ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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瓦礫街編
第19話-瓦礫街-


 カイのパイロットとしての才能ってホントにスゲーな。

 シド兄ちゃんに勝っただけじゃなく、ウィル兄ちゃんとも互角に渡り合うなんて……

 俺とゼロも負けてらんねーな!

 俺が追い付きたい背中は、もっともっと遠いんだから……

 [レン=フライハイト]

 

[ZOIDS-Unite- 第19話:瓦礫街]

 

 カイがブレードイーグルと共に華々しい覚醒を遂げて3日……

 日を追う毎に少しずつ、しかし確実に、彼等の動きは成長し続けている。

 カイの才能が凄いにしろ、ブレードイーグルの性能が凄いにしろ、ポッと出の少年が此処までの急成長を見せると誰が想像していただろうか?

 ウィルとシドの2人を同時に相手にしながら一歩も引く事無く渡り合うその姿は、同僚達だけではなく専属開発整備班の整備員達や開発スタッフ達、果ては基地内病棟の医療スタッフ達の間でも話題になっていた。

 

「よぉカイ!お疲れさん!」

「ストームソーダーとの垂直ヘッドオン、カッコ良かったぜ!」

「今日も絶好調じゃねーか。しっかり飯食って、午後も頑張れよ。」

「あぁ!ありがと!」

 

 挨拶程度しか会話の無かった整備員達から声を掛けて貰えるようにもなり、カイもますます張り切って……

 

「……はぁ~……」

 

 ……いるかのように見えたが、どうやらそうではないらしい……

 昼食もそこそこに第二格納庫へとやって来たカイは、整備ブリッジでライガーゼロを眺めながら、ぐったりした様子でレンと話し込んでいた。

 

「最近、色んな人達から声掛けられるようになってさ……なんか、スッゲー疲れる……」

「それで第三格納庫じゃなくてこっちに逃げて来た訳か。人気者は苦労するな……」

 

 納得した様子のレンの隣で、カイは整備ブリッジの手摺りにガックリと突っ伏す。

 今まで不特定多数の周囲から向けられて来た感情と言えば「敬遠」や「冷やかし」が殆どであった。

 ……それはつまり「期待」や「好意的な態度」といった物とは、今まで殆ど無縁だったという事でもある。戸惑うなと言う方が無理な話だ。

 それに加え、周囲の変化に順応出来ない自分に対する「不安」や「苛立ち」も募りに募って、カイはこの3日間で随分と精神的に参ってしまっていた。

 まるで、今までロクに周りと向き合って来なかった分のツケが、一気に此処で押し寄せて来たかのようだ。

 

「このままだと俺、胃に穴開いちまうよ……」

「こればっかりは慣れるしかねーって。カイももう少し自分に自信持てよ。」

 

 励ますようにポンポンと背を叩いてくれるレンに、カイは縋るような眼差しを向ける。

 

「レンはさ、こういう周りからの期待とかって、どう考えてやり過ごしてた??」

「う~ん……俺は母ちゃんに似て図太いとこあっから、社交辞令だろう。ってくらいにしか思ってなかった。いちいち真に受けて一喜一憂してる時間自体、なんかこう……勿体無ぇしさ。」

「その図太さ、1割で良いから分けてくれ……」

「ほい。1割。」

 

 レンはそう言って、食後に食べていたポテトチップスの袋を真顔で差し出す。

 差し出されたポテトチップスの袋とレンの顔を交互に眺めた後、カイはそっと1枚手に取ったポテトチップスを呆れたように見つめる。

 

「これ食ったら、図太くなったりする?」

「チキンバター味だから、食ったらチキンになったりしてな。」

「残念。俺とっくにチキンだから、食っても変わんねーや。」

 

 自嘲するかのような苦笑を浮かべ、カイは手にしていたポテトチップスを口に放り込む。

 そんな彼の横顔を眺めた後、レンはライガーゼロへ視線を移しながらそっと呟いた。

 

「カイはチキンなんかじゃねぇよ。」

「え?」

「俺は、カイの事すげーなって思う。」

 

 唐突な言葉に、カイは首を傾げて戸惑う。

 

「俺……すげーの?」

 

 思わずきょとんと訊ねれば、レンはからかうように呟いた。

 

「その反応、なんかシーナみたいだな。」

「うん。俺も今、自分で言っててそう思った。」

「なんだそりゃ。兄妹みてぇだな。」

 

 笑い声を上げた後、レンはライガーゼロに視線を戻し、そっと語り出した。

 

「自我の強いゾイドは、自我の薄い量産型ゾイドと違って、乗り手が一方的に操縦しても実力を発揮出来ない。ゾイドと乗り手が信頼し合って息を合わせるってのが、より重要になってくるんだ。俺もブレードイーグルと同じくらい自我の強いゼロに乗ってるから、カイがすげーってのが良くわかる。」

「え?マジで??俺そんな話初耳だぜ??」

「あれ?言ってなかっ……たな。うん。まだこの話してねーんだった。」

 

 レンは1人納得した様子でうんうん。と頷くと、言葉を続ける。

 

「ライガーゼロ-プロトにはジーク……あ、父ちゃんと視察に出てる母ちゃんのオーガノイドの事なんだけど、そのジークのデータを元に作られた『オーガノイドシステム』ってのが組み込まれてるんだ。」

「オーガノイドシステム??」

「ああ。強い相手と戦えば戦う程、乗り手だけじゃなくゾイド自身が学習して強くなる為のシステム。まぁ簡単に言えばデータバンクの拡張補佐AIみたいなもんなんだけど。それの影響でゼロには自我が芽生えちまって、俺以外の人間をコックピットに乗せようとしねーんだ。」

 

 浮かべていた笑みに困ったような色を混ぜながら、それでも何処か誇らしげなレンに、カイも笑みを浮かべた。

 

「レンはライガーゼロに懐かれてんだな。俺とは真逆だ。」

「真逆??」

 

 首を傾げるレンに、今度はカイが苦笑する番だった。

 

「俺もそんなに詳しく教えて貰った訳じゃねーけど……ブレードイーグルは本来、シーナを守る為に造られたゾイドらしくてさ……本当の主はシーナなんだ。だから最初、俺の言う事なんて聞きゃしねーし。頭はド突かれるし。挙句泉に落とされるし……」

「うわぁ……容赦ねーな……」

 

 レンの言葉に苦笑した後、カイは話を続ける。

 

「そんなんだったから、俺……心の何処かでイーグルの事を「面倒臭い奴」くらいにしか思ってなかった。けど、ハーマン中尉がこの前教えてくれたんだ。「翼を借してもらってる側なんだから、イーグルと一緒に空を飛んでるって事を忘れちゃ駄目だ。」って……俺、何にも分かってなかった。一緒に飛んでるイーグルとロクに向き合った事なかったんだ……だから俺なんかよりも、ゼロとちゃんと向き合って懐かれてるレンの方が、ずっとすげーと思うけどな……」

 

 反省しているような口調で語るカイに、レンはライガーゼロとの思い出を振り返りながら口を開いた。

 

「俺はゼロが完成してからずっと専属パイロットやってるから、懐かれてんのは半分成り行きみたいなもんだよ。生まれたばっかの赤ん坊同然の状態だから、大切に育ててやってくれって博士に言われて、一杯話しかけて、一杯乗って、不具合が起こる度に博士に報告して、何度も修正や調整繰り返して……そしたらいつの間にかこの通り……きっと俺の事、父ちゃんとか兄ちゃんだと思ってんじゃねーかな。」

「エドガーに聞きゃ良いじゃん。ゼロが俺の事どう思ってるのか通訳してくれって。」

 

 不思議そうに訊ねたカイだったが、レンは笑みを浮かべたまま静かに首を横に振る。

 

「良いんだ。ゼロの気持ちはゼロだけの物だから、根掘り葉掘り質問しても困らせるだけだろうし。俺の事信頼して、懐いてくれてるってのは伝わってるから、俺にはそれだけで十分だよ。それに、こういう1対1の対話って……なんつーか、言葉にするのが全てじゃないしな。な?ゼロ。」

 ガルォン

 

 その嬉しそうな返事に、レンは整備ブリッジの手摺りから身を乗り出すようにして、無邪気な白獅子の鼻先をよしよしと撫でる。カイはそんなレンとライガーゼロの姿を眺めてぼんやりと考えた。

 

(兄貴と弟……か。ホント、レンと俺って真逆だなぁ……)

 

 イーグルに謝りに行ったあの日の夜は、イーグルの方が自分を励ましてくれた。

 未熟な乗り手である自分をそっと励まし、寄り添ってくれた姿は……まるで父や兄のようだったようにも思う。

 ライガーゼロとブレードイーグル……確かにどちらも自我の強いゾイドだが、最新型のライガー系プロトタイプであるライガーゼロは、まだ生まれて約1年。精神年齢的にもかなり幼い筈だ。

 だからこそ、レンとは兄と弟といった関係に落ち着いているのだろう。

 一方、古代ゾイドであるブレードイーグルの方は、太古の大戦末期から今まで……大半を眠りに就いて過ごしていたとはいえ、やはりそれなりに戦いも経験しているであろうし、精神年齢的には自分よりも遥かに大人なのかもしれない……ブレードイーグルにとっては、自分はどういった存在なのだろう?

 まだ「生意気な小僧」止まりなのか?それとも、子のように、或いは弟のように……思い始めてくれているのだろうか?……気になりはするが、今はまだ、それを訊ねた所で答えてはくれないような気がした。

 いつか自分も……レンとライガーゼロのように、言葉が無くとも通じ合えるような関係になれるだろうか?

 

「あ。居た居た。レン!カイ!」

 

 不意に名前を呼ばれ、2人は揃って声の聞こえた方を不思議そうに眺める。

 小走りにやって来たのはエドガーであった。

 

「そろそろ昼休み終わるだろ?早めに集まっておいた方が良いぞ。」

「集まるって、何処に??」

 

 きょとんと訊ね返すレンに、エドガーは溜息を吐いて呆れたように口を開いた。

 

「今朝の朝礼……」

「あぁ!そっか!臨時ミーティングやるって話だよな!思い出した!!」

 

 レンは納得したようにポンッと手を打ちながら声を上げる。

 そう。あのディスクについての臨時ミーティングを行うという伝達が朝礼でなされていたのだ。

 ……もっとも、詳細はミーティング時に説明するとの事であった為、一体どのような内容のミーティングになるのかはまだ聞かされてはいないのだが……

 

「集まった方が良いとは言うけどさ、ちょっと早過ぎねーか?」

 

 カイが小型タブレットで時刻を確認すれば、まだ昼休憩が終わるまで15分近くある。

 しかし、エドガーは声を潜めるようにしてカイとレンにそっと囁いた。

 

「さっき母さん達が事務所で話し込んでいるのを聞いたんだ……どうやら、最先任がガイガロスから戻って来ているらしい。」

「えぇ?!マジで?!」

「ああ。だから少し早めに揃っておいた方が良いだろうと思って……」

 

 驚きの声を上げるレンの隣で、カイはチンプンカンプンといった様子で怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「サイセンニン?なんだそれ。サイの―」

「言っておくが、サイの仙人の事じゃないからな??」

 

 釘を刺すようなエドガーの言葉に「冗談だって……」とカイが苦笑を浮かべた後、レンが口を開いた。

 

「最先任ってのは要するに、此処の副司令官の事だよ。」

「ふーん……ん??副司令官??」

「ああ。」

 

 何でもなさそうにケロリとした表情で答えるレンに、カイは一瞬思考が止まる……

 そういえば入隊してから今この瞬間まで、ガーディアンフォースの司令官を始めとする上層部について何も知らなかったし、そもそも気にした事すらなかった事に気付き、彼は確認するようにレンへ訊ねた。

 

「つーか、ガーディアンフォースの司令系統とか組織体系ってどうなってんの?俺その辺すらよく知らねーんだけど……」

「あぁ、そっか。そっから説明しねーとわかんねーよな。」

 

 ミーティングルームに向かって歩き出しながらレンはエドガーと共に説明を始める。

 

「ガーディアンフォースが「帝国と共和国が共同で設立した特殊部隊」ってのは知ってるだろ?」

「ああ。それは知ってる。」

「そのガーディアンフォースの「上」にあるのが「国際平和維持委員会」ってとこで、ルドルフ皇帝とハーマン大統領と、あとシュバルツ元帥とか、オコーネル大佐とかも所属してんだけど。そういう両国のお偉いさん達が、警察や憲兵隊達だけじゃ手に負えないような事件とか、軍が動くには色々問題が山積みになっちまう厄介な案件なんかを、任務としてこっちに回してんだ。」

「それって、その都度集まって、会議開いて決めてんの?」

 

 カイの質問に、エドガーがクスクスと笑いながら口を開いた。

 

「まさか。普段は所属役員それぞれが警察や軍からの要請を判断して、此方に任務を依頼している。3ヵ月に一度の平和維持会議以外で、役員全員が揃って会議する事は滅多にない。」

「例えばこの前の暴走ヘルキャットの任務は、共和国軍の第七憲兵隊から本隊に報告が入って、本隊のオコーネル大佐が緊急任務としてガーディアンフォースに依頼して来た。って流れだったんだ。他にも依頼主がルドルフ皇帝の事もあるし、ハーマン大統領の事もあるし、シュバルツ元帥の事もあるけど、ガーディアンフォースに任務を依頼する権限は、国際平和維持委員会の所属役員にしかねーから、それ以外の人達から任務の依頼が来るって事も、まずない。」

「なるほどなぁ~……じゃあ、その任務の依頼ってのが、ガーディアンフォースの一番偉い人に届くのか??」

 

 その言葉に、レンが苦笑を浮かべる。

 

「まぁ……本来ならな。」

「本来なら??」

 

 怪訝そうな表情を浮かべたカイに、レンが困った様子で説明し始めた。

 

「いや、ガーディアンフォースの本部司令官って、実は父ちゃんなんだけどさ……前線に立ってる方が性に合ってるっていうか……ゾイドに乗ってなきゃ本領発揮しないっていうか……とにかく司令官って柄じゃねーから、そういう業務は副司令官が全部引き受けてくれてんだ。」

「それ……もう副司令官じゃなくて実質的な司令官だよな??」

 

 思わず呆れたような表情を浮かべたカイだったが、エドガーはそんなカイに肩を竦めて見せる。

 

「副司令官は、司令官不在時にその全権が委譲される立場だから、別に珍しい事じゃない。」

「じゃぁ、副司令官がわざわざ『最先任』って呼ばれてんのは?副司令官で良いじゃん。」

 

 納得のいかない様子のカイに、レンが苦笑しながら口を開いた。

 

「司令官が居る間はちゃんと『副司令官』って呼ばれるんだけどさ。司令官が不在で代わりを勤める時は『司令官じゃないけれど、今だけ司令官の代わりですよ』って意味で『最先任』って呼ばれるんだ。だからそうだなぁ……最先任=司令官代理って意味だと思えば大体合ってる。」

「なるほど。最先任ってそういう意味なのか。なんかややこしい上に大変そうだな……」

 

 やっと理解が追い付いた様子のカイに、エドガーがふと呟いた。

 

「確かに司令官の代わりを務めるのはそう簡単な事じゃない。本部や支部への指示だけではなく、司令官代理として会議に呼びつけられる事も多いし……だが、司令官であるフライハイト大佐も各支部の視察や長期巡回に飛び回ってばかりで、ロクに自宅にも帰れない状態だ……多分忙しさはフライハイト大佐も最先任も大して変わらない。」

「それと、父ちゃんのバディ相手で一緒に視察や巡回に出てるレイヴンさんもな。」

「あ~……そっか、なかなか家に戻って来れねーのは確かにキツイよな……」

 

 そこまで言って、カイはふと気になり2人に訊ねた。

 

「って事は、レンもエドガーも自分の親父さんと滅多に会えねーって事だろ?寂しくねーの?……」

「まぁ……僕はもう慣れた。それに、家族に会えなくて寂しいのは父さん達も同じ筈だから……」

「それなぁ~……俺も寂しくない訳じゃないけど、父ちゃん達も頑張ってんだから、俺達も頑張らねーとな!って気持ちの方が強いっつーかさ……」

 

 エドガーとレンの言葉に、カイはほんの少しだけ羨ましさが込み上げる。

 自分の父親であるエリクも、仕事で家を空けるのはしょっちゅうであったが……自分の場合は、父が家に居ない時ほど清々した気分で居られた事は無い。まぁ普段から顔を合わせれば二言目には喧嘩ばかりだったのだから、父と一緒に居る事自体、嬉しいと思えた事が無いのだが……

 レンやエドガーは……自分の父親と喧嘩した事は無いのだろうか?……

 

「いやぁ~……家族を置いて単身赴任中の身としては、耳が痛いなぁ……」

 

 不意に背後からそんな声を投げかけられ、カイ達はギョッとしながら立ち止まる。

 彼等がそっと振り返った先には、いつの間にか見慣れない中年男性が1人立っていた。

 

「よ!ただいま。」

 

 若者のような軽いノリで告げるその姿からは、ルネ達のようなフランクさが垣間見える。

 一体誰だろう?と思いながら、ぽかんとした顔で男性を見つめているカイの傍らで、レンとエドガーはいつの間にか姿勢を正し敬礼をとっていた。

 

「お戻りお待ちしておりました。最先任。」

「えぇ?!この人が最先任?!」

 

 レンの挨拶に開口一番声を上げたのは、勿論カイである。

 だが、その反応をさぞ面白がっているように笑いながら、最先任と呼ばれた中年男性は口を開いた。

 

「相変わらずレンは正直者だなぁ……すーぐそうやってバラすんだから。どうせだからもう少し黙ったまま、新人君の観察しようと思ってたのに……」

「そう言われましても……」

 

 困ったような愛想笑いを浮かべるレンの前で、最先任は言葉とは裏腹に大して残念がっている様子もなく、無邪気な視線をカイへ向ける。

 握手を求めるように手を差し出しながら、彼は自己紹介を口にした。

 

「ヨハン=ラーデン=ガウスだ。階級は中佐だが、此処では副指令だの最先任だのと呼ばれてる。君がカイ=ハイドフェルド君だろ?随分面白い子だと、フライハイト主任から聞いてるよ。」

「は、はぁ……よろしくお願いします……」

 

 恐る恐る握手に応じながら、カイはガウスに言われた「随分面白い子」の意味を考える。

 

(随分面白い子って……一体どんな風に俺の事聞かされてんだろ……)

 

 しかし、ガウスは釈然としない様子のカイに微笑みかけたまま呟いた。

 

「さ!とりあえず部屋に入ろう。他の面々も集まってるだろうしな。」

 

 ガウスに促されるようにして、カイ達はミーティングルームの中へと足を踏み入れる。

 室内には既に他の面々が揃っていた……

 

   ~*~

 

『あのヘルキャットに誰がいつディスクを仕込んだのかは知らねーが……俺達が前に乗ってたレドラーに搭載してたディスクは、瓦礫街で手に入れたんだ……」

 

 臨時ミーティング開始直後……室内に流されたのはとある監視映像の録画だった。

 映像に映っているのは殺風景な取調室と、その中央に据えられたデスクを挟んで、手錠を掛けられたスヴェンが共和国の憲兵にディスクの入手場所を語っている様子である。

 

『売人の詳細は?人相や、人数、取引場所、何でもいい。』

『それが……売人ってのが薄気味の悪ぃ嬢ちゃん1人で……名前すら誰も知らねぇ。いつの間にか傍に居て、いつの間にか消えちまうってんで、瓦礫街の連中からは「ゴースト」ってあだ名で呼ばれてるらしいが……そんなんだから取引場所も固定じゃねぇらしい。実際俺達も、いきなり声を掛けられてディスクを渡された訳だし……それっきり会った事もねぇんだ―』

 

 一通り映像を確認し終えると、プロジェクターを使用する為に薄暗くしていた室内の照明が元に戻される。

 開口一番口を開いたのは、ガウスであった。

 

「……と、言う訳だ。やっとディスクの入手経路を吐いてくれた所までは良かったが……入手場所があの瓦礫街と来た。お陰で軍はすっかりお手上げだそうだ。」

 

 やれやれといった様子の間延びした口調で語るガウスの視線の先で、レン、エドガー、クルト、そしてシーナも揃って顔を見合わせたり首を傾げたりしている。

 瓦礫街……聞き慣れないその名を、事の重大さを、今この場で理解出来ているのはガウスを除いてただ一人。

 

「国境沿いの最北端に位置する、旧瓦礫集積場の事だよ。」

 

 ……カイだけであった。

 まさか彼が知っているとは思ってもみなかった面々は、驚いたように彼を見つめる。

 

「え?!カイ知ってんの?!」

 

 レンの言葉に、カイは微かに困ったような表情を浮かべて視線を逸らした。

 

「裏社会で知らない奴はいねーよ。デススティンガーやデスザウラーに破壊された町から撤去した瓦礫の山。その瓦礫の山に、ヤバい連中が集まって巣をこさえていった結果出来上がった街……それが瓦礫街なんだ。……まぁぶっちゃけ街なんて大層なもんじゃねーけどな。正真正銘、裏社会の入り口さ。」

 

 彼の声音と態度は、何処か余所余所しくそっけない。

 何か悪い事を聞いてしまっただろうか?と思わず口を噤んだレンの隣で、エドガーがガウスへと訊ねた。

 

「先程、軍がお手上げだと仰いましたが、その瓦礫街という場所はどれ程危険な場所なのですか?」

「そうか。君らはまだ裏社会と繋がりの深い、複雑でデリケートな任務に就いた事が無いんだったな……良いだろう。折角の機会だ。軍がお手上げになる程の無法地帯とはどのような場所か、少し説明しておこう。」

 

 ガウスは神妙な面持ちで、そっと語り出した。

 

「今からもう15~16年前の話だ。瓦礫街を拠点に活動している薬物の密売人を追って、帝国軍第11憲兵隊の隊員が4名ほど瓦礫街へ踏み入り、消息を絶った……その1週間後、別件で捕らえられた密売人がとんでもない物を所持していたんだ……」

 

 その先を口にする事を躊躇うかのように言葉を区切ったガウスを見つめた後、レン達は顔を見合わせる。

 

「なんだろ?とんでもない物って……」

「少なくとも、消息を絶ったという憲兵隊員達のIDやタグ……ではなさそうだが……」

 

 考え込むレンとエドガーの隣で、クルトが苦笑を浮かべながら茶化すように呟いた。

 

「フィクションならともかく、あくまで実話なんだ。いくら何でも死体を持ち歩いていた訳ではないだろう。」

「クルト。」

「はい。なんでしょうか?」

「半分正解。」

「え?……」

 

 神妙な面持ちのままのガウスから静かに言い放たれたその言葉に、クルトの、そしてレン達の顔が引き攣る。

 そんな中、何でもなさそうに説明を継いだのはカイだった。

 

「あ~。殺した憲兵の死体を隠滅する為に、バラして臓器売買のルートに売り捌こうとした矢先、売人がドジ踏んで捕まっちまったせいで大騒ぎになったとかいう奴だろ?あの街じゃいつもの事じゃん。」

「嘘だろ?……」

 

 唖然とした様子でポツリと訪ねて来たクルトに、呆れたような視線を向けてカイは呟いた。

 

「フィクションよりも残酷で、無慈悲で、救いが無いのがあの街なんだよ。大体なぁ『言語の代わりに鉛玉が飛び交う街』だの『生えてる草はヤクばっか』だの『慈悲と道徳心以外なら金で買える』だの言われてるような場所なんだぞ。むしろバラされて売られる程度で済むなら、まだマシな方だかんな?」

「殺されて売られるよりも恐ろしい事なんて……あるのか?……」

「え?聞きてーの?」

 

 直後、気まずい沈黙がほんの数秒流れたが、そんな沈黙を破ったのは笑みを浮かべたガウスであった。

 

「……やはり君は、瓦礫街について随分と詳しいらしい。あの街について、他に知ってる事はあるかな?」

 

 その一言にカイは一瞬眉を顰め、探るような眼差しをガウスへ向ける。

 ……が、直後。眼差しこそ変わらぬものの、彼はおもむろに観念したような溜息を吐くと、椅子の背もたれに体を預けながら腕を組み、口を開いた。

 

「俺もあの街の全てを知ってる訳じゃない……けどまぁ、あんたよりは遥かに詳しいぜ。そっちこそ、俺について一体どれくらい知ってんだ?」

「君ほど詳しくはないが、大概の事は一通り調べさせて貰ったよ。」

 

 探り合うような視線を交わしたまま、両者の口元にふと笑みが浮かぶ。

 直後、カイが組んでいた腕を解き、降参だとでもいうかのような態度で頬杖を突いた。

 

「……ったく。そういう事かよ。端からそのつもりだったんだろ?」

「勿論。察しの良い子は大好きだよ。」

「あーあ。悪い大人に目ぇ付けられちまったなぁ~……」

 

 その唐突なやり取りに、誰もが戸惑った様子でガウスとカイを交互に見つめる。

 最初に声を上げたのはクルトであった。

 

「おいカイ!まさかお前がその瓦礫街とかいう悪の巣窟へ行くつもりか?!」

「行くつもりも何も、最先任直々のご指名じゃしょうがねーだろ。何でもかんでも、俺が勝手な事してるみてーに脳内変換して物事捉えんなっつの。」

 

 イラっとした様子のカイに、クルトが詰め寄る。

 

「そういう危険な任務は、経験の豊富なベテラン隊員でも生きて帰れる保証は無いんだぞ!少しゾイドの操縦に才能があったからと言って調子に乗るな!対人戦闘訓練もまだ受けていない癖に!!」

「どんなベテランだろうが、表社会でのキャリアなんてあの街じゃ関係ねーの。あそこで生き残る為に一番必要なのは、裏社会の“暗黙の了解(ルール)”をきちんと理解して弁える事だ。それとも、俺の代わりにお前が行くか?秒で殺されるぞ。」

 

 呆れたような、それでいて叩きつけるような鋭い声音で、カイは冷たく言い放つ。

 静かに睨み合う2人の間に割って入ったのはリーゼだった。

 

「はいはい。そこまで。最終的に決めるのは最先任なんだから、君らが喧嘩してもしょうがないだろ?」

 

 その言葉にカイとクルトは揃ってガウスへと視線を向ける。

 ガウスはきょとんとした顔をした後、困ったように答えた。

 

「ていうかそもそも現時点で、カイ君以上の適任者は他所の支部にも居ないことだし。引き受けてくれなきゃ、裏社会の事をロクに知らない隊員を向かわせるしかなくなる訳だから、私としては、本人がやる気でいてくれる以上、より成功率の高い方に賭けたいってのが本音なんだけどね。」

 

 ガウスは様子を伺うようにカイの目を見つめ、静かに呟いた。

 

「危険だが、やってくれるかい?」

 

 申し訳なさそうに訊ねて来た彼に、カイは暫し沈黙した後、真剣な眼差しと共に口を開いた。

 

「一つだけ、条件がある。」

「何かな?」

「瓦礫街には、俺1人だけで行かせて欲しい。」

 

   ~*~

 

「ねぇカイ。ホントに1人で大丈夫?」

「何が?」

「え、だって……とっても危ない場所なんでしょ?その瓦礫街って所……」

 

 ミーティングを終え、午後訓練の為に格納庫へと向かいながら、シーナが心配そうに声を掛ける。

 そんなシーナに続くように、レン達も心配そうにカイを見つめた。

 

「いくら最先任がGOサイン出したとはいえ、カイ1人で行くなんて、やっぱ無茶じゃねーか?」

「僕も同感だ。せめて何かあった時の為にもう1人くらい……」

 

 しかし、そんな彼らにカイは微笑みを浮かべたまま静かに首を横に振る。

 

「心配してくれてんのは嬉しいけど、1人の方が色々と都合が良いんだ。」

「どうして??」

 

 不思議そうに訊ねて来るシーナに、カイは誤魔化すような愛想笑いを浮かべて呟いた。

 

「まだシーナと会う前……1人で情報屋やってた頃に、あの街でも一時期活動してたんだ。俺。」

「なにぃ?!」

 

 その一言に反応したのは勿論クルトである。

 彼はカイの胸倉を両手で掴み上げ、その薄紫色の瞳を睨みつけながら口を開いた。

 

「そんな場所で活動していたという事は、お前自身も凶悪犯罪の片棒を担いでいたという事か?!」

「まぁ……否定はしねーよ……」

 

 長身のクルトに胸倉を掴み上げられたせいでつま先立ちになりながら、カイがぽつりと答える。

 レンとエドガーが慌ててクルトとカイの間に割って入り、すぐ手を放させるも、気不味そうに視線を逸らしたままのカイと、そんなカイを睨みつけているクルトの間には不穏な沈黙が漂っていた。

 どう声を掛けたものか……と考えるレン達の前で最初に口を開いたのはカイだった。

 

「情報屋は情報を売るのが仕事であって、自分が売った情報が何に利用されるかまでは詮索しない。俺には関係ないって言えばそれまでだけど、俺が売った情報のせいで起きた事件だって確かにある。だからこそ引き受けたんだ。償いってワケじゃねーけど、俺なりの裏社会へのけじめとして。」

「けじめだと?だから1人の方が都合が良いという訳か?!言っておくがな!これは任務なんだ!それもかなり重要で!危険な!個人の下らんけじめなど捨て置け!単独行動された挙句に死なれでもしたら、誰が責任を負う事になると思っているんだ貴様は!!」

 

 感情的ではあるが、クルトの言い分は正論だ。それはカイも分かっている。

 しかし、カイが同伴者を拒む一番の理由は、また別の所にあった。

 

「だから、そうやってすぐに決めつけんなっつーの。良いか?引き受けた理由は確かに私情だ。けどな、1人の方が都合が良いってのはまた別の話なんだよ。」

「ほう?……じゃぁその別の話とやらを聞かせて貰おうか??」

 

 呆れたように腕を組みながらクルトはカイを見据える。

 カイは若干面倒臭そうにその理由を呟いた。

 

「さっき言っただろ?瓦礫街でも一時期活動してた。って。つまりあの街には俺の事を知ってる連中が大勢居るって事。ここまで言えば察しは付くだろ??」

「付くか!!!」

 

 不機嫌に噛み付くクルトを制止したのはエドガーであった。

 

「いい加減落ち着け。年下相手にみっともない……」

「みっともないも何も!コイツが中途半端にしか理由を話さんのが悪い!」

「小学生レベルの反論しか言えないのなら、少し黙って頭を冷やせ。話が進まない。」

「……」

 

 微かに怒気の込もった声で抗議をバッサリと切って捨てられ、クルトは案の定言葉を失い黙り込む。

 そんな彼の様子など気にも留めていない様子で、エドガーはカイへ訊ねた。

 

「1人で情報屋をしていた頃に瓦礫街で活動していたのなら、瓦礫街の住人はカイの事を「単独の情報屋」として記憶している筈だ。同伴者は必ず住人達から珍しがられ、注目を集めてしまう。カイが敢えて1人で行くと決めたのも、最先任がそれを許可したのも、理由はそれなんじゃないか?」

「ああ。ただでさえあそこの連中は新顔を特に警戒するからな。つーか俺だって、ガーディアンフォースに所属した事がバレたら最後なんだ。念の為の保険で他の隊員連れてった結果、逆に自分の首絞める事になりました。じゃ、本末転倒だろ?」

 

 そう言って肩を竦めて見せるカイに、今度はレンが恐る恐る訊ねた。

 

「……もし、ガーディアンフォースだってバレたら……どうなっちまうんだ?」

「え?」

 

 きょとんと返事を返したカイに、レンは何処か懇願するかのような眼差しで言葉を続ける。

 

「さっき最先任が話してくれた事件みたいに……なったりしないよな?」

「あ~……バラされて売りに出されるって奴?ん~……どうだかなぁ……」

「はぐらかさないで教えてくれよ。本当に1人で大丈夫なのか?ちゃんと生きて帰って来れるか?」

 

 不安に揺れるレンの真紅の瞳を静かに見つめた後、カイは観念したように語り出した。

 

「もしガーディアンフォースの一員だってバレちまったら、当然捕まって拷問だろうぜ。何を嗅ぎ回ってたのか、他に仲間がいるのか。洗いざらい吐くまで拷問されて……その後は正直分かんねぇ。殺されて臓器売買の為にバラされるか、死体愛好家に売られるか、生首になって突き返されるか……」

「そんな……」

 

 絶句するレンに、カイは顔色一つ変えずに淡々と言葉を続ける。

 

「そんなって言われても、ぶっちゃけあの街じゃ、殺して貰えた方がマシだと思うけどなぁ。」

「殺される方がマシって……マシな訳ねーじゃん!死んじまったらそこまでなんだぞ?!」

「そ。死ねばそこで終わるんだよ。いっそ殺してくれって思うような苦痛もな。“おもちゃ”や“ペット”として生きた人間を欲しがるような連中もわんさか居る場所なんだ。散々痛めつけられた挙句、逃げられないように手足を落とされて、死ぬまで飼い殺しにされるくらいなら、サッサと殺して貰えた方がよっぽどマシじゃん。」

 

 レンは、ただただ戸惑った。聞くだけでも背筋が粟立つような話を、眉一つ動かさず、さも当たり前のように語る目の前の少年は……本当にカイなのだろうか?と……

 初めて情報屋をしていたと聞いた時は、素直にただ「カッコいい」と思った。その気持ちに嘘はなかった。

 だが、今は違う。自分と変わらない年頃の少年が、ほんの3年間情報屋をしていただけでこんな事を平然と言えるようになってしまうとは……どれ程恐ろしく、過酷で、殺伐とした世界を見て来たのだろう?……一体どんな地獄に身を置けば、裏社会に横行する悪事をこんな風に達観してしまえるようになるのだろう?……そう考えると、途方もない隔たりを感じずにはいられなかった。

 

「やっぱ……カイはすげーな……」

「え~?どうしたんだよ急に……」

 

 苦笑を浮かべたカイを見つめ、レンは何処か泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 

「だってさ、そういう目に遭うかもしれないって解った上で、行くって言ったんだろ?……」

「まぁ……つーかそもそも、そういう目に遭う場所だって解ってる奴が俺くらいしか居ねー訳だし。」

「怖く……ねーの?」

 

 その一言が、カイの顔色を変えた。

 彼の浮かべた笑みは、観念したように投げ遣りで、何かに怯えているようにも見えた。

 

「俺自身はそういう危機感狂っちまってるし、自分に何かあっても今までのツケだとしか思わねーけど……その分、仲間が目の前で傷ついたり苦しんだりするのは……滅茶苦茶怖い……かな。」

「じゃぁ、1人の方が都合が良いってもしかして……」

 

 ハッとしたレンの呟きに、カイはふっと元通りの苦笑を再び浮かべる。

 

「俺さぁ、変なとこで甘ちゃんだから、自分は死んでもどうでも良い癖に、周りには生きてて欲しいんだよ。何をどうやってもそこだけは変われなくて……結局、裏社会に染まりきれない半端者って呼ばれてさ。だからあの街の連中は、俺がそういう甘ちゃんだって事もよく知ってる分、尚更性質が悪い。確実に俺の口を割らせるなら、目の前で仲間を派手に痛めつければ良いって解ってるからな。」

「……なるほど。お前が頑なに同伴者を拒んでいた一番の理由は……つまりそれか……」

 

 詳しい話を聞き、すっかり頭の冷えたクルトがぽつりと呟く。

 カイは気分を切り替えるように息を吸い込むと、よし!と声を上げ、普段の明るい表情を浮かべた。

 

「この話は此処までな!ハーマン中尉とオコーネル中尉が待ってっから、俺もう行かねーと!お前らも、ハーマン少佐が首長くして待ってるだろうから早く行ってやれよ~!」

 

 そう言って第三格納庫へと走り去るカイの後ろ姿を眺めて、シーナがポツリと呟いた。

 

「カイだけじゃないのに……」

「シーナさん……どうかされましたか?」

 

 不思議そうに訊ねて来たクルトを見上げ、シーナは困ったように訊ねる。

 

「他の人が傷付くのが嫌なのは、カイだけじゃないのに……私達もカイが傷付くのが嫌なのに、なんでカイはそれが解らないんだろう?……」

「……何故……なんでしょうね……」

 

 幼い子供の素朴な疑問にも似たその問いに、クルトは上手く答える事が出来なかった。

 

   ~*~

 

 その頃、ガウスとフィーネ、リーゼの3人はまだミーティングルームに残っていた。

 フィーネは酷く心配そうな表情でガウスを見つめ、口を開く。

 

「本当に、カイ1人に行かせるおつもりなんですか?」

「ああ。そのつもりだよ。」

 

 ガウスは涼し気な表情で即答すると、クリップで留められた数枚の書類を手に取る。

 一番表に留められているのは、カイが入隊日に記入した履歴書。

 その下に一緒に留まっているのは、彼の身辺調査の結果報告書であった。

 

「カイ=ハイドフェルド。帝国軍第一航空大隊隊長であるエリク=ハイドフェルド大佐の一人息子で、3年前、父親のレドラーと共に失踪し、警察や憲兵隊の捜査を掻い潜りながら情報屋として活動していた少年。身辺調査の報告書によれば、およそ2年前から10ヵ月ほど、瓦礫街を活動拠点としていた時期有り……そんな彼がゴーストを知らないという事は、瓦礫街にゴーストが現れ始めたのは彼が出て行った後の筈だ。

 それがハッキリしただけでもかなりの進歩ではあるが……」

 

 ガウスはそこで一旦言葉を区切り、空いている方の手で頬杖を突いてフィーネとリーゼを気怠げに見つめる。

 

「問題は……ゴーストが神出鬼没で、何時何処に現れるのか全く不明である事。瓦礫街を怪しまれずに歩き回れる者でなければ、ゴーストに接触出来る可能性はほぼ皆無だ。彼にとって瓦礫街は古巣の1つで、土地勘もあるし、街の“暗黙の了解(ルール)”も熟知している。他に適任者が居ない以上、下手に同伴者を付けるのは逆効果だ。私は彼を信じてみようと思うが、どうかな?」

 

 何処か含みのある笑みを浮かべるガウスを見つめ、フィーネはぽつりと呟いた。

 

「最先任には、彼1人に任せても大丈夫だという確信がおありなのですか?」

「まぁね。根拠よりも直感の方が強いけど。」

 

 飄々とそんな返事を返すガウスに軽い溜息を一つ吐いて、彼女は観念したように口を開く。

 

「……わかりました。任務の日程はどう致しますか?」

「出来るだけ早い方が良い。準備や段取りが整い次第といった所かな。」

「では、任務の詳細を詰めて参りますので、私達はこれで失礼します。」

 

 リーゼと共に出入口のドアへと向かうフィーネに、ガウスがふと声を掛けた。

 

「カイは、レンやエドガーと同い年なんだよね?」

「はい?……」

 

 思わず振り返ったフィーネとリーゼに対し、ガウスは申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。

 

「自分の息子と同い年の少年を、危険な任務に1人で向かわせる……君達が心配するのは無理もない。だが彼だって、伊達や酔狂で裏社会と関わって生きて来た訳じゃないんだ。あの子なら大丈夫だよ。」

「そうですね……そう願っています。」

 

 ミーティングルームを後にし、オペレータールームへ向かって歩き始めた直後、不意にリーゼが声を上げた。

 

「ホンット!何考えてんだかわっかんないよなぁ~ガウス中佐は!食えない人ってああいう人の事だぜ。絶対。」

「もう、またそんな事いうんだから……」

 

 困ったように苦笑を浮かべるフィーネに、リーゼはむすっとした表情を浮かべる。

 

「確かに優秀な人だし、悪い人じゃないのは僕だって解ってるさ。けどどうも苦手なんだよなぁ~……他人に本心を見せないあの感じ、ヒルツにちょっと似てるよ……」

 

 吐き捨てるように呟かれたリーゼの一言に、フィーネも思わず俯く。

 ガウスは確かに態度がフランクな上に飄々としていて、本心や距離感が掴み難い人間だ。

 ……そのせいで、時折意図を測り兼ねてしまう事が多々あるのは確かであるし、何処まで本気で言っているのか分からないのも確かであるが……ヒルツに似ている……というのは……

 

(考えないように、してたんだけど……)

 

 別に容姿が似ている訳じゃない。年齢だって50過ぎであるし、彼はヒルツと違ってそこそこ感情も表に出す。

 だが……無茶苦茶な作戦を立てた時や、とんでもない指示を出す時、周囲がどんなに慌てふためいても薄ら笑いを浮かべているその姿は、確かにヒルツに通じるものがあるような気がした。

 

「……ガウス中佐はヒルツとは違うわ。あの人は部下を大切にする人だもの……」

 

 何処か自分に言い聞かせるように呟いて、フィーネは笑みと共にリーゼを見つめる。

 

「今日が初対面だったのに、ガウス中佐はカイを信じてる。あの子なら大丈夫だ。って。なのに、オペレーターの私達が信じてあげられなかったら、任務にも支障が出るわ。そうでしょう?」

「……そうだね。カイが無事に帰って来れるように、僕達がちゃんとサポートしてあげなくちゃ。」

 

 互いに励まし合うような笑みを浮かべて、2人はオペレータールームへと戻るのだった。

 

   ~*~

 

 その頃、イセリナ山を越えた先にある荒野でも動きがあった。

 

「ええ。すぐ戻るわ。だからそれまで大人しくしてて頂戴ね。それじゃ。」

 

 小型タブレットでの通話を終え、アシュリーは心底ガッカリしているような溜息を吐く。

 彼は申し訳なさそうに顔を上げると、残りの昼食をのんびり食べているアサヒと、早々に食事を終えてコーヒーを啜っているザクリスを見つめて呟いた。

 

「ごめんなさい。ちょっとうちの子がドジ踏んで豚箱に入り込んじゃったらしいの。迎えに行かなくちゃいけないから、此処で暫くお別れになっちゃうわ……」

 

 ザクリスとアサヒは互いに顔を見合わせた後、アシュリーを見つめて心配そうな表情を浮かべる。

 

「いやまぁ、そりゃ別に構わんのだが……豚箱に入り込んだって、お仲間さんは大丈夫なのかい?」

「ええ。でも、サクッと迎えに行って、サクッと連れて帰らなくちゃ。」

 

 そう言って立ち上がるアシュリーに、ザクリスが何処かホッとした様子で呟いた。

 

「まぁ、俺達と一緒に瓦礫街に行くくらいなら、そっちに行った方が良い。ディスクやゴーストについて嗅ぎ回ってると知られたら最後。どうなるかわかったもんじゃねーからな。」

「あー!やっぱり!私も一緒に行くって言った時、貴方すっごく面倒臭そうな顔してたものね!」

 

 ぷくっと頬を膨らませて憤慨するアシュリーだったが、ザクリスはそんな彼を宥めるように言葉を続ける。

 

「別に面倒だと思ってた訳じゃねーけどよ……お前に何かあってみろ。お前の手下達に地獄の一丁目まで追っ駆け回される破目になるじゃねーか。」

「それってつまり、私の事心配してたって言いたいワケ?」

「おう。」

 

 何でもなさそうに頷いたその一言が、アシュリーの顔色を変えた。

 先程までの不機嫌さは一瞬で消し飛び、彼の頬がポッと赤くなる。

 恥ずかしそうに微笑みながら、彼はしどろもどろに呟いた。

 

「そ……そう。そうだったの……心配してくれてただけなら別に良いわ。あ、ありがとね!私そろそろ行くから!」

 

 いそいそと愛機である漆黒のステルスバイパーの元へと駆けてゆくアシュリーだったが、キャノピーを開けようとしたところで彼はふと手を止めて振り返り、叫んだ。

 

「ねぇ!!また、会えるかしら?!」

「なんだよ!俺達がそう簡単にくたばるとでも思ってんのかぁ?!」

 

 何処かからかうようにザクリスが叫び返せば、アシュリーはぶんぶんと首を横に振る。

 

「そんな事無いわ!そんな事無いけど……」

 

 そこまで言って、アシュリーはふと口籠る。

 離れたくない。と素直に言って良いものかどうか……流石に引かれてしまうだろうか?それとも、子供臭いと馬鹿にされるだろうか?……あぁ、悩むくらいなら聞かなければ良かった。と考え始めた時だった。

 

「わり。そんな事ないけど。の後が声ちっさくて全然聞こえなかった。なんつった?」

「ひぇっ?!」

 

 考え込んでいた間に駆け寄って来たのだろう。

 目の前に立ち顔を覗き込んで来るザクリスに、アシュリーは思わず思考が止まる。

 みるみる真っ赤になりながら、彼はしどろもどろに捲し立てた。

 

「な、なんでもないわ!ホント、別に何でもないの!ただちょっと心配だっただけだから!気にしないで頂戴!」

 

 そう言うが早いか、彼はキャノピーを開きコックピットへ逃げ込もうとする。が……

 

「あ。ちょい待て。」

 

 ザクリスはそんな彼の腕を不意に掴んで引き留めると、ただ一言、そっと呟いた。

 

「またな。」

「え……ええ。また……ね。」

 

 ぽかんと放心したように返事を返して、アシュリーは今度こそステルスパイパーに乗り込む。

 恋する毒蛇を乗せたステルスバイパーは、のそのそととぐろを解いてアジトへの帰路に就き、それを確認して戻って来たザクリスへ、アサヒが呆れたように声を掛けた。

 

「……お前さん、なーんも気付いとらんだろう?」

「何が?」

「なんでわざわざ、アシュリーがまた会えるかと聞いて来たのか……」

 

 案の定、ザクリスは首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「またな。って言って欲しかったんだろ?アイツ昔っから変なとこでコミュ障だし。」

「……おん。そうかい……」

 

 呆れと諦めの入り混ざった声音でそう返事を返すと、アサヒは残りのスープを飲み干す。

 

(いくら女性恐怖症のせいで惚れた腫れたに疎いとはいえ……程度っちゅうもんがあるだろうに……)

 

 ホワイトコロニーで行動を共にしてからつい先程まで……アシュリーと行動を共にしていた間に、アサヒはアシュリーがどのような人物なのかをある程度理解していた。

 体こそ男であるが、その心は女性そのものである事。面倒見が良く世話好きである事。感情豊かで、根は天真爛漫な性格をしている事……そして何より、ザクリスに恋をしているのだという事。

 アサヒ自身はあまり人の恋愛ごとに関わるべきではないと思っているのだが、ザクリスが此処まで鈍くては、どうにもアシュリーを応援してやりたくなってしまう……

 

「それにしても、まさかあのディスクの出所が瓦礫街とはなぁ……」

 

 アシュリーやアサヒの気持ちなど露知らず、ザクリスはアサヒの隣に座って煙草に火を点けながら呟いた。

 その一言にハッと我に返ったアサヒは、空になった食器に視線を落とす。

 

「俺達にとっちゃぁ……二度と行きたくない場所だからなぁ……」

 

 そう。

 この2人にとっても、瓦礫街は因縁浅からぬ場所であった。

 

「どうする?お前、今回は街の外で留守番してるか??」

「って事は何かい?お前さん1人で行くってのか?」

 

 ギョッとした様子で訊ね返したアサヒの視線の先で、ザクリスは紫煙を吐き出しながら空を眺めていた。

 

「つーか、それしかねぇだろ?俺はともかく、お前にとってあの街はトラウマが多過ぎる。」

「そんな……あの街で一番酷い目に遭ったのはお前さんの方だろう?!」

 

 思わず大声を上げたアサヒに、ザクリスは呆れたような視線を向ける。

 

「俺は別に。つか、お前が俺の事まで自分の事みてーにいつまでも気にしてるから、余計心配なんだよ。何かの拍子に嫌な事思い出して、身動き取れなくなってみろ。今度こそ死ぬぞお前。」

「それは……」

 

 ザクリスは口籠るアサヒの頭にポンッと手を置き、優しくわしわしと撫でてやりながら呟いた。

 

「それにな、俺が街でゴーストとやらを探してる間、タイガーの見張りがいねーんじゃ心もとねぇんだよ。あの街の駐機場、マジで窃盗犯だらけだかんな……」

「まぁ……それに関しちゃ否定はせんが……」

 

 不服そうに呟き返して、アサヒは疑うようにジトリとした視線をザクリスへ向ける。

 

「俺がおらんのを良い事に、無茶をしたりせんだろうな?」

「流石にしねーよ。お前に泣かれるの滅茶苦茶面倒だし。」

「人を泣き虫みたいに言うな。阿呆。」

「実際泣き虫だったろ。童顔チビ助。」

 

 2人はそのまま暫く静かに睨み合っていたが、やがて互いにやれやれといった様子で溜息を吐くと、そっと言葉を交わし合った。

 

「ヤバけりゃすぐ引き上げてずらかるぞ。」

「おん。タイガーの面倒は任せてくれぃ。」

 

 彼等は視線も無しに拳をコツンとかち合わせ、ふと微笑む。

 裏社会の入り口とも呼ばれる犯罪の街……瓦礫街に、物語の役者達が集結しようとしていた。

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