ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第30話-錯綜の夜-

 マジで“踏んだり蹴ったり”って感じで終わった今回の合同演習……

 親父がゾイドに乗る事を許してくれたのかどうかは、結局、分からず仕舞いになっちまってる。

 ……まぁ、今すぐ認めてくれなくても、俺はガーディアンフォースを辞めるつもりはねぇし。

 親父から「ありがとう」って言われた。今は……それだけで十分だ。

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第30話:錯綜の夜]

 

 ガーディアンフォースのホエールキングがパクスフォルデを発ったのは、日没とほぼ同時刻だった。

 昼食を摂るのが遅かった為、夕食を摂るにも皆大して腹は減っておらず、離陸後暫くは各々自分なりに時間を潰していたのだが……やがて報告書をまとめていたレンが仮眠室にやって来て眠り始め、ジェノブレイカーの様子をチェックしていたエドガーもそのすぐ後に就寝。

 残る3人も仮眠室には居るのだが、クルトは小タブに接続したイヤホンで音楽を聴きながら、膝の上に抱えたラップトップを静かに操作している。シーナは畳んだ毛布をクッション代わりに抱きかかえて座ったまま、ぼんやりと考え事に耽っており、そしてカイは、窓辺に頬杖を突いて夜空を眺めていた。

 

―……先程の戦闘……お前のお陰で命拾いした。ありがとう―

 

 父に言われたその言葉を、脳裏で何度も思い返しながら……カイはふと考え込む。

 

(そういえば、親父に“ありがとう”なんて言われたのいつぶりだっけ?)

 

 父から最後にその言葉を聞いたのは、少なくとも「ゾイドで空を飛びたい」という夢を語り、猛反対されて不仲になってしまう以前の筈……となると、7歳くらいの頃だっただろうか?父の誕生日に母と2人でバースデーケーキを作った時が最後だったような気がする。

 まぁ、作ったと言っても、自分はケーキの上にイチゴを並べた程度だったが……

 

(……俺、喧嘩する前の親父の事、殆ど覚えてねーんだな……)

 

 自分には幼少期……5歳くらいまでの間の記憶が一切無い。

 不仲となったのが8歳の時であるから、自分が覚えている優しい父親の記憶は、たったの3年分。仮に幼少期の記憶を失っていなかったとしても、憎んで来た年月の方が長いのだ。覚えている限りの記憶の中から父の笑った顔をかき集めてみても、ほんの一握り……どれも既に朧気でハッキリとは思い出せない。

 だからこそ、嬉しかったのかもしれない。素直に認めるのは悔しいが……

 

(親父の笑った顔なんて……もう二度と、見る事ねぇだろうと思ってた……)

 

 たった一言の「ありがとう」が、頭を撫でてくれたその手が、ふと浮かべた微かな笑みが、全て自分に対して向けられていた……正直、夢だったのではないか?とすら思っているくらいだ。

 ふと、カイの脳裏にアルトの言葉が過る。

 

―空ばかりを見つめていたせいで、地上にあるモノをおざなりにし過ぎてしまったんだ。ってな―

―つーか、そういうお前はどうなんだ?―

 

 あの時、思い至りかけた一つの答え……

 

(親父がおざなりにしちまったものと、俺がおざなりにしちまったものは……

 “お互い”なんだろうな……きっと……)

 

 お互い逃げていたのだ。

 煩わしい周囲から、地上の不自由から、何よりお互いから……果てしなく自由で、果てしなく孤独な空に。

 また顔を合わせる事があったら、今日よりほんの少しで良い。ほんの少しで良いから、歩み寄れるだろうか……

 父は、そう思ってくれているのだろうか?おざなりにしたものに気付いているのだろうか?

 もし父も自分と同じ気持ちでいてくれたなら……長年の隔たりを、少しずつ埋めていけるだろうか?

 

「……らしくねぇなぁ……」

 

 吐息のような独り言が宙に溶ける。

 いつの間にか……過度な期待など、抱くだけ虚しいだけだ。と言い聞かせるようになっていた。

 なのに、あんなにも嫌っていた筈の父に対して、こんな期待を抱いてしまうとは……

 自分も案外、まだまだ子供なのかもしれない。

 らしくない。と呟いた筈の口角には、無意識にひっそりとした笑みが浮かんでいた。

 

「……ねぇ、クルト……」

 

 不意に聞こえたその声に、カイはやっと窓から室内へ視線を向ける。

 いつの間にか、畳んだ毛布を抱えたままのシーナがぽつんとクルトの傍に立っていた。

 

「シーナさん。どうかされました?」

 

 クルトがラップトップから顔を上げ、イヤホンを片方外しながら声を掛ける。

 シーナは少し躊躇うように黙り込んだが、やがて小さく呟いた。

 

「……お仕事、邪魔しないから……隣で寝ても良い?」

 

 クルトが目を見開いたまま固まっているのが、遠目にもよくわかった。

 数拍の沈黙の後、彼は何処か戸惑ったような声音で呟いた。

 

「え、えぇ……それは、構いませんが……あの、キーボードの音とか、耳障りでは?」

「んーん。機械の音は……落ち着くから、平気」

「そう……ですか……」

 

 ぽかんとしたままのクルトの隣で、シーナは抱えていた毛布を広げると器用にすっぽり包まって、ころんと横になる。元々小柄な体を更に小さく丸めながら、彼女は微かに微笑んだ。

 

「おやすみなさい」

 

 まるで「私なら大丈夫だよ。心配しないで」とでも言うようなその笑みに、クルトは見覚えがあった。

 幼い頃、自分の幼馴染もよくこんな顔をしていた。

 平気な訳が無い。大丈夫な訳が無い。

 キートのコックピットに閉じ籠っているのを見つけた時、あんなに泣いていたではないか……

 

「……無理に、笑おうとしなくて良いんですよ?」

 

 外したイヤホンを持ったままだった手が、そっとイヤホンを手放してシーナの頭を優しく撫でる。

 ハッとしたように目を見開いたシーナの目に、またそっと、涙が浮かんだ。

 その涙を指で掬い上げるように拭ってやりながら、彼は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「大丈夫です。ちゃんと此処に居ますから……だから、安心して休んで下さい」

「……うん。ありがとう……」

 

 小さくぽつりと呟いて、シーナは静かに目を閉じる。

 目視による驚異的なオペレートをこなし続けた疲労も勿論だが、アレックスと呼ばれた敵の存在と、長い間泣いていた事による泣き疲れも相まっていたのだろう。横になって間もなく、シーナは眠ってしまった。

 その寝顔を眺めながら、クルトは不意に口を開く。

 

「……こうなると分かっていて、俺に頼んだのか?」

「え?」

 

 突然投げかけられた言葉に、カイはぽかんとした声を上げた。

 

「なんだよ。俺がお前とシーナの仲を取り持ってやったとか思ってんの?」

「そうじゃない」

 

 まるで人形のような、無機質で感情の読めない表情と眼差しで、クルトはカイを見据える。

 思わず射竦められたように戸惑った表情を浮かべたカイに、クルトは静かに言葉を続けた。

 

「お前が一番長くシーナさんの事を見て来たんだ。シーナさんがこうなる事くらい、お前なら分かっていたんじゃないのか?なのに何故自分で探しに行こうとしなかった?本来なら、こうしてシーナさんが頼るべきなのはお前の筈なのに」

 

 カイは、微かに目を見開く。

 確かにそうかもしれない。起こした以上、面倒を見てやると言ったのは他ならぬ自分自身だ。

 しかし……

 

「……いちいち回りくどいんだよお前。言いたい事があるならハッキリ言えよ」

 

 出来るだけ喧嘩腰な声音にはならないように気を付けつつも、そう言わずにはいられなかった。

 自分は自分なりに悩んだ末、クルトに託したというのに……

 そんなカイを睨み付けるように目を細め、クルトは冷たく呟いた。

 

「お前、シーナさんの抱えている物から目を逸らして、逃げ出したんじゃないだろうな?」

 

 クルトのその言葉に、こみあげていた苛立ちが怒りに変わった。

 目を逸らした訳じゃ無い。逃げた訳じゃ無い。ふざけんな……そんな怒声が一瞬脳裏を過る。

 だが、怒鳴り合った所で何の解決にもなりはしない。瓦礫街の任務でそう痛感したばかりではないか。

 それに、室内ではシーナだけでなく、レンもエドガーも眠っているのだ。怒鳴る訳にはいかない。

 カイは怒りを追い出すように、深い溜息を一つ吐く。

 分かり合える訳が無い。此方の言い分を聞いてくれる訳が無い。説明するだけ無駄……そんな風に決めつけて、自分の思いや考えを口にせずに終わっては、地上で居場所を失くしていた頃に逆戻りだ。

 少し俯きながら、彼は伝えたい事を整理するようにそっと口を開いた。

 

「……俺がシーナと向き合うのを投げ出して、お前に押し付けたと思ってた訳か……先にハッキリ言っとくけど、俺は別にそんなつもりでお前に頼んだ訳じゃない。俺……アレックス絡みの事に関しては……いつも距離感に悩んじまうんだ。シーナの話だと、アレックスと俺がホントに……声も姿もそっくりらしいから……」

 

 クルトの表情から、ふと険が消える……

 何処かぽかんとしているような、呆気に取られているような声音で、彼は独り言のように訊ねた。

 

「シーナさんの双子の兄とお前が?……どういう事だ?」

「それはこっちが聞きてぇよ。けど、お前も聞いただろ? あいつの声、俺と同じ声だった……シーナもそれが一番こたえたんじゃねーかって思うと、俺の声もシーナを余計傷付けるだけかな? って……」

 

 何処かしゅんとした声音のその一言に、クルトは小さな溜息を吐く。

 

「……無責任にシーナさんの事を押し付けた訳でないのなら、別に良い」

 

 彼は傍らに置いていた小タブを手に取って、音楽を止める。

 付けっ放しだったもう片方のイヤホンもそっと外し、慣れた手付きでコードをまとめ、小タブと共に再び傍らにそっと置きながら、クルトは何処か穏やかな眼差しでカイを見つめた。

 

「お前なりに、考えた末の判断だったんだな。疑ってすまん」

「お、おう……」

 

 ぶっきらぼうな返事が口から転げ落ちる。

 こんなにすんなりとクルトが謝って来るとは、思いもしなかった。

 そもそも、クルトに謝られた事があるのは瓦礫街での任務中に勃発した、通信越しの口喧嘩の直後。レンに叱られ、お互い気不味い状態での謝罪が一回あったのみ……

 

「……お前、具合でも悪ぃの?」

「どういう意味だ?」

 

 恐る恐る訊ねれば、クルトがジトリとした眼差しを向けてくる。

 ……いつも通りの反応なので、どうやら具合が悪い訳ではなさそうだ。

 

「いや……なんか意外だったっつーか……」

「俺が一方的にお前を疑ったんだ。自分に非があれば、きちんと謝罪くらいするに決まっているだろう」

「流石大人」

 

 何処か皮肉交じりの涼しい声で茶化すカイ。そんな彼を物申したげな表情でしばし見つめた後、再びラップトップを操作し始めながら、クルトがそっと訊ねる。

 

「ついでに聞いておきたいんだが……何故、俺にシーナさんを任せようと思ったんだ?」

「え?」

「俺は整備開発以外に何の取り柄も無い人間だ。俺なんかよりも、もっと他に適任が居ただろう? レンやエドの方が……他人の痛みに寄り添ってやれる優しい奴に頼んだ方が、良かったんじゃないか?」

「ん~……」

 

 考え込むような声を上げ、ぼんやりと天井を眺めていたカイだったが、やがてふっと笑みを浮かべながらクルトに視線を戻す。

 

「レンもエドガーも、負傷して意識飛んじまってた状態から気が付いたばっかだったんだぜ? 俺の代わりにシーナを探してくれ~なんて、言える訳ねーじゃん。そこは流石に気ぃ使うっつの」

「そうか……」

「けど、一番の理由は“勘”かな」

「勘??」

 

 怪訝そうな表情で、クルトがラップトップから顔を上げる。

 カイは、そんな彼を穏やかに見つめながら言葉を続けた。

 

「お前に任せれば大丈夫だ。って、思ったんだ」

 

 嘘も迷いも一切無い真っ直ぐな薄紫色に、戸惑いの色を湛えた若草色がふいっと視線を逸らす。

 

「まったく……いい加減な奴だな……」

「そうでもないぜ? シーナがお前にも懐いてるのは知ってるし。お前も、シーナの事好きなんだろ?」

「なっ?!」

 

 ニヤリと笑いながらクルトを見つめれば、案の定耳まで真っ赤になった情けない顔がそこにあった。

 声を上げた直後、クルトは隣で寝ているシーナと、離れた場所で寝ているレンとエドガーを見やる。

 一瞬大声を上げたにも関わらず、3人ともぐっすりと眠っている事を確認し、幾分安堵しながら彼は恨みがましそうな視線をカイへと突き付けた。

 

「お前なぁッ……いきなりなんて事を言うんだッ」

「事実だろ?」

「……」

 

 咄嗟に返す言葉が思い付かず、クルトは黙り込んだまま隣で眠るシーナに再び視線を移す。

 小さく丸まったその寝姿は、孤独から必死に心を守ろうとしているかのようで微かに胸が締め付けられる。

 そっと手を伸ばして、シーナの頭を優しく撫でながら彼は呟いた。

 

「……初めて姿を見た時、なんて美しい人だろうとは……思った」

「そんだけ?」

「……一目惚れだッ。文句あるか?」

 

 キッとカイを睨み付けるクルトだったが、当のカイは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「いや、文句はねーよ。つーかお前滅茶苦茶分かり易いから、だろうなとは思ってた」

「じゃぁいちいち聞くなッ」

 

 不貞腐れたようにぷいっとラップトップへ視線を落としたクルトに、カイは訊ねる。

 

「告らねーの?」

 

 その一言に、キーボードを入力していたクルトの手がぴたりと動きを止めた。

 彼は静かな溜息を一つ吐き、何処かうんざりしたような眼差しでラップトップのモニターを眺めたまま呟いた。

 

「俺は……ただひっそりと、傍らでシーナさんの助けになれるのならそれで良い。きっと告白はしない」

 

 意外なその一言に、カイが目を見開く。

 照れ隠し……にしては、表情があまりにも暗い。誤魔化している訳ではなく恐らく本心だろう。

 だが、告白する勇気が無くて諦めている。という訳でもなさそうな気がした。

 クルトのその眼差しに見覚えが……身に覚えがあったから……

 

「俺とお前がギスギスしちまうのって……案外、同族嫌悪なのかもな」

「は?」

 

 再び怪訝そうな表情を浮かべたクルトに愛想笑いを返して、カイがごろんと仰向けに寝転がる。

 

「なんでもねーよ。野暮な事訊いちまって悪かったな。俺は寝る」

「ふんっ。だったらサッサと寝ろ。寝てしまえ」

「へーぃ」

 

 背を向けるように寝返りを打ったカイを若干呆れたように眺めていたクルトだったが、やがて軽く小さな溜息を一つ吐くと、再びラップトップを操作し始める。

 しかし、不意に先程カイに言われた一言が脳裏を掠めた。

 

―案外、同族嫌悪なのかもな―

 

 そっと右手で顔の右半分を覆いながら、クルトは再び作業の手を止める。

 ぼんやりとラップトップのモニターを見つめる若草色の瞳は暗く陰り、脳裏にチラつく過去の光景を拒むような眼差しは、完全に温度を失い冷めきっていた。

 

(同族なものか……そんな事、絶対にあり得ない……)

 

 キーボードに置かれたままであった左手が、カリカリとキーの表面を引っ掻くようにそっと拳を握り締める。

 アームカバーに覆われたままのその手は、微かに震えていた。

 

   ~*~

 

『――では、撃破した敵機は全て無人であった。という事か』

「はい」

 

 その頃、ホエールキングのメインブリッジ。

 通信画面に映ったガウスに対し、神妙な面持ちで返事を返したのはトーマだった。

 負傷者と損傷ゾイドの収容が完了した後、帝国軍とガーディアンフォースは敵パイロットを捕えようと、撃破した機体を確認したのだが……どの機体もコックピットは(もぬけ)の殻。人が搭乗していた形跡すら確認出来なかった。

 

「恐らくパイロットが搭乗していたのは、敵主力機とみられる例の3機のみかと」

『やれやれ……一杯食わされたなぁ……』

 

 流石のガウスも、頭を抱えずにはいられない。

 

『人が操縦しているとしか思えん戦闘をこなすスリーパーゾイド……か。厄介なのが出て来たな』

 

 その一言にトーマもまた、深刻な表情を浮かべる。

 人の操縦するゾイド……それも、訓練を積んだ軍やガーディアンフォースのゾイドに対抗するには、単純な戦闘コマンドしか実行出来ない従来のスリーパーゾイドなど、何機束になって掛かろうと意味が無い。

 かつて暗躍したあのヒルツでさえも、部隊を差し向ける際には傭兵達を使っていた事からそれは明白だ。

 しかし、人の手を借りずとも複雑な戦闘がこなせるスリーパーゾイドの出現は、様々な危険を孕んでいた。

 

『例のディスクが一枚噛んでいると見て間違い無いだろうが、正直ゾッとするよ。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)がディスクをばら撒き、戦闘情報を収集していたのが“無人軍隊”を作り上げる為だとすれば、これほど厄介な物は無い……』

「えぇ。どれ程優秀なパイロットであろうと、人である限り必ず限界があります。ですが、スリーパーにはパイロット側の限界という縛りが無い。あれ程の性能のスリーパーは、最早ただの殺戮兵器に他なりません。奴等が大きく動き出すような事態に陥れば、此方が劣勢を強いられる事はまず間違いないでしょう……」

『ぶっちゃけそのスリーパーだけでも頭が痛いってのに、更に厄介なのが3機も居る訳だしねぇ……』

 

 ぐったりとした声音で、ガウスはぼやくように言葉を続ける。

 

『まぁジェノザウラーに関しては過去のデータもあるし、弱点も判明してはいるが……詳細不明の残り2機がなぁ……対策を立てるにも情報が少な過ぎるんだよなぁ……』

 

 若干途方に暮れたようなガウスの言葉に、トーマは手元の資料へ視線を落とす。

 

「念の為、該当する機体が無いかと調べてはみたのですが、ヘリック、ガイロス両国におけるこれまでの運用機は勿論、各開発機関にて現在研究開発段階にあるゾイドにも、該当機は一切ありませんでした」

『まぁ……そう簡単に調べの付くゾイドではないだろうと思っていたよ』

 

 苦笑を浮かべた後、不意に真剣な表情を浮かべ、ガウスが語る。

 

『だが逆を言えば、あんな新型ゾイドやジェノザウラーを極秘裏に開発する事が出来るような機関がある。という事だ。特にジェノザウラーなんかは、どうにも悪い男の影がチラついてかなわん……』

「ギュンター=プロイツェン……ですか」

 

 トーマの言葉に、ガウスがそっと頷く。

 

『そもそもジェノザウラーは、プロイツェンがデスザウラーを復活させる過程で誕生したゾイドだ。イヴポリス大戦で母体であるデスザウラーが破壊された今、新たにジェノザウラーを生み出すとなれば、当時、プロイツェンの配下として開発に携わっていた者でもなければ不可能だろう……』

「確かに……何者かがデスザウラーのゾイド因子を保管していたとしか考えられませんが……ルドルフ陛下が即位された後、プロイツェン派の者達は一通り捕らえられた筈です。国を挙げての一大騒動となった大粛清を掻い潜った者が居るとは……」

 

 言葉を濁すように黙り込むトーマに対し、ガウスは至って真面目に言葉を続ける。

 

『確かに俄かには信じがたい事態だが、それ以外に考えられん以上、現実を受け入れるしかない。現時点では、ジェノザウラーの存在が我々にとって唯一の手掛かりだからな』

「そうですね……ジェノザウラーの存在に加え、関係者にしか詳細の通達されていなかった今回の合同演習を襲撃して来た事を踏まえても……現時点で言えるのは、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)は帝国の者達である可能性が高い。という事くらいでしょうか……」

『そういう事』

 

 帝国で新型ゾイドを極秘裏に開発出来る程の機関……

 トーマの脳裏にとある機関の名が過る。疑惑が確信に変わっていくのを感じながら考え込む彼に、ガウスがふと思いついたように口を開いた。

 

『あ。そういえば。』

「はい。なんでしょうか?」

『いやね、ディスクの一件の報告を受けた後、私も少し伝手を当たってみたんだよ。そしたらさ、リューゲンゾイド研究開発機構の前CEOであるディートリッヒ=フォン=リューゲンが、かつてプロイツェンと親交の深い間柄であったらしい事が分かっちゃったんだよね』

「えっ……」

 

 トドメのような一言に、トーマは目を見開き、メインブリッジ内の乗組員達も息を呑んだ。

 そんな彼等に、ガウスは言葉を続ける。

 

『此処からはあくまで私の独り言なんだけどさ?当時から帝国のゾイド開発の先陣を切っていたリューゲンゾイド研究開発機構が、デスザウラー復元計画やジェノザウラー開発計画と全く無関係だったとは、思えないよねぇ……』

 

 結論と言っても過言では無いその独り言に、トーマは確かな確信を得る。

 考え過ぎではないか?こじつけがましい憶測ではないか?と躊躇っていた事が、不意に零れ落ちた。

 

「……ガウス最先任」

『ん?』

「今回現れた不明機のうちの1機……あの黒い恐竜型ゾイドについてなのですが……ブレードイーグルの攻撃を受けた直後、エネルギー漏れによるパワーダウンが確認されています。その際漏れ出たエネルギーが、ダークホーンに使用されているディオハリコンの発光性エネルギーと極めて酷似していました……ディオハリコンは北方大陸でのみ採掘される稀少鉱物です。そして、ゾイドの研究開発の為という名目で、リューゲン公爵は北方大陸への渡航権を有しています」

『シュバルツ博士……』

「そもそも、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が使っていたゾイドは全て帝国製ゾイドばかりでしたッ……最早、疑いの余地などありはしません!リューゲン公爵が関わっている事は明白です!プロイツェン派粛清騒動を経て尚、捜査を掻い潜り権力を拡大し続けた公爵の目的が、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)を組織し、更に大きな悪事を働く為だとしたらッ――」

『博士。少し落ち着こうか』

 

 子供を宥めすかすようなその一言に、トーマはハッと我に返る。

 気まずさに落とした視線の先で、手にしていた資料の端がくしゃりと音を立てた。

 

「申し訳ありません……」

『いや、博士が取り乱すのも無理は無い。例のディスクの一件もあるしね』

「はい……」

 

 力無く答えたトーマに対し、何処か安心させるような笑みを浮かべたのも束の間……

 ガウスは酷く神妙な面持ちで、唐突に“独り言”を(まく)し立て始める。

 

『いやぁ~しっかし参ったなぁ~……公爵は権力だけでなく横の繋がりも相当広い。帝国軍議会議員にだって友人の1人や2人居ることだろう。馬鹿正直に上へ報告を上げれば当然、此方が掴んだ情報は全て議会へも筒抜けだ。何かしらの対策を取られてしまいかねん。しかし、今回の合同演習襲撃事件を鑑みれば、下手に動けん。なんて言ってる場合じゃないしなぁ……こうなればもっと証拠を掻き集めて、此方も手札を揃えておかなきゃならんなぁ……』

 

 腕を組み、うんうん。と1人頷いているガウスに、ブリッジの全員がぽかんとした視線を向ける。

 だが、そんな視線を全く気にも留めていない様子で「よし!」と顔を上げたガウスはにこやかに告げた。

 

『難しい話はまた明日にでも詰めるとしよう。とりあえず、気を付けて帰っておいで』

「りょ、了解しました!」

 

 トーマの返事の直後、通信が切れる。

 そのまま暫くぽかんと静まり返っていたメインブリッジで、やがて、操縦士のタイラーがボソッと呟いた。

 

「……あれ、もしかしなくても遠回しに「もっと証拠集めてくれ」って言ってるよな?」

 

 その言葉に、ブリッジの紅一点であり砲撃手であるヴェルナ=リンキネンが苦笑を浮かべる。

 

「そう……ですよねぇ……どう考えても……」

 

 恐らく、この場の全員誰もがそう思っているに違いない。

 視線を送り合う乗組員達の間に、ガウスに対する呆れと、トーマに対する同情の色が広がる。

 そんな中、通信士のバート=クレインが頭の後ろで手を組みながら背もたれに背を預け、呆れ返った表情でブリッジの天面を見上げた。

 

「変な所で回りくどいっつーか、そもそも隠す気がねぇっつーか……」

 

 やれやれ。といった様子の彼に、トーマも苦笑を浮かべた。

 

「まぁ……いつもの事だ」

 

 いい加減慣れた。とでも言いたげなトーマに、艦内オペレーターのサディアス=ケンジットが呆れと心配を綯い交ぜにしたような視線を向ける。

 

「博士。自分、前から思ってたんですけど……最先任の無茶振りに毎度毎度振り回されて……なんというかこう……イラっとしないんですか?」

「いや、流石に苛つく程ではないというか……困りはするが、一応仕事だしな」

 

 若干反応に困った様子でトーマが言葉を返した時、不意に穏やかな声が響いた。

 

「ヨハンもあぁ見えて真面目に考えているさ。あいつは昔から、真剣な時ほどお道化(どけ)て見せるからな」

 

 その言葉に、ブリッジの全員の視線が、艦長席に座る1人の男性へと集まる。

 艦長、ハインツ=フォーゲル中佐。帝国軍人時代から優秀な指揮官として名高い彼は、温厚で気さくなその人柄も相まって、乗組員達は勿論、隊員達やスタッフ達からも篤い信頼を寄せられている。

 ……加えて、ガウスと“幼馴染”である事でも有名であり、現在ガーディアンフォースの副司令官という地位にある彼をファーストネームで呼び捨てる数少ない人物でもあった。

 フォーゲルはまるで子供達に話をして聞かせるかのように、そっと語り出す。

 

「今回の事件を重く見ているのは私も同じだ。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が軍隊を作り上げようとしているのならば、その軍隊が完成した時、この平和はどうなる? 軍隊同士が衝突する事態に陥れば、それは最早戦争以外の何物でも無い。再び戦乱の時代へと逆戻りだ」

 

 乗組員達の表情が真剣さに引き締まる。

 フォーゲルはそんな乗組員達を穏やかな眼差しで見渡し、言葉を続けた。

 

「諸君も理解している通り、我々ガーディアンフォースは平和維持を目的に設立された特殊部隊だ。その平和を壊される前に幻影騎兵連隊(ファントムリッター)とはケリを付けなければならんが、そう簡単に事は進むまい」

 

 フォーゲルの言葉に、レーダー担当のヴァルター=シュレーカーが静かに頷き返す。

 

「確かに。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の背後にリューゲン公爵が居るのだとすれば、証拠を集める事すら容易ではない。此方がどれ程奴等を追い詰めたとて、その頃には時すでに遅しである可能性も否定は出来ん訳ですからな」

「その通り」

 

 シュレーカーの言葉にゆっくりと頷いて、フォーゲルは言葉を続ける。

 

「万が一総力戦ともなれば、本部直属機である我々のホエールキング“ヴァルフィッシュ”は、ガーディアンフォースの旗艦として各支部のホエールキングを統率する立場となる。平和の担い手たるガーディアンフォースの一員として、このヴァルフィッシュの乗組員として、諸君にもそれをしかと胸に刻んでおいて欲しい」

 

 穏やかながら真剣なフォーゲルの声と眼差しに、乗組員達が一斉に起立し敬礼を取る。

 そう。突如現れた脅威との戦いは終わってなどいない。これが“始まり”なのだ。

 それを再確認した乗組員達の目には、真剣な光が宿っていた。

 

   ~*~

 

 その頃、リューゲンゾイド研究開発機構本部の地下研究施設……幻影騎兵連隊(ファントムリッター)のアジトにて、初陣を終えたデッドボーダー、デスキャット、そしてヤークトジェノザウラーがメンテナンスを受けていた。

 

「それにしても……デッドボーダーとヤークトがやられるとは、少し予想外でしたね」

 

 整備長の言葉に、アナスタシアがデッドボーダーを見上げる。

 タルボサウルス型ゾイド、デッドボーダー……その最大の特徴は、暗黒大陸で採掘される稀少鉱物「ディオハリコン」から(もたら)される、莫大なエネルギーだ。デッドボーダーの専用主兵装である「重力砲(G-カノン)」も、この莫大なエネルギー無しには成り立たない。

 そんな強力なゾイドであるデッドボーダーを、今回の初陣で“敢えて”対空砲火に専念させたのは、その重力砲(G-カノン)がブレードイーグルに対し何処まで通用するのかを試しておく必要があった為だ。

 あの鋼鉄の守護鷲に匹敵するだけの飛行ゾイドがまだこの世に存在しない以上、飛行ゾイドで勝負を挑んだ所で勝ち目は無い。つまり現時点では、地上から仕留めるより他に対抗手段がないのである。

 とはいえ、あの重力波を全て躱されたのは完全に想定外の事であった。恐らく何らかの形で重力波を感知し、躱したのだろうが、だとすれば一つだけ疑問が残る。

 何故、片翼を失ったストームソーダーを空中で捕らえた直後だけは、重力波を避け切れなかったのか?

 人命救助を優先した為にパイロットの注意が疎かになってしまっただけなのかもしれないが、重力波を正確に避けていた際と、避け切れなかった際での違いを敢えて挙げるとするならば一つだけ……オーガノイドが合体したか否かだ。残念な事に、ブレードイーグルに合体したオーガノイドの姿は一条の光と化していた為、以前SNSで話題になった写真に写っていた桜色のオーガノイドかどうかは不明のままではあるが、恐らく同一個体の筈。ブレードイーグルと共に眠りに就いたという双星の片割れ……“花の戦女(いくさめ)”のオーガノイドである可能性が高いだろう。

 ブレードイーグルと桜色のオーガノイドについては、その性能や能力の全てが判明している訳ではない。現段階では情報を集め、徹底的に対策を立てる事の方が急務と言えよう。 

 

「多少の被害は被ったが、お陰で守護鷲の性能に関するデータが手に入った。初陣としては十分だろう」

 

 無表情にそう受け答え、アナスタシアはヤークトへと視線を移す。

 今回の初陣にて最も相手に苦戦していたのがこのゾイドであった。

 ヤークトジェノザウラーは従来のジェノザウラーと同様、荷電粒子砲を撃つ際、必ずフットアンカーの補助が必要となってしまう。それ故に、発射体勢を整える事が出来なければ荷電粒子砲を撃てないのが最大の弱点だ。ジェノブレイカーと比べれば、性能が劣ってしまう事くらい承知の上。

 しかし、それをカバー出来るだけのポテンシャルがある筈にも関わらず、ジェノブレイカーに圧倒された。しかもよりによってオリジナルにではなく、リミッター制限を設けたレプリカに……

 確かにクラウは技術も精神面もまだ未熟ではあるが、それでも古代ゾイド人であるが故の高い操縦適正と、古代の戦争の記憶を持ち合わせている。正直な話、ゾイド戦の実力は並みのゾイド乗り達よりも遥かに強い。

 ならば何故圧倒されてしまったのか?……理由は主に近接装備の少なさにある。

 元々、荷電粒子砲を放つ事に特化した機体だ。並のゾイド乗りでは固定砲台のように乗るのが精一杯であろう。

 だが前衛に出る以上、ハイパーキラークロー以外の近接装備を強化しなければ、荷電粒子砲の発射体勢を整えるだけの時間稼ぎすら難しい……特に今回のジェノブレイカーのように、近接戦闘を得意とするタイプとの戦闘となれば尚更だ。

 ただ、残念なことにヤークトの機動力では、ジェノブレイカーのようなフリーラウンジシールドとエクスブレイカーは装備させられない。あれはあくまで、ジェノブレイカーのパワーと機動力が伴ってこそ武装として真価を発揮する装備だ。同様の装備を開発し搭載したとしても、機動力が落ち、動きも緩慢になってしまう。

 ヤークトの完成度を高める為には、近接格闘戦に対応した新たな装備を模索しなければならなかった。

 

「デスキャットの整備状況は?」

 

 ふと、アナスタシアがデスキャットを見上げる。

 整備長はすぐさま手にしていた大型タブレットでデスキャットの整備箇所を表示し、読み上げ始めた。

 

「デスキャットの方は、守護鷲に蹴られた際の傷と、その後地面を転がった際の傷が多少ありますが、どの傷も機体表面のみで済んでおりますので、自己再生能力に任せるだけで十分かと思われます。任務に支障をきたす程のダメージはありません」

 

 整備状況を読み上げた直後、整備長は感心したような眼差しでデスキャットを見上げる。

 

「ガーディアンフォースの新型ライガーを単機で圧倒しただけではなく、守護鷲の攻撃によるダメージも、あの一瞬で最小限に止めるとは……流石、ハウザー様ですね」

「私の実力など大した事は無い」

 

 不意に響いたその声にアナスタシアと整備長が振り返れば、話題の張本人が此方へ歩いて来ていた。

 ハウザーはアナスタシアへ敬礼した後、真剣な眼差しでデスキャットを見上げる。

 

「デスキャットの性能であれば、確実に躱せていた筈の攻撃だった。それを喰らったのは、(ひとえ)に私の未熟さ故……お前達整備員達にも手間を取らせた。すまん」

「いえ!決してそのような事は……」

 

 面食らったように声を上げる整備長の隣で、アナスタシアが静かにハウザーへ問うた。

 

「初陣を終えた所感はどうだ?何か手ごたえはあったか?」

 

 その問いにハウザーはアナスタシアへ向き直ると、まるで最初からそう問い掛けられる事が分かっていたかのように、思案も迷いも無く答えた。

 

「流石、英雄の息子達といった所でしょう。ライガーゼロのパイロットもジェノブレイカーのパイロットも、ゾイド戦における戦闘能力はかなり抜きんでていると言えます。ディバイソンの援護砲撃も的確でした。しかし、互いを必要以上に気に掛け、仲間の負傷に気を取られがちな面が見受けられます。守護鷲のパイロットも、人命救助を優先するが故に無謀な行動に出る傾向があるように感じました。大人顔負けの卓越した技術を持つ一方で、子供らしい精神面の脆さがある。それが彼らの一番の弱点かと」

「だからこそ、成長する前に叩く必要がある。という訳だな?」

「はい」

 

 真っ直ぐアナスタシアを見つめ頷て見せた後、ハウザーは言葉を続ける。

 

「アナスタシア様。一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「ヤークトの近接装備の強化についてです」

 

 その言葉に、アナスタシアが口元に薄く笑みを引く。

 

「どうやら、考える事は同じのようだな」

 

 そう呟いた彼女は、整備長に機体の整備を進めるよう指示を出すと、ハウザーと共に歩き出す。

 廊下を歩きながら最初に口火を切ったのはアナスタシアだった。

 

「ヤークトの近接装備に、何か具体的な案があるようだな?」

「はい」

 

 歩む先を真っ直ぐ見据えたまま、ハウザーは答えた。

 

「あのライガーゼロが使っていた可変ブレード。アレをヤークトの近接装備として開発、装備するというのはいかがでしょうか?」

「ほう……」

 

 意外なその提案に、アナスタシアがハウザーを横目に見上げる。

 彼女の視線に気付いたのか、ハウザーもアナスタシアへ視線を移し、ふと微笑んだ。

 

「ジェノブレイカーと同様の近接装備を開発、搭載したところで、パワーも機動力も劣るヤークトでは枷にしかならない。それはアナスタシア様も既にお気付きでございましょう?」

「全く、なんでもお見通しと言う訳か。気に食わん奴だ」

「申し訳ございません」

 

 くすぐり合うようなやり取りの後、ハウザーはふと真面目な表情に戻る。

 紅玉のような真っ赤な瞳が、静かな焔のような光を湛えていた。

 

「攻守ともに使用可能な装備にするには、ブレードの長さや身幅をかなり変更しなければなりません。流石に次の作戦までに完成とはいかないでしょう。いかが致しましょうか?」

「問題無い。次の作戦はゾイド戦よりも白兵戦が主体となる。ヤークトとデッドボーダーは今回の戦闘でのダメージもある。後衛に回す予定だ」

 

 淡々とそう答えた後、アナスタシアは再びハウザーを見上げる。

 そのエメラルドのような澄んだ緑色の瞳もまた、強い光を宿していた。

 

「次の作戦で前衛を担当するのはお前とデスキャットだ。頼むぞ」

「承知しております。今回のような醜態は二度と晒しません」

 

 キッパリとしたその返事に、微かな笑みを浮かべたのも束の間。

 アナスタシアはふと思い出したようにハウザーへと訊ねた。

 

「ところで、クラウとユッカはどうしている?」

 

 その一言に、ハウザーの表情が一気に疲れの色を露にする。

 彼は何処かぐったりした様子で、溜息交じりに呟いた。

 

「ユッカは帰還後、再び集積データの仕分け作業に戻りました。守護鷲の攻撃を受けたので、念の為にメンテナンスに行くよう告げたのですが、問題無い。と……」

「本人が問題無いと言うのなら問題無いのだろう。アレは基本的に、命令された事を忠実にこなす以外の事が出来ん人形だ。放っておけ」

 

 何処までも冷たく無関心なアナスタシアに、ハウザーが僅かに心配するような視線を投げかける。

 彼女はユッカの事になるといつもこうだ。オイゲンの実の娘でありながら、一切の愛情を注がれずに育った彼女にとって、父のお気に入りであるユッカの存在は酷く憎たらしいに違いない。

 ハウザーは吐息のような溜息を小さく吐いて言葉を続けた。

 

「……クラウは自室に戻ったようですが、あの青いジェノブレイカーとシュバルツ少佐のジークドーベルに歯が立たなかったのが悔しいようで……かなり荒れていました。大人しくしているかどうか……」

 

 そう言いながら、ハウザーはチラリとアナスタシアを見やる。      

 アナスタシアは「やはりな……」とでも言いたげな表情を浮かべ、立ち止まった。のだが……

 

「……時にはそっとしておくのも手だ。落ち着くまで1人にさせてやろう」

 

 意外なその一言に、思わずきょとんとした表情を浮かべたハウザーを見上げ、彼女は怪訝そうに眉を(ひそ)める。

 

「なんだ?」

「いえ、てっきりクラウの様子を見に行かれるのだとばかり……」

「クラウももう16だ。四六時中面倒を見る必要もあるまい」

 

 いつもの調子で淡々と語るアナスタシアだったが、ハウザーにはそれが妙に違和感のように感じられた。

 そう……まるで何処か、自分に言い聞かせているようだ。と……

 

「私は今回の報告と、次の作戦の詳細について、これから父上と話して来る。お前は開発2課の方に、ヤークトの可変ブレード開発搭載案を進言しておいてくれ」

「はっ!」

 

 敬礼し、歩き去っていくハウザーの後ろ姿を見送った後、アナスタシアもまた、リューゲンゾイド研究開発機構本部の社長室へ向かい歩き出す。

 次の作戦の概要はある程度通達されてはいるが……次の標的はあまりにも厄介だ。

 しかし、だからこそ確実にガーディアンフォースの本部訓練部隊が派遣される案件となる。それも間違い無い。

 肝心なのは犯行予告を出し、実行に移すタイミング……今回の戦闘で損傷を受けたガーディアンフォースのゾイド達が再度出撃出来る頃合いを見計らわなければ、恐らく守護鷲は来ない。厄介な存在であるからこそ、未熟な内に叩いておかなければ……

 本部一階まで辿り着き、ふと、アナスタシアは通路の窓辺で立ち止まった。

 惑星Zi特有の双月を見上げ、彼女はぼんやりと思いを巡らせる。

 

―まだ始まったばかりだというのに……何故、こんなにも不安なのだろう……―

 

 父の期待に応える事だけを目的に生きていた。

 そうすればいつか、父に人並の愛情を注いでもらえると思っていた。

 だが、父の悲願が達成されたとして、はたしてその先に自分の居場所があるのだろうか?

 所詮は自分も、父にとっては使い捨ての駒に過ぎないのではないか?

 幾度も頭を過っては掻き消して来た不安が、じわりと胸を締め上げた……

 

―行き着く先に居場所が無かったとしても……私には……―

 

 脳裏に過った、大切な存在……実の父よりも家族と呼ぶに相応しい2人の存在に、アナスタシアは不安を押し殺して再び通路を歩き出す。

 哀しい程に強い、呪いのような決意は、そのエメラルドグリーンの瞳に何処までも冷たい光を灯させていた。

 

   ~*~

 

 その頃、クラウは待機用の自室のベッドで、枕を抱えたままぼんやりと寝転がっていた。

 瓦礫街から帰って来た際に八つ当たりして滅茶苦茶にしてしまった室内は、元通りに壁紙が貼り直され、ボロボロにしてしまったテーブルも椅子もカラーボックスも、新しい物に交換されている。カラーボックスの中には以前とは別の本が数冊収められていた。

 だが、どれだけ部屋が元通りの状態に戻ろうと、彼女の心が元に戻る訳ではなかった。

 

―随分強そうな機体に乗っているのに、乗り手が三流じゃ意味がないな―

 

 エドガーに言われたその一言が、何度も脳裏を過る。

 クラウはごろんと寝返りを打ってベッドが面している壁側を向きながら、悔し気に呟いた。

 

「……違うもん……」

 

 確かに自分は、パイロットとしての本格的な訓練を受けて来た訳ではない。

 自分がこれまで受けて来たのは、物心付く前から囚われていた研究所での、実験だけ……

 しかし、だからこそ彼女には負けたくない、負けられない理由があった。

 

「三流なんかじゃないもん……クラウとお母さんは、三流じゃないもん……」

 

 抱えた枕をぎゅっと抱き締めながら、クラウは自身の記憶を思い返す。

 そもそも彼女がゾイドエッグで眠りに就いたのは、まだパートナーたるオーガノイドすら必要の無い、赤ん坊の頃だった。勿論、クラウの母親と、そのパートナーであったヒドゥンも、共に同じシェルターで眠りに就いていたのだが……身勝手な現代人達の戦争に巻き込まれ、眠りに就いていたシェルター……今の時代で言う遺跡が崩落。その際の瓦礫によって、母が眠っていたゾイドエッグはぐちゃぐちゃに圧し潰されてしまっていたと、ヒドゥンから聞かされた。

 ヒドゥンが眠っていたゾイドエッグもその時に破損してしまい、先に目覚めてしまったヒドゥンは、亡きパートナーの一人娘であるクラウが眠っていたゾイドエッグを、長い間守り続けていた。

 しかし、古代ゾイド人の研究に明け暮れる悪質な科学者達の手によって、クラウの眠るゾイドエッグ共々捕らえられてしまったのだと……

 ゾイドエッグから取り出され、貴重な研究材料として育てられていく中、科学者達はヒドゥンがクラウのオーガノイドではなく、遺跡内でゾイドエッグごと圧死してしていた者のオーガノイドだったのではないか?と気付いてしまった。

 研究サンプルとして持ち帰られたDNAデータから、親子である事を突き止めた彼らは一つの結論に至る。

 本来の記憶の持ち主でなくとも、その血縁関係にある者ならばある程度の互換性がある筈。と……

 そう。科学者達は、ヒドゥンの中に保存されていた“母親の記憶”を、当時まだ3歳になったばかりだったクラウに無理矢理ダウンロードしたのだ。

 まぁ結論から言えば、ダウンロードされた記憶の大半は拒否反応が起き、定着しなかったのだが……それでも僅かに定着したほんの一握りの記憶の一つが、古代大戦の最前線で戦っていた頃の母の記憶。

 つまり、ゾイドの操縦技術に関する記憶だった。

 不本意な形で受け継いだとはいえ、母親の顔すら覚えていないクラウにとっては、この僅かな記憶だけが母の存在を確かに伝えてくれる証であり、宝物なのだ。

 勿論、記憶に残る母の操縦を必死に真似た所で、まだまだ足元にも及ばない事はクラウ自身も分っている。

 だがそれでも、ゾイドの操縦には自信があった。今まで勝てなかったのは、アナスタシアとハウザーの2人だけだったのだから……

 

「何も知らない癖に……何も、分からない癖にッ……」

 

 届く筈のない罵声を吐く声は、震えていた。

 “乗り手が三流”

 自分だけではなく、自分の中で生き続けている母の技術まで罵倒された。

 なんたる屈辱だろう。平和な時代に生まれた半端者の分際で、よくもそんな事を……沸き上がる悔しさと怒り、そして憎悪が、思考を掻き乱して溢れかえる。

 その特徴的な水色の瞳に、殺意と狂気が暗い焔を灯した。

 

「殺してやるッ……アイツだけは、絶対に殺してやるッ……」

 

 呪詛のようなクラウの呟きに、ベッドの傍で丸くなっていたヒドゥンだけが、我が子同然の少女を悲し気な眼差しで見つめていた。

 

   ~*~

 

 一方データ集積室では、集積データの処理に使用しているデバイスチェアの上で、ユッカが膝を抱えていた。

 手にしたままのヘッドギアを所在無さげにゆっくりと揺らしながら、彼は本日の初陣を振り返る。

 

―戻って来た守護鷲の相手よろしくね。アレックス。―

 

 クラウに呼ばれたその名は、作戦行動中のコードネーム……そう。あくまでコードネームなのだ。

 自分の名前はユッカ。目覚めた時に、そう名付けられた。

 なのに何故だろう?コードネームである筈の“アレックス”という名に、その響きに、不思議な感情を覚えた。

 

「これは……なんだ?」

 

 自我の薄い彼には、答えがなかなか導き出せない。

 抱いたこの感情を形容する言葉すら、上手く思いつかない。

 作戦に参加したのは今日が初めてだった。勿論、コードネームで実際に呼ばれたのも、今日が初めてだ。

 それなのにアレックスと呼ばれたあの瞬間、かつて同じように呼ぶ声を聞いたような気がした……

 

「ぁ……」

 

 微かにハッとしたような声を上げ、彼はそっと、その言葉を口にした。

 

「……なつ……かしい?」

 

 しかし、自身が呟いたその一言に、ユッカは新たな疑問を抱く。

 有り得ない。

 過去を持たない自分が“懐かしい”などと思うのは完全に矛盾している……

 だが、以前にも一度こんな矛盾を抱いた事があった。

 命令に忠実であればそれで良い。と、アナスタシアに言われたあの日、自分は無意識にこう思った。

 

―昔はもっと……―

 

 あの時、何故そのような事を思ったのだろう?

 昔とは一体、いつの事なのだろう?

 自分が覚えているのは、目覚めてからの記憶だけだ。過去など無い。ある訳が無い。

 ただ頑なにそう思い込んでいる訳ではなく“明確な根拠”がきちんとあった。

 ……にも関わらず、何か、忘れてはいけない事を忘れているような気がしてならない……

 そうでなければ、アレックスという名へ対するこの懐かしさが、説明出来ない。

 

「俺は、一体……」

 

 思わず片手で額を鷲掴む。

 絶対的な根拠に基づいた、事実。

 矛盾によって幾度も過る、可能性。

 一体……どちらが正しいのだろうか?

 

「……」

 

 暫く頭を抱えて考え込んでいたユッカだったが、やがて彼は無言のまま、何処か諦めた様子で静かにデバイスチェアに座り直した。

 考えるだけ不毛だ。答えなど出ない。出る筈も無い。

 こんな事に時間を浪費するよりも、今は自分の仕事をしなければ……

 彼は手にしているヘッドギアを装着しようと顔の前まで持ち上げ、そのままふと動きを止めた。

 以前、送られてくるデータの波の向こうに垣間見た桜色の髪の少女の姿が……唐突に脳裏を過ったのだ。

 装着しかけたヘッドギアを見つめたまま、そっと膝の上に乗せ、彼は問いかける。

 

「お前は……誰なんだ……」

 

 その声音は無機質ながら、何処か途方に暮れているようにも聞こえた。

 何故、今このタイミングであの少女の事など思い出したのだろう?

 結局彼は、仕事を再開するでもなく、背もたれに体を預けぼんやりと天井を眺める。

 桜色の髪に、鶯色の瞳、花のような形のフェイスマーク……

 姿を見たのはほんの一瞬だったというのに、その容姿はハッキリと覚えていた。

 そして同時に……そう、何処か、懐かしい……

 

―……ーナ……―

 

 微かに過ったその声は、一体誰の声なのだろう?

 不意に込み上げた、新たな感情……ただ重く、苦しく、圧し潰されそうな謎の圧迫感に、両手を添えたままだったヘッドギアから手を離したユッカは、天井を見上げたまま両手で顔を覆い隠す。

 

(分からない……これは一体なんなんだ?何故今日はこんなにも、分からない事が増えていくんだ?……)

 

 芽生え始めた自我を苛む、重苦しい感情……

 この感情を“罪悪感”と呼ぶ事を……彼は、まだ知らない。

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