ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第27話-父と子-

 YG……ヤークトジェノザウラーの起動が遂に完了した。

 これで此方の主力機は一通り揃った。一番の障害であるガーディアンフォースとの邂逅も近いだろう。

 しかし、彼らとの邂逅をわざわざ“この日”にせずとも……

 ……いや、この日だからこそ……か。そうなのでしょう?父上……

 [アナスタシア=フォン=リューゲン]

 

 [ZOIDS-Unite- 第27話:父と子]

 

 夜が明け始めたばかりの荒野を、2機のゾイド……青いセイバータイガーと、赤いコマンドウルフが駆ける。

 結局、ザクリスはアサヒを置いて来る事が出来なかった。

 まだ不安は拭い切れてなどいないが、それでも「いざという時には連絡を寄越せ。」と言ってくれたハスハの存在に支えられ、彼はアサヒと共にカスタムショップFESを後にしたのだ。

 

「にしても、良かったのか?せめてハスハにくれぇ一言言って出てくりゃ良かったのによ。」

 

 ザクリスの言葉に、アサヒは何処か楽しそうにくすくすと笑う。

 

「いや、こんな朝早くに起こしちまうのも悪かろうよ。どうせちょっとやそっとじゃ起きんからな。ハスハにはちゃーんと枕元に置手紙して来たから、気にしなさんな。」

「次会った時に薄情者だのなんだの言われても、知らねーぞ。」

 

 呆れた声を上げるザクリスだったが、次の瞬間には、彼の口元にも僅かに笑みが浮かんでいた。

 まぁ、サバサバしたハスハの事だ。わざわざ起こして挨拶をしたところで

 

「あーはいはい。とっとと行けよ。あたしは寝る。」

 

 ……と、言われるのが関の山であっただろう事は想像に難くない。

 二度寝までたっぷり堪能し、スッキリと目が覚めた頃にはアサヒからの置手紙に気が付くだろう。

 まぁ、その置手紙の内容まではザクリスの(あずか)り知らぬ所である為、ハスハがどんな反応を示すかは予想が付かないが……

 

   ~*~

 

「あんにゃろ~!起こして一言言ってきゃ良いのに!」

 

 すっかり明るくなった頃、整備ピットの吹き抜け構造になっている二階……

 泊まりこむ物好きな客の為に。とフェリックスがいつも開けておいてくれているスペースで、ハスハは寝袋の上に胡坐をかき、不機嫌そうな声を上げていた。

 彼女が手にしているのは、アサヒからの置手紙。そこにはたった一行

 

[いってきます。]

 

 とだけ、平仮名で綴られていた。わざわざ置手紙するほどの事でもない、ありふれた言葉だ。

 だったら起こして、面と向かって言えば良いのに。とハスハは口をへの字に結ぶ。

 ……だが、そんなありふれた言葉をわざわざ置手紙にして出て行く辺り、変に律儀なのは昔から変わらないな。と、彼女は考え直す事にした。のんびり屋で心優しいアサヒの事だ。恐らくぐっすり眠っている姿を見て、起こすのも忍びない。と思ったに違いない。

 

「……ま、行っちまったもんはしょうがねぇか。」

 

 胡坐をかいていた寝袋から立ち上がって伸びをすると、ハスハはもう一度、手にした文字を見つめる。

 丸めて捨てても別に惜しくはない筈なのに、心が込もっているのが一目で分かる丁寧な“いってきます”を、そっと元通りに折りたたみ、ズボンの尻ポケットへ大切に仕舞う。

 そんな彼女の前に、シズが冷たい缶コーヒーを差し出しながら笑いかけた。

 

「おはよ。相変わらず寝坊助(ねぼすけ)だね。」

「開口一番一言多いんだよ。おめぇは。」

 

 ぼやきながら差し出された缶コーヒーを受け取れば、シズはくすっと笑って整備ピットを見渡す。

 昨夜まで居た2人の姿を思い浮かべながら、彼はそっと呟いた。

 

「アサヒとザクリス、行っちゃったみたいだね。」

「あぁ。揃いも揃って薄情な連中だぜ。」

 

 呆れたような笑みと共に、ハスハはよく冷えたコーヒーを一口啜る。

 ふと、彼女は何処か探るような視線をシズに向けて訊ねた。

 

「……店長には先に釘刺しといたけどよ。お前も昨夜聞いた事、売るんじゃねーぞ。」

「何の話?」

「とぼけんなよ。お前が早々と寝るっつった時から、な~んか怪しいと思ってたんだ。どうせ聞き耳立ててたんだろ?バレバレなんだっつの。」

「なーんだ。バレてたのか。上手く誤魔化せたと思ってたのに。」

 

 なんでもなさそうな声を上げ、シズは自分の分の缶コーヒーに口を付ける。

 だが、彼は直後……不意に真面目な表情を浮かべて、独り言のように呟いた。

 

「情報屋にとってはさ、この世のありとあらゆる情報ってのは、2つに1つなんだって。」

「ん??」

 

 あまりにも唐突で、何処か他人事のようなその呟きに、ハスハが怪訝そうな表情を浮かべる。

 シズはそんなハスハに向かってひっそりと微笑んだ。

 

「金になる情報か、ならない情報かの2つに1つしかない。って話。けど、少なくとも俺の中には、その2つの他にもう1つ“金にしちゃいけない情報”ってカテゴリーがある。昨夜聞いちゃった話がまさにそれ。売る気は無いから安心しなよ。」

「ふ~ん……」

 

 いまいち信用していないような声を上げたハスハだったが、彼女は直後、認めたくなさそうに呟いた。

 

「お前ってさぁ……たま~に、たまにだぞ?ホンットたま~に……良い事言うよな。」

「え~?おっかしいなぁ~?ハスハに比べたら普段から結構良い事言ってる方だと思ってたんだけど……」

 

 次の瞬間、きょとんとした顔でわざとらしくすっとぼけるシズに、ハスハのジトリとした視線が突き刺さる。

 

「あのなぁ、そういうとこだぞ……」

「知ってるよ。わざとだもん。」

 

 悪びれる様子も無く再びコーヒーに口を付けるシズを見つめ、ハスハは小さな溜息を一つ吐いた。

 飄々としていて、掴み処が無い。おまけに他人をからかうのが趣味なのだろうか?と疑わずにはいられない程、笑顔で他人の神経を逆撫でるし、ナチュラルに他人を馬鹿にするというのに……それでもシズの事を不思議と嫌いになれないのは、1人の傭兵として、情報屋として、彼が貫いているその矜持に一目置いているからだ。

 どんなに旨い仕事でも、どんなに大金になる情報でも、自分の矜持に反する事は絶対にしない。それを知っているからこそ、ハスハはシズのそういう部分を信用していた。

 

「お~い。お前らぁ~。朝飯要るかぁ~?」

 

 ピットの脇の自室から、起きたばかりだと一目でわかる姿のフェリックスが声を上げる。

 彼の言葉に、ハスハが目を輝かせた。

 

「お?!店長珍しく起きてんじゃん!要る要る!店長の奢りなら!」

「じゃぁ俺も便乗しようかなっと。」

 

 そんな事を言いながら簡素な鉄階段を下りて来るハスハとシズに、フェリックスは苦笑を浮かべた。

 

   ~*~

 

「本気ですか?……」

 

 その頃、リューゲンゾイド研究開発機構を発った第四装甲師団のホエールキング内。

 アナスタシアの執務室で静かな戸惑いの声を上げたのは、彼女ではなくハウザーだった。

 彼の視線の先で、窓越しの空を眺めているアナスタシアは振り返りもせずに呟く。

 

「父上の意向だ。根回しにも、抜かりは無い。と……」

「恐れながら、自分は承服しかねます。いくら御当主の決定とはいえ、あまりにも―」

「ハウザー。」

 

 彼の言葉を遮ったアナスタシアが振り返る。

 彼女の視線は冷たかったが……そのエメラルド色の瞳には、何処か懇願するような光が揺れていた。

 

「これは重要な任務だ。ガーディアンフォースへの宣戦布告は既になされている。今更この程度のリスクに尻込みしていては、この先の計画など話になるまい。違うか?」

 

 視線と同様の冷たい声音……

 だが、幼い頃よりアナスタシアに仕えて来たハウザーには、全てわかっていた。

 これは……自分に同意を強要している訳ではないのだと。

 誰よりも、彼女自身が、自分が答えるであろう言葉に安心したいのだと。

 ハウザーは、その燃え盛るような真っ赤な瞳で、アナスタシアのエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ見据える。

 

「いえ、仰る通りです。」

「そうか。ならば―」

「しかしながら。」

 

 今度は、ハウザーがアナスタシアの言葉を遮った。

 その力強い声に、アナスタシアは微かに怪訝そうな表情を浮かべる。

 普段ならば、彼がこのように彼女の言葉を遮るなど、あり得ない事であった。

 

「貴女様ご自身は、どうお考えなのですか?」

「私自身……だと?」

 

 まるで脅すような不機嫌な声に対して、ハウザーに全く臆する様子は無い。

 彼はあくまで堂々と、真正面からアナスタシアへと問いかける。

 

「御当主のご命令は絶対である。と、自分も理解しております。ですが、前線の指揮の一切を任されている身として、アナスタシア様ご自身はどうお考えなのですか?」

「……」

 

 心の奥まで見据えているような、力強い真っ赤な瞳……

 彼のその瞳に見つめられると、昔から不思議と安心した。だからこそ、彼女は彼の瞳を気に入っていたが……こういう場合にはとにかく嫌ってもいた。此方が隠している事や、押し殺している物まで、全てその瞳に見透かされているようで、何とも居心地が悪くなってしまう。

 彼女は沈黙を守ったまま俯き、今朝本部を発つ前に父オイゲンから命令を告げられた時の事を思い返した。

 

   ~*~

 

「帝国軍とガーディアンフォースの合同演習が行われる。と、議会の友人から情報が入った。我々の存在を知らしめるには最高の舞台だとは思わんか?アナスタシア。」

 

 不敵な笑みと共にそう告げられた時、アナスタシアは思わず訊ね返すのが精一杯だった。

 

「……つまり、その合同演習を強襲しろ……と、仰るのですか?」

「そう聞こえなかったのか?頭の良いお前にしては、随分理解が遅いな。」

 

 無表情なままの実の娘に対し、オイゲンは不敵な笑みを崩さぬまま、何処か厭味を含んだ声音でそう(なじ)った。

 

「お前ならばこの程度の作戦、造作もあるまい。心配せずとも、口裏合わせやアリバイ工作と言ったものは、既に根回し済みだ。」

「しかし父上―」

「ヤークトは調整段階で、まだお前には扱えぬのだろう?自ら先陣を切る訳でもないというのに、一体何を懸念しているというのだ?」

「……」

「お前はただ手駒を動かし、彼等へ挨拶をして来るだけで良い。軍を率いるのとなんら変わらぬだろう?」

 

 穏やかな口調ながら厭味を含んだその声は、有無を言わせぬ圧を纏ってアナスタシアの耳を苛む。

 オイゲン=フォン=リューゲン……リューゲン公爵家現当主にして、リューゲンゾイド研究開発機構CEO。

 そして、自分達の所属する組織のトップ……だが、最も恐れるべきなのはその権力ではない。

 相手を見透かし、弱みを握り、自分には決して逆らえないのだという事を嫌と言うほど摺り込んだ上で従わせる狡猾さと残忍さだ。

 そしてそれは、実の娘である自分に対しても一切変わらない事を、他ならぬ彼女自身が一番理解していた。

 

「……はい。」

 

   ~*~

 

 あの時、自分がそう返事をしたのは、それ以外の返事など求められていなかったから。

 もしも首を横に振ったら……一体どうなってしまうのかを嫌と言うほど知っていたから。

 だが、今この場に居るのはハウザーだけだ……

 今なら、あの時父に言えなかった本当の思いを言える。

 しかし……

 

「ハウザー……」

「はい。」

「私やお前がこの任務に異を唱えたところで、何になる?」

「……」

 

 この任務は既に決定事項だ。此処で不安を曝け出したところで、何も変わりはしない。

 指揮官である自分が、今此処で弱音を吐く訳にはいかなかった。

 ハウザーは暫し無言で、そんなアナスタシアを見つめていたが、やがて降参したような溜息と共に呟いた。

 

「わかりました。では質問を変えさせて頂きます。」

 

 彼の言葉に、流石のアナスタシアも少々戸惑ったように首を傾げる。

 ハウザーの瞳は力強い光を宿したままだったが、不意にその目元が穏やかに和らいだ。

 

「その合同演習強襲任務に対し、アナスタシア様が懸念しておられる事とは?」

「……ハウザー?……」

 

 思わず意図を図りかね、訊ねるように名前を呼べば……ハウザーは穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「御当主のご命令が絶対であり、貴女様がご自分の意志に拘らず、その指揮をなさねばならぬ立場である以上、懸念事項を一つでも減らし、任務遂行をより確実な物とする事が、副官である私の責務であると考えます。その為に、減らすべき懸念事項の詳細を教えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 微かに目を見開いたアナスタシアに対し、ハウザーは返事を急かす事も無く、穏やかな笑みを向け続ける。

 今度は、アナスタシアが降参したような溜息を吐く番だった。

 

「……お前には敵わんな。昔からいつもそうだ。」

 

 窓辺に腰を預け、困ったように微笑むアナスタシアに、ハウザーは何処か楽し気に呟いた。

 

「アナスタシア様がお生まれになられた時から、従者を務めさせて頂いておりますので。」

「子供の頃の話はいい。それよりも、強襲任務の懸念事項だったな。」

「はい。」

 

 短くも力強い返事に、アナスタシアの表情から迷いや憂いがスッと消える。

 彼女は窓辺から離れると、デスクの上に置いていた任務の概要書を手に、ハウザーへと歩み寄った。

 

   ~*~

 

「帝国軍との合同演習??」

 

 その頃、ミーティングルームで声を上げたのはカイだった。

 レン達も、手元に配られた資料に目を通しながら、戸惑ったような表情を浮かべている。

 そんな彼らに、ガウスは資料を手にしたまま呟いた。

 

「そう。合同演習。しかも演習相手をしてくれるのは、帝国軍の各部隊から選出された精鋭達だ。ゴースト一味からの宣戦布告もあった事だし、君達の現時点のレベルを知るには、良い機会だろう。」

 

 ガウスの言葉に顔を見合わせるカイ達であったが、やがてクルトが遠慮がちに口を開いた。

 

「とはいえ、些か急過ぎませんか?まだカイの戦闘操縦訓練も終了していないというのに……」

「だからこそ。といった所だろう。いつゴースト達が動き出しても、的確に対応出来るだけの実力が我々にあるのか?それを知りたいそうだ。」

 

 ガウスは少々渋い表情を浮かべ、言葉を続ける。

 

「そもそも、フライハイト大佐を始めとする先輩隊員達は皆、各地方の支部に配属されている。現在、訓練基地を兼ねているこの本部基地に常駐しているのは、新人の君達だけという状態だ。他の支部から出撃する方が早い場合は、勿論それに越したことは無いが……もし出撃命令が此方に出た場合、簡単に敗れ去るような新人部隊では話にならんだろう?曲がりなりにも、君達だって立派な隊員だ。相手が未知の敵だったから。という言い訳は通用しない。」

 

 その言葉に隊員達は皆一様に黙り込む。

 レンとエドガーはカイ達より1年ほど先輩だが、今回のゴースト達のような組織犯罪に対応した事は無い。

 カイとクルトは、ゾイドでの出撃を伴う任務をまだ一度しか経験していない。

 シーナに至っては、自分でゾイドを操縦して任務に就いた事すら……まだ無い。

 他の支部で活躍している先輩隊員達と比較した場合など……考えずとも容易に想像が付いた。

 

「まぁ、どんなに訓練の成績が良くても、実戦で訓練通りに動ける事なんて、稀だもんなぁ……」

 

 苦笑を浮かべたレンの隣で、エドガーも真面目に相槌を打つ。

 

「ガーディアンフォースは少数精鋭部隊故に、一つの基地に常駐しているメンバーが少なく、訓練を繰り返していれば、そのうち訓練相手の癖や特徴を把握出来てしまいます。任務ではそういった“無意識の慣れ”が、殆ど役に立たないばかりか、時として仇になる。実際、僕もレンもそういった経験を何度もして来ました。」

「そうだろう?だから思い切って、全く戦った事の無い精鋭達とお手合わせ願おうという訳だ。」

 

 直後、ガウスがニヤリと笑いながらカイを見つめた。

 

「特にカイ。君にとってはこの上なく貴重な体験になる事間違い無しだ。」

「……なんで俺だけ名指しなんすか……」

 

 ガウスが食えない人物である事は、瓦礫街の一件で嫌と言うほど痛感している為、カイはうんざりした表情を隠そうともせずに訊ねる。

 そんなカイに対し、ガウスはなんでもなさそうに資料をヒラヒラと軽く振って見せた。

 

「資料の3枚目。今回相手をしてくれるメンバーの名簿をよく読んでごらん?」

「けっ……勿体付けやがって……」

 

 わざと聞こえるようにぼやきながら、カイは言われた通り、資料の参加者名簿に目を通す……

 直後、彼は目を皿のように見開いたまま、固まった。

 

「カイ?……カイ。どうした??」

 

 レンが遠慮がちにカイへ声を掛けるが、彼は目を見開いたままガウスをゆっくりと見つめ呟いた。

 

「あんた……マジで性格悪ぃな……」

 

 しかし、ガウスは全く悪びれる様子も無く、ニコニコと笑っている。

 

「それは心外だな。別に私が仕組んだ訳じゃないぞ。」

「勘弁してくれよ……正直、あんたが仕組んだ。って言ってくれた方がまだマシだぜコレ……あ~ヤベぇ。俺この合同演習行きたくなくなって来た……ぜってぇ自分から名乗り上げやがったな畜生……」

 

 ぐったりとテーブルに片肘を突き、頭を抱えるカイ……

 尋常ではないその様子に、レン達は顔を見合わせた後、参加者名簿へと目を通す……彼らはすぐに、そこに記載された名前に気が付いた。

 

[合同演習選抜航空部隊隊長…エリク=ハイドフェルド(階級:大佐 帝国軍第一航空大隊隊長)]

 

「……なぁ。エリク=ハイドフェルド大佐って……もしかしなくても、カイの父ちゃんだよな?」

「あぁ。間違いない。」

 

 遠慮がちに声を上げたレンに、クルトが頷く。

 そんなクルトの隣で、シーナが不思議そうに呟いた。

 

「でも、カイのお父さんって確か……カイがゾイドに乗るの、ずっと反対してたよね?」

「どうせ合同演習に(かこつ)けて、俺にゾイド降りろって言いてぇんだろ。」

 

 頭を抱えたまま不機嫌に吐き捨てるカイに、流石のガウスも苦笑せざるを得ない。

 父親と不仲であるとは聞いていたが、思っていた以上に根が深そうだ。

 

「まぁまぁ、3年ぶりの親子喧嘩だとでも思って、気楽にやんなさいよ。」

「3年ぶりの親子喧嘩ねぇ……」

 

 釈然としない様子でジトリと名簿を見下ろすカイに、レン達も苦笑を浮かべる。

 

「親子で対戦なんて、良い経験じゃねーか。そのままサクッと負かして、ゾイドに乗るの認めさせてやろうぜ。な?」

「……そうだな。イーグルも、レン達も一緒だし……頑張るよ。」

 

 レンの言葉に、カイが参った様子で笑みを浮かべる。

 そんなカイに対し、励ますような笑みを向けるレンだったが、直後、ガウスが意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「お前達も他人事じゃないぞー。」

「へ??」

 

 素っ頓狂な声を上げたレンの隣で、エドガーが呆れたような溜息を吐いた。

 

「名簿の真ん中辺り、よく読め……」

「名簿の真ん中??」

 

 オウム返しに訊ねながら、レンが再び名簿へと視線を落とす。

 そこに記載されていた名前は……

 

「えっと?合同演習地上前衛部隊。編成メンバー……ルーカス=リヒト=シュバルツ?!マジで?!」

「勿論。マジだとも。」

 

 笑顔で頷くガウスに、レンが大声で抗議する。

 

「全く戦った事の無い精鋭達。って、さっき言ってませんでしたか?!」

「うん。でも、戦った事のある人物が誰一人居ない。とは言ってないからね?」

「そんなぁ……」

 

 情けない声を上げた後、今度はレン達が頭を抱える番だった。

 

「嘘だろ……よりによってルーク兄さんが相手だなんて……」

「あの人、ゾイドに乗ると容赦無いからな……厳しい演習になるぞ。絶対……」

「前衛部隊って事は、ルーク兄ちゃんがこの演習で使うの、ジークドーベルだよなぁ……うわぁぁ、嫌だぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 幼馴染トリオのあまりの落ち込み具合に、カイとシーナは呆気にとられた様子で顔を見合わせる。

 

「ルーカス兄ちゃんが相手って、そんなにやべぇの?」

「すごく優しそうな人だったけど……」

 

 不思議そうに訊ねたカイとシーナに、3人は口々に一斉に喋り出した。

 

「いやもうマジで怖いんだって!!気が付いた時にはすぐそこに居るんだから!!」

「あの人はゾイドに乗るとサディストスイッチが入るから、相手をしたがる奴の方が珍しいよ。」

「大体、たった一人で一個師団一捻り出来る方がおかしいんだ!規格外だ規格外!!」

「アイアンコングならともかく!もしジークドーベルで来たらとにかくやべーんだよ!!」

「機動力お化けのワンマン蹂躙ショーだ。」

「しかもそれを本人は至って楽しんでるから始末に負えん!!」

「マジで鬼だから!!」

「戦場の悪魔。」

「戦闘狂の人でなし!!」

 

 もう誰が何を言っているのかすらわからないような状態に、カイもシーナも苦笑する。

 そんな彼らを見つめて、ガウスは心底楽しんでいるかのような笑みを口元に湛えていた。

 

(相手に一喜一憂しているようでは、まだまだだな。果たしてどの程度成長して帰って来る事やら……)

 

   ~*~

 

 ミーティング後、ガウスは執務室へ戻り、トーマと額を突き合わせ神妙な顔をしていた。

 彼等は執務室のデスク越しではなく、部屋の隅にあるローテーブルを挟み、来客用のソファーに向かい合う形で腰かけている。ローテーブルの上には、トーマがまとめた報告書が載っていた。

 

「参ったなぁ……」

 

 普段のわざとらしい困り声ではなく、本当に困ったように頭を掻きながら、ガウスが呟く。

 トーマからの報告内容は、報告書に“敢えて”記載されていない部分も含めて、彼を悩ませた。

 パンドラとザクリスの事は勿論、リューゲンゾイド研究開発機構の関与疑惑……いや、それだけならば、まだ想定の範囲内で済んだのだが、ガウスが此処まで頭を抱えている原因は、6年前に帝国軍内で起きた“とある事故”と、その真相である。

 

「まさかあの事故まで関わっていたとは、正直考えたく無いんだが……それで全ての辻褄が合っちゃう以上、そう考えざるを得ないよなぁ……」

「ええ。」

「ちなみに、その事故の真相……クルトは?」

「甥の意向もあって、伝えていません。」

「そうか。まぁ、言うに言えんよなぁ……まさかあの事故が“命懸けの茶番”だったなんて。」

 

 ガウスは疲れ切った溜息を一つ吐くと、虚空を睨み付けているかのようにも見えるような真剣な眼差しで、苦々し気に言葉を続けた。

 

「ピースはある程度揃っているというのに、それを武器として組み上げる為の説明書たる証拠が無い。が、下手に証拠を集めようとして事を荒立てれば、ほぼ確実に被害者である彼等に危害が及ぶ……現時点では下手に動けん。か……」

「帝国軍内……いえ、帝国国内の至る所にも、リューゲン公爵の息の掛かった者は多い筈です。だからこそ、どうか議会への報告は……」

「あぁ。暫くは調査中のままで伏せさせてもらおう。あとはバン君と相談して上手くやっておく。」

 

 その言葉に、幾分安堵した表情を浮かべたトーマだったが、彼はふと、申し訳なさそうな笑みと共に呟いた。

 

「面倒事ばかり押し付けてしまって、すいません。」

 

 だがその言葉に、ガウスは先程までの真面目な態度から、いつもののほほんとした態度に戻る。

 

「あぁ、良いの良いの。上司ってのは面倒事を片付ける為に居るんだから。」

 

 直後、彼はからかうようにニヤニヤと笑いながらトーマを見つめた。

 

「少数精鋭特殊部隊って呼べば聞こえは良いけどさ?そもそもガーディアンフォースってのは、要は一癖も二癖もあるような規格外の問題児部隊じゃん。楽が出来るなんて端から思っちゃいないよ。いい歳して息子と一緒に違法ハッキングやっちゃうような博士が、総合主任勤めてるくらいだし?」

「いやッ!あの!……その件は、その……本当に、申し訳ありませんでした……」

 

 深々と頭を下げるトーマに、ガウスはさも愉快そうな声で首を横に振る。

 

「あぁ、いやいや。別に謝れって言ってる訳じゃない。バレないようにやる分には多少構わないよ……面白そうだから、次は俺も混ぜてね。」

 

 いたずらっ子のようににゅっと口角を上げるガウスを見つめ、トーマは反応に困りながらも苦し紛れのような声で絞り出すように呟いた。

 

「そこは……一応止めて下さい……」

 

   ~*~

 

 5日後……5月31日。合同演習当日。

 午前中から演習が始まる為、深夜にガーディアンフォースベースを出発したカイ達は、ホエールキング内の仮眠室で朝を迎えていた。

 

「うわぁ……ホントに来ちまったよ……」

 

 窓辺に頬杖を突いたカイが、げっそりとした声を上げる。

 眼下に広がるのは、ほぼ何もない荒野と言っても過言では無い程の広大な敷地……この場所こそが、今回の合同演習の舞台となるガイロス帝国最大の演習場「パクスフォルデ」だった。

 その広大な敷地面積に加え、周囲にコロニーなども特に存在しない事から、実弾を用いた本格的な演習が行える数少ない演習場として重宝されている……昔、父からそう聞かされた事があった……

 

(この演習、マーカー弾じゃなくて実弾でやんのかな?……)

 

 流石にそれは無い。と思いたいが……少数精鋭部隊である自分達は元より、今回の演習に参加する帝国軍の選抜部隊もそこまでの大部隊ではない。わざわざパクスフォルデでなくとも事足りる筈だ。

 なのに敢えて、この演習場が指定されたという事は……遠慮なく実包を使う為。と見るのが妥当だろう。

 レンやエドガーは先輩であるし、クルトもディバイソンの装甲の厚さなら、まず怪我をする事は無い。自分も空に居る限りは全弾避け切る自信がある……だが、シーナとヘルキャットがとにかく心配だった。光学迷彩で上手く隠れてくれれば良いが……

 そんな心配をしているカイの隣に、目を覚ましたレンが目を擦りながらのそのそとやって来た。

 

「おあお~……着いたのか?パスフォルテ……」

 

 欠伸交じりの寝ぼけた声に、カイは苦笑を浮かべる。

 

「おはよ。あと、パスフォルテじゃなくて、パクスフォルデな。」

「うん。それそれ。」

 

 まだ半分夢の中に片脚を突っ込んでいるかのような様子でへら~っと笑って見せるレンに、カイは微笑まし気な笑みを浮かべ、寝ぼけた親友の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 普段は父親そっくりのツンツンと逆立った髪をしているレンだが、癖毛で逆立っているのではなく、父であるバンの髪型を真似て毎朝セットしているらしい。

 癖の無いストレートな髪質は、レン曰く「伯母譲り」だそうで、髪をセットしていない、括ってもいない起き抜けの今の髪型は、強いて例えるならシーナに近かった。

 

「ほら。お前髪セットしたりすんのに時間かかるだろ?とりあえず洗面所行ってこいよ。」

「うぃ~っす。」

 

 眠たげな足取りで仮眠室を出て行ったレンと入れ違う形で、起きた時から姿の見えなかったエドガーとクルトが仮眠室に戻って来る。どうやら一足先に起きて洗面所に居たらしく、二人とも首からタオルを提げていた。

 

「なんだ。カイも起きてたんだな。おはよう。」

「あぁ。おはよ。エドガー。」

 

 笑みを浮かべて挨拶を交わす2人を他所に、クルトはふと何かに気付いた様子で仮眠室の隅へ向かう。

 そこには、まだ眠っているシーナが居た。

 

「シーナさん。そろそろ起きた方が良いですよ?」

 

 シーナの傍に膝を突き、遠慮がちに声を掛けるクルトだったが、シーナはマイクロファイバー地のもこもこした毛布にすっぽりと包まったまま。全く起きる気配が無い。

 淡いクリーム色のもこもこに包まれて眠るシーナの寝顔は、さながら羽に包まれて眠る天使のようで、起こすのが勿体無いとすら思えたが……だからといってこのままでは寝坊させてしまう事になる。

 起こしたいが、起こしたくない……揺り起こそうと伸ばしかけた手もそのままに、悶々と思い悩んでいるクルトを見かねたのだろう。カイが呆れた表情でシーナの傍に向かう。

 彼は躊躇ったまま止まっているクルトの手を完全に無視して、シーナの肩を軽く揺らした。

 

「シーナぁ。朝だぞ~。そろそろ起きろよ~。」

「うぅん……」

 

 小さな子供のように起き上がったシーナは、ジャージの袖で眠たそうに目を擦る。

 彼女が着ている色気の欠片も無いぶかぶかの黒いジャージは、実はカイの物だった。というのも、彼女が宿舎の自室で使っているパイル地の寝間着は、半袖にホットパンツ……手足の傷跡が丸見えなのだ。

 まさかホエールキングの仮眠室が一つしかなく、男女同じ部屋で雑魚寝するしかないなどと思っていなかったシーナが、長袖長ズボンの寝間着を用意している筈も無く……どうにかして傷跡を隠したいと、昨夜こっそりカイに相談した結果が、現在のこの姿。という訳である。

 目覚めてからサンドコロニーで服を調達するまでは、他に服が無かったので隠し様が無かったが、やはり素肌に刻まれた無数の傷跡を人目に晒したくない。というのがシーナの正直な気持ちだった。

 

「おはよぉ……なんか珍しいね。カイとクルトが一緒に居るなんて。」

 

 自分を挟む形でカイとクルトの両方が居る事に気付き、シーナが不思議そうに2人を交互に見つめ首を傾げる。

 そんなシーナに、カイがニヤッと笑いながらクルトをチラッと見て口を開いた。

 

「あぁ、クルトがシーナの寝顔に夢中でちっとも起こさねーから、代わりに起こしに来ただけだよ。」

「おまっ!……」

 

 半分事実ではあるが、わざと語弊のある言い方をしたカイを、クルトが思いっきり睨み付ける。

 だが、当のシーナは別段気にしていない様子でくすくすと鈴を転がすように笑っていた。

 

「遠慮しないで起こしてくれて良かったのに。クルトって優しいね。」

「え?!いや、そんな、や、優しいだなんて……その……ありがとうございます。」

 

 真っ赤になったクルトを一瞥した後、カイはシーナの髪を梳いてやるように撫でながら、優しく呟いた。

 

「今日の合同演習に緊張して、昨夜寝つけなかったんだろ?」

「え?!どうしてわかったの?!」

「ん~?なんとなくかな。お前、普段はもっと早起きだし。」

 

 カイは兄のような眼差しで穏やかに笑うと、とりあえず顔洗って来ようぜ。と言って、シーナと共に洗面所へと向かう……案の定、見事ポツンと取り残されたクルトに、エドガーが呆れた様子で頭を抱えた。

 

「ヘタレめ。」

「うるさい!」

 

   ~*~

 

 パクスフォルデの輸送艦駐機場に降り立ったホエールキングは、ゆっくりと口腔ハッチを開く。

 ガーディアンフォースの到着に、先に集まっていた帝国軍人達が作業の手を止めて、そのハッチから現れるゾイド達を見つめた。

 まだこの世に一機しか存在しない、純白の次世代型高速戦闘用ゾイド。ライガーゼロ-プロト。

 かつてその猛威を振るった赤き魔竜から、特例で一機だけ造られた青き魔竜。ジェノブレイカー。

 かつてブレードライガーと共に、数々の戦線で活躍した歴戦の猛者。ディバイソン。

 現在でも特殊任務の最前線において活躍している、姿無き魔猫。ヘルキャット。

 そして……古代ゾイド人が生み出したという、謎の鷲型飛行ゾイド……ブレードイーグル。

 ホエールキングの横に綺麗に整列した5機のゾイドに、ある者は今回の演習が待ちきれない。と言った様子の笑みを。またある者は、初めて目にする機体への感嘆の溜息を。またある者は、パイロットである隊員達の登場を心待ちにしているかのような表情を浮かべる。

 そんな中に、他の軍人達とは全く違う表情を浮かべている将校が2人居た。

 1人は、まるで弟妹の運動会を見に来たかのような微笑まし気な笑みを浮かべるルーカス。

 そしてもう1人は……白い肌に真雪のような銀髪の男性将校だった。彼の鮮やかな紫色の瞳はただ一点、ブレードイーグルのコックピットから姿を現したカイにだけ、鋭く向けられている。

 ガーディアンフォース隊員の5名と、今回の合同演習に選抜された帝国軍人が、互いに整列して向かい合った。

 敬礼の後、挨拶が始まる。

 

「本日は、我々との合同演習の為に、遠方から御足労頂きました事、感謝致します。ガーディアンフォース本部訓練部隊所属。前衛戦闘員レン=フライハイト少尉です。以下、前衛戦闘員エドガー。専属開発整備班所属・後方支援戦闘員クルト=リッヒ=シュバルツ一級工学博士。前線オペレーターシーナ訓練生。前衛戦闘員カイ=ハイドフェルド訓練生。只今無事到着致しました。僅か3日間の日程ではありますが、どうか、宜しくお願い致します。」

 

 普段の陽気で年相応な姿とは一転し、礼儀正しくスラスラと挨拶を述べるレンに、カイは内心舌を巻く。

 目の前に整列している帝国軍人の半数以上が将校クラスのベテラン軍人だというのに、緊張する様子も、臆する様子も全く無いとは……なんとも頼もしい限りだ。

 だが、カイは直後視線を感じ、整列している軍人達を視線だけで見渡す。数名の軍人が微かに驚いたような表情で此方を見つめていた。

 

(まぁ、俺の名前聞いたらそういう反応になるよなぁ……)

 

 カイは何でもなさそうにすまし顔を作りながら、突き刺さる視線を無視する。

 父親と会うのが嫌で嫌でたまらない。という事で頭が一杯だった為、すっかり失念していたが……父であるエリクの事を知る者ならば、自分の名を聞いて当然驚くだろう。

 あのハイドフェルド大佐が頑なにゾイドに乗せまいとしていた家出息子が、しれっとガーディアンフォース隊員として此処に立っているのだから。

 早く挨拶終わらねーかなー?などとぼんやり考えるカイを他所に、挨拶の順番は帝国軍側の代表に移った。

 

「此方こそ。辺境の演習場であるこのパクスフォルデまで御足労頂いた事、感謝する。私は帝国軍第一航空大隊隊長。エリク=ハイドフェルド大佐だ。」

 

 その言葉に、レン達が微かに息を呑んだのが気配でわかった。

 当然だ。母親譲りの褐色の肌をしている自分と、妙に色素の薄いエリクは、パッと見では到底親子に見えない。

 よくよく見比べれば、髪の癖や目元が似ている……ような気がしなくもないが、結局その程度だ。

 ……(もっと)も、父親嫌いのカイにとって「親子に見えない。」のは、唯一の救いだった。父親に似ていると言われる事を想像するだけで、軽く吐き気が込み上げる。

 

「今回の合同演習では、選抜航空部隊の隊長を務めさせて頂く事になっている。此方は人数が多いので、以下の者は、名前と階級だけ簡単に私から紹介させて頂こう―」

 

 今回の参加者の紹介が始まる中、ふと、何食わぬ顔で立っていたルーカスと目が合った。

 その瞬間、ルーカスはからかうような笑みと共にこっそりウインクを送って寄越す。その茶目っ気に、カイの口元にも微かな笑みが浮かんだが……直後、隣に立っているシーナが微かにクスッと吹き出すように笑ったのを聞いて、思わずギクリとしてしまう。恐らくシーナもルーカスがウインクして見せたのを見ていたのだろう。

 カイは直立したままの姿勢を崩さぬように気を付けながら、そっとシーナの後ろ頭に手を伸ばすと、その桜色の髪に覆われた後頭部を指で軽くノックするように小突いた。

 だが、シーナは小突かれた理由が分かっていない様子できょとんとカイを見上げ、小声で訊ねて来る。

 

「どうしたの?」

「挨拶まだ終わってないから。静かにしてような?」

 

 出来るだけ口を動かさないように小声で注意すれば、シーナはようやくそこでハッとしたのか、小さくごめんなさい。と呟いて、元通り姿勢良く前を向いた。

 だが今度は向かいに整列している軍人が数名、微笑ましげとも呆れとも取れるような笑みを浮かべて此方を見つめている事に気付き、シーナはやはりすぐきょとんとした表情を浮かべてしまう。

 純粋で天然なシーナがこういった堅苦しい挨拶を無事にこなせるか?というのは、正直な話、最初からあまり期待していなかった事ではあるが……こうもクスクス笑われては、何とも居心地が悪い。

 カイはそんな思いを視線に込め、ルーカスを再びチラッと見やる。

 ……案の定。自分がシーナを笑わせてしまった事に対し、しまった。と思っていたのだろう。ルーカスは苦笑を浮かべながら「すまん。」と、口パクで呟いた。

 

   ~*~

 

 胃の痛くなるような挨拶が終わった後は、交流を兼ねて30分ほどフリータイムが設けられていた。

 カイは父親に捕まる前に。と、ルーカスの元へ駆け寄る。

 

「ったく。頼むから挨拶の間くらい大人しくしててくれよ。ルーカス兄ちゃん。」

「緊張しているんじゃないかと思って気を遣ったつもりだったんだが……すっかり余計な事をしてしまったな。すまない。」

 

 苦笑を浮かべたルーカスに、シーナがぺこりと頭を下げる。

 

「あの、笑ってごめんなさい。ルーカスさんが笑ってるの見て、なんだかホッとしちゃって……」

「いや。気にする事は無いさ。私の方こそすまなかった。すっかり君に恥をかかせてしまったね。」

「あ、ううん。大丈夫。私も気にしてないよ。」

 

 笑顔で答えるシーナに、微笑まし気な笑みを浮かべるルーカスだったが……直後、背後からこっそり近づいて来ていたレンをくるりと振り返ると、彼は涼し気に訊ねた。

 

「で?何か用かな?レン。」

「何か用かな?じゃないぜ!なんでジークドーベル連れて来てんだよぉ!!」

「なんでって……お前達の実力テストという名目の合同演習なんだ。本気でやってもらわないと困るだろう?」

「えー……」

 

 さも不服そうなレンの眉間に寄った皺を、人差し指でぐいぐいと伸ばしてやりながら、ルーカスが笑う。

 その様子を見て、カイが楽し気な笑い声を上げた……直後だった。

 

「ハイドフェルド訓練生。」

 

 振り返らずともハッキリと分かるその声に、カイが心底うんざりした表情を浮かべる。

 ゆっくりと声の主を振り返ったカイは、ナイフを突きつけるが如き視線と共に、酷く冷たい声を上げた。

 

「……何の用だよ。ハイドフェルド大佐。」

「君がゾイドに乗る事を許した覚えはない。なのに、何故君が此処に居る?」

 

 鮮やかな紫色の瞳が、カイの鋭く冷たい薄紫色の瞳を、同様の鋭さと温度で真っ直ぐ見据える。

 一瞬でその場の空気がピリピリと張り詰めて行くのを感じ、シーナも、レンも、ルーカスも……果てはその周囲に居た者達まで、皆一様にハイドフェルド親子を見つめていた。

 

「はっ!ハイドフェルド大佐ともあろう者が、さっきの挨拶一つ満足に聞いてなかったのかよ。ガーディアンフォースの訓練生だって、フライハイト少尉が紹介した筈だぜ?」

「だからこそだ。ブレードイーグルへ懸けられていた賞金は白紙に戻され、古代ゾイド人である少女と、そのオーガノイドの身柄もガーディアンフォースによって保護された。君がこれ以上ガーディアンフォースに留まり続ける必要が何処にある?」

「俺自身の意志さ。それ以外に何か理由が要るか?」

 

 頑ななカイを見据えるエリクに、僅かばかりの失望の色が滲む。

 

「何度も言って聞かせた筈だ。ゾイドに乗るのは遊びではない。常に死と隣り合わせだと。今の君は、自身の我欲と信念をはき違えて居るだけに過ぎない。少しはそれを自覚したまえ。」

「ッ!! 俺は―」

「お言葉ですが。ハイドフェルド大佐。」

 

 とうとう怒鳴りかけたカイの声を遮ったのは……レンだ。

 まさかレンが声を上げるとは思っていなかったのだろう。カイも、エリクも、微かに驚いた様子で目を見開き、レンを見つめる。

 レンはカイの隣に歩み出ながら、真っ直ぐにエリクを見つめて言葉を続けた。

 

「ハイドフェルド訓練生の成績は極めて優秀です。訓練生の身でありながら、初の単独任務も見事にこなし、ゾイドによる戦闘操縦訓練も日々上達しています。御無礼を承知の上で言わせて頂きますが、彼はもう、貴方の記憶の中にある14歳の少年ではありません。我々ガーディアンフォースにとって必要な人材であると、自分は断言します。」

「レン……」

 

 喜色すら置いてけぼりになるほどの戸惑い……それが、カイの正直な心境だった。

 ブレードイーグルの特性を知り、戦闘操縦訓練の成績が跳ね上がったとはいえ……自分は所詮、どさくさ紛れに入隊を許可されただけに過ぎないのだと……例え訓練を積み、実力を付けたとしても、裏社会に半分染まった薄汚い偽善者に過ぎないのだと……常に心の片隅で自分を悲観してばかりいた。

 なのに、まさか此処までハッキリと、親友であり先輩でもあるレンが、自分を必要だと宣言してくれるとは思っていなかったのだ。

 

「私も。レンと同じ意見。」

「シーナまで……」

 

 レンと同じようにカイの隣に歩み出たシーナは、花のような笑顔をカイへ向ける。

 

「だって、イーグルが認めたパイロットはカイだけだもん。イーグルにとって、私はあくまで守るべき対象であって、パイロットじゃない。あの子はプライドの高い、自我も強い、負けず嫌いで我が儘な子だけど、だからこそ、相手の事もよく見てる。そんなイーグルが、パイロットとしてカイを認めているなら、私はそのイーグルの判断を信じてるし、イーグルに認めてもらえたカイの実力も信じてる。」

 

 いつもと変わらぬ調子で穏やかにそう語ったシーナは、不思議そうにエリクを見上げて訊ねた。

 

「貴方は、カイのお父さんなんでしょ?カイの事、信じてないの??」

 

 皮肉も、厭味も無い。純粋な問い……

 目の前の少女から投げかけられたその問いに、エリクは暫し口を閉ざした。

 だが、やがて口を開いたエリクの態度は、やはり変わらなかった。

 

「ゾイドに認められる。というのは、確かにパイロットとして必要な素質だ。しかし、素質のある者が皆全て優秀な隊員になれるという訳ではない。ハイドフェルド訓練生には、まだまだ足りないものが多過ぎる。取り返しのつかない失態を犯す前に、命を落とす前に、ゾイドを下りた方が良いと私は考えている。」

「じゃぁ証明してやるよ。」

「何?……」

 

 カイの鋭く短い声に、エリクが眉を顰める。

 冷たく此方を見据えている父に、カイは殺気立った様子を隠そうともせずに言い放った。

 

「ガーディアンフォースの隊員としてやっていける。って。イーグルやレン達の目に狂いは無いって、この演習で証明してやるっつってんだよ。その上から目線の態度、二度と出来ねーようにしてやっから覚悟しとけ。糞親父。」

 

 そんな捨て台詞と共に、足早にブレードイーグルの方へと歩き去るカイの背を、レンとシーナが追い駆ける。

 直後、エリクは心底呆れた……それでいて、何処か一抹の悲しさすら感じさせるような深い溜息を一つ吐くと、ルーカスへと向き直り、そっと呟いた。

 

「全く……こうなると分かっていたから、あの子をゾイドに乗せたくなかったんだ。君には昔話しただろう?カイがどういう事情の子か……」

「ええ。ですがやはり、私はあの子をガーディアンフォースへ入れて正解だったと思っていますよ。あの子を守れるのは親ではない。仲間とブレードイーグル。そして、彼自身の筈です。」

 

 確信に満ちた穏やかな笑みと共に、ルーカスはエリクを見つめる。

 そのアイスブルーの瞳には、自信に満ちた力強い光が宿っていた。

 エリクはそんなルーカスを暫し見つめた直後、独り言のようにそっと呟いた。

 

「息子だけではなく、どうやら教え子にも恵まれてはいないらしい。」

 

 愛機であるSSS(スリーエス)……ストームソーダー・ステルスタイプの元へと歩き去っていくエリクの後ろ姿に、ルーカスはふと可笑しそうに笑った。

 

「あの足早に去っていく時の後ろ姿。親子揃ってそっくりだ。」

 

   ~*~

 

「カイ。大丈夫か?」

 

 ブレードイーグルの元へ戻り、その鋼鉄の脚に額を押し付けるようにして黙り込んでいるカイに、レンがそっと訊ねる。

 しかし、カイはまだ怒りの冷めやらぬ様子の殺気立った声のまま、静かに呟いた。

 

「あぁ……けど悪ぃ。今は少しだけ1人にさせてくれ……お前らに八つ当たりしなくねぇ。」

「……わかった。落ち着いたら演習の準備しとけよ。」

 

 いつも通りの陽気な声でそう告げると、レンは心配そうな表情を浮かべているシーナを連れ、そっとブレードイーグルを後にする。

 代わりに、ジェノブレイカーとディバイソンの間で話し込んでいるエドガーとクルトの元にやって来た彼等は、すぐにエドガーとクルトに心配そうな表情を向けられた。

 

「カイの奴。完全にキレてたよな?」

 

 少しひっそりとした声で訊ねて来たエドガーに、レンは軽く頷いて見せると、悲し気な表情を浮かべる。

 

「あんなに仲の悪い親子、俺初めて見た……家族なのに、なんでお互いあんな酷い事言えるんだろ……」

「家庭の事情は人それぞれだ。いちいち干渉するな。お前の悪い癖だぞ。」

 

 諫めるようなクルトの言葉に、レンは若干不服そうな様子ながらも、また頷く。

 そんなレンを暫く眺めた後、クルトは溜息を吐いてブレードイーグルの方へ視線を移しながら呟いた。

 

「今回の合同演習。最初は様子見も兼ねて帝国軍側はマーカー弾を使用するらしい。今のカイとブレードイーグルでは、怒りに任せて辺り一帯を蜂の巣にしかねんぞ……」

「ねぇクルト。帝国軍はマーカー弾。って……私達は?」

 

 不思議そうに訊ねるシーナに、クルトは肩を竦めて見せる。

 

「俺達は最初から実弾を使用して良いそうです。荷電粒子砲以外なら。」

 

 そう言ってクルトがチラッと視線を送れば、エドガーもやはり肩を竦めて見せた。

 

「演習如きで荷電粒子砲なんか使う訳無いのに。厭味か?」

「じゃないか?まぁ、ジェノブレイカーには帝国軍も煮え湯を飲まされた経験がある。仕方が無いと言えば仕方が無い事ではあるが……」

「それはあくまで父さんのジェノブレイカーのしでかした事だ。僕じゃない。」

 

 普段は穏やかなエドガーにも、微かな苛立ちが滲む。

 それを皮切りに、レンとクルトの目にも、微かな闘志の光が燃え上がった。

 

「俺達の方が経験の少ない新人部隊だってのは事実だけど……正直こうもハンデを付けられると、ちょっとムカッ腹立つよな。」

「あぁ。あまり悪い言葉は使いたくないが……上等だ。先に喧嘩を売られた以上。倍の値で買ってやろうじゃないか。」

 

 此方も此方で空気が張り詰めて行くのを感じ、シーナは少々困った表情を浮かべる。

 その、直後だった。

 演習場の遥か彼方で、何かが一瞬“揺らめいた”のは……

 

(今の……なんなんだろう?……)

 

 陽炎にも似たその一瞬の揺らめきは、すぐに跡形も無く消え去った。

 だが、シーナはその揺らめきに言い知れぬ胸騒ぎを覚え、胸の前できゅっと両手を握りしめる。

 そしてこの後……その予感は最悪の形で的中する事になるのだった……

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