ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第20話-ゴースト-

 裏社会の入り口と呼ばれる町「瓦礫街」でディスクをばら撒く謎の少女、ゴースト。

 不可思議なのは、何処からともなく現れて、何処へともなく消えてしまうという事。

 まるで……話で聞いた昔の母さんみたいだ……

 もしかして、ゴーストも母さんと同じ古代ゾイド人なんだろうか?……いや、流石に考え過ぎか……

 [エドガー]

 

[ZOIDS-Unite- 第20話:ゴースト]

 

 5月21日。午前9時半前。

 カイはホエールキング内の一室で黙々と出発準備を整えていた。

 任務ではあるが、この日の服装は以前の私服姿。

 いくらガーディアンフォースの任務服が統一ではないとはいえ、服の型にある程度のパターンがある。正体がバレるのを防ぐ為、敢えて任務服は着ない事にしたのだ。瓦礫街に再び足を踏み入れる以上、いくら念を入れても入れ過ぎという事は無い。

 グローブの下に忍ばせたGPSブレスレットと、会話をホエールキングへ流す為に服のチャックリングへ取り付けたチャーム型盗聴器、そしてイヤリングに偽装したワイヤレスの骨伝導イヤホンは、クルトがこの日の為にわざわざ作ってくれた物だった。

 

「……ホント、機械に関しては一目置けるのになぁ……」

 

 チャックリングにぶら下がったチャーム型盗聴器を手に乗せて、カイは苦笑する。

 1人で瓦礫街に乗り込む事をあれ程反対していたというのに、いざ正式に任務の詳細が発表された途端にコレである。なんだかんだで仕事人気質なのだろう。真面目で頭の固い彼らしい。

 

『機械に関して は とはなんだ。は とは。』 

「うぉ?!」

 

 不意に骨伝導イヤホンから伝わって来た不機嫌な声に、カイは面倒臭げな表情を浮かべる。

 

「なんだよ。もう電源入ってんのかコレ……」

『今電源を入れた所だ。もう一度感明テストをしておこうと思ってな。』

「そりゃご苦労さん。ナイスタイミング。」

『ふんッ……』

 

 すっかり(へそ)を曲げた様子のクルトに「ガキかよ……」と頭の中でぼやきながら、カイはテーブルの上に放り出していたウエストバッグを手に取り、テーブルの上に並べた物を一つ一つ確認し始めた。

 折り畳みナイフと小型ライトは以前から使っていた物だが、ワイヤーリールはガーディアンフォースに入った際、より小型で強度のある物に替えて貰ったし、愛用の拳銃と型の合う予備マガジンも、今回の任務を機会に2つ用意して貰った。中には勿論実弾が装弾数一杯詰めてある。それらをウエストバッグにしっかりと仕舞い込んで、いつものように腰に巻く。

 ホルスターから拳銃を取り出した所で、再びクルトから話しかけられた。

 

『ところでお前、本当に銃なんか扱えるのか?』

「……なんだよ。お前この部屋監視でもしてんのか??」

 

 いくら機材越しに音声が繋がっているとはいえ、絶妙なタイミングの問いにカイが怪訝そうな表情を浮かべる。

 室内をぐるりと見渡した限りでは、監視カメラらしきものは何処にも無さそうだが。

 

『ホルスターから銃を抜く音が聞こえてな。疑問に思っただけだ。』

「音だけで分かるって……機械オタク此処に極まれりって感じだな。」

『なんだと?!』

「つーか、伊達で本物の拳銃持ち歩いてるとでも?」

『……持ち歩くだけなら誰でも出来るだろう。』

 

 疑うような声音に、カイは溜息を吐きながらマガジンを抜き、実弾がフルで詰まっている事を確認して再びマガジンをグリップ内へと叩き込む。その手付きは何処か手馴れていた。

 

「家を飛び出したばかりの頃、世話になった奴に貰った拳銃だ。その時に銃の事は一通り教えて貰ってる。撃ち方も、分解の仕方も、組み立て方も、手入れの仕方も。これでもそこそこ使い慣れてんだぜ?滅多な事じゃ撃たねーけどな。」

『……それはつまり、殆ど撃った事が無いのと同じじゃないか?』

 

 怪訝さを隠そうともしないクルトに、カイはふっと笑みを浮かべる。

 

「そういう約束なんだよ。」

『約束?』

 

 カイはそれ以上語ろうとはせずに、きちんとセーフティーロックが掛かっている事を確認すると、拳銃をホルスターへ再び仕舞った。

 

「安心しろよ。滅多な事じゃ撃たねーけど、練習ならそこそこやってたし。」

『対人戦闘訓練だけじゃなく、射撃訓練だってきちんと受けてないだろ。お前。』

「今までこうして五体満足に生き延びて来たのが何よりの証拠。ってな。」

 

 気楽そうに伸びをして、カイは部屋を後にする。

 その足取りは、これから危険な街へ赴くというのに緊張や重苦しさの類は一切無い。

 まるで何処かに遊びに行こうとしているかのように、カイは頭の後ろで手を組みながら呟いた。

 

「そういや、今回はディバイソン連れて来てねーの?」

『今回連れて来たゾイドはライガーゼロだけだ。戦闘ではなく、あくまで撤収時のお前の回収が目的だからな。……とはいえ、ブレードライガーと違ってライガーゼロは単座機だから―」

「あー。大丈夫大丈夫。そこはレンと話詰めてあっから。」

 

 ホエールキング内の倉庫に辿り着き、カイは中に入る。

 目当ての物はフライングボードと呼ばれるボードだ。

 ホバーボードの進化系であるフライングボードは、その名の通り空を飛べる程の浮力を持った小型ボードで、これを用いたフライトボールという新スポーツや、アクロバットパフォーマンスも近年盛んに行われている。

 嫌でも人目を引いてしまうブレードイーグルで、のこのこと瓦礫街に乗り付ける訳にはいかない為、今回はこのフライングボードでホエールキングを出発する事になっていた。

 

「じゃ、俺はハッチの前で待機してるから。出撃ポイントに到着したら教えてくれ。」

『了解。』

 

 その短い事務的な返事に思わず苦笑を浮かべながら、カイは乗船ハッチへと向かう。

 ハッチの前へと辿り着いた時、カイはふと足を止めた。

 そこには、ハッチの横の壁に背を預けて立っているレンがいた。

 

「よぉ。」

「おう。」

 

 短い言葉を交わし合い、カイはレンの隣に立つ。

 フライングボードと一緒に抱えていたゴーグルをてきぱきと身に着け、ベルトの長さを調整した後、一旦グイッと額の上にゴーグルを押し上げてフライングボードを小脇に抱え直す……その姿を眺めながら、レンがそっと呟いた。

 

「……いよいよ。だな。」

「ああ。」

 

 何処かリラックスした様子で微笑みながら返事を返すカイだったが、レンの不安そうな表情は和らがない。

 カイは困ったように笑いながらレンを見つめた。

 

「そんなに心配すんなって。ちゃんと生きて帰って来るって約束しただろ?俺、嘘は吐かねーよ。」

「いやまぁ……約束したけどさぁ……お前がちゃんと帰って来てくんねーと困るんだよ。」

「困るって……なんで?」

 

 きょとんとした顔で訊ねれば、レンは口を尖らせながら呆れた視線をカイへ向ける。

 

「今日、何月何日だ??」

「はぁ??」

「何月何日だ???」

「ご……5月21日……」

「3日後は何の日だったっけ?」

「あ……」

 

 何やら思い出した様子のカイに、レンは心底呆れた溜息を吐いて呟いた。

 

「パーッと騒ごうぜっつったじゃん……」

「いや、まさか覚えてると思わなくて……」

 

 そう。レンが言っているのは、ガーディアンフォースに入隊したあの日のやり取りの事だ……

 

―来月誕生日って、何日??―

―に、24日……―

―よっしゃ!じゃぁそん時はパーッと騒ごうぜ!!―

 

 第二格納庫で初めてレンと出会った際に交わした会話が脳裏を過る。

 あんな何気ない会話を覚えていたとは……

 

「お前律儀だなぁ。」

「あー!それどっかで聞いた奴!!」

「ははははは!」

 

 いつだったかレンに言われたのと同じ言葉を返せば、レンもそれに気付いたのだろう。可笑しそうに笑いながら、してやられた。といった表情を浮かべる。そんなレンが可笑しくてカイも笑い声を上げた。

 だが、カイはふと寂しげな笑みを浮かべると、足元に視線を落として静かに呟いた。

 

「……ありがとな。」

「え?どうしたんだよ急に……」

 

 微かにギョッとした様子でレンが問う。

 カイは足元に視線を落としたまま、無表情に語り出した。

 

「今回の任務……情報収集の為に、盗聴器が会話を常時記録する事になるだろ?そうなるとさ、バレるじゃん。俺があの街に居た頃、何があったのか……とかさ。」

「カイ……」

「誕生日祝うって言ってくれてんのにさ、俺がろくでもない奴だってわかったら……折角仲良くなったのに、嫌われたり、気不味くなったりしちまうんじゃねーかって思ってさ。だから、そうなっちまう前に……先に“ありがとう”って―」

「俺は、何があってもお前を嫌いになったりしない。」

 

 遮るようにキッパリと言い放ったレンに、カイは思わず目を丸くする。

 そんなカイに対し、レンは得意げにニヤッと笑った。

 

「俺、嘘は吐かねーよ。」

「……それ、俺がさっき言った奴。」

 

 呆れたような口調でぼやくカイだったが、その顔には安堵の笑みが浮かんでいた。

 レンも、そんな彼を見つめてようやく安心した表情になる。

 ふと思い立ったように、レンはカイの目の前に拳を突き出して笑った。

 

「撤収する時は全力で合流ポイントに来いよ。」

「おう。頼んだぜ。」

 

 カイも笑みを浮かべて、差し出された拳に拳をカチ合わせる。

 その直後、ハッチの上部ランプが点灯した。

 

『出撃ポイントに到着しました。ハッチを開くので少し下がっていて下さいね。』

 

 イヤホンから伝わって来た声はクルトではなく、ホエールキングの乗組員ヴェルナ=リンキネンの声だった。

 カイは少し下がらせるようにレンの肩をそっと押す。

 レンも、数歩後ろに下がると、壁の取っ手を掴んで頷いた。

 開かれたハッチから船内の空気が気圧差で吸い出され、ごうごうと音を立てる。その音の中でもハッキリと聞き取れる程の大声で、レンが叫んだ。

 

「気を付けて行けよ!!!」

「あぁ!!ちょっくら行って来るぜ!!!」

 

 額の上に押し上げていたゴーグルをしっかり装着し、カイはフライングボードを抱えたまま外へ飛び出す。

 空中でボードの上に乗り、手にしていた無線式の小型リモコンを操作すれば、ボードに浮力と推進力が発生して空中を滑り出した。

 みるみる小さくなっていくホエールキングを最後に一度だけ振り返った後、カイはそっと胸の内で呟いた。

 

(必ず生きて戻るからな……無傷とはいかないけど……必ず……)

 

 薄紫色の瞳が、ゴーグルの下で決意と一抹の不安に揺れた。

 

   ~*~

 

 瓦礫街はかつてと寸分違わぬ様相でカイを迎え入れた。

 無造作に積み上げられた瓦礫の山……その中央に向かって、大小様々な道が迷路のように縦横無尽に伸び、広い道沿いには怪しげな店がズラリと軒を連ねている。店員達は誰もが皆、濁った眼をぎらつかせながら客という名のカモを品定めし、路上の至る所では、怪しげな者達が何やら取引に勤しんでいる。

 辺りにはゴミや吸い殻と共に、空になった薬莢やガラス片、干乾びた肉片と思しき何かまでもが散乱し、飛び散った血の跡もそこかしこに見受けられた。

 煙草や麻薬を吸う者、こんな朝っぱらから酒を呷る者、ゴミを漁る者、物陰で汚らしい布に身を包み眠る者……様々な者達がひしめいているが、総じて言えるのはただ一つ。相変わらず誰一人まともではない。という事だけだ。

 不意に、カイの進む道の先から怒号と何かの割れる音が響き渡る。

 直後、前方の店から顔面を抑えた男が転げ出て来た……酒瓶か何かで顔を殴られたのだろう。ガラス片の突き刺さった顔から血を流し、呻きながら立ち上がろうとした男は、店から出て来た別の男に頭を撃ち抜かれ、呆気なく息絶えた。

 

『なんだ今の音は?!カイ!無事か?!返事をしろ!!』

 

 骨伝導イヤホンから響くクルトの切羽詰まった声には答えず、カイは先程男を撃ち殺した者に笑いかけた。

 

「またツケを徴収し損ねたな。グレッグ。」

「おう。カイじゃねーか。お前戻って来たのか。」

 

 グレッグと呼ばれた男は、手にしていたショットガンを肩に担ぎ、不思議そうな表情でカイを見つめた。

 

「戻って来たっつーか、まぁ、ちょっと野暮用。」

「その歳でこの瓦礫街を自分の庭みてーに歩き回るような度胸があるのは、せいぜいお前くれーのもんだ。しかし野暮用たぁ言うがよ、首領(ドン)がお前が戻って来たのを聞きつけたら色々と面倒だぜ??」

「ところがどっこい。その野暮用ってのが首領(ドン)絡みなんだよなぁ。」

「おいおいおい。馬鹿言うもんじゃねぇ。殺されちまうぞ。」

「大丈夫だって。これでも一応、まだ“1つ”だしな。」

 

 まだ1つ……その一言にグレッグは血相を変えて、カイの肩を掴む。

 

「悪ぃこたぁ言わねぇ。お前を見かけたのは黙っといてやっから、サッサと帰れ。お前の腕なら、わざわざこの街と関わらなくても情報屋として十分やっていけるだろうが。」

 

 だが、カイは肩を掴むグレッグの手をそっと下ろさせて笑った。

 

「グレッグこそ、その面倒見の良さなら別のとこでも十分店開けるだろ?」

「だっはっは!そいつぁ無理ってもんだ!頭に来たら即鉛玉ぶち込まねーと気が済まねぇ性分だからな!」

 

 豪快に笑いながら、足元に転がる死体をくいっと親指で指し示すグレッグに、カイもニヤッと笑った。

 

「だろ?俺も似たようなもんだよ。時々無性に恋しくてしょうがねーのさ。」

「恋しいって、この掃き溜めがか??」

 

 怪訝そうな表情を浮かべたグレッグに、カイはふっと笑って歩き出しながら、振り返りもせずに答えた。

 

「スリルがだよ。シャバはぬるくて欠伸が出る。」

 

 そのまま歩き続けながら、カイは顔を動かさずに視線だけで辺りに人が居ない事を確認し、小声で呟いた。

 

「あの程度でギャーギャー喚くなよ。あんなの日常茶飯事だぞ。」

『つくづく信じられん街だな……怪我は?』

「無い。」

『……そうか。』

 

 何処かホッとした様子のクルトに、カイは思わず呆れ顔になってしまう。

 嫌いだ。などと面と向かって言って来た割には、妙にコチラを気にかけ、心配してくる……真面目故なのか、それとも口で言う程嫌っている訳ではないのか……まぁ、どちらであろうと普段口煩くてたまらないのは確かだが。

 

『……ところでお前、その街で何があったんだ?』

「ん~?」

 

 唐突な問いにとぼけるような声を上げれば、クルトはムキになった様子で捲し立てた。

 

『さっきの会話の事だ!首領(ドン)だの!殺されるだの!お前一体その街で何をやらかした?!』

「カッカすんなよ。どうせすぐわかる。」

 

 そう答えたカイの声には感情の類など一切無く、それが逆に不気味な程の言外の圧としてクルトに伝わる。

 思わず口を噤んだクルトに対し、まるで様子を伺うように、チラッと骨伝導イヤホンの方へ視線を向けた後、カイは再び歩き出した。

 

   ~*~

 

 カイが辿り着いたのは、瓦礫街の中心部に近い、とある酒場だった。

 何の躊躇いも無く酒場へと足を踏み入れたカイだったが、やって来たのがカイであると気付いた店内の者達は、皆一様に睨み付けるような視線を彼に向ける。その視線に微塵も臆せず、店の奥へと進むカイの目の前に、銃を手にした男が2人、立ち塞がった。

 

「これはこれは。また随分と懐かしい奴が来たもんだ。なぁ?カイ。」

「いっとくがこの奥に通す訳にゃいかねーぞ。どの面提げて戻って来やがった。この裏切り者がッ……」

 

 だが、カイは仲間に見せた事の無い擦れた嗤みを浮かべ、立ち塞がる男達を真っ向から見つめ返す。

 

「どの面って、この顔以外の面なんかねーよ。それとも整形した奴しか入店出来ねぇ決まりにでもなったか?まぁその割にお前らの顔は、相も変わらず不細工のまんまみてーだけど。」

「お前こそ、相変わらず口と度胸だけは一人前だな。首領(ドン)のお抱えだったのは伊達じゃねぇってか。」

 

 微かな呆れと苛立ちを滲ませながら嗤う男に、カイは言い放った。

 

「用があるのは首領(ドン)だけだ。てめぇらに用はねぇ。失せな。」

「そう言われて、はいそうですか。と言うとでも思ってんのか?!」

 

 男の1人がカイの額に銃口を押し付けるが、カイの態度は変わらない。

 余裕すら感じさせる嗤みを浮かべたまま、瞳だけがただ冷たく男を見据えている。

 だが、不意に店の奥から声が響いた。

 

「カイが来たのか?」

「「首領(ドン)!」」

 

 カイへ銃を向けていた男2人が、(うやうや)しい態度でサッと両サイドへと下がる。

 直後、店の奥から姿を現したのは、右顔面が火傷の痕に覆われた初老の男性……この男性こそが、瓦礫街の西側一帯を縄張り(シ マ)とする首領(ドン)、アブラハム=ユングクヴィストその人であった。

 アブラハムは残された左目でカイを真っ直ぐ見据えると、厳かに口を開いた。

 

「此処に戻って来るという事がどういう事か……覚悟の上で来たのだろうな?」

「ああ。」

 

 短く、だが迷いなく即答したカイに、アブラハムは薄く笑う。

 

「本当に惜しい奴だ。あの一件さえなければ、今頃わしの右腕も夢ではなかっただろうに。」

「そこまで目を掛けて貰えてたのは本当に感謝してるよ。けど、あんたの右腕なんて、俺には荷が重すぎるぜ。」

 

 そう言って困ったように笑えば、アブラハムは残念そうな溜息を一つ吐いて呟いた。

 

「マグヌス、イサク。カイを印の間へ連れて来い。」

「はい。」

 

 先程両サイドへと下がった男2人……マグヌスとイサクに連れられ、カイは店の奥へと姿を消した。

 

   ~*~

 

 店の奥の部屋の隅……そこには、地下へと続く細長い階段が作られている。

 その地下室こそが、印の間と呼ばれる場所であった。

 燭台の明かりだけで照らし出された薄暗いその部屋で、カイはか細い溜息を一つ吐く。

 正直、これから起こる事は既に一度経験している為、さほど恐ろしいとは思わないが……そのやり取りがホエールキングで帰りを待つ仲間達へと筒抜けになってしまう事が……酷く気分を落ち込ませる。

 少し遅れて部屋へ入って来たアブラハムが、カイの前に立ち、そっと訊ねた。

 

「西の印の意味は、覚えておるな?」

「1つ目で組織の追放。2つ目で縄張り(シ マ)の追放。3つ目で街からの追放。だろ?」

「それを踏まえた上でもう一度だけ訊こう。その覚悟があるのだな?」

「ああ。だから此処に居る。」

「……そうか。」

 

 アブラハムは、迷いを断ち切るかのような鋭い声でマグヌスとイサクへ命じた。

 

「膝をつかせて服を脱がせろ!」

 

 その言葉にどよめいたのは、ホエールキングでやり取りを聞いている仲間達だった。

 

『おい!ちょっと待て!!……』

『クルト……お前、カイが今どういう状況なのかわかんの?』

 

 イヤホンから聞こえる声など、聞こえないふりをして、上半身裸になったカイはマグヌスとイサクに押さえつけられるがまま膝をつく。

 ……カイの右の鎖骨の下には、焦げ茶色の入れ墨のような痕があった……

 

『カイ!まさかお前―』

 

 クルトの言葉を遮るように響いたのは、痛みに叫ぶカイの声と、何かの焦げるような音……

 レンとクルトは勿論、ホエールキングの乗組員達までもが、その声と音に青ざめ凍り付いた。

 

「ッく……」

 

 だが、カイはすぐに歯を食い縛り、押し当てられた焼きゴテが離されるまで、息すら止めて声を押し殺す。

 その様を見て、アブラハムが独り言のように呟いた。

 

「全く、あの時といい今回といい、見上げた根性だ……」

 

 押し当てられいた焼きゴテが離れた時、カイの鎖骨の下には2つ目の烙印がくっきりと捺されていた……

 直後、カイは荒い息をしながら呼吸を整える。

 烙印は……皮膚が焼けて変色し、痛覚神経まで焼失してしまう。捺された瞬間は激痛だが、神経まで焼けた後は逆に何も感じない……

 押さえつけられていた手を離されたカイは、先程叫んだのが嘘のように、ただ無表情に新たな烙印を眺めていた。

 

「……で、だ。ほんの一時であったとはいえ、曲がりなりにもわしのお抱えの情報屋をしておったお前が、2つ目を捺されると知りながら、わざわざ掟を破ってまでわしに会いに来たのは何故だ?わしの元を訪れずとも、お前の腕ならば大抵の情報は集められるだろうに。」

 

 アブラハムの言葉に、カイは脱がされた服を拾い上げながら訊ねる。

 

「ゴーストに……確実に接触するには、どうすれば良い?」

「……なるほど。ゴーストか。ならばお前がこうして此処に居るのも合点が行く。お前は命知らずだが馬鹿ではない。」

 

 何処か納得したように頷いて、アブラハムは答えた。

 

「中心広場へ歩きながら、ディスクの事を訪ねて回れ。そうすればゴーストの方から接触して来るだろう。」

「……わかった。余計な手間掛けさせて悪かったな……ありがとう。」

 

 カイはそう言い残すと、元通りに服を着こんで彼の元を後にした。

 

   ~*~

 

『お前馬鹿だろ!!正気の沙汰じゃないぞ!!確実な情報かどうかもわからんというのに!!』

 

 アブラハムの元を後にした直後、カイはクルトの苦言に顔をしかめていた。

 

「確実だよ。この街を取り仕切る東西南北の首領(ドン)達なら、瓦礫街の事を全て把握してる……」

『とはいえだな!』

「なんだよ。俺の事嫌いだっつった癖に心配してくれてんのか?」

『誰が!!』

 

 ぎゃんぎゃんと怒鳴るクルトに、カイは思わずイヤホンを外して投げ捨ててやろうかと一瞬考えたが、任務である以上、通信手段を失う訳にはいかない。

 

『カイ……傷、大丈夫か?』

 

 恐る恐る訊ねて来たレンに、カイはへらっと笑う。

 

「まぁ、一度経験してるしどうって事ねーよ。痛覚神経まで死んでるから痛みもねーし。たかが1.5インチ四方に収まるような火傷で死ぬ奴なんか、聞いた事ねーよ。」

『……世の中には感染症というものがあってだな……』

『えぇ?!ヤバいじゃん!!』

「おい馬鹿クルト。レンびびらせんじゃねぇ。余計心配するだろうが。」

 

 心底面倒臭そうに呟くカイに、クルトはふんっと鼻を鳴らし、レンはおろおろとしながら呟いた。

 

『と、とりあえずさ、戻ったら即行医務室行こうな。な?』

「……そうだな。一応薬くらい貰っとくか。」

 

 若干面倒臭そうに答えるカイに対し、クルトは不機嫌な態度を隠そうともせず口を開く。

 

『とりあえず。だ。その街で何があったのか……いい加減説明しろ。お前が一体その街でどういう立場に置かれているのか、情報が断片的過ぎて全くわからん。』

「……そーだな。そろそろ喋っとかねーとお互いスッキリしねーだろうし。掻い摘んで話してやるよ。つっても、全然面白くもなんともねー話だけど……」

 

 カイは人目に付かない適当な瓦礫の隙間へ身を隠すと、頑なに閉ざしていた重い口を開いた。

 

「瓦礫街は、東西南北の4つの縄張り(シ マ)に分かれてて、それぞれに首領(ドン)って呼ばれてる元締めが居る。西は北と協力関係。東も南と協力関係で……ようは北西と東南で対立してんだ。この街に来たばっかの頃、西の首領(ドン)に気に入られて……お抱えの情報屋として活動してたんだけどさ。」

 

 ふと、彼の表情が陰る。

 今にも泣きだしそうな切ない眼差しで、瓦礫の隙間に覗く空を見上げながらカイは呟いた。

 

「俺……その時に、生まれて初めて“親友”って呼べる奴が出来たんだ……」

『親友?……』

 

 不思議そうにぽつりと呟いたレンに、カイはふっと自分を嗤うような声を漏らして投げ遣りに語る。

 

「まぁ親友っつっても、その正体は西の首領(ドン)のお抱えである俺を殺す為に、南の首領(ドン)が差し向けた差し金だった。……ってオチなんだけどさ。」

『え?じゃぁ……』

「騙されてたんだよ。最初はな……」

 

 当時を思い返すように、空を見上げたまま目を閉じる。

 自分を殺す為に近づいて来たあの少年を、彼は今でもハッキリと思い出せた。

 

「けど、俺とそいつの間には……いつの間にか本物の友情が芽生えてて……いつまで経っても俺を殺せなかったそいつに痺れを切らした南の首領(ドン)が、わざわざ別の連中を差し向けたんだ。丁度その頃は、西と南の間で大規模な抗争が起きる寸前で……奴らは西側の動向を知りたがってた。」

 

 ガックリと項垂れたカイの顔から、ふっと表情が消え失せる。

 

「連中は使い物にならなかった俺の親友を、目の前で拷問し始めたんだ。どれだけ叫んでも、どれだけ泣いても、俺は何も出来なくて……知ってる事を全部喋れば助けてやるって言葉に、縋るしかなかった。嘘だってわかってたのにさ……」

『……』

 

 絶句する仲間に、カイは嗤う。自分自身を蔑み、(なじ)るような嗤いは、声音にも滲んでいた。

 

「結果は勿論お察しの通り。俺に情報を吐かせた連中は、置き土産にそいつへ鉛玉ぶち込んでとんずら。俺はと言えば、南の連中に情報吐いた裏切り者として烙印を捺され、西の組織から追放されちまった……今でも目の前で仲間を傷付けられるのが怖いのは、それがトラウマになっちまってるからってワケだ。救いの無い街に救いを求めちまった俺が馬鹿だったんだ。奪われるだけ奪われて、何も出来ずに逃げ出した……ろくでなしの卑怯者だよ。俺は……」

『カイ……』

 

 なんと声を掛ければ良いのかわからず、レンは口籠る。

 その隣で、静かな長い溜息を一つ吐いたクルトが、呆れ果てた声音で呟いた。

 

『……だから、お前なりに裏社会へのけじめとやらを付けたかった。と言う訳か……言っておくがな、そうやって自分を危険に晒して、傷付けたところで、所詮はただの自己満足だ。お前がしている事は、殺された親友への償いにも、裏社会へのけじめとやらにもなりはしないぞ。』

「……お前さぁ、嫌味しか喋れねー(やまい)でも患ってんの?……」

「俺はただ事実を言ったまでだ。」

「ケッ……」

 

 教えろというから教えてやったというのに……と、カイは擦れた眼差しで俯く。

 クルトの言葉は、過去に囚われたままのカイを苛立たせるだけだった。

 

「……テメェに言われなくても、そのくらいわーってっんだよ。だから言いたくなかったんだ。」

 

 駄目だ、こんな事言うべきではない……こんなのただの八つ当たりだ……

 頭の片隅で理性が必死に止めようとしているが、苛立ちに任せて開いた口は、もう止まらなかった。

 

「どうせテメェの言う通り、ろくでなしの自己満足だよ。けど別にテメェに関係ねーだろ。教えろ教えろってせっついた癖して、口を開きゃ嫌味かよ。テメェ一体何様なんだ。」

『なんだと?!』

「せいぜいそうやって安全なとこからヤジ飛ばしてろ。このインテリ野郎。」

『お前なぁッ……自棄の次は八つ当たりか?!ふざけるのも大概にしろ!』

「俺は別に最初ッからふざけちゃいねーよ!どんなに自己満足だろうと!自棄だろうと!こちとら過去に押しつぶされそうなのを必死に耐えて此処に来たんだ!そんなに俺の姿が馬鹿らしいと思うならなぁ!お前だって目の前で親友殺されりゃ良いんだ!!そうすりゃわかるさ!!どんなに自分を傷付けても傷付け足りない気持ちが―」

『そんなに死に急ぎたいなら一人で勝手に―』

 

 クルトの怒鳴り声を、乾いた音が黙らせた。

 怪訝そうな表情を浮かべたカイの耳に……最初に届いたのは、震えたレンの声だった。

 

『クルト……お前今……何言おうとした?……』

 

 その声に、カイも思わず言葉を失って我に返る。

 痛い程の気まずい沈黙が、彼らを包んでいた……

 

   ~*~

 

 ホエールキングのブリッジでは、誰もがレンとクルトを見つめていた。

 平手打ちされた頬を押さえて固まったクルトは……両目に涙を浮かべた幼馴染の姿を、見開いた瞳にただ映して言葉を失っている。

 レンは声だけでなく、肩まで震わせて口を開いた。

 

「仲間相手に……間違ってもそんな事言うなよッ……クルトもカイもッ……いい加減にしてくれッ……」

「……すまん……」

「謝る相手が違うだろッ……」

「……」

 

 怒鳴るのを必死に堪えているようなレンの声に、クルトはそこでやっと、彼の浮かべる涙が悲しみではなく、やり場に困った怒りから溢れた物であることを察した……

 先程まで感情に任せて怒鳴っていたとは思えないほど静まり返った声で、クルトは通信用のマイクへ呟いた。

 

「すまん……言い過ぎた……」

『……別に言い過ぎって訳でもねーんじゃねーの?そう言われても当然なのはわかって―』

「カイ!!!」

 

 とうとう、レンが叫んだ。

 

「お前も自分を(ないがし)ろにすんな!お前が瓦礫街に行ったのは死ぬ為じゃねーだろ!!」

『……』

 

 黙り込んだカイの沈黙を聞いた後、レンは身の内に沸いた怒りを追い出すかのように長い息を一つ吐く。

 幾分落ち着きを取り戻した彼は、静かにカイへ呼びかけた。

 

「なぁ、カイ。お前言ったよな?嘘は吐かねーって……」

『……あぁ。』

「必ず生きて戻って来るって、約束したよな?……」

『……あぁ。』

「だったら……自分の事を死んでも当然だなんて言うなよ……必ず帰って来るって、信じて待ってるってのに……俺だけじゃない。ホエールキングの皆だって、ベースに残ってる人達だって……皆お前が帰って来るの待ってんだぞ。親友を助けられなかったお前が、お前の全部じゃないんだ……もう少し、自分を大切にしてくれよ……」

『……ごめん。』

 

 ポツリと謝るカイに、レンは疲れた様子でぼやくように呟いた。

 

「お前も謝る相手が違うっての……なんでお前ら、揃いも揃って俺に謝るんだよ……」

『あ~……えっと……』

「目の前で親友殺されりゃ良いなんて、二度と言うなよな……その辛さを誰よりも知ってるお前がそんな事言っちまったら、駄目だろ……」

『そう……だよな。』

 

 カイは消え入るような声でそっとクルトに呼びかける。

 

『クルト……その、俺も言い過ぎた……ホントにごめん……』

「……お互い様だ……もういい……」

 

 すっかり反省した様子の2人に、レンが容赦なく口を開く。

 

「……ついでに言っとくけど……任務から戻ったらこの音声記録、最先任や母ちゃん達に全部チェックされんだかんな。流石にそこまでフォローしねーぞ。俺。」

「あ……」

『……やべっ……忘れてた……』

 

 クルトがサァッと青ざめる。恐らく今頃、カイも同じ顔をしているに違いない……

 レンは心底呆れた表情を浮かべた後、真剣な顔でマイクに呼びかけた。

 

「なぁ、カイ。」

『ん?』

「お前が引き受けた理由はどうあれ、お前が今、1人で危険な場所に居るのは皆知ってる。お前以上の適任者がいなかったって言っちまえば、身も蓋もねーけど……俺達皆が、危険を承知の上でお前を信じて託した任務なんだ。だからさ、何にも恥じる事ねぇ。任務終わったら、胸張って帰って来い。」

『レン……』

 

 カイは、少しの沈黙を置いて、何処か寂しげに呟いた。

 

『お前、ホントに優しい奴だな……さっきの話聞いても、そんな風に言ってくれるなんて……』

「何言ってんだ。何があってもお前を嫌いになったりしない。って約束しただろ?安心しろ。俺も嘘は吐かねーし、お前が過去に何を抱えてようと関係ない。俺達と一緒にガーディアンフォースやってんのは、昔のお前じゃなくて、今のお前だ。そうだろ?』

 

 息を呑むように嗚咽を噛み殺す息遣いだけが、微かに伝わって来る……

 レンは優しく微笑んでそっと囁いた。

 

「待ってるからな。」

『あぁ……わかったッ……』

 

 涙に声を震わせながらも、カイはハッキリと呟いた。

 

『レン……ありがとう。』

 

   ~*~

 

―待ってるからな。―

 

 その言葉がカイを支え、奮い立たせてくれた。

 彼はアブラハムに教えられた通り、ディスクの事を訪ねて回りながら、瓦礫街の中心部に位置する中央広場に向かって歩を進める。今の彼の胸にあるのは、消せない過去に振り回されるまま心を蝕んだ罪悪感ではなく、必ず任務を成功させて、生きて帰るのだという強い決意だった。

 義務だからではない。自分の意志で、胸を張って仲間の元へ帰りたい。今なら、ハッキリとそう思える。

 そして何より、そう思えるきっかけを与えてくれたレンの気持ちに、精一杯報いたいという思いが、彼に前を向かせていた。

 

「そろそろ広場に着いちまうな……」

 

 思わず、独り言のような呟きが漏れる。

 ディスクについて訊ねながら歩いて来たが、今の所、ゴーストからの接触は無い。

 中央広場はもう目前に迫っていた。

 

『ゴーストの詳細がわからん以上、襲われる可能性も十分ある。気をつけろよ。』

「あぁ。わかってる。」

 

 クルトの言葉に短く答え、カイは中央広場へと足を踏み入れた……

 中央広場は、積み上げられた瓦礫がそこだけくり抜かれたようにぽっかりと開けた場所だ。それ故に、広場の周囲はまるで高い壁のように瓦礫が積み上げられており、昼間でも薄暗い。

 カイはそっと広場の中心へ向かって歩きながら、周囲を警戒する。それらしき人物はおろか、人影らしきものすら何処にも無い。元々滅多に人が集まる場所ではないが……あまりにも不気味に静まり返った広場は、何処か空気が張り詰めているようにも思えた。

 

「誰を探してるの?」

「ッ?!……」

 

 不意に背後から投げかけられた声に、カイはぎょっとしながら振り返る。

 十分周囲を警戒していた筈なのに、彼の背後にいつの間にか……一人の少女が立っていた。

 鮮やかな菫色の髪に、透き通た水色の瞳。小柄だが、歳の程は恐らくシーナと同じくらいだろうか?

 可笑しそうにくすくすと笑う少女に、カイは警戒を強めながらそっと問いかけた。

 

「……ゾイドの戦闘能力を上げるっていうディスクの売人を探してる。ゴーストって呼ばれてるらしいけど、もしかしてお前がそうか?」

「うん。そうだよ。幽霊じゃなくてガッカリした?」

 

 少女はひとしきり笑うと、無造作にカイの目の前へ詰め寄り、その顔を凝視する。

 

「ふ~ん。他人の空似……じゃなさそうだね。」

「他人の空似?……」

「うん。君と全く同じ顔の奴を1人知ってるんだ。」

 

 唐突な言葉に、カイの脳裏を過ったのは他でもない。

 カイと瓜二つの容姿であるという、シーナの双子の兄。アレックスの事だ。

 

―駄目だ……ゴーストのペースに乗せられるな……―

 

 カイは動揺を表情に出さずに考えを巡らせる。

 ゴーストの言う自分と全く同じ顔の人物……それがアレックスだと決まった訳ではない。下手に反応すれば、逆にそこから此方の事を詮索されてしまう事は必至だ。

 彼は怪訝そうな表情を作り、興味無さそうに呟いた。

 

「へぇ。妙な偶然もあるもんだな。」

「ホントホント。まるで生き別れの双子に会ったみたいなんだもん。ビックリしちゃった。」

 

 少女が、薄気味悪くニタリと笑う。

 

「試しに訊くけど、君とそっくりの奴の名前……アレックス。って言ったら、驚く??」

 

 不意を突くその一言に、思考が止まる……

 まるで、アレックスの事を言っているのかどうか値踏みしているのを、読まれたかのようだった。

 

―アレックスが……ゴーストの側に居る。って事なのか?……―

 

 正直信じたくない話だ。あくまで彼女の言う事が事実ならば……の話だが。

 だが、当てずっぽうで名前をピタリと言い当てられるとは到底思えない。おまけに、アレックスが自分と瓜二つの容姿をしている事まで知っているとなると……

 

―いや、だとしたら変だ……―

 

 そう。明らかにおかしい。

 仮にゴーストの言う人物が本当にアレックスだったとしても、彼と容姿が酷似しているというだけで何故、自分にこのような鎌掛けをして来たのだろう?……

 此方がアレックスの事を知っているという確信が無ければ、成立しない揺さ振りだ……

 先程、噂の通り何処からともなく突然姿を現したことも含め、全く得体の知れないゴーストに対し、彼は一層警戒心を強めながら、呆れたように答えた。

 

「悪ぃけど、俺は生憎一人っ子でね。他に兄弟はいねーんだ。」

「……ふ~ん」

 

 当てが外れたかのように、つまらなそうな表情を浮かべてゴーストがカイを見据える。

 彼女は不意に、片脚でくるりと回るように身を翻し、背を向ける形でカイと距離を取って呟いた。

 

「そう簡単には、乗ってくれなさそうだね。」

「……言っとくが、嘘は吐いてねーぞ。俺は―」

「嘘が嫌い。なんでしょ?知ってるよ。それくらい。」

 

 ゴーストが勝ち誇ったようにカイを振り返る。

 思わず唖然とした彼に、彼女は語り出した。

 

「カイ=ハイドフェルド。名門ハイドフェルド家の面汚し坊や。この街で親友を見殺しにした日から、嘘を吐くのが嫌いになった卑怯者の偽善者。確か今は、ガーディアンフォースに居るんだっけ?全部ぜ~んぶ知ってるよ。」

 

 嘲るような笑みを満面に浮かべ、ゴーストは囁いた。

 

「守護鷲を目覚めさせて、ガーディアンフォースに潜り込んで……まるで伝説の剣に選ばれた勇者みたい。って、身の程も弁えずに舞い上がってたんじゃないの?家族を捨てて、親友を見殺しにして、裏社会での信頼も失って……そんな奴が正義の味方なんて滑稽過ぎるよ。君みたいな薄っぺらい偽善者がよりによってガーディアンフォースだなんて、ホントに馬ッ鹿みたい。」

 

 彼女の言葉に、カイはただ無表情に黙り込む……

 煽り文句として脚色されてこそいるが、ゴーストの言葉は残酷な程に的を射た事実だった。

 しかし、彼はふと笑い飛ばすような笑みを浮かべ、可笑しそうに呟いた。

 

「随分俺の事詳しいんだな。もしかして俺のファンか?それともストーカー?」

「……はぁ?」

 

 不機嫌さを隠そうともしないゴーストに、カイは嫌味なほど穏やかに笑う。

 恐らく、今までの自分ならば確実に狼狽えていただろう。

 事実を突きつけられた人間は逆上する。という例に漏れず、黙れ!と叫んで冷静さを欠いていただろう。

 だが、今の彼にその程度の罵倒は意味を成さなかった。

 つい先程その話題でクルトと大喧嘩し、自分のような卑怯者の偽善者にも、無事を願い、心配してくれている仲間が居るのを再確認出来たばかりだからだ。

 信じて待つと言ってくれた者が居る……その事実が、カイの心を守る強固な盾となっていた。

 

「確かに俺は、お前の言う通り、何をどう(まか)り間違ったのか、正義の味方に転職しちまった卑怯者の偽善者だよ。けどな、俺自身がそうやって何度も自分を罵倒して来たんだ。今更お前に言われなくても自覚くらいある。」

 

 薄紫色の双眸が、力強い光を宿して真っ直ぐゴーストを見据える。

 そんなカイを面倒臭げに眺めて、彼女は吐き捨てるように呟いた。

 

「薄汚い野良犬が目ぇキラキラさせちゃって……野良犬は野良犬らしく打ちひしがれてれば良いのに。」

「悪いけど、野良は卒業したんだ。今の俺は飼い主に恵まれた、幸せな飼い犬だよ。」

 

 何処か誇らしげに答えたカイを……ゴーストは無言で睨み付ける。

 その表情は怒りとも、憎悪とも形容しがたい……だが、確かな一つの感情をはらんでいた。

 

「俺からも質問させてもらおうか。ゴースト。お前は一体何者で、何の為にディスクをばら撒いてる?」

 

 カイの問いを聞いても、ゴーストは暫く無言で彼を睨み付けていたが、やがて馬鹿らしくなったかのようにふんっと鼻を鳴らして口を開いた。

 

「その名の通りだよ。ゴースト……死に損なった古代の亡霊。」

「古代の……って……―」

 

 絶句した彼の前で、ゴーストは怒鳴るように叫んだ。

 

「ヒドゥン!!!」

 

 その声に呼応するかのように、霞の中から姿を現すかの如く姿を見せたのは……紫色のオーガノイドだった。

 

「オーガ……ノイド……」

 

 驚きを隠しきれないのは、カイだけではなかった。

 

「オーガノイドって……じゃぁまさかゴーストは……」

「落ち着けレン。レイヴンさんのような例もある。まだゴーストが古代ゾイド人だと決まった訳じゃない。」

 

 ホエールキングでやり取りを聞いているレンとクルト……乗組員達も、驚きを隠しきれない。

 存在が確認されているオーガノイドはジーク、シャドー、スペキュラー、そしてユナイトの計4体。

 しかもその内の1体……つい先月発見され目覚めたユナイトですら、異例中の異例なのだ。なのに、未確認のオーガノイドがもう1体存在し、あろう事か怪しい者達の側に居る……カイを含めたガーディアンフォース一同は、それが忌々しき事態である事を十分理解していた。

 オーガノイドは、まだまだその能力の全てが解明されていない無限の可能性の塊なのだから……

 

「折角だから名乗っておいてあげる。私はクラウ。この子はクラウの半身であり母親であるヒドゥン。クラウ達の目的は、この間違った世界を壊す事……その為に君達は死ぬほど目障りなの。」

「……随分あっさり教えてくれるんだな。」

「それが今回のクラウのお仕事だもん。宣戦布告して来てねって言われてるから、そこはしっかり伝えとかないと。」

 

 またニタリと笑って、ゴースト……否、クラウは呼びかけた。

 

「どうせ何かしらの形で、君のお仲間も聞き耳立ててるんでしょ?せいぜい拾ったわんちゃんが生きて戻って来るように祈ってなよ。」

『なんだと?……』

 

 クラウに聞こえはしない事も忘れて、クルトが呟いた直後だった。

 盗聴器越しに聞こえた銃声が、ホエールキングのブリッジに響き渡った……

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