ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第29話-幻影の爪痕-

 ガーディアンフォースとの合同演習開始直後……突如として現れた謎の襲撃者「幻影騎兵連隊(ファントムリッター)

 退ける事には成功した。と言いたい所だが、どうやらあちらには時間の制約があったらしい。

 此方も手痛い被害が出ていた手前、あのまま戦闘が長引いていれば……

 いや、今は状況把握を急いだ方が良いな。

 [エリク=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第29話:幻影の爪痕]

 

 突如として幕を開けた“幻影騎兵連隊(ファントムリッター)”との戦闘は、相手の退却という形で驚くほど呆気なく幕を閉じた。

 戦闘終了後、帝国軍およびガーディアンフォースは負傷者の搬送と損傷ゾイドの回収作業に追われる事となり、被害状況の報告が上がって来る頃には、先程の戦闘よりも長い時間が経過していた。

 

「負傷隊員13名。中破ゾイド8機。小破ゾイド17機か。奇襲であったとはいえ、これほどの被害が出るとはな……」

 

 戦闘時間、僅か108分……2時間にも満たなかった戦闘で、全体のおよそ3分の1にあたる隊員が負傷。約半数のゾイドが損傷という結果に終わってしまった事を、誰もが重く見ていた。

 部下から受け取った被害状況の簡易報告書に目を通しながら、エリクは眉根に皺を寄せる。

 そんなエリクの隣で、ノルデンが腕を組みながら戦場を見渡し、顔をしかめた。

 

「今回の襲撃で、我々選抜精鋭部隊も、ガーディアンフォースも、盛大に顔に泥を塗られたな。」

「あぁ。死者が出なかったのが不幸中の幸いだが……正直、気休めにもならん。好き勝手に暴れ回られた挙句、まんまと奴等を取り逃がした上、半数近い被害を出してしまった……マスコミがさぞ喜んで報道する事だろう。精鋭部隊の名が聞いて呆れる。とな。」

 

 揃って溜息を吐いた2人だったが、不意にノルデンがエリクにそっと顔を寄せ、小声で呟いた。

 

「なぁ、エリク。今回の襲撃、随分と腑に落ちんと思わんか?演習地や演習内容については、関係者にしか通達されていなかった筈だろう?……」

「あぁ。一体どうやってこの場所を嗅ぎつけたのやら……」

 

 そう。そもそも関係者以外、この合同演習がパクスフォルデで行われる事を知っていた者はいない筈。

 つまり、こうして襲撃を受けた事そのものが、まず以て有り得ない事であった。

 

「軍内部に内通者が居るであろう事は容易に想像が付くが……一体誰が、何の為にこんな事を……」

「それを考えるのは後で良い。今は目の前の仕事に励むとしよう。負傷者と損傷ゾイドの収容は完了したが、やるべき事は、まだ山のように残っているのだからな。」

 

 淡々とそう語るエリクに、ノルデンはやれやれと言った様子で首を軽く左右に振ると、話題を変えるかのように不意に口を開いた。

 

「それにしても……ガーディアンフォースの隊員達には、本当に頭が上がらんよ……我々が初戦でマーカー弾を使用する予定であったが為に、敵主力機との戦闘を任せきりにしてしまった。その結果、まだ16~17の少年3人の方が、負傷した軍人達よりも重傷とはな……特にあのライガーゼロのパイロット……まだ意識が戻らんそうだ……」

 

 腕を組んだまま、ノルデンはそう呟いてガーディアンフォースのホエールキングを振り返る。

 負傷した前衛隊員……レン、エドガーの2人が、現在その医務室で治療を受けているとの事だった。

 

「本来ならば……大人である我々が、子供達を守って然るべき立場であるというのに、情けない限りだ。特に私は、そのお陰でこうして五体満足に生き延びてしまった手前、尚更な……」

 

 悲し気な笑みと共に再び報告書へ視線を落としたエリクに、ノルデンは呆れ交じりの苦笑を浮かべる。

 

「なんだ?まるであのまま死んだ方がマシだった。とでも言いたげだな?」

「まさか。あの子のお陰で、面倒な後始末にこうして精を出していられるんだ。感謝しているとも。」

「相変わらず素直じゃないな。いい加減、認めてやったらどうなんだ?」

 

 苦笑を浮かべるノルデンに、エリクはじとりとした視線を向けて呟いた。

 

「それとこれとは話が別だ。あの子がゾイドに乗る事を許す理由にはならん。」

「やれやれ。何をそこまで頑なになっているのやら……」

 

 肩を竦めて見せた後、ノルデンはホエールキングの隣で羽を休めているブレードイーグルを眺める。

 レドラーを吹き飛ばすほどの衝撃波を喰らった上、敵機への攻撃の際、派手に地面を転げ回ったというのに、鋼の鷲は傷だらけの状態でありながらも驚くほど頑丈であった。

 戦闘終了後、システムフリーズを起こしたライガーゼロとジェノブレイカーをしっかりとホエールキングまで運んだブレードイーグルは、まるで損傷した2機に場所を譲るかのように格納庫へ入ろうとせず、ああして外に佇んでいる。それがパイロットの意志でなく、ブレードイーグル自身の意志だと聞いた時は驚いた。

 そして、そんな自我の強いゾイドをあれほど自在に乗りこなし、見事エリクを救ったカイもまた、自分よりレンとエドガーの手当てを優先するよう頼み、相棒の爪に腰かけて順番が回って来るのを大人しく待っている。

 パイロットと愛機は似るものなのかもしれない。傷だらけのまま揃って休んでいるその姿は、任務外でも常に人機一体であるかのようだった。

 

「戦闘の合間に視界の端で目にしただけだったが、パイロットとしての素質は申し分無いだろう。あの年頃だった当時のお前も十分優秀なパイロットだったが、あの子の才能はそれ以上だ。」

「お前まであの子を英雄扱いしているのか?言っておくが、勇気と無謀は全くの別物だぞ。」

 

 エリクは呆れた視線をノルデンへ向ける。

 家出少年だったという経緯から「ハイドフェルド大佐が手を焼くほどの不良息子」と思われていたカイだが、その実力と人柄を目の当たりにした今、帝国軍人達は彼をちょっとした英雄のように称賛していた。

 そしてノルデンも、どうやらその1人らしい。

 

「成功すれば勇気と称賛され、失敗すれば無謀と罵られるだけの事だ。実際の所、それに至るきっかけ自体に差異は無い。根本は同じさ。考えるより先に体が動くなんてのは、俺達だって何度も経験して来た事だろう?」

「勝算も無しに飛び出すのが無謀。勝算があって飛び出すのが勇気だ。一緒にするな。」

 

 不機嫌な様子のエリクに向かって、ノルデンは笑みを浮かべたまま意地悪く呟く。

 

「勝算があるか無いかで飛び出すのを悩んでいたら、お前は今頃、此処に居なかったんじゃないか?」

「……どうあっても、あの子を英雄扱いしたいのはよく分かった。」

「そりゃ士官学校以来の大親友を助けてくれた恩人だからな。感謝もするさ。だがどうやら、一番彼に感謝しているのは俺でもお前でもなく、音速の鐘(ソニック-ベル)の方らしい。」

 

 ノルデンがくいっと顎でブレードイーグルとカイの居る方向を指す。

 促されるままエリクが視線を向けた先では、アルトがカイの方へ駆け寄って行くところであった。

 その姿を何処か羨ましそうな眼差しで眺めているエリクに、ノルデンがそっと囁く。

 

「お前も行って来たらどうだ?ほんの5分10分くらい、誰も文句は言わんだろう。」

「……いや。仕事が終わってからで良い……」

「お前なぁ……いくらクソ真面目なのが取り柄だからって、そりゃあんまりじゃないか?」

 

 親友の小言を聞きながら、もう既に何度も目を通している報告書に視線を落とし、彼はふと暗い声で呟いた。

 

「……わからないんだ。どんな顔をしてあの子に会えば良いのか……」

 

 その声音はまるで途方に暮れた子供のようで、ノルデンは咽まで出掛かっていた小言の続きを溜息に変える。

 昔から真面目な反面、人付き合いに不器用な奴ではあったが……

 

「……お前ら親子を仲良くさせるのは、ヘルキャットにマーカー弾を当てるより難儀だな。」

「言うな。」

 

 エリクの小さな声に、ノルデンは肩を竦めて見せるだけだった。

 

   ~*~

 

「お~い!訓練生!」

「……あ?」

 

 聞き慣れぬ声に、カイは酷く面倒臭そうな声を上げる。

 気怠げに顔を上げれば、此方に駆け寄って来る若い軍人が1人。軍服の型と階級章から察するに、恐らく中尉だろう。濃い翡翠色の髪が印象的ではあるが、カイにとっては特に面識のある顔では無い。

 戦闘の疲れと傷の痛み、そして自分よりも重傷であったレンとエドガーに対する心配で悶々としていた彼は、表面上を取り繕う事すら億劫で、ぶっきらぼうに訊ねた。

 

「誰だあんた。」

「俺はアルト=ベルウッド。ハイドフェルド大佐の第一航空大隊に所属してる。」

「あぁ、親父んとこの……」

 

 ベルウッドという名はカイも耳にした事があった。

 「音速の鐘(ソニック-ベル)」という異名を持つ帝国空軍屈指のスピード狂……まぁ、そのあまりのスピード狂具合に、部下を置いてけぼりにして単身突っ込んでしまう事から、なかなか昇進出来ない問題中尉でもあるらしいが……飛行ゾイドの操縦技術だけならばトップクラスであると言われている軍人だ。

 

(まぁ、俺には関係ねーけど……)

 

 どうでも良いと思いながら、カイはふいっと視線を逸らす。

 その際、左頬に押し当てていた保冷剤がずれて(あらわ)になった青痣に、アルトが心配そうな声を上げた。

 

「うっわ。お前も随分派手にやられてんなぁ……大丈夫か?それ。」

 

 ブレードイーグルとの意識共有中、衝撃波を顔に喰らってしまった為に出来た青痣は、まるで殴り合いの喧嘩でもして来たかのようだ。

 カイは青痣を隠すように保冷剤を頬へ当て直し、溜息を吐く。

 

「見た目は派手だけど、大した事ねーよ。他の怪我も擦り傷ばっかだし。」

「擦り傷?どっかでずっこけでもしたのか??」

「そんなとこ。」

 

 不思議そうに首を傾げるアルトに、カイは曖昧な返事を返す。

 ユナイトの意識共有の能力は、説明が面倒臭い……

 ルーカスは別として、あまり軍人と関わりたくないと思っているカイは、面倒臭そうにアルトを見上げた。

 

「で?なんか用?」

「あぁ!そう!そうなんだよ!」

 

 カイのぶっきらぼうな態度など全く気にしていない様子で、アルトは声を上げる。

 彼は不意にカイの顔を覗き込むように見つめ、穏やかに微笑んだ。

 

「お前が大佐を助けてくれたお陰で、俺達は大切な上官を失わずに済んだ。本当にありがとな。」

 

 その言葉に、カイは思わずぽかんとした表情でアルトを見つめながら呟いた。

 

「もしかして……礼を言う為だけにわざわざ?」

「当たり前だろ?何かおかしいか??」

「いや……なんつーか……」

 

 カイは思わず口籠る。

 

「当の親父は顔も見せに来ねーし……俺も別に、礼を言って欲しくて助けた訳じゃなかったし……だからその……そんな事言われるなんて思ってなかったから……驚いたっつーか、意外っつーか……」

 

 カイの言葉に、今度はアルトがぽかんとした表情を浮かべる。

 が、彼は次の瞬間、心底面白がっている様子で笑い出した。

 

「演習開始前の大佐との喧嘩とか、あの無茶苦茶な戦い方とか、声掛けた時のさっきの態度とか、ほんっと可愛げのねぇガキだなーって思ってたけど、案外素直じゃねーか。気に入ったぜ。」

 

 ひとしきり笑った後、アルトはカイの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 戸惑ったようにアルトを見上げながら、カイはふと遠慮がちに訊ねた。

 

「あのさ……親父、今どうしてる?」

「あぁ。大佐なら後始末に追われてるよ。やっと被害状況の把握が終わって、俺達は一段落してるけど……大佐は今回の選抜精鋭部隊の代表で、現地責任者でもあるから、他にも仕事が山積みなんだ。」

「そっか……」

 

 ふいっと視線を落とした薄紫色の目には、微かな寂しさが宿っていた。

 

(別に……来なくたって良いけどさ……)

 

 父が嫌いだ。それは一貫して何も変わってはいない。

 だが、会いたくない筈の父が姿を見せてくれない事に対し“寂しい”と感じている自分が確かに居た。

 戦闘終了から既に2時間以上経過している。被害報告の1つや2つくらい、とっくに上がっている筈だ。

 帝国軍代表というだけではなく現地責任者でもあるのなら、ガーディアンフォース側の被害状況もある程度把握している事だろう。レンとエドガー、そして自分が負傷している事くらい……知っている筈なのに……

 

「随分寂しそうな顔してんな。」

 

 不意に投げかけられた言葉に顔を上げれば、アルトがからかうような笑みを浮かべていた。

 心の内を見透かされたのが気不味くて、カイはぷいっとそっぽを向き、不機嫌な声で捲し立てる。

 

「そりゃぁまぁ俺も一応人間だし?!薄情な親父だなぁ~って思っちまうっつーか?!」

「礼を言って欲しくて助けた訳じゃねぇ……っつってなかったか?」

「怪我した実の息子より仕事の方が大事とか、人としてどうなんだっつー話!!」

 

 いじけたように吐き捨てれば、アルトは面倒臭そうにチラッとカイを見やって再び視線を空へ戻す。

 ふと、わざとらしい声音で彼は喋り出した。

 

「そーいえば、大佐が前にこんな事言ってたっけなぁ~」

「……なんだよ。急に……」

「私は酷く臆病で不器用な人間だから、いつも空に憧れていただけだ。って。煩わしい他人の居ない自由で孤独な空だけが、唯一心が安らぐ場所だった。って。」

 

 その言葉に、薄紫色の瞳が皿のように見開かれた。

 父も自分と同じように空に憧れていたなど、今まで知りもしなかった……地上の煩わしさから逃げ出し、空の自由さに焦がれるその気持ちは、カイ自身も痛い程よく解る。

 言葉よりも饒舌なその眼差しに、アルトはふっと笑みを浮かべた。

 

「けどさ、その後で大佐はこうも言ったんだ。そんな私を“良き上官”として慕い、付いて来てくれる君達には感謝している。だが、どんなに“良き上官”であれたとしても、それ以前に私は“良き父親”である事が出来なかった。空ばかりを見つめていたせいで、地上にあるモノをおざなりにし過ぎてしまったんだ。ってな。お前の事を大切だって思ってなきゃ、そんな事言わねぇんじゃねーか?」

 

 ふいっと、カイは視線を落とした。

 地上にあるものをおざなりにし過ぎたというその言葉が、チクリと心の片隅に突き刺さる。

 自分はどうだっただろうか?……分かり合えない父から逃げ、周囲の目から逃げ、空に居場所を求め家を飛び出したあの日から……空を飛べるだけで充分だと、本当に満足していただろうか?

 確かに焦がれた空はあまりにも広く、自由だったが、それと同時に感じた“果ての無い孤独感”に満足感で蓋をしてはいなかったか?空だけが自分の居場所だと思い込む事で誤魔化していなかったか?

 ……いや、むしろ地上を忘れようとすらしていた筈だ。自分を心配し、無事を祈っていたであろう母や、リズの事すら頭から閉め出して、これが自分の幸せだと、地上に未練など無いと言い聞かせていた。

 

「……親父……後悔してんのかな?……」

「さぁな。俺は大佐じゃねーから知らねーよ。つーか、そういうお前はどうなんだ?」

「……」

 

 自分は、恐らく後悔はしていない。

 結果としてシーナと出会えた。ユナイトとブレードイーグルにも出会えた。ガーディアンフォースという新たな居場所も得る事が出来たし、親友や同僚にも恵まれた。

 成り行きだったとはいえ、当ての無い放浪生活の果てに見つけたこの止まり木を、カイは気に入っている。

 連絡を取り合っていなかった母にも、これからは気兼ねなく連絡をとれる。

 だが、父はどうなのだろう?

 母との仲は悪くない……むしろ、不器用なりに愛妻家だ。同僚にも恵まれているようにしか思えない。

 それでも尚、父が“おざなりにしてしまった”と語ったモノはなんなのだろう?

 その答えにひっそりと期待を抱いてしまう自分は、父に何を望んでいるのだろう?

 

「あ……」

 

 そうか。とカイは思い至った。

 父がおざなりにしてしまったものと、自分がおざなりにしてしまったものは、きっと……

 

「あ。居た居た。」

 

 不意に聞こえた声に振り返れば、スコットが小走りに駆け寄って来ていた。

 

「カイ君ごめんね。待たせちゃって。手当てするから医務室までおいで。」

「へーぃ。」

 

 弾みを付けて相棒の爪から降りた彼は、ふとアルトを振り返る。

 その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「ありがとな。音速の鐘(ソニック-ベル)。」

 

 思わず目を見開いたアルトの前で、カイはスコットに連れられ、医務室へと歩き出す。

 その小さな背中を見送って、彼は参ったように頭を掻いた。

 

「なんだ。俺の事知ってたのかよ……食えねぇガキだな……」

「中尉!いつまで油を売っているつもりだ??」

 

 唐突なその呼び声にギョッと顔を上げれば、微かに呆れたような表情のエリクが此方を見つめていた。

 

「すいません大佐!!今戻ります!!」

 

 自軍の陣営へと駆けだしながら、アルトはふと思った。

 こんな見計らったかのようなタイミングで声を掛けて来たということは、つまり……

 

(ったく……ホント、不器用で世話の焼ける人だな。)

 

 やれやれといった様子で、それでもアルトは笑みを浮かべる。

 上官というのは、完璧な真人間(まにんげん)よりも、多少なり世話が焼けるくらいで丁度良いのだと。

 

   ~*~

 

「それにしても……参ったな……」

 

 一方、ホエールキング内のメイン格納庫ではクルトが頭を抱えていた。

 シーナのヘルキャット「キート」と、自分のディバイソンは後方支援に徹していた為、ほぼ無傷だ。

 エドガーのジェノブレイカーも、主なダメージはヤークトジェノザウラーの放電攻撃のみだった為、システムの再起動と電装系のチェックだけでどうにかなった。地面に倒れた際の機体表面の小キズは、ジェノブレイカー自身の自己再生能力に任せるだけで充分事足りる。

 しかし、レンのライガーゼロ-プロトだけは、ホエールキング内の設備だけではどうしようもなく、ベースへ戻って修復するしかなかった……

 今回ライガーゼロが身に纏っていた試作CASユニット「ブレードゼロ」は、高速戦闘用ゾイドとしての立ち回りを重視し、軽量化された設計であった為、装甲の厚さなど高が知れている。大した防御力も耐久性も望めないユニットでボコボコにされたのだから、当然、素体へのダメージもかなり甚大だ。

 特に一番の問題は、コックピットを踏み潰されかけた際に生じた頭部の“歪み”

 換装の利かない素体部分。それも複雑な構造物が密集したコックピット周りへの直接的なダメージは、今回の合同演習では全く想定していなかった被害であった。

 

「ディバイソン程ではないにしろ、キャノピーの頑丈さならば従来のライガー系より遥かに上なのに……それを此処まで歪ませるとは、あの赤いゾイド……本気でゼロとレンを殺そうとしたんだな……」

 

 トーマがポツリと呟く。

 ブレードイーグルに回収された直後、レンをコックピットから救出する際にもキャノピーが3分の1しか開かなかった程の酷い歪み……ゼロ自身の自己再生能力に任せて回復を待つのなら、1ヵ月以上かかるだろう。

 頑丈な装甲キャノピーすらそんな状態である為、砕かれたヘッドフォークフィンの取付ジョイントなど、更に酷い有様であった。一応交換パーツならば、換装時に取り外したノーマルユニットのヘッドフォークフィンが無傷で残っているが、破壊されたブレードゼロユニットのヘッドフォークフィンがまだ中途半端に残っており、歪みのせいで外すに外せない。仮に苦労して外せたとしても、再装着にはやはり歪みを何とかしなければ……

 結局の所、回収されたライガーゼロに現在の手持ちの設備で施してやれた処置は、ボロボロになったブレードゼロユニットをノーマルユニットに再換装する事くらいである。

 ライガーゼロにとって、身に纏っているユニットはいわば鎧であり武器であるが、機体により馴染むようにと、培養したゼロの金属細胞から造られている。つまり、損傷したユニットから無傷のユニットに換装してやるという事は、損傷した細胞と無傷の細胞を“交換”してやるという事だ。再生能力を換装の利かない素体部分の再生に回せるようになる分、ゼロの負担が軽くなる。

 

「機体そのものへの応急処置は、これが精一杯だな。後はシステム面だけだが……」

 

 トーマの言葉に、クルトは静かに首を横に振った。

 

「いえ、頭がこれだけ酷く歪んだ状態でシステムを再起動させても、ゼロが辛いだけでしょう。システムがフリーズしている状態ならば、気を失っているのと同じ状態です。このまま一旦スリープモードに切り替えて、静かに休ませてやった方が良いかと。」

「……そうか。」

 

 トーマは静かに答えながら、息子を見つめる。

 格納庫の床にぐったりと倒れ伏した状態のライガーゼロの前に立ち、心苦し気な眼差しでその白い鼻先を撫でている姿は、ゾイドを本当に生き物として思う心優しい青年そのものだ。

 しかしその一方で、彼のもう片方の手はギリッとキツく拳を握りしめ、微かに震えていた……

 

「ごめんな……ベースに戻ったら、すぐに治してやるからな……」

 

 気を失った状態のライガーゼロへ語り掛けながら、クルトはそっと歯を食いしばる。

 傷付いた目の前の白獅子の姿が、医務室に運ばれていったレンの姿と重なってしまう……レンとゼロを此処まで痛めつけた幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に対し、クルトは激しい怒りを覚えずにはいられなかった。

 何故、此処までやる必要があったのか?と……

 そんな彼の思いを感じ取ったのだろう。微かに心配そうな表情を浮かべた直後、トーマが気持ちを切り替えさせるかのようにその背へ呼びかけた。

 

「……あとはブレードイーグルだけだな。クルト、イーグルを格納庫まで呼んで来てくれ。」

「はい。」

 

 父の言葉に短く返事を返し、クルトはホエールキングの口腔ハッチから外へ向かう。

 だが、その若草色の瞳はまだ、思いつめるように暗く沈んでいた。

 ブレードイーグルの損傷具合はライガーゼロほどではない……が、まだまだ未知の部分が多い機体だ。

 特に、イーグルの機体で最も構造が複雑なのは、本物の鳥と同じように展開格納する翼……案の定、今回の戦闘で損傷したのは、デスキャットへ音速ドロップキックをお見舞いした際に地面と接触した左翼である。そのせいで無数の可動部は砂や小石を噛み、戻って来た時には元通りにきっちりと翼を畳めなくなっていた。

 当然、翼の表面にも派手な傷が無数に刻まれ、場所によってはスパークも起きていたし、下手をすれば翼そのものに歪みが出ている可能性もある。ああ見えてイーグルの翼はデリケートなのだ。

 戦闘中にユナイトが被弾したブースターを再生してくれたのを差し引いても、元通りに治るまでどれ程の時間がかかることやら……

 

(ったく……いくら状況が切迫していたとはいえ、音速でドロップキックなんか繰り出しやがってッ……何考えてんだあの馬鹿は!ふざけんなよ!……)

 

 普段ならば絶対口にしないような荒っぽい口調で、無茶をやらかしたカイへの苦言が脳内で駆け巡る。

 しかし手段はどうあれ、自分の援護砲撃によってライガーゼロから離れたデスキャットを更に遠ざけてくれたのは、他ならぬカイとイーグルだ。そのお陰でレンもゼロも殺されずに済んだのだから、正直自分が文句を言える立場で無い事は彼自身も痛感している。

 だが同時に、それが酷く悔しかった……あくまで自分は後方支援戦闘員であるし、愛機も砲撃特化型に改造されたディバイソン。決してそれに不満がある訳では無い。だがそれでも、直接レンとゼロを助けに駆け付ける事が出来なかった自分が、たまらなく情けなかった……

 傷付いたゼロをこの場で完全に修復してやれない無力感。損傷したブレードイーグルの修復に対する不安。最前線に駆け付ける事の出来なかったもどかしさ……結局どれをとっても、行き着く先は自己嫌悪。

 ……まぁ、ゼロとイーグルに関しては身も蓋も無い話、再生能力を持つユナイトに合体して貰って急速再生を掛けてしまえばすぐ元通りになる……しかし、戦闘を終えたばかりのユナイトに負担を強いる事は出来ない。オーガノイドも力を使い過ぎれば弱ってしまう。傷付いたゾイド達を修復する為に、別のゾイドに負担を強いるなど、何の解決にもなりはしないのだ。

 どれだけ無力だろうと、傷付いたゾイドの修復整備は専属開発整備班の一員であり、一級工学博士である自分の仕事。その意地とプライドだけは、簡単に捨てられるようなものではない。

 

「ブレードイーグル!」

「クルル?」

 

 クルトが名前を呼べば、ブレードイーグルは不思議そうな声を上げて自ら身を屈める。

 そっと顔を覗き込んでくるイーグルを見上げ、彼は優しく声を掛けた。

 

「とりあえずジェノブレイカーとライガーゼロの応急処置は終わった。後はお前だけだ。一緒に格納庫まで来てくれないか?」

 

 だが、イーグルはクルトの顔をジッと見つめたまま微動だにしない。

 

「イーグル?どうした?」

 

 微かに戸惑った様子で声を掛けたクルトに、ふとイーグルの嘴が近づく。

 巨大な金色の嘴は、そのままクルトを励ますかのように、そして安心させようとでもしているかのように、優しく器用に彼の頬を撫でた。

 

「クルルルル……」

「……」

 

 静かに囁きかけるような、ひっそりとした鳴き声に、クルトは自身の頬を撫でてくれている金色の嘴へそっと手を添え、消え入るようにポツリと呟いた。

 

「……お前は優しいな。仲間を護ってくれただけじゃなく、俺の事まで心配してくれるなんて……」

「キュルッ」

 

 ふっと穏やかに笑い飛ばすような声を上げたイーグルを見上げ、クルトは泣き出しそうな表情で、それでも取り繕おうとするような下手な笑みを口元に引いて見せる。

 

「ありがとう……お前とカイのお陰で、レンも、ゼロも、誰も死なずに済んだ。」

 

 口元に引いた下手な笑みも、イーグルの嘴に添えた手もそのままに、彼はそっと足元へ視線を落とした。

 自己嫌悪を意地とプライドでねじ伏せようとしていた力が、ふと緩むかのように……

 

「けどごめんな……ゼロの修復だけは此処じゃ無理なんだ。こんなにボロボロになってまでお前達が助けてくれたのに、俺には何も―うわ?!」

 

 クルトはそれ以上、言葉を続けられなかった。

 ……突然、イーグルに喰らい付かれたせいで。

 

「イーグル?!お前いきなりどうした?!」

 

 上半身を丸ごと咥えられたせいで全く身動きが取れないまま、クルトはパニック気味に大声を上げる。

 だが、その答えの代わりに返って来たのは、不意に両脚が地面から浮き上がる感覚……自分がイーグルに咥え上げられた事に気付き、彼は遠慮がちにイーグルの口の中を叩いた。

 

「なぁ!頼むから降ろしてくれ!おい!聞いてるか?!」

 

 クルトの言葉などまるで意に介さず、イーグルはのそのそと徒歩でホエールキングの格納庫へと向かう。

 格納庫へ入って来たイーグルと、イーグルに咥え上げられているクルトを見て、トーマが言葉を失う程驚いたのは言うまでも無いだろう。

 

「あー……クルト?何やってるんだ?」

 

 やっとトーマが発した第一声に、クルトは脚をバタつかせながら大声を上げる。

 

「それはこっちが聞きたいですよ!なぁイーグル!頼むから降ろせ!!!」

 

 しかし、イーグルはそんなクルトに答えようとはせず、彼を咥えている嘴にギリッと軽く力を込めるだけだ。

 怪我をする程ではないにしろ、身を挟む力が強くなったせいでクルトは思わず声を上げる。

 

「いでででで?!」

「イーグル。うちの息子が何をしでかしたのかは知らないが、とりあえずそれくらいにしてやってくれないか?食ってもエネルギーには変換出来んし、最悪お前の方が故障してしまうぞ。」

 

 酷く心配そうな、それでいて全く自分に向けられていないトーマの声に、クルトは嘴の中で身をよじれるだけよじって振り返ると、その嘴の隙間から僅かに見える父親の脚に向かって怒鳴る。

 

「俺とイーグルのどっちを心配してるんですか?!シュバルツ博士!!」

「いや……だってなぁ?」

「そもそも俺は餌じゃありませんし!ゾイドは人間なんて食わないでしょう?!」

「……今、目の前でイーグルに食われてる奴に言われてもな……」

 

 苦笑を浮かべてトーマは情けない姿の息子を見上げる。

 クルトの任務服の色が緑を基調とした色である事も相まって、ブレードイーグルの嘴から下半身だけはみ出したその姿は、まるで鳥に捕食されたカエルのようであった。

 

「やれやれ……イーグル。食うつもりが無いなら、クルトを降ろしてやってくれないか?」

 クルル

 

 短く返事を返し、イーグルがやっとクルトを降ろす。

 若干ぐったりとした様子で格納庫の床に降り立った彼を眺めた後、イーグルは不意に、傷だらけになった自分の左翼を広げて彼の前に差し伸べた。

 

「……イーグル?」

「キュルルルッ」

 

 きょとんとした表情を浮かべたクルトの前で、微かに呆れているような、不機嫌なような……そんな鳴き声を上げながら、イーグルは差し伸べた翼をくいっと軽く動かす。その仕草はまるで……

 

「サッサと治せ。と言いたいんじゃないか?」

 

 トーマの言葉に、クルトはハッとした。

 先程、自分が外でイーグルに言いかけた言葉……

 

―俺には何も――

 

 その言葉を遮って、イーグルは自分を格納庫まで連れ込み、こうして翼を差し出している。

 まるで「出来る事なら此処にあるだろう?」とでも、言ってくれているかのように……

 

「イーグル……お前……」

 

 ぽつりと呟きながらイーグルを見上げるクルトの視線の先で、イーグルもまた、彼を静かに見つめていた。

 表情筋など無い筈なのに、その顔は何処か真剣でありながら、穏やかであるように思える。

 クルトは一度視線を落として目を閉じた後、目を開きながら再びイーグルを見上げる。その若草色の瞳には、強い光が戻っていた。

 

「そうだな。出来る事ならまだ此処にあった。すまん。すぐ治してやるからな。シュバルツ博士、機材と工具の準備をするので、その間にイーグルのダメージログの確認をお願いします。」

 

 そう言い残して機材や工具が収納されているエリアへ走って行く背を見送り、トーマとイーグルは一安心したかのようにそっと顔を見合わせた。

 

   ~*~

 

「……ん……?」

 

 ホエールキング内の医務室……そのベッドの上で、エドガーはふと目を覚ました。

 ゆっくりと起き上がってみれば、薄らとした倦怠感が残っているだけで、ヤークトジェノザウラーの放電攻撃による痺れと痛みは治まっていた。

 

「僕、いつの間に気を失ったんだろう?……」

 

 気怠げにそっと、片手で頭を抱える。

 ルーカスから「無理するな。」と言われた辺りまでは覚えているが、その先が曖昧で上手く思い出せない。

 

「よ!エドも気が付いたみたいだな。具合どうだ?」

 

 何の前触れも無く、ベッドをぐるりと囲んでいるカーテンを半分程シャッと開いて、ひょこっと顔を覗かせて来たのは……ゼロの中で気を失っていた筈のレンである。

 エドガーは思わずきょとんと目を見開いた後、恐る恐る口を開いた。

 

「あ、あぁ……僕は大丈夫。レンは?」

「俺も全然大した事無いぜ!っつっても……ここんとこホチキスで留まってるけど。」

 

 苦笑を浮かべながら、レンはこめかみに貼られたガーゼを指さしてみせる。

 その姿にエドガーが静かな安堵の溜息を吐いた瞬間、レンの隣に歩み寄って来たスコットが、心底呆れた様子で彼をジトリと見つめた。

 

「全然大した事無い。とは言うけど、君だってつい5分前に意識が戻ったばっかりじゃなかった?」

「あー……そうでしたっけ?」

 

 苦笑を浮かべて誤魔化そうとするレンに対し、エドガーもスコットと同様の視線を向ける。

 

「結局、僕もレンも似たり寄ったりじゃないか。」

「……というか、外傷がある分、レン君の方がエドガー君よりも若干重傷かな?」

 

 2人の言葉と視線に、たじたじといった様子で視線を泳がせるレンだったが、やがてがっくりと肩を落とすと、彼は力無く呟いた。

 

「そりゃ確かに、俺もさっきまで意識飛んでましたけど……レントゲンで特に異常は無かったって話だったし。ホント、こめかみちょっと切っただけでぴんぴんしてるから、全然大した事無いかなぁって……」

「……世の中には、外傷性頭蓋内出血っていうものがあってね?場合によっては20日以上経ってから発覚する事もあるんだよ??」

 

 穏やかながら、静かに脅しているのがひしひしと伝わって来るスコットの声音に、レンがたじたじと黙り込む。

 ……だが、黙り込んだレンと、そんなレンを心配そうに見つめるエドガーを交互に見つめた後、スコットは肩を竦めて見せつつも、不意に穏やかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「……まぁ、レン君はなんだかんだ頑丈だからね。大丈夫だろうとは思うけど、何か少しでも体調に違和感を感じたら、すぐに診察受けるんだよ?いいね?」

「はい。」

 

 大人しくこくりと頷いたレンに頷きを返し、スコットは明るく訊ねる。

 

「ところで、もうすぐ夕方なんだけど、君達お腹空いてない?」

「……え?もうそんな時間なんですか?」

「なんだか……そう聞くと一気に空腹感が押し寄せてくるというか……」

 

 戸惑った様子のレンとエドガーにくすくすと笑って、彼は優しく呟いた。

 

「帝国軍の人達が、さっきの戦闘で頑張ってくれたお礼に、食事ご馳走してくれるらしいよ?」

 

 思いがけないその一言に、食べ盛りの少年隊員2人は思わず顔を見合わせた。

 

   ~*~

 

 午後3時過ぎ……

 随分と遅い昼食となってしまったが、それでも、駐機場に用意された野外炊事スペースは賑わいを見せていた。

 

「それにしても……よろしいのですか?あんな事があった直後だというのに……」

 

 戸惑った様子で声を上げているのは、整備が一段落したトーマだ。

 しかし、そんなトーマの前にずいっと皿を差し出したのは、他でもないエリクであった。

 

「あんな事があった直後だからこそだ。ガーディアンフォースの隊員達には随分と負担を強いてしまった。この場ではこの程度の礼しか出来ないが、後日、改めて礼をさせては貰えないだろうか?」

「いえ、そんな……あ、どうも。」

 

 すっかり困惑した様子のトーマが抱えている皿に、ノルデンが焼きあがったばかりの肉と野菜をトングで豪快にどっさり盛りながら笑い声を上げる。

 

「そもそも、この合同演習での食事休憩は交流や意見交換の場としても設けられていたのですから、気にする必要などありません。本来3日間の日程で行われる予定であった演習が続行不可能となった以上、多少此処で食料を奮発した所で、誰も文句は言わんでしょう。」

「……そうですね。ありがたく頂きます。」

 

 トーマが穏やかに微笑んだのも束の間、少し離れた別のバーベキューグリルの傍で笑い声が上がる。

 何事だろうか?と振り返ったトーマ達の視線の先に居たのは、明るく笑う軍人達に囲まれて、照れ笑いを浮かべているクルトだった。

 

「いやぁしっかし、よく食う博士だな!」

「すいません。戦闘終了後からずっと整備に追われていたもので、どうにも空腹でして……」

 

 恥ずかしそうに呟きながら皿の上に盛られた肉を口に運ぶクルトに、軍人達が口々に声を掛ける。

 

「一級工学博士って言ったよな?今いくつだ?」

「この4月に19歳になったばかりです。」

「まだ10代か!その歳で博士とは大したもんだ。」

「若ぇって良いなぁおい!」

「おまけにディバイソンの援護砲撃もなかなかの腕だったしなぁ。」

「ありゃぁホントに助かったぜ。ありがとよ博士。」

「さっきの戦闘の礼だ!遠慮はいらねぇ!好きなだけ食え!」

 

 そんな言葉と共に、まだ半分も減っていない皿に肉と野菜をドンと追加され、クルトは困ったような表情を浮かべながらも、普段纏っている何処か冷たい雰囲気から一転し、年相応の笑みと共に嬉しげな声を上げた。

 

「ありがとうございます。では、ご厚意に甘えて遠慮なく。」

「おう食え食え!若ぇんだから!」

 

 和気藹々としている微笑ましい光景に、エリクとノルデンが笑みを浮かべる一方で、実の父であるトーマは皿を手にしたまますっかり頭を抱えていた。

 クルトは体形からは想像もつかない程、とにかくよく食べる。1食辺り2人前くらいの量を平然と平らげて、腹八分目くらいだと言うのだから……我が子ながら、何故あれだけ食べて太らないのか不思議でならない。

 

「全く……少しは遠慮というものをだな……」

「いやいや。アレくらいで丁度良い。10代男子の食欲なんて底無しですからな。」

 

 景気良く笑うノルデンに、トーマが苦笑を浮かべた時だった。

 ふと何かに気付いた様子のエリクが、ただ一点に視線を釘付けにしたまま動きを止めたのは。

 

「エリク?」

 

 ノルデンが怪訝そうに名前を呼ぶが、エリクは全くの無反応だ。

 仕方なくその視線の先を同じように眺めた所で、ノルデンはようやく気が付いた。

 その視線の先に、人込みを避けるようにしてポツンと座る銀髪の少年が居る事に……

 ノルデンはそんな親友親子の様子に深々とした溜息を一つ吐くと、おもむろに皿を一枚手に取り、グリルの上から焼き立ての肉や野菜を一通りどっさりと盛り付け、不意にエリクへと差し出した。

 

「ほら。」

 

 肉と野菜が盛られた皿をいきなり目の前に差し出され、エリクは戸惑ったようにノルデンを見上げる。

 そんな彼に、ノルデンは呆れ笑いを浮かべながら呟いた。

 

「せっかくだから飯持って行ってやったらどうだ?お疲れ。ってな。」

「それはそうだが……カイはこんなに食わないぞ。多分。」

 

 若干呆れた様子で皿を凝視するエリクに、半ば無理矢理皿とフォークを渡して、ノルデンは追い立てるようにその背を押しやる。

 

「10代の胃袋舐めんなよ。そら!行って来い!」

 

 皿を抱えて渋々歩き出したエリクの後ろ姿を眺めながら、ふと、トーマが呟いた。

 

「なんだかんだ、親子なんですね。」

「ん?」

「あぁ、いえ。歩いて行く時の後ろ姿が、カイと似ているなと思いまして。」

 

 そんなトーマの言葉に、ノルデンは景気の良い笑い声を上げるだけだった。

 

   ~*~

 

「はぁ~……」

 

 ぐったりした様子でカイは溜息を吐いていた。

 元々、このような大人数での食事というのが落ち着かない性分である事に加え、今回の場合は下手に食事を取りに行こうものなら、大佐を救った英雄扱いを受けて軍人達に(たか)られてしまう。彼にはそれが妙に居心地悪かった。

 

(俺はただ……)

 

 ふと、そこで思考に行き詰まる。

 父親を助けたかっただけ。それを素直に認めるのがどうにも癪だった。

 

(……だって親父が死んだら、母さんが可哀想じゃん……)

 

 そんな言い訳を考えてみるも、どうにも白々しい。

 

(……つーか、親父助けた事なんかどーでも良いじゃねーか。なんであんなに英雄扱いすんだよ。馬鹿じゃねーの?暇人ばっかなのかよ。軍人って……)

 

 結局そうやって、騒ぎ立てる周囲の軍人達に矛先を向けてみるも、何処か虚しい。

 言葉に出来ないもやもやとした行き場の無い思い……それが何なのか、自分でもわからなかった。

 

「カイ。」

 

 不意に自分の名を呼んだその声に、カイはハッと顔を上げる。

 いつの間にか、エリクがすぐ傍らに佇んでいた。

 

「親父……」

 

 なんと声を掛ければ良いやらと口籠るカイの前で、エリクもまた、同様の表情を浮かべている。

 暫し無言で見つめ合っていた親子だったが、先に口を開いたのはエリクの方であった。

 

「……先程の戦闘……お前のお陰で命拾いした。ありがとう。」

「お……おう……」

 

 戸惑った声を上げたカイに、エリクは手にしていた皿をずいっと押し付けるように手渡すと、ふわふわと跳ね上がった自分譲りの銀髪頭をくしゃりと撫でる。

 無表情だったその口角に、ほんの僅かだが……笑みが浮かんだ。

 

「今日はもう、しっかり食って、しっかり休め。私が言いたいのはそれだけだ。」

「……言われなくても、そうするよ……」

 

 照れ隠しのように視線を逸らした息子にそれ以上何を言う事も無く、エリクは静かにその場を立ち去る。

 歩き去って行く父親の背中をしばらく眺めていたカイだったが、ふと呆れたような笑みを浮かべながら、受け取った皿に視線を落として、ポツリと呟いた。

 

「ったく。詫びのつもりか何なのか知らねーけど……俺、こんなに食わねぇっつの……」

 

 小声でぼやきながらも、何処か嬉しそうに皿の縁に添えてあったフォークを手に取り、一口目を頬張ろうとしたその時だった。

 

「カイ~!」

 

 元気の良いその声に、カイも明るい笑顔と共に声のした方向へ視線を向け、立ち上がる。

 声音通りの元気な様子で走って来たのはレンであった。

 

「レン!もう大丈夫なのか?」

「おう!……つっても、切ったとこホチキスで留まってるけどな。」

 

 その言葉に、カイが珍しくギョッとした様子で目を見開く。

 

「ホチキス?!え?!マジで?!あれって傷口に使って良いのかよ?!」

「あ~違う違う。文房具用じゃなくて、医療用の奴ってのが別にあるんだよ。」

「へぇ~……でもやっぱ、要するに針金で留まってる……って事だよな?」

「まぁな。」

「うっわ痛そう……」

 

 げんなりと顔をしかめるカイに景気良く笑って見せた後、ふと、レンが不思議そうに訊ねた。

 

「そういえばシーナは?飯食いに来てねーの?」

「え?」

 

 思わず一瞬思考が止まる。

 そう言えば、戦闘終了後からシーナの姿を全く見ていない……試しに辺りを見渡してみても、特徴的な桜色は何処にもありはしなかった。しかし、カイは確かな心当たりと共にそっと目を伏せながら椅子に腰を下ろす。

 

「……さっきの戦闘で、アレックスって呼ばれてた敵が居ただろ?」

「あの黒いゴジュラスみたいなゾイドに乗ってた奴の事か?」

「あぁ。アイツ、シーナの兄貴かもしれねーんだ。だからきっと、それにショック受けてんじゃねーかな……」

 

 その言葉にレンも口を噤んだ。

 シーナが自分の記憶と共に探しているもの……それが、消息不明となっている彼女の双子の兄「アレックス」である事は、仲間である自分達も知っている。

 そんな兄が敵となっているかもしれないなど、心優しいシーナにとっては到底耐えられる事ではないだろう。

 

「探しに……行かなくて良いのか?」

 

 遠慮がちなレンの問いに、カイはふと視線を落として力無く寂しげな笑みを浮かべた。

 

「……アレックスの容姿も、声も、俺と瓜二つだってシーナが言ってた。俺が行ったらきっと逆効果だ。アレックスの事やさっきの事、また思い出させちまうだけだろうから。」

 

 そう呟いたカイは、食べきれない程の肉と野菜の盛られた皿をそっと簡易テーブルに置き、再び立ち上がる。

 

「それに、シーナが懐いてる奴はなにも俺だけじゃねーしな。ちょっくら頼んでくる。」

「頼むって、誰に??」

 

 きょとんと訊ねたレンに、カイは苦笑を浮かべて呟いた。

 

「従兄と肉の取り合いしてる馬鹿博士。」

 

 小走りに駆けだしたカイの行く先に視線を向け、レンも納得した様子で苦笑を浮かべる。

 そこには、とある攻防を眺めて呆れた表情を浮かべるエドガー。攻防の原因となっているルーカス。

 そして、肉を横取りしてくるルーカスから自分の皿を死守しているクルトの姿があった。

 

   ~*~

 

 ガーディアンフォースのホエールキング、メイン格納庫……その一番端に駐機されたヘルキャット、キートのコックピット内で、シーナはシートの上で膝を抱え顔を伏せていた。

 他の者達は、乗組員や整備スタッフ達も含めて全員食事を取りに外へ出て行ってしまった。今は文字通りの独りだ……だが、独りになった所で何も変わらない事くらいわかっていても、今は誰の傍にも居たくなかった。

 

(どうして……)

 

 もう何度目になるか分からない、声無き呟き……

 何故アレックスが敵となってしまったのだろう?

 声を聞く限りは、間違いなくアレックスの声そのものだった。

 だが、もし本当にアレックスなのだとしたら、何故あんなに無機質になってしまっていたのだろう?

 記憶の中に残るアレックスとは到底似ても似つかなかった。心優しく、穏やかながらも明るくて……だがそれ故に、ゾイドを戦争に使う大人達を憎んでも居た……そんなアレックスがゾイドであんな事をするなど……

 あのゾイドに乗っていたのは……本当にアレックスなのだろうか?

 

(あんな事……アレックスがする訳無い……あの人は違う。アレックスじゃない……)

 

 だが、否定すればするほど……先程の戦闘の光景が胸を抉る。

 アレックスと呼ばれた人物の駆る漆黒のゾイドは、一切の情けも容赦も無く、航空部隊の軍人達とカイ、そしてブレードイーグルを攻撃していた。

 本当にアレックスだったのなら、ブレードイーグルに攻撃をするような事は決して無い筈……しかし、もしも自分と同じように記憶の一部を……或いはかつてのフィーネのように、記憶を全て失ているのだとしたら?それならブレードイーグルにも容赦なく攻撃した可能性は十分ある。

 もしも、目覚めた際になんらかの理由でハンチが傍におらず、保存していた記憶を引き継げずに記憶喪失状態のまま、敵の元で兵士として戦っているのだとしたら……アレックスを救いたい。

 自分にとってはたった1人の家族なのだ……世界で、たった1人の……

 

(あれ?……)

 

 ふと、シーナはそこで疑問を抱く。

 

「たった……1人の??……」

 

 おかしい。

 自分の家族は、アレックスと……父であるヴェルナー博士の“2人”である筈なのに……

 

(そういえば……お父さんは……?)

 

 記憶が途切れてしまっているせいで、父が極秘裏に開発していたブレードイーグルが完成間近であった辺りまでしか覚えていない……あの後父がどうなったのか、自分は知らない筈なのに……

 何故か、これだけはハッキリと確信があった。

 父は……ヴェルナー博士は“もうこの世に居ない”と……

 

「なんで……」

 

 か細い声が唇から零れ落ちる。

 何故、父がもうこの世に居ない事がわかるのだろう?

 自分は一体、何を忘れているのだろう?

 思い出さなければ……だが、思い出してはいけないような気もする……

 押し寄せる焦燥と不安に、思わず涙が溢れた。

 

(私……どうしたら良いの?……なんでお父さんはもう居ないの?どうしてアレックスが敵になってるの?私が忘れている記憶は一体何の記憶なの?もう分かんない……思い出したいのに……助けたいのに……怖くてたまらないの……ねぇ、アレックス……お父さん……私、もう分かんないよ……)

 

 このまま記憶が思い出せなかったとしても。

 仮に記憶が思い出せたとしても。

 あの黒いゾイドに乗っていたのがアレックスなのだとしたら、戦わなければならないのだろうか?

 万が一アレックス自身が自分の意志で敵側に居るのだとしたら、倒さなければならないのだろうか?

 救い出す方法は無いのだろうか?

 止め処無く溢れ返る思いと感情を体現するかのように、鶯色の大きな目から零れ落ちる涙もまた、止め処無く溢れるばかりで、心の整理など到底付く筈も無い……

 膝を抱えたまま懸命に涙を拭う両手は、無力感を力無く握り締めて震えていた。

 

「シーナさん、います……か?……」

 

 不意に開いたキートのキャノピー……

 そこから身を乗り出してコックピット内を覗き込んだクルトは、思わず言葉を失った。

 途方に暮れた小さな子供のように、シートの上で膝を抱え、両手で涙を拭うその姿が……自分を見上げた鶯色の瞳に溢れ返る大粒の涙が……彼の心を貫くように突き刺さった。

 カイにシーナを探して来てやってくれと頼まれた際に、そんな気はしていた。何処かに閉じ籠り、先程の戦闘時に現れたアレックスと呼ばれた人物に対して、思い悩んでいるのではないか?と……

 だが、人知れずこうして泣きじゃくっているなどとは、正直思ってもみなかったのだ。

 行方知れずとなった双子の兄を想うシーナの気持ちを……あまりにも軽く見過ぎていた……

 

「クル……ト……」

 

 掠れたような小さな声で名前を呼ばれ、クルトはハッと我に返る。

 掛ける言葉すら思い付かぬまま、彼はシーナの艶やかな桜色の髪に触れるように、そっと頭を撫でた。

 幼い頃、幼馴染であるレンやエドガー達が泣いていた時に、そうしてやったように……

 心配と自責の念が混じり合ったようなクルトの表情に戸惑いながらも、シーナは、自分の頭を優しくそっと撫でてくれる温かな手に、確かな安堵を覚えていた。それは、かつて自分の頭を撫でてくれた父の手に……或いは、父と同じように自分を可愛がってくれていた父の助手の手に、似ていたからかもしれない。

 安堵に気が緩んだせいだろうか?それとも、その優しい手の温もりに惹かれたのだろうか?シーナはそのまま吸い寄せられるかのように、クルトに抱き着いた。

 

「あっ……あのっ!シーナ……さん?!」

 

 不意に抱き着かれ、耳まで真っ赤になりながらクルトが戸惑った声を上げる。

 思わず抱き締め返そうとしかけたまま、戸惑いと躊躇いに止まってしまった手もそのままに、身動きも取れずオロオロとしているクルトへ、シーナはそっと消え入るように呟いた。

 

「……すぐ……泣き止むから……少しだけ、こうしてても……良い?……」

 

 そのか細い声に、クルトの顔色が元に戻る。

 身を案じていた兄が、突如敵として姿を現した……その残酷な現実を16歳の少女が1人で受け止めるなど、無理に決まっている。仲が悪かったのならまだしも、仲の良い兄妹だったのなら尚更だ。

 自分が整備に追われ、何も知らずに食事を摂っていた間……そんな絶望と孤独、不安を抱えて、キートの中にずっと閉じ籠っていたのか……と考えただけで、自分に腹が立った。整備をしていた間、ずっと同じ格納庫に居たというのに、何故気付いてやれなかったのだろうか?と……

 行き場を失ったように宙で止まっていたクルトの両手が、儚い壊れ物を守るかのように、そっとシーナを抱きしめ返した。

 

「自分などでよろしければ……いくらでも。」

 

 その言葉に、シーナが再び小さく嗚咽を漏らす。

 そんな彼女を安心させるように抱き締め直しながら……クルトの眼光がふと鈍く鋭さを帯びる。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が傷付けたものは、負傷したレン達やゾイド達だけでは無かったのだ……

 もしもあのアレックスと呼ばれた人物が本物であるならば、彼等の真の目的はこれだったのかもしれない。

 ブレードイーグルがガーディアンフォースの機体となった事は、賞金騒動を鎮静化させる目的も込めて公式に発表がなされている。ブレードイーグルが目覚めた以上、あちらには確信があったに違いない。ともに眠りに就いていたシーナもまた、目覚めている筈だと……

 だからあの時、あえて周囲に聞こえるようにその名を呼んだに違いない。“アレックス”と……

 静まっていた怒りが首を(もた)げるように再び沸き上がるのを感じ、クルトは静かに歯を食いしばった。

 

(戦闘員である俺達だけでなく、こんな卑劣な方法でシーナさんまで傷付けて……幻影騎兵連隊(ファントムリッター)……俺はお前達を赦さない。絶対に……)

 

 だが、この時彼は知る由も無かった。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に傷付けられた者がレン達やシーナだけでは無い事を……

 この邂逅の遥か以前から、彼らに傷付けられてきた者がすぐ身近に居た事を……

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