ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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幻影邂逅編
第25話-パンドラ-


 カイへのサプライズバースデーパーティは無事に成功した。

 たまにはこうしてのんびりするのも、存外悪くはないな。

 しかし、あのディスクから行き着いたゴーストと、その目的……随分ときな臭くなって来た。

 おまけに、瓦礫街に居たザック兄さん……まさかあの人が関わってるなんて事、無いよな?……

 [クルト=リッヒ=シュバルツ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第25話:パンドラ]

 

 共和国領南部、第三収容所……

 主に殺人以下の軽度~中度犯罪者が収容されているその収容所に、彼らは居た。

 

「兄貴ぃ……俺達どうなっちまうんでしょうね?……」

 

 すっかりしょげた様子で呟いたのはスティーヴだ。

 恰幅の良い体を縮こまらせ、牢の隅で膝を抱えている彼の言葉に、ベッドに腰かけたスヴェンは長々とした溜息を一つ吐いて、月の照らす鉄格子越しの夜空を見上げる。

 

「ヘマったのは俺達だ。流石の毒蛇も、愛想尽かしたんじゃねーか?」

「そんなぁ……」

 

 情けない声を上げるスティーヴに、牢の真ん中で胡坐を掻いているオスカーも元気の無い声で呟いた。

 

「ヘルキャットが暴走さえしなきゃ……逃げ切れたのになぁ……」

「暴走か……」

 

 独り言のように呟いたスヴェンは、ふとあの日の事を思い返す。

 駆け付けたガーディアンフォースの隊員は、ゾイドの暴走にあのディスクが関与していると言った。

 そして確かに、自分達が乗っていたヘルキャットには、最初からあのディスクが搭載されていたのだ……

 ディスクのせいでゾイドが暴走するという噂は耳にした事が無かったが、現にそのせいで、自分達はこうして収容所に収監されてしまっている。

 そういえば、アシュリーも同じディスクをステルスバイパーへ搭載していた筈だが、大丈夫なのだろうか?

 ……いや、そもそも彼が手配したヘルキャットに、最初からディスクが搭載されていたのだ。アシュリー自身はディスクがゾイドを暴走させる事を知っていたのかもしれない。

 だとしたら……

 

(捨て駒に……されたって事か?……)

 

 最初からあのディスクを搭載したゾイドを与え、自分達を捨て駒にしたのなら……ディスクが搭載されている事を黙っていた事も合点がいく。

 結局利用されていただけなのか……と、考えかけたその時だった。

 鉄格子の間から、何かが飛んで来て牢の床に転がった。

 

「なんだコレ……」

 

 オスカーが飛び込んで来た何かを拾い上げる。

 缶コーヒーくらいの大きさの金属カプセルだ……真ん中に継ぎ目がある為、恐らくここから開ける事が出来るのだろう。オスカーがカプセルを捻れば、簡単にカプセルが開いた。

 ……中には、紙切れがたった一枚。そこに書かれた文面に目を通したオスカーは、慌てた様子でスヴェンへと紙切れを差し出した。

 

「兄貴!コレ!」

 

 紙切れを受け取ったスヴェンは、怪訝そうな表情を浮かべながらも文面に目を通す。

 そこには簡潔に一行だけ、

 

[今から壁を吹き飛ばすから、離れてなさい。]

 

 と書かれている。

 スヴェンが目を丸くしたのと、窓の外で何かが発射された音が響いたのは同時だった。

 

「お前ら伏せろ!!」

 

 スヴェンがオスカーとスティーブの服を引っ掴み、ベッドの影へ押し込むようにして伏せる。

 その直後、牢の壁が轟音を立てて吹き飛んだ。

 砕けたコンクリートの煙が舞う牢の中で、スヴェンが壁のあった場所を恐る恐る振り返れば、そこには外への巨大な穴がぽっかり口を開けていた。

 

「ったく。無茶苦茶しやがる……」

「兄貴!看守が来るぜ!」

 

 スティーヴの言う通り、爆発音を聞きつけた看守達が慌ただしく此方へと駆けて来る足音が聞こえる。

 それと同時に警報が鳴り出し、サーチライトが辺りを照らし始めた。が、そのサーチライトの光をバックに、外から此方へ真っ直ぐ歩いて来る人影がある事にすぐ気付き、スヴェンは目を見開く。

 

「全く。ホンット手の掛かる子達ね。」

 

 そんな言葉と共につかつかと歩いて来たのは、間違いない。砂漠の毒蛇アシュリーだ。

 恐らく先程壁を吹き飛ばしたのだと思われるバズーカを左肩に担いだまま、右手に拳銃を携えたその姿は、中性的な容姿と酷くちぐはぐに見える。

 

「止まれ!お前達一体何を―」

「ごめんなさいね。この子達のお迎えに来たから、貴方達はもういいわ。」

 

 アシュリーは涼しい顔で、駆け付けた看守達を容赦なく撃ち殺すと、座り込んだままのスヴェン達を見下ろして呆れたように笑う。

 

「さぁ。帰るわよ。」

「帰るわよって……俺達、捨て駒にされたんじゃ?……」

 

 ぽつりと呟いたスヴェンに、アシュリーは酷く不機嫌な表情を浮かべる。

 

「何よそれ。いつ私が貴方達を捨て駒にしたのかしら?」

「いや、だって……」

 

 思わず口籠ったスヴェンの前に膝をつき、手にしていたバズーカと拳銃を一旦床に置くと、アシュリーはスヴェンだけではなく、オスカーとスティーヴまでまとめて抱き締め呟いた。

 

「馬鹿な子達ね。捨て駒なワケ無いじゃない。ちゃんとこうしてお迎えに来てあげたでしょう?来るのが遅くなっちゃってごめんなさいね。もう大丈夫よ。」

「お、おう……」

 

 ぽつりと呟いたスヴェンは、アシュリーに放してもらった後、オスカーとスティーヴと共に戸惑った様子で顔を見合わせる。

 そんなスカーズの3人にクスクスと笑うと、アシュリーは再びバズーカと拳銃を手にして立ち上がった。

 

「真っ直ぐ走ればサムのグスタフが待ってるわ。先に行きなさい。背中は守ってあげるから。」

「わ、わかった。行くぞお前ら!」

「合点!」

「招致!」

 

 走り出した3人の後ろ姿を微笑まし気に眺めた後、増援に駆け付けた看守達を撃ち殺した時だった。

 

「ボス!」

 

 不意にそう呼ばれ、アシュリーは再びスヴェン達の方を振り返る。

 立ち止まったスヴェンが、笑顔で此方を見つめていた。

 

「ありがとよ!」

 

 一言そう叫んで再び走り出したスヴェンをぽかんと眺めた後、アシュリーはふと微笑んだ。

 

「とうとうあの子達からも、ボス。なんて呼ばれるようになっちゃったわね。」

 

 呆れているような、それでいて何処か嬉しそうな呟きを漏らし、アシュリーも外へと走り出す。

 手にしていたバズーカで此方を照らしているサーチライトを吹き飛ばした後、残りの看守達を拳銃で一掃しながら、彼はすぐ近くに停めておいた愛機。漆黒のステルスバイパーに乗り込んだ。

 全速力でグスタフの元まで引き返しながら、彼は通信画面を開く。

 

「サム。無事に回収出来てる?」

「はい。3人とも回収済みです。」

「オッケー!じゃ、早いとこお(いとま)するわよ!」

「了解。」

 

 合流したグスタフと共に無事に収容所を後にしながら、アシュリーはホッとしたような長い溜息を一つ吐き、シートに身体を預ける。

 あまり大勢で来ては逆に目立つからと、他の手下達を説得し、サムと2人だけで救出に来たが……正直最初は、流石に無謀だろうか?と、自分でも思っていた。収容所からの仲間の救出はこれが初めてという訳ではないが、やはり気を張らずにはいられない。

 

「ふぅ……これでとりあえず、コッチは一段落ね……」

 

 先程までの緊張を解すかのようにコックピット内で伸びをした後、操縦桿を握り直しながら、アシュリーはぼんやりと月を見上げる。思い浮かぶのは勿論、想いを寄せる彼の姿だ。

 

「ザクリスは、ゴーストと接触出来たのかしら?……」

 

 この世で一番の無法地帯と言っても過言では無い瓦礫街……

 いくらザクリスとはいえ、あんな場所にディスクの事を探りに行けば、無事に帰って来れる保証は無い。

 

「……ううん。大丈夫よ。彼ならきっと……彼より強い人なんて見た事ないもの……」

 

 何処か自分に言い聞かせるようにして、アシュリーは空元気のような笑みを浮かべる。

 次はいつ会えるだろうか?と思いながら、彼はサムのグスタフと共にアジトへの帰路に就いた。

 

   ~*~

 

 その翌日。

 共和国南部の荒野の町。グランドコロニーに向かうゾイドが3機……

 青いセイバータイガーと赤いコマンドウルフ……その2機を先導するように走っているのは、物々しく武装したサンドグレーのコマンドウルフだ。

 ロングレンジライフルに2連衝撃砲と全方位ミサイル……一体何処の紛争地帯へ向かうのだろうか?と思わずにはいられないこのコマンドウルフこそ、流れの傭兵にしてアサヒの師匠、ハスハ=イスルギの愛機だった。

 

「もうすぐ着くぜ。」

「あいよ。」

「……」

 

 ハスハの言葉に、アサヒは至って普通に返事を返すが、ザクリスは黙り込んだままだ。

 その様子に、アサヒは苦笑を浮かべてザクリスに呼びかける。

 

「ザクリス?大丈夫か?」

「……おう。」

 

 むすっとしているような、何処か面倒臭そうな声で呟くザクリスに、ハスハが呆れた声を上げる。

 

「ったく。面倒臭ぇ奴だなぁ……もう気にしてねーっつってんだろ??」

「へーへー……」

 

 相変わらずぶっきらぼうなザクリスと、そんなザクリスに面倒臭そうな表情を浮かべるハスハ……

 2人の様子を眺めてアサヒは溜息を吐いた。

 

(まぁ、お互い第一印象最悪だったからなぁ……加えてザクリスは女性恐怖症だし……無理も無いか。)

 

 アサヒは4日前……ザクリスが瓦礫街から戻って来た日のやり取りをぼんやりと思い返す。

 案の定、怪我をして帰って来たザクリスに対し、説教を垂れようとした自分より先に、ハスハが声を上げた。

 

「うわぁ……大丈夫かよそれ。頭血まみれじゃねーか。」

 

 顔をしかめるハスハをぽかんと見つめた後、ザクリスの放った一言が、あまりにも無神経過ぎた。

 

「アサヒ。この坊主は?」

「あ゙?!」

 

 恐らくハスハの口調と、少年のようにも聞こえるハスキーな声、そしてその山も谷も無い体つきから判断したのだろうが……男と勘違いしたザクリスに、短気なハスハが切れない訳が無かった。

 

「てめぇ今なんつった?!あたしの何処が男だ?!何処で判断した?!胸か?!胸だろ?!言っとくけど一応あるんだからな!!ほら!!」

 

 直後、大声で捲し立てながらハスハがとった行動が、またなんとも頭を抱えずにはいられない……

 彼女はあろうことか、自分からザクリスの右手を掴み、自分の左胸を触らせたのである。服越しでは全く無いと言っても過言ではないような慎ましいお胸でも、流石に触ればそれなりの感触はするものだ。

 ザクリスはその瞬間、真っ青に青ざめ、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。

 

「あ?どうした??」

 

 一方、自分から胸を触らせたにも関わらずケロリとした様子のハスハが、そんなザクリスの顔を覗き込む。

 目の前に居るのが女性だと分かった以上、彼が女性恐怖症を我慢出来るはずも無かった。

 

「……わ、わかったよ。俺が悪かったから……頼む。こっち来んな。」

 

 顔を覗き込んで来たハスハから逃げるようにジリジリと後ずさりながら、ザクリスが絞り出すような声を上げれば、それがまた彼女の神経を逆撫でた。

 

「はぁ?!なんだそりゃ?!人を害虫みてーに!!」

「ハスハ!ハスハ落ち着け!!これには訳があるんだ訳が!!」

 

 どう止めに入ったものかとオロオロしていたアサヒは、やっとそこでハスハを捕まえ、宥めがてら事情を説明する事になったのだった。

 それ以来、ザクリスはハスハを避けており、先程のように通信画面越しですら、ろくに言葉も交わそうとしない状態が続いている。

 

(それにしても……なんで姫は大丈夫なのに、ハスハは駄目なんだろうなぁ……)

 

 アサヒはふと、疑問に思う。

 サンドコロニーに滞在していた時、ザクリスはシーナが目の前に居ても、特に怖がる素振りは無かった。

 それどころか、スカーズとの戦闘後に走って来たシーナの背を、自分から撫でてやっていたのだ。

 子供は平気だが、大人の女性が駄目……という事だろうか?

 とはいえ、ハスハも日系人である為、見た目はかなり若く見える方だと思うのだが……

 

(ま、グランドコロニーでディスクを調べさせて貰う間だけ、我慢してもらうしかないか……)

 

 やれやれといった様子で軽く首を左右に振り、アサヒはキャノピーグラス越しの景色へ視線を戻す。

 目指していたグランドコロニーは、もう目前に迫っていた。

 

   ~*~

 

 グランドコロニー……荒野のど真ん中に存在するこのコロニーは、主に傭兵や運び屋を始めとした流れのゾイド乗り達が、荒野越えの中継地点として立ち寄れる数少ない場所だ。

 その為、コロニーの主な財源も農産物や鉱物資源等ではなく、宿や食堂。食料や旅に必要な雑貨類を取り扱っている店。傭兵や運び屋向けの仕事の斡旋所や、賞金首などの情報が充実した酒場。そして、ゾイドの整備所やカスタムショップ。パーツショップなどの収益である。

 まぁ逆を言えば、荒野のど真ん中のコロニー故に、それ以外の目ぼしい産業が無いという事である為、コロニーの人々は立ち寄ってくれるゾイド乗り達に感謝しているし、ゾイド乗り達も、荒野越えの中継地点という貴重なこのコロニーを愛していた。

 

「店長~!おーい!てーんちょー!!頼まれたブツ持って来たぜ~!」

 

 ハスハがやって来たのはコロニーの端に店を構える「FES」という名のカスタムショップだった。

 ショールームではなく、整備ピットの方へと真っ直ぐ歩いて行きながら呼びかけるハスハに、アサヒとザクリスは顔を見合わせる。

 

「怒られんじゃねーのか?あんなズカズカと整備ピット歩き回って……」

 

 どうなっても知らねーぞ……と言わんばかりの呆れた声を上げるザクリスに、アサヒは苦笑する。

 

「まぁ、そのくらい顔馴染って事なんでないかい?」

 

 苦笑を浮かべるアサヒの視線の先でハスハが振り返った。

 

「何ボケッと突っ立ってんだ。お前らも来いよ。」

 

 その言葉に、アサヒとザクリスは顔を見合わせた後、彼女の後に続いて整備ピットに足を踏み入れた。

 ピットの中には、様々な工具とカスタム途中の物と思われるガンスナイパーが一機。周囲には工具やパーツが申し訳程度に収納された状態で至る所に置かれている。

 ピットの奥には半分開いたシャッターがあり、その奥にはピットの裏手に駐機されているのだと思われるサンドイエローのモルガの姿が確認出来た。

 滅多にカスタムショップを訪れない事に加えて、ゾイドの整備、カスタム全般に疎いアサヒは、物珍しそうにピット内をキョロキョロと見渡し、ザクリスはそんなアサヒを呆れたように眺める。

 

「そんなに珍しいもんでもねーだろうに……こういうとこはガキだよなぁ……」

 

 ぽつりと声に出してぼやくザクリスへ、ハスハがピットの脇にある簡素なドアを開けながら声を掛けた。

 

「おい!こっちだこっち!」

 

 ザクリスは溜息を吐くと、ピットの隅に置かれた中古のレーザー機銃をしげしげと眺めているアサヒへと歩み寄り、無言で軽く後ろ頭をポンッと叩く。

 振り返ったアサヒに、視線と首の動きだけでくいっと行先を伝えれば、アサヒにはそれだけで十分伝わったらしい。彼等は揃って、ハスハが入っていったドアへと向かった。

 ドアをくぐった先は、随分と散らかった部屋だった。

 事務所と居住スペースをごちゃまぜにしたような室内の中央には、酒類の空き缶と空になった出来合い食品のトレーなどがごちゃごちゃに積まれたテーブル。部屋の隅のパソコンの周りには、パーツの注文書や図面、領収書や請求書の束、そして吸い殻でいっぱいになった灰皿が置かれている。

 室内で綺麗な場所は部屋の隅に置かれたエレキギターと周辺機器の一角だけだ。

 ハスハはそんな室内のテーブルの前に置かれたソファーから、タオルケットを乱暴に引っぺがす。

 そこには、男性が1人。横になって寝ていた。

 

「おい店長!朝だぞ朝!!つか、あと2時間で昼!」

 

 ハスハの怒鳴るような声に、寝ていた男性は眉間に皺を寄せながら面倒臭そうに起き上がる。

 緩いウエーブの掛かった少し長めの髪に、無精髭。歳の程は30代後半といった所だろうか?男性は頭を掻きながら大きな欠伸を一つ吐くと、まだ若干寝ぼけたような眼差しでハスハを見上げ呟いた。

 

「なんだ。ハスぴっぴか。おはよ。」

「そのダセぇあだ名やめろっつってんだろ。おら。頼まれてたブツ。」

 

 呆れた様子で、ハスハは抱えていたディスクユニットを男性に押し付けるように手渡す。

 男性は手渡されたディスクユニットを見た瞬間、先程まで寝ぼけていたのが嘘のように真剣な表情を浮かべ、パソコンの方へと移動する……が、その時にテーブルに膝をぶつけ、上にごちゃごちゃと載っていた空き缶類がガラガラと床に散乱した途端、酷くうんざりした表情で床の惨状を見下ろした。

 

「あ~やべ……先にこっち片付けねーと……」

「こっちはあたしが片付けてやるから、さっさとディスク調べてやれって。そのディスクの事知りたがってる物好きが2匹も付いて来ちまってんだから。」

 

 何処から引っ張り出したのか、ゴミ袋を広げながらハスハが散乱した空き缶類を拾い始める。

 そんなハスハを眺めながら男性は首を傾げた。

 

「あれ?他に客来てんの?」

「あの~……さっきからずっと此処におるんですが……」

 

 遠慮がちにアサヒが声を上げれば、男性はギョッとした様子で、部屋の入り口に突っ立っているアサヒとザクリスを振り返った。

 

「うぉ?!びっくりした!!」

「いや、気付けよ……」

 

 呆れた様子でザクリスが呟くも、男性は気にしていない様子でアサヒとザクリスに歩み寄り、笑みを浮かべる。

 

「フェリックス=ジーゲルだ。このカスタムショップ、FESの店長をやってる。お前らの名前は?」

「アサヒ=タチバナです。」

「ザクリスだ。」

 

 自己紹介もそこそこに、フェリックスは2人を手招くと、パソコンの前に座る。

 しかし、ユニットにディスクの取り出し口が無い事に気付いたフェリックスは面倒臭そうに呟いた。

 

「なんだよ。取り出し口くらい付けとけっての。バラさねーと中身出せねーじゃん。ちょっと待ってろよ。ユニットバラして来るわ……」

 

 のそのそと部屋を出て行ったフェリックスの背中を見送って、ザクリスは呆れたような溜息を一つ吐く。

 

「なんか……ぼーっとしたおっさんだな……」

「普段はな。けど腕は確かだ。おまけにああ見えて、なかなかキレ者なんだぜ?」

 

 他にゴミは転がっていないかと室内を見渡しながら、ハスハが答える。

 そんなハスハに、ザクリスは疑いを隠そうともせずに訊ねた。

 

「ホントかよ……」

 

 しかし、その言葉に答えたのはハスハでもフェリックスでもなかった。

 

「ホントだよ。ま、ディスクを調べ始めればわかるさ。」

 

 部屋の入り口から聞こえた声に振り返れば、深い青色の髪をした青年が一人、紙袋を抱えて立っていた。

 

「なんだ。やっぱあのガンスナお前のだったんだな。相棒ほったらかして何処行ってたんだよ。シズ。」

 

 ハスハが声を掛ければ、シズと呼ばれた青年は肩を竦めて見せながら、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「店長の分の朝飯調達。ハスハこそ、また世話焼いてんの?自分でやらせれば良いのに。」

「仕方ねーだろ?!あたしが片付けてやった方が早ぇんだから。」

「甲斐甲斐しいねぇ。まるで押しかけ女房だ。」

「……おめぇよぉ……喧嘩なら買うぞ。」

「冗談。君とまともにやり合ったら俺が負けるよ。素手の勝負は苦手なんだ。」

 

 シズはそう言って抱えていた紙袋をテーブルの上に置き、ザクリスとアサヒを振り返る。

 

「駐機場に居た青いセイバータイガーと赤いコマンドウルフ。君達のだろ?凄腕賞金稼ぎのザクリス=ナルヴァと、傭兵のアサヒ=タチバナ。本物に会えるなんて光栄だなぁ。」

「え?俺ら、そんなに有名人なのかい??」

 

 きょとんとした表情で訊ねるアサヒにクスクスと笑い、シズは頷く。

 

「うん。君達、裏社会ではそこそこ名が知れてるんだよ?自覚無いの?」

「……お前、一体何者だ?……」

 

 微かに警戒した眼差しでシズを見つめるザクリスの肩を、戻って来たフェリックスが不意にポンッと叩いた。

 音もなく戻って来たフェリックスに、思わずギョッと振り返ったザクリスだったが、当のフェリックス自身は何でもなさそうに、ユニットから取り出して来たディスクを片手に持ったまま、パソコンを立ち上げ始める。

 

「そう警戒すんな。そいつは狙撃専門の傭兵兼、情報屋なんだ。傭兵界隈の事なら一通り知ってる。」

「そういう事。あ。俺はシズヤ=キリタニ。シズって呼んで。」

 

 至ってフレンドリーにニコッと笑って見せるシズに、アサヒは首を傾げる。

 

「シズも日系人……かい?」

「一応ね。でも目の色が青いから、それに合わせて髪染めてるんだ。アサヒこそいくつ?16くらい?」

「俺ぁ一応23だよ。まだ誕生日来とらんが。」

「そうなの?じゃぁ俺と同い年だ。」

「そりゃまた奇遇だなぁ。歳の近い日系人がこんなに揃うなんて。」

 

 和んだ様子でケラケラと笑うアサヒを微笑ましさ半分、呆れ半分といった様子で眺めた後、ザクリスはフェリックスの隣でパソコンのモニターを覗き込む。

 立ち上がったばかりのパソコンにディスクを読み込ませながら、フェリックスは呟いた。

 

「それにしても、このディスクの事知りたがってるって事は、お前もこのディスクで痛い目見たクチか?」

「別に俺達が使ってた訳じゃねーが、ちょいとディスクの中身が引っ掛かっててな……」

「中身ねぇ……お前、ディスクの中身に心当たりでもあんのか?」

 

 その言葉に、ザクリスは思わずフェリックスを横目に見やる。

 フェリックスも横目にザクリスを眺めていたが、すぐにモニターに視線を戻しながら、彼は言葉を続ける。

 

「実は俺も、このディスクの中身に心当たりがあってな……ま、俺の予想が正しければ、俺じゃどうにもならんプログラムだが……」

「……あんたも、只者じゃなさそうだな?」

「どうかなぁ……一応、ただのしがないカスタム屋のおっさんのつもりなんだけど。」

 

 そう言いながら煙草に火を点けた辺りで、パソコンの前に置いている灰皿がいっぱいになっている事に気付いたのか、フェリックスは灰皿をハスハに差し出す。

 

「ごめーんハスぴっぴ。コレもよろしく。」

「だからぴっぴって呼ぶなっつの!」

 

 ひったくるように灰皿を受け取り、中身をゴミ袋へザラザラと捨てるハスハを眺めた後、シズが苦笑する。

 

「店長。いい加減お嫁さん貰ったら?」

「俺の嫁ならそこでぐっすりおねんねしてるよ。最近構ってやれてないからすっかり(へそ)曲げちまってるけどな。」

 

 フェリックスはそう言って、部屋の隅に置かれたエレキギターを親指でくいっと指し示す。

 その場の全員の呆れた視線を受け止めながら、フェリックスはなんでもなさそうに肩を竦めて見せた後、ハスハから空になった灰皿を受け取り、パソコンに向き直った。

 

「じゃ、ディスクの中身開くぞ。」

 

 だが、ディスクを開こうとしたフェリックスの手を掴み、ザクリスが呟いた。

 

「調べるなら、その前にパソコンのLANケーブル外しとけ。最悪此処にやべー連中が押し寄せる破目になるぞ。」

 

 その言葉に、フェリックスは何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべてザクリスを見つめる。

 

「ほらやっぱり。お前もこのディスクの中身が“開けちゃいけない箱”だってわかってんだろ?」

「……んだよ。鎌掛けやがったってのか……嫌なおっさんだな……」

 

 何処かうんざりと呟きながら、ザクリスは掴んでいた手をそっと放す。

 そんなザクリスに愉快そうな笑い声を漏らしながら、フェリックスは得意げに呟いた。

 

「こんな鎌掛けに引っ掛かるようじゃまだまだだぞ。坊主。」

「ケッ……」

 

 パソコンからLANケーブルを外し、椅子に座り直すと、フェリックスは真剣な面持ちで再びマウスを握る。

 

「じゃ。今度こそ開くからな。」

「おう。」

 

   ~*~

 

 ディスクの中のプログラムを開いたフェリックスの手際は見事と言う他無かった。

 何重にも掛けられたプロテクトを次々と解除し、ものの3分も掛からぬうちにプログラムを丸裸にしてしまうとは……ただのカスタム屋の店長ではない。高度なプログラム知識を持っていると見て間違いない。

 そんな男が何故、こんな辺境のコロニーでカスタムショップなどを経営しているのだろう?と考えるザクリスの前で、開いたディスクの中身……そう。パンドラを眺めてフェリックスは呟いた。

 

「やっぱりそうだ……」

「やっぱりって、何が?」

 

 ザクリスの隣から身を乗り出してモニターを覗き込みながら、シズが訊ねる。

 フェリックスはすっかりお手上げだといった様子で、どっさりと椅子の背凭れに体を預けながら、頭の後ろで手を組んで口を開いた。

 

「コイツはパンドラだ。」

「パンドラ?」

「かつて帝国で、ゾイドの研究開発の権威と呼ばれた天才。エリアス=ナルヴァ博士が作った、戦闘データの収集プログラムだよ。まぁ、問題があって結局実用化されないまま、処分されたって話だったんだけどな……」

 

 その言葉に、アサヒ、ハスハ、シズの視線がザクリスに向けられる。

 

「ちょっと待てよ。ナルヴァって……確かこいつのファミリーネームもナルヴァじゃなかったか?」

 

 ハスハの言葉に、ザクリスは頭を抱え、重苦しい溜息を一つ吐く。

 彼は暫く黙り込んでいたが、やがて観念したようにポツリと呟いた。

 

「……親子だよ。ナルヴァ博士は俺の親父。」

 

 その言葉に目を見開いたのは2人。アサヒと……フェリックスだ。

 

「……どおりで、似てると思った……」

「え?」

 

 不意に小声で呟かれた一言に、戸惑ったような声を上げたザクリスの前で、フェリックスは席を立ち、椅子をザクリスへと差し出す……その眼差しは、真剣だった。

 

「気になってたんだろ?後は任せる。」

「……おう。」

 

 椅子に座ったザクリスは、パソコンに向かう。

 こうしてパソコンに向かうのは実に6年ぶりだが……毎日のようにこうしてモニターを眺めていた感覚も、複雑なパンドラの構造も、つい昨日の事のようにハッキリと、身体が覚えていた。

 ザクリスはキーボードに手を伸ばし、因縁のプログラム……パンドラの解体作業を始めた。

 ディスクの中身がパンドラであるという確証を瓦礫街で得た以上、彼が知りたいのはただ一つ。

 父親と自分しか扱えない筈のパンドラに、一体どのような改造が施されているのか?だ。

 素人目にも複雑怪奇に見えるプログラムを、一切の迷い無く解体していくザクリス……その姿をハスハやシズは勿論の事、アサヒも唖然とした様子で見つめる。

 

(かなり頭の良い奴だとは思っとったが……)

 

 アサヒがふと、悲し気な表情を浮かべる。

 真剣な表情でパンドラを解体するザクリスの目に宿った、微かな憎しみ……なのに、キーボードを叩く手からは怒りも憎しみも感じられない。とてつもない速さではあるが、キーボードに八つ当たるような打ち方ではなく、まるで細心の注意を払っているかのように、とにかく静かなのだ。

 記憶を失ったあの日からずっとザクリスと共に過ごして来たからこそ、その姿が語る彼の心境が、アサヒにはひしひしと伝わっていた。

 あの目に宿った憎しみは……父親でもパンドラでもなく、他ならぬ自分自身へ向けたものなのだと。

 

(なんで、お前までそんな目をしてるんだ?なぁ、ザクリス……)

 

 声に出す事を(はばか)られるような一言が、アサヒの胸の内でそっと溶けて消える。

 殺された親友……牙狼(ガロウ)の本来の主の記憶だけが思い出せず、自分を責めるばかりの自分と、全く同じだ。

 ザクリスは、滅多に自分の事を話さない。

 今までは別にそれでも良いと思えた。荒野に身を置き生きる者というのは、皆一様に何かしら抱えている。それはアサヒ自身もよくわかっている。だから、話したくないのなら無理に聞こうとも思わなかった。

 だが、目の前でパンドラを解体するザクリスは……酷く孤独で、誰にも頼らず、誰も寄せ付けず、ただ自分へ憎しみを向け、1人で戦っているかのように見える。そんな彼の姿に、戸惑わずにはいられない。

 彼は一体何を抱えているというのだろう?何故こんなに自分を憎み、責め、追いつめるような顔をしているのだろう?そう考える自分が抱いたこの感情は、心配だろうか?それとも自分とザクリスを一方的に重ね合わせてしまったが故の同情だろうか?……そんな事を考える自分に耐えかねて、アサヒはふと視線を落とす。

 結局自分は、何も知らないのだ……6年も一緒に居た。だが、たった6年だ。その程度では、大切な相棒の事すら、何もわからない。何も知らない。自分は今まで彼の何を見て来たのだろう?……

 

「なんだこれ……」

 

 不意に呟かれたザクリスの声で、その場の全員が彼とパソコンのモニターへ視線を向ける。

 解体途中のパンドラのプログラムの中に、入力した覚えの無いコードを発見したのだ。

 だが……

 

「……おっさん。あんた、プログラムの事詳しいんだろ?このコードの事、何か知らねーか?」

「どれだ?」

「此処から始まってるANC-SCって奴……」

「ANC-SC?……」

 

 微かに眉を(ひそ)め、フェリックスがモニターを覗き込む。

 彼は暫く無言でそのコードを眺めていたが、やがて微かな溜息を吐き、首を横に振った。

 

「悪いが俺も専門外だ……」

「そうか……」

「けどまぁ、話なら昔帝国で働いてた頃にチラッと聞いた事がある。」

 

 その一言に、全員の視線がフェリックスへと向けられる。

 フェリックスは面倒臭そうな溜息を一つ吐くと、誤魔化すように頭を掻きながら呟いた。

 

「なっがい話になっちまうからなぁ……とりあえずコーヒーでも淹れてくるわ。ザクリスっつったよな?一旦そのANC-SCで始まってるコード、印刷しといてくれ。一箇所だけでいい。」

「……わかった。」

 

 ふと、フェリックスはシズの方を向き、申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる。

 

「ごめんシズやん。お前の相棒仕上げるの今日中は無理かも。」

「あぁ、俺は別に良いよ。急ぎじゃないし。」

 

 穏やかに笑うシズに「遅れる分、割引にしとくから。」と言い残し、フェリックスは部屋を出て行く。

 その直後、最初に口を開いたのはシズだった。

 

「ナルヴァ親子と、悪用されたパンドラ、そして謎のコード……か。随分ときな臭くなって来たね。」

「……」

 

 眼光だけで人を射殺せそうな表情で振り返るザクリスに、シズは肩を竦めて見せる。

 

「そんな怖い顔しないでよ。情報屋なんかやってると、どうにも色々と勘繰っちゃうようになってさ。気に障ったなら謝るよ。ごめんね?」

「別に謝れなんて言うつもりはねーよ。ただ、親父やパンドラの事はあんまり深入りしねー方が身の為だぞ。命が惜しくねーなら別だがな。」

 

 酷く冷たい声にも、シズは愉快そうにクスクスと笑う。

 

「命を惜しいと思ってる奴が、傭兵兼情報屋なんてやってると思うかい?」

「ケッ……死んでも治らねーの典型だな。」

「それはどうも。誉め言葉として受け取っておくよ。」

 

 シズは穏やかにそう呟くと、先程から黙り込んだままのハスハとアサヒを見つめる。

 

「さっきからハスハもアサヒも黙ったままだけど、大丈夫?」

「あたしはパンドラだの博士だの言われても、正直訳分かんねーよ。どう口挟めってんだ。」

「まぁ、それもそっか。ハスハは脊髄反射で生きてるタイプだし。」

「あ゙?!」

「ごめんごめん。冗談だよ。」

 

 悪びれる様子もなく笑って、シズはアサヒの顔をそっと覗き込んだ。

 

「アサヒ、元気無いけど大丈夫?」

「あ、あぁ。正直俺も、プログラムだのなんだのにはとんと疎いもんでな……ははは。」

 

 顔を上げ、誤魔化すように笑うアサヒに、ザクリスがそっと口を開いた。

 

「……黙ってて悪かったな。親父の事とか……」

「いや、気にしなさんな。俺ぁお前さんと旅をしとるんだ。親なんて、俺にゃ関係無いよ。」

 

 関係無いなんて嘘だ。本当はザクリスの事が知りたい癖に……

 そう思いながらも、アサヒは命の恩人であり、相棒でもある彼へ笑みを浮かべる。その笑みに、力無く笑みを返すザクリスへ歩み寄り、彼は元気付けるようにその肩をポンと叩いた。

 関係無いというのは嘘だが、今まで自分が見て来たザクリスの事まで、嘘だとは思いたくない。それは、正真正銘の本心だった。

 

「お前が相棒で良かったよ……ありがとな。」

 

 ザクリスの言葉に、アサヒは、教えて欲しい。話して欲しいと叫ぶ自分の心を押し殺し、微笑んだ。

 いつか自分から話してくれる事を、願わずにはいられないが……今はただ、黙って寄り添おう。と思いながら。

 

   ~*~

 

「ANC-SCってのは、Ancient-SystemCode(エンシェント-システムコード)の略称だ。その名の通り、遺跡から発掘された古代ゾイド人の技術を応用したシステムコード。って事らしい。」

 

 人数分のコーヒーを淹れて戻って来たフェリックスは、ソファーに座ってそっと語り出した。

 

「俺が帝国で働いてた頃は、まだ実用化の目途が立っていない、夢物語みてーな話だったんだが……パンドラに組み込まれてる事から察するに、恐らく実用化に成功したんだろうな。」

「古代の技術……」

 

 何か思い当たる節があるかのように考え込んだ後、ザクリスはそっと訊ねる。

 

「おっさん。あんた、帝国で働いてたって言ったよな?一体何処で?」

 

 その言葉に、フェリックスは暫く黙り込んでいたが、やがてザクリスの真っ青な瞳を真っ直ぐ見つめ、呟いた。

 

「お前の親父さん……ナルヴァ博士と同じ場所。」

「じゃぁ……」

「あぁ。リューゲンゾイド研究開発機構……そこでナルヴァ博士が仕切る開発チームに所属してたんだ。」

 

 その言葉に目を見開くザクリスの前で、アサヒとハスハが不思議そうに顔を見合わせる。

 

「リューゲンゾイド研究開発機構って、帝国のゾイド開発のトップ企業だろ?なんでそんなエリートが、こんな辺境で細々とカスタムショップなんかやってんだよ。」

 

 不思議そうに訊ねるハスハに、フェリックスはチラッとザクリスを見る。

 

「話しても、大丈夫か?」

「どうせ知ってる奴は知ってんだ。好きにしろよ。」

 

 パソコンデスクの椅子に腰かけたまま、ザクリスはゆっくりとコーヒーを啜る。

 フェリックスはあまり気の進まない様子で溜息を一つ吐くと、重い口を開いた。

 

「全ては10年前の話さ。ナルヴァ博士がパンドラの開発中止を上申したんだが、上はパンドラの開発続行を命じ、博士と機構の上層部の間でどんどん亀裂が深まっていってた。それで翌年、博士がとうとう独断でパンドラとそれに関する研究資料の全てを破棄しちまったんだ。」

 

 フェリックスは手にしたカップの中で揺らめくコーヒーの液面をぼんやりと眺める。

 その言葉の続きを引き継いだのは、他ならぬザクリスだった。

 

「で、親父はその後、自棄酒した挙句、飲酒運転で事故って死んじまった。って事になってる。」

「事になってる?なんだそりゃ。」

 

 怪訝そうなハスハの言葉に、フェリックスは消え入るように呟いた。

 

「殺されたんだよ。恐らく機構の上層部にな……」

「えぇ?!」

 

 驚きの声を上げるハスハに、少々呆れたような視線を向けた後、シズが口を挟んだ。

 

「ナルヴァ博士の死亡状況は間違いなく事故以外の何物でもなかったけど、元々彼の突然の死に疑問を抱く人は多かったってのは有名な話だよ。知らないの?」

「知る訳ねーじゃん。あたし共和国出身だし。」

「俺も一応共和国出身なんだけど?」

「うぐ……」

 

 黙り込んだハスハの前で、シズはフェリックスに訊ねた。

 

「けど、機構の上層部に殺されたって分かってるなら、なんで店長はそれを警察に話さなかったの?」

 

 シズの問い掛けに、フェリックスはコーヒーをゆっくり一口啜った後、重々しく呟いた。

 

「勿論話そうとしたさ。ナルヴァ博士のアカデミー時代からの親友で、俺が一番世話になった先輩がな。けど、その先輩まで、轢き逃げ事故にあって死んじまったんだ。勿論、犯人は未だ捕まってない。」

「つまり、始末された……という訳か……」

 

 ぽつりと呟かれたアサヒの言葉に、その場の全員が黙り込む。

 重苦しい沈黙を破って再び口を開いたのは、フェリックスだった。

 

「恐らくナルヴァ博士は、そうなる事が分かってたんだろうな。パンドラを処分した直後、俺の親父が入院しちまって、このショップを継ぐ事になった時に言われたよ。この機構にこれ以上居たら、君もどうなるかわからない。だから今のうちに辞めた方が良い。ってな。」

「なるほどな。だから此処でショップやってるって訳か。」

 

 ハスハは肩を竦めた直後、不意にザクリスへと問いかけた。

 

「ちなみにだけどさ、お前もそれ知ってたのかよ。親父さんの事……」

「俺は親父と死ぬほど仲悪かったからなぁ……加えて母さんは、ガキの頃に離婚して所在不明だし。葬式だの遺品整理だの、全部俺1人でやる破目になって、そんなの気にする余裕なんかある訳ねーだろ?……正直、事故死だろうが他殺だろうが、親父が死んだ事は変わんねーんだ。どうでも良い。」

「ふーん……」

 

 投げ遣りなその言葉に、何処か釈然としない様子のハスハであったが、それ以上は訊ねようとせず、彼女はフェリックスに向き直る。

 

「で?さっき印刷しとけっつった奴は?」

「あぁ。これな。まぁ正直これに関しちゃ、シズの方が詳しい気もするが……」

 

 プリントアウトされたパンドラ内のANC-SCコードを眺めた後、フェリックスはシズへと視線を送る。

 その視線に頷いて、シズが説明を引き継いだ。

 

「最近、ゾイドの暴走事件なんてのが巷で流行ってるらしくてね。なんでも、暴走したゾイドには必ずこのディスクが搭載されてたって話だ。それを店長に話したら、ディスクを調べたいって言い出したって訳。」

「それであたしにディスクの入手を依頼したって訳か……シズに頼めよ……」

「馬鹿お前。シズに瓦礫街歩かせたら殺されるに決まってんだろ。こういう荒事はお前の方が適任じゃねーか。」

 

 フェリックスの言葉に、ハスハが不貞腐れた表情を浮かべる。

 しかしフェリックスはそんなハスハの様子を気にも留めず、再びプリントアウトされたコードに視線を向けながら、言葉を続けた。

 

「で、問題のこのコードだが……正直俺は古代化学は専門外で、詳しい事はよく知らない。けどまぁ……本来パンドラにゾイドを暴走させる作用が無い事を考えると、恐らくこのコードが暴走の原因だ。実際、古代ゾイド人がデスザウラーまで作り出したほどの古代大戦時は、倫理なんて無かったんだろうな。ゾイドを強制的に戦わせたり、暴走状態で特攻させたりした記録も発掘されてたらしい。まぁ要するに、その技術を解読してパンドラに組み込んでんじゃねーか?ってのが、俺の見解だ。」

 

 ザクリスは、フェリックスのその言葉に思わず考え込む。

 古代技術の解析と入力……リューゲン公爵の元には古代ゾイド人であるクラウが居る。

 それに、サンドコロニーでシーナが見たというデータを集めていた青年……それがもし、シーナの双子の兄だというアレックスなのだとしたら?……

 

(パンドラだけじゃなく、古代の技術まで使って……あいつらは一体何を……)

 

 どれだけ考えた所で、答えなど出る筈もないが……

 機構が裏で何かを企んでいる事を知っている手前、考えずにはいられなかった。

 そして、仮に答えが出た所で、親友を人質に取られている自分には、何も出来ないのだという事も……

 

   ~*~

 

 その頃、哨戒中に暴走ゾイドを発見した帝国軍第4装甲師団は、試験配備されたガンギャラドを用い、これを鎮圧していた……いや、正しくは“殲滅”と言った方が良いだろうか。

 荷電粒子砲によって、暴走していたゾイドはおろか、中に乗っていたであろうパイロットまで無に還る様は、一方的な虐殺に他ならなかった。

 焼け爛れた荒野の真ん中に立ち尽くすガンギャラドのコックピットで、アナスタシアに通信が入る。

 

「リューゲン大佐。一時帰還の命令が本部より通達されています。」

「わかった。これより帰投する。」

 

 画面に映るハウザーへ短い返事を返し、アナスタシアはガンギャラドで空へと飛び立つ。

 上空待機していたホエールキングの口腔ハッチから格納庫へと戻った彼女は、ガンギャラドから降り、出迎えたハウザーへと訊ねた。

 

「データの集積状況は?」

「問題ありません。」

 

 機内の廊下を歩きながら、ハウザーもアナスタシアへと訊ねる。

 

「ガンギャラドのコンディションはいかがですか?」

「あぁ。あちらも問題はない。GRが完成するまでは十分事足りる。」

「……その件なのですが、ベース機体であるYGの起動調整に遅れが生じております。」

「遅れ?……」

 

 思わず立ち止まり、怪訝そうにアナスタシアはハウザーを見上げる。

 ハウザーは少々困った様子で言葉を続けた。

 

「瓦礫街から帰還した後、クラウが部屋に閉じこもっているようでして……彼女抜きでYGの起動調整を断行するのは、リスクが高すぎると開発2課が……」

「……そうか。」

 

 アナスタシアは僅かに思案した後、ハウザーへ告げた。

 

「わかった。クラウの事は私が何とかしよう。YGの起動調整準備の状況は?」

「クラウさえいれば、いつでも始められる状態です。」

「ならば問題無い。2課には準備状態で待機と伝えろ。」

「はっ!」

 

 一礼してブリッジではなく専用の電信室へと歩き去るハウザーを見送った後、アナスタシアはブリッジへと足を踏み入れながら乗組員達に告げた。

 

「只今を以て、第四装甲師団は哨戒任務を一時中断!帝都ガイガロスへと帰還する!帰還航路は016を使用!機首回頭!航行準備急げ!」

「了解。帰還航路016、ブッキング無し。進路グリーン。」

「只今より本艦は高速航行に入る。各作業員は巡航速度到達まで作業を一時中断。」

「機首回頭120度。回頭完了まであと25秒―」

 

 乗組員達の声を聞きながら、アナスタシアはふとクラウの事を考えた。

 瓦礫街で一体何があったのか、素直に話してくれれば良いのだが……

 

(……あの子の身を案じる資格など、私に有りはしない。か……)

 

 胸の内で呟かれたアナスタシアのその言葉に気付く者など、当然、居はしなかった。

 呟いた彼女自身を除いて……


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