ZOIDS-Unite-   作:kimaila

17 / 48
第17話-共和国トリオ-

 ガーディアンフォースに入って初めての任務は、暴走したヘルキャットを止める事。

 あのディスクが、ゾイドを支配するだけじゃなく暴走までさせるだなんて……

 おまけにヘルキャットのディスクは「最初」から内蔵されていた物だった。

 どうしてゾイド達を苦しめてまでデータを集めてるんだろう……なんか、怖いな……

 [シーナ]

 

[ZOIDS-Unite- 第17話:共和国トリオ]

 

 ガーディアンフォースの面々が、暴走していたヘルキャットと共に帰路に就いた頃……

 モニターの青白い光に照らし出された、例の薄暗い部屋。

 その中央に据えられた無数のケーブルが繋がる椅子に座り、カイと瓜二つの青年……ユッカが淡々と作業に従事していた。

 組織が裏社会にばら撒いたディスクから送られてくる、膨大な戦闘データの解析と仕分け。普通の人間では到底処理しきれないであろう量だが、彼にとってはどれほど膨大なデータも大した苦ではない。

 まるで人の姿を模した機械のように、彼はヘッドギアに隠れた顔に何の表情も浮かべず、休憩を取る事もせず、ただ命じられた通りに作業を進める。

 そこに彼の意志や感情は存在しないが、一つだけ疑問があるとすれば……1週間ほど前からデータ収集と並行して有用なデータを集められていないディスクをゾイドごと「抹消」する作業が追加された事だ。

 抹消と言っても遠隔操作でディスクの中をデリートする訳ではなく、ディスクを暴走させる事でゾイドそのものを暴走させ、軍やガーディアンフォースといった治安維持に従事する者達にゾイドごと始末させている。と言った方が正しい……が、彼が疑問視しているのはそこではない。

 何故、わざわざ目立つような方法でディスクを回りくどく始末するのか?……疑問はそこだ。

 国籍も種類も多種多様。なんの共通点も無い裏社会の者達が駆るゾイド達なのに、わざわざ軍やガーディアンフォースの者達にこうして始末させていたのでは、そのうち彼らも気付くだろう。暴走したゾイド達の中から必ず見つかるバラバラのディスクに……

 まるで彼らに此方の影をチラつかせようとしているような……存在を匂わせようとしているような……そんな気がして仕方がない。

 ……が、自分がそれを疑問に思った所でやることは変わらないのだ。自分はただ命じられた通りの事をしていればそれでいい。仮に軍やガーディアンフォースが此方の存在に気付いたとしても、それは恐らく此方の思惑通りなのだから。

 

「ん?……」

 

 ふと、無言を貫いていた口から微かな声が漏れる。

 送られて来た戦闘データの内の一つ……暴走させたヘルキャットが捉えた映像の端に、例のゾイドが映り込んでいた……そう。組織の者達が「双星の守護鷲」と呼ぶ古代ゾイド。ブレードイーグルだ。

 だが映像は不自然に途切れており、そのヘルキャットから送られて来たデータの末尾にも、ディスクを破壊した形跡が全く無かった。

 

「……」

 

 これはすぐに報告した方が良い。彼はそう判断した。

 以前、初めてブレードイーグルの映った映像を報告した際、何故すぐ報告しなかったのかと酷く責められた……データの波に乗り此方を逆探知しようとした者の存在についても同様だ。

 ……正直、どれだけ責め立てられようと罵倒されようと「何も感じない」のだから、いつも通り無言で突っ立っていればじきに終わる事ではあるが……叱責される時間そのものが「無駄」であり「非効率的」だという感覚は彼の中にも存在し、それ故に時間をより有効に利用する為、報告は怠れないというのが彼なりに導き出した答えであった。

 彼は送られてくるデータが保留用のデータドライブに保存されるように設定すると、ヘッドギアを外して椅子から立ち上がる。

 薄暗い部屋の扉を開き、彼は明るい廊下へと出て行った。

 

   ~*~

 

「……そうか。」

 

 ユッカからの報告を受けた組織の幹部……アナスタシア=フォン=リューゲンは酷くどうでも良さそうな冷たい声音でただ一言、そう返事を返したのみであった。

 

「何か対策を講じる必要性は?」

「無用だ。ディスクの存在はいずれ彼らに認識させる必要があった。予定よりも早い展開だが支障はない。」

 

 アナスタシアは淡々とそう言葉を返すと「データの収集解析作業に戻れ。」と命じる。

 だがユッカは無言でその場に立ち尽くしたまま、彼女を見つめていた。

 

「どうした?まだ何かあるのか?」

 

 微かに呆れたような声音でアナスタシアが問えば、ユッカは表情も浮かべずポツリと呟いた。

 

「……わからない。」

「ん?」

 

 普段は命令通りにしか動かないユッカがそんな事を言い出すと思っていなかったアナスタシアも、微かに怪訝そうな表情を浮かべユッカを見つめる。

 ユッカは言葉を探してかき集めるかのように話し出した。

 

「俺は……命令に従う。それが仕事だ。だが、わからない。まだ準備は何も整っていない。敵にわざわざ此方の存在を気付かせるのはリスクが高すぎる。組織の存在をひた隠しにする一方で、ディスクの存在を認識させようとする意図が……俺には理解できない。これは……なんと言えば良い?命令の矛盾……ではない。行動?計画の矛盾?……俺が抱くこの疑問は……俺に必要なのか?わからない。俺には、わからない……」

 

 表情一つ変えず淡々とそう語るユッカは、微かな不気味さすら感じるが……アナスタシアは彼が何故こんな事を言い出したのか、何故此処まで不自然な反応を示しているのかを知っていた。

 彼が一体どういう存在なのかを知るが故に……

 

「お前の言いたい事はわかった。だが結論から言えばその疑問はお前にとって不要だ。組織の一切は我ら上層部があらゆる事態を考量した上で決定している。お前はただ命令に忠実であればそれで良い。それ以上の事など、お前には望んでいない。」

「そうか。わかった。」

 

 ユッカは一言そう答えると「作業に戻る。」とだけ言い残し、部屋を後にする。

 だが、彼の中では微かに……だが確かに、命令にただ忠実である事以外を何も望まれていない事が、一つの新たな疑問として胸の内に残っていた。

 

(命令に忠実であればそれで良い……か……昔はもっと……)

 

 廊下を歩きながらそこまで考えて、彼はふと足を止める。

 

「昔?……」

 

 無意識の内に思いを馳せようとした「ある筈の無い昔」……

 彼は窓ガラスに映る自分の顔を眺め、ポツリと呟いた。

 

「組織にとって、俺は道具……だが、俺にとって俺は……」

 

 彼は……それ以上言葉を続ようとはしなかった。

 これ以上何を考えても、やはり時間の無駄だ。

 命令に従い、指示された事だけを淡々とこなす方が自分には性に合っている。それ以上の事を考えようとするのは彼にとって果てが無く、無限にも思える思考の連鎖に時間を浪費する事は酷く疲れる……

 元の場所まで戻って来たユッカは、自分の持ち場であるデータ収集室の中へと再び姿を消した。

 その後ろ姿はまるで、芽生えかけた「自我」から逃げ、自ら「殻」の中へ閉じ籠ろうとしているかのような雰囲気を纏っていた……

 

   ~*~

 

 一方、アナスタシアはユッカが出て行った後、両手の指を組んだままデスクに肘を突き、思案に暮れていた。

 

(アレに自我が芽生え始めるのは……もう少し先の事だと思っていたが……)

 

 彼女は先程のユッカの言葉をぼんやりと思い浮かべる。

 現時点ではまだ、自身の中に生まれた「疑問」に戸惑っているだけのようだったが、それを足掛かりに自我を獲得して行く可能性は否定出来ない。彼に自我が芽生える事が組織にとって有益となるか、障害となるかは正直予測不能の不確定要素であった。

 

(自分が「代用品」である事をどの程度理解し、受け入れているのかはわからないが……厄介だな……)

 

 アナスタシアはふと、父であるオイゲン=フォン=リューゲンの姿を思い浮かべた。

 ユッカを目覚めさせた時、父が至極満足げな表情を浮かべて彼を見つめていたのをよく覚えている。

 彼女自身はユッカの存在をあまり快く思ってはいないが、彼が組織に必要な存在である事は理解しているつもりだ……父がユッカに執着している事も、その理由も……

 だが、守護鷲……ブレードイーグルが目覚めた事で事態は変化しつつある。代用品ではなく「オリジナル」を手に入れられる可能性が出て来た事を、父はどう考えているのだろう?……

 ……いや、仮にオリジナルを手に入れる事が出来たとしても父がユッカを手放すとは考えにくい。代用品としての使い道を絶たれたとしても彼には十分な利用価値がある。最強の守護者としての利用価値が。

 彼女はそっと立ち上がると、窓の外に広がる青空をぼんやりと眺め呟いた。

 

「……私がどうこう言えた義理ではない……か……」

 

 そう。父がお気に入りであるユッカを手放す事が出来ないのと同じように、自分もまた、自身のお気に入りを手放す事が出来ないまま此処まで来てしまった。

 それを後悔していないと言えば恐らく嘘になるが、今更どうこう考えるつもりも無い。

 自分はもう、引き返すつもりも、振り返るつもりも無いのだから……

 

「ちょっと!お姉様を呼びに来たのはクラウなんだから!ついて来ないでよハウザー!!」

「私はリューゲン大佐にこの資料をお届けに上がるだけだが?」

「あーもー!!ホンットにハウザーって鈍い!!お邪魔虫だって言ってるの!!」

「だが、この後の会議にお前は同行出来んだろう。邪魔をしているのはお前の方だと思うがな。」

「クラウお邪魔虫じゃないもん!!!」

 

 扉越しにもハッキリと聞き取れる「お気に入り」達の声に、アナスタシアは僅かに口角を上げる。

 直後、開いたドアから現れたクラウとハウザーを見つめ、彼女は浮かべた笑みに呆れを混ぜながら呟いた。

 

「2人共随分と賑やかだな。扉越しでもよく聞こえたぞ。」

「これはっ……お聞き苦しいものを大変失礼いたしました。以後気を付けます。」

 

 ハウザーの言葉に、クラウがニヤニヤと笑いながら彼を見上げる。

 

「ほら怒られた。」

「クラウ。私は2人共。と言った筈だが?」

 

 アナスタシアに(たしな)められ、クラウもしょんぼりとした様子で「ごめんなさい……」と呟く。

 そんな2人を眺めた彼女は可笑しそうにクスッと笑うと、それ以上は何も言わずハウザーに歩み寄り、これから始まる会議の資料を受け取った。

 

「他の者達は?」

「既に揃っております。あとは我々だけかと。」

「そうか。」

 

 ハウザーと短い言葉を交わした後、彼女はクラウへ向き直り、幼子を相手にするかのように優しく頭を撫でてやりながらそっと囁いた。

 

「会議が終われば、またお前にも仕事を頼むことになる。だからそれまでしっかり休んでおくんだ。良いな?」

「うん!お姉様の為ならクラウなんでもするよ!」

 

 無邪気な笑顔を浮かべるクラウに、ほんの一瞬……アナスタシアの瞳が揺れた。

 だが、彼女はすぐに穏やかな笑みを浮かべると、クラウに「良い子だ。」と囁いて、まるで本当の家族であるかのように、その額にキスを落とす。

 いってらっしゃいと手を振るクラウに見送られ、アナスタシアはハウザーと部屋を後にした。

 

   ~*~

 

 ヘルキャットの暴走事件から2日後の明け方……

 ガーディアンフォースベースの格納庫の向かいに位置する「開発作業棟」のデータ解析室に、彼は居た。

 

「だぁぁぁぁぁぁくそ!!またコレか!!」

 

 デスクトップ型パソコンを操作していたクルトが苛立った怒鳴り声を上げる。

 だがその声音自体は何処かぐったりとしており、ぶち当たった問題を解決する為にデスクの上に平積みにされた資料やテキスト、マニュアルの山を漁る動作にも妙にキレが無い……

 そう。あのヘルキャットを連れ帰り、例のハードディスクユニットを取り外してから今この瞬間まで、彼はずっとこのデータ解析室で違法ディスクの解析を行っていた。

 既に2徹目……集中力などとっくの昔に限界を過ぎているが、それでも彼がこのディスクの解析に意地になっているのは「何が何でも解析してやる。」という殺気にも似た思いを抱いているからに他ならない。

 ……理由は勿論、自身のプライドだ。

 ディスクの中身は、ヴァシコヤードアカデミーを首席で卒業した彼でもテキストやマニュアル片手でなければ解析出来ない程の、複雑な多重構造プログラム……一体誰がこんな物を組み上げたのだろうか?と考える度にディスクの開発者が「自分の方がお前より優れている。」と、「解析出来るものなら解析してみるが良い。」と、画面の向こうで嘲笑っているように思えて仕方がない。それが酷く悔しいのだ。

 ディスクの解析に全神経をつぎ込んでいる為か、真面目で几帳面な性格である彼にしては珍しく、パソコンの周囲にはこの2日間の間に様々な物が散らかっていた。

 空になった愛用のマグカップ。レン達が差し入れに持って来てくれた飲食物の包み紙や空袋。空になったコーヒーや栄養ドリンクの空き缶。殴り書きの付箋メモ。ボールペン。電卓。はては普段絶対に自室から持ち出す事の無い煙草とライターまで……彼らしからぬその惨状は、ディスクの解析作業がどれほど難航しているかを言葉よりも饒舌に物語っていた。

 

「まったく。お前昨夜も徹夜したのか?」

「父さん……」

 

 ふと聞こえて来た声に振り返れば、トーマが部屋に入って来たところであった。

 業務上の形式ばった呼び方ではなく「素」で返事を返して来た実の息子に「相当疲れているな……」と思いながらトーマは苦笑を浮かべる。

 彼は手に提げていた売店のビニール袋をクルトの目の前にずいっと差し出すと、ちょいちょいと場所を変わるように手で合図を送り、パソコンの前に座った。

 画面に表示されているプログラムにザックリと目を通した彼は、納得したような溜息を吐いて呟く。

 

「……なるほど。随分とややこしいプログラムだな。お前がこれだけ周りを散らかしっぱなしにしてまで掛かり切りになる訳だ。」

「あぁごめん。後でちゃんと片付ける……それより、このディスクを作った奴は相当頭が良い。認めたくないけど、俺より上かも……」

 

 クルトは疲れ切った声でそんな風に呟きながら、隣のデスクの椅子を引っ張って来て父親の隣に座る。

 先程受け取ったビニール袋の中身を確認してみれば、サンドイッチとホットドッグ。そして缶コーヒーが入っていた……恐らく買って来たばかりなのだろう。コーヒーの缶はまだ随分と温かい。

 ふと気になって時計に目をやれば、時刻は午前5時過ぎ……こんな時間では食堂も当然、営業時間外だ。だからわざわざこうして朝食を買って来てくれたに違いない。そんな父の優しさが、すっかり疲弊しきった彼の目に涙を滲ませる。

 

「父さん……」

「どうした?」

「父さんなら解る?このプログラム……」

 

 しょんぼりとした声音でポツリと呟かれた言葉は、普段のクルトならば絶対に口に出さないであろう言葉……

 トーマは、疲弊してすっかり弱気になっている息子を安心させるように微笑みながら、穏やかに呟いた。

 

「さぁな。隅々まで目を通してみない事には何とも……ん?なんだ??」

 

 キーボードを叩いていた手の端にコツンと当たった物を確認するかのように、トーマが手元へ視線を落とす。

 そこには、崩れて来た資料の下に隠れるようにして煙草の箱が転がっていた。

 

「煙草???」

「あー!!!!」

 

 トーマが怪訝そうに箱を拾い上げれば、次の瞬間クルトが我に返ったように声を上げる。

 真面目な息子が喫煙者だったという衝撃の事実からなのか、それともいきなり耳元で大声を出されたせいか、はたまたその両方か……トーマは目を丸くして息子を見つめ、当のクルト本人はと言えば完全にこの世の終わりと言わんばかりの表情を浮かべている。

 だが次の瞬間、トーマは面白がるような笑い声と共に口を開いた。

 

「お前が煙草か。母さんにバレたら絶対に怒られるな?」

「あ、いや……えっと……」

 

 予想外の反応に戸惑うクルトへ、ふとトーマが頬杖を突きながら微かに意地の悪い声音で囁く。

 

「で?一体いつから手を出したんだ??」

「いつって……流石に未成年で煙草に手を出す訳ないだろ?!ちゃんと成人してから―」

「なら良い。」

 

 トーマはそう言って拾い上げた煙草をクルトへ差し出し、やれやれといった様子の笑みと共に呟いた。

 

「どうせだから、外の空気吸って来るついでに一服して来い。こんなもの出しっぱなしにしてるくらいだ。お前相当疲れてるだろう?」

「あ……うん。」

 

 おずおずと煙草を受け取り、ついでに散らかり放題のデスクからライターを拾い上げて立ち上がったクルトは、ふと、叱られる前の子供のような表情で父に訊ねた。

 

「あの……煙草の事……母さんにはその……」

「言う訳ないだろ。怒らせると怖いからな……」

 

 呆れたようなその返事にホッとした表情を浮かべたのも束の間、トーマは更に言葉を付け足す。

 

「ついでに父さんが煙草の事知ってるのは、内緒にしておいてくれよ?」

「うん……わかった。」

 

 遠回しに「怒られる時はお前1人で怒られてくれ。」と言われた事を察し、クルトは苦笑を浮かべる。

 彼は疲れと眠気で気怠い足をのそのそと動かしながら、開発作業棟の向かい。格納庫の裏手にある喫煙所へ辿り着くと、ぐったりとした様子で煙草に火を点け、ぼんやりと紫煙を吐き出しながら明け方の空を見上げた。

 

「あぁ……怒られるかと思った……」

 

 思わず口を突いて出て来たその言葉に、喫煙者である事が父にバレたという実感がやっと込み上げて来たのか、彼はそのままズルズルとその場にしゃがみ込むと、片手で頭を抱えて呻くような声を漏らす。

 もう二度と自室の外に煙草は持ち出さないようにしようと心に固く誓う彼の頭上を、小鳥達が朝を告げる鳴き声を上げながら数羽飛び去って行った。

 

   ~*~

 

「クルト~!生きてるかぁ~?……あれ??」

 

 あれから3時間……朝8時過ぎ。

 食堂から持って来たと思われる朝食のトレーを抱えたレンが、元気な声と共にデータ解析室へとやって来た。

 だが、パソコンの前を陣取っている人物がクルトからトーマに代わっている事に気付いた彼は、きょとんとした表情を浮かべてトーマを見つめる。

 

「シュバルツ博士。クルトは??」

「意地とプライドに任せて2徹した馬鹿なら、つい3時間ほど前、丁重に追い出したところだ。恐らく今頃、自室か仮眠室で横になってると思うが……ちゃんと眠っているかどうか……」

 

 そう言って振り返りもせず肩を竦めて見せるトーマに、レンは苦笑を浮かべる。

 

「じゃぁ、クルトの朝飯……部屋に持って行った方がいいですか?」

「いや。追い出す時に売店で買った朝食を渡してあるから心配ない。わざわざすまないな。」

 

 そこまで言った後、トーマはふと我に返ったように「あ。」と声を上げ、申し訳なさそうな笑みを浮かべながらレンを振り返って呟いた。

 

「むしろ……その朝食を私が貰っても構わないか?まだ食べていないんだ。」

「えぇ?!自分の朝飯忘れてたんですか?!」

 

 思わず大声で訊ね返しながら、レンはトーマの傍に歩み寄る。

 ……が、案の定クルトが散らかしっぱなしにしているせいで置き場がまるで無い。

 

「あー……置く前にちょっとこの辺片付けましょうか?」

「あぁ、このままで構わんよ。散らかした本人が戻って来たら片付けさせる。悪いが隣のデスクに置いておいてくれ。一段落したら頂こう。」

 

 トーマはそう言ってドサリと背もたれに体を預けると、あくびと共に体を伸ばす。

 言われた通り隣のデスクに朝食のトレーを置いたレンは、パソコンの画面を覗きながら訊ねた。

 

「ディスクの解析、どのくらい進んだんですか?」

「進捗自体は芳しくないな。2日掛かって半分以下。せいぜい5分の2と言ったところだが……逆を言えば『クルトだからこそ』2日で5分の2も進んでいるとも言える。恐らく他所で解析していたのでは殆どお手上げ状態だっただろう。全く、我が子ながら大した奴だよ。」

 

 何処か誇らしげにそう語りながらも、トーマの瞳は画面に表示されたプログラムを鋭く見据えている。

 ディスクの解析をクルトから代わって3時間……その3時間の間に、トーマの中で一つの『既視感』が何度も脳裏を横切っていた。

 

(特殊なプログラム言語とあらゆる応用テクを駆使した、複雑怪奇な多重構造プログラム……確かアカデミーに在学していた頃、似たような構造のモデルデータを見た事があったが……)

 

 そう。

 まだ自分がヴァシコヤードアカデミーに在学していた頃、ビークを開発するにあたって参考になるようなデータがないだろうか?と、卒業生達が組んだモデルデータを閲覧していた際、一際容量の大きく複雑なモデルデータを見つけ、圧倒されたのをよく覚えている。

 このディスクのプログラムと同様、特殊なプログラム言語が用いられており、開いてみればプログラミングの応用テクニックの見本市と言わんばかり。おまけにそのモデルデータも多重構造だった筈だ。

 だが当時、コンピューターのスペックの方が組まれたモデルデータの容量に全く追い付いていなかった。

 そのあまりの容量の大きさのせいで、閲覧に使用していたコンピュータの方が数十秒でフリーズを起こし、結局そのデータを端から端まで閲覧する事は叶わなかったのだ。

 ……もしかしたら、あのモデルデータを組んだ人物がこのディスクのプログラムを?……

 

(参ったな……あのモデルデータの製作者の名前が全く思い出せん……後で連絡を取って確認してみるか……)

 

 思案に暮れながら、トーマはディスクの解析を黙々と続けるのだった。

 

   ~*~

 

「……あれ?」

 

 その頃、オペレーターの技能テキストを抱えたシーナが、通りかかった仮眠室の前で立ち止まっていた。

 理由は勿論、開きっぱなしになっている仮眠室のドアの向こう。部屋の隅のマットレスの上で行き倒れのように眠っているクルトを見つけたからである。

 シーナはそっと仮眠室に入り、眠っているクルトの傍にちょこんとしゃがみこむ。

 着替えもせず、申し訳程度にブーツと上着を脱いだだけの姿で眠る彼は、全く起きる気配が無い。

 ……寧ろ、いびきどころか寝息らしい寝息すら立てているようにも見えないその様は、最早「眠っている」と言うよりも「気を失っている」と言った方が正しいようにすら思えた。

 

「もしかして、昨夜も寝ないでディスクの解析してたのかな?……」

 

 シーナは労うようにクルトの頭をよしよしと撫でると、ふと思い立ったように小走りで仮眠室を後にする……

 しばらくして戻って来た彼女の手には、自室から持って来たふわふわのブランケットが抱えられていた。

 そのブランケットをクルトに掛けてやった時、ふと、シーナの脳裏に幼い頃の思い出が過る。

 ブレードイーグルの開発に付きっ切りになっていた父とその助手数名も、徹夜の続いた後は決まって開発整備ピットの隅で眠りこけていた……そしてそんな父達を見つける度、アレックスとユナイト、そしてアレックスのオーガノイドであったハンチと共に、こうしてブランケットを掛けて回ったものだ。

 

「博士や科学者の人って、皆こうなのかな?」

 

 懐かしむような笑みと共にポツリと呟きながら、シーナはもう一度クルトの頭を撫でて立ち上がる。

 テキストを抱え直してオペレータールームへ向かう彼女の表情は、何処か満足げであった。

 

   ~*~

 

 同日、午前10時……

 共和国軍のエンブレムを掲げる輸送型ハンマーヘッドが一隻、そしてストームソーダーとレイノスが各一機、ガーディアンフォースベースの滑走路へゆっくりと着陸した。まだ仮眠室で眠っているクルトを除くメンバーが出迎えの為に滑走路の傍に並び立つ中、カイは思わず緊張に顔を強張らせる。

 今日から1ヶ月間、より専門的かつ実践的な操縦訓練を行う為に、共和国軍の軍人が3名ほど派遣されて来たのだが、カイの緊張の理由はそこではない……派遣されて来た人物があまりにも「とんでもなさ過ぎる」事が一番の問題であった。

 

「そう固くなるなって。皆気さくで面白い人達だからさ。」

 

 カイの隣で共に佇んでいるレンが明るく声を掛けるが、正直気休めにもならない……何故なら……

 

「共和国軍首都守備隊所属、ルネ=ハーマン少佐、並びに同隊所属ウィル=ハーマン中尉、シド=オコーネル中尉。只今到着いたしました。本日から1ヶ月間よろしくお願い致します。」

 

 敬礼後、凛とした声でそう挨拶をした女性軍人と、その一歩後ろに控えるように立っている2人の男性軍人。

 何を隠そう、共和国大統領「ロブ=ハーマン」の娘と息子。そして共和国軍のオコーネル大佐の息子だ。

 

(イヴポリス大戦で活躍した英雄達の子供が揃い踏みとか……俺、場違いじゃね??)

 

 眩暈にも似た感覚を覚え、カイはバレないようにか細い溜息を長々と吐く。

 今まで訓練を行ってくれていたトーマも、ライガーゼロ-プロトの調整やCASユニットの開発を始めとする様々な仕事に追われる身だ。彼の負担が軽くなるのはカイとしても嬉しい事だが、護衛が付いて回っていてもおかしくないような「一国のトップの実子達」が何故わざわざ出張って来たのやら……

 

「急な頼みを快諾してくれた事、改めて礼を言おう。ハーマン少佐。」

 

 トーマがそう言いながら握手を求めれば、ルネも握手に応えながらハキハキと言葉を述べる。

 

「いえ。こちらこそ日程の調整に手間取ってしまった事、お詫び申し上げます。早速ですが、本日の訓練から担当させて頂くという事でよろしいでしょうか?」

「ああ。その予定だ……ところで、その堅苦しい態度はいつまで続けるつもりなんだ?」

 

 ふと苦笑と共にトーマがルネへと問いかける。

 何の事だろうか?と首を傾げるカイの前で、ルネは盛大な溜息を一つ吐くと、まるで別人のように明るく笑い出しながら愉快そうに口を開いた。

 

「だってほら。一応仕事で来てる訳だし、いきなり「博士~!久しぶり~!!」なんて言える訳無いじゃない。それに「せめて挨拶だけはきちんとしろよ!」ってストライド中佐から散々釘刺されちゃったし。」

「やれやれ……」

 

 呆れ半分、微笑ましさ半分といった表情を浮かべるトーマの隣で、フィーネも笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ウィル君とシド君も、もう普段通りにしていてくれて良いからね?」

 

 その言葉に、残りの2名……ウィルとシドもホッとした様子で表情を崩す。

 

「あ~良かった。俺、こういう真面目な態度3分が限界なんですよ。」

「いや、そこはもうちょっと頑張れよ……」

 

 へらへらと笑い出すウィルに、呆れ顔で突っ込みを入れるシド……そして急にフランクに喋り出したルネの態度も含め、カイは思わずポカンと口を開けたまま、すっかり拍子抜けした様子で彼等のやり取りを眺めていた。

 

「ルネ姉ちゃん!久しぶり!」

「レン~!ちょっと見ない間にすっかり一人前になったじゃない。バンおじさんの若い頃そっくり!このまま順調におじさんみたいなイケメンに育つんだったら、今のうちにツバ付けとこうかな~??」

「はははは!勘弁してくれよ~!」

 

 レンをまるで弟のように抱き締めわしゃわしゃと頭を撫で回した後、ルネはエドガーにも向き直る。

 

「ほらほら。エドもおいでおいで。」

「流石にもうそんな歳じゃ……」

「いーからいーから!おお~!流石に身長並ばれちゃったかぁ!悔しいなぁ~。昔はあんなにおチビちゃんだったのに、男ってなんでこんなにぐんぐん背が伸びるのかしら……」

 

 エドガーの目の前に立ち、自身と背を比べるように頭の上で手の平を水平に動かしながら喋るルネ。

 そんな彼女の軍服の後ろ襟を、弟のウィルがおもむろに引っ掴みエドガーから引き剥がす。

 

「姉さん。その辺にしておかないと新人から変な人だと思われるぞ。」

「えぇ~?!せっかく久しぶりに会ったのにぃ?お姉ちゃんもっと構いた~ぃ……」

「休憩時間にやれ休憩時間に。」

 

 ウィルはそう言って、先程からぽかんとやり取りを眺めていたカイと、その隣できょとんとしたままやり取りを眺めていたシーナへ向き直ると、申し訳なさそうに笑いながらやっと声を掛けた。

 

「うちの姉が急にすまん。ビックリしただろ??」

「あ、ああいや……その、お気になさらず……」

 

 若干しどろもどろに言葉を返すカイとは打って変わって、シーナは普段通りの態度でウィルに訊ねた。

 

「ハーマン少佐達って、レンやエドガーとお友達なの??」

「友達というか、親同士が何かと縁があったからな。レン達の事はこいつらが赤ん坊の頃から知ってるんだ。だから俺達にとって、こいつらは弟分というか……家族みたいな感じに近いな。」

 

 何処か得意げに語るウィルの隣から、シドがふと気が付いた様子で声を上げた。

 

「そういえば、クルトは??」

「あ、クルトなら今、仮眠室で寝てるの。お仕事で徹夜してたみたいで……」

 

 シーナの言葉に、ルネは呆れたような表情を浮かべてトーマに向き直った。

 

共和国軍(う ち)の憲兵隊に「ディスクの解析は此方に任せて頂けませんか?」なんて啖呵切るから……例のディスク……そんなに解析難航してるの??」

「あぁ……だがどちらにせよ、そこいらの基地じゃお手上げだったであろう代物だ。遅かれ早かれ我々か、ヴァシコヤードアカデミーか、ニューヘリックカレッジかのいずれかに持ち込まざるを得ん事態に陥っていただろう。」

 

 何でもなさそうに肩を竦めて見せるトーマに、ルネが苦笑いを零す。

 

「忙しいのは私も知ってるけど、あんまりクルトにばっか押し付けてないで、博士も知恵貸してあげなよ?あの子、ムキになるとホントに歯止め効かないんだから。」

「わかっているさ。私も今回のディスクについては少々思い当たる伝手がある。クルトが起きる頃には、何かしら有力な手掛かりがこちらで手に入るといいんだが……」

 

 言葉を濁したトーマに代わり、フィーネが穏やかに微笑みながら伝えた。

 

「とりあえず、ルネちゃん達はゾイドをハンマーヘッドから搬出して、午後からの訓練の準備をお願い。それが終わったら訓練開始までゆっくりしていて。長距離の移動で疲れているでしょう?」

「ありがとうフィーネさん。じゃぁすぐ準備して早めにお昼にするわ。ウィル。シド。レイノスとストームソーダーを格納庫前に移動させて。」

「「了解。」」

 

 ウィルとシドを引き連れたルネは、笑顔でレン達に手を振りながらハンマーヘッドへと駆けていく。

 怒涛の挨拶が終わり、カイはレンへぽつりと呟いた。

 

「ホント……超フランクな人達だな……」

「だろ??」

 

 レンはそんなカイの反応を心底面白がっている様子で明るく笑うのだった。

 

   ~*~

 

「……ん……?」

 

 仮眠室で起きたクルトは、カーテンの隙間から差し込む日差しに思わず目を細めていた。

 もう随分日が高いなと思った瞬間、ハッとした様子で起き上がった彼は、脱ぎ捨てていた上着を手元に引き寄せながら、内ポケットに入れていた小型タブレットを取り出し、時刻を確認する……ほんの2~3時間寝るつもりであったというのに、液晶画面に表示された時刻は11時48分を示していた。

 

「しまった……完全に寝過ごしたッ……」

 

 思わず頭を抱えるが、ぐずぐずしてはいられない。

 すぐさまディスクの解析へ戻ろうとそのまま手元に引き寄せた上着を羽織ろうとして、彼はふと、自分が起き上がる際に跳ね飛ばしたブランケットへ視線を落とす。

 パステルピンクに白い花柄が散らされた可愛らしいブランケットは、全く見覚えの無い物だった。

 

「誰のブランケットだ?……」

 

 ふわふわとした優しい手触りのブランケットをそっと拾い上げ、ジッと見つめる。

 柄からして十中八九女性職員の私物だろう。まさか基地内病棟に勤める女性医療スタッフがメインブロックの仮眠室までわざわざ来る事は無い筈だ。となれば、思い当たるのはフィーネとリーゼ、シーナのいずれか……

 

「……いやいやまさか。シーナさんの物だなんてそんな訳……」

 

 一瞬、シーナの物だろうかと思った自分を笑い飛ばすかのように、クルトは思わず声に出して笑いだす。

 しかし、次の瞬間だった。

 

「クルト、起きた??」

「シ、シーナさん!!お、おはようございま……あ、いえ!もう昼でしたね!えっと、こ、こんにちは?」

 

 仮眠室へとたとたと駆け込んで来たシーナに、思わず手にしていたブランケットを取り落としながら、彼はわたわたと言葉を返す。

 起きたばかりでまだ顔も洗っていない、寝ぐせもそのまま、おまけに羽織ろうとしていた上着もあぐらを掻いた膝の上でくしゃくしゃになったまま……なんとみっともない姿だろうかと思いながら、クルトは逃げるなり隠れるなりしたい気持ちでバツが悪そうな笑みを浮かべる。

 だが、シーナはそんな事など全く気にも留めていない様子で、いつも通りの無邪気な笑顔と共に訊ねた。

 

「こんにちは。よく眠れた??」

「え、えぇ……8時頃には起きようと思っていたのですが、すっかり寝過ごしました……」

 

 苦笑を浮かべたクルトの前で、彼女は鈴を転がすような声でくすくすと笑う。

 

「それだけ疲れてたんだよ。昨夜も徹夜したんでしょ?」

 

 労うような優しい声でそう言いながら、シーナはクルトが取り落としたブランケットを手元に引き寄せ、畳んでいく……その姿に、クルトはそっと遠慮がちに訊ねた。

 

「あの……もしかしてそのブランケット……シーナさんが?」

「うん。今朝此処を通りかかった時にクルトが寝てたから、部屋から持って来たの。お部屋の中あったかいけど、風邪引いちゃうかもって思って。」

 

 綺麗に畳んだブランケットを両手で抱えながら、シーナは笑う。

 クルトはそんな彼女の優しさに愛しさを覚えながら、絞り出すような声で呟いた。

 

「その……気を遣わせてしまって、本当にすいません。あ、ですが!えっと、お陰でよく眠れました!ありがとうございました。」

「ふふっ。どういたしまして。」

 

 シーナが花のような笑みと共に答えた丁度その時、仮眠室にレン達がやって来た。

 

「よ!おそようクルト!昼飯食いに行こうぜ~!」

 

 レンの言葉に、クルトは面白くなさそうな表情を浮かべる。

 

「おそよう。とはまた随分な言い草だな。確かに起きるのが遅かったのは認めるが……」

「2日も徹夜するからそうなるんだろう?せめて毎晩、ちゃんと部屋に戻って休んだ方が良いぞ。」

 

 呆れた様子のエドガーに不服そうな視線を送りながらも、クルトは「そうだな……」とだけ呟く。

 そんなクルトに苦笑を浮かべて顔を見合わせた後、カイがからかうように口を開いた。

 

「せっかく共和国からお前の知り合い来てんだし、後でちゃんと挨拶しとけよ?」

「知り合い?……まさかっ?!」

 

 ギクリとした表情で固まったクルトに、レンが苦笑を浮かべる。

 

「あぁ。カイの訓練の為に来た人達、ルネ姉ちゃん達なんだ。」

 

 その言葉にクルトは頭を抱えてボソッと呟いた。

 

「……悪夢だ……」

 

 彼の様子にエドガーとレンは苦笑を浮かべたまま顔を見合わせ、カイとシーナも、何故知り合いに対してここまで気不味そうなのだろうか?と、疑問に思いながら不思議そうに顔を見合わせるのだった。

 

   ~*~

 

 ガーディアンフォースベースの食堂。

 まだ昼食を摂っている仲間達を置いて、一足先に開発作業棟のデータ解析室へ戻ろうとしたクルトだったが……

 

「お?!お~い!クルト~!ひっさしぶり~!!」

 

 食堂の前を通りかかったルネが、嬉しそうに声を掛けながら彼の元に歩み寄る。

 だがクルトは心底うんざりしたような表情を浮かべてジリジリと後ずさりながら、ジトリとした目でルネを見つめ、絞り出すような声で挨拶の言葉を口にした。

 

「お久しぶりですハーマン少佐……では自分はこれで失礼します。」

「ちょっとちょっと!!なんでそんなに他人行儀なのよ。せっかく久しぶりに会ったってのに。何々??ヴァシコヤードに昔の可愛げ置いて来ちゃったの??昔はあんなに―」

「あー!!あー!!!あー!!!!」

 

 ルネの言葉を遮るように大声を上げるクルト。

 その様子にピンと来たカイは、何やら悪い事を思いついたようにニヤッと笑いながら2人の元に歩いていく。

 

「なぁなぁ。一体何の話してるんだ??」

「ややこしくなるからお前はあっちに行ってろ!!」

 

 キッとカイを睨みつけるクルトだったが、その隙を突くようにルネはニコニコと笑いながら口を開いた。

 

「クルトって昔はすっごい泣き虫でね。小っちゃい頃は何かある度に「ルネお姉ちゃぁ~ん」って、私の所に来てべそべそ泣いてたのになぁ~?って、は、な、し。」

「あぁぁぁぁぁぁ!!!10年以上昔の話を掘り起こすなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 顔を真っ赤にして絶叫するクルトだが、カイは驚愕と怪訝さの入り混じった顔で彼を見つめる。

 

「マジかよ……泣き虫何処やったんだお前……」

「うるさい!大体な!!4つか5つの頃の話だぞ?!だから嫌だったんだこの人と顔合わせるの!!」

「ま、ルネ姉さんと会うと何かしらネタにされるからな。クルトは。」

 

 エドガーがボソッと呟いた隣で、レンもうんうんと頷く。

 小さい頃から何かと一緒に遊んでいた為、ルネは彼らの幼少期の事をよく知っている。

 特に幼少期のクルトは、普段どんなにレンやエドガーの兄貴分としてしっかりしていても、当時は彼自身もまだ幼く、一人っ子で兄や姉が居なかった事も相まって、ルーカスやルネ達にとても懐いていた……それ故に、レンやエドガーの前では決して表に出す事のなかった甘えん坊で泣き虫な面も、彼らにだけは見せていたのだ。

 ルネにとってはほんの思い出話のつもりなのだろうが……暴露される側としてはこれ程恥ずかしい事はない。

 

「へぇ~……クルトって小っちゃい頃泣き虫さんだったんだね。なんだか意外。」

 

 ……特に、好きな人の前でそんな話をされるなど……到底耐えられるものではない……

 至って微笑まし気に笑うシーナの視線に、クルトはたまらず片手で顔を覆い隠す。

 

「いっそ殺してくれ……」

「まぁまぁ落ち着けよ。良いじゃねーか。小さい頃の思い出があるだけさぁ。」

 

 流石にそんなクルトがいたたまれなくなったのだろう。

 カイがポンポンと肩を叩いてやれば、クルトは怪訝そうな顔でカイを見つめた。

 

「その言い方だと、まるでお前には小さい頃の思い出が無いみたいじゃないか??」

「あ~……まぁ……な。」

 

 カイは誤魔化すような笑みを浮かべて視線を泳がせた後、呟いた。

 

「実言うとさ、俺……小さい頃の記憶、殆ど覚えてねーんだ。親父も母さんも、そういう小さい頃の話全くしてくれねーし……せいぜいアルバム見た事があるくらいかな。」

 

 その言葉に、カイ以外のメンバーが驚いた様子で顔を見合わせる。

 が、その直後……メンバーの中で唯一、クルトだけがハッとした様子で考え込み始めた。

 以前ベースへと面会にやって来たカイの母親……ジャネットが話してくれた事を思い出したのだ。

 

―……小さい頃からあの子は特別だった……いいえ、異質だったと言った方が良いかもしれないわ……―

 

―ゾイドに乗る為に生まれて来たような子だったの。本当に、ただその為だけに……きっと将来、凄いパイロットになれると色んな人に言われたわ……だけど……主人と私は決めたの。この子はゾイドに乗せないって……そうする事でしか、この子を守れないって……―

 

 断片的な情報ではあるが実の母親であるジャネットが「異質だった」と「ゾイドに乗る為だけに生まれて来たような子だった」とまで言う程だった幼少期のカイ。

 そんな彼に対して、両親が家柄や世間体を捨ててでも「ゾイドに乗せない事でしか守れない」と思う程の事が何かあったのだろうとは思っていたが……そのカイ本人に幼少期の記憶が殆ど無いとは……

 

(何か……関係があるんだろうか?……)

 

 自分は、カイの事をまだ認めた訳じゃない。寧ろ嫌っているのは今も変わらない。

 だが……

 

「おーい?クルト~?」

「ん?」

「どうしたんだよ。ボケッとして……」

「いや、別に……」

 

 怪訝そうに此方を見上げるカイをぼんやりと眺めた後、クルトはふいっと視線を逸らす。

 自分がアレコレ考えたところで無駄なのは解っているが、成り行きとはいえ、カイ本人ですら知らない事を中途半端に知ってしまった手前「幼少期に一体何があったのか?」というのが妙に気になって仕方がない。

 

(今日から1ヵ月続く操縦戦闘訓練……本当に、コイツに受けさせて良いのか?……)

 

 もし、訓練によって再び「異質」とまで言われた才能が開花したら、カイはどうなるのだろうか?

 ジャネットが危惧していたように、そのまま何処か遠くへと行ってしまうのではないか?

 もしそうなったら……

 

―クルト博士……―

 

 クルトは脳裏に過ったジャネットの言葉に、思わず物憂げな表情を浮かべる。

 

―あの子達を、どうかお願いします……―

 

 今までは、その言葉の意味をそう深くは考えていなかった。

 だが、今は違う……ジャネットは一体どんな思いで、カイやブレードイーグルの事を自分に託したのだろう?

 ……何故、自分に託したのだろう??

 

(クソッ……あのディスクの事だけでも厄介なのに……)

 

 クルトはそれ以上考えないようにして、食堂を後にした。

 自分が一番嫌っている筈の少年に、複雑な思いを抱いたまま……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。