ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第35話-決闘-

 ゾイドに乗る事、戦う事の現実。それを突き付けられて、レン達はかなり戸惑ってたみたいだ。

 まぁ、無理もないよな……でも、だからこそレン達は優しいんだ。それが悪い事だとは俺も思ってない。

 少しずつ皆も指摘された課題を克服し始めてる訳だし、訓練は順調……そう。訓練は。な。

 けど……なんでこうなっちまったんだかなぁ……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第35話:決闘]

 

 訓練研修はもうすぐ一週間が経過しようとしていた。

 それぞれ指摘された課題に取り組み、この短期間でかなり成長している。

 レンは目の前の敵に真っ直ぐ挑み過ぎるのを一番の反省点に置き、相手の動きを注意深く見て後退やフェイントといった物を取り入れる事を意識するようになった。

 また、相手と距離を置く事で、周囲の状況を把握する余裕も生まれつつある。エドガーのジェノブレイカーと共に前衛の要として重要な役割を担っているライガーゼロが、やっと余裕を持って動けるようになって来た事で、他の隊員達も随分立ち回り易くなって来た事も、この短期間での成長の一助となっているだろう。

 エドガーは戦術の幅が格段に広がり、セシル相手に“互いの動きの読み合い”という高度な戦闘をこなせるようになって来た。その成長速度は、あの感情に乏しいぶっきらぼうなセシルが、エドガーを褒めるようになった事からもよく分かる。

 クルトも後方支援に徹していた状態から、状況に合わせて前衛に出るようになったお陰で援護の幅が格段に広がった。ただ、ライガーゼロやジェノブレイカーに比べてディバイソンはかなり機動力に欠ける為、一度前衛に出た後、再び後退する際には誰かしらのフォローが必要になって来る。

 そのフォローに回るようになって来たのがカイとシーナだ。

 そもそもブレードイーグルは、サラマンダーどころか、現在飛行ゾイド最速を誇るあのレイノスよりも早い超高速、高機動型の飛行ゾイド。ミサイルやレーザーから逃げ回りながらでも、片手間で地上戦闘員の援護に回る事は十分可能だ。ただ、ソニックブースターによる超加速で一気に音速を超える飛び方を繰り返し続けるのは、パイロットであるカイ自身にも多大な負荷が掛かる為、あまり多用は出来ない。

 そこでカイがフォローに回れない際の穴埋めを行うのが、シーナとキートだ。ヘルキャットは元々の開発コンセプトが偵察及び奇襲用である為、他の隊員達のゾイドに比べれば兵装はかなり少ないが、それでも一番の武器である20mm2連装ビーム砲の威力は舐めて掛かると痛い目を見る。狙われないよう、戦闘中は常に光学迷彩で姿を消している事もあって、何処から攻撃が来るか分からない。というのも大きなアドバンテージだ。

 ただ、シーナは良くも悪くも心優しい性格である為、砲撃はあくまで牽制程度でしか撃つ事が出来ず、メイシェンがすっかり頭を抱えてしまっている。

 ガーディアンフォースの隊員である以上、いずれは情けを捨てて相手を撃たねばならない時が必ずやって来るだろう。だが、ゾイドの言葉が分かるシーナにとって、ゾイドを直接攻撃するという事は人を撃つのと同じ事……

 そこが、シーナにとっての次の大きな課題となっている。

 とはいえ、全体的に言えば訓練は順調。と言ってまず間違い無い。

 ……だが現在、訓練とは別の所で、カイはかなり頭を抱えていた。

 

「よ! っと」

 

 午前訓練を終え、イーグルから降りて来たカイ。

 そんな彼に、レンがいつものように声を掛ける。

 

「お疲れ」

「あぁ。レンもお疲れ――」

「カイ~」

 

 のへっとした呼び声の直後、誰かがのしかかるようにカイの後ろから飛びつく。

 ギョッとしたように思わず身を引いたレンとは打って変わって、カイはまるで、こうなる事が最初からわかっていたかのようにやれやれといった表情を浮かべ、ぼやいた。

 

「ほら来た……」

「昼飯行こうよ~。ねぇカイ~。カイってばぁ~」

 

 この一週間ですっかり聞き慣れたその声に、カイはぐったりした様子で声の主を振り返る。

 無遠慮に背にへばり付いていたのは、ネイトであった。

 あの訓練初日のやり取り後、ネイトは早速カイに話し掛けるようになり、この一週間で暇さえあれば常にカイの傍に居るようになってしまっていた。

 

「あのさ……確かに退屈なら話し相手にくらいなってやる。とは言ったけど……なんで四六時中くっついて来るんだよ。アヒルの雛かお前」

 

 呆れているような、何処か疲れているような……そんなぐったりした声で問い掛けるカイに、ネイトはきょとんとした顔をした後、ニヤッと笑う。

 

「クェ~」

 

 不意打ちのような間の抜けたアヒルの鳴き真似に、ぽかんとやり取りを眺めていたレンは思わず吹き出し、カイはイラッとした表情でたまらず声を上げた。

 

「アヒルの真似しろっつってんじゃねーんだよ! お前ホンット中身ガキだな!!」

「え~? 今更じゃない?」

 

 特に悪びれる様子も無く、反応を楽しんでいる様子でケタケタと笑うネイトに、口で言っても到底聞かないであろう事を早々に察したカイは、両肩にずっしりと乗った彼の腕を退けようと奮闘し始める。

 

「つーかどけ! 重いんだよお前! 身長差考えろ!」

「いやぁ~、寄りかかるのに丁度良いんだよね~。お前の身長」

「誰がチビだこら! いいからッ! は~な~れぇ~ろぉぉ~!!」

 

 ふぎぎぎっと必死に自分を退かそうとしているカイに対し、ネイトは楽しげな笑みを浮かべ、ついでにその頭にどっかりと顎まで乗せて、ずしりとカイへ体重を掛ける。どうやら退くつもりは全く無いらしい。

 話し相手になってやる。と言ったのは間違いだっただろうか?……微かにそんな後悔をしつつも、なんだかんだで彼はネイトを追い払う事は出来ずにいた。

 

―カイ~!―

―なぁカイ~!―

―ったく。聞こえてんなら返事しろよぉ~―

 

 ネイトに呼ばれる度、ラシードの影が脳裏を掠めるからだ。

 それを何処か懐かしく思ってしまう自分に思わず呆れ返ってしまうが……面倒臭いながらに、別段嫌だとは感じていない事もあって、なんだかんだ相手をしてしまう。

 

(ったく……コイツはラシードじゃねぇってわかってる筈なのに……似てるから放っとけねぇとか、俺も随分と焼きが回ったなぁ。前までならガン無視決めてた筈なのに……)

 

 どうやらネイトを引き剥がすのは諦めたらしい。両肩に腕を、頭の上に顎を乗せられたまま、トホホとでも言いたげな笑みを浮かべ、カイは盛大な溜息を一つ吐く。

 

「カイ、大丈夫か?……」

 

 遠慮がちに訊ねるレンに、ネイトが代わりに答えた。

 

「大丈夫大丈夫。押し潰すほど体重掛けてないし」

「あーはいはい」

 

 そっけない口調でネイトをあしらうも、その声に険は無い。

 まぁ、自分がこうして相手をしてやっていれば、レン達に不必要に絡みに行って神経を逆撫でたりといった事も無いのだ。そういった意味でも、彼の相手をしてやる事自体は全く構わないのだが……

 お陰でレン達と話す時間が確実に減ってしまっている事が、カイにとっては少々寂しい。

 だが、面倒な人物に付き纏われているのが何も自分だけでは無い事を、カイは知っていた。

 

「シーナ! 今日こそ共に食事などどうだろうか?」

 

 遠巻きにもよく聞こえるその声に、カイはネイトとレンの3人で視線を向ける。

 そこには、シーナを食事に誘うセルウェイの姿があった。

 

「えっと……あの……」

 

 普段とは打って変わり、すっかり困り果てた様子でシーナは眉を八の字にし、おろおろとしていた。

 その原因は勿論……

 

「セルウェイ少佐。シーナさんが困っているので、そのくらいにして頂けないでしょうか??」

 

 クルトが不機嫌になってしまうから。だ。

 

(いや、シーナが困ってんのはぶっちゃけお前のせいなんだけどな?)

 

 敢えて言葉には出さぬまま、カイはひっそりとツッコミを入れる。

 超の付くド天然のシーナには、クルトが不機嫌になる“理由”を察っする事は出来ていないだろう。

 だがそれでも、セルウェイが声を掛けてくる度、クルトが不機嫌になる。という事には流石に気が付いており、それ故にセルウェイから声を掛けられると反応に困ってしまう。という日々が続いていた。

 特にここ2~3日は、セルウェイがシーナへ声を掛ける頻度が増え続けている為、こういった場面を目撃する頻度もそれに比例する形で増えている。そのしつこさときたら、例えクルトでなくとも、彼と同じようにセルウェイを追い払ってやりたくなる程だ。当然、当のクルトは日々苛立ちを募らせ、どんどんセルウェイに対する態度が冷たくなってきている。

 そしてセルウェイも、クルトに毎度追い払われてしまう事にいい加減うんざりし始めていた……

 

「……一つ疑問なのだが、君はシーナの事をどう思っているのだ?」

 

 唐突なセルウェイの問いに、クルトは一瞬気の抜けたぽかんとした表情を浮かべる。

 そんな彼に、セルウェイは言葉を続けた。

 

「私にとって女性とは、(すべか)らく愛でるべき存在だ。だが君にとって彼女はどういう存在なのだ? 私には、シーナが困っている原因は私ではなく、君に見えて仕方がないのだが。」

「自分はッ……」

 

 反論しようとしてクルトは口籠る。

 その様子を眺め、カイは呆れたような、それでいて何処か心配そうな表情を浮かべた。

 

―俺は……ただひっそりと、傍らでシーナさんの助けになれるのならそれで良い。きっと告白はしない―

 

 そう語った時のクルトの姿が脳裏を過る。

 その声音は、その表情は「誰かを好きになる資格など俺には無い。」とでも言いたげであった……今この場で、彼がシーナに想いを寄せていると言う事はまず無いだろう。

 しかし、それを言わなければセルウェイに言い包められてしまうに違いない。

 手詰まりの状況に陥りながら、それでも、クルトはけして引き下がろうとはしなかった。

 

「……自分はただ、女性に対してしつこい男というのがどうにも許せない性分なだけです」

「ほう」

「こういった行為は、基地内の風紀的にも、人としても、到底見ていて気持ちの良いものではありません。仮にも少佐という地位にある方がそのような言動を取っておられるというのは、ハッキリ言っていかがなものかと思います」

「ふむ……」

 

 クルトの返しに、セルウェイは何やら真顔で考え込む。その様を見て、カイは思わず感心した。よくもまぁ咄嗟にそんなもっともらしい言葉がスラスラ出てくるものだ。と。

 そんなカイの肩にずるりと頭を下ろし、ネイトが声を潜めて呟いた。

 

「いやぁ~ヘタレだねぇ~。俺の好きな子に纏わりつかないで下さい。って正直に言ってやれば良いのに」

 

 くすくすと笑うネイトとは打って変わって、カイはふと真顔になる。

 彼はクルトを見つめたまま、独り言のように呟いた。

 

「言わねーよ。アイツは」

「なんで??」

「……認めたくねーけど、アイツ、俺と似てっから」

 

 何処か悲し気にも聞こえるひっそりとした声で、カイが答える。

 誰かを好きになる資格が無い……それはクルト本人が口にした事ではない。他ならぬ自分自身が、そう思い続けているだけだ。

 薄汚い情報屋だった自分。必要とあれば簡単に他人の命を切り捨てられる自分。親友を見殺しにしてしまった罪を抱えた自分……どんなに真っ当な道に戻って来れたとはいえ、この手は血で汚れている。そんな自分が誰かを幸せにしてやれるとは思えない。今更、自分が誰かに恋をする姿も……到底、想像出来ない。

 現に、シーナに対してどぎまぎしていたのも最初の内だけだった。結局は、まともに同年代の女の子と話した事が無かったから……むしろ、シーナと普通に話せるようになってしまった今の自分が、他の女の子にどぎまぎするような事がこの先あるのだろうか? とすら思えてしまう。

 まぁ、クルトは自分と違って真っ当な人生を歩んできた部類の人間の筈だ。自分のような後ろ暗い理由がある訳では無いだろうが……

 

「なるほど! つまり君はかなりの硬派という訳だな!」

 

 思考に耽っていたカイの意識が、明朗快活なセルウェイの声によって引っ張り戻される。

 案の定、クルトはそんなセルウェイに対し、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 

「……ま、まぁ……少佐ほど軟派ではないと、思います……」

 

 クルトの口から転げ落ちた失礼な言葉に対し、セルウェイは憤慨するどころか笑い声を上げた。

 

「はっはっは! 軟派か! 確かにそう言われても致し方ないな!」

 

 ひとしきり笑ったセルウェイは、次の瞬間、予想もしていなかった一言を発した。

 

「よし! では決闘で決めようではないか!」

「……はい?」

 

 普段の切れ長な目つきからは到底想像も付かない程、目を丸くしたクルトが気の抜けた声を上げる。

 戸惑いよりも「この人は何を言っているんだ?」といった様子の彼に対し、セルウェイは普段以上に生き生きとした表情で言葉を続けた。

 

「軟派な私と硬派な君。漢同士の信念を賭けて戦うのならば、ゾイドの力など借りず、拳と拳でぶつかり合うのみ! そうだろう?」

「いや、ですがそんな……決闘だなんて……流石に事案では?」

「はっはっは! 心配無用だ! 白兵戦訓練として戦うのであれば、訓練にもなって一石二鳥! 君が勝てば、シーナへ声を掛けるのをこの先控えると約束しよう。どうかな?」

 

 その言葉に、クルトの表情がふと真顔に戻る。

 考えを巡らせるかのように静かに目を閉じた後、ゆっくりと開いた若草色の瞳は冷たく研ぎ澄まされていた。

 

「……良いでしょう。その決闘。お受けします」

「よし! では決まりだな!! 昼食後、トレーニング棟の模擬戦フロアに集合でどうだろう?」

「分かりました」

 

 そのやり取りに、すっかり蚊帳の外にされてしまったシーナはクルトとセルウェイをおろおろと交互に見つめ、カイ達とは離れた所から彼等を眺めていたセシルとメイシェンは、呆れたようにやれやれと頭を振り、セシルの隣からエドガーは不安げな眼差しをレンへ向け、レンもそんなエドガーに同様の視線を返す。

 そんな中、カイの肩の上でネイトの頭が愉快そうにくつくつと揺れた。

 

「いやぁ~。脳筋の考える事って、なんでこうバカ面白いんだろね」

 

 これは何か、悪い事を考えているに違いない……そう思いながらも、カイは呆れたような溜息を一つ吐いた。

 

「……で? いつまで寄っ掛かってんだよお前は」

「え? 駄目?」

「飯。食いに行くんだろ?」

 

 口調こそそっけ無かったが、自分が昼食に誘った事をカイがちゃんと覚えていた事が余程嬉しかったのだろう。ネイトは次の瞬間、子供のようにパァッと目を輝かせると、上機嫌でカイの肩に腕を回し、引き摺って行くかのように歩き出した。

 

「よっしゃ! レッツゴー!」

「だーかーらぁ!! 離れろっつってんだよ俺は!!」

「どうせ行き先一緒じゃ~ん」

「歩きにきぃんだっつの! 人の話聞け馬鹿!」

「は~い。馬鹿でぇ~す」

「お前なぁ~!!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら歩いて行くカイとネイトの後姿をぽかんと見送りながら、レンはぽつりと呟いた。

 

「カイ……なんか、弟に手を焼く兄貴みてーだな……」

 

 自分で呟いた言葉に、ふと、弟の姿が脳裏を過る。

 シンは今頃、元気にしているだろうか?とぼんやり考えながら、レンも食堂へ向かった。

 

   ~*~

 

「……で? 何がどうしてこうなったんだ??」

 

 昼休憩が終わる頃、カイは格納庫前で呆れを隠そうともせずに呟いた。

 そこに居たのは、トレーニング棟で待ち合わせていた筈のセルウェイとクルト。

 その周囲をぐるりと取り囲むのは、大勢集まった整備スタッフや医療スタッフ。更には基地内売店の店員までもが、観戦用の飲み物やスナック菓子を出張販売している始末……がやがやと賑わいを見せている彼等に、カイだけでなく、レンも、エドガーも、シーナもすっかり圧倒されている。

 

「……なんか、スッゲー事になっちまってるな……」

「一体何処で聞きつけたんだろう?」

 

 呆気にとられたように呟いたレンとエドガーに対し、セシルが呆れ顔でくいっととある方向を親指で指し示す。

 ……彼が指し示した先では、クリップボード片手に生き生きと声を上げるネイトの姿があった。

 

「さぁさぁ! 女好き筋肉達磨VS恋する初心(うぶ)博士! 可愛い子ちゃんを賭けた注目の一戦だよ~! 賭け金は一口1000ベリルから! 張った張った~!!」

「ネイトネイト! 俺、少佐に3000!」

「じゃぁ俺も少佐に4000だ!」

 

 何か企んでいるだろうとは思っていたが、セルウェイとクルトの決闘をダシに、堂々と賭博を仕切って一儲けしようとしているネイトの姿に対し、レン達は開いた口が塞がらない。

 仮にも基地内。こういった賭博行為は、普通禁止されている筈なのだが……

 

「……あれ、止めなくて良いんですか?」

 

 何処か遠慮がちにエドガーが訊ねれば、セシルは頭を抱えて首を横に振る。

 

「この第七辺境支部は、最寄りのコロニーまで行くのも一苦労の立地だ。どいつもこいつも、娯楽が無くて退屈なんだろう」

 

 やれやれといった彼の言葉の直後、不意に周囲のざわめきがフェードアウトするように静まり始める。

 視線を向ければ、カーターが何食わぬ顔でネイトの方へと歩み寄って行く所であった。

 

「いやぁ、久々に賑やかだね」

 

 気不味そうな空気の漂う中、普段通りの穏やかな声で微笑みかけるカーターに対し、ネイトは全く悪びれる様子も無く無邪気に訊ねた。

 

「でしょでしょ? で? 司令は? どっちに賭ける??」

 

 カーターにまでも自ら賭けを持ちかけるネイトの姿に、カイは思わず頭を抱えた。

 

(この馬鹿……そこは誤魔化せよ……)

 

 どうなっても知らないぞ……と思いながら、何処か心配そうな眼差しを向けるカイの前で、カーターはふむ……と考え込んだ後、退屈そうに開始の合図を待っているセルウェイとクルトを振り返る。

 

「そうだな……」

 

 穏やかな笑みを浮かべたまま、セルウェイを、そしてクルトをそれぞれ見つめた彼は、うん。と静かに小さく頷いて再びネイトへ視線を戻し、驚愕の一言を発した。

 

「じゃぁ私は、クルト君に10000ベリル賭けるとしよう」

 

 その一言で、周囲が爆発するかのように騒然とし始める。

 

「えぇぇぇぇ?! マジで?!」

「博士の兄ちゃんに10000?! 信じらんねぇ!!」

「カーター司令正気かよ?!」

「おいお前ら! もしかしたらこの坊主、滅茶苦茶強ぇかもしんねーぞ!」

 

 身長190センチ越えのムキムキマッチョなセルウェイと、身長178センチの一見細身なクルトでは、大抵の者がセルウェイに賭ける。実際、賭けの殆どはセルウェイに集中していたし、クルトに賭けていた者はほんの数人。一発逆転の大穴狙いか、同情票が僅かといった具合であった。

 しかし、そこにカーターが大金を投じた事によって、状況はまさに一変。

 鋭い観察眼を持つカーターが“勝つ”と判断したのなら、その判断に狂いは無い筈。と、賭けに興じていたスタッフの一部がネイトへ押し寄せたのだ。

 わらわらとスタッフ達に取り囲まれ、ネイトは面倒臭そうにげっそりとした表情を浮かべる。

 

「ネイト! 俺の掛け金、博士の兄ちゃんの方に変更で!!」

「俺も変える!!」

「2000! いや! 3000上乗せするから変えさせてくれ!!」

「あぁー! もう!! 変更は却下!! 却下ぁぁぁぁ!!」

 

 たまらず大声を上げるネイトの前で、カーターは何食わぬ顔のままレン達を振り返った。

 

「君達はもう賭けたのかな?」

「え?! いや、俺達は……基地内での賭博行為って、禁止されてますし……」

 

 おろおろし始めたレンに、カーターはくすくすと笑う。

 

「たまのお祭り騒ぎだ。今回の賭けは私が許可するから、君達も楽しむと良い。ただし、他言無用で頼むよ?」

「そう言われても……」

 

 まだ若干戸惑った様子で苦笑を浮かべるレンの隣で、カイがふっと笑みを浮かべた。

 

「カーター司令、話分かってんじゃん。ネイトぉ~! 俺、クルトに5000!」

「はいよ~」

「ちょ?! カイ?!」

 

 驚きの声を上げるレンを他所に、他のメンバー達は司令自ら許可を出した事もあってか、続々と賭けに乗り出し始める。

 

「なら私もクルトに5000賭けるわ」

「俺はクルトに7000」

「……じゃぁ、僕もクルトに5000」

「エドまで?!」

 

 メイシェン、セシル、そして幼馴染であるエドガーまで賭けに乗ってしまい、レンは途方に暮れた顔で、助けを求めるようにクルトを見つめる。

 だが、クルトはレンの視線に気付くと、何処かからかうような笑みをニヤリと浮かべた。

 

「なんだ? まさか俺が負けるとでも?」

「いやッ! そうじゃなくて! 俺はただ、仲間を金儲けのダシにするってのが―」

「安心しろ。ダシにされているかどうかなんて、正直俺にはどうでも良い話だ。それにこれだけレートが傾いているなら、俺が勝てばお前達ボロ儲けだろ? 今のうちに賭けておいた方が得だぞ」

「そうは言うけどさぁッ……」

 

 いまいち納得のいかない様子のレンに対し、クルトも苦笑する。

 まぁ、レンがこういう性格をしているのは今更だ。本人が乗り気でないのなら、無理強いをするつもりは無いのだが……大英雄の息子故に、常に良い子である事を求められて来たレンだからこそ、たまには羽目を外して“ちょっと悪い事”の一つや二つ、経験しておいても良いのでは? とも思ってしまう。

 クルトは少し考えこんだ後、レンに優しく笑いかけた。

 

「そうだな……なら今回の賭けの配当金で、今度何か奢ってくれ。それでチャラって事にしよう」

「え?まぁ奢るのは別に、全然構わねぇけど……」

「よし。約束だぞ」

「?? おう」

 

 きょとんと返事を返したレンの姿に「あぁ、こりゃ意味が分かっていないな」と気付いたカイが、呆れたような表情を浮かべながらそっと囁いた。

 

「あのな。今回の“賭けの配当金で”何か奢ってくれ。って事は、賭けに参加して配当金貰わなきゃその約束成立しねぇ。って分かってるか? お前」

「え?……あぁぁぁぁ!!! クルト!! お前嵌めたな?!」

 

 すぐさま抗議の声を上げるレンだったが、そんなレンにクルトはニヤッと笑って見せる。

 

「約束は約束だ。守ってくれるよな?」

 

 クルトにまでこんな風に言われてしまい、レンは観念するかのようにぽつりと呟いた。

 

「じゃ、じゃぁ……俺もクルトに1000ベリル……」

「ネイトぉ~! レンもクルトに1000ベリル賭けるってさ~!」

 

 レンの代わりに叫んだカイの声を聞き、ネイトはそのなんともしょっぱいレンの掛け金の額に、心底面白くなさそうな表情を浮かべる。

 

「ショッボ……もう少し賭けてやりゃ良いのに」

「まぁまぁ。今まで賭け事と無縁だった子に、いきなり大金出させる訳にもいかないだろう?」

 

 カーターの言葉に、ネイトは若干不服そうながらも、掛け金額をクリップボードに書き足す。

 本当にカーターの言う事だけは素直に聞くんだな。と、その様子を眺めていたカイは、ふと、あと1人……天然であるが故に純粋な好奇心で賭けに乗ってしまいそうな人物が居なくなっている事に気が付き、くるりと周囲を見渡した。

 

「あれ? そういえばシーナ何処行った?」

「あそこ」

 

 エドガーが指さした先では、出張販売を行っている売店店員の前にしゃがみ込み、目を輝かせながら段ボール箱に詰められたスナック菓子の山を眺めているシーナの姿があった。

 あの孤島の遺跡で目覚めてから、まだ2ヶ月半……店頭に菓子が並んでいる様は何度も目にしている筈だが、やはりシーナにとっては、お菓子が沢山並んでいる。というのは夢のような光景なのだろう。

 

「……まぁ、シーナは賭けなんかより、菓子の方が良いよな」

 

 何処か納得した様子で微笑まし気な笑みを浮かべたカイの視線の先で、シーナは気になった菓子と飲み物を購入すると、両手で大事そうに抱えて小走りに戻って来た。

 

「カイ! 見て見て! あっちでお菓子いっぱい売ってるよ!」

「はいはい」

 

 ぽんぽん。と頭を撫でてやれば、メイシェンとセシルが何処からともなくパイプ椅子を数脚引っ張って来て、観戦準備を始める。いつの間に買って来たのか、彼等もスナック菓子や飲み物を手に提げていた。

 

「シーナ。椅子持って来たからこっちにいらっしゃい」

 

 自分の隣のパイプ椅子をトントンと叩くメイシェンに、笑顔で「は~い!」と返事を返して、シーナがちょこんと椅子に腰かける。買って来たキャラメルポップコーンを彼女が開けたタイミングで、やっと賭けの群衆から解放されたネイトが声を上げた。

 

「え~! それでは皆様お待たせしました~! これよりバトル開始とさせて頂きまぁ~っす!!」

 

 待ちに待った声に、ギャラリーから歓声が上がった次の瞬間だった。

 余程待ちくたびれていたのか、セルウェイとクルトは、そのギャラリーの歓声を合図とするかのように突如駆け出した。互いへと一直線に迫るスピードは、クルトの方が遥かに早い。一気に距離を詰めた勢いもそのままに、彼は先手必勝と言わんばかりの飛び蹴りをセルウェイの顔面めがけて思いっきり叩きこんだ。

 そんな初手の一撃を片腕一本で軽々と受け止めたセルウェイは、まだ宙にあり完全に無防備な体勢になっているクルトの鳩尾めがけて、すかさず渾身の拳を繰り出す。

 あまりにも一瞬の強烈なカウンター攻撃だったが、クルトは冷静に、蹴りを受け止めているセルウェイの腕を反対の脚で蹴り、その反動を利用して軽やかに宙を舞う事で、このカウンターを躱した。

 繰り出されたセルウェイの拳は、空中宙返りで距離を取るクルトの背面を掠めるようにして空振り、微かに目を見開いた真っ青な瞳と、何処か余裕を漂わせた若草色の瞳が刹那の一瞬で交差する。

 スタッと軽い音を立ててクルトが着地した時、周囲は呼吸する事すら忘れた様子で静まり返っていた。

 体格的に見れば圧倒的に不利。おまけにエンジニアがメインワークであるクルトが、セルウェイよりも先に攻撃を繰り出し、直後放たれたカウンター攻撃すらあっさり避けて見せたのだから、無理もないだろう。

 

「危ない危ない。少佐の一撃は、まともに喰らったらかなり効きそうですね」

 

 静寂の中で、クルトは何処か楽しげに……だが、微かな余裕をチラつかせながらセルウェイへと呼びかける。

 挑発とも取れるその言葉に対して、セルウェイも楽し気な笑みを浮かべた。

 

「君の身軽さも、なかなかに厄介だな。この拳に捉えるにはかなり苦労しそうだが……それでこそ! 闘志が燃え上がるというものだ!!」

 

 今度はセルウェイがクルトめがけて走る。

 闘牛士へ一直線に突っ込んでいく猛牛のようなその絵面を眺めながら、ネイトはハッと我に返った。

 「バトル開始」とは言ったが「Ready Fight!」とはまだ言っていない……なのにいきなり決闘が始まり、まさかそれが、注意する事すら忘れてしまう程の鮮烈なぶつかり合いで幕を開けるなど、誰が予想していただろう?

 これはもしかしたら、本当にクルトが勝つかもしれない。そう思いながら、彼はわざと投げやりに叫んだ。

 

「あーもー!! 脳筋ってのはなんでこんなに気が早いかなぁ!! とにかく始め始め!!」

 

 その声でギャラリー達も我に返ったのだろう。引いていた潮が一気に戻って来るかのように、周囲は観戦スタジアムばりの声援や雄叫びが飛び交い始める。

 カイはそんなガヤの中で、やれやれ。といった表情を浮かべた後、ポツリと呟いた。

 

「……コーラ買ってこよっと」

 

   ~*~

 

 白熱する決闘が、普通の“決闘”で済んでいたのは、ほんの序盤までだった。

 というのも、何を隠そうこの2人、どちらも全くの“規格外”の存在なのである。

 元々体格に恵まれていた体を極限まで鍛え抜いたセルウェイは、どんな攻撃も真正面から正々堂々と受け止めてみせ、更には一撃一撃の威力もとにかく桁外れだ。それを嫌と言う程知っている第七辺境支部の者達は、誰もがこう思っていた。「こんなフィジカルお化けに敵う者など、到底居る訳が無い」と……

 しかし、そんな人間戦車のようなセルウェイと互角に渡り合っているのが、クルトという異例の存在であった。

 確かに見た目は一見細いが、それ故の身軽さ、瞬発力、そして敏捷性を最大限に生かし、彼は繰り出されるセルウェイの攻撃を巧みに躱し続けている。

 まぁ、攻撃力と防御力にステータスを全振りしたようなセルウェイを相手にしているのだから、普通ならこのまま攻撃を避け続け、相手のスタミナが尽きてきた辺りから一気に畳みかける。というのが定石であろう。

 ……だが、此処でその“普通の定石”をひっくり返してみせるのが、彼もまた“規格外”と呼ばれてしまう所以であった。

 

「お前ら退け!!!」

 

 突如響き渡ったのは、怒号にも似たクルトの叫び声……それはセルウェイへではなく、ギャラリーの一部に対して放ったものだ。直後、彼は殴りかかって来たセルウェイの拳をいなした上で、容赦無く、無造作に、まるでゴミでも投げ捨てるかのように、その巨体を投げ飛ばした。

 

「うわぁぁぁぁ?! 馬鹿バカばか!!!」

「こっち投げんなぁぁぁぁ!!」

「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!」

 

 140キロ以上の筋肉の塊がいきなり此方へ飛んで来る……なんと恐ろしい光景だろうか。下敷きになれば到底怪我では済まない。セルウェイが飛んでいった辺りで観戦していたギャラリー達は一目散に、だが食べていた菓子類などはしっかり引っ抱えて、全速力で散り散りに逃げ出す。

 ……そう。規格外2人の決闘とはつまり、見ているギャラリーすら“命懸け”なのである。

 

「あの巨体投げ飛ばすとか……クルトの奴、一体どういう体してんだ?」

 

 目の前で起きた事が信じられない。とばかりに目を見開いたまま、カイがボソッと呟く。

 その隣で、エドガーが頭を抱えて溜息を吐いた。

 

「クルトの奴、本気出し始めたな……」

「いや! 本気っつったって、いくらなんでも物理法則ガン無視してねぇか?!」

 

 カイの言葉に、エドガーはふと静かに問い掛ける。

 

「なぁ、カイ。人間の体にはリミッターが掛かってるって知ってるか?」

「え?」

 

 唐突なその問いに首を傾げたカイに対し、エドガーは不安げな眼差しでクルトを見据えたまま言葉を続けた。

 

「人間の体というのは、普段、本来の筋力の20パーセントから30パーセントしか出せないようになっているんだ。100パーセントの力を使ってしまうと、体の方がその負荷に耐えられないから」

「あ。それ聞いた事ある。アレだろ? 火事場の馬鹿力の原理がどうのこうのってヤツ……」

「あぁ」

 

 きょとんと訊ね返したカイにこくりと頷いて、エドガーはカイへと視線を移す。

 何処か躊躇いがちに、エドガーは信じられない事をそっと打ち明けた。

 

「だけど、クルトはちょっとした特異体質で……自分の意志で、そのリミッターを自由に外せてしまうんだ」

「……嘘だろ? んなのアリかよ……」

 

 驚きを隠せないのは、何もカイだけでは無かった。

 傍でその話を聞いていたメイシェンも、セシルも、カーターも、あのネイトですら、驚愕の色を隠せない様子で顔を見合わせている。

 

「それ大丈夫なの? 普通身体壊れるわよ?」

 

 メイシェンの言葉に答えたのは、レンだった。

 

「クルトは元々、びっくりするくらい身体が頑丈だから……一瞬だけリミッターを外すくらいなら何とも無いんです。だけど……あまりそんな戦い方を繰り返してたら、いくらなんでも……」

 

 口籠るレンに心配げな視線を向けた後、セシルがそっとカーターを見つめる。

 

「司令。どうします?」

「う~む……」

 

 流石にこれ以上は止めさせた方が良いかもしれない……それはこの場の全員が思った事だろう。

 しかし、そんな彼等にシーナがそっと呟いた。

 

「やらせてあげて」

 

 あまりにも意外なその一言に、カイ達は思わず言葉を失いながら一斉にシーナを見つめる。

 シーナは、真剣な眼差しでクルトを見つめたまま言葉を続けた。

 

「クルトの好きなようにやらせてあげて。大丈夫。絶対無茶はしないから」

「だけどッ……クルトの奴、一度ムキになると自分の事とか何にも考えないんだぜ?! 昔っから―」

 

 そんなレンを、そっと手で制止したのはカイだった。

 

「シーナ。クルトが無茶しない。って……どうしてわかるんだ?」

 

 そっと訊ねたカイに、シーナはそっと自分の胸元を押さえて微笑んだ。

 

「約束。したから」

 

   ~*~

 

「クルト」

 

 昼食を終えた後、この決闘が始まるほんの10分ほど前に、シーナはクルトを呼び止めていた。

 何処かきょとんとした顔で振り返ったクルトに、彼女はそっと訊ねる。

 

「大丈夫?」

 

 たった一言。だが、その一言でクルトもシーナが何を心配しているのかを十分察していた。

 傍から見れば、どう見ても勝ち目の無い戦いである事を、クルト自身も理解していたから……

 

「……大丈夫ですよ。自分も一応、戦闘員ですから」

 

 優しく微笑んだその表情に、シーナは不安を覚えた。

 

(この顔、知ってる……瓦礫街に行くって決まった時のカイと、同じ顔……)

 

 瓦礫街の任務には独りで行く。と……自分はどうなっても良いが、他の人が傷付くのは嫌だ。と語ったカイも、こんな眼差しをしていた。

 このままでは、クルトも絶対に無茶をする。あの時のカイと同じように……そんな確信が、シーナにはあった。

 

「ねぇ、クルト」

「はい。なんでしょう?」

 

 不思議そうに返事をしたクルトの前で、シーナは上着の首元からそっとペンダントを引っ張り出した。

 約束を誓う、銀色の鷲を……

 

「一つだけ約束して。絶対に無茶はしない。って」

「俺なら心配ありませんよ。本当に大丈夫ですから」

 

 掌で煌めく鷲を目にして尚、笑って誤魔化そうとするクルトに対し、シーナは真剣に語りかける。

 

「あの時……私、クルトに聞いたよね? 他の人が傷付くのが嫌なのは、カイだけじゃないのに……私達もカイが傷付くのが嫌なのに、なんでカイはそれが解らないんだろう?……って」

「……」

「クルトも同じだよ。私は、クルトにも傷付いて欲しくない。自分をどうでも良い。って思って欲しくない。だから約束して。お願い……」

 

 クルトはほんの少しの間、複雑そうな表情を浮かべて黙り込んでいた。

 だが、やがてそっと自ら手を伸ばし、その指先で約束の鷲に触れたのだ。

 

「わかりました。絶対に無茶はしません。約束します」

「うん!」

 

   ~*~

 

(シーナさんに約束したんだ。無茶はしない。と……)

 

 シーナが約束を思い返していた時、クルトもまた、セルウェイと戦いながら同じ場面を思い返していた。

 ……正直な話、本当はそんな約束などしたくなかった。自分の事など、気に掛けて欲しくなかった。結局自分には、シーナを悲しませる事しか出来ないのだから……そうでなければ敵う相手ではないと、分かっていたから……

 だが、それでもクルトが約束を決意したのは、自分の言葉に責任を持つ為だった。

 

―ほら見ろ。お前の無茶でシーナさんがどれだけ傷付いた事か―

 

 カイへ任務中の暴言を謝罪する為に向かった筈の病室で、口を突いて出た言葉……自分には口にする資格すら無い筈の、卑怯な言葉……その言葉の意味を、重さを、クルトは約束を通じて痛感していた。

 

(そもそもこの決闘自体、単なる俺のエゴに過ぎない。なのに、それでシーナさんを傷付けるような結果に終わってしまったら、俺はシーナさんにも、アイツにも顔向けが出来なくなる)

 

 クルトの脳裏に、あの夜のカイの言葉が過る。

 

―お前に任せれば大丈夫だ。って、思ったんだ―

 

 何故、自分なんかにシーナを任せられると思ったのだろう?一体何を以て、大丈夫だと判断したのだろう?そんな疑問は尽きないが、それでも、嫌っている筈の自分に対して、カイなりに信頼を寄せてくれていた事実もまた、クルトを留めてくれていた。

 

(怪我をしない程度に抑えるなら、本気の一撃はあと2~3回が限度か……全く……)

 

 無表情だったクルトの口元に、ふと、笑みが浮かぶ。

 

(これじゃ、一気に畳みかけるしかないじゃないか)

 

 クルトの一番危うい所は、自分の意志で筋力のリミッターを外せてしまうという特異体質そのものではない。他の誰かの為というのを口実に、簡単に自分を蔑ろにしてしまう“筋金入りの自分嫌い”である事……自身の身の危険を回避する為のリミッターが、その心に無い事だ。

 だが少なくとも今は、シーナとの約束が、カイからの信頼が、その心のリミッターとなっている。それを不自由だと感じはするが、不思議と嫌ではない。

 

「ぬぅん!!」

 

 決闘開始時から全く勢いの衰えないセルウェイが、凄まじい拳を繰り出す。

 その拳を躱しながら、クルトはその場で身を翻すようにして瞬時に背後を取ると、全くセーブを掛けていない渾身の蹴りをセルウェイの膝裏に叩きこんだ。

 

「ぐぁ?!」

「チッ……」

 

 蹴りを入れた右脚に、痺れのような感覚が奔る。

 怪我には至らぬよう、蹴りを入れた際の一瞬しかリミッターを外していないのにコレだ。特に脚は、セルウェイの攻撃を回避し続ける上で一番の要だというのに。此処で一気に勝負に出て片を付けなければ……

 

「いい加減……沈め!!」

 

 先程の蹴りで膝を突いているセルウェイの背へ、今度は全くセーブを掛けていない渾身の肘鉄を叩き込む。

 どれほど肉体を鍛えようと、流石に顔は鍛えようが無い……案の定、顔面から派手に地面へ突っ込んだセルウェイは激痛に呻き、その隙をクルトは見逃さなかった。

 

「これでッ!」

 

 俯せに倒れたセルウェイに馬乗りになったまま、クルトが思いっきり拳を振りかぶる。

 そんなクルトの姿を見て、レンの顔が恐怖に凍り付いた。

 

「クル兄ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 あまりにも悲痛なその叫びに、クルトの脳裏に過去の光景が一瞬フラッシュバックする。

 冬の日の冷たい寝室。辺りに飛び散った赤。憎悪と殺意……それをかき消したレンの声……

 不意に、右目の奥がズキリと痛んだような気がした……

 

「ッ――」

 

 振り下ろされたクルトの拳が、間一髪の所でセルウェイの頭を掠めるように地面を捉え、止まる。

 再びの静寂が辺りを包む中、クルトは静かにゆらりと立ち上がって、セルウェイを見下ろした。

 彼が起き上がる気配は……無い。完全KO勝ちだ。

 

「す、すっげー!! あの坊主マジでセルウェイ少佐に勝ちやがった!」

「ナイスファイトー!!」

「うわぁぁぁぁ……俺少佐に賭けてたのに……」

「ヤベッ! 俺もだ!!」

「よっしゃ~! 俺勝ち組~!!」

「ちっくしょー! まさか少佐がやられるなんて!!」

 

 ギャラリー達が再び騒然とし始めた中、クルトは地面を殴った自分の手をそっと見つめる。

 その瞳に光は無く、正攻法では勝ち目の無かった決闘を制した実感すら、噛みしめている様子も無い。

 賭けに興じていたギャラリー達がネイトへ押し寄せる流れに逆らうように、クルトは無言で歩き出す。

 恐怖や不安、怯えといった感情を覗かせたままのレンに歩み寄った彼は、不意にそんな幼馴染の肩へぽん。と手を掛けた。

 

「ありがとう。助かった」

「……うん」

 

 短い言葉を交わして、クルトはそのまま何処かへ立ち去る。

 その背中を見つめたままのレンとエドガーの視線に違和感を覚えながら、カイもクルトの後姿を見つめ、何も言えずに立ち尽くしていた。

 あんな暗い目をしたクルトなど、今まで見た事が無かったから……

 

   ~*~

 

 その日の夜。食堂はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 研修に来ていた新人隊員が、白兵戦では無敵を誇っていたあのセルウェイに勝ったのだ。当然話題に上らない訳が無い。どのテーブルも、今日の決闘の話題で持ち切りだった。

 そんな中、話題の張本人であるクルトは食堂の隅のテーブルに着いて、黙々と夕食を口に運んでいる。

 普段は必ず仲間の誰かと食事を摂る彼が、疲れているからゆっくりさせて欲しい。の一点張りで周囲の誘いを悉く断り、レン達からも離れて1人で夕食を摂っているのは違和感を感じる。

 

「クルト、どうしたのかな?」

 

 心配そうに呟いたシーナに、エドガーがふと表情を陰らせた。

 

「今は、そっとしておくしか無いと思う……」

「どうして?」

「それは――」

 

 不思議そうに訪ね返したシーナに対し、エドガーの言葉を遮って答えたのはレンだった。

 

「俺のせい……かな」

 

 思いつめたような表情を浮かべたレンに、カイがそっと訊ねる。

 

「あの時、クル兄~! って叫んだアレ?」

「うん……多分、それでちょっと嫌な事思い出させちまったんだろうなぁ……って……」

 

 そう語りながら、そっとクルトを見つめるレンに倣うように、カイ達もクルトをそっと見つめたその時だった。

 

「おぉ! こんな所にいたのか! 青年!!」

 

 遅れて食堂にやって来たセルウェイが、爽やかな笑顔でずんずんとクルトに歩み寄って行く。その鼻筋にはガーゼが貼られ、頬や額の擦り傷にも絆創膏が貼られていたが、足取りそのものは至極元気そうだ。

 

「お、お疲れ様です。セルウェイ少佐……」

 

 昼間の決闘で怪我をさせてしまった事を気にしているのだろう。酷く気不味そうにぎくしゃくと返事を返すクルトであったが、セルウェイはそんな彼の手をガシッと握り、目を輝かせる。

 

「まさか君が此処まで強いとは思わなかった! 実に感動した! 熱き拳を交えた者として! そして! 君のその強さに敬意を表して! これからは君の事を是非! 心の友と呼ばせて欲しい!」

「は……はぁ……その、こ、光栄です……」

 

 ぽかんと気の抜けた声でそう答えれば、セルウェイは満面の笑みを浮かべて「うむ!」と頷き、元気付けるかのようにクルトの背中をバンバンと叩いた。

 

「君もさぞ疲れている事だろう! ゆっくり休息を取ると良い! では! またな!」

 

 歩いて来た時と同じように、今度は食堂の注文カウンターへ向かってずんずんと歩き出しながら、セルウェイはそのよく通る大声を響かせる。

 

「料理長! いつものヤツを頼む!」

「はいよ。只今」

 

 すっかり慣れっこだといった様子で、注文を受けた料理長がのんびりと返事を返す。その声を聞きながら、クルトは暫く呆気に取られたようにセルウェイの背中を見つめていたが、やがてそっと自分の食事に向き直って、酷く疲れ切った溜息を一つ吐いた。

 

「はぁ……面倒な人に気に入られてしまった……」

 

 途方に暮れたような呟きは、完全に普段通りのクルトであった。

 耳の良いレンとシーナは、そんなクルトの呟きを耳にして、苦笑ながらも何処か安堵した様子で頷き合う。

 カイとエドガーも、その様子を目にしてホッとした笑みを見せあった。

 が……

 

「あ。居た居た」

 

 その声に視線を移した面々は、思わず凍り付く……

 セルウェイと入れ替わるようにクルトへ声を掛けたのは……ネイトだった。

 

「……何かご用でしょうか?」

 

 警戒を含んだ冷たい声に臆する様子も無く、ネイトは座ったままのクルトに目線を合わせるように屈み、薄気味の悪い笑みを浮かべて囁きかけた。

 

「君さぁ……良い子のフリ、やめたら?」

 

 クルトの目が見開く。驚きに。ではなく、まるで何かに怯えるように……

 ゆっくりと青ざめていく彼の顔色にクスッと笑って、ネイトは堕落の道へ誘う悪魔のように囁き続ける。

 

「本当は殺す気だったんだろ? セルウェイの事。」

「自分は……そんなつもりは……」

「隠さなくても良いんだぜ?あの最後の一撃。アレが決まってりゃセルウェイを殺せてた。なのに余計な事してくれたよなぁ? あの甘ちゃんな幼馴染君は。お陰で目障りな筋肉達磨を消し損ねた挙句、一方的に気に入られちゃってさぁ? うざくない? そういうの」

「違う……俺は……」

「周りに合わせて良い子ぶっててもさ、結局溶け込めやしないんだよ。俺達みたいな“化け物”は。そうだろ?」

 

 “化け物”……その一言に、クルトの瞳から光が消えた。

 決闘の決着が付く寸前にフラッシュバックした過去が、より鮮やかに脳裏に過る。

 あの日、自分はただレン達を守りたかっただけだった……

 けど、本当は?……ただ憎悪と殺意を抱いただけだったのではないか?

 だからあの時、自分は……

 

―お前のような化け物、生ませるのではなかった―

 

 幼い頃に言われた、思い出したくも無い言葉……自分の全てを狂わせた、言葉の刃。

 忘れていたかったのに、思い出したくなかったのにッ、気付きたくなかったのに!

 

「クルト?!」

 

 突然椅子から立ち上がったクルトに、レンが声を上げる。

 空になっていた卓上のグラスが床へ落ち、派手な音と共に砕け、辺りに飛び散った。

 まるで、今までクルトを覆い隠していた物が崩れ落ちたのを、知らせるかのように……

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