航路から外れた孤島の遺跡で、俺は古代ゾイド人のシーナとオーガノイドのユナイト、そして、古代ゾイドのブレードイーグルに出会った。
だけど、ブレードイーグルがどうすれば目を覚ますのかはシーナにもわからないらしい。
一体どうすれば、こいつは目をさますんだろう……
[カイ=ハイドフェルド]
[ZOIDS-Unite- 第2話:目覚める翼]
カイとシーナ、ユナイトは、遺跡の出入り口へと続く長い螺旋状の通路を上っていた。
ブレードイーグルを目覚めさせる方法が分からない以上、どうする事も出来ない……とりあえず一度、カイのレドラーまで戻って少し遅い昼食にしようという事で話がまとまり、彼らは地上を目指していたのである。
長い通路を上りながらも、カイとシーナはずっと話し込んでいた。
「じゃぁ、この時代の人達って一体どんなものを食べてるの?」
シーナが興味深そうに聞いてくる。
つい先程まで、カイは20年以上前に繰り広げられたデスザウラーとの激闘と、それを最後に戦争は終わり、平和な時代になっている事を掻い摘んで説明したばかりであった。
聞くところによれば、シーナが生まれたイヴ暦末期はずっと戦争が続いており、彼女は荒廃した世界しか知らないらしい。そんな時代に生きていた彼女にとって、平和な時代の人々がどんな生活をしているのか?どんな美味しい物を食べているのか?興味は尽きなかった。
「どんなものって言っても……別に普通だぜ? パンとか、肉とか、魚とか、あと果物とか野菜とか……」
「そんなに?! この時代の人達は皆そんなに色々食べる事が出来るの?!」
「まぁ……そうだな。普通に働いて普通に生活してれば、飯にありつけないなんて事はまず無いな」
「凄いね! そんなに豊かな時代になったなんて、まるで夢みたい!」
目を輝かせながら、シーナははしゃぐ。
そんな彼女の様子にカイも自然と笑顔になるが、ふと彼は考え込んでしまった。
平和になった時代に生まれた自分には、シーナが生きていた「戦争で荒廃した時代」というのが一体どんな世界だったのか、上手く想像できない。
カイの感覚では、一通りの食材をなんでも手軽に食べられるのが普通だが、彼女の場合はそうではないらしい。この様子では恐らく、今の時代で言う「普通」の食事すらシーナは一度も食べた事がないのではないだろうか?
豊かな時代の食事に思いを馳せ、目を輝かせるシーナの姿に、カイはこれから作る料理をチラッと思い浮かべて申し訳なさそうに口を開いた。
「なんか、喜んでる所に水を差すようで悪いけど……俺が持ち歩いてる食べ物は基本的に長旅用の保存食ばっかだから、全然豪華でもなんでもねーぞ?」
「あ! 全然そんなッ! 分けてもらう身分でそんな贅沢な事言わないよ!」
わたわたそう答えるシーナに、カイは杞憂だったかと少しホッとした。
(こりゃ下手したら温めた缶スープだけでも飛び上がって喜びそうだ……)
そう思いながらカイは苦笑した。勿論食事に誘ったのは自分なのだから、缶スープだけなんていうみみっちい出し惜しみをするつもりも毛頭ないが。
「ほら。こいつが俺の相棒のレドラーだよ」
出入口へ辿り着いたカイは、そういってレドラーを指差す。
シーナはレドラーを見上げて感動したような溜息を吐いた。
「レドラー……私初めて見た……」
「だよな。こいつは古代ゾイドじゃなくて、帝国が開発したゾイドだから」
「帝国?」
「そ。まぁその辺の話は飯食いながら説明するよ」
そう言いながらカイはレドラーのコックピットに上る。
ごちゃごちゃの物置と化した後部座席の中を漁り、彼は必要な物を引っ張り出し始めた。
キャンプバーナーにコッヘルセット、パン、缶スープ、フルーツ缶、インスタントコーヒーetc...と、ついでに着替えの服。
天気が良いとはいえ、ずっと上半身ランニング1枚は流石に肌寒い。それにシーナも、いくら貸した服の裾で下まで隠れるとはいえ何もないのでは心もとないだろう。
彼は引っ張り出したカーキー色の半袖Tシャツをサッと着ると、残りの荷物を抱えて下へ降りる。
シーナはまだジッとレドラーを見上げていたが、カイが荷物を抱えて降りて来た事に気が付くとすぐ駆け寄って来た。
「ねぇ、何かお手伝いする事ある?」
「ああ。でもその前にコレ」
カイはシーナに青い半ズボンを差し出す。
「下着無しで履くのはちょっとアレかもしんねーけど。これも貸すから、服買いに行くまで使ってな」
「あ。うん。ありがとう」
シーナが半ズボンを受け取ると、カイはてきぱきと準備を始めた。
目の前であっという間に組み上がっていくキャンプバーナーや金属製の調理器具に、シーナは受け取った半ズボンを抱き締めたまま目が釘付けになっている。コッヘル鍋を手にレドラーの飲料水タンクへ行こうとしたカイは、そんな彼女に気が付くと困ったように苦笑を浮かべた。
「いいからまずはズボン履けよ」
「あ、ごめん」
いそいそと半ズボンを履くシーナを残し、カイがタンクから鍋へ水を移し始めた時だった。
「グォ??」
ユナイトがハッとしたように空を見上げたのだ。
「ユナイト? どうしたの??」
貸してもらったズボンを履き終えたシーナがユナイトに問う。
空をただただ見つめるユナイトの様子が何処かおかしいと感じたカイも、水を張った鍋を手にしたままユナイトが見上げる方向を見上げた。
特に何も無い……ように見えたが、同様に空を見上げたシーナはすぐにあ!っと声を上げた。
「カイ! ゾイドがこっちに来てる!」
「は?!」
鍋を持ったままカイはシーナの隣まで引き返し、彼女が指さす先を再び見上げたが、やはり何も見えない。
「何にも見えねぇぞ?」
「んーん。いるよ。あそこに3機。ほら、音も聞こえてきてる」
「えー?」
カイは怪訝そうな声を上げたが、シーナがそんな突拍子のない嘘を吐いているようには見えなかった。彼はウエストバッグから小型タブレットを取り出し、内蔵カメラの望遠機能を使ってシーナの指さす方向を確認する。
見覚えのある3機の赤いレドラーが、最大望遠のタブレット画面に映っていた。
「おいおいッ……ちょっと待てよ!!!」
彼はタブレットをウエストバッグに押し込むと、焦った様子で鍋を放り出し、同時にシーナの手を掴んだ。
「隠れるぞ!」
「え?!」
「ユナイト! お前も来い!!」
「グオ!!」
カイはすぐ傍の茂みの中へシーナとユナイトを連れ飛び込む。
そんな短いやりとりをしている間に、レドラーはもう肉眼で確認出来る距離にまで近づいて来ていた。
~*~
「兄貴! 見つけましたよ!」
レドラーのコックピットで、男が1人無線に呼び掛ける。
先頭を飛ぶレドラーを操縦する男は、その呼び掛けにニヤリと口の端を歪めた。
「ああ。間違いねぇ。あの情報屋のクソガキのレドラーだ」
彼の脳裏に褐色肌の憎たらしい情報屋の少年の顔が思い浮かぶ。
この少年が傭兵に売った情報のせいでとんでもない目に遭った事を思い出す度、悔しさと憎しみがこみ上げたものだ。しかしその分、昨日手下の1人が町の外れに駐機されていた少年のレドラーを見つけ、長距離発信機を仕掛けて来たと聞いた時の優越感は何物にも例え難かった。
これで少年の居場所が手に取るようにわかる。いつでも報復に向かえると……
彼はおもむろに、レドラーのミサイルポッドの照準をカイのレドラーへ合わせ呟いた。
「あばよ。クソガキ」
男が乗るレドラーが放ったミサイルが、カイのレドラーの背に直撃した。
激しい爆発音と爆風が、茂みへ飛び込んだカイ達まで押し寄せる。
カイは咄嗟にシーナを守るように抱き締めながら、地面に伏せた。
振り返れば、茂みの向こうで無残な姿になったレドラーが黒煙を上げている……
「あの野郎……やりやがった……」
呆然としたままこぼした言葉は、何処か
そんなカイの腕の中で、シーナはガタガタと震えている。
カイがシーナの顔をそっと覗き込んでみると、ギュッと固く閉じた彼女の目の端には涙が滲んでいた……
当たり前だ。平和な時代だと聞いた時のシーナはまるで夢のようだと言っていた。戦争の続く中、彼女はずっと平和な時代を夢見ていたに違いない……それなのにいきなりこんな風に襲われて、目の前でレドラーの爆発……平気でいられる方がおかしな話だ。
一方の赤いレドラー達はそのまま島の上空を旋回し、着陸態勢に入ろうとしている。
(どうするッ?! レドラーが壊されちまった以上、島から脱出する手段が……)
カイは焦った。
こうなれば、島へ降り立った赤いレドラーを強奪して無理矢理逃げるしかない。
多少の怪我を覚悟の上で試してみる価値は充分ある。問題はタイミングだ……奴等がそのまま遺跡へ向かってくれれば、その間にレドラーを強奪するのは簡単だ。だがもし、自分が死んでいない事に気付けば、おそらく血眼になって探し始めるに違いない……幸いこちらにも武器ならあるが、それでどうにかなるだろうか?
ぐるぐると考える彼のシャツを、シーナがそっと引っ張った。
「カイ……」
すっかりおびえきった、震える声だった。
「私達……死んじゃうの?……」
カイを見上げるその鶯色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる……
彼はそんな彼女を見てハッとした。
今まで何度も危ない目に遭って来たカイだが、それでもシーナのように死におびえた事は無かった。
それは別に、彼が命知らずで勇敢だからという訳では無い。ただ単にイメージがなかっただけだ。死ぬかもしれないという明確なイメージが……
平和な時代に生まれ、戦争を知らないカイには、いつも何処かで楽観的な部分があった。少々怪我をしたところで、少々追いつめられたところで、死ぬわけがないと……
だが、戦争の時代を生きた目の前の少女が、ハッキリと死の危機を感じ怯えている……
そう。人は死ぬのだ……そんな当たり前の事を、カイは今更のように痛感していた。
(あぁ、そっか……死ぬかもしれないって、こういう事なんだな……)
彼の何処か楽観的で甘かった意識が、変わった。
シーナとユナイトを起こす時に決めた筈だ。最期まで面倒を見ると……それはつまり、最後まで彼女達を守るという事だ。
……何とかなるだろうでは駄目だ。
こちらの武器は拳銃一丁と折り畳みナイフのみ。シーナを戦わせるわけにはいかない。一方の相手は3人。武器だって持っているだろう。
実質3対1のこの状態で、武装した大の男3人相手に拳銃とナイフで太刀打ち出来ると考える方がそもそも間違いだ。
それに冷静になって考えてみれば、遺跡の地下の扉は開けっ放しのまま。奴等がそのまま遺跡に行ってしまってはブレードイーグルが見つかってしまう。
眠っていて動かせないとはいえ、古代ゾイドを発見したとなればどんな手を使ってでも運び出すに決まっている。遺跡はゾイドでも十分に乗り入れることが出来る通路だ。レドラーで無理矢理牽引してでも持ち帰ろうとするだろう。
「くそ、せめてブレードイーグルが目を覚ましてくれれば……」
カイが悔しそうにそう呟いた時だった。
「グオ!」
ユナイトがまるでわかったとでも言うかのように頷いて、胸部を開けた。
「え? ユナイト?!」
戸惑ったように声を上げたシーナを、ユナイトは問答無用でケーブルに絡めとり、体内へ格納する。
そしてカイへ向き直ると、彼のシャツの背を咥えて自身の背中へと乗せたのだ。
「おいユナイト! お前一体どうするつもりだ?!」
カイが叫ぶのと、ユナイトが茂みから飛び出していくのは同時であった。
着陸したばかりのレドラー3機が目の前にいるという最悪のタイミングで……
「兄貴! あのガキあんなところに!」
開いたレドラーのキャノピーから、恰幅の良い男がカイとユナイトを指差して叫ぶ。
「野郎! 待てクソガキ!!」
リーダーの男がレドラーのコックピットから降り立つと同時に手にしたマシンガンを向けた。
だが、ユナイトはそんな男達などお構い無しで遺跡の入口めがけて駆け出す。
次の瞬間、ユナイトは背中のカバーを開いて翼を展開した。ボディと同じ桜色のそれは、まるで鳥の翼のような展開翼だった。
ユナイトは地面を蹴ると同時にサブバーニアを全開にしながら羽ばたき、宙へ浮かぶと、一直線に遺跡の中へと飛び込んで行った……
流石の男達も、たった今目の前で起きた事が信じられないといった様子であんぐりと口を開けている。
ふと、リーダーの男が笑った。
「おいおい。こいつはおったまげたな。あのガキ、オーガノイドなんか手に入れてやがったのか」
「オーガノイドって、さっきのピンクの奴ですかい? 兄貴」
先程上空で通信を入れていた、線の細い男が訊ねる。
一方のリーダーの男は、そんな彼に答えずマシンガンを担いで言った。
「オスカー! スティーヴ! さっさと追いかけるぞ! あのオーガノイドを何としても手に入れるんだ!」
男達はユナイトの後を追いかけて遺跡へと走り出す。
「このスヴェン様から逃げられると思うなよ……クソガキ」
リーダー……スヴェンはそう呟いて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
~*~
ユナイトはとてつもないスピードで地下へと続く螺旋状の通路を飛んでいた。
その速さは、カイが無駄口を叩く事も出来ずに必死でしがみついているしかない程だ。
徒歩で降りるにはかなり時間の掛かった通路は瞬く間に後方へとすっ飛んでいき、彼らはすぐブレードイーグルの眠る部屋へとたどり着いた。
ユナイトはブレードイーグルの背に降り立つと、カイを先程と同じように咥えて降ろし、胸部を開けてシーナを解放する。
「ユナイト、ブレードイーグルが起きるかもしれないって本当?」
「え?!」
シーナの唐突な言葉に、カイはシーナとユナイトを交互に見やる。
ユナイトは力強く頷くと、シーナに向かって何やら話し始めた。
「グオ! グォグォ!」
「名前を呼んでって……ホントにそれだけ?」
「グオ!」
不思議そうな顔をするシーナにもう一度力強く頷くと、ユナイトはカイを見つめた。
「グォグォ!」
「え? 何??……」
「カイじゃなきゃダメだって」
「はぁ?!」
カイはすっかり混乱している。
ブレードイーグルの起こし方は、シーナの双子の兄、アレックスしか知らないだろうという話だったのに。
シーナが知らなくて、何故ユナイトが知っているのだろう?
いや、それ以前に何故自分でなければならないのだろう? 名前を呼ぶだけならばシーナが名前を呼ぶのでも良い筈だ。
「ちょっと待てよ。ホントにそんな簡単な方法で起きるのか??」
「グォグォ!」
「多分大丈夫! だって」
「多分って……」
何処か自信満々なユナイトの根拠が「多分」とは、思わず脱力してしまう。
しかし、行き止まりであるこの部屋へ飛び込んでしまった以上、もう後には引けない。
ブレードイーグルが動かなければ、島から脱出する事はおろか、恐らく追いかけて来ているであろうスヴェン達から身を護る事すら出来ないのだから。
こうなれば一か八かだ。
「わかったよ。名前を呼べば良いんだな?」
カイの言葉にユナイトは頷くと、部屋の中を旋回するように一周飛び、ブレードイーグルの中へと消えて行った。
「消えた?!」
「ううん。ユナイトがブレードイーグルと合体したの。それよりカイ、早く名前を呼んで」
「あ、ああ。わかった!」
オーガノイドがゾイドと合体する力を持つのは聞いたことがある。
だが、こんな風に吸い込まれるようにして消えるとは……
カイは初めて見たオーガノイドの合体という能力に戸惑いながらブレードイーグルの背を駆け、首の辺りまでやって来ると、その頭へ向かって叫んだ。
「ブレードイーグル!!」
……しかし、反応は無い。
辺りは静まり返ったままだ。
「……だよなぁ……」
カイはがっくりと肩を落とす。こんな簡単な方法で起きるなんてどう考えたっておかしい。
しかし、シーナはそう思っていないようだった。
彼女は彼の隣へやって来て静かに言った。
「ユナイトは嘘を吐くような子じゃない。だからきっと間違ってない筈。お願い、カイ。もう一度試して」
真剣な表情のシーナにカイは少し俯いたが、すぐ顔を上げて頷いた。
簡単に諦めるわけにはいかない。
シーナとユナイトを守る為にも。
「ブレードイーグル! なぁ! 目を覚ましてくれ! ブレードイーグル!!」
「お願い! ブレードイーグル! 起きて!!」
2人で必死に物言わぬその頭へ呼びかけるが、やはり反応は無い。
やがて、開け放たれたままの扉の向こう、通路の方から足音が響いて来た。
このままではまずい。奴らが来てしまう……
一瞬、カイの脳裏に捕まった後の事が過った。
自分が奴等に狙われている心当たりはある。まず間違いなく殺されるだろう。
その後、シーナとユナイト、ブレードイーグルはどうなる??
売り飛ばされるか、或いは奴等にこき使われるか……いや、そもそも男3人に囲まれた少女がどんな目に遭うかなど分かり切っている。そんなの、想像したくも無い……
意地でも起きてもらうしかないというのに全く起きる気配の無いブレードイーグルへ、カイは思わず怒鳴った。
「こんにゃろうッ! お前シーナを守る為に造られたんだろ?! だったらとっとと起きろ!! イーグル!!!」
その声が部屋に響き渡る……だが、その声はさっきまで必死に名前を呼んでいた時に部屋に響いていた声と、反響の仕方が違った。
まるでやまびこのように、部屋の中でカイの叫んだ声が反響している。
起きろ。イーグル……起きろ。イーグル……起きろ。イーグル……
反響が収まるのと、スヴェン達が部屋へ辿り着いたのは同時だった。が、その銃口がカイを捉える事はなかった。
部屋の壁一面に白く輝く古代文字が浮かび上がり、その光があっという間に部屋を満たしてしまったのだ。
その輝きは目が眩む程に眩しく、カイも、シーナも、スヴェン達も、思わず手で光を遮りながら、辺りを見渡す。
光に満たされた部屋の中で、不意に音が鳴り出した。ゾイド特有の、あの駆動音だ。
「キュルアァァァァァ!!」
部屋の中に、高らかな鳴き声が響き渡る。
その鳴き声を聞いて、シーナが嬉しそうに叫んだ。
「起きた! カイ! ブレードイーグルが起きたよ!!」
光に包まれた部屋の中で、ブレードイーグルは固く閉ざしていたそのキャノピーを開く。
コックピットはまるで2人で乗る事を想定していたかのような複座式で、現代のゾイドのコックピットとあまり差異もない。一目見ただけで、大体何をどう動かして操作するのかは容易に察しがついた。
これなら、いける。
「行くぞシーナ!」
「うん!」
2人は、ブレードイーグルのコックピットへと乗り込んだ。
ブレードイーグルのキャノピーが閉じられた時点で、古代文字が放つ光はその役目を終えたとでもいうかのようにフッと消え失せる。
光が収まった事を確認し、顔を上げた所でスヴェン達は驚愕した。
目の前の鳥型ゾイドが威嚇するかのように、ギラギラと自分達を間近で睨み付けているのだから無理もない。
その迫力は、手下であるオスカーとスティーヴが手にしていたマシンガンを放り出し、リーダーであるスヴェンの後ろへ隠れる程で、先程まで威勢の良かったスヴェンも真っ青に青ざめていた。
「キュァァァ!!」
思わずビクッとしてしまいそうな程の鋭い一声を残し、ブレードイーグルは彼等を飛び越えると遺跡の出入り口を目指して羽ばたいた。
「一体どうなってんだ? これ……」
一方のカイも、ブレードイーグルに別の意味で驚愕していた。
実の所、カイはまだ殆ど操縦らしい操縦をしていない。
シーナと共にコックピットへ乗り込んだ後の動作は、ブレードイーグルが全て己の意思で動いているとしか思えないものだった。
キャノピーを閉め、部屋の光が収まると同時にスヴェン達を威嚇し、地上を目指して通路を飛ぶ……正直カイがコックピットに乗り込んで行った事といえば、シートベルトを締めたことくらいだ。
「シーナ、コイツ自動操縦なのか??」
「ううん。普通にコックピットから操縦する事も出来るよ。でも今はイーグルとユナイトに任せた方が良いと思う」
「任せるって……」
座っていればいい……ということだろうか?
となると、やはり今動いているのはイーグル自身の意思か、または合体したユナイトが操作しているのかのどちらかだろう。
先程カイを背に乗せて飛んだユナイト程のスピードではないとはいえ、ブレードイーグルは通路の何処にも接触せず器用に螺旋状の通路を飛んでいる。
実際機体が大きい分、ブレードイーグルにとってはこの遺跡の巨大な通路も決して余裕があるとは言い難い。カイもゾイドの操縦にはそこそこ自身があるが、こんな通路の中を一切接触せずに飛ぶような曲芸飛行は到底出来そうになかった。確かに自分が操縦するよりもブレードイーグルとユナイトに任せた方が良さそうだ。
……長い眠りから目覚めた翼が、快晴の空の下へと飛び出した。
ブレードイーグルも、久方ぶりの空が嬉しかったのだろう、空中で時折ロールを打ちながらぐんぐん高度を上げてゆく。
外へ出ればこちらの物だ。と言わんばかりにブレードイーグルが高らかな鳴き声を上げた。
短い電子音が鳴り、コックピットのコンソール画面に文字が表示される。しかし、困った事に表示された文字は古代語だ。
カイは後部座席を振り返ってシーナへ訪ねた。
「なぁシーナ! これ読めるか?」
「自立行動解除。って書いてある」
シーナが後部座席から身を乗り出し画面の文字を読み上げる。
彼女の声に返事をするかのように、短く静かな鳴き声を発っするブレードイーグル。その鳴き声を聞いて、シーナは納得したように呟いた。
「そっか。そうだね。私もイーグルもユナイトも、一体何処に行けば良いかわからないもんね」
シーナは再び身を乗り出し、カイに言った。
「カイ。イーグルが行先はカイに任せるって」
「俺に??」
カイはそう言って、先程から軽く手を掛けていただけだった操縦レバーをそっと握り直す。
マジか。と、彼は戸惑った。
確かにこの時代の町や都市の場所が分かるのはカイだけであるし、操縦方法も大体の察しはつく。
が、ブレードイーグルの機体性能もコンソールに表示される古代語も、自分はまるでわからない。
「ホントに俺が操縦して良いんだな?」
思わずそう聞き返してしまった。
そんな彼の言葉を聞いて戸惑っている事を察したのか、シーナは前席のシートへ抱き着つくようにしてカイの顔を覗き込む。
彼女は笑顔だった。
「勿論! だから行こう! カイ!」
その笑顔が、その弾んだ可愛らしい声が、カイの戸惑いを消し去った。
カイはニヤッと笑って前を向くと、今一度操縦レバーをしっかりと握り直し、フットペダルへ足を掛けた。
「じゃぁ、あいつらが付いて来れないくらい全速力で逃げねーとな! 行くぞイーグル! 寝ぼけてんなよ!」
「キュルァ!!」
カイの言葉に「おう!!」と返事をしたのか、はたまた「うるせぇ!!」と毒づいたのかはわからないが、ブレードイーグルはカイが操縦レバーとフットペダルを全開にすると同時にアメジストのようなアイレンズをカッと光らせた。
……次の瞬間にブレードイーグルが浮かんでいた中空に残ったのは、巨大なドーナツ型の衝撃波の跡のみであった……
~*~
夜……彼らは共和国領の荒野の外れに位置する泉の畔にいた。
最初は最寄りの町かコロニーに立ち寄ろうと考えていたのだが、着陸しようとする度にイーグルに自立行動モードに切り替えられことごとく拒否られてしまったのだ。
まぁ、町に行ったところで財布はレドラーと共に吹っ飛んでしまった為、宿に泊まるどころかパン一切れさえ買う金も無いのだが……
そんなこんなで、カイは泉の傍でぐったりと横になっている。
トップスピードを維持したままノンストップで此処まで来たのだ。疲れたとか酔ったとかいうレベルをとうに通り越して、もはや半分意識が飛んでいた。
一方のシーナは、超高速、超長距離移動をして来たというのにピンピンしており、ぐったりしているカイの代わりに泉の畔に生えていたパパオの木から食べ頃の実をいくつか取って来て、カイに借りた折り畳みナイフで切り分けているところである。
「カイ。大丈夫?パパオ食べる?」
「あー……うん。食う……」
シーナの声に、カイは半分飛んでいた意識を無理矢理引き戻して気だるそうに起き上がる。
彼女が手にしている大きな葉っぱの上に盛られたカットパパオを一切れ手に取って口に放り込みながら、彼はげっそりとした声で呟いた。
「あんな超スピードでかっ飛んで来たのに、よく平気だな」
「うん。私はイーグルの飛ぶスピードに慣れてるみたい。記憶が途切れてるから、よくわからないけど」
何でも無さそうにそう言いながらシーナもパパオを口に運ぶ。
カイは感心したようにシーナを眺めた後、ふとユナイトへ訪ねた。
「なぁ、結局なんで俺じゃなきゃダメだったんだ?」
「グオ??」
「イーグルを起こす方法だよ。なんで名前を呼ぶのが俺じゃなきゃ駄目だったのか?って話」
カイの言葉に、ユナイトは「あ! それか!」と言った様子で何やらグオグオと話し始める。
……勿論カイには何と言っているのか全く分からないのだが。
「シーナ、通訳頼む……」
「……」
「シーナ??」
ユナイトの話を聞いて何やら考え事をしている様子のシーナを、カイが呼ぶ。
シーナはハッとした様子でカイの方を向くと、ユナイトが話した事を説明し始めた。
「あのね……カイがアレックスに似てたからだって」
「は?」
カイは不思議そうに首を傾げる。
初めて目覚めたシーナにも、アレックスによく似ている。と言われた。
だがそれが一体何の関係があるのだろう?……
「俺がシーナの兄貴と似てるから……って、それが関係あるのか??」
カイの問いに、シーナは少し黙り込んでからそっと説明し始めた。
「あのね、イーグルを起こす為の手段はアレックスの声紋認証だったんだって……アレックスの声でイーグルの名前を呼ぶことが起動コードだったから。ってユナイトは言ってる」
「声紋……認証……」
今度はカイが黙り込む番だった。
アレックスの声で名前を呼ぶこと……恐らくあの時叫んだ「起きろ!! イーグル!!!」が、その合言葉だったに違いない。
しかし、声紋認証とは……
「なぁ、俺ってそんなに……声まで似てんの??」
彼の問いに、シーナはこくりと頷いた。
「本当にそっくりなの。顔も、声も、顔の模様まで……違うのは髪や肌の色だけ」
「……へぇ~……」
なんともとんでもない偶然があったものだ。
基本的に無神論者で現実主義者のカイだが、流石にこうも不思議な偶然が重なると「運命」なんて言葉を信じてしまいそうである。
だがまぁ……それも悪く無いかもしれない。とは思う……が、正直彼は素直に喜べなかった。
その原因である新たな相棒へと視線を移すと、カイは恨みがましそうに口を開く。
「それにしても……お前なんで言う事聞いてくれなかったんだよ。行先は任せるって言ったのはお前だろ?」
カイは傍で静かに羽根を休めているブレードイーグルに問うが、ブレードイーグルはふんっ!とばかりにプイッと顔を逸らして素知らぬ顔をしている。
あまりにも冷たいブレードイーグルの態度に不機嫌な顔をするカイへ、シーナが言った。
「カイがあんな事言うからだよ」
「え?」
「寝ぼけてんなよ。って。イーグルは負けず嫌いな子だから、それが頭に来てムキになってるんだよ。ね? イーグル」
「キュルル」
まるで「その通り。」とでも言っているかのようにイーグルはシーナの方を見る。
なんとも感情豊かなゾイドだ。今の時代、ここまで我の強いゾイドは滅多にいない。
「……めんどくせー奴だな。お前」
カイはそう言ってもう一切れパパオを口に放り込む。
次の瞬間、彼の後頭部をブレードイーグルの鋭い嘴の先が小突いた。
「いでぇ?!」
恐らく怪我をさせないように充分手加減はしたのだろうが、滅茶苦茶痛い……
流石にカイもとうとう堪忍袋の緒が切れた。
ガバッと立ち上がり、ブレードイーグルの鼻先をビシッと指さすとカイは思いっきり怒鳴った。
「てめぇこの阿呆鳥!! 何しやがる!!」
暫くカイとブレードイーグルは睨み合っていたが、不意にブレードイーグルが大人しく嘴の先をそーっとカイの前に近づける。
素直なその反応に思わず、
「お? 流石に反省したか?」
と、カイが問いかけた途端、ブレードイーグルは近付けていた嘴の先でカイの胸を軽くトンッと押した。
ドブンッ!!!
どうやら全く反省はしていないらしい。
呆気なく泉へ落っこちたカイを満足そうに眺めると、ブレードイーグルは完全に寝る態勢に入ってしまった。
「お前なぁ!! こっちは着替えもねーんだぞ!! 何すんだよ!! おいこら! シカトすんな!!」
ザバッと泉から上がって来たカイが激しく抗議するも、ブレードイーグルは何も反応しない。
スリープモードに入ったのか、狸寝入りを決め込んでいるのかはわからないが、涼しい顔で無反応なその様は何処か余裕すら感じさせる。
ぐぬぬ!と歯ぎしりするカイを眺めて、シーナはユナイトと顔を見合わせた。
「大丈夫かな?」
「グォグォ!」
何処か自信たっぷりに頷くユナイトのその反応は、「大丈夫!」と言っているかのようだった。
しかし、状況的には全く大丈夫ではない。財布無し。着替え無し。食料無し……
前途多難な旅は、まだまだ始まったばかりである。