手を回しかけるが……結局躊躇うかのようにその手を途中で止めたまま、申し訳なさそうに呟いた。
「母さん……あの……えっと……」
なんと声を掛ければ良いのやらと途方に暮れながら、必死に言葉を探すカイ……ジャネットはそんな我が子を放した後、その両肩にそっと手を添え3年ぶりの息子の顔を見つめる。
「今まで本当に心配したのよ。あの朝、置手紙だけ残して貴方が居なくなってる事が分かった日から、シュバルツ君に保護されてガーディアンフォースに入ったって連絡が来るまでッ……3年間ずっとッ……」
「うん……ごめん……」
「お父さんと一緒に捜索願いを出しても有力な情報はなかなか集まらないしッ……もしかしたら行方不明のままッ……もう、戻って来ないんじゃないかって……ずっと不安で……怖くて……」
はらはらと涙を零しながら泣き出した母を見つめるカイもまた、泣き出しそうな顔をしていたが……彼はやっと、自分から母親を抱き締めてそっと呟いた。
「母さん。本当にごめん……俺もずっと後ろめたさはあったんだ……心配させてるだろうなって、今頃、俺の事捜してるんだろうなって……けど俺、もう嫌だったんだよ。ゾイドに乗るのを反対し続ける父さんも、軍人の息子だからって学校で1人ポツンと浮いてるのも……」
その言葉に、ジャネットはくすんと小さく鼻をすすると、息子の背に手を回し、優しく抱きしめ返す。
「知ってるわ……お母さんの方こそ、お父さんの事も、学校の事も……何もしてあげられなくてごめんね……お母さんずっと後悔してたの……もっとちゃんと、貴方の話をしっかり聞いてあげれば良かったって」
「それは母さんのせいじゃないよ。俺、何を聞かれても、大丈夫だよ。何でもないよ。としか言わなかったし」
苦笑を浮かべたカイの背を優しくトントンと叩いて放してもらったジャネットは、ふとカイの顔を見上げる。
「3年で、随分背が伸びたのね。家出する前まではお母さんよりもまだ背が低かったのに……すっかり追い越されちゃったわ」
涙を拭いながらふと微笑んだ母親に、カイも微かな笑みを浮かべる。
「これでも男の割に小柄な方なんだけどな……」
そんな風に呟くカイに、ジャネットはやっとくすくすと笑い声をあげた。
「小柄なのはお母さんに似ちゃったのね。きっと」
「父さんに似るよかマシだよ」
「もう。またそういう事言うんだから」
困ったように笑うと、ジャネットはカイの両頬へ手を添えて優しく訊ねた。
「この3年間、ちゃんとご飯食べてた? 何か大怪我をしたり病気になったりしなかった? 危ない事に巻き込まれたり、怖い目にあったりしなかった??」
「あー待って待って。一個ずつ答えるから。んーと、飯は食ってた。で、大怪我とか病気も特にしてない。危ない事に巻き込まれたり怖い目にあったりってのは、まぁ……そこそこあったけど。うん。何とか元気」
そう言って苦笑を浮かべたカイを、ジャネットはもう一度優しく抱き締める。
「本当に……本当に無事で良かった……」
母の安堵の声を聞いて、カイも今一度、ジャネットをそっと抱きしめ返すのだった。
~*~
フィーネの計らいでベース内の案内を言い渡されたカイは、ジャネットと共にメインブロックの廊下を歩きながらふと声を上げた。
「そういえば……父さんは来てねーの?」
その一言に、ジャネットは意外そうな表情を浮かべてカイを見つめる。
「ええ……お父さんもなかなか仕事の都合で様子を見に来れないからって、私が様子を見に来たの……久しぶりだし、もしかしてお父さんにも会いたかった?」
ジャネットの問い掛けに、カイは気不味そうな表情を浮かべて視線を逸らした。
「いや、会わずに済んだのはむしろホッとしてるんだけどさ……どうせ顔を合わせりゃ何かしら言われるし。けどほら。先に俺の事聞いたのは父さんだろ? 遅かれ早かれ、そのうち来るんじゃねーかと思ってたから……」
カイの言葉に、ジャネットは困ったように微笑みながら伏し目がちに呟いた。
「……そうね。お父さんも心配してたから、きっとそのうち来ると思うわ。でも折角ガーディアンフォースに入ったんですもの。流石に辞めろとは言わないんじゃないかしら」
「どーだか。どうせまた「ゾイドに乗るのは遊びじゃない」だのなんだのってぐちぐち小言言うに決まってら」
拗ねと苛立ちの入り交ざった声で吐き捨てるように呟いたカイを見詰め、ジャネットは何処か懇願するかのような声音でそっと口を開く。
「お父さんがゾイドに乗るのを反対し続けて来た事にうんざりしてるのは、お母さんも知ってるけど……あまり……お父さんの事悪く言わないであげて。あの人はあの人なりに、貴方を心配してるだけだから」
カイはチラッと母を見ると、疲れきった溜息を一つ吐いた。
お父さんはお父さんなりに貴方を心配しているだけ……昔から何度も聞いた言葉……一番実感のない、心に響かない形だけの言葉……母の言葉で唯一、信じられない言葉がそれだった。
仮に百歩譲って、ジャネットの言う通り父が……エリク=ハイドフェルド大佐が実の息子である自分を危険な目に合わせたくない一心で冷たい言葉を投げかけ続けていたのだとしても、有難いとは到底思えない。
親の心子知らずとはよく言ったものだが、それはカイに言わせれば『子の心親知らず』とも言える。どんなに血が繋がっていようと自分は父ではないし、父は自分ではないのだから、押しつけがましい心配など煩わしいだけだ。
無駄に感情を浪費するばかりで平行線を辿り続けた父とのやり取りは、分かり合えない人間と無理に分かり合おうとする事自体が不毛であるという教訓となり、ずっと心の奥底で凝り固まっている。
それ故に、ゾイドに乗ることを反対された幼少期からこれまで、カイはひたすら父親を拒絶して生きていた。
(あ~……そっか。俺が仲の悪い人間を徹底的に嫌う性格してんのって、そういう事か……)
なんとなくそんな考えに行き着いた時、クルトの姿が脳裏を過る。
真面目で頭が固く、融通の利かない性格に、冷たい態度、煩い小言の数々……父とクルトの共通点に気付いたカイは、尚更クルトとも上手くやって行けそうにないなという不安を抱えずにはいられない。
カイは気持ちを切り替えるように軽い溜息を一つ吐くと、話題を替えるようにジャネットへ訊ねた。
「そういえば、リズは元気?」
「ええ勿論。貴方がいきなり出て行ってからしょんぼりしてるけれど」
「だよなぁ……寂しがり屋だからなぁ……」
苦笑を浮かべるジャネットに釣られて同様の表情を浮かべながら、カイはもう一人の家族である黒いゴールデンレトリバーを思い浮かべる。
一人っ子であるカイにとって、リズと名付けたそのゴールデンレトリバーは兄妹と言っても過言では無い。
人懐っこい半面寂しがり屋だが、優しく穏やかな性格のリズは父と口論した後や、嫌な事、落ち込む事の後、いつも傍に寄り添ってくれた一番の理解者だった……3年前に家を出る時も、心配そうに自分を見上げ悲しそうにくぅんと鳴いていたのに、両親を呼びに行こうとはせず、悲しそうに……だが静かに、自分を見送ってくれた……
今頃、リズはどうしているのだろう?
「今は? 家で留守番中??」
「まさか! お隣さんのお家で預かって貰ってるわ。ガイガロスとヘルトバンを往復するのに何日掛かると思ってるの? 此処まで来るのだって大変だったんだから」
「あはは……ホントごめん……」
困ったように頭を掻いてしゅんと素直に謝る我が子の肩を、ジャネットはポンポンと元気付けるように叩いた。
「ほらほら。しっかり案内して頂戴。新入隊員さん」
「了解しました。母上殿」
何処か冗談めいたやり取りを交わし、3年ぶりの再会を果たした親子は可笑しそうに笑い合った。
~*~
一通りの案内を終えたカイは、通常通り操縦訓練に勤しんでいた。
だが、今日はいつになく気合が入る……というのも、ベース内を一通り周ったジャネットが格納庫前から訓練の様子を見学しているからに他ならない。
「流石に今日は気合の入り方が違うな」
そんな通信を寄越すトーマに、カイは苦笑を浮かべる。
「そりゃこれ以上母さんを心配させる訳にはいかねーし……俺なら大丈夫。ちゃんとやっていけるよ。って姿見せとかねーと、安心して帰れないだろ?」
「そうだな……だが、だからと言って手加減はせんからな?」
「上等!!」
カイの言葉に、ストームソーダーがブレードイーグルへと突っ込んでくる。
それを空中で華麗に躱す様を見上げ、ジャネットはポツリと呟いた。
「……やっぱり親子ね……」
「どうかされましたか??」
ジャネットの隣でブレードイーグルの稼働データを収集していたクルトが声を掛ければ、彼女はくすくすと可笑しそうに笑いながら語り出した。
「機体の体制を立て直す時に勢いよくロールを打つ癖、エリクに……主人にそっくりなの。お父さんそっくりね。なんて言ったら、カイは嫌がるでしょうけれど……」
再び空を見上げたジャネットの横顔は、穏やかながらも何処か寂しげな笑みを浮かべていた。
クルトはその横顔を暫し眺めた後、倣うように空を見上げてふと口を開く。
「カイは……今まで何の訓練も受けた事がないと聞いていましたが……操縦の癖が似ているという事は、ハイドフェルド大佐からいくらか操縦技術を学んでいたのですか?」
「いいえ。あの人は頑なにカイをゾイドから遠ざけていたから何も教えていないわ。自分が式典で展示飛行をする時まで「お前は来るな」なんて言うくらい徹底していたもの」
「え?!」
普通なら士官学校の航空科へ入学させる為、早いうちから英才教育を施してもおかしくないような家柄でありながら、実の父親であるハイドフェルド大佐がカイをゾイドから遠ざけていたと聞き、クルトは驚きを隠せない。
「何故です? ハイドフェルド家も優秀な軍人を数多く輩出して来た名門一族なのに……」
遠慮がちに訊ねるクルトに、ジャネットは言葉を吟味するような沈黙の後、そっと語り出した。
「……小さい頃からあの子は特別だった……いいえ、異質だったと言った方が良いかもしれないわ……」
「異質……とは?」
「ゾイドに乗る為に生まれて来たような子だったの。本当に、ただその為だけに……きっと将来、凄いパイロットになれると色んな人に言われたわ。だけど……主人と私は決めたの。この子はゾイドに乗せないって……そうする事でしか、この子を守れないって……」
何処か含みのあるその言葉に、クルトは黙り込む。
(ご両親が家柄や世間体を捨ててまでカイをゾイドから遠ざけようとした理由……か……)
自分が思っていた以上に、カイの事情はどうやら複雑らしい……
だが、ゾイドに乗る為だけに生まれて来たような子だった。というジャネットの発言や、ゾイドに乗せない事でしか守れない。という不穏な様子から、恐らく過去に何かあったのだろう……
しかし両親の気持ちとは裏腹に、カイは今こうしてゾイドに乗り、空を飛んでいる。
両親の決断が苦渋の選択だった事など、知りもしないで……
「……カイがゾイドに乗っている姿をこうしてご覧になって、やはり不安……ですか?」
静かに訊ねるクルトに、ジャネットは微笑を浮かべたまま静かに目を閉じて首を横に振った。
「本当はね、わかってたのよ。どんなに私達が止めても、あの子はいつか飛ぶって……だから今は……カイがあのまま何処か遠い場所まで飛んで行かないでいてくれる事を願うだけ」
「……」
そっと押し黙ったクルトを再び見上げ、ジャネットは微かな懇願の滲む声音で呟いた。
「クルト博士……」
「はい。なんでしょう?」
「あの子達を、どうかお願いします……」
真っ直ぐこちらを見つめるジャネットを見つめ返して、クルトは一瞬言葉に詰まりながらも力強く答えた。
「……わかりました。カイもブレードイーグルも、自分達が必ず守ります」
~*~
「母さん。見学どうだった?」
操縦訓練を終え、ブレードイーグルから降りて来たカイがジャネットへ駆け寄る。
ジャネットはくすくすと笑いながら明るく答えた。
「なんだか、お父さんの若い頃そっくりだったわ」
「えぇ~?! 父さんと一緒にしないでくれよぉ~!」
むすっとした顔で口を尖らせるカイを見つめ、やはりジャネットは笑うだけだ。
だが、先程の話を聞いたクルトにとってジャネットのその笑顔は、ゾイドに乗って欲しくないのに、今となっては見守る事しか……無事を祈る事しか出来ない不安や心配を表に出すまいとしているようにしか思えなかった。
「カイ~!」
ふと、第三格納庫へシーナがユナイトと共に駆けて来る。
その姿を見て、ジャネットが微かに目を見開いたのを、クルトは見逃さなかった。
「シーナ! オペレーションの練習どうだった?」
「まだ現代語そんなに読めないから、機材の操作はフィーネさんに付いててもらわなきゃダメだけど、でも、少しずつやり方覚えて来たよ。私、ちゃんとオペレーション出来てた?」
「ああ! 勿論!」
「良かったぁ~」
そんなやり取りをしているカイへ、ジャネットがそっと訊ねた。
「この子は、オペレーターさん?」
「ああ。シーナっていうんだ。ブレードイーグルと一緒に遺跡で会った古代ゾイド人の子」
「そうなの? あ、だからオーガノイドを連れているのね」
穏やかに微笑んだジャネットは、シーナを見つめそっと握手を求める。
「初めましてシーナちゃん。私はカイの母親、ジャネット=ハイドフェルドです。よろしくね」
「ははおや?……カイのおかーさん?」
「ええ、そうよ」
「初めまして。シーナです。こっちはユナイト。よろしく」
「グオグオ!」
笑顔で握手を交わした後、シーナの頭を優しく撫でながら、ジャネットはカイへ呟いた。
「可愛い子ね」
「え? ああ、うん。まぁ……」
戸惑ったように答えたカイは、直後、ハッとしたようにジャネットを見つめて疑うように口を開いた。
「あのさ……母さんもしかして何か勘違いしてねぇ??」
「え?? ガールフレンドじゃないの??」
「あーやっぱり!! そーゆーんじゃねーから! シーナは俺の相棒っつーか、妹みたいな奴っつーか……とにかく! ガールフレンドなんかじゃねーから! そこんとこだけ訂正しとくからな!!」
その言葉に、ジャネットはわざとらしく寂しそうな表情を浮かべてカイを見つめる。
「えー? お似合いだと思ったのに……お母さん、こんな可愛い子がうちの子になってくれるなら大歓迎よ??」
「だから違うって~……シーナも何か言ってくれよぉ~」
情けない声を上げるカイと、くすくすと笑っているジャネットを交互に見つめた後、シーナはきょとんと答えた。
「私、別に良いよ?」
「はぁ?!」
「えぇぇぇぇぇぇ?!」
シーナの一言に、カイとクルトが同時に声を上げる。
クルトは猛ダッシュでシーナに駆け寄ると、切羽詰まった様子で必死に捲し立てた。
「シーナさん!! そんな簡単に!! あ、あのですね! そういうのはもっとしっかりと考えた方が良いですよ!! ご自分の一生が決まる大事な選択なんですから!!」
「そ、そうだぜシーナ! お前が滅茶苦茶素直な性格してんのは知ってっけど! お前ちゃんと意味わかって言ってんのか?? いくらなんでも気が早すぎるぜ?!」
やけに必死なクルトとカイに戸惑いながら、シーナは恐る恐る口を開いた。
「あの、えっと……私、何か変な事言った??」
「変な事も何も! 超絶爆弾発言だろ今の!!」
即答するカイに、シーナはしょぼんとして呟いた。
「ごめんね……私おかーさんいないから、カイのおかーさんが私のおかーさんになってくれるなら嬉しいなって……そう思っただけだったの……」
「へ??」
思わず目を見開いてぽかんとした声を上げたカイは、同じ表情を浮かべているクルトと思わず顔を見合わせる。
そんな2人を困ったような表情で眺めた後、ジャネットはシーナを優しく呼んだ。
「シーナちゃん」
「??」
不安げに顔を上げたシーナをしっかりと抱き締め、ジャネットは彼女の頭を撫でながら囁いた。
「シーナちゃんは悪くないわ。謝らなくちゃいけないのは私の方……紛らわしい冗談を言ってごめんなさいね。でも大丈夫。私で良ければ、喜んで貴方の母親代わりになってあげるわ。だから元気出して。ね?」
その言葉に、シーナは両目を潤ませながらジャネットにぎゅっと抱き着くと、こくりと一度だけ頷く。
温かな空気に包まれたジャネットとシーナを眺めて、思わず安堵の表情を浮かべたカイとクルトの後ろから、ふと意地の悪い声がボソッと響いた。
「全く。下らん早とちりで女の子を泣かせるとは、お前達2人揃って男の風上にも置けんな??」
[ЛжΦΨΦ:!]
いつの間にかストームソーダーから降りて来ていたトーマと、彼の相棒である軍用AIのビークの声に、カイとクルトはギクリとした表情を浮かべてバツが悪そうに視線を泳がせるのだった。
~*~
夕方、ジャネットはガーディアンフォースベースを後にした。
見送りに出ていたカイ、シーナ、クルトの3人は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまでベースの入り口で立っていたが、ふと、クルトがポツリと呟いた。
「俺は……お前が嫌いだ」
「は?」
唐突な一言に、カイが怪訝そうな顔でクルトを見上げる。
そんなカイを真っ直ぐ見つめ返しながら、クルトは何処か真剣に言葉をつづけた。
「だが、ハイドフェルド婦人の話を聞いて、俺はお前の事情を何も知らなかったんだと気付かされた。だから、俺も嫌いなりに少しずつお前の事を理解する努力は……しようと思う」
「……そーかよ」
カイはぷいっとそっぽを向いて、ボソッと呟いた。
「俺は別に……理解して欲しいとは思っちゃいねーけど……お前がそうしたいなら、そうすれば良いんじゃねーの?」
「ふんッ……」
一足先にベース内の建屋へ歩き去る後ろ姿を眺めた時、シーナが不意にクスッと笑った。
「クルトと、仲良くなれそう?」
「さぁなぁ……ま、なるようになれ。ってとこか」
「ふふっ」
微笑んだシーナは、カイの手を取って軽く引っ張りながら明るく言った。
「私達も戻ろ?」
「ああ」
シーナに引っ張られるままベース内へ引き返しながら、カイはふと考え込む。
(母さんから話を聞いたって……一体何を聞いたんだ? 親父の事かな……)
ゾイドに乗る事を反対して来た父の事を聞いたとして、あれだけ頑なだった態度がコロッと変わるとは少々考えにくいが……自分に関してそれ以外の話があるとも思えない。
もしかして、ジャネットが気を回して「あの子をよろしくお願いします。」とでも言ったのだろうか?心配性な母の性格からしてそれは十分あり得る。クルトも真面目な性格である以上、頼まれたのだとしたら断れないだろう。
(ま、これでちょっとは気苦労が減ると良いんだけど……)
これからのガーディアンフォース生活が少しでもより良くなってくれる事を願いつつ、カイは早めの夕食を摂る為にシーナと食堂へ向かうのだった。
~*~
「もしもし? エリク?」
その日の夜、ジャネットはヘルトバン内にとっている宿の部屋に居た。
今夜一泊した後、明日の朝の定期便でガイガロスへの帰路につく事になる……だがその前に、彼女はどうしても夫であるエリクに伝えておきたいことがあった。
「ジャネット……カイには、無事に会えたか?」
「ええ。ふふっ、いつの間にか背を追い越されちゃってたわ。男の子って本当に成長が早いわね」
「どうやら元気でやってるようだな……良かった……」
声音は変わらないが、何処となく安堵している様子のエリクにクスッと笑った直後……ジャネットは悲し気な笑みを浮かべてそっと口を開く。
「……カイは無事に……見つける事が出来たみたい」
「……」
その一言に、エリクが黙り込む。
暫しの沈黙の後、彼は疲れたような声音で呟いた。
「鷲型ゾイドの報道がされ始めた時から……そんな気はしていたよ」
「ええ……」
夫婦の間に、微かな沈黙が流れる……その沈黙を先に破ったのはエリクだった。
「……ブレードイーグルと共にいるという事は、彼女も一緒だったんだろう?……どんな子だった?」
微かに優しい声で訊ねたエリクに、ジャネットは穏やかに答える。
「あの子から聞いてた通り、可愛らしい子だったわ。それにとっても純粋で良い子よ。ゾイドに乗って戦う為だけに生まれて来ただなんて、信じられないくらい……」
その言葉に、エリクは微かに溜息を吐く……
そう。エリクとジャネットは知っていた。いずれこうなるであろう事を……ブレードイーグルやユナイト、そしてシーナの事も……それこそが、カイをゾイドから遠ざけていた理由であった。
「私達がどんなにあの子達を守ろうとしても……運命からは逃れられない……か……」
「……いずれ、こうなるであろう事は分かっていた……覚悟していた筈なのにね……」
そう言って、ジャネットは不安げにエリクへ訊ねた。
「私達が知っている事……早々に伝えておくべきだったと思う?……」
「……いや、いきなり話を聞かされた所で戸惑うだけだろう。カイも、シーナも……」
「……」
黙り込んだジャネットへ、エリクは穏やかに囁いた。
「いずれ……話さなければならない時が必ずやって来る。だからそれまでは、そっとしておきたいんだ。今はただ、あの子達がガーディアンフォースで成長するのを見守ろう」
「そうね……」
ジャネットは気持ちを切り替えるように明るい笑みを浮かべる。
「じゃ、私も明日早いから……もう寝るわ。お仕事中にごめんなさいね」
「いや、それは別に構わない。ここ暫く仕事でなかなか家に帰る事すら出来ていなかったからな。君の声とカイの事……両方聞けてホッとしたよ。ありがとう」
小型タブレットの向こうで微笑んでいる姿が目に浮かぶような優しい声で、エリクは静かに告げた。
「ガイガロスへの帰りも、どうか気を付けてな。おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
通話の終わった小型タブレットをそっと下ろし、ジャネットは小さな溜息を一つ吐く。
その黒い瞳は不安に揺れていた。
「どうかあの子達に……カイとシーナに、何も起きませんように……」
ベッドの端に腰かけたまま、彼女はギュッと両手を握り合わせ、祈った……
カイとシーナ……2人の無事と平穏を……
~*~
「ん~……」
一方、ガーディアンフォースベースでは仕事上がりのリーゼが基地のレストルームで何やら考え込んでいた。
自宅へ帰ろうとしていたフィーネは、そんな彼女を見つけふと足を止める。
「リーゼ? どうかしたの?」
「あぁ、フィーネか。丁度良かった……」
その言葉に、フィーネは首を傾げながらリーゼの隣に歩み寄る。
フィーネが隣の席に着いたのと同時に、彼女はそっと切り出した。
「あのさ……フィーネは覚えてるかい? シーナの花……」
「シーナの花?……」
きょとんと目を丸くするフィーネの反応に、リーゼは苦笑を浮かべる。
「あぁいや、別に何でもないんだけどさ。シーナの名前って、確か花の名前だったよなぁ~って思っただけ」
「……ごめんなさい。イヴポリス大戦の時にデスザウラーやゾイドイヴに関する記憶は大体思い出したけれど……細かい記憶は、結局思い出せず仕舞いなの……」
暗い顔をするフィーネを元気付けるかのように、リーゼは明るく言った。
「仕方ないさ。シーナの花はもう絶滅して現代に残っていないみたいだし。思い出したくても、きっかけになる花がないんじゃどうしようもないよ」
「そうね……で、そのシーナの花がどうかしたの?」
フィーネの問いに、リーゼは躊躇うような表情で黙り込んだ後、そっと呟いた。
「……僕は、ゾイドエッグで眠りに就いた時まだ小さかったから……記憶違いかもしれないんだけど……シーナの花って、僕達古代ゾイド人が死者への手向けに墓前に供える『弔いの花』だった筈だよなって……」
「弔いの……花?」
微かに驚いたような表情を浮かべたフィーネに、リーゼはこくりと頷く。
「少なくとも、あまり人の名前として使わないような花だった筈だから……それがなんだか気になってたんだ。さっきシーナの花を覚えてる?って聞いたのは、他に何か良い意味のある花だったかどうか確かめたくて……」
リーゼの縋るような視線に、フィーネは励ますような笑みを浮かべて呟いた。
「……大丈夫。きっと弔いの花として以外の意味のある花の筈だわ。親なら自分の子供に不吉な名前なんか付けようと思わないもの」
「……うん。そうだね。きっと僕の考え過ぎだ」
やっと安堵の表情を浮かべたリーゼは、ハッとした表情で声を上げた。
「ごめんごめん。今から家へ帰るとこだったんだろう? 引き留めて悪かったね。早く帰ってあげなよ。シン君、家で留守番してる筈だろ??」
「あ、うん。そうするわ。じゃ、お疲れ様」
「お疲れ様~」
挨拶を交わし、レストルームを出て行ったフィーネを見送って、リーゼはテーブルに頬杖を突く。
何処か釈然としない面持ちで、彼女はポツリと呟いた。
「シーナ……弔いの花……何処かで聞いた事あった筈なんだけど……何処だったっけ?」
確かに聞いた事がある筈なのに、思い出せそうで思い出せない……
もやもやとした思いを抱えたまま、リーゼは飲みかけだったコーヒーを啜る。
随分長い間考え込んでいたのだなと思わず実感してしまう程、口を付けたコーヒーはすっかり冷めきっていた……