ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第18話-蒼天(そら)の申し子-

 押収した違法ディスクの中身は、特殊な多重構造プログラム……一体誰がこんなものを作ったんだ?

 現時点でせいぜい判る事と言えば、こんなプログラムを組める奴はそうそう居ないという事くらいだ。

 ルネ姉さん達が来たお陰で暫く賑やかになりそうだし、カイの操縦訓練は始まるし。何も起こらないければ良いが……

 ……いや! そもそも何故俺がアイツの心配などしなければならないんだ?!

 [クルト=リッヒ=シュバルツ]

 

[ZOIDS-Unite- 第18話:蒼天(そら)の申し子]

 

 共和国軍のルネ、ウィル、シドの3人が来て3日目……それはつまり、カイの戦闘操縦訓練が始まって既に3日が過ぎたという事であり、あのディスクの解析を始めて5日が過ぎたという事でもある。

 だが……事態はまだ何も進展してはいなかった。そう。全く何も。

 

「そうですか……いえ、仕方がありません。どうかお気になさらず……はい。はい。それでは失礼します」

 

 開発作業棟のデータ解析室。

 小型タブレットを使い通話をしていたトーマが、通話終了と同時に重苦しい溜息を吐いて頭を抱える。その顔にはハッキリと絶望の色が浮かんでいた。

 片付けて幾分綺麗になったパソコンの前でディスクの解析作業を続けていたクルトは、そんな父の顔色を見て思わず手を止める。

 

「ヴァシコヤードからの連絡、どうだった?」

「すまん。完全に空振りだ……まさか12年も前にデータ整理の関係で古いモデルデータが処分されていたとは……アカデミー側もバックアップやアナログ媒体の記録簿を片っ端から当たってくれていたんだが、どうやら手掛かりになりそうな物は何も残っていないらしい……」

 

 ぐったりとした声で語るトーマに、クルトが苦笑を浮かべる。

 

「仕方がないさ。父さんがアカデミーに在学していた頃に残ってたモデルデータだったんだろう? 30年以上前のデータなんてそうそう残ってる筈がない」

 

 だが、トーマは釈然としない面持ちで顎に片手を添えながら考え込むように呟いた。

 

「しかしだな。もし製作者が同一人物であるならば、今の技術でも解析の追い付かんようなデータの基礎を30年以上前に確立していた大天才の筈だ……なのになんの手掛かりも無いとは……」

「せめてシュバルツ博士と同時期に在籍していた人物であったなら、すぐに特定出来たのに」

 

 若干からかうような口調で含みのある言い方をしながら、クルトは再びキーボードを叩き始める。

 トーマはムスッとした表情を浮かべると、面白くなさそうに口を開いた。

 

「お前なぁ……あのモデルデータは卒業生達が残していた物だったんだぞ? つまり俺が在学していた頃には、データを制作した生徒は既に卒業した後で……」

 

 不意に言葉を途切れさせたトーマに、クルトは顔を上げ僅かに得意げな笑みを浮かべる。

 

「どうかされましたか?シュバルツ博士」

「……そうか」

 

 トーマは手にしたままだった小型タブレットを白衣のポケットへ突っ込みながら、愛用のヘッドデバイスへ呼びかけた。

 

「ビーク。ヴァシコヤードアカデミーに30年前以前に在籍して居た人物をリストアップ。生徒、教員は問わない。現在の連絡先も調べが付く限りリストに加えてくれ。大至急だ」

「∬$#$〒□Л*Ψ:?!」

「そう。今すぐだ。大至急頼む」

「ЛжΦΨ∬〇……」

 

 ぶつくさと文句をぼやくようなビークの電子音を聞きながら、トーマは自分のラップトップを抱える。

 

「すまんクルト! もう少し時間をくれ! 何か情報が入り次第また連絡する!」

 

 そのままデータ解析室を飛び出して行ったトーマの後ろ姿をニヤニヤと見送るクルトに、インカム型デバイスを通じてテオが声を掛けて来た。

 

[なるほど。そのモデルデータを組んだ人物と同時期に在籍して居た人物を見つけられれば、モデルデータそのものは手に入らないまでも、ディスクの製作者を絞り込む事は可能ですね]

「あぁ。何故あそこまで気付いていておいて、パッと思い付かないんだか……父さんも随分余裕が無さそうだ」

[あそこまで……とは?]

 

 不思議そうに訊ねて来るテオに、クルトが苦笑を浮かべる。

 

「今の技術でも解析の追い付かないようなデータの基礎を30年以上前に確立していた大天才。と言っていただろう? ならば、そんな大天才が在籍当時噂にならない訳が無い。誰か覚えている奴が居るに決まっている。そんな簡単な事にも気付かないなんて、父さんらしくないだろ?」

 

 そう言って肩を竦めて見せると、彼はマグカップを手に取り、すっかり冷めきったコーヒーに口を付ける。

 正直な話、ディスクの解析をしているのは収集した戦闘データの送信先を突き止める為だ。そうすればディスクを開発しばら撒いた人物、或いは組織の所在を掴むことが出来る。だが、トーマが先にディスクの開発者の情報を突き止めれば、後はその開発者を探し出せば良い。

 ディスクから割り出すか、人物から割り出すか。アプローチの角度が違うだけで目的自体は同じなのだ。

 

「全く、こんな訳のわからんディスク一枚にここまで手こずり、振り回されるとは……」

 

 ぽつりと零したその言葉に、テオがそっと呟いた。

 

[やはり、解析を手伝いましょうか?]

「いや、ゾイドを暴走させるような危険なディスクだ。お前が暴走させられる可能性も否定出来ん。だからわざわざスタンドアローンのパソコンでこうして解析しているんだ。気持ちだけで十分だよ。テオ」

 

 何処か優しい声音でそう答え、クルトはマグカップを置くと作業を再開する。

 ふと、外から聞こえたゾイドの着陸音に窓の外へ視線を移せば、レイノスとストームソーダー、そして訓練用のマーカー弾であちこちが蛍光ピンクに染まったブレードイーグルが滑走路へと戻って来ていた。

 午前の訓練が終わったのだろう。時計を確認してみれば丁度12時を指していた。

 

「俺も一旦休憩して来よう。悪いなテオ。仕事が無くて退屈だろう?」

 

 椅子から立ち上がりながら問えば、テオは何処か面白がっているような様子で答えた。

 

[暇ではありますが、休暇だと捉える事にします]

 

 その言葉に笑い声を上げながら、クルトはデータ解析室を後にした。

 

   ~*~

 

 一方、ブレードイーグルから降り立ったカイは、レイノスから降りて来たウィルと、ストームソーダーから降りて来たシドの元に歩いて行きながら、すっかり参った様子で声を上げていた。

 

「俺さぁ~全ッ然進歩してない気がするんだけど、何が悪いんだろう?」

 

 その言葉に、ウィルとシドは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 

「そんな3日そこらで俺達と渡り合えるようになられたら、それこそこっちの立つ瀬が無いっての。別に筋は悪くないんだし。やっぱこればっかりは場数と経験だろ」

 

 シドの言葉に、カイは途方に暮れたような表情を浮かべる。

 

「場数と経験。ねぇ……」

「ほらほら。とりあえず飯だ飯。午後も訓練あるんだからな」

 

 元気付けるかのようにカイの頭をわしゃわしゃと撫でまわしながら、ウィルが景気良く笑う。

 だが、カイはどうも納得が行かない。

 確かに戦闘自体は苦手ではあるが、家を飛び出し3年……独学でそれなりに操縦技術を磨き、飛ぶ事自体にはそこそこ自信があった。現に孤島の遺跡でスカーレット・スカーズにレドラーを破壊されるまでは、一度も撃墜された事は無かったのだから、きちんとした訓練を受けさえすれば戦闘面もどうにかなるだろうと思っていたのだ。

 なのに、トーマとの操縦訓練でちゃんとした基礎を教えて貰い、模擬戦もそこそこの評価を得ていたにも関わらず、より専門的、実践的な訓練にシフトした途端に伸び悩んでいる……

 機体性能的には十分過ぎるほど渡り合える筈なのに、此方の攻撃はまるで当たらない。2人の攻撃を回避するのも一苦労。訓練用のマーカー弾ではなく実弾で訓練していたならば、ブレードイーグルはとっくに穴だらけのスクラップになっていただろう……それが酷く悔しくて仕方が無い。

 

(やっぱ、そう簡単な訳ねーんだよな……そのくらい分かってた筈なのに……)

 

 ウィルとシドの後に付いて行く形でとぼとぼと食堂に向かいながら、喪失感に見舞われる。

 意外とやっていけそうだ。と思っていたのに、その自信にヒビが入っていく音が聞こえる気がした。

 

(いや、つーかそもそも、今までがあんまりにもトントン拍子過ぎたんだよな。アマチュア上がりの未成年が、そんなすぐに使い物になるレベルに到達出来る訳ねーし……)

 

 開き直りのような考えが過ると同時に、カイの脳裏に入隊初日のクルトの言葉がチラつく。

 

―ガーディアンフォースの任務はアマチュアゾイド乗りがこなせる程、甘くはないぞ―

 

 あの日のクルトの言葉は、今まで嫌味だとしか思っていなかった。まぁクルト自身は本当に嫌味のつもりで言ったのだろうが……その言葉を痛感している今、カイは崩れ落ちそうな自信を「意地」でかろうじて繋ぎ留めるが精一杯という状態であった。

 彼は重い気分のまま、食堂で適当に日替わりランチを注文すると、ぐるりと食堂内を見渡す。

 自分よりも少し早く食堂に来ていたのだろう。レン、エドガー、シーナがルネと共に同じテーブルに着いて昼食を摂りながら何やら話し込んでいた。

 ディスクを取り外した後、専属開発整備班の面々が隅々までコンディションをチェックし、何も異常が無い事が判明したお陰で、例のヘルキャットは無事に本日から正式なシーナの登録機となったのだそうだ。

 その為、本日の地上戦闘訓練からシーナもヘルキャットと共に参加している。

 ……と言っても、シーナの「オペレーター」という基本的な役職が変わった訳では無い。

 シーナの訓練は前衛部隊と共に前線に立ち、状況をより正確に把握して的確なオペレーションをこなす「前線オペレーター」としての訓練だ……そういう意味では、元々の開発コンセプトが偵察用である事から高い情報収集能力を持ち、おまけに光学迷彩で姿を隠す事が出来るヘルキャットは、シーナにとって最高の相棒になるだろう。

 

(そういえば、地上組の訓練は調子どうなんだろう?……)

 

 ふとそんな疑問が脳裏を過るが、カイはなんとなく地上組の輪に邪魔するのも悪いだろうかと思い直し、調理員から受け取った昼食の盆を抱えて空いているテーブルに1人で移動する。

 本当ならウィルとシドが昼食を摂っている席へ行って、レン達のように何かしら学ぶ姿勢を見せるべきなのかもしれないが……正直今はそんな余裕すら無い。一体何が悪いのか?何故自分だけこんなにも伸び悩んでいるのか?という不安と焦りが、カイを周囲から遠ざけさせていた。

 

「まるで学校通ってた頃みてーだ……」

 

 思わず口を突いて出て来た独り言に、カイは憂鬱な気持ちになる。

 勉強も、運動も、周囲より高い評価を得れば「軍人の息子は違うよな。」とクラスメイト達から敬遠され、手を抜き評価が下がれば「そんな事も出来ないのかよ。」と馬鹿にされる。結局、何をするにも周囲の目が気になるからと、可もなく不可もない平凡な評価になるよう人一倍頭と神経を使うだけの息苦しい毎日だった……

 何をどんなに全力で一生懸命やっても報われない息苦しさが、平凡を装う為にあれこれと苦心していた頃の息苦しさと似ているとは、なんとも皮肉なものだ。

 

「珍しいな。今日はレン達と一緒じゃないのか?」

 

 不意に投げかけられた言葉に顔を上げれば、クルトが自分の昼食を手にしてテーブルの向かいに立っていた。

 カイは面倒臭そうな表情を隠そうともせずに、刺々しい態度で口を開く。

 

「別にお前に関係ねーだろ。つーか、お前こそシーナと一緒じゃなくて良いのかよ」

「俺はお前に苦情を入れに来ただけだ」

 

 クルトは涼しい顔でそう言いながら向かいの席に着くと、食事ではなくコーヒーに口を付けながら呟いた。

 

「訓練が始まって以来、イーグルがマーカー弾のペイントで派手に汚れるせいで、整備員達が洗浄作業に随分と苦労していると小耳に挟んだ。お前、訓練は根性でどうにかするんじゃなかったのか?」

「そりゃ悪かったな。どうせ口先だけで実力も根性も無いクソガキだよ俺は」

 

 不機嫌な声でそう言いながら、カイは食べる速度を上げる。

 これ以上嫌味を聞いていたらヒビの入ったメンタルがバッキリ折れるか、逆上してクルトをぶん殴るかのどちらかになりかねない。そうなる前にサッサと食事を終えてしまいたかった。

 だが、クルトはそんなカイに呆れたような溜息を一つ吐くと、言い聞かせるように呟いた。

 

「言っておくが、ブレードイーグルはストームソーダーや最新型のレイノスの性能すら遥かに上回るゾイドだ。お前だって……認めたくはないが、シュバルツ少佐やシュバルツ博士から筋が良いと評価も得ている。なのにこれだけ訓練に苦戦しているのは、性能面や技術面以外の所に問題があるから……なんじゃないか?」

 

 その声は、クルトが初めてカイに向けた「敵意の全く無い」穏やかな言葉だった。

 カイは思わず手を止め、クルトをぽかんと見つめる。

 クルトは、少し居心地が悪そうに視線を逸らしながら言葉を続けた。

 

「その……つまりだな。お前、自分がレイノスやストームソーダーに……或いは、現役の軍人2人を相手に、勝てる訳が無い。と……心の何処かで気持ちの方が先にが負けているんじゃないのか?」

「気持ちが……先に負けてる……」

 

 クルトの言葉を譫言のようにぽつりと復唱して、カイは自分の昼食に視線を落とす。

 確かに……ちゃんと訓練に付いて行けるだろうか?という不安ばかりが先に立ち、ウィルとシドの2人に対して「絶対に負かしてやる。」と「今日こそは仕留めてやる。」という気持ちを抱いた事はまだ無い……

 カイはそこでふと気付いた。

 

「そっか……」

 

 不意に顔を上げ、彼は大嫌いな同期隊員の名を呼ぶ。

 

「クルト」

「なんだ?……」

「ありがとな」

 

 クルトの若草色の瞳を真っ直ぐ見据えて礼を述べると、カイは残りの昼食を掻き込んで、空になった食器の盆を手に返却口へ向かう。その後ろ姿を見送った後、クルトは自分の昼食に手を付けながらボソッと呟いた。

 

「全く、手の掛かる奴だ……」

 

 面倒臭そうに呟いた後、クルトはふと不安げな表情を浮かべる。

 

(これで……良かったんだよな?……)

 

 カイの両親は、カイがゾイドに乗り続ける事を決して望んでいる訳ではない……だがその一方で、どんなに自分達が手を尽くそうと、いつか空へ羽ばたいて行く事を悟っていた。

 ならば……ガーディアンフォースとして任務に従事する身となった以上、彼がかつて持っていたというゾイド乗りとしての才能が開花する手助けくらい……しても良いだろう。でなければ、いつか任務で命を落としかねない。

 自分で危機を切り抜けるだけの力を育ててやる事が、結果的にカイを守る事に繋がる筈……それが、悩みぬいた末にクルトが出した答えだった。

 

(なんで嫌いな奴の事を此処まで心配しなきゃならないんだ……損な役回りだな……)

 

 自分にカイを託したジャネットの気持ちを裏切っているような罪悪感を微かに覚えながら、クルトは味すらロクにわからないまま、黙々とその日の昼食を胃袋に詰め込んだ。

 

   ~*~

 

 その日の午後からカイの操縦傾向が変わった事に、ウィルとシドはすぐ気付いた。

 ひたすら逃げ回りながら相手の隙を伺うような状態から一変し、自分から積極的に攻撃に転じて突破口を探るようになったのだ。

 ……とはいえ、それだけで飛躍的に成長するならば苦労などしない。

 結局午後の訓練で、ブレードイーグルは一日当たりに浴びたマーカー弾の数を大幅に更新し、派手にペイント塗料を浴びまくった事でカンカンに怒った鋼の鷲は、訓練終了後、コックピットから降りて来たカイの頭を蛍光ピンクに染まった嘴で容赦無く突き回した。

 お陰で髪にべったりと塗料を摺り込まれたカイはレンとルネに爆笑され、シャワー室に1時間以上籠る羽目になった挙句、ぐったりとした様子で夕食もそこそこに自室へと戻ってしまったのである。

 

「どういう心境の変化があったんだろうな?」

「さぁ?? 逃げてばっかじゃ何も変わらないって、あの子なりに学習したとか?」

 

 夕食とシャワーを済ませた後、レストルームでコーヒーを飲んでいたウィルの呟きに、シドが小型タブレットをいじりながら冷めた声で返事を返す。

 ウィルはそんな幼馴染に苦笑を浮かべながら呟いた。

 

「とはいえ、慣れてないんだろうな。自分から積極的に攻撃を仕掛ける戦法……」

「だろーな。お陰で楽な的だよ。訓練用のマーカー弾だって税金で(まかな)われてるってのに」

「そう思ってるならもう少し手加減してやれよ。遠慮なく撃ち過ぎなんだお前は」

「お前が撃たないから俺が撃ってんだろ」

 

 ウィルの言葉に、シドは肩を竦めるだけだ。

 シド=オコーネル……恐らく傍から見れば随分冷たい奴に見えるかもしれないが、この場合、小型タブレットにインストールしているアプリゲームに集中しているか、デジタルコミックを読んでいるかのどちらかで反応が冷たいだけなのを、幼馴染であるウィルはよく知っていた。

 まぁそうでなくともシドは普段から飄々とした皮肉屋で少々口も悪いのだが。

 

「そんなに気になるなら、俺じゃなくて本人と話して来りゃいいじゃん」

 

 心底面倒臭そうな表情でタブレットから顔を上げ、シドはウィルを見つめる。

 今度はウィルが肩を竦める番だった。

 

「はいはい。ゲームの邪魔だからあっち行ってろって事な」

「ゲームじゃなくて読書の邪魔」

「なんだそっちか」

 

 シドの冷たい態度などまるで気にしていない様子で愉快そうに笑いながら席を立つと、ウィルは彼の肩をちょんちょんと突いてからかうように囁いた。

 

「晩くなる前にちゃんと部屋に戻って寝ろよ??」

「母ちゃんかよ」

「……うふっ」

「気色悪ッ……」

 

 露骨に嫌がっているシドの反応にゲラゲラと笑い声を上げながら、手にしていた紙コップをゴミ箱に捨てると、ウィルは隊員宿舎へ向かって歩き出した。

 

   ~*~

 

 ウィル=ハーマン中尉は、会って間もないカイの事を妙に気に入っていた。

 同じ飛行ゾイド乗りであるという事も勿論だが、カイが時折見せる大人びた眼差しが……その目が、印象的だったからかもしれない。ただ何処までも遠い場所を見つめているような澄んだ瞳は、かつて自分が憧れた大英雄の眼差しに通ずる物があった。きっと彼は大物になる。直感的にそう思ったのだ。

 だからこそ、そんな少年の成長過程に関われる事が面白いと感じたし、放っておけなかった。

 隊員宿舎の入り口にある自販機でコーヒーとココアを適当に買うと、ウィルは104号室……カイの部屋へと向かい、ドアをノックした。

 

「はーい……」

 

 若干ぐったりした声で聞こえて来た返事の直後、Tシャツにトレパン姿のカイがドアから顔を覗かせる。

 彼は訪ねて来た人物がウィルだと気付いた途端、ぽかんとした表情で固まっており、状況が全く理解できないといった様子だ。そんなカイの反応に苦笑しながら、ウィルは明るく声を掛けた。

 

「よう。良かったらちょっと星でも見ないか?」

「星……??」

「そう。星。半袖じゃまだ寒いだろうから、何か適当に上着着て来い」

「あ、はい」

 

 ハッとした様子で返事をしたカイは、ベッドの上に放り出していたジャージを羽織って再びウィルの前に戻って来る。ウィルはカイの頭をわしゃわしゃと撫で回すと、買って来たココアの缶を手渡して歩き出した。

 

   ~*~

 

 ウィルがカイを連れてやって来たのは第三格納庫の傍に駐機されたレイノスの元だった。

 彼はそのままレイノスの足元に寝転がると、カイを見上げながら自分の隣をポンポンと手で叩く。カイは戸惑った様子ではあったが、促されるままウィルの隣に胡坐を掻き、手にしているココアの缶を手の中で転がしながらそっと口を開いた。

 

「……なんで急に、星見ようなんて誘ったんだよ」

「別に。星も見たかったし、お前と少し2人で話がしてみたいとも思ったし。それだけだ」

 

 ウィルはそう言うと、普段の陽気さとは違う、穏やかで落ち着いた声音で優しく訊ねた。

 

「午後の訓練から、動きが随分変わったな。何か心境の変化でもあったのか?」

「あ~……まぁ、心境の変化っていうか……」

 

 カイは言葉を探すように少し黙り込んだ後、大人びた声で静かに語り出した。

 

「俺、今まで自分から「戦いを挑みに行った事が無いんだ。」って気が付いたんだ」

「戦いを挑みに行った事が無い?」

 

 微かに驚いたような声を上げたウィルは不思議そうにカイへ訊ねる。

 

「珍しいな。お前くらいの歳の奴は皆、血気盛んで無鉄砲なイメージしかないが……」

 

 その言葉に苦笑を浮かべた後、カイは頭の中を整理するようにゆっくり語り出した。

 

「あ~……無鉄砲ってのは当たってるよ。後先考えずに家飛び出した挙句、金に困って情報屋なんかやってた訳だし……」

「ほ~ぉ。情報屋か」

「ああ……きっと、自分から戦いを挑まないのは、情報屋をしてたのが一番の理由なんだと思う。ただでさえトラブルの絶えない、裏社会に片脚突っ込んだ危ない仕事だったから……揉め事や厄介事に巻き込まれるくらいならサッサとずらかる。戦闘も、傭兵や賞金稼ぎ達の領分であって、自分じゃ到底勝ち目が無い。だから仕掛けない。ってのが染み付いちまっててさ……勝ちに行くなんて、正直考えた事もなかったんだ」

 

 カイはそこまで語った後、不意に物寂し気な表情で星空を見上げる。

 

「今思えば、勝負に限った事じゃない……俺はずっと逃げてばかりだったんだと思う。人間関係だって、ちゃんと周りと向き合おうとした事なんか無かった。学校の皆とも、親父とも、行く先々で出会った人とも……恐らく、此処に来てからも……」

「……」

 

 意外な言葉に、ウィルは黙り込んだまま星空を見上げるカイの横顔を静かに見つめた。

 16、17歳の少年とは思えないような大人びた表情が、そこにあった。

 

「今まではさ、他人に深入りしない。詮索しない。それが大人だって思ってた。けど……きっとそれだって、他人と向き合うのが怖かっただけなんだ。そんな奴がこれから先、責任背負って戦うなんて出来っこないのにな……」

 

 カイはそこまで語ると、苦笑を浮かべながらウィルへ視線を移し呟いた。

 

「実はさ、俺、クルトとすっげー仲悪いんだ」

「クルトと?? 昼間一緒に飯食ってたろ??」

「今日はたまたま。普段なら絶対あり得ない」

 

 何処か冗談めいた口調でそう言った直後、カイはふと申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

 

「……アイツ、前に俺の事「嫌いだ」なんて面と向かって言って来た癖にさ……わざわざ俺のとこに来て教えてくれたんだ。心の何処かで気持ちの方が先にが負けてるんじゃないか?って。……悔しいけど、アイツの言う通りだよ。ハーマン中尉やオコーネル中尉に勝てる訳無いって……端から諦めてた部分があった」

「なるほど。それで自分から攻めに入る戦法に切り替えた訳か。自棄になって無暗に特攻して来てたのかと思えば……お前なりに考えてたんだな」

 

 納得した様子で穏やかに微笑むウィルに、カイは再び苦笑する。

 

「まぁ、結果的に無暗な特攻になっちまって、イーグルを怒らせる破目になっちまったけどな。だってわっかんねーんだもん。自分から勝負を挑む。相手と向き合うって感覚。今までやった事ねーし……」

 

 子供っぽいむすっとした声を上げた後、カイはやっと手にしていたココアの缶を開け、口を付ける。

 そんな彼を優しい眼差しで見つめながら、ウィルはそっと口を開いた。

 

「なぁ、カイ」

「ん??」

「お前……空を飛ぶ時、どんな事を考えてる?」

「空を飛ぶ時??」

 

 怪訝そうに訊ね返すカイの視線の先で、ウィルは寝転がったまま星空を見上げる。

 彼は穏やかな口調のまま、静かに語り出した。

 

「俺は……空を飛ぶ時はいつもこう考えるんだ。この空は俺達の場所だ。だから俺達は誰にも負けない。誰も俺達には追い付けない。って。そうやって自分を奮い立たせながら、いつも操縦桿を握ってる。なんでだと思う?」

 

 カイは、少々困ったように視線を泳がせた後、ポツリと呟いた。

 

「相手に負けたくないから?」

「ハズレ」

 

 意地悪くニヤッと笑いながら答えた後、ウィルは不意に真剣な表情を浮かべ呟いた。

 

「墜ちれば死ぬって、解ってるからだよ」

「墜ちれば……死ぬ……」

 

 戸惑ったように復唱するカイの前で、ウィルは見上げた星空へ真っ直ぐ手を伸ばしながら語り出した。

 

「空は本来、人間の居場所じゃない。鳥や、飛行ゾイド達だけが居る事を許されてる場所だ。そんな神聖な場所にゾイドの力を使って戦闘を持ち込む人間なんか、空に嫌われてて当然の存在なんだよ。脱出装置やパラシュートでどんなに保険を掛けても、結局は空の意志一つ。もし脱出装置が作動しなかったら? パラシュートごと撃ち墜とされたら? どうなる??」

「……死ぬ」

「そう。死ぬんだ……俺やお前みたいに空で戦う奴は特にな。まぁ天国に一番近い場所でドンパチやってるんだ。死ぬ時はそりゃ呆気なく、成す術なく死ぬに決まってる」

「……だから、空は俺の場所だ。って言い聞かせてんの?」

 

 カイがいまいちピンと来ない様子でポツリと訪ねる。

 ウィルは空に伸ばしていた手をそのままカイの頭にポンっと乗せ、わしゃわしゃと撫で回しながら答えた。

 

「ああ。空は俺達の場所だって言い聞かせてる間だけ、俺は相棒であるレイノスと一体になれる。そうやってレイノスと一体になっている間だけ、空に居る事を許された存在になっていられる。だから『俺達の場所』なんだよ。この空が、俺と、レイノスの場所になるんだ」

 

 彼はそっとカイの頭を撫でていた手を下ろすと、優しく問いかけた。

 

「お前は?」

「俺は……」

 

 カイは飲みかけのココアの缶へ視線を落としたまま思案に暮れる。

 幼い頃の記憶は曖昧だが、それでも、覚えている限りの一番古い記憶の中では既に空に魅入られていた。

 ただ空に焦がれ、いつかゾイドで空を飛びたいと思っていた。それ以外の夢すらなかったのだ。

 

「……初めて空を飛んだ時は、とにかくドキドキした。気付いた時には空に憧れてて、空が大好きで、とにかく飛びたいって思ってたから……俺にとって、空はきっと自由の象徴みたいな場所……だったんだろうな。360度、何処へ行くのも自分の意志一つ。そんな場所、空しかないから……」

 

 カイは考えをまとめるように時折悩みながら……自分自身に問いかけながら言葉を続ける。

 

「今は……飛ぶ度に迷ってる……っていうか、悩んでる。今日の訓練はどうなるだろう?また何も進歩しないまま終わるんじゃないか? って……何も考えず、ただ飛ぶ事が楽しかった頃とは全然違うんだ。でも、空が好きだって気持ちは全然変わらないし、飛べなくなるのは俺にとって死ぬのと同じだから……」

「だから、飛ぶんだな……」

「うん。俺には空を飛ぶ以外、何も取り柄が無いから……」

 

 ウィルは起き上がってカイの隣に座り直すと、カイに優しく囁いた。

 

「なぁ、カイ」

「何?」

「それじゃまるで、飛べれば相棒は『なんでも良い』みたいに聞こえる……お前の相棒が、ブレードイーグルが置き去りなんじゃないか?」

 

 カイはその言葉に、ハッとした様子で目を見開く。

 ウィルはそんな彼の薄紫色の瞳を見つめて、優しく、だが真剣に、言葉を続けた。

 

「お前は1人で飛んでる訳じゃない。イーグルと一緒に飛んでるんだろ?なのに、それを忘れてたら、どんなにお前が1人で頑張ってもイーグルは応えてくれない。ゾイドだって意思のある生き物で、俺達人間は、その翼を貸してもらってる側なんだからな」

「翼を……貸してもらってる側……」

 

 カイは、一番大切な事を忘れていたのだと気付かされた。

 ブレードイーグルは強い自我を持ち、呆れる程プライドも高い……にも関わらず、遺跡で出会ってからガーディアンフォースに入るまでの長いようで短かった旅の中で、有事の際にはいつも力を貸してくれていた。気難しい奴ではあるが、イーグルはイーグルなりにカイに応えてくれていたのだ。

 まだ我流の拙い操縦しか出来なかった自分に、操縦を任せてくれた。

 カイの腕で賄えない部分は、自分の判断でカバーしてくれていた。

 それなのに、ちゃんとした基礎を学んで操縦技術が安定するにつれ、イーグルから心が離れてしまっていた。ただ自分の気持ちだけが独り歩きするかのように、一方的に乗りこなそうとしてしまっていた。

 どうすればもっと上手く操縦出来る? どうすればウィルやシドに勝てる? そんな事ばかりを考えて、旅をしていた頃のように「イーグルと2人で」戦おうとしていなかった……

 

「……俺、馬鹿だ……」

 

 悔やんでいるのがハッキリと分かる声で呟いたカイが立ち上がる。

 彼はウィルを見つめて笑顔を浮かべた。

 

「ありがとな。ハーマン中尉……俺、イーグルに謝って来る」

 

 そう言うが早いか、カイは第三格納庫へと走っていく。

 ウィルはそんな彼の後ろ姿を見送るように眺めていたが、その視線の先で彼は何か思い出したかのようにふと立ち止まり、振り返って叫んだ。

 

「あと! ココアありがとな! でも俺コーヒー派だから! 次奢ってくれるならコーヒーで頼むぜ!」

 

 カイはそう言って生き生きとした笑みを浮かべると、再び走り出す。

 思わず呆気にとられた後、ウィルは噴き出すように笑いながら呟いた。

 

「ったく。可愛げがあるんだか無いんだか……」

 

 結局、話が終わるまで一度も手を付けていなかったコーヒーをようやく開け、ゆっくりと味わうかのように一口飲んだ後、彼は星空を見上げる……その顔には「してやったり」といったような笑みが浮かんでいた。

 

「やっと目に光が灯ったな……あれは化けるぞ……」

 

 好奇心の抑えきれない子供のような声で呟いて、彼は相棒のレイノスと2人で満天の星空を眺める。

 明日の訓練を、心の底から楽しみにしながら……

 

   ~*~

 

 シャッターの閉まっている第三格納庫に走って来たカイは、通用口であるドアから中に入り、階段を駆け上ってブレードイーグルの正面に伸びる整備ブリッジに向かう。

 もうすぐ就寝時間である為、暗く静まり返った格納庫内に居るのはカイとブレードイーグル。そしてトーマの愛機であるストームソーダーだけだ。

 カイは走って来たせいで上がった息を整えると、整備ブリッジの手摺りから身を乗り出すようにしてブレードイーグルへと声を掛けた。

 

「イーグル、起きてるか?」

「……クルル」

 

 若干面倒臭がっているようにも聞こえる短い返事を聞いて、カイはそっと表情を曇らせる。

 彼は言いたい事を頭の中で整理しながら、そっと口を開いた。

 

「俺さ……ガーディアンフォースに入ってから、お前の事、一方的に乗りこなそうとしてた。お前と一緒に飛んでるのに、お前を操ってる気になってたんだ……ごめんな」

 

 その言葉があまりにも意外だったのだろう。

 暗がりの中でもぼんやりと浮かび上がって見えるイーグルの白い頭が、首を傾げるように微かに傾く。

 カイはそんなブレードイーグルに向かって、言葉を続けた。

 

「ハーマン中尉が教えてくれたんだ。俺達人間は、ゾイドの翼を貸してもらってる側なんだって。お前は……俺みたいなひよっこに、自分の翼を貸してくれてんのに……俺、そんなお前の気持ちを踏み躙るような乗り方しか……してなかった……自分の相棒とすらロクに向き合えないような奴が、相手や周りと向き合える訳がねーよな……」

 

 ブレードイーグルに対する申し訳なさと、自分に対する不甲斐なさが、彼の目に涙を滲ませた。

 カイは滲んで来た涙を見せまいと俯いたが、ブレードイーグルはそんな彼をまるで励ますかのように、そっとその頬に嘴の先を添える。

 思わず驚いて顔を上げれば……相棒である鋼の鷲が、その巨体からは想像も出来ない程優しい動きで、器用にカイの頬を添えた嘴で撫でてくれた。

 

「イーグル……お前、もしかして……俺の事励ましてくれてんの?」

 

 唖然とした表情でポツリと呟いたカイに、イーグルは咽を鳴らすような声で答える。

 シーナやエドガーと違い、ゾイドの声が分からないカイにも……その声の意味は伝わっていた。

 彼は自分の頬を優しく撫でてくれる金色の嘴に静かに手を添えると、穏やかな声で囁いた。

 

「……ありがとな。明日からまた、俺にお前の翼……貸してくれるか?」

「キュルルッ」

 

 「勿論。」と言ってくれているような優しく力強い返事を聞いて、カイはホッとしたような笑みを浮かべる。

 就寝時間を告げる音楽が基地内放送で流れ始めるまで、彼は不甲斐ない自分を赦してくれた相棒の嘴をそっと撫で続けていた……

 

   ~*~

 

 翌日。

 午前訓練の為、第三格納庫へと向かうカイの背中を、不意に誰かがポンッと叩く。

 振り返ってみれば、陽気な笑顔を浮かべたウィルがそこに居た。

 

「おはよう。イーグルとは仲直り出来たか?」

「ああ。仕方ねーから赦してやるよ。って言われた」

 

 何処か冗談めいた様子で笑いながら答えれば、ウィルは楽しそうな笑い声を上げる。

 

「そいつは良かった! イーグルにフラれてやしないかって心配してたんだ。」

「正直俺も冷や冷やしてたよ……こんな俺の事赦してくれたイーグルには、ホントに感謝してる」

 

 穏やかな笑みを浮かべるカイの頭をわしゃわしゃと撫でて、ウィルは兄のような優しい眼差しと共に呟いた。

 

「相棒とちゃんと向き合えたなら、もう大丈夫だ。その感謝を忘れさえしなきゃ、最高のパートナーになれる。あとは自分と、自分の相棒を信じて飛べ。良いな?」

「おう! 言われなくても分かってるぜ!」

 

 カイの瞳に灯った光がより強いものになっている事を確信し、ウィルは今日の訓練が楽しみでならない。

 可能性の塊のような少年と、未だその真の力を発揮していない鋼の鷲……すれ違いを乗り越えたこのコンビが、一体どのように成長していくのだろう?カイと共に格納庫へと向かいながら、彼の心は好奇心に満たされていた。

 

   ~*~

 

 レイノスの元へ向かったウィルと別れ、カイはブレードイーグルのコックピットに乗り込む。

 いつものようにシートベルトを締めた後、彼は不意にどさりとシートに体を預け、目を閉じた。

 

「イーグル。一つ頼みがあるんだ……」

「クルルルル?」

 

 不思議そうな声を上げるブレードイーグルに、カイはぼんやりと目を開きながら呟く。

 

「俺さ、お前の翼何度も借りてるのに、お前の能力、全然引き出せて無いだろ?だから教えて欲しいんだ。どうやったらお前の持ってる能力を100%引き出せるか」

「キュルッ」

 

 短くも力強いその返事には、今までの刺々しい感じが無くなっていた。

 カイは安心した笑みを浮かべて、そっとセンターコンソールに手を添える。

 

「ありがとう。よろしくな」

 

 遺跡で出会って以来、何度も握って来た操縦レバーを確かめるようにしっかりと握って、彼は大声で叫んだ。

 

「行こうぜイーグル! 今日こそあの2人に勝つんだ! 俺とお前で!!」

「キュルア!!!」

 

 格納庫を出て、イーグルが五月晴れの空へと羽ばたいた。

 その姿を確認しウィルのレイノスとシドのストームソーダーも、いつものようにブレードイーグルに続いて空へと舞い上がる……が、2人はすぐにブレードイーグルの異変に気付いた。

 普段ならばある程度の高度に達した時点で水平飛行に入るというのに、イーグルが上昇をやめないのだ。

 

「カイ? 何処まで上昇する気だ??」

 

 シドが怪訝そうに通信を入れれば、慌てたようなカイの声が返って来る。

 

『わかんねえ! イーグルがいきなり自立行動に切り替えて昇るのやめねーんだ!!』

 

 訓練を始めてからこれまでの間、ブレードイーグルが勝手に自立行動に入り操縦を拒否するような事は一度も無かった……一体何があったのだろう?と、ウィルとシドは通信画面越しに顔を見合わせた。

 

「カイ! とりあえず一旦訓練は中止だ! どうにかしてイーグルを説得して戻って来い!」

『あ、ああ! わかっ―』

 

 ウィルの言葉に返事を返そうとしたカイの音声が途中で途切れる。

 そのまま通信が途絶し、再度通信を入れ直そうとしても繋がらない……

 

「イーグルが通信を遮断しているのか?……」

 

 仲直りした筈にも関わらず、突然反旗を翻したかのようなイーグルの行動に、ウィルは戸惑いを隠せない。

 

『どうする? 戻って来るまで降りて待ってる訳にもいかないよな? コレ……』

 

 困り果てたような声を上げるシドに、彼は呟いた。

 

「……追いかけるしかないだろ。何かあってからじゃ遅いからな」

『了解』

 

 とてつもない速度で遥か上空へと昇っていく鋼の鷲を追いかけ、2頭の翼竜が空を切った。

 

   ~*~

 

「イーグル! 一体何処まで行く気なんだよ?! とりあえず一旦戻らねーと! なぁ! 聞けって!!」

 

 ブレードイーグルのコックピットで、カイはすっかり途方に暮れていた。

 仲直り出来たと思っていたのに、自分の思い上がりだったのだろうか?……だが、昨夜のイーグルの優しさや、今朝の素直さなどが演技だったようには思えない。

 

(今まで訓練中に自立行動で勝手に動き回った事は無かったんだ……きっと何か理由が……)

 

 必死にブレードイーグルの突然の奇行の原因を考えるカイだったが、ふと、体が宙に浮くような感覚に見舞われた彼は、メインモニターに視線を戻す。

 一面真っ青な空しか映っていなかった筈のモニターには、いつの間にか遥か遠く小さくなったガーディアンフォースベースと、中立都市ヘルトバンが映し出されていた。

 ……と、いう事はつまり……

 

「ちょ?! イーグル?! お前まさか?!」

 

 サァッと青ざめたカイなどお構い無しに、イーグルは背面のソニックブースターを全開にして、今度は垂直急降下を始める……無重力に近い状態になっていたコックピット内に、本来とは逆向きのGが一気に掛かり、カイは一気に体がシートに押さえつけられるような感覚を味わいながら絶叫した。

 

「うぅぅぅぅっわぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 必死に思考しようとしていた脳内が一気に真っ白になる。

 まるで超倍速の早送りのようにベースの滑走路が近づいて来る中、レイノスとストームソーダーが急降下して来るブレードイーグルを間一髪で避け、左右へ散開していくのが見えた。

 だが、イーグルはまだ自立行動を解除しようとはしない。

 

「ちょっ?! 待て待て待て!! マジでぶつかるって!! イーグル!! 止まれ! 止まれぇぇぇぇ!!!」

 

 すっかりパニックに陥って涙目になったカイが情けない大声を上げた瞬間、ソニックブースターがオフになり、自立行動の表示が消えた……ベースの滑走路はもう目前。カイは咄嗟に操縦レバーを目一杯手前に引く。

 恐らくレドラーであったならば間違いなく間に合わなかっただろう……が、ブレードイーグルは違った。

 滑走路に激突する寸前であったにも関わらず、鋼の鷲はまるでそう動くことが最初から定められていたかのような美しい弧を描き、再び空へと舞い上がった。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 間一髪で空へと再び戻ったカイは、まだ心臓がバクバクと早鐘を打っているのを感じながら、ぐったりとした様子で安堵とも緊張のほつれともつかない溜息を吐く。

 ふと、カイは自身が空に戻って来たのを確認するかのように先程激突しかけた滑走路を見つめる。

 

(あんなスピードで急降下しても、イーグルはこんなに安定して軌道を切り返せるのか……)

 

 そこで彼はハッとした。

 ブレードイーグルは別に怒っていた訳でも、仲直りしていなかった訳でもない。ただ単にカイに教えたかっただけなのだ。自分にはこんな事くらい簡単にこなせる程の性能があるのだと……

 ……自分の持つ能力を100%引き出す為のヒントを。

 

「イーグル、お前すげーな……」

「キュルルルルッ」

 

 何処か得意げな様子のイーグルにふっと微笑んで、カイは通信画面を開くとウィルとシドへ伝えた。

 

「ハーマン中尉! オコーネル中尉! イーグルならもう大丈夫だ! 訓練始めようぜ!!」

 

 カイの言葉に、ウィルとシドは通信画面越しに顔を見合わせる。

 シドは酷く心配そうな……不安げな表情を浮かべていたが、ウィルはカイの表情から何かを察したのだろう。

 やれやれといった様子の笑みを浮かべ、彼はそっと問いかけた。

 

「本当にもう大丈夫なんだな?」

「ああ! イーグルは俺にヒントを伝えたかっただけだったんだ。自分の性能で何処までやれるのかって事を」

 

 生き生きとした目でそう語るカイに、ウィルは笑い声を上げて頷いた。

 

「わかった。イーグルももう準備運動は十分だろうからな。訓練を始めよう。行くぞシド。今日のこいつらは手強そうだ」

「ったく。人騒がせなのはSNS騒動や賞金騒動だけにしてくれよなぁ……」

 

 ぼやくシドにウィルが苦笑を浮かべる中、ブレードイーグルがエネルギーバルカンの照準を開き、ストームソーダーを捕捉する。

 案の定、ロックオンアラートが鳴り出した事にギクリとしたシドを見て、カイが笑い声を上げた。

 

「好きで騒動を起こした訳じゃねーってさ。」

「あーはいはい。わかったからロックオン解除してくれませんかね? ブレードイーグルさん??」

「クルルッ」

 

 面白くなさそうな声を上げ、しぶしぶ照準を閉じたイーグルにカイは語り掛ける。

 

「じゃ、やろうぜ。イーグル」

「キュルァッ!」

 

 その返事を聞いて笑顔を浮かべたカイは、今一度操縦レバーをしっかりと握り直した。

 彼は胸の内で、昨日からの出来事を思い返しながら思考を巡らせる。

 ウィルとシドに対し、先に気持ちが負けていた事……

 そもそも今まで、誰かと、何かと、向き合おうとしていなかった事……

 空は本来人の居場所ではなく、ゾイドに翼を貸してもらう事で初めて到達出来る場所である事……

 そして、イーグルが貸してくれている翼は、誰にも負けない翼なのだという事……

 それら全てが線で繋がり、イーグルと共に2人で飛ぶ事や戦う事に対する意識が変わって行くのを実感する。

 

(あぁ、そうか……)

 

 クルトに、ウィルに、そしてブレードイーグルにもらったヒントが重なり合い、一つの答えを示していた。

 何も恐れなくて良いのだと。イーグルと共にあれば、自分は誰よりも高みへ行けるのだと……

 その感覚は……初めてである筈なのに、何処か懐かしさを伴ってカイの胸に焼き付く。

 かつてひっそりと眠りについた在りし日の才能が、再び目覚めの時を迎えようとしていた……

 訓練開始と同時に、カイはソニックブースターを点火して先程と同じように空高く上昇し始める。

 すぐさま後を追ってレイノスとストームソーダーが後に続くが、カイはそれを確認した後、放たれたマーカー弾の射線上から逃げるようにロールを打ちながら脇へと逸れ、彼はブレードイーグルの軌道を切り返すように急速なUターンを掛けてストームソーダーに狙いを定めると、訓練用のマーカー弾に切り替えられているエネルギーバルカンを撃ち込んだ。

 シドは機体の表裏を反転させ、翼を折り返すようにして急速降下し、マーカー弾を躱すが……体勢を立て直した時にはブレードイーグルの姿が何処にも無い……

 

「あれ?……」

『シド! 上だ!!』

 

 ウィルの言葉にハッとした時には、コックピット内にロックオンアラートが鳴り出していた。

 一旦その場を離脱しようと急速旋回に入ったストームソーダーの右翼に、ブレードイーグルの放ったマーカー弾が蛍光ピンクの花を咲かせる……それは、戦闘操縦訓練を開始して初めて喰らった一発目であった。

 

「こっ……の野郎!!」

 

 せめてすれ違いざまに此方も一発くれてやる。と考えたシドが上空へと機首を向けた時には、ソニックブースターを点火したイーグルが、まるでシドを嘲笑うかのようにすれ違う。その際の衝撃波によってストームソーダーが弾き出されるように流され、機体に激しい振動が奔った。

 シドは舌打ちをしながら体勢を立て直すと、八つ当たりのようにウィルへ叫ぶ。

 

「カイとイーグル滅茶苦茶じゃねーか! どーなってんだよアレ?! 昨日的になってたのと同一人物かよ?!」

『さっきの急上昇と急降下でカイがイーグルの特性を悟ったって事だろ。元々機体性能はあっちが上なんだ。動きを追ってばかりじゃ、イーグル達にとって楽な的にしかならないぞ』

「どっかで聞いた台詞だな畜生!」

 

 苛立った様子で叫ぶシドに、ウィルは苦笑を浮かべた。

 

(あーあ。シドの奴、完全に負けパターン入ったな……)

 

 シドは確かに腕のいいパイロットであるし、地上戦と空中戦の両方をこなせる程の技量があるが……空中戦においては一度苛立ち始めて頭に血が上ると、途端にペースや戦術が破綻してしまう。おまけに、射撃が雑になるせいで下手に加勢に飛び込む事も出来ない。

 案の定、下から急上昇して来たブレードイーグルに今度はストームソーダーの胸部部分……実弾なら恐らくコアを撃ち抜いていたであろう箇所を撃たれ、シドが「だぁぁ!くそ!!やられた!!」と怒鳴る。

 ウィルはそんな手の掛かる幼馴染を宥めすかすように声を掛けた。

 

「シド。コアに致命傷になる場所を撃たれたんだ。一旦降りて観戦してろ」

『お前さぁ! 見てないで助けろよ薄情者!』

「頭に血が上ると弾丸ばら撒く馬鹿の所に突っ込んで行けるか。自業自得だ。少し頭冷やして来い」

『くっそ。完全に俺で様子見してただけの癖に……後で覚えてろよお前』

「すまん。忘れた」

『早ぇーよ!!』

 

 離脱していくストームソーダーを見送った後、ウィルはブレードイーグルと距離を取りつつ、様子を伺う。

 

「さぁ、ここからが本番だぞ。カイ」

 

 彼の口元には、これから繰り広げられる戦闘を思う存分楽しもうとしているような笑みが浮かんでいた。

 

「オコーネル中尉は離脱か。ま、実弾ならコアごとお釈迦だもんな」

 

 一方、悪びれる様子もなく呟いたカイは、距離を取りつつ此方の出方を伺おうとしているレイノスを見つめる。

 たった一度、イーグルに急上昇時と急降下時の性能を教えられただけだというのに……それだけで相手を翻弄出来るようになった事に対して、自分でも意外なほど驚きはなかった。

 空中戦は基本的に直線と曲線の描き合いのような軌道になる。そしてその動きは高低差はあれど、基本的には地上戦と同じ水平な動きの応酬だ。それを、急上昇と急降下を繰り返す事で上下から攻撃し、翻弄する……

 普通ならば、こんな隙だらけになりやすく、機体とパイロットに負担が掛かるだけの戦法をとる無茶苦茶なゾイド乗りはなかなか居ないだろうが……ブレードイーグルの性能ならば、急上昇と急降下を繰り返す動きはむしろ得意分野らしい。そして恐らく、自分も……

 意表を突く事が出来たからというだけではない。この戦法でこそ真価を発揮する特殊な機体と、それについていけるパイロットという組み合わせだからこそ……この戦法が成り立っている事をカイは直感していた。

 むしろカイが驚いたのは、初めて試みた戦い方である筈なのに、頭で考えるよりも先に体が動く事の方である。

 家を飛び出すまではゾイドに乗った事すらなかったというのに……ガーディアンフォースに入るまでの間も、ロクに戦った事すらなかったというのに……妙に手に馴染むのだ。

 そう。まるで昔からこの戦い方を知っていたかのような……

 

(なんでだろう……)

 

 今まで、訓練中は常に何をどうすれば良いかをせわしなく考えながら操縦していた。

 なのに今は……そういったせわしなさが全く無かった。冷静そのものなのだ。

 初めての筈の戦術に対する懐かしさも、既視感も、それに対する戸惑いや疑問も……思考の片隅で微かに燻っているだけで、意識自体は目の前の戦闘に、レイノスがどう出るのかだけに、全神経が集中していた。

 鋼の鷲と鋼の翼竜は互いに牽制し合うように、一定の距離を保ったまま睨み合いを続けていたが……偶然か必然か、その緊張の糸が切れたのはほぼ同時であった。

 一気に、互いが相手めがけて一直線に空を切る……相手を射程内に捉えた瞬間、双方の銃口がすれ違いざまの一瞬だけ火を噴いた後、レイノスの翼の表面とブレードイーグルの翼の表面には互いに一発ずつ、マーカー弾が掠めて行ったのだろうと思われる引っ掻き傷のような形の蛍光ピンクの跡がそれぞれ付いていた。

 

「ほう。やるじゃないか……」

「流石にアレだけじゃ仕留めらんねーか……」

 

 互いに独り言を呟きながら、ウィルとカイは再び軌道を切り返し、再度向かい合って行く。

 今度は先に照準を定めたレイノスの方が、ブレードイーグルへとマーカー弾を撃ち込んだが、イーグルはほぼ直角の軌道を描くかのように急上昇してそれを躱すと、再び上空から急降下して来た。

 

「今度こそ!!」

 

 レイノスの背面を捉え、カイがトリガーを引く。

 しかしレイノスも最新型の高速飛行ゾイドだ。そう簡単に当たってくれる訳が無い。

 急加速して射線上から一直線に離脱したレイノスは、まるでブレードイーグルの動きを真似るかのように軌道を切り返し、再び撃って来た。

 すさまじいテンポで繰り広げられる軌道の切り返し合い。撃ち合い。避け合い……その激戦の様子は、滑走路に降りて空を見上げているシドだけではなく、ベース内の誰もが気付き、目を奪われていた。

 開発作業棟のデータ解析室から空を見上げるクルトに、格納庫や開発作業棟からわらわらと出て来て戦いを観戦し始めた専属開発整備班の整備スタッフ達。オペレータールームから空を見上げるフィーネとリーゼ。そして、地上訓練を行っていたレンとエドガー、そしてルネと、シーナも……

 

「すっげぇ……」

 

 空を見上げたまま呟いたレンは、カイがウィルと互角に渡り合っている姿が俄かには信じられなかった。

 父親であるロブが「墜落王」という不名誉な通り名を持っていた事をネタにからかわれて以来、ウィルが飛行ゾイドの操縦訓練に明け暮れていたのを……その努力が実って首都守備隊の航空チームのエースとなった事を知っていたからだ。

 そして、それを知っているのは何もレンだけではない。エドガーも、クルトもそれを知っていた。

 

「努力の天才VS覚醒した蒼天(そら)の申し子……か」

 

 データ解析室から空を見上げるクルトが、ぽつりと呟く。

 昨日まで散々な結果しか出ていなかったカイが、まさか昨日の今日であそこまでやれるなどとは思いもしていなかった……加えて、最新型のレイノスと互角に渡り合っているブレードイーグルの性能にも驚きを隠せない。

 データ上でスペックを見るのと、実際の動きを見るのとは全然違うのだという事を改めて気付かされる。

 

(俺は……とんでもない奴を目覚めさせてしまったんじゃないだろうか……)

 

 ふと、そんな考えが過り、クルトは表情を曇らせた。

 目の前で繰り広げられている戦闘を、遥か遠い場所で行われている事のように感じながら、クルトはディスクの解析作業も忘れて2人の天才の戦いに見入っていた。

 

「あの動き……」

 

 一方、ヘルキャットのコックピットから空を見上げるシーナは、他の者達とは別の意味で目を見開いていた。

 急降下と急上昇を繰り返す縦の動きを基本としたブレードイーグルの操縦方法……それは、遠い昔にブレードイーグルを開発した父「ヴェルナー博士」から聞かされていた動きそのものだった。

 

―ブレードイーグルは、開発モデルになった本物の鳥と、全く同じなんだ―

 

 父の言葉が、彼女の脳裏に蘇る。

 

―空の彼方から獲物を見つけ、一直線に襲い掛かる。獲物を捕らえれば、すぐまた空の彼方へ戻る。その動きを他の飛行ゾイドで真似る事が出来たとしても、ブレードイーグルには絶対に誰も追い付けない―

―どうして??―

―ブレードイーグルは父さんが作った……―

 

 シーナは、あの時の父の言葉をそっと口に出して呟いた。

 

「この惑星でたった1機の、空の王者……」

 

 そう。

 レイノスとの激戦を繰り広げている鋼の鷲の姿は、まさしく「空の王者」であった。

 だがおかしい……と、シーナは戸惑う。

 カイは何故急にあんな操縦方法を思いついたのだろう?何故あんな風に戦えるのだろう?

 まるで……唐突にイーグルと戦う方法を思い出したかのように……

 

「なんで……カイが知ってるの?……」

 

 そう呟いた後、シーナは空を駆けるブレードイーグルに乗っているカイを重ねずにはいられなかった。

 自分の双子の兄である……アレックスと……

 

(きっと、アレックスもブレードイーグルに乗って戦ったら……あんな風に戦うんだろうな……)

 

 そんな風に思わずにはいられなかったのだ。

 空を見上げる人々の様々な思いを他所に、カイとウィルの戦闘は昼休憩に入るまで続いた……

 

   ~*~

 

「あーあ! あとちょっとだったのになぁ~!!」

 

 その日の夕方。

 結局、午後訓練の終盤まで着く事の無かった決着は……一瞬の隙を突いたウィルの勝利に終わった。

 ブレードイーグルから降り立ったカイは、今までの煮え切らない愚痴と違い、悔しさを前面に出して大声を上げる。直後、盛大な溜息と共にイーグルを見上げた彼の視線の先には、コアの内蔵されている箇所にデカデカと咲いた蛍光ピンクの塗料の跡があった。

 

「ったく、お前とんだ化け物だな。俺を撃墜しただけじゃ満足出来ないってか?」

 

 呆れた様子で訊ねて来たシドを振り返り、カイはキッパリと言い放つ。

 

「当たり前だろ! どうせ勝つなら両方に勝ちたいに決まってら。」

 

 彼の言葉に、シドは99%の呆れと1%の苛立ちを込めたような笑みを浮かべ、カイの首に腕を回す。

 

「こんのクソガキ。少しは可愛げってもんがねーのかよッ!」

「何すんだよ?! 負けたからって八つ当たりすんな!! 大人げねーぞ?!」

 

 容赦のないヘッドロックを掛けられてジタバタともがきながら、カイが抗議の声を上げる。

 が、そんなシドの後ろ頭にレイノスから降りて来たウィルがチョップを入れ、呆れた声を上げた。

 

「何やってんだ馬鹿。大人げないぞ」

 

 その言葉にしぶしぶカイを放した後、シドは恨みがましそうにウィルを見つめる。

 だがウィルはそんなシドに対し、意地悪にすら思えるほどの爽やかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「明日勝てるようにお前も精進すれば良いだけの話だろ? な??」

「今までの人生の中で、此処までお前の事ぶん殴ってやりたいと思ったのは初めてだ……」

「えぇ?!」

 

 恐らく、ウィルに嫌味のつもりは全く無かったのだろう。

 心底驚いた声を上げた幼馴染を見つめ、シドは呆れを隠そうともせずに溜息を吐くと、カイに向き直った。

 

「明日はお手柔らかに頼むぜ? 鷲使い君」

「お、おう……」

 

 戸惑った様子の返事にふっと笑って、シドは乱暴にカイの頭を撫で回した後、サッサと食堂へ向かう。

 その後ろ姿を見送った後、ウィルが穏やかに呟いた。

 

「イーグルに急上昇と急降下を喰らっただけで、あそこまでやれるとは正直思ってなかったよ。なんだかんだ、ガーディアンフォースに選ばれただけの事はあるな。とんでもない才能だ」

 

 カイは、ふと懐かしむように微笑んでイーグルを見上げる。

 

「俺も正直不思議なんだ……初めての戦い方だった筈なのに、妙に懐かしくてさ……」

「懐かしい?」

「ああ。なんか、上手く言えねーんだけど……そんな気がした」

 

 ウィルは、そんなカイを暫し眺めた後、ぽつりと呟いた。

 

「お前がイーグルと出会ったのは、運命だったのかもしれないな」

「運命?……」

 

 普段は絶対に運命など信じない現実主義のカイであったが……この時だけは、その言葉が妙にしっくり来た。

 

「……そうだな。もしかしたら……そうなのかもしれない」

 

 覚醒を果たした蒼天(そら)の申し子は、夕陽に照らされたブレードイーグルを静かに見つめる。

 だがその運命は……彼の伝説の始まりとなると同時に、過酷な戦いに身を投じてゆく事になるという予兆でもあったのを……この時はまだ誰も、知る由も無かった。

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