ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第21話-思わぬ再会-

 とうとう瓦礫街でゴーストとの接触に成功したカイ。

 古代の亡霊……オーガノイド……クラウと名乗ったゴーストには、

 カイがガーディアンフォースだって事も、ブレードイーグルの操縦者である事もバレていた……

 戸惑う俺達の耳に届いたのは、突然響いた一発の銃声だった……

 [レン=フライハイト]

 

[ZOIDS-Unite- 第21話:思わぬ再会]

 

 響き渡った銃声に静まり返る、ホエールキングのブリッジ……

 誰もが最悪の事態を想像し凍り付く中、最初にマイクへ呼びかけたのはレンだった。

 

「カイ!カイ!!大丈夫か?!応答してくれ!!」

 

 どうか無事であってくれと叫んだその声は、ハッキリとカイの耳に届いていた。

 

『あぁ……ギリギリッ……セーフ……』

 

 返って来た返事に、一同の表情が幾分和らぐ……

 だが、絞り出すようなその声音と“ギリギリ”という一言から、彼が今現在、どういう状態に陥っているかは容易に想像が付いた。

 目を見開いたまま言葉を失っているレンに代わり、クルトが真剣な面持ちで静かに問いかける。

 

『カイ。状況は?』

「殺すの殺されるので飯食ってそうなおっさんが、ザッと30人ちょい。むさ苦しいったらねーよ……」

 

 何処か冗談めいた様子でカイが答える。

 銃声の響き渡る直前。クラウの後方……広場を囲む瓦礫の影から姿を現したのは、武装した男達だった。

 それに気付いたカイは、咄嗟にその場で膝をつくように身を屈めたのだ。

 お陰で、先程の銃声と共に放たれた銃弾は、カイの左肩を掠めた程度で事無きを得ている……だが、傷口から広がる痛みと血の感触は、確かに今、自分が死の危機に瀕しているのだと訴えかけていた。

 

「あと、ブリットに肩齧られた。」

 

 その一言に、やはり……といった表情を浮かべ、微かに俯いたクルトだったが、彼はすぐに顔を上げる。

 

『全く……何がギリギリセーフだ。完全アウトじゃないか。』

「別に命に関わるような怪我じゃねぇよ。服と皮と肉がほんの少し裂けただけで済んでる。」

 

 何処か余裕があるような声音で答えたカイは、先程弾丸が掠めた場所を横目で眺める。

 

「ったく。この服結構お気に入りだったのに……すっかり駄目にされちまった。どうせバレてんだったら任務服で来りゃよかったぜ……テンション下がるわ。」

『お前なぁ……』

 

 呆れたクルトのぼやきを聞きながら、カイは傷口も押さえずにゆっくり立ち上がった。

 顔は動かさず、視線だけで武装した男達を見渡す……パッと一見した感じは瓦礫街の住人そのもののようだったが、カイはすぐに彼らがこの街の住人では無い事を見抜いた。

 ……銃の構え方が、正規の訓練を受けた軍人そのものなのだ。

 軍人上がりのならず者は、この街でもそう珍しくは無い……が、元軍人であった者というのは、この街ではどうも敬遠されがちだ。だから少しでもそれを隠したがる。訓練通りの構えで銃を撃つ者というのは極めて珍しい。

 ……これだけの人数が皆一様に、そのような構えをしているという事は……

 

「……どうやら、お前らにも飼い主が居るみたいだな?」

 

 余裕ぶった笑みを浮かべるカイの頬を、冷や汗が一筋つたう。

 自分を取り囲んでいるのは、間違いなく訓練を受けた手練れ……そんな連中を1人で相手にするなど無理だ。正直なところ、逃げ切れる見込みも殆ど無いに等しい。

 しかし、逃げる為に冷静になろうとすればする程、相手の隙を躍起になって探ろうとしている自分が居る。カイは完全に手詰まりの状況に立たされ、酷く焦っていた。

 そんなカイの焦燥を見抜いているのだろう。クラウは嘲笑うようにカイを見詰める。

 

「クラウ達の事より、自分の事を気にした方が良いんじゃないの?ま、そんな余裕も無さそうだけど。」

「そういう訳にもいかねーよ。飼い犬故に。な。」

 

 顔に張り付いたままの笑みが僅かに引き攣る。

 それでも、クラウを真っ直ぐ見据える薄紫色の瞳は、まだ光を失ってはいなかった。

 

「そっちこそ、遊ぶ場所は選んだ方が良いんじゃねーか?この中央広場は瓦礫街で唯一の不殺エリアだ。余所者がこんな場所でドンパチ始めれば最後。首領(ドン)達が黙って見過ごす訳がねぇ。お前らだって無事じゃ済まねーぞ。」

 

 それは、ハッタリなどではない正真正銘の事実だ。

 東西南北の首領(ドン)が設けた話し合いの場……それが中央広場なのだから。

 しかしクラウは、その言葉を聞いた途端、心底可笑しそうに腹を抱えて笑い出す。

 

「まさかこの街の“暗黙の了解(ルール)”を知ってるのが自分だけだとでも思ってるワケ?ドヤ顔決めてるとこ悪いけど、そのくらいクラウ達だって知ってるよ!」

 

 クラウはひとしきり笑うと、冷たい眼差しでニタリと笑う。

 

「ついでに確認させて欲しいんだけどさぁ、警察、軍人、ガーディアンフォース……この街にとっての共通の害虫を駆除する事に関しては、組織も縄張り(シ マ)も関係無し。大手を振って殺ったもん勝ちの大乱闘が出来る。ってのはホント?それともガセ?」

「……犬呼ばわりの次は害虫呼ばわりかよ……」

 

 心底うんざりした声音でぼやくと、カイはようやく顔に張り付けていた笑みを消す。

 その顔に浮かぶのは焦りでも絶望でもなく……冷たく鋭い敵対の意志だった。

 

「気になるなら試してみろよ。それが答えだ。」

「強がりだけは一級品だね……まぁ良いや。そっちがその気ならこっちも遠慮は要らないでしょ?せいぜいキャンキャン鳴き喚きながら、無様に這いずり回って見せてよ。」

 

 クラウが攻撃開始の合図として、右手でカイを真っ直ぐ指し示す。

 それよりほんの僅か早く、カイは元来た道へと全力で駆け出していた。

 

『とりあえず目的は達成したんだ!すぐに撤収しろ!!』

「言われなくてもやってるよ!!」

 

 クルトの声に怒鳴るような返事を返した直後、カイは迫りくる弾丸から身を守るように地面を転がり、瓦礫の影へと一旦身を潜めて銃を抜く。

 利き手自体は左だが、幸い銃を撃つのは右手で覚えている為、左肩の傷は直接的な妨げにはならない。先程から肩の傷を押さえようとしなかったのも、グローブが血で汚れ、グリップを握る際に滑り易くなるのを懸念しての事だった。

 セーフティーを解除しながら、カイは冷たい声で訊ねた。

 

「敵を殺したら、正義の味方失格か?」

『は??』

「発砲許可は事前に最先任のおっさんが出してくれてっけど、敵を殺すのはNGなのか?って聞いてんだよ。」

 

 彼の言葉に、クルトはレンと顔を見合わせる。

 

「まさかお前、それだけの人数相手に1人で応戦するつもりか?!」

『馬鹿言うな。あくまで自分の退路を確保する為だけだ。で?どうなんだよ。』

「……」

 

 流石にそのような事を一隊員であるレンやクルトが許可する事など出来ない。

 だが、こうして迷っている間も、盗聴器からは銃声が絶え間なく送られて来ている。

 案の定、舌打ちと共に再び駆けだしたカイの足音と共に、怒号にも似た声が送られて来た。

 

『おい!早く教えろ!1人も殺さずに逃げ切れとか流石に無理だぞ!!』

 

 ベースに連絡し、指示を仰いでいる時間など無い……クルトは意を決したように呟いた。

 

「ガウス最先任は、今回の任務においてお前自身の判断を最優先するよう念を押した。発砲許可は下りているんだ。仮にそいつらを射殺しても、任務における正当防衛として罪には問われん。」

「クルトッ……」

 

 戸惑った様子のレンに、クルトが言い聞かせる。

 

「聞いての通りだ。このまま逃げの一手で無事に帰還出来るような状況じゃない。それはお前もわかるだろ。」

「けどッ……殺しなんて……」

「俺だって、別にゴーストの手下共を皆殺しにしろと言っている訳じゃない。カイだってそれは解ってる。あいつを無事に帰還させなければ、どれだけ目的を達成していても任務は完了しないんだ。そうだろう?」

「……わかった。」

 

 頷いたレンにも、もう迷いの色は無かった。

 

『カイ!いざという時は、迷わず撃て!』

「了解!」

 

 レンの言葉に待ってました。と言わんばかりの短い返事を返したカイは、振り返りざまにトリガーを引く。

 何の躊躇いも迷いも無く放たれたその一発は、最も迫っていた追っ手の額を正確無慈悲に撃ち抜いた……

 先程まで逃げ回るだけであったカイが、まさか反撃し、人を殺すなどとは思っていなかったのだろう。その光景に追っ手達がほんの僅か戸惑いを見せる。

 その隙を突くようにして、カイは道とすら呼べないような細く狭い瓦礫の隙間へと飛び込んだ。

 すぐさま追っ手達もカイの後を追うが、小柄ですばしっこい彼と、大の大人。瓦礫の隙間を駆け抜けるのはカイの方に分がある。おまけに、曲がりくねった障害物だらけの場所では、先程までの直線的な道と違って狙いを定めるのは困難を極めた。

 ……とはいえ、追っ手も訓練を受けた精鋭達だ。遥かに頻度が下がったとはいえ、カイを射線上に捕らえる度に弾丸は容赦なく飛んで来る。

 

「いっ?!てッ……」

『カイ?!』

「ッ……でーじょーぶ!掠っただけだ!」

 

 腕を、脚を、弾丸が掠める度に、カイの顔が苦痛に歪む。それでも足を止めずに走っていられるのは、奇跡的にまだ一発も身体を貫通するような弾丸を受けていないからであった。

 

(畜生!このままじゃいつ体に風穴が開くか分かったもんじゃねぇ!!)

 

 彼が逃げ込んでいた瓦礫の細道はもうすぐ終わろうとしている。

 此処を抜けた後、次に飛び込めそうな場所は……と、辺りを見渡したその一瞬だった。

 ビルの一部と思しき巨大な鉄筋コンクリートの瓦礫。その陰から不意に伸びて来た手が、余所見をしていたカイの腕をガッシリと掴んでいた。

 

「えっ?!……」

 

 しまった。と思った頃には、時既に遅し……彼はそのまま、瓦礫の影へと引きずり込まれる。反射的に抵抗しようと試みたものの、あっという間に後ろから羽交い絞めにされるように抑え込まれ、口を塞がれてしまった。

 思わぬ伏兵に身を強張らせるカイの背後から、鋭さの籠った声が静かに囁いた。

 

「動くな……」

 

   ~*~

 

 その頃、トーマ=リヒャルト=シュバルツ博士はガイガロス郊外のとある家を訪れていた。

 

「お久しぶりです。ハルトマン教授。」

「おぉ。忙しい所わざわざすまんな。シュバルツ君。」

 

 そう言って握手を交わし、トーマを自宅へと招き入れた老人……ヘンドリック=ハルトマンは、10年前にヴァシコヤードアカデミーを定年退職した、元名誉教授であった。

 ビークにリストアップさせた、30年以上前にヴァシコヤードアカデミーに在籍していた者達。その中でハルトマン教授を選んだのは、トーマ自身が在学中世話になった恩師であり、その人となりを知っていた為だ。

 真面目で誠実……そして何より、ハルトマン教授は生徒一人一人をよく見ている。

 案の定、あの多重構造プログラムを作った生徒の話を電話口で切り出した際、会って話をしよう。と、トーマの都合に合わせて日時を指定し、自宅へわざわざ招いてくれた。

 

「今や君も立派な父親か。ついこの間までビークの開発に夢中になっていたような気がするが……光陰矢の如しとはまさにこれだな。はっはっは。」

 

 そう言って愉快そうに笑いながら、ハルトマンは淹れたてのコーヒーを満たしたカップを2つ、テーブルに並べる。トーマと向き合う形で席に着いた彼は、抱えていた古いアルバムを開いてテーブルの上に置き、そこに映る1人の青年を指し示した。

 

「君が知りたがっていた特殊な多重構造プログラムの製作者が、この子だ。」

「この生徒……ですか。」

 

 写真を覗き込んだ直後、何処かで見た覚えのあるその顔に、トーマが眉根に皺を寄せる。

 

「この顔……」

「エリアス=ナルヴァ博士……と言えば、君も知っているだろう?」

「ナルヴァ博士?!あのナルヴァ博士ですか?!」

 

 帝国でゾイド工学を学んだ者ならば、その名を知らない筈がない。

 エリアス=ナルヴァ博士といえば、野生ゾイドの生態研究の第一人者であり、その研究を元に彼が提唱した量産機化理論は、従来の量産体制を覆す革新的なものだった。

 現在帝国で新たに配備されたジークドーベルを始めとする新型の数々も、ナルヴァ博士の量産機化理論に基づいて設計、量産されている。

 

「その……ナルヴァ博士は何故、あのような多重構造プログラムを?彼が研究していた分野はプログラミングではなく、あくまでゾイドの生態と量産機化理論の筈ですが……」

 

 訝しげに訊ねるトーマに、ハルトマン教授は何処か哀れみを含んだ面持ちで伏し目がちに口を開いた。

 

「彼の量産機化理論は……最初、あの多重構造プログラムを用いて行われる予定だったそうだ。」

「……一体、どういう事ですか?」

 

 ハルトマン教授はアルバムに映る青年時代のナルヴァ博士を見つめ、静かに語り出した。

 

「君も知っての通り、新規生産された量産型ゾイドは生まれたばかりの赤ん坊同然。戦闘経験をある程度積まなければ、コンバットシステムがフリーズし易い……それ故に、実戦への即時投入が出来ないのが長年の課題だった。」

 

 静かに耳を傾けるトーマも、ハルトマンの言葉に現役隊員だったあの頃……ガーディアンフォースの隊員として戦った日々をふと思い返す。

 アーバインの乗る開発1号機であったライトニングサイクスは、ロールアウト前の稼働テスト時にデータバンクを損傷し、再起動まで3か月はかかるだろうと言われていた。

 コアに致命傷を負ったアーバインの相棒……黒いコマンドウルフのデータバンクを移植する事で奇跡的に再起動し、目覚ましい活躍を見せたが……まだ開発されたばかりで実戦経験の少なかったあのライトニングサイクスは、とにかくコンバットシステムがフリーズし易く、その為に戦線を離脱する事も少なくなかった。

 

「ナルヴァ君は……先に戦線で活躍しているゾイド達から戦闘データを収集し、それをゾイドの新規生産時にデータバンクへ組み込む事で、実践への即時投入を可能に出来ないかと考えた。その為に開発したのがあの多重構造プログラムだったのだよ……」

「戦闘データの収集プログラム……たったそれだけの為に、あんな複雑な物を……」

 

 途方も無い話に黙り込むトーマに、ハルトマンは何処か悲し気に呟いた。

 

「ナルヴァ君本人も、このプログラムが完成すれば最後……人間はこのプログラムを使い、生まれたばかりのゾイドを戦う為の兵器にしてしまうだろう。と言っておった……だからこそ、開けてはならぬ伝承の箱の名を名付けたのだろうな……」

「開けてはならない伝承の箱……パンドラ……ですか?」

 

 トーマの問いに、ハルトマンはゆっくり頷く。

 

「ああ。人の感情を封じ込めた箱……一度開ければ、人は解き放たれた負の感情によって争うようになる。その姿をゾイドに重ね合わせたのだろう。だがそれでも彼がパンドラの開発を諦めなかったのは……組み込まれた戦闘データから、ゾイド自身が成長してくれる事を願っていたからだそうだ。」

「戦闘データから成長……それって……」

「そう。君が開発したオーガノイドシステムと目的は殆ど同じだよ。操られるまま戦う兵器としてではなく、戦闘データから、戦う事の良い面と悪い面を教えてやる事で、ゾイド自身が持つ戦う本能が、より強い生物としての自我になってくれることを、彼は望んでおった。そうすれば、自我を持つゾイドと人間の間により強い絆が生まれ、そこから様々な可能性が広がる筈だと。恐らく彼がライガーゼロを見たらさぞ喜んだだろう。これこそ自分が目指したゾイドのあるべき姿だ。とな。」

 

 コーヒーを啜るハルトマンに、トーマも出されたコーヒーに口を付けながら不思議そうに訊ねた。

 

「量産機化理論が、そのパンドラを用いて行われる予定だった……と、仰られましたね。結局実用化出来なかった。という事ですか?」

「あぁ。パンドラには一つ、重大な欠陥があってな……」

「欠陥?」

 

 怪訝な表情を浮かべたクルトに、ハルトマンは静かに語る。

 

「生まれたばかりのゾイドに、様々な戦闘データを組み込んだ場合……どうしても一定の割合で、その戦闘データに恐怖を覚え、コンバットシステムをフリーズさせてしまう個体が出てしまったのだよ。まぁ、どちらかといえばパンドラの欠陥というよりも、ゾイドそれぞれの個体差による不具合だが……どんなにパンドラを調整し、収集する戦闘データを選りすぐっても症状は改善されなかった。」

「……つまり、パンドラによって根の臆病なゾイドが戦いそのものを完全に拒絶するようになってしまう……という事ですか……」

「あぁ。おまけに生まれてすぐ、パンドラによってコンバットシステムをフリーズさせてしまったゾイドは、いくら初期化をかけてもコンバットシステムが回復せず、処分する他なかったと……生まれたばかりのゾイドが、自分の作ったプログラムのせいで戦えなくなり、その命を奪われる……ナルヴァ君にとっては、自分がそのゾイド達を殺してしまったも同然だったのだろう。最終的には、パンドラを自らの手で処分してしまったそうだ。研究資料も含め、全てな。」

 

 その一言で、トーマの顔色が変わる。

 驚きと戸惑いに目を見開いた彼は、手にしていたカップをソーサーに戻すと同時に、テーブルから身を乗り出し捲し立てた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい教授!ナルヴァ博士自らがパンドラを処分したという事は!つまり今現在、パンドラは現存している筈が無い。という事ですよね?!」

「そう。オリジナルのパンドラは、もうこの世には残っておらん。恐らく君が話してくれた違法ディスクの中身は、何処かに残されていたパンドラのコピーか……或いは、ナルヴァ君と同等かそれ以上の科学者が、パンドラを模して作った疑似プログラムではないかと、わしは推測しておる。」

「しかし!研究資料まで全て処分したナルヴァ博士がコピーを残しておくとは思えません!それにナルヴァ博士以上の科学者など、そうそう居る訳が……」

「だが、現に今。君達が押収した違法ディスクの中身がそうなのだろう?」

「……」

 

 言葉を失って椅子に座り直すトーマを心苦しそうに見つめた後、ハルトマンは呟いた。

 

「実はな……ナルヴァ君以外に1人だけ、パンドラを組める可能性のある人物を知っている。」

「本当……ですか?あんなプログラムを組める人物がナルヴァ博士以外にいるとは思えませんが……」

 

 怪訝そうな声を上げるトーマに、ハルトマンはコーヒーを啜った後、重苦しい溜息を一つ吐く。

 

「ナルヴァ君が事故で亡くなったのは……知っておるな?」

「え……えぇ。確か、飲酒運転による単独事故だったと……」

 

 唐突な問いに若干戸惑いながらも、トーマは当時の報道を思い返しながら答える。

 ナルヴァ博士が亡くなった9年前……あらゆる媒体でその事故は大々的に取り上げられていた。

 稀代の天才学者の最期としては、あまりにも酷い。情けない。と……

 だが、ハルトマンはやれやれと言うかのように首をゆっくりと左右に振る。

 

「彼と親しかった者は、誰もあの事故に納得はしておらんよ……」

「どういう……事ですか?“納得していない”とは?……」

 

 再び訝し気な表情を浮かべたトーマに、ハルトマンはようやく顔を上げる。

 その表情は真剣で、何処か緊迫していた。

 

「わざわざ君を家へ招いたのは、この話を誰にも盗聴されない為だ。いつ、何処で、誰が聞き耳を立てておるかわからんのでな……」

「……それはつまり……教授はナルヴァ博士の死因について……真相について、何かご存じだという事ですか?」

「憶測の域を出ん推論ではあるが。な……」

 

 ハルトマンは手にしていたカップをソーサーに戻し、語り出した。

 

「当時、ナルヴァ君が立たされていた境遇は報道されていた通りだ。仕事に没頭するあまり妻と離婚。2人居た息子のうち、長男の親権は残ったが、親子仲はすこぶる悪かった。加えて、当時彼が主導で行っていた研究もかなり難航しておったそうだ……泥酔するほど酒を浴びる理由ならいくらでもあった……実際、警察もそれを根拠に事故と断定したらしい。」

 

 ゆっくりと視線を上げ、真っ直ぐトーマを見つめたハルトマンは……何処か訴えかけるかのような切ない表情を浮かべていた。

 

「だが……事実を繋ぎ合わせた先にあるものが、必ずしも真実という訳ではない。確かに普通の人間ならば、酒に溺れる事もあるだろうが……仲間内でも有名な“酒嫌い”だった彼が、泥酔するほど酒を飲むなど……到底あり得ん話だ。」

「酒嫌い……ですが、酒が苦手だったという事はつまり、少量飲んだだけでも酔いが回る程、酒に弱かっただけなのでは?」

 

 やはり怪訝そうに訪ねて来るトーマに、ハルトマンは呆れたような苦笑を浮かべる。

 

「いや、その逆だよ……」

「逆??」

「彼はいくら飲んでも全く酔わない酒豪体質でな。酔えない自分には、酒など飲むだけ無駄だと言っておった……実に合理主義者の彼らしい理由だ。酒に限らず、無駄な事に時間を費やす事を彼は徹底的に嫌っておった。」

「……」

 

 思わず呆気にとられたトーマだったが、ハルトマンがナルヴァ博士の死を疑う理由に納得せざるを得ない。

 仲間内でも有名な酒嫌い。加えていくら飲んでも酔わない体質だったというのなら、ナルヴァ博士は事故当時、大嫌いであった筈の酒を酔うまでひたすら飲んでいた。という事になる……確かに不自然だ。

 

「彼の死が他殺であると確信していた彼の友人は、勿論警察にそれを伝えようとしておった……その友人も、事故。という形で死んでしまったがね……」

 

 その一言に、トーマが戦慄したのは言うまでもないだろう……

 彼は驚愕の表情と共に、ポツリと呟いた。

 

「では……ナルヴァ博士も、その友人も……」

「そう。何者かに消されたのだろう。と、わしは考えておる。」

 

 ハルトマンは疲れたように呟いて、悔やむように眉間へ皺を寄せる。

 

「だがその一件以来、わしも含め……事故に疑念を抱く者は皆一様に、口を噤んでしまった。次は自分が消されてしまうかもしれん。という恐怖でな……そして同時にわしは思ったのだよ。何か大きな陰謀に巻き込まれたと思われる彼が、妻と離婚し、実の息子とも不仲になってしまったのは……せめて家族だけは巻き込むまいと、わざと自分から遠ざけようとした結果だったのではないか?とな……ナルヴァ君は仕事ばかりの堅物学者だと思われがちだが、本当に心の底から家族を愛しておった。」

 

 彼はそう呟いた後、そっと目を伏せる。

 

「とはいえ……親の心子知らずとはよくいったものだ。ナルヴァ君の長男はわざと反抗するかのように、父親の猛反対を押し切ってヴァシコヤードアカデミーに入学して来たよ。」

「ナルヴァ博士の息子さんもアカデミーに?!本当ですか?!」

 

 思わぬ情報にトーマが身を乗り出す。

 

「あぁ。入学して来たのが丁度わしが定年退職する年だったせいで、1年しか教えてやれなかったが……あの子も実に優秀な子だった……何しろ特待生だったくらいだからな。それなのに、ナルヴァ君が亡くなった直後、アカデミーを辞めてしまったそうだがね。」

「教授、それはつまり……」

「そう。ナルヴァ君以外にパンドラを組める人物がいるとすれば……あの子しかおらん。父親が何者かに消された後、パンドラを再構築出来得る人物として目を付けられてしまったのだとすれば、あの子が突然アカデミーを辞めてしまった理由も納得が行く……息子が学者になるのを、ナルヴァ君が頑なに反対しておった理由もな。」

「そんな……じゃぁまさかッ……」

 

 トーマの脳裏を、とある青年の存在が掠める。

 エリアス=ナルヴァ博士の息子……という事は当然、その息子もファミリーネームはナルヴァの筈。

 そしてヴァシコヤードアカデミーに入学したのが、ハルトマンが退職した10年前……

 父親が亡くなった後、つまり入学して僅か1年と数か月でアカデミーを退学してしまった……

 それに当てはまる人物を、トーマは甥であるルーカスから聞いた事があった。

 今までは、たまたまファミリーネームが同じなだけだろうと……思っていたが……

 

「教授……1つお訊ねしたいのですが……そのナルヴァ博士の息子さんのお名前は?」

「あまり聞かない珍しい名前の子だったよ。えぇと、確か―」

 

   ~*~

 

「ザクリス?!……」

 

 瓦礫の影で無事に追っ手をやり過ごした直後……

 不意に羽交い絞め状態から解放されたカイは、先程まで自分を捕らえていた人物を見上げて唖然としていた。

 彼の視線の先には、サンドコロニーで別れた筈のザクリスが呆れ顔で突っ立っていた。

 

「ったく、お前ホンットに面倒事に巻き込まれるスペシャリストだな。趣味なのか?」

「ちげーよ。ばーか。」

 

 むすっとした声を上げるカイの耳に、レンの声が聞こえる。

 

『カイ?大丈夫か??ザクリスって誰??』

「あー……大丈夫。ちょっと待ってくれ。」

「……誰と喋ってんだお前……」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるザクリスに、カイは身に着けていたイヤリング型の骨伝導イヤホンを片方、ザクリスへと手渡す。釈然としない様子でイヤホンを身に着けたザクリスが最初に聞いたのは、クルトの声だった。

 

『ザクリスってまさか、ザック兄さん?!なんで貴方が瓦礫街に?!』

「うっわ……なんでクルトが……」

 

 心底面倒臭そうな表情を浮かべると、ザクリスはすぐにイヤホンを外し、カイへと突き返す。

 突き返されたイヤホンを再び元通り装着しながら、カイは眉を(ひそ)めて訊ねた。

 

「ザクリスとクルトって……知り合いなのかよ。」

『ルーク兄さん……あ、いや……シュバルツ少佐の士官学校時代の友人だ。俺も多少面識がある。』

「士官学校?!え?!何?!ザクリスお前軍人だったのかよ?!」

「元な。今はただのしがない賞金稼ぎだよ。」

 

 面倒臭そうに答えた後、ザクリスはカイを睨むように見つめる。

 

「つーか、なんでお前が此処に居るんだよ。共通言語は鉛玉だの、死んだら骨も残らねーだの言われてる街なんだぞ。嬢ちゃんとユナイトはどうした?」

「シーナとユナイトならベースで留守番。」

「ベース??」

 

 またもや怪訝そうな表情を浮かべたザクリスに、カイは仕方なくズボンのポケットに無造作に突っ込んでいた略式の隊員証……ガーディアンフォースのエンブレムペンダントを引っ張り出し、差し出して見せる。

 ザクリスはペンダントを見た瞬間目を見開き、差し出されたペンダントとカイを交互に眺めた後、譫言(うわごと)のようにぽつりと呟いた。

 

「……マジかよ。」

「マジだよ。」

 

 即答したカイに、彼は頭を抱えて大袈裟な溜息を一つ吐く。

 

「……じゃぁお前がこの街に来た理由ってのはつまり……」

「任務に決まってんだろ。でなきゃ来ねーよ。こんなとこ。」

 

 吐き捨てるように呟いて、カイはペンダントをきちんと首に提げる。

 烙印を捺される際に服を脱がされると知っていた為、敢えてポケットに突っ込んでいたのだが、既にゴーストにガーディアンフォースである事がバレている以上、隠しているのも馬鹿らしい。

 そんなカイを眺めるザクリスは、彼の肩や、腕や、脚の傷を見て僅かに心配そうな表情を浮かべる。

 不意にポーチを探りながら、ザクリスは溜息と共に呟いた。

 

「とりあえず、逃げる前に手当てしとけ。血の跡でも辿られたら厄介だ。」

「そんなボタボタ血ぃ垂らすような怪我じゃねーよ……」

「やかましい。見てるこっちが痛ぇんだよ。馬鹿。」

 

 ポーチから取り出した大判の絆創膏をカイの顔面に叩きつけるようにして渡し、彼はカイを無理矢理座らせる。

 しぶしぶ受け取った絆創膏を腕の傷に貼り始めたカイの前で、ザクリスは脚の傷をハンカチで縛ってやりながら口をへの字にしていた。

 

「ったく。お前がガーディアンフォースに入ったってのは驚いたが……入って一体どれくらいなんだよ。サンドコロニーで別れてからまだ1ヵ月ちょっとだろ?」

「あ~……まだギリギリ入隊1ヶ月経ってねーな。」

「おいおい。そんな新米をこんな無法地帯に放り込むって、どういう神経してんだお前の上司。そんなに人手不足なのかよ。ガーディアンフォースってのは……」

「まぁ、その辺はノーコメントで……」

 

 苦笑を浮かべるカイに探るような眼差しを向けた後、ザクリスは再び呆れたような表情を浮かべる。

 

「……ま、守秘義務もあるだろうしな。言えねーなら訊かねーよ……」

「サンキュ。恩に着るぜ。」

「やめろ。気色悪ぃ……」

「えぇ?!気色悪いってなんだよ!気色悪いって!」

 

 思わず抗議の声を上げたカイに、ザクリスは意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「こちとら、お前が手の掛かる面倒臭ぇがきんちょなのは百も承知なんだよ。それを今更、いちいち恩に着るだのなんだの……水臭ぇっつの。礼なんざ要らねーよ。」

「……けっ。クルトが聞いてるからってカッコつけんなよな。」

「あ゙??」

「ひっとりっごとぉ~。」

 

 すっとぼけるカイの頬をつまみ、ぐいっと引っ張りながらザクリスは不機嫌に笑う。

 

「ったく。さっさと手当て終わらせねーと、その肩の傷溶接するぞ。」

「溶接って……道具もねーのに?」

「……ライターで焼いて固めてやろうか?っつった方が分かりやすいか??」

「げッ?!」

 

 先程烙印を捺されたばかりである手前、これ以上火傷が増えるのは全く以って御免である。

 カイがいそいそとシャツの首元から手を差し入れ、肩の傷に絆創膏を貼り始めた頃、2人のやり取りを聞いていたレンが苦笑を浮かべながらクルトに呟いた。

 

「なんつーか……口は悪ぃけど、悪い奴じゃなさそうだな……」

「まぁ……確かに昔に比べて大分言葉遣いは荒いが……なんだかんだ、面倒見の良い所は昔から変わっていない。ザック兄さんはそういう人だ。」

 

 苦笑を浮かべ返すクルトにふと笑って、レンは安心した面持ちで呟いた。

 

『カイ!俺はそろそろゼロと合流ポイントに向かう。絶対来いよ!』

「あぁ!頼んだぜ!」

 

 元気よく返事を返すカイに、ザクリスも自然と笑みを浮かべていた。

 

「逃げる算段ついたみてーだな。」

「算段っつーか、まぁ、前もって打ち合わせてた事ではあるんだけどな。」

「そうか。じゃ、とっとと行くぞ。」

「へ??」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げたカイの前で、ザクリスは面白そうに笑っていた。

 

「おいおい。流石に怪我した弟子を放り出すほど、落ちぶれちゃいねーぞ。」

「マジで?付いて来てくれんの??」

「おう。」

 

 その言葉に、カイの表情が心底ホッとした様子でほころんだ。

 

「……流石師匠。百人力だぜ。」

『師匠??』

 

 怪訝な声を上げるクルトに、カイは得意げに笑う。

 

「言っただろ?家を飛び出したばかりの頃、世話になった奴に拳銃貰ったって。それがザクリスなんだよ。」

『……よりによってザック兄さんが銃の師匠とは恐れ入った……』

「なんで?」

『その人は士官学校時代、射撃訓練の歴代最高記録を更新した銃の天才なんだ……』

「マジで?」

「お前さっきからそればっかだな。今度はなんだよ。」

 

 面倒臭げに訊ねるザクリスを眺めて、カイは信じられないといった表情のまま呟いた。

 

「士官学校の射撃記録更新した銃の天才って、ホントかよ。」

「動かねー的に当てるくらい、お前だって出来るだろうが。」

「いやまぁ……そりゃそうだけどさ。」

「おら、いつまでも無駄話してねーで、とっとと行くぞ。」

 

 ポンッと撫でるように頭を叩いたザクリスに頷いて見せると、カイは彼の後に続くようにして歩き出した。

 

   ~*~

 

 慎重に辺りを警戒しながら、カイはザクリスと共に瓦礫の街を歩く。

 追っ手を撒いたとはいえ、油断は出来ない。クラウの口振りから察するに、恐らく今頃、瓦礫街の住人達にも自分がガーディアンフォースである事が伝わっているだろう。いつ何処から狙われてもおかしくない状況だ。

 しかし何故、こんな見計らったかのようなタイミングで、ザクリスがこの街に居るのだろう?

 

「なぁ、ザクリスはこんな掃き溜めまで何しに来たんだよ。仕事か?」

「極秘任務。」

「はぁ??」

「冗談だよ。あのディスクの出所を追ってたら、此処に行き着いたってだけだ。」

 

 なんでもなさそうに肩を竦めて見せるザクリスに、カイは思わず頭を抱える……

 

「あ……ちゃぁ~……」

「え??なんだよ急に。」

「こっちの会話、クルト達に丸聞こえなんだぞ。せっかくお前とアサヒの事伏せてディスクの事話したのに……」

「は?!お前まさか!あのディスク調べたってバラしちまったのかよ?!」

「正確には、俺じゃなくてシーナが口滑らせちまったんだけどな……」

「あ~……嬢ちゃんならしょうがねぇか。ド天然だしなぁ……」

 

 げっそりとした顔で呟くザクリスに、クルトが心底呆れた声で呼びかけた。

 

『まさか、お前と一緒にディスクを調べた傭兵と賞金稼ぎというのは……』

「あぁ。ザクリスと、その相棒のアサヒって奴。」

『……なるほど。ザック兄さんが一枚噛んでたなら大体辻褄は合う……』

「今度はなんだよ。元軍人以外にも何かあんのか?」

『士官学校に入る前、1年ちょっとだけだが、ヴァシコヤードアカデミーの生徒だったんだ。しかも確か、専攻はプログラミング関係だった筈……』

 

 その言葉に、カイもげっそりとした顔でザクリスを見上げる。

 

「お前どんだけチートなんだよ。このスペックお化け。」

「いきなりなんだよ。またクルトが余計な事喋ってんのか??」

「お前が元アカデミー生だった。って……」

「おいクルト。それ以上余計な事喋ってみろ。テメーの口、リベットで二度と開かねーようにすっからな。」

『おー怖い怖い。』

 

 棒読みなクルトの声に呆れた顔をしながら、カイは独り言のように呟いた。

 

「元軍人で、元科学者の卵で、銃の天才。おまけにゾイド乗りとしても超強いし、顔も良いし。弱点とか、短所とか、苦手なもんとか……何かねーのかよ。」

「安心しろ。俺だってれっきとした人間なんだ。嫌いなもんくらい、掃いて捨てる程あるよ。」

「ホントかぁ??……」

 

 露骨に疑いの眼差しを向けるカイに、ザクリスは溜息を吐いて話題を逸らす。 

 

「で?何処まで逃げるんだ?」

「此処に来る時に使ったフライングボードを瓦礫の隙間に隠してあるから、とりあえずそこまで引き返す。そうすりゃ後は、仲間が待ってる合流ポイントまで飛んでくだけだ。」

「……盗られてなければ。だろ?」

 

 からかうようなその言葉に、カイはギクリとした表情を浮かべた後、ジトリとした眼差しをザクリスへ向ける。

 

「嫌な事言うなよ……」

「掻っ攫いなんて日常茶飯事だろうが。人だろうと物だろうと。」

「妙にこの街の事詳しいのな。お前。」

「ま、俺もこの街に来るのは初めてじゃねーからな。どんな場所なのかは嫌って程知ってる。」

「ふ~ん……」

 

 思わず顔色を窺うような視線を向けたカイだったが、直後、ザクリスに上着の後ろ襟を掴み上げられ、物陰へと引っ張り込まれる。

 そのまま無言で道の先を窺っているザクリスに倣うように、そっと顔を覗かせれば……先程の追っ手とは別の者達……瓦礫街の住人達が武器を手にして話し込んでいた。

 

「聞いたか?」

「あぁ。カイの野郎、ガーディアンフォースの犬に成り下がったらしい。」

首領(ドン)にあんだけ目を掛けてもらった恩も忘れて……俺達でぶっ殺してやる。」

 

 そんな会話に、カイは思わずギクリとして恐る恐るザクリスを見上げるが、ザクリスは顔色一つ変えずに話し込んでいる瓦礫街の住人達を眺めていた。

 

「どうする?他の道探すか?」

「あ、えっと……うん……」

 

 戸惑った様子のその返事に、ザクリスはようやく視線をカイへ向ける。

 

「どうしたんだよ。」

「いや……別に……」

 

 ふいっと俯いたカイの頭に、ぽんっと手が置かれる。

 ハッとして顔を上げれば、驚くほど優しく穏やかな笑みを浮かべたザクリスが、此方を見つめていた。

 

「シケた面してんなよ。お前がこの街で何をしてたかなんて、更々興味のねぇ話だ。俺にとって、お前が手の掛かる弟子なのは変わんねぇ。安心しろ。」

「ザクリス……」

「けどな……一つだけ言っとくぞ。」

 

 浮かべていた笑みに寂しさのような色を滲ませて、彼は呟いた。

 

「あの時誰かに頼ってれば良かったって、取り返しが付かなくなる前に打ち明けてりゃ良かったって……後から悔やんでも遅いんだ。だからお前は、押し潰される前に他の奴をちゃんと頼れ。別に俺じゃなくてもいい。こいつなら信用出来るって奴が見つかった時、抱えたもんをきちんと清算しとけ。……間違っても、俺みたいにはなるな。良いな?」

「お、おう?」

「なんで疑問形なんだよ。」

 

 呆れたように笑って、くしゃくしゃと掻き回すように頭を撫でるザクリスに、カイは微かな戸惑いの色を浮かべて彼を見上げる。

 きっと……ザクリスにも他人には簡単に打ち明けられないような過去があるのだろう。そして彼はきっと、取り返しが付かなくなってしまったのだろう。今まではそんな様子、微塵も見せた事が無かったが……

 

(……結局、皆何かしら背負ってるもんなんだな……)

 

 自分だけではないという安心感と、始めて触れたザクリスの仄暗い一面に対する戸惑いを感じながら、カイは彼と共に別の細道へと進む。

 ふと、自分には打ち明けられる相手が見つかるだろうか?と、考え込んでしまう。

 この街であった事の、その全てを……ちゃんと受け止めてくれる人が居るのだろうか?その上で、本当に自分と縁を切らずに向き合ってくれる人が居るのだろうか?

 薄紫色の瞳は、不安に揺れていた……

 

   ~*~

 

「そういえばさ、アサヒは何処にいるんだよ。」

 

 武装した住人達の居る場所を迂回して歩きながら、ふと思い出したようにカイが訊ねた。

 

「あぁ、あいつなら街の外で牙狼(ガロウ)と一緒にタイガーの見張りやってる。」

 

 何でもなさそうに答えるザクリスだったが、カイはいまいち違和感を感じる。

 普段ならば危険な場所であればある程、彼等は必ず互いの背を預け合えるように2人で行動している。なのによりによって、この世で一番危険な場所と言っても過言ではないようなこの街に、ザクリス1人で乗り込んで来ているというのは、どうもおかしい気がした。

 

「アサヒだって強ぇんだし、2人で来た方が良かったんじゃねーの?」

「そりゃ無理。」

「なんで?」

 

 至極不思議そうに訊ねるカイに、ザクリスは微かな溜息を吐くと、静かに呟いた。

 

「あいつな、昔この街に俺と来た時、ちょっと面倒事に巻き込まれちまったんだ……それ以来、そいつがトラウマになっちまってんだよ。」

「あ~……なるほど。なんとなく察しは付くよ。うわっ?!」

 

 ザクリスが突然、カイの胸倉を引っ掴んで瓦礫の影へ押し込むように突き飛ばす。

 尻もちを付いたカイが顔を上げた時には、銃撃戦が始まっていた。

 どうやらいつの間にか、後をつけられていたらしい……

 まるでそれが分かっていたかのように、ザクリスは全く慌てる様子もなく、追っ手達の額を軒並み風通し良くしてやった後、涼しい顔で左手の銃をホルスターに戻しながらカイの手を掴み立ち上がらせた。

 

「悪ぃな。大丈夫か?」

「あぁ……サンキュ。」

 

 思わずポカンと答えた後、カイはいじけたようにぼやく。

 

「つけられてたなら、教えてくれりゃ良かったのに……」

「お前気付いてなかったのかよ。勘が鈍ったんじゃねーか?」

「ちぇっ……意地悪ッ……」

「俺が一緒だからって気ぃ抜いてんじゃねーぞ。」

「わーってるよ。それくらい。」

 

 そう言いながら、カイもおもむろに銃をザクリスへ向ける。

 ……が、彼が撃ち抜いたのは、ザクリスの後方にある瓦礫の影から顔を覗かせていた伏兵だった。

 

「説教垂れてるからって、気ぃ抜いてんじゃねーぞ。」

「腕は鈍ってなさそうだな。」

「成長したって言ってくれよ。それより、さっきの銃声で他の連中も集まって来る筈だ。急がねーと。」

「だな。とっととずらかるか。」

 

 だが、走り出そうとした矢先……今度は進行方向から追っ手と共に銃弾が飛んで来る……

 揃ってすぐ傍の瓦礫の影へ飛び込んだザクリスとカイは、銃を構え直しすぐさま応戦し始めた。

 

「もう来やがった!気の早ぇ連中だな!!」

「そういう街なんだっつの!!どうする?!」

「その奥、進めそうか?!」

 

 ザクリスの言葉に、カイは自分達の居る瓦礫の隙間の奥を眺める。どうにか人1人通り抜けられそうな隙間が続いてはいるが、正直行き止まりになっている可能性も否定出来ない。

 

「微妙だな。行き止まりだったら集中砲火待ったなしだ。」

「とはいえ、次から次へと沸いて来られちゃこっちの弾薬の方が尽きちまう。一か八かだ。行くぞ!」

「わかった!」

 

 瓦礫の隙間の奥へと進み始めた2人だったが、やはり思った通り、いつ行き止まりになっていてもおかしくないような幅の隙間が頼りなく続いている……おまけに、小柄なカイはともかく、長身のザクリスは瓦礫の隙間を抜けるのにかなり苦労する破目になった。

 とはいえ、背後から追って来ているであろう者達もなかなか思うように進めず、銃を撃っても瓦礫に阻まれるばかりで相当苦戦しているだろう。もしかしたら、この狭い隙間に飛び込む順番を巡って乱闘が始まっている可能性もある。とにかく、後ろから弾丸が飛んで来ないのが唯一の救いだった。

 

「一体何処まで続いてんだろうな……」

「行き止まりにならねーだけまだマシだ。このままどっかに出られりゃ良いんだが……」

 

 ザクリスがぼやいた直後、不意に道幅が開ける。

 狭い隙間が終わって、疲れたように体を伸ばすザクリスの耳に、不穏な一文字が飛び込んだ。

 

「あ。」

「あ?」

 

 首を傾げる彼に、カイは青ざめた顔でゆっくりと振り返り、呟いた。

 

「やべぇ。行き止まりだ……」

「うっわマジかよ!!言った端からッ……」

「お前がフラグ立てるからぁ~!!」

「俺のせいかよ!!」

 

 顔を突き合わせて大声を上げる2人だったが、引き返す訳にもいかない。

 何とか追っ手が来る前にどうにかしなければ……

 ザクリスはふと、行き止まりになっている瓦礫の隙間から陽光が差し込んでいる事に気付いた。

 そっと陽の差し込む瓦礫の周辺を調べ、更に周囲をくまなく見渡した後、彼は静かに呟いた。

 

「……一歩間違えりゃお陀仏だが……賭けるか?」

「何か手があるのかよ。」

「まぁ……な。」

 

 冷や汗を浮かべながらも、不敵な笑みを浮かべるザクリスに、カイも思わず口角を上げた。

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