ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第23話-過去を包む手-

 何とか無事に瓦礫街からカイが戻って来た。

 ……まぁ、無事って言っても、傷だらけのボロボロだったけど……

 クラウって名乗ったゴースト一味からの宣戦布告も、勿論放ってはおけない。

 でも今は、カイの方が心配だな……本当に大丈夫なのかな……

 [レン=フライハイト]

 

 [ZOIDS-Unite- 第23話:過去を包む手]

 

 カイとレンを乗せたライガーゼロ-プロトは、無事にホエールキングに回収された。

 しかし直後、機内はちょっとした騒ぎになってしまった……原因は勿論、負傷したカイである。

 銃創が3箇所、火傷が1箇所。その他、瓦礫の隙間を抜けたり、爆風をもろに喰らったりの過程で付いた擦過傷が多数……軽傷の部類ではあるが、彼はすぐさまホエールキング内の医務室に連行され、手当てを受けていた。

 

「ったく。掠り傷ばっかなのに大袈裟だなぁ……」

 

 ベッドの端に腰かけたカイが溜息を吐く。

 医務室に到着するなり、パジャマタイプの病棟服に着替えさせられるとは思ってもみなかった……といっても、肩の傷を手当てされている最中なので、実際身に着けているのは病棟服のズボンだけ。上半身は裸のままだ。

 面倒臭げに膝の上に乗せた病棟服の上着を眺めるカイに、治療を担当している医療スタッフ、スコット=アークランドが呆れた様子を隠そうともせずに溜息を吐いた。

 

「掠り傷って君ねぇ……銃弾を3発も喰らったんだって自覚あるかい?」

「別に体ん内に弾が残ってるとか、風穴開いて血がドバドバ出るとかいう訳じゃねーじゃん。なのにこんな……入院患者みてーな服に着替えさせられたら、気が滅入るっつーかさぁ……」

「気が滅入るのはこっちだよ。普通なら痛い痛いって大騒ぎしてもおかしくない傷なのに、ケロッとしちゃってさぁ……正直君みたいな子初めてだよ。痛くないの??」

「いや痛ぇよ。普通に。」

「そんな真顔で言われても、説得力無いよ。」

 

 傷口から剥がした絆創膏や、処置に使った血だらけの脱脂綿等の入った膿盆を手に、スコットは一旦医務室の奥へと引っ込む。その後ろ姿を物申したげな表情で眺めた後、カイは新しい絆創膏に覆われた肩の傷を眺めた。

 生理食塩水で傷口を洗浄されるのも、消毒液や薬を塗られるのも、当然痛い……ただ、怪我など日常茶飯事であったせいで、痛み慣れしてしまっているだけの話だ。

 手当ての際にギャーギャー喚く事で傷の治りが早くなると言うのなら、喜んで喚き散らすだろうが、怪我をしてしまった後で喚いても仕方が無いではないか。と、カイは溜息を吐く。怪我をした状態で走り回り、2回も爆風を浴び、銃撃戦だって行ったのだ。体力に自信があるとはいえ、今回は流石に疲れた……正直、喚くだけの元気も残ってはいない。

 しかし、軟膏と注射器を持って再び戻って来たスコットに、カイはギクリとした様子で顔を強張らせる。

 

「……なんで注射?」

「傷口からの感染症を予防する為の抗生剤だよ。特に火傷は感染症に弱いんだから、当然だろ?」

「えぇぇぇぇ?!」

 

 先程まで大人しかったカイが、いきなり子供らしく大声を上げた事に、スコットは苦笑を浮かべる。

 

「傷口いじられるのは平気な癖に、注射は嫌いなんだね……」

「いや、注射好きな奴なんていねーだろ!」

「そう?僕は好きだけどなぁ。」

「……打たれるのが。じゃなくて、打つのが。だろ?どうせ。」

 

 ジトリとした眼差しを向けるカイに、彼は厭味にすら思える程の爽やかな笑みで頷いた。

 

「勿論。特に君みたいな無茶ばっかする悪い子に注射するの、大好きなんだ。」

「最ッ低だなあんた!!」

「はいはい。腕出してねー。」

 

 嫌がる割に大人しく腕を差し出したカイに、クスクスと笑った後、スコットはてきぱきと抗生剤を投与し、火傷である新しい烙印に軟膏を塗り始める。

 ふと真面目な顔になりながら、彼は呟いた。

 

「痛覚神経まで焼けてるとは言っても、治る過程で痒みや痛みが出る事も多いから、戻ってからも定期的に基地内病棟できちんと処置してもらうんだよ。」

「……知ってるよ。既に一度経験済みだから。」

 

 うんざりした様子で小さな溜息を吐きながら、カイは視線を逸らす。

 そのうちまた、完全に治るまで痛みに苛まされる日々がやって来るのかと思うと、気が重い。

 だがまぁ、それも自分で決めた事だ。どんなに周囲から「馬鹿だ」と言われようと……

 

「よし。これで終わり。ベースに戻るまで、そこでゆっくりしてなよ。僕はカルテやら診断報告書やら作らなきゃいけないから。何かあれば言って。」

「へーい……」

 

 再び医務室の奥へ引っ込んでしまったスコットの後ろ姿を見送った後、カイは烙印を覆っている防水タイプのフィルム絆創膏をそっと指先で撫で、のそのそと上着を羽織る。

 ボタン代わりに付いている紐を適当に結んで、ぐったりとベッドに体を投げ出した所で、不意に医務室のドアがノックされた。

 

「すいません。レンですけど……」

「レン?」

 

 カイが起き上がるのと、医務室の奥からスコットが出て来るのは同時だった。

 スコットが入り口まで行ってドアを開けば、心配そうな表情を浮かべたレンが遠慮がちに訊ねる。

 

「あの……カイと話しても大丈夫ですか?」

「あぁ。大丈夫だよ。寝てなきゃいけないような怪我ではないし。」

 

 そう言って入室を許したスコットは、カイが腰かけているベッドまでレンを案内すると、カーテンをシャッと半分程閉めて呟いた。

 

「僕はまだ仕事があるから席を外すよ。盗み聞きの心配は無いから、安心してお喋りしてて。」

「あ。はい。ありがとうございます。」

 

 ふっと微笑んで医務室の奥へ戻るスコットを眺めた後、レンはそっとカイに笑いかける。

 

「よ。」

「おう。」

「隣良いか?」

「おう。」

 

 カイの隣に座った彼は、心配そうに訊ねた。

 

「傷、痛むか?」

「あ~……痛ぇのは痛ぇけど、俺、怪我とか慣れてっから……」

「そっか……」

 

 揃って視線を落とし、2人は暫く黙り込む。

 早くも気不味い空気が漂い、カイもレンも、話題を、言葉を、探しているようだった。

 しかし、何処かそわそわした様子のレンとは違い、カイは全く微動だにしない……ただただ不安げな表情で視線を落としたまま、彼はそっと呟いた。

 

「あのさ……」

「え?!あ、うん。どうした??」

 

 弾かれるように顔を上げたレンの隣で、カイは目も合わせずに訊ねる。

 

「……話って……何?」

「あ~……その、なんつーかさ……」

 

 歯切れの悪い返事の後、レンも再び視線を落とす。

 迷いや躊躇いを振り切れないままに、彼はそっと口を開いた。

 

「今回の任務でさ、俺、カイの事何も知らなかったんだなって思って……だからその……もう少し詳しい話とかさ、俺で良ければ聞かせて欲しいなって……」

「詳しい話って……瓦礫街での事なら任務中に話しただろ?」

「いやまぁ……そうなんだけどさ……」

 

 また言葉を探すかのように黙り込んだレンに、カイは小さな溜息を吐いた。

 

「……別にさ。気ぃ遣わなくて良いんだぜ?あの街で親友を見殺しにしたのも……情報屋として薄汚い仕事してたのも、全部本当の事だ……これ以上、何を聞きてーんだよ……」

 

 微かに震えていたその声に、レンは意を決したように顔を上げ、カイを真っ直ぐ見つめる。

 母親譲りの真紅の瞳は、無表情に視線を落としたままのカイを映して揺れていた。

 

「……言いたくないなら別に聞かない。思い出したくないなら、無理強いなんかしない。けど、もし嫌われるのが怖くて突き放そうとしてるんだったら、俺、絶対引き下がらないから。」

「……」

「あの時、俺言っただろ?どんな事があっても、お前を嫌いになったりなんかしない。って。そりゃさ、会って1ヵ月も経ってないような奴が……軽々しく踏み込んじゃいけない事だって……俺もわかってるけど……ホエールキングに戻って来てから、お前、ずっと暗い顔してたから……」

「ほっとけない……って?」

「うん……」

 

 再び、気不味い沈黙が奔る……それでも此方を見つめたままのレンに、カイは冷たく呟いた。

 

「余計なお世話……っつったら、どうする?」

 

 その一言に、レンは微かに悲し気な表情を浮かべたが……やがてそれは静かな笑みへと変わる。

 

「……自覚はあるよ。完全に俺のお節介だし。お前の事知りたいってのも、俺の我が儘だから。そん時は無理言ってごめん……って、言うくらいしか、俺に出来る事ねーっていうか……でもさ。」

「でも?」

「話してくれても、くれなくても、お前の事嫌いにならないのは変わんねーから、そこは……ちょっと信じて欲しいなって思うんだけど……俺じゃ、やっぱ駄目かな?」

「……」

 

 顔は下に向けたまま、カイは視線だけでレンを見つめる。

 観念とも呆れともつかない小さな溜息を一つ吐いて再び視線を落としながら、彼は消え入るような声で呟いた。

 

「2つだけ……」

「ん?」

「2つだけ、約束してくれねーか?他の奴には誰にも言わないって事と……お前まで居なくならないって……死なないって事……」

 

 レンは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、やがてまた穏やかに微笑む。

 一度だけしっかりと頷いた後、優しい声で彼は答えた。

 

「約束する。誰にも言わないし、絶対お前を置いて逝ったりなんかしない。」

 

 置いて逝ったりなんかしない。

 その言葉で視界がぼやけてきたカイは、滲んで来た涙を手の甲で拭う。

 瓦礫街でザクリスに言われた言葉が、再び脳裏を過った。

 

―こいつなら信用出来るって奴が見つかった時―

(……信用しても良いよな?……)

―抱えたもんをきちんと清算しとけ。―

(話しても……大丈夫だよな?……)

 

 まだ微かに、言いたくない。と、打ち明けるのが怖い。と、抵抗する自分が居るが、それでも……きっと此処で一歩踏み出さなければ、恐らく一生何も変わらない……そんな気がした。

 相手を信じるというのは簡単な事ではないが、信じたい。信じてみよう。という一歩を踏み出すところから始めなければ、始まらないのだ。いつまで経っても“向き合う”事を恐れたままで、終わってしまう。

 レンとも、そして何より……自分自身とも。

 

「……わかった。話すよ。あの街であった事……殺された親友の事……」

「あぁ。」

 

 ずっと1人で抱えて来た過ちを……カイは、そっと語り出した。

 

   ~*~

 

 今からおよそ2年前……そもそも瓦礫街に足を踏み入れた発端は極めて単純なものだった。

 家出少年である自分が警察や憲兵の捜索をやり過ごせる場所が、そこしか無かったから……

 勿論最初のうちは、様々なトラブルに巻き込まれた。人身売買のバイヤーに攫われかけるわ、臓器売買のバイヤーに捕まりバラされかけるわ、挙げればそれこそキリが無いが……

 そういった者達から逃げ回り続けて1ヵ月が過ぎようとしていたある日。西の首領(ドン)であるアブラハムと出会った事で、全てが変わった。彼に雇われ、南の者達の情報を集めて来るよう命じられたのだ。

 それが、あの街での情報屋生活の始まりだった。

 南の縄張り(シ マ)に忍び込み、僅かばかりの駄賃を目当てに雑用を引き受ける浮浪児のフリをしながら、南の者達の情報を集める……一見難しそうではあるが、やってみれば存外簡単であった。

 あの街に暮らす子供は、経緯は様々だが皆捨て子ばかり。勿論学校など存在しない為、教育を一切受けていない瓦礫街の子供達は、皆一様に読み書きや計算が出来ないのだ……それ故に、多少仕事の内容を聞かれようが、大事な書類を見られようが、どうせわからない。どうせ読めない。と高を括った大人達しか居なかったのである。

 自分を浮浪児だと思い込んで見下してくる馬鹿な大人達を、腹の底で嘲りながら情報を集めて回る。どれほど愉快で嗤えた事か。

 

「南で情報を集め始めて、4ヵ月くらい経った頃かな……ラシードに……あの街で殺された親友に出会ったんだ。」

 

 カイが、ふと懐かしむような笑みを浮かべる。

 

『お前も仕事探しか?あっちで人手を欲しがってるって話なんだ。一緒に行かね?』

 

 出会ったあの日の、ラシードの第一声がそれだった。

 瓦礫街で生まれ育ったラシードは、娼婦が産み落として捨てた子供だったらしい。

 たまたま物好きな人身売買のバイヤーに拾われ、商品にする為に育てられたものの、その商品としての調教に耐えかねて逃げ出し、浮浪児として生きて来たという話だった。

 当然そんな生い立ちである為、読み書きはおろか、名前すら無い少年だった。

 

『お前、名前は?』

 

 何気なく訊ねた時、ラシードはきょとんとしていた。

 

『名前なんて立派なもん、ある訳ねーじゃん。お前だって名前ねーだろ?』

『俺は……一応あるよ。自分で適当に付けた名前だけど、カイって名乗ってる。』

 

 危うく浮浪児でない事がバレかけて咄嗟に吐いた嘘が、彼に名前を与えるきっかけになった。

 

『おー!じゃぁさじゃぁさ!俺にも何か名前付けてくれよ!!』

『えぇ?!』

 

 いきなり名前を付けてくれと言われ、戸惑いはしたが……真っ先に思い浮かんだのは、自分が昔ハマっていたゲームのキャラクターの名前だった。

 

『えーと……んじゃぁ、ラシード。とか?』

『よっしゃ!じゃぁ俺は今からラシードだ!』

 

 ゲームのキャラクターから適当に名付けた名前だというのに、無邪気に喜ぶラシードの姿を見て、もう少しマシな名前を考えてやった方が良かっただろうか?と一瞬思ったが……それでも、本人がこの名前を気に入ったのならそれも良いだろう。インクのような黒髪に、金色の瞳という容姿もキャラクターの容姿と似ていたし、ラシードという名は妙にしっくり馴染んだ。

 まぁ、クールでカッコいい狼人間の青年。というゲームのラシードに対して、親友の方のラシードは、猫のような気まぐれな性格をしていた為、イメージは完全に真逆だったが。

 とにかく明るくて人懐っこい。それが、彼の第一印象だった……特に、彼の気まぐれに振り回される場合は、大抵何かしらトラブルも起きたし、随分手の掛かる奴ではあったが、不思議と嫌だとは感じなかった。

 

「出会って以来、大抵いつも一緒でさ……俺より2つ上だったんだけど、手の掛かる弟みたいな奴だった。でも、やっぱラシードは自分が年上だから、俺が兄貴分だ!って言い張って、毎度決着つかねーの。」

「本当に、仲良かったんだな。」

「あぁ……きっと俺が笑えるようになったのは、ラシードのお陰だと思う。本当に楽しかったんだ。ラシードみたいな兄弟が欲しかったなぁ……って、コイツが居てくれるなら、この掃き溜めで暮らすのも悪くないなって、いつも思ってた。」

 

 だが……初めて出会った親友との日々は、半年にも満たぬうちに終わりを迎えた。

 南の首領(ドン)からカイを殺すように命じられていたにも関わらず、いつまでもカイを殺せずにいたラシードは……カイを殺す為に雇われた別の者達に捕らえられ、彼を釣る為の餌として使われたのだ……

 

「あの日も……いつもラシードと待ち合わせしてた場所に行ったんだ。もう冬になってて……辺り一面、真っ白でさ……今日は寒いなーなんて思いながらさ……そしたら、雪の上に倒れてたんだよ……ラシードがッ……何度も殴られたみたいに、痣だらけでッ……」

 

 語る声に、声にならない嗚咽が混じる。

 雪の上に倒れたラシードの姿を見た時、思考が止まった……その感覚が、再び脳裏を過る。

 先を急くでもなく、そっと背を撫でてくれるレンに、カイは必死に言葉を紡いだ。

 

「俺ッ……何があったんだって……頭真っ白になって……駆け寄ろうとしたら、待ち伏せしてた奴等に捕まっちまって……その時、そいつらから聞かされたんだ……ラシードが、ホントは俺を殺す為に差し向けられた奴だったってッ……」

 

 衝撃の事実を聞かされ呆然としていたカイに、今までどのような情報を西に持ち帰ったのか、西の者達の動向はどうなっているのかを、男達は執拗に問い詰めて来た。

 ……カイが今でも後悔し、苦しんでいる原因が……その時の自身の行動だった。

 

「サッサと吐けば良かったんだ!そうすればッ……ラシードは……死なずに済んだかもしれないのに……俺ッ……あの時何も言わなかった……ラシードが俺を騙してたんだって聞かされてッ……頭にきて……目の前でラシードが殴られてるのに……わざと黙ってたんだ……痛い目見れば良いって……」

 

 ただでさえ、既に痛めつけられた後の状態であったラシードに、鈍器が容赦なく振り下ろされる様を見て、もう少しくらい痛い目を見れば良い。と……思ってしまったのだ。

 親友のフリをして自分を殺すつもりだったのだと。親友だと思っていたのは自分だけだったのだと……沸き上がった怒りに任せ、ラシードを恨んでしまった。そんな奴ではないと、誰よりも自分が知っていた筈なのに……

 

「正直最初は……いい気味だって思って眺めてた……けど、あいつ等全然やめる気配が無くて……段々怖くなって来たんだ……このままじゃホントに殺されちまうんじゃないかって……思った矢先にさ―」

 

 カイがギュッと目を閉じる……

 嫌な音と共に骨が砕け、ラシードの腕があらぬ方向を向いた瞬間……背筋が凍った……

 そこでやっと、男達は最初からラシードを殺すつもりだったのだと察した。

 その瞬間、駄目だ。と……彼を失いたくないと……気付かないふりをしていた自分の心に気付いたが……既に、何もかもが遅かった。

 

『やめろ!やめてくれ!!それ以上やったら死んじまう!!全部言うから!!だからそいつだけは―』

 

 必死の懇願に、男達はニヤニヤと笑うばかりだった。

 

『あぁ。知ってる事は洗いざらい、全部吐いてもらおうか。そしたら命だけは助けてやるよ。』

『その代わり、つまんねー時間稼ぎしようと思うなよ。サッサと吐かねーと、こいつもっと悲惨な事になるぜ。』

 

 自分が知り得る事の全てを必死に喋り続けている間も、ラシードへの攻撃がやむ事は無かった。

 どんなに後悔しても足りないような、地獄の光景だった……

 

「きっと、最初から口を割ってたとしても、結果は同じだったのかもしれない……けどッ……嘘だってわかっててもッ、俺はその言葉に縋るしかなくてッ……」

 

 全て話し終わった時、もう指一本すら動かせないような状態のラシードが、うつ伏せに転がされ……その背に火が放たれた光景が、その瞬間のラシードの叫び声が、今も脳裏に焼き付いていた。

 男達は火に包まれたラシードを拳銃で撃ち抜き、立ち去った……銃弾はわざと急所を外してあり、それが「最期の最後まで苦しんで死ね。」という、言外の捨て台詞である事は明白だった。

 もう救う手立てなど無いとわかっていながらも、カイはラシードに駆け寄り、背を焼いていた火を雪で必死に消し止め、着ていた上着でボロボロになった体を包み抱き起した……

 その時……ラシードは、微かに笑みを浮かべていた。

 

『ずっと……黙ってて……ごめ……な……』

 

 途切れ途切れのか細い声に、涙が溢れた……その姿を思い出した今も、同じだ……

 ぽたぽたと零れる涙を拭いもせずに、カイは語った。

 

「俺さぁッ……言ったんだよ……チャンスなんて腐る程あっただろ?って……サッサと殺せばよかったのにってッ……そうすりゃ……こんな事にはならなかったのにって……」

 

 だが、その言葉を聞いたラシードは、もう動けない体に鞭打つようにして首を横に振った。

 

『出来ねーよ……俺に、名前を、くれた……親友に……なって、くれた……使い……走りの、道具……だった、俺を……人間……に、して、くれたんだ……殺せ、ねーよ……』

『だからって……代わりにお前が死ぬ事ねーだろッ……お願いだから……置いてかないでくれよ……』

 

 消えようとしている命に追い縋るかのように、抱き起していた体を抱きしめれば、ラシードは不意に呟いた。

 

『嘘……て、駄目だ……なぁ……いつ、死……でも、惜しく、ねぇ……て、思……たのに……ホントは……ずっと……生き、たい……て、思って……』

『ラシード?……』

『カイ……おま……は、嘘吐き……なるな、よ……俺、みたいに……なっちゃ……』

『ラシードッ……しっかり、してくれよ……声、小さくてッ……聞こえねーよ……』

『やく……そく……』

 

 最期に精一杯の笑顔を浮かべて……ラシードは、そっと息を引き取った。

 その瞬間沸き上がった感情は、たった1人の親友を失った悲しみと、その親友を怒りと疑心に任せて見捨てようとした自分自身に対する怒り、そしてラシードへの謝罪と後悔だった。

 

『なんでそんな……笑って逝けるんだよ……俺、お前の事……見捨てようとしたんだぞ……

 自分ばっか……謝りやがってッ……俺にも謝らせろよ……馬鹿野郎ッ……』

 

 親友の亡骸を抱いたまま、カイはずっと泣いていた。

 雪の冷たさなど気にもならなかった。

 それ以上に冷たい空洞が、ただ、心の中にぽっかりと開いていた……

 

   ~*~

 

 語り終えた後も暫く泣いていたカイがようやく泣き止んだ時、最初に口を開いたのはレンだった。

 

「そっか……お前が嘘を吐かないのを信条にしてんのは、ラシードとの約束だったんだな……」

「あぁ。この約束が……ラシードの形見だから……破りたくなくて……」

「……そうだな。その約束が、ラシードが居た証……だもんな。」

 

 穏やかに呟きながら、彼はカイの背を優しくトントンと叩いている。

 小さい頃、泣き虫だった弟を泣き止ませる為によくこうしていた。

 最初は「ガキ扱いするな!」と怒るだろうか?逆効果だろうか?と思ったが、特に嫌がる素振りは無いので、少なくとも機嫌は損ねていないらしい。

 レンは視線を泳がせるかのように、ぼんやりと天井を見上げて呟いた。

 

「一瞬でも……親友を見捨てようとした。か……だから自分をずっと責めてたんだな……」

「信じてたのに……なんて、被害者面する資格、無かったんだ……あんな奴等の言葉で、ラシードを疑っておいてさ……裏切ったのは俺の方だ……だから……」

「……だから、今回の任務で烙印捺されたのも、怪我したのも、自分への罰だって思ってるのか?」

 

 感情の消えたその一言に、カイが微かにビクッと肩を震わせる。

 レンはそんな彼をチラッと見た後、静かな溜息を一つ吐き、背を叩いていた手と共に項垂れた。

 

「……あのさ。カイ。」

「クルトに言われたから分かってるよ!そんな事したって何にもなんねーって事くら―」

「馬鹿。人の話最後まで聞け。」

 

 カイの両頬を包むように手を添え、ぐいっと自分の方を向かせると、レンは言った。

 

「ラシードは、お前が大切な親友だから殺せなかったんだろ?」

「……うん。」

「きっとラシードだって、お前を殺さずにいれば、いずれ自分が殺される事になるって分かってた筈だ。それでも、親友のお前を殺さなかったって事はさ、ラシードは命懸けでお前を守ろうとしたって事だろ??なのに……ラシードが命懸けで守ってくれたお前を、お前が自分で傷付けてどーすんだよ。」

 

 ハッとしたように見開かれた薄紫色の瞳から、また一筋……涙が頬を伝い、レンの手を濡らす。

 レンはそんな彼の目を真っ直ぐ見据えて言葉を続けた。

 

「自分を責めるのをやめろ。なんて無責任な事……俺には言えないし、言わない。けど、それを言い訳にして自分を傷付けるのは、何にもならないなんてもんじゃない。お前を守って死んだラシードの思いを“踏み躙ってる”って事だ。お前、それで良いのか?」

 

 後から後から溢れて来る涙もそのままに、カイは微かに首を横に振る。

 

「俺、馬鹿だ……ずっと自分が赦せなくて……自分を責めるばっかで……自分の事……ラシードがッ……命懸けで、守ってくれた命だなんてッ……俺、今まで一度もッ……」

「……だと思った。自分で自分を追い詰めて、心に余裕無かったんだろ?」

 

 苦笑を浮かべた後、レンは頬に手を添えたまま、親指で涙を拭いてやりながら優しく呟いた。

 

「苦しかったよな……ずっと1人で抱えて、自分傷付けてさ……」

「……うん。けど……誰かに言うのが……ずっと、怖かった……」

「そっか……ありがとな。俺の事信じて、話してくれて。」

 

 ホッとしたような穏やかな笑みを浮かべ、レンはそっと言葉を続ける。

 

「どんなに後悔したって、どんなに自分を責めたって、過去は変えられない。忘れたくても簡単に忘れられるような物でもない。だから結局、抱えていくしかないけどさ……せっかく話してくれたんだし、カイが抱えてた物のほんの何割かでも、これから一緒に抱える事が出来るなら、少しでもカイの助けになれるなら、俺、嬉しいよ。」

 

 そっと、頬を包んでいた手が離れても、カイはレンを見つめていた。

 そんなカイの前に、レンがふと、手を差し出す。

 差し出された手とレンの顔を交互に見つめ、戸惑った表情を浮かべるカイに、彼は言った。

 

「なぁカイ。良かったら、俺とも親友になってくれませんか?」

 

 にっこりと笑うレンに……カイは、その手を取りかけて俯く。

 

「お前と親友になれたら……すっげー嬉しいと思う。けどそしたらいつか……ラシードの事……忘れちまいそうで……」

「怖いか?……」

「うん……」

 

 小さく頷いたカイに、レンは少し考え込んだ後、笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫。絶対忘れねーよ。」

「そう……かな……」

「あぁ!だって俺も覚えてるから。」

「え?……」

 

 再び戸惑ったような表情を浮かべたカイへ、レンは得意げに語った。

 

「だって、ラシードの事、俺に話してくれたじゃん。だから俺も絶対に忘れない。カイに、ラシードっていう大切な親友が居たって事。」

「レン……」

「お前の中で生きてるラシードも含めて、俺、お前と親友になりたいんだ。駄目かな?」

「……」

 

 その笑顔が、不意にラシードの笑顔と重なった。

 

『俺、お前と親友になりたいんだ。駄目か?』

(あぁ……そっか……)

 

 その一言は……かつて、ラシードに言われた言葉と、同じであった。

 見つめていたレンの顔が、再び涙で滲んでいく……

 まるで、見えない手に導かれるように、カイは差し出されたレンの手を、そっと握り返していた。

 

『駄目な訳ねーじゃん!俺も、親友になるならお前が良い。』

「駄目な訳……ねーじゃん。俺も、親友になるなら……お前が良い。」

 

 嗚咽交じりのその一言もまた、かつて、ラシードに返したのと全く同じだった。

 また泣き出したカイのすぐ傍へ座り直したレンは、その過去も全て包み込むかのように、新たな親友を優しく抱きしめて困ったように笑った。

 

「カイって意外と泣き虫なんだな。弟と一緒だ。」

 

 小さな子供のように泣きじゃくるカイを抱きしめたまま、再びその背を優しくトントンと叩いてやれば、カイは泣きながらも何処かいじけたように、ぽつりと呟いた。

 

「……怪我。」

「ん?」

「怪我が……痛ぇだけッ……だから、すぐ泣き止むからッ……」

「……別に良いよ。しばらくこうしててやるから、今のうちに気が済むまで泣いとけ。」

 

 その言葉に対する返事は無かったが、カイの左手が、遠慮がちにレンの服の端をそっと握る……

 レンにはそれだけで十分過ぎる程、彼の気持ちが伝わって来ていた。

 “ありがとう”と……

 

   ~*~

 

「あ。スコットさん。」

 

 医務室の扉の脇に背を預けて立っているスコットを見つけ、クルトが小走りに駆け寄って来る。

 だが、スコットは穏やかに微笑むと、口元に人差し指を立てて見せ、小さな声で呟いた。

 

「カイ君に用事だろ?少し後にしてもらえないかな?」

「わかりました……あの、何かあったんですか?」

「んーん。レン君と少しお話し中なだけさ。そっとしておいてあげて。」

「はぁ……」

 

 クルトは思わず首を傾げたが、医務室の扉越しに微かに聞こえた泣き声に、彼はそっと俯く。

 そんなクルトを見つめて、スコットは優しく囁いた。

 

「大丈夫だよ。レン君がカイ君の話を聞いてあげてるだけだから。」

「そう……ですか……」

「うん。カイ君の事はレン君に任せよう。あの子は、人の痛みに寄り添える優しい子だからね。」

 

 そう言って、スコットは手にしていたマグカップに口を付ける。

 クルトは不思議そうに彼を見つめ訊ねた。

 

「ところで、何故わざわざ廊下でコーヒーを?」

「あぁ、カルテとか診断報告書とか、処置履歴とか……色々作ってる途中で飲みたくなったんだけど、お邪魔して良い雰囲気じゃなかったんで、こっそり隣の手術室から出て淹れて来たんだ。……ついでにカイ君が落ち着くまで、こうして人払いしてるとこ。」

「そうでしたか……」

「まぁ、ぶっちゃけそれは建前で、面倒臭い書類作成をサボってるだけなんだけどね。」

 

 悪びれる様子もなくニッコリ笑うスコットに、クルトは苦笑を浮かべる。

 もう一口、コーヒーを啜った後……スコットは不意に真面目な顔でクルトを見つめた。

 

「カイ君はさ……いい加減な子なんかじゃなかったよ。」

「え?……」

「あの子はただ、色んな物を抱え込み過ぎて限界だっただけだ。追いつめられた人間は視野が狭まる……誰かを頼るとか、前向きに考えるとかいう選択肢が見えなくなって、自分に怒りを向ける事で、心のバランスをかろうじて保っていたんだと思うよ。あの子にとって、あの街に赴くってのは……そのくらい辛い事だったんだと思う。」

「……」

 

 突然のその言葉に、クルトは思わず黙り込む。

 かつて目の前で親友を奪われた街……そんな場所にまた踏み入るのは、確かに辛かっただろう。

 その親友との思い出だって、街の至る所にあったに違いない。それすらカイを残酷に苛んでいただろう。

 何処へ行っても、殺された親友の影がチラつくあの街で、ロクに訓練も受けていない状態の少年が、たった1人で任務をこなす……

 いくらカイ以上の適任者がいなかったとはいえ、こうして改めて考えてみれば、彼にとってどれだけ酷な任務であった事か……と、思わざるを得ない。

 ガーディアンフォースの隊員であるとはいえ、まだ10代の未成年……そんな彼が必死に、残酷な思い出に圧し潰されそうなのを耐え、始めての単独任務を果たし……生きて戻って来た。

 その結果が、この扉越しに聞こえる泣き声なら……あの時の自分の言葉は、なんと配慮に欠けたものだっただろう……

 

「俺……カイに酷い事を言ったんです……いくら任務の効率の為とはいえ、自分から怪我をして……そんなのただの自己満足だと、何の償いにもなりはしないと……それだけじゃない。怒らせたのは俺の方だったのに、俺あいつに……そんなに死に急ぎたいなら、1人で勝手にくたばれって……言おうとしたんです。その事をもう一度、きちんと謝りたくて……」

「だから此処に来たんだね。偉いよ。クルト博士。」

 

 ポンポンと励ますように肩を叩かれ、クルトも思わず涙を浮かべる。

 そんな彼に、スコットは優しく言った。

 

「まぁ……流石にくたばれは言い過ぎだったと思うけど。博士の言った事は事実だし、正論だと思うよ。どんなに自分を蔑ろにしたところで、死んだ者への償いにはなりはしない。それは、生殺与奪に直接関わる仕事をしている僕達医務員も、身を以て痛感してる。」

「……」

「けどね、事実や正論っていうのは、真実から人の想いを削ぎ落した、ただの結果や理に過ぎないんだ。だから時として、人を傷付け、追いつめ、苦しめる事もたくさんある。時には叱る事も、諭す事も必要な事だし、ちゃんと叱ろうとした博士は正しいけれど……今回の事を教訓にして、次はもう少し、相手の気持ちに寄り添えるようになれると良いね。」

「……はい。」

 

 クルトが頷いて顔を上げた直後、医務室の扉が不意に開く。

 出て来たレンは驚いた様子でスコットとクルトを交互に見つめていた。

 

「あれ?スコットさんなんで此処に??奥で書類作ってたんじゃ……」

「あぁ、コーヒー欲しくなって、ちょっとテレポートしちゃった。」

「えぇ?!」

「冗談だよ。で?カイ君はもう大丈夫そう?」

「あ。はい。ベースに着くまで少し寝るって言ってました。」

「そっかそっか。」

 

 うんうん。と頷いたスコットは、クルトを振り返る。

 

「どうする?多分横になったばかりだろうから、まだ起きてるとは思うけど。」

「……いえ、また後にします。今は少しでも休ませてやりたいですし……泣き腫らした後の顔なんて、俺には見られたくないでしょうから。」

「……そうだね。後できちんと謝ってあげなよ。きっとカイ君も許してくれると思うから。」

「はい。」

 

 一礼して立ち去るクルトと、その後を追うようにして共に立ち去るレンを眺め、スコットは微笑む。

 そっと医務室内に戻り、半開きのカーテンからベッドを覗けば、向こうを向いて静かに横になっているカイの姿があった。

 

「なんだかんだ、疲れてたんだな……ま、任務の直後だし、仕方ないか。」

 

 独り言のように呟いて、カイにそっと布団をかけてやった後、スコットはふと思い立ったように、ふわふわと跳ね上がった銀髪を優しく撫でる。

 

「カイ君。君は本当に、仲間に恵まれてるよ。だから大丈夫。これからまたゆっくり、前に進んで行けば良い……」

 

 聞こえているのか、それとももう眠っていて、聞こえていないのか……どちらなのかはわからない。

 だが、別に聞いて欲しくて囁いた訳でもない。

 これは、スコット自身の祈りのようなものだった。

 そっと頭を撫でていた手を離し、半開きだったカーテンをきちんと閉めると、スコットは再び書類作成に戻る。

 その直後、カイは静かに目を開き、撫でられた頭に触れて呟いた。

 

「何が、盗み聞きしないだ……バッチリ聞いてんじゃねーか……」

 

 何処か呆れたような呟きとは裏腹に、その顔には、何処か安堵したような笑みが浮かんでいた。

 カイは頭に触れていた手を下ろし、スコットがかけてくれた布団を耳の辺りまで被り直すと、再び目を閉じる。

 やがて静かな寝息を立て始めたカイの頭を、不意に誰かが撫でた……

 彼はあの日からずっと、カイを見ていた。ゴーストの手下に追われていたカイの元に、ザクリスを導いたのも、先程レンと話していた時、差し出されたレンの手をそっと握らせたのも、彼だった。

 

『もう、立ち止まったりするなよ。カイ。お前にまた親友が出来て、良かった……』

 

 そっと微笑んだ彼は、人知れずに姿を消す。

 またあの街に戻ったのか、それとも、今度こそ眠りについたのかはわからないが、消える直前……インクのような黒髪に金色の瞳をした彼は、嬉しそうに笑っていた。

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