ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第34話-価値観-

 到着翌日から、俺達は早速訓練を受ける事になった。

 こんな一癖も二癖もある奴らに、これから2週間訓練受けるなんて、正直滅茶苦茶不安だなぁ~……なんて、思ってたんだけど……

 その心配が全然違う人物に、予想外の形で向く事になるなんて、この時俺は、全く思いもしてなかったんだ。

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第34話:価値観]

 

「ゼロ! まだいけるか?!」

「ガルォ!!」

 

 派手に吹き飛ばされた状態から四肢の爪を地面に突き立て体勢を立て直し、ライガーゼロが咆える。

 予定通り翌日から開始された訓練は、想像を絶する程ハードであった。

 個性の塊のような第七辺境支部の問題隊員達だが、その実力は、精鋭部隊であるガーディアンフォースの中でも更に屈指と言って良い。

 

「遅い!」

 

 体勢を立て直したばかりのライガーゼロに対し、愛機であるパンダファイターを駆ってメイシェンが間髪入れずに突っ込んで行く。

 パンダファイターは……彼女がベアファイターを白黒に塗り分けて“パンダ”と言い張っているだけなので、ぶっちゃけてしまえばベアファイターなのだが、まぁ要するに、重装甲を生かした突撃戦を得意とするゾイドだ。その利点を余す事無く発揮する近接格闘主体の猛攻は、まさに息を吐く暇すら無い。

 高速戦闘用ゾイドである筈のライガーゼロに比べれば、最高速度は四足形態でおよそ3分の2。機体規格も、ライガーゼロが大型ゾイドであるのに対し、パンダファイターは中型ゾイド。いくら突撃戦を得意とする重装甲ゾイドとはいえど、ライガーゼロが太刀打ち出来ないなどという事は、まず有り得ない……

 そう“普通”ならば、まず有り得ないのだ。

 だが、メイシェンのパンダファイターは重装甲ゾイドである筈にも関わらず、とにかく俊敏であった。その秘密は恐らく、四足形態と二足形態を瞬時に切り替える判断力と操縦技術の高さであろう。

 四足形態で素早く駆け抜け、距離を詰める。そして相手に飛び掛かると同時に二足形態へ瞬時にシフト。飛び掛かった勢いもそのままに繰り出される超硬度セラミック爪の一撃は、中型ゾイドで大型ゾイドを吹き飛ばすという荒業を難なくやって退けた。

 

『レン! ゼロの機動力なら絶対振り切れるから! まずは一旦距離を取って!』

「それは分かってんだけど――うわぁっ?!」

 

 シーナの声も虚しく、ライガーゼロがまたもパンダファイターに殴られ派手に地面を転がる。

 ひたすら執拗に攻撃され、おまけに自分が手も足も出ない程追い詰められている事に、レンは酷く焦った。

 

(畜生……こんな時、Eシールドがあれば……)

 

 彼は思わず渋い表情を浮かべる。

 ルネの助言を受け、試作CASユニットの一つである「シールド-ゼロ」を戦闘用に調整出来ないか?とトーマに相談したのだが、その解答は「可能ではあるが調整にはかなり時間が掛かる。」というものであった。

 曰く、元々シールド-ゼロは試作ユニットの中でもつい最近形になったばかりの未完成ユニットであり、換装の取り回しを優先した為に、ジェネレーターの出力が不安定でシールド強度に問題点を抱えている事から、開発スタッフ達は現在進行形で改修調整に追われている真っ最中。

 そんな中、後方支援及び援護特化ユニットとして設計されていたシールド-ゼロを近接戦闘用ユニットにシフトさせるとなれば、調整の進んでいたセッティング自体はおろか、設計そのものから見直さなければならない。

 Eシールドを用いた近接格闘戦をゼロで繰り広げられるようになるのは、まだまだ先……それが、酷くもどかしかった。

 

(レン、随分苦戦してるな……ある程度予想はしていたけど、まさか此処まで一方的な展開になるなんて……)

 

 そんな中、冷静に演習の状況を分析していたのはエドガーだった。

 初日で目にした様子から察するに、第七辺境支部の隊員達はけして仲が良い訳では無い。

 メイシェンは何かと言い寄って来るセルウェイに辟易している様子であったし、ネイトとセシルに至っては、いつどちらが相手を殺すか分からないような空気が常に漂っている。

 しかし、ゾイドに乗った彼等は、普段のやり取りからは想像も説明もつかないような連携を見せていた。

 ……いや、これを「連携」と呼ぶのは些か語弊がある。お世辞にも見事なコンビネーションとは言い難い。

 

「ネイト! 何処狙ってるのよ! この下手糞!」

「うるせぇなぁ。こっちはこっちで楽しんでんだよ。すっこんでろ」

「少佐。バカスカ撃ち過ぎです。もう少し他所でやって下さい」

「はっはっは! これは砲撃ゾイド同士。いや! 漢同士の戦いだ! 手を抜くなど相手への侮辱! 口出し無用だ!」

 

 ……このように、戦術的な打ち合わせはおろか、まともなコミュニケーションすら怪しい始末だ。

 だが、そんな会話からは想像も付かない程、見事に各々が役割をしっかり果たしていた。

 機動力が持ち味であるライガーゼロは、メイシェンのパンダファイターが絶えず猛攻を加え続ける事で、巧みに抑え込んでいる。恐らく本領を発揮する暇すら与えずに潰す気なのだろう。

 空ではネイトのサラマンダーがカイとブレードイーグルを足止めしている。機動力では遥かに劣るサラマンダーで高速、高機動型のブレードイーグルを足止め出来ているのは、その積載能力を見せつけるかのように携えた無数の武装だ。レーザーブレードウイングやレーザークローで一気に敵を叩く戦法を得意としているブレードーグルにとって、ミサイルに追い掛け回され、レーザーに追い立てられ、全く距離を詰められないのはなかなか苦しい。

 シーナはそんな2人のオペレートで精一杯だ。キートが光学迷彩を起動させた状態でこの場に居るのは分かっているが、彼女の場合、本格的な後方支援はまだあまり訓練を受けていない。援護射撃は到底望めないだろう。

 セルウェイのガンブラスターも、後方支援担当のクルトへ容赦の無い弾幕を張る事で、援護射撃を確実に妨害している。どちらも砲撃型のEシールド搭載機だが、砲撃に移る際に必ずシールドを解かなければならないディバイソンに対し、ガンブラスターはシールドを展開したまま砲撃を行う事が可能という大きなアドバンテージがある。このままではじりじりと追い詰められてしまう事だろう。

 そして、追い詰められているのは彼も同じだ。エドガーはセシルのステルスバイパーにかなりの苦戦を強いられていた。

 

(くそっ……厄介だな……)

 

 正直、自分と一番相性が悪い相手がセシルであろう事は覚悟していた。彼の愛機であるステルスバイパーは奇襲用ゾイドだ。偵察もこなす事が可能な隠密性と、あらゆる地形に対応出来る走破性、機動力に優れている。

 ……が、厄介なのはそこではない。身を潜めた場所から敵を確実に仕留める事をコンセプトに設計されているが故に、搭載された武装が全て銃火器である事。つまり、遠距離戦を得意とする機体だという点である。

 ジェノブレイカーに搭載された銃火器は、最大の武器である荷電粒子砲を除いた場合、ウエポンバインダーに搭載されたAZ140mmショックガンとAZ80mmビームガン。そして左右合わせてたった10発しか装弾出来ない、申し訳程度のマイクロポイズンミサイルポッドのみ。ただの訓練で荷電粒子砲の使用許可など下りる筈も無い為、この僅かな装備で“遠距離戦”という相手の土俵に上がるのは分が悪過ぎる。

 どうにかして得意の近接戦闘へ持ち込みたい所だが、ジェノブレイカー相手に近接戦闘へと持ち込まれれば、確実に不利である事はセシルも分かっているのだろう。彼は常にジェノブレイカーと一定の距離を保っており、その距離はなかなか縮まらない。

 トップスピードはあのブレードライガーすら超える事の出来るジェノブレイカーを、此処まで近寄らせないように立ち回っているのだ。いくらスペックが全てでは無いとはいえ、機体の性能差というのは必ずしも技術だけで補えるようなものではない。恐らく彼のステルスバイパーはフットペダルベタ踏みのフルスロットル状態であろう。

 それだけのフルスピードで動き回りながら、常に間合いを把握し、機体を御する。かなり神経を擦り減らすような操縦が要求されている事は想像に難くない。

 だがそれでも、彼の放つ弾丸が狙いを狂わせる事は一切無かった。ジェノブレイカーと一定の距離を保ったまま40mmヘビーマシンガンをメインに、16mmバルカン砲と小口径対空レーザー機銃も交えて、精確無慈悲にジェノブレイカーへ弾丸を注ぎ込む。

 どれほど必死に避け続けても、間合いを詰められない。被弾箇所はじわじわと増え続ける一方。このままでは埒が明かない……そう判断したエドガーは意を決するように相棒へと語りかけた。

 

「実弾で訓練している以上、防戦一方でやられて終わるのは御免だ。ジェノ! 仕掛けるぞ!」

「グギョァ!」

 

 相棒の返事と同時に、エドガーはウイングスラスターを全開にしてステルスバイパーへと一直線に突っ込んだ。

 突如、防戦一方の状態から攻勢に転じたジェノブレイカーに、流石のセシルも微かに目を見開く。

 

(無策で突っ込んで来る程、馬鹿ではない筈だが……)

 

 セシルは猛スピードで迫り来るジェノブレイカーの挙動に細心の注意を払いつつ、銃弾を叩き込んだ……が、その銃弾がジェノブレイカーに届くことは無かった。突如立ちはだかった光の壁に阻まれたのだ。

 

「ほう……Eシールドか」

 

 思わず感心したような呟きが零れる。

 オリジナルのジェノブレイカーのEシールドは、一個師団の集中砲火にさえ耐える事の出来る強力な物だ。いくらエドガーの機体がその「コピー」で、オリジナルよりも性能が劣るとはいえ、そのEシールドはシールドライガー以上の強度を誇る。そう易々と突破出来るようなものでは無い。

 

「吹き飛べ!」

 

 Eシールドを展開したまま、ジェノブレイカーがステルスバイパーを体当たりで吹き飛ばす。

 派手に地面を転がってもおかしくない一撃だったが、それでもステルスバイパーは地面に倒れ伏しなどしなかった。地面へ派手な跡を長々と引きながらも、鎌首を擡げた姿勢のまま器用にバランスを取り、すぐさまジェノブレイカーへと向き直る。

 ……しかし、その時には既に、エクスブレイカーを振り翳したジェノブレイカーが眼前に居た。

 

「もらったぁ!!」

 

 エクスブレイカーがステルスバイパーの首を捕える。

 誰もが、勝利を掴んだのはジェノブレイカーだと見て間違いない瞬間……それでもエドガーは、確実にステルスバイパーをシステムフリーズへ追い込む事を選んだ。その選択肢も、けして間違いでは無い。

 だが、捕らえたステルスバイパーを、そのまま地面に叩きつけようとした瞬間、エクスブレイカーが一気に上へと跳ね上げられた。

 

「なっ?!……」

 

 エドガーが呆然としたのも無理は無いだろう。

 地面へ叩きつけられそうになるのと同時に、ステルスバイパーは“跳躍”したのだ。その長い全身をとぐろのように瞬時に巻き、バネのようにして……

 

「思い切りの良さは良いが。少々考えが足りなかったな」

 

 淡々と告げながら、セシルの口元に微かな笑みが浮かぶ。

 首を掴まれたまま宙を舞っていたステルスバイパーの長い胴が、鞭のようにしなる。ジェノブレイカーの首に撒きついた鋼鉄の蛇は、そのままジェノブレイカーを締め上げに掛かった。

 いくらジェノブレイカーがパワーに優れた機体とはいえ、いきなりバランスを崩した上に、ゾイド一機分の重量が首の一点へ加われば、体を支える事は到底不可能だ。

 首を締め上げられたまま、ジェノブレイカーが地面に倒れ込む。

 力の抜けたエクスブレイカーから抜け出したステルスバイパーは、締め上げる力を緩めもせずにジェノブレイカーを見下ろし、余裕の漂う佇まいで銃口を突き付けた。

 

「近接格闘戦に持ち込めばジェノブレイカーに分がある。確かにそれは事実だ。だが、ステルスバイパーの近接格闘能力を甘く見過ぎたな。この程度の奇襲に対応出来ないとでも思ったか?」

「くっ……」

 

 メインモニターに映し出されたステルスバイパーを睨みつけ、エドガーが悔しさに歯を食いしばる。

 そんな彼に、白獅子とその使い手が声を上げた。

 

「エド!!」

「グォォォォン!!」

 

 すぐさま助けに行こうと駆け出したライガーゼロだったが、その無防備な横っ腹に、パンダファイターが一撃を叩き込み、派手に転ばせる。

 

「防戦一方だった目の前の敵に、平然と背を向けるだなんて……舐めてるの?」

「ちっ……」

 

 地面から起き上がろうとしたライガーゼロの首を、パンダファイターの前足がズンッと踏みつける。

 ステルスバイパーに締め上げられたジェノブレイカー、パンダファイターに踏みつけられたライガーゼロ……

 当然、幼馴染2人の窮地に、彼が無反応な筈が無かった。

 

「レン! エド! 動くなよ!!」

 

 ガンブラスターと撃ち合っていたディバイソンが、窮地に追い込まれた仲間の方へと向き直り、パンダファイターとステルスバイパーめがけて17連突撃砲を放つ。

 しかし、向かい合っていたガンブラスターに対し、完全に機体側面を晒してしまったディバイソンを、セルウェイが見逃す筈が無かった。

 

「ぬかったな! 青年!!」

 

 ガンブラスターのハイパーローリングキャノンがノーガードのディバイソンを嬲る。

 断末魔のような悲鳴を上げたディバイソンが、ゆっくりと地面へ崩れ落ちた。

 

「ちっ……テオ! ディバイソンのダメージは?!」

[機体右側面から右前脚にかけて被弾による損傷を確認。ダメージレベル:2。損傷自体は戦闘続行可能レベルですが、被弾時の衝撃によって、コンバットシステムがフリーズしています。訓練の規定上、再起動による復帰は認められていません。撃破扱いです]

「……やられた、な。レンとエドは?」

 

 クルトが顔を上げた先。メインモニターに映し出されていたのは、ディバイソンの援護砲撃によってパンダファイターから解放されたライガーゼロが、真っ直ぐ此方へ走って来る姿だった。

 その姿を見て、クルトは思わず目を見開く。

 

「馬鹿! 来るな!!」

 

 叱るように叫ぶその声を聞きながら、それでもレンは歩を緩めない。

 そんなライガーゼロを追撃しようと後ろから迫っていたパンダファイターに、エクスブレイカーを展開したジェノブレイカーで真横から突っ込み、派手に吹き飛ばしながらエドガーが叫んだ。

 

『レン! 今のうちに!!』

「あぁ! 分かってる!!」

 

 ディバイソンの方を向いたままのガンブラスターが此方へ方向転換するには、多少ラグがある。

 その隙に一気に距離を詰め、撃たれる前に攻撃してしまえば確実に仕留められる筈だ。例えEシールドを展開されたとしても、ゼロの脚ならすぐさま無防備な背後へ回り込める。

 レンに迷いは一切無かった。

 もしもこれが、訓練では無く幻影騎兵連隊相手の実戦ならば、システムフリーズを起こし身動きの取れなくなったゾイドは真っ先に止めを刺される。それは、レン自身があの合同演習襲撃事件で嫌と言う程味わった現実だ。

 だからこそ、そんな絶体絶命の自分を救ってくれた仲間には、どれだけ感謝しても足りない程の思いを抱えているし、今度は自分が守る側になると誓ったのだ。訓練であろうと、その思いは揺るぎはしない。

 

「ストライクレーザークロー!!」

 

 レンの叫びと共に、その爪を黄金に輝かせたライガーゼロが地を蹴る。

 しかし、一直線にガンブラスターへと振り降ろされたストライクレーザークローは、あと僅かという所で虚しく宙を掻いた。

 

「うわぁぁぁ?!」

 

 突如機体へ奔った激しい衝撃。それは、ジェノブレイカーから離れたステルスバイパーが、ライガーゼロへと放った40mmヘビーマシンガンによるものだった。

 無防備なその背中に弾丸を叩き込まれ、ライガーゼロもまた、地へ伏す……

 メインモニターに表示されたシステムフリーズを告げる文字に、レンは思わず悔しさに任せて叫んだ。

 

「ちっくしょー! あとちょっとだったのに!!」

『はっはっはっは! いや、思い切りの良さはなかなかだったぞ! 少年!』

 

 傍らに佇むガンブラスターから、セルウェイの爽やかな大声が響くが、間髪入れずに冷ややかな声が続々と後に続く。

 

『何処が良かったのよ。周り見えてなさ過ぎじゃない』

『ホントそれ。一対一の勝負じゃないんだから、もうちょっと頭使いなよ』

『今の立ち回りは真っ先に死ぬぞ』

「お、お前達……初戦でそれは流石に言い過ぎではないか? な? 少年」

 

 セルウェイが必死にフォローに入るが、レンはぐうの音も出ないといった表情でがっくりと項垂れ、絞り出すように呟いた。

 

「いや、返す言葉もございません……」

 

 周りが見えていない。それが自分の欠点である事はレンにも自覚がある。

 あの合同演習でもそうだ。仲間の援護に回るどころか、通信に返事を返す余裕すら無かったあの状況で、自分があれだけ粘る事が出来たのは、他ならぬ相手が一対一の戦闘を望んでくれたから……その気になれば周囲のスリーパー達を使って動きを封じる事など容易かった。撃破のチャンスなど山のように転がっていた筈なのだ。

 だからこそ、レンにはそれがどういう意味であるか分かっていた。

 あの赤い高速戦闘用ゾイドのパイロットは、スリーパー達に頼るまでも無い。と判断を下したのだ。帰還後、それを悟った時に込み上げたのは、悔しさと自分の未熟さに対する苛立ち……それがまた、レンの胸を締め上げる。

 

(あんだけ悔しい思いしたってのに……何も変わってねーじゃねーか。馬鹿野郎……)

 

 悔しさに任せて振り上げた拳を、そのまま自分の膝に叩き付ける。

 そんなレンの様子を通信画面越しに見つめ、エドガーがポツリと心配そうに呟いた。

 

「レン……」

『エドガー! 避けて!』

「え?――」

 

 クルトとレンの2人が撃破され、周囲のゾイド達も動きを止めている……雰囲気的にも気分的にも、午前の訓練は終了したものとして気を抜いていたエドガーは、直後、パンダファイターの電磁キャノン砲を叩き込まれた衝撃に見舞われ、盛大な舌打ちを吐いたのだった。

 

   ~*~

 

「貴方達、てんで話にならないわ」

 

 訓練を終了し、格納庫に集まった面々の中でメイシェンが開口一番にそう言い放った。

 

「防戦一方。攻勢に出ても返り討ち。周りは見てない。援護もお粗末。よくそれでガーディアンフォースの隊員を名乗れるわね。精鋭の意味分かってるの?」

「まぁまぁメイメイ。罵倒から入らずに、まずはそれぞれの総評を――」

「だから気安くメイメイって呼ばないで!!」

 

 宥めに入ったセルウェイをキッと睨みつける彼女の隣で、不意にセシルが口を開く。

 

「ジェノブレイカーの立ち回りは及第点だ。奇襲と同時に近接戦闘へシフトする戦法は、ベタではあるがオールマイティに使える戦術でもある。後は相手の特性や能力からどのような反撃が想定されるかを考え、対応出来るよう励むと良い」

「はい」

 

 短い返事と共に頷いたエドガーに、ネイトがニヤッと馬鹿にしたような笑みを向けた。

 

「まぁ、最後のあのやられ方は馬鹿の極みだけどね」

「……自覚しています」

 

 居心地悪そうに視線を逸らすその様を面白そうに眺めた後、ネイトはカイへ視線を移す。

 

「カイはまぁ、実力にもゾイドの性能にも恵まれてんのに、ミサイル如きで逃げ過ぎ。器用にバルカンでミサイル撃ち落とせる癖に、なんで突っ込んで来れないかなぁ?」

「突っ込んだらレーザーとバルカンで蜂の巣にする気満々だったの見え見えなんだよ。大方、痺れを切らして突っ込んで来るの待ってたんだろ?その手に乗るかっつーの」

 

 何でもなさそうに答えたカイに言葉を続けたのはセルウェイだった。

 

「少年。空からは何が見える?」

「え?」

 

 きょとんとした表情を浮かべた彼に、セルウェイはいつもの爽やかな笑みを浮かべたまま語る。

 

「飛行ゾイドは、空ばかりが見える訳では無いぞ。地上も、海上も見渡す事が出来る。君ならば窮地に陥った仲間に対し、的確なフォローが出来ていた筈だ。目の前の相手ばかりに集中していたのでは、せっかくの翼が実に勿体無い」

「あ、はい……」

 

 ぽかんとした返事が、口から転げ落ちた。

 今思えば、対地戦を繰り広げたのは合同演習襲撃事件の一戦のみで、それ以外の訓練では常にストームソーダーとレイノスばかりを相手にして来た……飛行ゾイドが相手ならば、自分が戦うべきは空。無意識にそう思い込み、自分の役割をきちんと考えていなかった事に気付かされ、カイは黙り込む。

 

(確かに。サラマンダーから逃げ回ってばっかいないで、レン達の援護に回ってたら……戦況は全然違ってた筈だよな。一応振り分けとしては俺も前衛戦闘員だけど、前衛が援護に回ってはならない。なんて決まりはねーんだし、臨機応変に動かないと駄目なんだ……)

 

 360度、何処へ行くにも自らの意志一つ……それは何も旅だけに言える事では無いのだ。戦闘における立ち回りもまた然り。そんな空で、目の前の敵しかその目に映さないという事は、広大な空に自ら窮屈な道を描き、他の行き先を閉ざしていたという事。

 空に在りながら、空の可能性に欠片も気付いていなかった……全く、あれほど空に焦がれておきながら、なんと滑稽で愚かだったのだろう?

 

「次からもっと、立ち回りをしっかり考えます」

「……お前、敬語使えたんだな」

 

 気の抜けたクルトの一言に、カイはジトリとした眼差しを彼へ向ける。

 

「お前は俺をなんだと思ってんだよ」

「生意気なクソガキ」

「けっ……言ってろ」

 

 拗ねたようにプイっとそっぽを向いたカイに構わず、セルウェイは続けてクルトを見つめた。

 

「青年。君は恐らく、その真面目な気質故なのだろうと思うが、後方支援戦闘員という自分の分担に対して頑なになり過ぎだ。確かにディバイソンには17連突撃砲があるが、元はディバイソンも突撃戦用ゾイド。分の悪い打ち合いに徹さず、ツインクラッシャーホーンで攻め入る選択肢もあった筈だ」

 

 今度は、クルトがきょとんとした表情を浮かべる番であった。

 確かにセルウェイの言い分は正しい。Eシールドを展開したまま砲撃を続行する事が出来ない以上、ガンブラスター相手の砲撃戦では分が悪い。だが、直接攻撃であるならどうだろうか? と、クルトは考える。

 ガンブラスターの最大の武器であるハイパーローリングキャノン。その一番恐ろしい所は、火力そのものではなく、エネルギー弾の周波数を変える事でEシールドを容易く“貫通”出来る事だ。Eシールドを展開したまま砲撃を続行する事が出来るのも、この特性を応用した戦法に過ぎない。

 だが、この戦法には一つ弱点がある。ガンブラスター自身のEシールドである超電磁シールドを貫通する周波数でエネルギー弾を発射した場合、ディバイソンの電子振動シールドは周波数が異なる為、簡単に防ぐ事が出来てしまうのだ。

 迫り来るディバイソンに対抗するには、ディバイソンの電子振動シールドの周波数に合わせたエネルギー弾を放つしかない。そうなれば、シールドを展開したまま砲撃を行うという戦法は取れない事になる。

 直接ぶつかり合うのなら、パワーも速度もディバイソンの方が上だ。一気に距離を詰め、ツインクラッシャーホーンで弾き飛ばす……確かに不可能ではないだろう。

 ただし、ガンブラスターが此方の電子振動シールドを貫通出来る周波数へ切り替えるのが僅かでも早ければ、あの無数の弾丸を防ぐ手立ては一切無い。ぶつかり合ってEシールド同士の競り合いになった場合も、出力自体はガンブラスターの超電磁シールドの方が上である為、先にシールドがショートするのはディバイソン……かなりの出たとこ勝負になる事は間違いない。

 

「……なるほど」

 

 しかし、クルトの口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 

「自ら賭けに出る事くらい、出来て当たり前でなければ話にならない。という事ですね?」

「うむ! 君は実に理解が早いな! 良い事だ!」

 

 満足げに笑ったセルウェイへ呆れた視線を向けた後、メイシェンがそのままの眼差しでレンを見つめる。

 目が合った瞬間、レンの肩が微かにビクリと跳ねた。

 

「まぁ、私は最初に言った通りよ。もっと罵倒して欲しければ事細かに指摘してあげるけど、必要かしら?」

「いえ……改善すべき点が多々あるのは、痛感しました」

「多々ある。じゃなくて、改善すべき点しかないのよ。戦闘員の中で貴方が一番お粗末だったのわかってる?」

「……はい」

 

 悔しさよりも、自分の不甲斐無さに情けなくなっているような声音で、絞り出すようにレンは短く答える。

 そんな彼を見つめて溜息を一つ吐いた後、メイシェンはシーナへも視線を向けた。

 

「シーナ。貴女は前線オペレーターなのよね?」

「うん」

「ゾイドに乗って戦線に立っている以上、貴女の仕事はオペレートだけじゃないわ。状況に応じて後方支援に回る事だって重要になってくる。だからこそ前線オペレーターは貴重なの。わかる?」

「えっと……貴重……って?」

 

 困ったようにおずおずと訊ねるシーナに、メイシェンは少々困ったような表情を浮かべながらも言葉を続ける。

 

「オペレーターとしての技能がどれだけ優秀であっても、ゾイドの操縦技術がお粗末じゃ足手纏いだからよ。その両方を両立出来る人材なんて、ほんの一握り。だから貴重なの。実際、今現在ガーディアンフォースに所属している前線オペレーターは貴方を含めてもたったの3人。帝国帝都支部に1人。共和国首都支部に1人。そして貴女。どれだけ貴重な存在か分かるでしょ?」

「うん……」

 

 圧倒されたように小さく、静かに頷いたシーナは、メイシェンの言葉をそっと噛みしめた。

 貴重な前線オペレーター……まだ何処か漠然とはしているが、それでも、重要な役職である事は間違いない。

 

「ねぇ、メイシェンさん。凄い前線オペレーターさんって、どんな人?」

 

 そんな質問を受け、メイシェンは考え込む。

 

「そうね……私は共和国首都支部の前線オペレーターしか知らないけれど、本当に優秀な人よ。オペレートの技術は勿論、そのオペレートの障害になりうるものは自ら徹底的に排除する。だから戦闘員は自分の戦いに専念出来る。あの人がいるだけで、勝率は倍になるとまで言われているもの。哥哥(グァーグァ)……兄は彼の事を“指挥(ヂィーフュイ)”って呼んでいるわ」

「ぢーふぃー??」

「指揮者って意味よ。戦闘員を奏者。繰り広げる戦闘を旋律に見立てて、兄が付けたあだ名。もし会う機会があれば、色々と教わると良いわ。クライヴ=スクワイアという人よ」

「うん!」

 

 元気良く頷いたシーナに、メイシェンも優しい笑みを浮かべる。

 その様子を見て、セルウェイが「よし!」と声を上げた。

 

「ひとまず午前訓練の総評も出て、各自課題も明確になった事だ!後はしっかりと昼食を摂って!しっかり休んで!午後の訓練から早速課題を――」

「はーい。その前に俺からちょっと良い??」

 

 セルウェイの言葉を遮ったのは、ネイトであった。

 普段このような話し合いを至極面倒臭がる彼が、自ら話を切り出す事は滅多に無い。それを知っている第七辺境支部の隊員達は、微かに驚いた、或いは訝し気な視線を彼に向ける。

 そんな仲間の視線など気にも留めずに、ネイトは切り出した。

 

「お前らさぁ、仲間やゾイドの事大切にしすぎじゃない?」

 

   ~*~

 

「お前ッ……もう一回言ってみろ!!」

「馬鹿! やめろレン!」

 

 格納庫に響いたのは怒り狂ったレンの怒号。それに負けない程の大声で叫びながら、ネイトへ飛び掛かろうとするレンを羽交い絞めにしているのはクルトだ。

 一方、ネイトはそんなレンの反応を楽しむように、ニタリと笑う。

 

「え? もう一回言って良いの? じゃぁ言ってやるよ。青臭い友情なんて、戦場じゃただのお荷物。努力、友情、正義の方程式なんて糞の役にも立たねーの。結局のところ、殺すか殺されるかなんだよ。人に対しても、ゾイドに対しても」

「それはお前の価値観だろ?! 仲間や相棒を大切にして何が悪いんだよ!!」

「だから落ち着け!」

 

 異質だ……怒り狂うレンを見て、カイは何処か他人事のようにそう感じていた。

 ありがちな言葉で友情を否定されただけだというのに、陽気で、明るくて、基本的に目上の人間や年上の者には敬語を使うあのレンが、敬語すら忘れて怒り狂うなんて……俄かには信じられないような光景だ。

 

「ゾイドが相棒? まぁお子ちゃまでちゅね~。ゾイドは兵器だって教わってないんでちゅか~?」

「馬鹿にすんな!! ゾイドだって人間と同じ生き物だ! 兵器扱いなんて出来るかよ!!」

 

 その言葉に、ネイトの瞳が冷たくなる。

 あくまで口元には笑みを引いたまま、彼は静かに、厭味ったらしく問い掛けた。

 

「じゃぁさ。お前、なんで戦ってんの?」

 

 レンがハッとしたように、顔を強張らせる。

 その様を眺め、ネイトは言葉を続けた。

 

「ゾイドは? 生き物で? 相棒? じゃぁなんでお前、ガーディアンフォースなんてやってんの? 可愛い可愛い大切な相棒なんだろ? 任務に連れ出しちゃかわいそうなんじゃない?」

「それは……」

「ほら見なよ。結局そこ突かれると何も言い返せないんだろ? ゾイドが兵器だってのを、生き物だとか相棒だとか呼ぶ事で美化して、正当化してるだけじゃん。人間が銃や爆弾使うのと、ゾイド使うのと、何が違う訳? やってる事は一緒のくせにさぁ?」

 

 勝ち誇ったようなネイトのその一言に、レンは完全に黙り込んでしまった。

 未成年の子供である自分がガーディアンフォースの隊員として戦えるのは、相棒であるライガーゼロのお陰だ。それは十分理解しているし、だからこそ、共に任務で戦ってくれるゼロに感謝もしている。

 だが、ネイトの言葉はレンが長年抱いてきた葛藤の核心を突くものだった。

 ゾイドに乗って戦う……いかなる理由があろうとも、それはゾイドを「兵器」として使っている事になるのではないか?……何故、ゾイドに乗るという事は、戦う事とセットになってしまうのか?……

 その矛盾が、怒りに煮えくり返っていた腹の底を凍てつかせた。

 

「大体さぁ。お前ら見てて気持ち悪いんだよ。味方が1人やられただけでわらわら取り乱しちゃって。仲良しごっこがしたいなら、ガーディアンフォースなんか辞めて大人しく学校通ってりゃ良いじゃん。お前らの一番駄目な所って、戦術でも立ち回りでもなくて、結局はその甘さじゃない? 俺が敵なら、その友情とやらを逆手に取って身も心もズタボロになるまで嬲ってやるよ」

 

 ネイトがスッとレンに詰め寄る。

 気味の悪い笑みを浮かべたまま、彼は心底楽し気にレンへと囁きかけた。

 

「それこそ、ろくに戦えないオペレーターちゃんなんか、格好の人質だよねぇ? お仲間第一のお前はきっと真っ先に突っ込んで来る。そしたら後はもう楽なもんだよ。適当にライガーを身動きの取れない状態にして、目の前で大事な大事な仲間を1人ずつ殺してやるんだ。やめろ! って叫ぶお前の悲痛な声を堪能しながらさぁ? いやぁ楽しいね? これ名案。俺天才じゃない?」

「ふざけんな下衆野郎!!」

 

 クルトに羽交い絞めにされたまま、レンがネイトに蹴りを入れようとして、あっさり躱される。

 にやにやと笑いながら、ネイトは残りのメンバーを見渡した。

 

「あぁ、ついでに言っとくけどさ。コレ、何もこのお子ちゃまだけに言ってる訳じゃないから。どうせ今の話聞いて、お前らも思ったろ? 最低。この下衆野郎。って。そう思ってる時点でお前らもお子ちゃまだよ。本当にヤバイ連中ならこのくらいの事平気でやるし。むしろ相手の弱みを握って潰すとか常套手段だから。その辺もしっかり現実見ましょうね~」

「ネイト。その辺にしておけ。でないとこれ以上は流石に、実力行使で黙らせねばならなくなるぞ」

 

 セルウェイの言葉に、ネイトは悪びれもせずに肩を竦める。

 

「おー怖い怖い。筋肉達磨の実力行使とか俺死んじゃう」

「むしろ死ね」

「同感ね」

「あれぇ??」

 

 セシルとメイシェンの辛辣な一言に、わざとらしい声を上げた後、ネイトは再びレンを見やる。

 怒りと葛藤。現実を突き付けられた事に対する戸惑い。認めたくは無いが認めざるを得ないという敗北感……

 様々な思いの入り混じったその表情を一蹴するかのように、嘲笑を向けた後、ネイトは一足先に歩き出す。

 

「もう昼休憩入るし。俺おっさき~」

 

 散歩にでも出掛けるような軽い足取りで立ち去るネイトの後姿を眺めた後、クルトが心配そうな視線を向けながら、そっと羽交い絞めにしていたレンを放す。

 レンは足元に視線を落とし、酷く悔し気に、苦々しく吐き捨てた。

 

「畜生……」

 

 そんな親友の名を、カイがそっと呼ぶ。

 

「レン」

 

 何処か気不味そうに、不安げに此方へ視線を向けたレンに、彼は穏やかな声音で告げた。

 

「お前の言ってる事は、別に間違ってねーよ」

「カイ……」

 

 ぽかんとした、それでいて何処か安堵の滲んだ声で名を呼ぶレンに対し、彼は何処か申し訳なさそうな表情を浮かべる。伝えるべきかどうかを思い悩んだ後、カイはそっと言葉を続けた。

 レンならば、理解してくれると信じて……

 

「けどさ……あいつの言った事も間違いじゃないぜ」

「え……」

「目の前で仲間がやられると周りが見えなくなっちまうってのは、本当に致命的なんだ。特にお前ら3人は幼馴染同士だし。失いたくない。守らなきゃ。って思うのは当然だと思う。でも、お前も、エドガーも、クルトも、そう簡単にやられる程弱くねーだろ?」

「……うん」

「ならさ、もう少しお互いに信じてみても良いんじゃねーの? こいつはこの程度でやられるような奴じゃない。って。そうすりゃこう……なんつーか……戦ってる時に、ちょっと余裕が出来るっつーかさ……」

 

 その言葉に、レンとエドガー、クルトの3人がきょとんと顔を見合わせる。

 

―もう少しお互いに信じてみても良いんじゃねーの?―

 

 別に、信じていない訳では無い。

 お互いの強さは誰よりも分かっている。ほぼ実年齢=共に育った年月と言っても過言ではない、生粋の幼馴染なのだから……だが、だからこそ、お互い気に掛け過ぎる面があったのは確かだ。

 人一倍仲間意識が高く、人とゾイド、その両方を守る事に強い信念を持つレン。

 幼い頃から守られてばかりだったからこそ、今度は自分が守る側に立ちたいと願うエドガー。

 幼馴染として、兄貴分として、前衛を務めるレンとエドガーを支え、守っていくと誓ったクルト。

 結局、互いに“守る”という思いが強過ぎて、冷静に、客観的に物事を見れていなかった……

 

「そう……だな。うん。カイの言う通りだ」

「おう」

 

 静かに染み入るように呟いたレンに、カイはホッとした様子でニッと笑う。

 しかし、彼はそのまま驚愕の一言を発した。

 

「じゃぁ俺、ちょっとネイトとも話してくるわ」

「え?!」

 

 思わずギョッとした声を上げたレンに、カイは何処か憂いを帯びた笑みを浮かべる。

 時折見せる、あの大人びた雰囲気がそこにあった。

 

「面倒臭ぇヤバい奴だって思ってたけど、俺、あいつの言い分も分かるからさ。あ。でも別に、あいつと同意見とかそういう訳じゃねーから、そこは安心してくれな」

「あ、あぁ。それはまぁ、分かってるけど……」

 

 戸惑いながらも返された言葉に、カイはニヒッと吹き出すように笑う。

 レンの言わんとしている事を汲んだのか、彼は明るく答えた。

 

「心配ねぇって。ああいうヤバい奴の相手はそこそこ慣れてっから」

 

 安心させるかのように、それでいて、何処か元気付けるかのように、ぽんぽんとレンの肩を叩いた彼はそのまま格納庫を出て、ネイトの後を追う。

 そんな彼の後姿を見送りながら、心配そうな表情を浮かべているレン達とは打って変わり、第七辺境支部の面々はぽかんとした表情を隠そうともせずに呆気に取られていた。

 

「これは驚いた……ネイトに自ら関わろうとする者が居ようとは……」

「……あんた、あいつの監視員でしょ? 今まであんな子見た事ある? 司令以外で」

「いや……無い……」

 

 そんな中、ぽつりと口を開いたのはシーナだった。

 

「だって、似てるもの」

「似てるって、誰に?」

 

 不思議そうに訪ねたエドガーに、シーナは誤魔化すようにはにかんだ笑みを浮かべる。

 

「ううん。なんでもない」

 

 シーナの脳裏には、たった一人の家族である少年が思い浮かんでいた。

 基本的にはレンと同様の考えを持っていた自分の兄も、きっと、カイと同じようにネイトを追っていただろう。

 何故なら……

 

(ゾイドに乗るって事は、綺麗事を捨てる。って事だもの……)

 

 胸の内でそっと呟いたその瞳は、いつぞやのように光の消えた、暗く冷たい色をしていた……

 

   ~*~

 

「お。居た居た」

 

 トレーニング棟の屋上でネイトを見つけたカイが、そんな声を上げる。

 突然背後から声を掛けられ、ネイトは微かに驚いた様子でカイを振り返った。

 

「へぇ。俺の事追い掛けて来るなんて物好きだねぇ。お前、俺の事避けてなかったっけ?」

「え? うん。避けてるよ。ヤバイで有名だし。面倒臭そうだし」

 

 問い掛けをあっさりと肯定してやれば、心底呆れたような視線がカイへと突き刺さった。

 

「……周りから嫌われない?? そんだけずけずけと物言って」

「俺、正直者だから嘘吐けねぇんだよ」

 

 屋上の柵に頬杖を突いているネイトの隣にやって来て、カイも同じように頬杖を突く。

 何からどう話そうかと、会話の切り出し方を考えるカイだったが、先に口を開いたのはネイトの方だった。

 

「で? 何か用? さっきの話で俺に何か物申したいとか??」

「いや。あんたが言った事は全部ド正論だよ。つーか正直に言えば、俺はあんたの価値観に近い側」

 

 その一言が意外だったのだろう。ネイトはきょとんと目を見開き、カイを見つめる。

 敢えてネイトではなく、目の前に広がる広大な荒野を眺めたままに、カイは言葉を続けた。

 

「俺にとって、ゾイドは“手段”だったんだ。空を自由に飛びたいっていう夢を叶える為の手段。イーグルと出会って、あいつと一緒に飛ぶようになるまで、俺、ゾイドの事を生き物として見た事無かった。イーグルの前に乗ってたレドラーだって、飛べなくなったら困るから手を掛けてただけだったし」

「……その口ぶりだと、今はあのお子ちゃまと同じ考えって感じ?」

 

 若干うんざりした様子のネイトをようやく見上げ、カイは苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、半分はそうかな。イーグルの奴、マジで我が強ぇから。ただの手段としてはもう見てない。俺にとっても、イーグルは大切な相棒だよ。だけど……」

「だけど?」

「俺はレンと違って、相棒を兵器として見てない訳じゃない」

 

 カイの表情は……驚くほど穏やかであった。それは、苦渋の末に割り切っているのではなく、最初からそう心得ているのだという事をネイトにも感じさせる。

 

「俺にとって、イーグルはこいつと一緒だよ」

 

 カイはそう言って、不意に腰に携えた愛銃をぽんぽんと叩いて見せた。

 

「野生の動物が自分の爪や牙で生き抜くみてーに、俺にとっては、こいつが生き抜く為の爪であり牙だから、こいつの力を借りる時は“他人の血が流れる時”だって理解してる。だけど、使う事に躊躇いは無い。どれだけ綺麗事を並べようと、結局、自分の身を守る。生きる。って、そういう事だから」

 

 再び荒野へ視線を移し、カイは言葉を続ける。

 

「つーか、ぶっちゃけさ。結局の所、空を飛ぶだけなら他のゾイドでも、ボードでも、何でも良いんだよ。俺。けど、その空で戦い抜くなら……勝ちに行くなら、俺はイーグルじゃなきゃ駄目なんだ。それは別に、あいつの性能に酔ってるとかそういうんじゃない。手に馴染んだ相棒として信頼してるから。ゾイドで戦うなら、命を預けるなら、俺はイーグルにしか預けたくないだけなんだ」

「へぇ……」

 

 何処か感心したかのような呟きに、カイはチラッとネイトへ視線を向ける。

 普段の薄気味の悪い笑みとは違った穏やかな笑みが、此方を見つめていた。

 

「良いね。そういう価値観は嫌いじゃない」

「……とかなんとか言って、ホントは腹の底でガキ臭いとかなんとか思ってんじゃねーの?」

 

 からかうように訊ねたカイに対し、ネイトも笑いながら、わざとらしい声を上げる。

 

「わーぉ。俺ってマジで信用されてないねぇ」

「信用して欲しいとも思ってねぇ癖に」

「……やっぱわかる?」

「お前、自分以外を基本的に信じてないクチだろ? カーター指令くらいなんじゃねーの? 信用してるの」

「ご名答」

 

 ふっと笑うネイトに、カイは訊ねた。

 

「お前は? なんでサラマンダーに乗ってんの? 超不評の不遇ゾイドなのに」

 

 唐突な問いに、ネイトは頬杖を突いたまま空を見上げる。

 ほぼ即答のように、彼は一言だけ答えた。

 

「俺に似てるから」

 

 その錆色の瞳は、自身の過去を映して微かに揺れていた。

 

「厄介者同士、相性が良いんだろうね。役に立たないって決めつけられたポンコツゾイドと、コイツ頭おかしいって決めつけられた殺戮狂。最凶最悪コンビ爆誕。みたいな? 俺的には使い勝手や操縦性含めて、結構気に入ってるよ。あれだけミサイルや武装詰め込んで音速超えられるなら十分っしょ」

 

 そう言って、ネイトはニヤッとカイへ視線だけを向ける。

 

「早けりゃ良いってもんでもなさそうだし??」

「うっわウゼェ……」

「ホントの事じゃん」

「ホントの事だから余計ウゼェ」

 

 言葉とは裏腹に、柵へ突っ伏したカイも笑っていた。

 

「けど、別にそれでいいんじゃねーの? 積載能力の物量攻めな攻撃ガン振りのサラマンダー。機動力とスピードの近接戦ガン振りのブレードイーグル。結局コンセプトそのものが違うんだ。役に立つか立たないかなんて、乗り手次第だもんな」

「お前って、ガキの癖に妙に達観してるよね~。情報屋やってると老け込むの?」

「実力に綺麗事はいらない。って理解するようになるだけだよ。誰がジジィだ」

「そこまで言ってないじゃん」

 

 ケタケタと笑いながら、無遠慮に頬をつついて来るネイトに、カイはふと寂しげな笑みを浮かべた。

 

「実はさ……さっきの格納庫での言い争い、俺、レンの言葉に冷めてたんだ。あぁ、こいつはきっと、戦う事の汚さなんか知らないでゾイドに乗ってるんだろうな。って。でも、別にレンはレンで、それで良いと思うんだよ。仲間やゾイドをどう思っていようと、結果が全てだ。だから俺は別にレンの言い分も否定したい訳じゃない。あいつが言ってる事も間違っちゃいない訳だし」

 

 カイは柵に突っ伏したまま、ネイトを見上げる。

 何処か疲れたような、ホッとしているような表情で、彼は語った。

 

「不思議だよな。レンとお前、どっちの言い分も正しい筈なのに……今回ばかりは、より現実を知ってるお前の言葉の方が、俺に響いたんだ。戦う事に対してこういう考えを持ってるのは、自分だけじゃないんだ。って……ちょっと安心した」

 

 その言葉に、ネイトの手がカイの頭にそっと置かれる。

 きょとんと見開かれた薄紫色の瞳には、嬉しげにニヤリと笑ったネイトが映っていた。

 

「俺もちょっと安心したよ。俺の事、下衆だの屑だのサイコパスだのって罵倒する奴は居るけど、こんな風に自分から話しかけてきて、理解してくれる奴なんて、お前が2人目」

「1人目はカーター指令?」

「しか居ないっしょ。どう考えても」

 

 可笑しそうに笑うネイトの姿が、その何処か幼い仕草が、ガシガシと乱暴に頭を撫でてくる不器用な手が、やはりかつての親友と重なってそっと揺れる。

 

(そうか……こいつ、やっぱり……)

 

 最初、話で聞いた限りでは本当に関わってはいけない人物なのだろうと思っていた。自身の欲求の為だけに、敵も味方も関係なく無差別に手に掛ける……そんな生粋の狂人なのだろう。と……

 だが、今ならわかる。ネイトの言動、思考、価値観……それは、まっとうな教育や親の愛情を受けずに育ったラシードや、瓦礫街の子供達に通ずるものがある。と。

 きっと彼にとって“殺す”という事は、善悪の区別のつかない幼子が、たまたま捕まえた虫を潰して遊ぶのと大して変わらない。ただ目の前で動いていたから、なんとなく攻撃してみただけ。そこに明確な理由などは恐らく無い。それで相手が死ぬかどうかという点にも、然程関心は無いだろう……そうなってしまう理由の大半は、それがいけない事だと諭し、教えてくれる者に出会えなかったから。

 瓦礫街のような場所で生きていくなら、それでも特に問題は無いが、真っ当な社会で生きるには、当然、受け入れられずに孤立してしまう。

 何故間違っているのか? 何故それがいけないことなのか? その理解が少し遅れているだけだという事に、真っ当な人間はまず気付かない。自分達が常識として知っている事は、当然相手も知っているものと思い込んで、一方的に話を進め、異質を嫌い、頭ごなしに間違いを認めさせようとしてくる。

 訳も分からず吊るし上げられ、罵倒され、否定される……悪意など無かった筈の幼い心は、真っ当な人間達の真っ当な考えという狂気に晒されて、やがて本当の狂気を宿し牙を剥くのだ。なのに、自分達の撒いた種が芽を出しただけで大騒ぎするのが、真っ当な人間達の悪意無き理不尽。最も恐ろしい所である。

 後はもう悪循環だ。周囲から見放され、孤立は加速し、狂気は増すばかり……だからこそ、理解者と巡り会えた時、異様に懐いてしまうのだ。どれだけ狂気を孕もうと、その心の根底は幼いままだから……

 

「……俺は別に、お前の事を理解出来てる訳じゃねーよ。お前にちょっと似てる奴を知ってるから、話を聞いてやれるだけだ」

 

 穏やかに、そっと線を引く。

 あくまで自分は、瓦礫街での経験からネイトをそう分析しただけだ。彼はラシードじゃない。本当の所は彼本人にしかわからない。だから、これ以上自分の勝手な解釈で話をしてしまっては、何処かで破綻する。

 今までは、それで終わりだった。だが……

 

「けどまぁ、話し相手が居なくて退屈なら、いつでも来いよ。聞き専は得意なんだ」

 

 周囲と関わる一歩の大切さを知った今なら、線引きをした上で、ちゃんと相手と向き合う努力が出来るかもしれない。今は、そう思える……

 

「お前、ホントに物好きだねぇ……」

 

 呆れたような、それでいて何処か嬉し気な声で、ネイトがぼやく。

 その声を聞きながら、カイは空を見上げた。

 

―良いんじゃねーの? お前らしくてさ―

 

 かつて失った親友の声が、青空の彼方から微かに聞こえたような気がした。

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