訓練研修の為に訪れた、ガーディアンフォース共和国領第七辺境支部。
その支部に勤める隊員達は、全員一癖も二癖もある人物ばかりのようだけれど……
よりによって一番危険だと言われているアディンセル准尉が、カイに興味を示すなんて。
2人とも睨み合ったままだし、もう1人の隊員は拳銃突き付けて動かないし、僕達、一体どうすれば……
[エドガー]
[ZOIDS-Unite- 第33話:意外な一面]
突然ネイトに拳銃を突き付けたセシル。凍り付くレン達。
時の流れが止まってしまったかのような緊張と静寂の中で、カイとネイトはそんな周囲などまるで意に介していないかのように、探り合うような冷たい視線を交わらせている。
張り詰めた静寂を先に破ったのは、カイだった。
「さぁ?何人殺したように見える?」
何処か可笑しそうに小さく吹き出しながら、からかうように訊ね返す態度や声音とは裏腹に、凍てついた薄紫色の瞳は、目の前の錆色の瞳を真っ直ぐ見据えて揺らぎもしない。
そんな彼の反応に、ネイトは興味をそそられたように目を細めた。
「へぇ……意外と動じないんだ?」
「舐めんなよ。これでも結構危ない橋渡って来てるんだぜ?」
再び口の端を歪めて見せるカイに、クツクツと喉を鳴らすような小さな笑い声を漏らし、ネイトは訊ねる。
「で?結局何人?もしかしてその情報も有料??」
彼の言葉に、カイはふと目を閉じ、小さな溜息を一つ吐いた。
……まるで、その溜息と共に先程まで纏っていた冷たさを、身の外へと吐き出すかのように……
直後、再び開いた薄紫色の瞳は、いつも通りの少年らしい温度を取り戻していた。
「悪ぃ。覚えてねーや。」
あっけらかんとした笑みと共に答えたカイに、先程まで張り詰めていた糸を一方的に緩められ、ネイトは微かに戸惑いの表情を浮かべる。
ほんの僅か考え込んだ後、彼は何処か探るようにそっと訊ねた。
「覚えてないって、人数を?それとも質問自体?」
その問いに、カイは愉快そうな笑い声を漏らす。
先程までとは別人のような明るい笑顔がそこにあった。
「あんた意外と天然だな。この流れで質問忘れたとか普通言わねーだろ。」
可笑しそうな、それでいて馬鹿にするような不快感の無い声音で、カイは言葉を続けた。
「言ったろ?俺は元情報屋だったって。殺し屋じゃねぇんだから、そんなもんいちいち数えてねーよ。」
そう言ってカイは頭の後ろで手を組むと、そのまま階段を上り始める。
「さ。先輩の挨拶とやらも終わったみてーだし。支部司令官に挨拶してこようぜ。」
「お……おう……」
すっかり戸惑った様子のまま、レンはエドガー達にそっと頷いて見せてカイの後に続く。
そんな彼等の後姿を見送った後、不意にネイトはやれやれといった様子で肩を竦めて見せた。
彼はそのまま、拳銃を突き付けたままのセシルへ視線を移し、からかうような笑みを浮かべる。
「で?いつまで拳銃突き付けてんの?」
セシルは酷く不機嫌な表情のまま、不服そうに突き付けていた銃をホルスターに戻す。
その様を眺めてネイトは何処か厭味を含んだ声音で呟いた。
「はい。お利口さん。」
「立場を弁えろ。貴様は“監視対象隊員”で、俺は貴様の監視員だ。次は撃つぞ。」
殺気の込もった無機質な声に、ネイトは嗤う。
「はいはい。知ってるよ。手を出しさえしなきゃお前が撃たない事も。な。」
そう言ってネイトもまた、先程のカイと同じように頭の後ろで手を組みながらのんびりと階段を下りていく。
セシルは、そんな彼の背中を心底忌々しそうに眺めながら後に続いた。
~*~
「なぁ、カイ……」
「ん~?」
支部司令官執務室へ向かいながら、ふとレンに名を呼ばれ、カイが振り向く。
レンはそんなカイの隣に並んで歩きながら、そっと訊ねた。
「さっきの話ってさ……その……」
「あぁ、殺した数がどうのこうのって奴?」
「うん……それってさ……その……ホントか?」
酷く躊躇いがちにだが、そっと訊ねてくるレンに対し、カイは何でもなさそうな態度のまま、ぼんやりと廊下の天井を見上げながら答えた。
「まぁな。俺、嘘を吐かないのが信条だから。」
「そっか……」
「つーか、瓦礫街の任務で殺した数だってもう覚えてねぇのに、今まで殺した数なんて覚えてる訳ねーじゃん。」
「……そう……だな。」
気不味そうなレンの反応に、カイはふと穏やかな声音で囁く。
「怖いか?俺の事。」
いたずらっ子のようにニッと笑う表情とは裏腹に、その声音は穏やかで何処か大人びていた。
そんなカイに、レンは必死に首を横に振る。
「そんな事ねーよ!そうじゃなくて……」
再び口籠ったレンを、カイは不思議そうに見つめていたが、その声を代弁したのは意外な人物だった。
「レンやエドが戸惑うのは当然だ。命を奪うことに抵抗があるのが普通なんだからな。いくらガーディアンフォースの隊員とはいえ、平和なこの時代で人を手に掛けた事のある隊員は少ない。お前のように、身を守る為と割り切って引き金を引ける人間の方が珍しいんだ。そのくらい察しろ。」
「ふ~ん……」
カイはそう言って、クルトをチラッと振り返る。
いつも通りの仏頂面がそこにあったが、微かな違和感がカイの脳裏で引っ掛かった。
「そういうお前はどうなんだよ。俺、お前が一番噛みついてくると思ってたんだけど。」
その言葉に、クルトは吐き捨てるような小さく鋭い溜息を一つ吐くと、ジトリとした眼差しでカイを見据える。
「お前は一体俺をなんだと思っているんだ……」
「口煩ぇ堅物武闘派博士。」
「勝手に言ってろ。クソガキ。」
「2つしか歳違いませ~ん。」
そんなカイとクルトに、エドガーがそっと割って入りながら苦笑を浮かべた。
「2人とも、それくらいにしておこう。もう着くから。」
その言葉の直後、立ち止まったレンに倣うように一同が足を止める。
微かに緊張した様子で、レンが支部司令官執務室のドアをノックした。
「失礼します。」
隊員達があれだけ濃いメンバーだったのだ。果たして、司令官はどのような人物なのだろうか?……
しかし、支部司令官執務室に入ったレン達は、思わず呆気に取られて室内を見渡した。
まるで資料室のように壁際一面に本棚が並んだ執務室内は、そこかしこにファイルや書類が積み上げられ、デスクは勿論、床まで散らかり放題という有様である。その光景に誰もが言葉を失っている中、ふとデスクに積まれた書類の奥からひょこっと顔が覗いた。
歳の程は本部の最先任であるガウスや、ヴァルフィッシュの艦長であるフォーゲルと同じくらいだろうか?灰褐色の髪に、緑色の瞳。しかし、そのきょとんとした表情はまるで子供のようであり、あまり年齢を感じさせない人懐こさを感じさせる。
「おぉ!来たか!すまんね。出迎えも出来ん有様で。」
そう言ってデスクチェアから立ち上がるも、デスクの隅に積まれていた書類の束を腕に引っ掛けて盛大にバラ撒いてしまった事で、支部司令官は数秒ほど気不味そうに床を見下ろした。
が、すぐに気を取り直した様子でいそいそとレンの前にやって来た彼は、人懐っこい笑みを浮かべる。
「この第七辺境支部の支部司令官を務めているダグラス=カーターだ。宜しく。」
「はい!宜しくお願いします。」
レンと握手を交わした直後、カーターは目の前の若き隊員達を見渡し、ふと考えこんだ。
「ふむ……」
「どうかされたんですか?」
不思議そうに訪ねて来たレンに対し、カーターは一拍の沈黙の後、再び人懐っこい笑みを浮かべながら得意げに訊ねた。
「君がレン君で、こっちの子がエドガー君で、そっちの子がクルト君。で合ってるかな?」
的確に名前を言い当てられ、レン達は戸惑ったように顔を見合わせた後、再びカーターを見つめる。
「はい……そうです。」
「やっぱりそうか!いやぁ、流石親子だね。3人ともお父さんそっくりだからすぐわかったよ。」
(……確かに。)
カーターの言葉に、カイも内心相槌を打つ。
レンとエドガーは瞳の色こそ母親譲りではあるが、基本的にレンはバン似、エドガーもレイヴン似だ。特にレンは普段、髪型を父親とお揃いにしているので尚更であろう。
クルトに至っては、父親であるトーマの“生き写し”と言っても過言ではない。フェイスマークが左右逆である事と、髪色が明るいかくすんでいるか程度の違いしか無い為、整備スタッフも最初はたまに呼び間違えていた。と聞いた事があった。その為、最近は主に服装でクルトとトーマを見分けているらしい。
「じゃぁ、残る君がカイ君で、この子がシーナちゃんだね。」
「あ。はい。」
「うん。そうだよ。」
「良かった良かった。間違えていたらどうしようかと。」
至って楽し気に笑ったカーターは、スペキュラーとユナイトにも視線を向けた。
「青い子がスペキュラーだから、そっちのピンクの子が……えーっと、確か……ユナイト?だったよね?」
「グオ!」
「ははは!良いお返事だ。君達もよく来てくれたね。」
元気な返事を返したユナイトと、静かに佇んでいるスペキュラーの鼻先を微笑まし気に撫でるカーターの姿に、レン達は微かな戸惑いの表情でまたも顔を見合わせる。
無邪気で人懐っこく、特に形式ばった態度を取る様子も無く接してくる姿は、まるで親戚のおじさんのようだ。
そんな事をぼんやりと考える彼等の前で、新入隊員であるカイ、シーナ、クルトの3人を見つめたカーターがふと苦笑を浮かべた。
「実は、今年から入隊した君達と同じように、私も今年からこの支部に就任したばかりなんだ。御覧の通り、前司令官の頃から溜まりに溜まった仕事を片付けるのすらままならん、頼りない司令官だが、これから暫くの間、同じ一年生同士、宜しく頼むよ。」
その言葉に、レンが何処かポカンとした様子でぽつりと呟いた。
「珍しいですね。支部司令官の代替わりなんて……」
隊員の異動はそう珍しい事では無いが、司令官の異動というのはそうそうある事では無い。
レンの問いに、カーターは苦笑を浮かべたまま頭を掻いた。
「いやぁ、第七辺境支部の隊員達が毎回毎回大暴れするもんだから、前司令官が精神病んで入院する破目になってね。その間に仕事がみるみる溜まって、この有様という訳なんだ。現在、前司令官は長期療養休暇中なんだけど、復職しても此処の司令官だけは二度とやりたくない。と頑なで……」
「うわぁ……」
思わず声を上げたカイが、気不味そうにハッとした表情を浮かべる。
しかしカーターは、そんなカイの様子を見てクスッと笑いながら言葉を続けた。
「別に怒るつもりは無いから安心してくれ。誰だってそう言いたくなるような状態だったのは事実だ。実際私も、異動して来たばかりの頃はどんな地獄なんだろうか?とビクビクしていたよ。まぁ、いざ就任してみたら意外と皆良い子達だったお陰で、どうにか一安心しているがね。」
予想外の一言に、カイは出会った隊員達を思い返す。
筋金入りの女好きではあるが、基本的には真面目な善人であろうと思われるセルウェイ。高圧的で近寄り難い雰囲気ではあったが、怖い人ではなさそうだとシーナが語ったメイシェン。この辺りはその発言もまだ分かる。
しかし、いきなり問答無用で仲間に銃を突き付けたセシルという隊員と、サイコパスと名高いネイトだけは、何処からどう考えても「意外と良い子だった。」という発言とは、どうも食い違うように思えて仕方ない。
……しかし、自分達はまだ出会った第一印象でしか彼等を知らないのだ。もしかたしたら、話してみると案外根は良い人物だという可能性も……
「丁度もうじき昼休憩の時間だ。とりあえず、まずは昼食にするとしようか。食堂まで案内するからついておいで。」
のんびりと歩き出したカーターの後を追って、レン達も執務室を後にする。
ふと、歩きながらシーナがカイに小声で囁いた。
「なんだか、カーター指令ってアサヒとちょっと雰囲気似てるね。」
「あ~……確かにのんびり屋で人懐っこい感じは似てっかも。」
クスッと笑いながらも、カイは前を歩くカーターの後姿を眺め、微かな溜息を吐いた。
親しみ易い人物ではあるが、あれだけ個性の強い隊員達を統率せねばならない立場である事を考えると、正直頼りないように思える。“いざ就任してみたら意外と皆良い子達だった”という発言も、やはり俄かには信じ難い。
(悪い人じゃ無さそうだけど、いまいち信用出来ねぇなぁ……)
しかし、カイはこの後すぐに、その考えを改める事となる。
ダグラス=カーター……何故彼がこの第七辺境支部の支部司令官に任命されたのか?彼が一体どういった人物であるのか?その一端が明らかになったのは、食堂でのとある出来事であった。
~*~
「お!カーター指令!お疲れ様です!」
カイ達を連れて食堂へやって来たカーターに、セルウェイが爽やかな笑顔を浮かべながら元気良く挨拶する。
そんなセルウェイに、カーターも笑いかけた。
「あぁ。イーサンもお疲れ。この子達の出迎えを引き受けてくれて助かったよ。今日は初日だし、訓練は明日からという事で予定を組んでいるから、午後からはこの子達に、基地内を一通り案内してあげてもらえるかい?」
「了解しました!」
昼食の乗った盆を片手に持ち替え、ピシッと敬礼するセルウェイの姿に、うんうん。と頷いた彼は、ふと何かに気付いた様子で食堂の窓際の席へ向かって歩き出す。
……そこには、無言で食事を摂っているネイトとセシルの姿があった。
一瞬、カイ達に緊張が奔ったが、直後、そんな彼等の前でカーターは信じられない行動に出た。
「良かった良かった。今日はちゃんと食べてるな。」
安堵半分、嬉しさ半分といった様子で声を掛けながら、彼はネイトの頭へポンッと手を置いたのだ。
次の瞬間「ガキ扱いするな。」とネイトが切れるのでは?と思わず身構えたカイ達だったが、彼等の存在に気付いているのかいないのか、ネイトは頭を撫でて来たカーターを見上げると、まるで親を見つけた幼い子供のような笑みを浮かべ、嬉しそうに呟いた。
「どう?偉い??」
あまりに予想外の反応に対してすっかり拍子抜けするカイ達の前で、信じられないやり取りは続く。
「あぁ。偉いぞ。この調子で毎日3食食べてくれるようになると、もっと偉いんだけどな。」
「え~無理。吐く。」
げっそりとした声を上げるネイトの頭を、カーターは優しくわしゃりと撫でた。
「なぁに。少しずつで構わんさ。無理して食えとは言わんよ。」
「うん。知ってる。」
ニヒッと笑うその姿は、先程不穏な挨拶をして来た者と同一人物とは思えない。ましてや、戦闘狂のサイコパスと呼ばれている事すら嘘なのでは?とすら思えた。
「セシルが食堂に連れて来てくれたのかい?」
珍しそうに訊ねたカーターに、セシルは淡々と答える。
「いえ。本人が食堂に行く。と。」
「へぇ……珍しいな。何か良い事でもあったのかな?」
わしわしと頭を撫でられながら、ネイトは嬉しそうな表情を浮かべた。
「友達になれそうな奴見つけたから、食堂で待ってればまた会えるだろうと思って。」
「友達になれそうな?……もしかしてレン君達の事かい?」
そう言って振り返った彼に倣うように、ネイトとセシルもレン達を見つめる。
次の瞬間、目が合ったネイトにニヤッと笑い掛けられ、カイは内心で微かにビクッとしながら視線を逸らした。
(やっべぇ……面倒臭ぇ奴に目ぇ付けられちまった……)
しかし、カイは先程のカーターに対するネイトの態度に、ある種の既視感を覚える。
年齢はどう見ても20代半ば……恐らくウィルやシドと大して年齢は変わらないであろうが、支部司令官であるカーターに対してのみ、言動が妙に幼い。それが猫を被っているのではなく、懐いているが故の“素”であるように感じたからこそ、その既視感は確信に近かった。
懐いた者に対して態度が幼くなるというのが、その言動が、かつて失った親友に似ていると……
「そうだ。せっかくだから、此処で一旦自己紹介しておこうか。」
唐突なカーターの一言で、思案に暮れていたカイは意識を引っ張り戻される。
ハッとした様子の彼を面白そうに眺めながら、ネイトがすかさず呟いた。
「じゃぁ、一番左の子から自己紹介して欲しいなぁ~。」
「……だと思った。」
聞こえない程度の小声でぼやいた後、カイは観念した様子で自己紹介を始めた。
「カイ=ハイドフェルド訓練生です。登録機はブレードイーグル。よろしくお願いします。」
「カイっていうんだ。よし。覚えた覚えた。」
嬉しそうに笑うネイトの様子が、どうも不穏で仕方が無い。
言い知れぬ居心地の悪さを感じながらカイ達が自己紹介を終え、相手側の自己紹介に切り替わる。
「俺はネイト=アディンセル。共和国軍に居た頃は中尉だったけど、問題起こして今は准尉。登録機はサラマンダー。よろしくね……って言っても、俺とよろしくしたい子は居ないかもだけど。」
そう言ってへらへらと笑うネイトに、セシルの冷ややかな視線が突き刺さった。
現在、カイ達にとって最も謎な人物が、このセシルという隊員である。
年齢の程は、恐らくネイトと同じか若干年上。鮮やかな緑色の髪と、キャラメル色の瞳。菱形を縦半分に割って上下にずらしたような、珍しい形の紫色のフェイスマーク……外見的にはそこそこ目立ち易い要素が多い筈だが、妙に気配が薄い。影が薄いという訳では無く、常に気配を消しているような印象だ。
あの時、階段でいきなりネイトに銃を突き付けた事と、無機質ながら常に苛立っているような雰囲気から「とにかく近寄り難い。」という事しかカイ達には分からない。
そんなセシルは、まるで機械のように淡々と口を開いた。
「セシル=リデルだ。階級は大尉。登録機はステルスバイパー。この監視対象隊員の担当監視員をしている。訓練の相手はしてやるが、お前達とよろしくするつもりは無い。」
「そこは嘘でもよろしく。って言ってやれば良いのに。」
ネイトがからかうようにツッコミを入れるが、セシルは完全にネイトを無視して昼食を再び口に運び始める。
そんな彼の態度に困ったような表情を浮かべたカーターが申し訳なさそうに口を開いた。
「セシルは優秀な隊員ではあるんだが、人と接するのが大の苦手でね。今のは“何を話せば良いか分からないから、訓練以外ではあまり話しかけないで欲しい”って事だから、別に君達の事を嫌っている訳じゃない。どうか誤解しないでやってくれ。」
「流石“セシル語翻訳機”」
茶化すようなネイトの言葉に、カーターは苦笑を浮かべ、セシルはそんなネイトを無言で睨みつける。
だが、そんなセシルの肩をぽんぽんと優しく叩いて、カーターは優しく呟いた。
「せっかくレン君達も来ている事だし、これを機に人と自然に接する事が出来るようになると良いな。」
「……善処します。」
ふいっと目を逸らしながら短く答えたセシルだったが、その表情は何処かしゅんとしているような気がした。
カーターはそんなセシルの頭もよしよしと撫でてやった後、レン達に向き直る。
「じゃ、レン君達も適当に好きなもの注文しておいで。食券機はどの支部も本部と同じだから、IDタッチで使えるよ。」
「あ。はい!ありがとうございます!」
返事を返したレンと共に、カイ達は食券機へと向かった。
~*~
「なぁ。カーター指令ってあんたから見てどんな人?」
午後。昼食休憩を終えて基地内を案内してもらいながら、不意にカイがセルウェイへと訊ねた。
セルウェイはそんなカイを不思議そうに振り返ったが、ふむ……と考えこみながら再び前を向く。
歩きながら、彼は何処か誇らしげに一言だけ答えた。
「不思議な人だな!」
「不思議な人??」
こてんと首を傾げたシーナに、セルウェイはすかさず説明を始める。
「そうとも!個性の塊のような私達隊員を一人ひとりよく見ておられる。穏やかで思慮深く、人の心を溶かす“懐かしさ”のような温かさを持った人物だ。あのネイトがあれだけ素直に言う事を聞く人間は、他に見た事が無い。」
セルウェイが言わんとしている事をなんとなく汲み取り、カイはなるほど。と納得する。
「確かに。司令官っつーより、まるで父親って感じだったもんな。」
「そう!まさにその通りだ!」
カイの言葉に大きく頷き、セルウェイは言葉を続ける。
「私達隊員にとって、もう1人の父親のような存在と言えるだろう。特に、父親の居ない私やネイトにとっては、実の父のような存在と言っても過言ではない。」
「セルウェイ少佐……お父さんいないの?」
「あぁ。父は共和国軍の軍人だったんだが、母が私を身籠っていた頃に基地が襲撃され、亡くなったのだそうだ。だから実を言うと、父の事は写真でしか知らない。」
そう言って、セルウェイはふとレンを振り返る。
「君の父。バン=フライハイト大佐が父の最期を看取ってくれたと聞いている。機会があれば、瓦礫の下から父を助け出してくれた事、母共々感謝している。と伝えてくれ。」
「……はい。必ず伝えます。」
静かに頷いたレンに微笑みかけたセルウェイに対し、エドガーがそっと表情を陰らせて呟いた。
「……もしかして、基地を襲撃した人物というのは……」
「何か、心当たりでも?」
穏やかに訪ねて来たセルウェイに対し、エドガーは俯く。
「イヴポリス大戦終結後に、軍事基地が襲撃されるような事件は起きていません。推定ではありますが、貴方の年齢から考えて基地が襲撃された事件というのは、恐らくイヴポリス大戦よりも僅かに前の筈……その頃、死者が出る程の軍事基地襲撃事件を起こしたのは、ヒルツか……僕の父しか……」
その言葉に、セルウェイは小さな溜息を一つ吐く。
気不味い沈黙の後、彼は静かに答えた。
「その通り。私の父を殺したのは君の父。レイヴンだ。」
エドガーだけでなく、その場の全員に衝撃が奔る……
レイヴンとリーゼが手に掛けた者達は、その殆どが軍人だ。遺族に当たる者達が軍に属している事は何も驚く事では無いのだが、実際にこうして遺族と出会ったのは、これが初めての出来事だった。
しかし、黙り込んでしまった彼等を振り返ったセルウェイは、何処か穏やかで悲し気な微笑みを浮かべていた。
「安心したまえ。君に恨みがある訳では無い。」
そう言って立ち止まったセルウェイは、エドガーの前に歩み寄り、その肩に片手を置いて言葉を続ける。
「君のご両親も、ネイトと同じように監視対象隊員として、長年ガーディアンフォースに所属していると聞く。最低限の衣食住が保証されるだけで、給与も無く私財も一切没収された中、子供を授かり、立派に育て上げた。私はそんな君のご両親を凄い人達だと思う。父の事は時代が招いた不運だ。君が気にする必要は無い。だから君も胸を張りたまえ。君が立派な隊員として成長してくれれば、私も嬉しい。」
穏やかなその声が、優しくも力強くぽんぽんと肩を叩くその手が、エドガーの涙腺を揺らした。
出会う遺族全てがそう思ってくれる訳では無いだろう。怒りや悲しみ、憎しみの矛先を向けられる事もこの先あるだろう。だがそれでも、セルウェイのその言葉は、エドガーがずっと抱えて来た物をほんの少しだけ溶かしてくれたような気がした。
「はいッ……精一杯、頑張ります。」
滲んできた涙を拭いながら、涙声で返されたエドガーの返事に対し、セルウェイは笑顔を浮かべて「うむ!」と頷くと、励ますようにその背を優しく叩いてから声を掛けた。
「さぁ!案内の続きをするとしようか!諸君、はぐれずに付いて来るのだぞ!」
再び歩き出したセルウェイの逞しい背中を眺めながら、レン達もまた歩き出す。
不意に、レンがエドガーの背をそっと撫で、クルトがその頭をわしゃわしゃと撫でる……無言で励ます幼馴染2人に対し、エドガーが何処か困ったように笑いながら涙を拭った。
「2人共、僕ならもう大丈夫だから……」
だが、レンとクルトはそのまま視線を交わして頷き合うと、さっきよりも大袈裟に、まるでじゃれつくようにエドガーをもみくちゃにし始める。
「ちょっ……歩けないッ。歩けないから!」
「俺達なーんにもしてないぜ?」
「そうだそうだ。俺達は何にもしていないぞ。」
「あーもう!レンもクルトも少し離れてって言ってるんだよ!」
途方に暮れたような声を上げながらも、何処か楽しそうに笑っているエドガーの様子を見て安心したのか、レンとクルトがもみくちゃにするのを止めれば、セルウェイが楽し気に笑った。
「はっはっはっは!やはり若者は元気が一番だな!」
その笑い声に、カイとシーナも顔を見合わせて笑い合う。
最初こそ、その筋金入りの女好き具合に呆れはしたが、真っ直ぐなセルウェイの言葉と人柄を垣間見て、彼の事を見直したのだろう。前を歩くセルウェイを見つめるカイの眼差しも、何処か穏やかであった。
~*~
「あ、パンダちゃん。」
「え?」
基地内の案内で一行が再び格納庫へとやって来た時、不意に声を上げたシーナにカイが首を傾げた。
その一拍後、レンもシーナに倣うようにして荒野の一点を眺め、同様の声を上げる。
「ホントだ。もう任務終わらせて帰って来たのか……すっげー……」
その様子に、セルウェイは荒野と2人を交互に眺めた後、不思議そうに首を傾げて残りの3人を見つめた。どうやらセルウェイは古代ゾイド人の五感が現代人よりも遥かに優れている事を知らないらしい。
「あぁ、シーナは古代ゾイド人だから、目とか耳とか滅茶苦茶良いんだ。」
「レンも、母親であるフライハイト主任から五感の鋭さを受け継いでいるので。」
カイとエドガーがそう説明すれば、セルウェイは「なるほど!」と大きく頷いて、彼らと同じように荒野を見つめる。やがて、常人の肉眼でも確認出来る程に土埃が立っているのが見え始め、パンダファイターが走って来ているのが確認出来るようになった。
「おぉ!このまま此処に立っていたらパンダファイターに轢かれてしまうな!諸君!此方に避けて待っているとしようか!」
ハッとしたように声を上げたセルウェイに誘導されるまま、彼らはメイン格納庫に駐機されているガンブラスターの前まで移動する。
帰還したパンダファイターは案の定、先程までカイ達が立っていた場所を通って格納庫へと戻って来た。
定位置に駐機されたパンダファイターから降りて来たメイシェンに、すかさずセルウェイが駆け寄り、その逞しい両腕を大きく広げて満面の笑みを浮かべる。
「戻ったかメイメイ!無事で何よりだ!さぁ!帰還のハグを―」
その次の瞬間。派手な音を立ててメイシェンの正拳突きがセルウェイの鳩尾にめり込む……
笑顔のまま顔だけが青ざめたセルウェイに、メイシェンは冷たく言い放った。
「私をそう呼んで良いのは
まるでゴミでも見るような眼差しでセルウェイを睨み上げた後、メイシェンはそのままつかつかとカイ達の前にやって来ると、片手を腰に当てて仁王立ちしながら彼等を見渡す。
「で?セルウェイと一緒に格納庫に揃ってるって事は、指令への挨拶が済んで基地の案内でもしてもらってる。って所かしら?」
「あ、はい!そうです……」
返事を返したレンを値踏みするように見つめた後、メイシェンはレンの前に歩み寄る。
レンの胸板とメイシェンの胸が触れ合いそうな程距離を詰められ、レンはただただ戸惑ったように、自分よりも僅かに身長の高いメイシェンを見上げ、絞り出すように呟いた。
「あ、あの……何か?……」
「貴方、どのゾイドに乗ってるの?」
「え?えっと、俺の相棒はライガーゼロ……です……」
おずおずと名乗ったレンに対し、メイシェンは何処か落胆したように溜息を吐いた。
「そう。じゃぁ貴方に用は無いわ。」
興味を失ったようにレンから離れたメイシェンに対し、カイが訊ねる。
「もしかして、ブレードイーグルのパイロット探してんの?」
「あんな図体ばかりデカい鳥なんて興味無いわ。」
冷たく叩きつけるようなその返事に若干ムッとはしたものの、カイは仲間達と顔を見合わせた。
てっきりブレードイーグルのパイロットを探しているのかと思ったが、そうではないらしい……だが、だとしたら一体どのゾイドのパイロットを探しているというのだろう?
「用があるのはディバイソンのパイロットよ。一つ確かめておきたい事があるの。」
意外なその一言に、カイ達は再び顔を見合わせる。
微かに警戒した様子で、クルトが自ら名乗りを上げた。
「ディバイソンのパイロットは自分ですが、一体なんの御用でしょうか?」
その言葉に、メイシェンは先程と同じようにクルトと距離を詰め、彼を見上げる。
冷たいままの眼差しのメイシェン。警戒したまま表情一つ変えないクルト……緊迫した空気を破ったのは、突然クルトの首筋めがけて繰り出されたメイシェンの手刀だった。
空気を裂く程の音を立てて繰り出された、鋭く、素早い一突き……にも関わらず、クルトは最小限の動きでその突きを避けると同時に、手刀を繰り出したメイシェンの手首をがっちりと引っ掴んでいた。
まるで弾けた閃光のような刹那の攻防に対し、カイは内心舌を巻く。今までの近接格闘訓練で全く歯が立たなかったのだから、クルトの強さは嫌と言う程知っていると思っていた。
しかし、今まさに目にしたクルトの動きを見て、彼の言葉の意味をやっと痛感したのだ。
―これ以上どう手加減しろと?―
今まではただの厭味だろうと思っていた。
いや、むしろクルトがあまりにも強いのを素直に認めたくなくて、自分を煽る為にわざと余裕ぶっているのだろう。とすら心の何処かで思っていた……だが、たった今目にしたクルトの動きは、完全に自分など足元にも及ばないのだという事を見せつけられたようで、悔しさすら湧いて来ない。あまりにも次元が違いすぎる。
「……随分と、乱暴な挨拶ですね。」
微かに厭味のような響きを含んだ声音でクルトが嗤う。
そんなクルトに対し、メイシェンは満足げな笑みを浮かべていた。
「言ったでしょう?一つ確かめておきたい事がある。って。」
互いに警戒し合うようにゆっくりと、クルトが手首を引っ掴んでいた手を緩め、メイシェンが放された手を下ろす……言葉にせずとも、互いにこれ以上やり合うつもりが無い事が伝わったのだろう。張り詰めていた空気がジワリと温度を取り戻すように綻んで行くのが、カイ達にもはっきりと分かった。
「貴方、訓練生時代に近接格闘の成績がトップクラスだったそうね。私は強い人間にしか興味が無いの。手応えのありそうな新人が研修に来てくれて嬉しいわ。私はメイシェン=リー。貴方は?」
「クルト=リッヒ=シュバルツと言います。一応戦闘員を兼任していますが、主な仕事は開発整備ですのでどうかお手柔らかにお願いします。」
「あら。貴方エンジニアなの?勿体無いわね。」
そんな会話に、快活な大声が割って入った。
「ほう!エンジニアでありながらメイメイの一撃を的確に見切り受け止めるとは!!君との手合わせ!私も大いに楽しみだ!!白兵戦訓練の際には是非お相手願おう!!」
つい先程まで、メイシェンの一撃に真っ青になっていたのが嘘のように、セルウェイがクルトの背をバシバシと叩く。しかし、そんな彼にメイシェンは再び冷たい視線を……いや、むしろ殺気すら漂う程の鋭い眼差しを向け、一言叫んだ。
「
その言葉と同時に、ピンヒールブーツに包まれた彼女の足が……何処とは言わないがセルウェイの急所を容赦無く蹴り抜く。流石のセルウェイもその一撃を耐える事は出来なかった。白目を剥いて倒れてしまったセルウェイに対し、メイシェンは聞こえているかどうかなどお構い無しの様子で捲し立てた。
「気安くメイメイって呼ばないで!それに、私が話してる時に割って入ろうなんてどういう了見なの?!言語道断よ!次に同じ事をしたら二度と盛れないようにしてあげるから覚悟しなさい!!」
「おっかねぇ……」
ボソッと呟いたカイをキッと睨みつけるメイシェンだったが、彼に対してはそれ以上何をするでもなく、彼女は疲れたような溜息を一つ吐き、床で伸びているセルウェイを見下ろして呟いた。
「
「えぇっと……」
レンが思わず返事に詰まる。初めて訪れた基地を案内されていた最中だったのだ。案内された場所はわかるが、案内されていない場所。というのは答えに困ってしまう。
そんな彼の様子を察してか、説明を引き継いだのはエドガーだった。
「食堂から本棟を一通り回った後、連絡通路から西棟を回って、此処に来たんですが、あとは何処に行けば良いのか、僕達にはよくわかりません。」
「あぁ、そういえば貴方達、この支部に来るのは初めてだったわね。まぁ西棟を回ったなら後は基地内病棟のある東棟と隊員宿舎くらいかしら?……」
そこでふと、メイシェンはシーナを見つめる。
若干困った様子のメイシェンに対し、シーナはいつものようにきょとんと小首を傾げて訊ねた。
「どうしたの?」
「うちの支部は女性職員がとにかく少ないから、隊員宿舎の女子棟は3階までしかなくて、丁度今、部屋も空きが無いのよ。貴女、カーター指令から何処に宿泊するか聞いてる?」
「んーん。まだなんにも聞いてないよ?」
特に困った様子も無くきょとんとしたまま答えるシーナに、メイシェンは頭を抱える。
「貴女ねぇ……自分の事なのに、なんでそんなに危機感無いの?」
「だって、泊まるお部屋が無いならカイと一緒に寝れば良いかな?って。」
「え?!俺?!」
驚愕の一言に、突然指名されたカイは勿論、その場の全員が驚きの声を上げた。
「いや!ちょっと待って下さいシーナさん!!まさか男子棟に寝泊まりするつもりですか?!」
「うん。一緒に旅してた時は、いつもカイと一緒に寝てたし。」
彼女の言葉に、クルトがキッとカイを睨みつける。恐らく嫉妬が半分。残り半分は「お前、シーナさんに変な事してないだろうな?」という無言の問い掛けであろう。
このまま変な誤解をされてしまっては困る。と、カイは慌ててシーナの紛らわしい言葉を訂正した。
「おいちょっと待て!落ち着け!違うんだって!!ただ単にブレードイーグルの中で寝てただけで―」
「何が違うんだ!一緒に寝ている事に変わりはないだろうが!!」
「お前が考えてるような事は何にもねーよ!!つーかお前だって演習帰りにシーナと寝てただろ?!」
「あんな状況で眠れるか!言っておくがあの夜は結局寝てないぞ!俺は!」
「威張って言う事じゃねーだろ!ヘタレかよ!!」
「なんだと?!」
止まりそうにない口喧嘩を黙らせたのは、メイシェンの足払いだった。たった一薙ぎしただけだというのに、その細脚はカイとクルトの足を完全に床から引き剥がし、派手に転ばせる。
「うぉわ?!」
「痛ぇ?!」
突然の事でまともに受け身も取れず、床に打ち付けた頭を押さえて呻くカイとクルト。
シーナはそんな2人の前にしゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んだ。
「2人とも、大丈夫??」
「平気よ。この程度で怪我をするようじゃ隊員失格だし、煩い馬鹿共の事は放っておきなさい。まずは指令の所に戻って、貴女を何処に泊まらせる予定なのかきちんと確認するのが先よ。良いわね?」
「う、うん……」
おずおずと頷いたシーナは、若干不安げな眼差しでメイシェンを見上げる。
多分怖い人じゃない……一番最初にメイシェンの姿を見た時、自分はそう言った。間違いなくそれは本心だ。愛機であるパンダファイターに懐かれているというのが何よりの根拠だった。
しかし、セルウェイを容赦無く気絶させ、クルトにいきなり手刀を繰り出し、挙句、口論を実力行使で無理矢理黙らせたメイシェンに対し、シーナは微かな緊張を覚える。
(ゾイドには優しいけど、少し怖い人……なのかな?……)
~*~
「あ~……女子棟、今空きが無いのか……参ったなぁ……」
そう言って頭を抱えているのは、まさかのカーターであった。
支部司令官ではあるが、彼は今年からこの第七辺境支部に着任したばかり。おまけに前任司令官が溜め込んでしまっていた仕事に毎日追われていたのだ。女子棟の空き状況を把握しきれていなかったのも致し方あるまい。
……とは、思うものの、いよいよ本格的にシーナの宿泊場所が完全に未定であった事が判明し、メイシェンも顔を隠すように額を抱え、大きな溜息を一つ吐いた。
「司令……どうするの?この子……」
「そうだなぁ……」
途方に暮れたように考え込んだ後、カーターは何処か申し訳無さそうにチラッとメイシェンを見つめながら、酷く遠慮がちにひっそりと訊ねた。
「……君の部屋に泊めてあげるのは……無理かな?」
「私の部屋?!」
大袈裟な程に驚いた様子で叫んだ後、メイシェンは気不味そうにシーナを見つめる。その眼差しと渋い表情は、何やら酷く葛藤しているような様子が見て取れた。
「あの、えっと、迷惑なら私、やっぱりカイと一緒に……」
「馬鹿な事言うんじゃないの!就寝時間中は男女共に宿舎棟の行き来は禁止でしょ?!事案よ事案!」
泊めたくないのか、泊めても構わないのか分からないメイシェンの態度に、シーナはすっかり困った様子で、しゅんとしながらメイシェンを見上げる。
ビクつく小動物のようなシーナの反応に、僅かながら罪悪感でも湧いたのだろうか?メイシェンはそんな彼女を見つめて言葉に詰まるように黙り込み……やがて、ポツリと呟いた。
「……一つだけ聞いておくけど、貴女、狭くても文句無い?」
「無い……です。」
「なら……別に良いわよ。私の部屋に泊まっても。」
何処か恥ずかし気に頬を赤らめながら、ボソッと呟かれたその一言に対し、シーナはきょとんと首を傾げたが、次の瞬間にはホッとしたような笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「うん!ありがとう!リー大尉!」
「じゃ、じゃぁ!宿泊場所も決まった事だし、着替えとか日用品とか部屋に運ぶわよ!」
あからさまに照れ隠しだとわかる台詞と共に、メイシェンはシーナの手を掴んでツカツカと足早に執務室を出て行こうとする。
そんな彼女の背中に、慌ててレンが呼び掛けた。
「あ、あの!俺達は一体どうすれば……」
「格納庫で泡噴いてる馬鹿を叩き起こして案内させなさい!起こす為なら手段は一切選ばなくて良いから!部屋に荷物運んだら、今日はゆっくりしてて良いわ!じゃぁね!!」
「え、えっと!皆また後で~!」
ぐいぐいと引っ張られながらも、振り返って手を振ったシーナが、執務室の扉の向こうへ消える。
カイ達は呆気にとられた様子で互いに顔を見合わせた後、助けを求めるように、カーターを見つめた。
カーターはそんな彼等の視線に苦笑を浮かべると、そっと呟いた。
「とりあえず、何があったのかはよく分からないけど……格納庫で泡噴いてる馬鹿とやらを起こしておいで。」
~*~
「わぁ~!!可愛い!!」
部屋へと案内されたシーナは、目を輝かせながら室内を見渡す。
メイシェンの宿舎の自室……そこはまさにパンダの楽園であった。
ベッド脇に置かれた巨大なパンダのぬいぐるみを始め、ベッドの枕元にも様々なパンダのぬいぐるみがずらりと並び、時計も、クッションも、ローテーブルも、デスクの上すら、見渡す限りパンダ、パンダ。パンダの山だ。
「ホント?!貴女もパンダ好き?!」
シーナの反応に、メイシェンが興奮を隠しきれない様子で食い付く。
そんな彼女に対し、シーナは少々困ったように笑った。
「えっと……私、古代ゾイド人だから、パンダって初めて見たの。でも、パンダファイターと同じような色の子達ばっかりだから、このお人形さん達もパンダ……なんだよね?」
「そうよ!これ!これがパンダ!可愛いでしょ?!」
そう言って、メイシェンはベッドの枕元に並んでいたぬいぐるみの一つを手に取り、ずいっとシーナの目の前に差し出す。赤いチャイナ服を着た可愛らしいぬいぐるみに、シーナはまたも目を輝かせた。
「うん!ふわふわしてて、ころころしてて、すっごく可愛い!」
「話が分かるじゃない!パンダが大好きな子なら大歓迎よ!貴女最高だわ!」
ぬいぐるみをてにしたまま、メイシェンは嬉しそうにシーナを抱き締める。
先程までの冷たい雰囲気から一変し、すっかり“パンダが大好きな陽気なお姉さん”と化したメイシェンに、シーナはホッとした様子でふにゃりと笑った。
「良かったぁ。私、リー大尉の事、少し怖い人なのかな?って思ってた。」
「別に怖く無いわよ!特にパンダ好きの同士相手なら尚更!」
とんでもない!とでも言いたげに声を上げながらシーナを放したメイシェン。そんな彼女に、シーナはくすくすと鈴を転がすように笑いながら頷く。
「うん。リー大尉ってパンダちゃんにもすっごく懐かれてるし、本当は全然怖い人じゃないんだね。」
「え?!貴女もしかして、この部屋のぬいぐるみ達の声でも聞こえるの?!」
ギョッと目を丸くしたメイシェンの前で、シーナはふるふると首を横に振った。
「ううん。この子達の事じゃなくて、リー大尉のパンダファイターちゃんの事。私、ゾイドとお話出来るの。」
「あぁ、なるほど。古代ゾイド人だってさっき言ってたものね。」
納得したように呟いて、手にしたままだったぬいぐるみを再びベッドの枕元に戻した後、メイシェンはそっとシーナを振り返る。
「貴女の名前、確かさっき他の子達が“シーナ”って呼んでたわよね?」
「うん。私シーナっていうの。」
「そう……その、私の事も、階級じゃなくて名前で呼んで良いわよ。」
「ホント?」
嬉しそうに目を輝かせ、シーナは訊ねた。
「じゃぁ、メイシェンさん。って呼んでも良い?」
「えぇ。勿論。」
優しく頷いたメイシェンに、ふと、シーナは先程の格納庫でのやり取りを思い出す。
疑問に思っていた事を、彼女は訊ねた。
「ねぇ、さっき格納庫でセルウェイ少佐に“メイメイ”って呼ばれた時は、どうして怒ったの?」
「メイメイっていう愛称は、基本的に家族専用なの。両親とか、
「ぐぁーぐぁ?って?」
「お兄ちゃん。っていう意味よ。私は中華系共和国人だから、時折言葉に中国語が混ざっちゃって。」
「そうなんだ……じゃぁ、メイシェンさんもお兄ちゃん居るの?」
きょとんと訊ねれば、メイシェンは何処か誇らしげに語り出した。
「えぇ。私の兄はガーディアンフォースの共和国首都支部に勤務しているエースパイロットなの。強くて賢くてかっこいい、まさに自慢の
その問いに、シーナの顔から笑顔が消えた。
しゅんと俯きながら、彼女は消え入るようにぽつりと呟く。
「私も、双子のお兄ちゃんが居るけど……」
敵になっているかもしれない。などと言える筈が無かった。
もしそんな事を言ってしまえば、再び
古代大戦末期に生まれ育った自分にとって、肉親が敵同士となり殺し合った。という話は幼いながらに何度も耳にした事であったし、その一瞬の躊躇いが時として戦況を大きく左右する事すらあるという事も知っていた。
……実際、父であるヴェルナー博士の兄。つまり伯父が敵の将として進軍して来た事で、自分達が住んでいた町は火の海と化し、住む場所を失った自分達は父が恩師から譲り受けたという秘密の地下研究所で細々と暮らす毎日を送っていたのだ。
科学者でありながら優秀なパイロットでもあった父は、実の兄を止めようと戦線に立ったあの日、結局トリガーを引くことが出来なかった。と話してくれた。覚悟を決めて出撃したというのに、躊躇ってしまったと。そのせいで故郷を失い、自身のオーガノイドであったフォトンと、左腕も失ってしまったと……
自分もいつか、父と同じような覚悟を持って戦線に立たなければならない時が来るのかもしれない。だが、もしもあのゾイドのパイロットが本当にアレックス本人で、自分がアレックスを止めなければどうなるだろうか?
万が一、仲間の誰かがアレックスを手に掛ける結果に終わってしまったら、その仲間は「仲間の唯一の家族を手に掛けてしまった。」と、罪悪感を抱えて生きていく事になってしまう。
知らないのなら、いっそ知らないままの方が良い。
「……遺跡で眠りに就いてたのは、私と、ユナイトと、ブレードイーグルだけだったから……」
シーナはそっと言葉を濁す。
それでも“嘘”を吐かなかったのは、きっとカイの影響だろう。
そんなシーナの悲痛な胸の内を表情から察したのだろうか?メイシェンは彼女をそっと再び抱き締めて、優しく頭を撫でてくれた。
「もう……今日は休みましょ。ね?」
「うん……」
小さく頷いたシーナの頬を、そっと孤独が伝った。