ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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皇女護衛編
第38話-護衛任務-


 「飛び込みの案件」って奴のせいで、俺達は急遽、研修を切り上げて戻る事になった。

 シーナやカイの事は勿論心配だし、気になるけど……この任務、妙に引っかかるんだよなぁ……誰一人として“欠ける事の無いように”なんて、カーター司令に言われたくらいだし。

 そもそも訓練部隊の俺達が、そんな危険な任務にわざわざ指名されるなんて、一体どういう事なんだろう?

 [レン=フライハイト]

 

 [ZOIDS-Unite- 第38話:護衛任務]

 

「つまぁ~んなぁ~い……」

 

 リューゲンゾイド研究開発機構の地下。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)のアジトの一角に設けられたレストスペースに、酷く不機嫌な、それでいて、同時に酷くいじけているような、じっとりとした声が響く。

 声の主……クラウは、わざと聞こえよがしに発した独り言に対し、相手から返事が返って来ないのを見て取ると、クッションを抱えたままソファーの上で足をバタつかせ、更に声を張り上げた。

 

「つまんなぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 彼女のこれでもかというアピールに、酷く疲れた溜息を吐き、相手は渋々口を開く。

 

「……本作戦は既に決定事項だ。お前がつまらないかどうかなど関係無い」

 

 敢えて視線は手元の作戦概要書に落としたまま、返事を返したのはハウザーだ。

 聞かされた作戦内容に対する不満と、目の前のハウザーのそっけない態度に、クラウはますます不機嫌になりながら捲し立てる。

 

「ていうかこの作戦誰が考えたわけ?! 荷電粒子砲撃っちゃえばすぐ終わるのに、面倒臭過ぎるんだもん! ヤークトと一緒に暴れたかったのにつまんなぁぁぁい!!」

「ヤークトは現在改修中だと、何度言えば分かるんだ?」

 

 キンキンと響き渡る高音に、流石のハウザーも音を上げたのか、やっとクラウを見つめる。

 ソファーの上でじたばたと駄々をこねているその姿は、やはり実年齢よりも遥かに幼く、子守りを任された身としてはどう接すれば良いのやら? と思わずにはいられない。

 代々リューゲン家に仕えて来たハウザー家の人間として、幼い頃からアナスタシアの護衛兼遊び相手であった彼であっても、クラウの我儘っぷりには未だに振り回されてばかりだ。

 

(やれやれ。アナスタシア様の言う事だけは素直に聞くというのに……)

 

 思わず、深々とした溜息が漏れる。

 再び作戦概要書に視線を落としながら、彼は些か呆れたようにクラウへ注意を促した。

 

「あまりじたばたと暴れるんじゃない。下着が見えても知らんぞ」

 

 しかしクラウは、そんなハウザーをからかうように、自らワンピースの裾を捲り上げ、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

 

「残念でしたぁ~。ホッパン穿いてるから下着なんて見えないも~ん。何期待してんの? ハウザーのエッチ」

 

 ワンピースの下に穿いている白いホットパンツを見せびらかす彼女に対し、ハウザーは視線を概要書に落としたまま、今度こそ呆れを隠そうともせず呟いた。

 

「はしたない。と言っているんだ。それと、私をからかって暇潰しをしようと思っているのなら、その手には乗らんぞ」

「……ホンット、ハウザーってつまんない」

 

 再びむすっとした表情を浮かべたクラウは、クッションを抱えたままソファーの上で俯せに寝転がり、肘掛けに頬杖を突きながらハウザーを見つめる。

 

「あ~ぁ。お姉様はなんでこんなつまんないのが良いんだろ?」

「……どういう意味だ?」

 

 怪訝そうに訪ね返すハウザーに、クラウは至極面倒臭げに答えた。

 

「だぁ~かぁ~らぁ~。なんでお姉様はハウザーみたいな仕事ばっかのつまんない奴が好きなんだろう? って言ってんの」

 

 その言葉に、ハウザーは重苦しい溜息を吐いて、テーブルに肘を突くように頭を抱える。

 

「何を言い出すかと思えば……私とアナスタシア様は恋仲などでは……」

「でも、お姉様の事好きなんでしょ? ハウザーって」

 

 その言葉にまたしても、口を突いて溜息が漏れる。

 目の前の少女が発した「つまんない」という単語と、自分が発した溜息の数。一体どちらが多いことやら……と思いながら、彼は睨みつけるようにクラウを見つめた。

 

「私とアナスタシア様は主従だ。それ以上の関係など断じて有り得ん」

「えぇ~?? あーやーしーいー」

 

 再びにやにやと意地の悪い笑みを浮かべるクラウの頭に、何者かの手が不意に優しく置かれる。

 クラウが、そしてハウザーが視線を向けた先……ソファーの背凭れの裏に、いつの間にか一人の青年が立っていた。

 その髪は宵闇を溶かしたような漆黒で、瞳の色は月明かりに照らされた海を彷彿とさせる、透き通った深い紺碧を宿している。

 

「クラウ。あまりハウザーをからかって遊んでると、アナスタシア様に嫌われるよ」

 

 穏やかに告げるその声音も、微笑を浮かべたその表情も、まさに“好青年”という他無い彼に対し、先に声を上げたのはクラウだった。

 

「めっずらし~。イグがこっちに戻って来てるなんて」

 

 イグと呼ばれたその青年は、くすくすと笑いながら、クラウの寝そべるソファーの背凭れに肘を突き、ついでに乱れた彼女のワンピースの裾を手で軽く払うように整えてやりながら口を開く。

 

「次の作戦が面白そうだから、思わず……ね」

 

 穏やかながら、何処か含みを持たせたその言葉に対し、ハウザーが警戒を宿した眼差しで青年を見つめた。

 

「この作戦にお前が参加するという通達は受けていないぞ。イグナーツ」

 

 イグナーツ。それが、青年の名だ。

 彼はハウザーの言葉に、やはり穏やかな表情を崩さぬまま、その警戒に満ちた真っ赤な瞳を見据えてくすっと笑った。

 

「俺が一番嫌いな物は“退屈”だ。俺は退屈を凌ぐ為。お前達は遂げるべき悲願の為。互いに利用し利用される。それが俺とお前達との契約(エンゲージメント)。そうだろう? ハウザー」

「既に立案済みの作戦に介入されるのは、我々にとってリスクが高過ぎる。今回の作戦にお前の出る幕は無い」

 

 撥ねつけるようなハウザーの言葉に、イグナーツは全く態度を崩さない。

 退屈を嫌う彼にとって、周囲から感情を向けられるというのは良い暇潰しになる。例えそれがどれほど警戒や敵意に満ちた物であろうと、自分を楽しませてくれる一種の娯楽(エンターテイメント)でしかないのだ。つまり、今現在ハウザーから向けられている警戒など、彼にとってはそよ風に頬を撫でられているのと同義だった。

 

「今回の作戦で出撃するゾイドは君のデスキャットだけ。いくら地上最速のゾイドでも、ガーディアンフォースの雛達と空からの羽虫を同時に相手取るのは、ちょっとキツイんじゃない? まだ“アレ”は使えないんだろ?」

「お前の存在を早々に表沙汰にする訳にはいかん。お前の愛機の能力もだ。そもそもお前は我々の中でも更に裏方の仕事が主な役目だろう。退屈凌ぎならば、自分の領分で存分にやれ」

「表に出過ぎて“兄さん”みたいに目を付けられちゃ困る。って?」

 

 その一言に、ハウザーの眉がほんの僅かに、だが、確かに顰められる。

 イグナーツは穏やかながらに何処か勝ち誇ったような、挑発的な色を微笑に滲ませて今一度くすっと笑って見せた後、ソファーの背凭れから肘を離し、腕を組みながらハウザーを見据えた。

 

「大丈夫さ。俺の相棒は空も飛べなければ海も渡れない。連れて来てはいないよ。残念ながらね。北方大陸からこっちに戻って来るのに使わせてもらったのは、ただのシンカーだ。俺は君達が動き易いようにちょっと小細工をして回ろうかと思ってるだけ。助けにはなれど、邪魔にはならない筈さ」

「……だと良いんだがな」

 

 全く信用などしていない。と言わんばかりの声音で返したハウザーに軽く肩を竦めて見せた後、イグナーツは足音すら立てずにレストルームを後にする。

 その後ろ姿を見送った後、クラウが不思議そうにハウザーを見つめた。

 

「ねぇ、ハウザー」

「なんだ?」

「イグがさっき言ってた“兄さん”って、誰??」

 

 素朴な疑問だった。

 イグナーツは幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の中でも古株で、クラウにとってはアナスタシアの次に懐いていると言っても過言ではない人物だ。ナイフの扱いを教えてくれた師匠でもある彼は、今まで自分の事を一切話してくれる事の無かった謎多き人物でもある。そんな彼が語った“兄さん”とは、一体誰の事なのだろう?

 回答を待つクラウの視線の先で、ハウザーは何処か吐き捨てるようにその名を口にした。

 

「かつて我々を裏切った古代ゾイド人。ヒルツの事だ」

 

 そう。

 ガーディアンフォース結成のきっかけとなり、果てはダークカイザー……ギュンター=プロイツェンを裏切ってイヴポリス大戦を引き起こした、厄災の古代ゾイド人『ヒルツ』の弟。

 穏やかな笑みの裏で幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の障害となる者達を消し、証拠を隠滅し、その存在をひた隠す事に貢献して来た非情なる暗殺者。

 古代語を読み解き、失われた忌まわしい技術の数々を復元し、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が秘密裏に勢力を拡大する一助となった功労者が彼だった。

 だが、クラウがその事実を聞いて更に疑問に思ったのはそこではなかった。

 

「え?ヒルツの弟って事は……」

 

 それは、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の中でもトップしか知らない機密事項。

 ヒルツは“ただの”古代ゾイド人ではなかった。太古の昔、現代よりも更に高度な技術を持っていた古代ゾイド人達が生み出した“負の産物”の“生き残り”だったのである。

 その“弟”であるという事は、彼もつまり……

 

「あぁ。奴も古代強化兵の生き残りだ」

 

 厄災と呼ばれる程の凶大なゾイドを意のままに操り、ただ戦い、破壊し尽くす為だけに造られた古代の人造強化兵……それが、イグナーツの正体だった。

 

   ~*~

 

「急に呼び戻してすまんかったね。じゃ、ミーティング始めまーす」

 

 その頃、第七辺境支部での訓練研修を中断して、本部であるガーディアンフォースベースへ帰還したカイ達は、ミーティングルームに集まっていた。

 朝礼などを始める時、必ずガウスが口にする緊張感の欠片も無い間延びした号令を聞きながら、一同は不安げに視線をそっと交わす。

 第七辺境支部の支部司令官であるカーターからも「誰一人として欠ける事の無いように」と釘を刺された程の“飛び込みの案件”が、一体どれ程危険な任務であるのか、不安は尽きない。

 そんな緊張に満ちた彼等に、ガウスは早速話題を切り出した。

 

「今回君達を呼び戻した理由は他でもない。緊急を要する超重要任務に、君達が直々にご指名を受けた。依頼主はガイロス帝国皇帝。ルドルフ=ゲアハルト=ツェッペリンⅢ世陛下だ」

(……マジかよ……)

 

 嘆くような独り言を胸中のみに留め、カイはこの時点で既に暗い面持ちになってしまう。

 一国の、それも皇帝陛下が直々に指名して来たとは、控えめに言ってもただ事ではない。

 しかし、ガウスの口から告げられたその任務は、訓練部隊である自分達にはおおよそ務まりそうにも無いような、想像を遥かに超える程の超弩級案件であった。

 

「任務の内容は、殺害予告を受けたマリーベル=アンネローゼ=ツェッペリン皇女殿下の護衛。殺害予告を送り付けてくれたのは、現在話題沸騰中の幻影騎兵連隊(ファントムリッター)と来た。君達以上の適任は居ない。と、皇帝陛下は仰っておられる」

「ちょっと待てよ! 俺達まだ新人のぺーぺーだぜ?!」

 

 たまらず声を上げたカイに、ガウスは若干呆れたような表情を浮かべる。

 

「待ても何も、瓦礫街の任務と先月の合同演習襲撃事件。ガーディアンフォースの隊員で連中とやり合った経験があるのは君らだけでしょうが」

「皇族の護衛任務なんて超弩級案件が! 訓練部隊の新人に務まる訳ねーだろ! そこは断れよ!!」

「一国の皇帝陛下から直々にご指名を受けておきながら、それを「無理です」って突っ撥ねられる程、ガーディアンフォースは偉くありませぇん」

 

 すっとぼけたようにカイの言葉を流し、ガウスはレンを見つめた。

 

「カイとシーナは初対面になるが、レン達はマリーベル殿下と面識もある事だし。お会いするのも随分久し振りだろう。気は緩めず、でも、気楽にね」

「はぁ……」

 

 ぽかんと返事を返すレン。まだまだ物申したそうなカイ。目を見開いて顔を見合わせているクルトとエドガー。そしてよく分かっていない様子で首を傾げているシーナ……それぞれの表情を眺めてガウスは苦笑を浮かべる。まぁ、こういう反応になるだろうとは予想していたが。

 

「まぁまぁ落ち着きなさいって。ガーディアンフォース側で指名を受けたのは君らだが、いくらガーディアンフォースとはいえ、流石に訓練部隊だけに護衛を丸投げする訳じゃない」

「と、言いますと?」

 

 クルトの問いに、ガウスはにっこりと笑みを浮かべる。

 

「合同演習襲撃事件で一緒に戦ったでしょ? ジークドーベルで暴れ回る怖ぁいお兄さんも」

「という事は!」

 

 クルトだけではない。カイ達にも明るい表情が広がる。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)との交戦経験のあるルーカスも今回の護衛任務に加わってくれるというのなら、何とも心強い。帝国の至宝。カール=リヒテン=シュバルツ元帥の息子である彼は、ゾイド乗りとしての腕も、白兵戦の腕も折り紙付きだ。

 

「まぁ、第三陸戦部隊の隊長が動くんだ。同部隊の者達も共に護衛任務にあたる手筈になっているから、警備の面においての人員は十分だろう。必要に応じてスムーズに増員が行えるよう、シュバルツ元帥も手筈を整えて下さっている」

 

 その言葉に、カイは心底「良かった……」と安堵する。

 まぁ、国の一大事ともいえるこの案件で、帝国軍が動かない方がおかしい話だ。

 

「それだけじゃないぞ。皇女殿下の殺害予告を叩き付けられて、陛下の懐刀と信頼の篤い皇族親衛隊長が黙っている訳が無い」

「確かに」

 

 何処かホッとした様子を見せながら、エドガーが頷く。

 ルドルフ皇帝直属の皇族親衛隊。その隊長を務めるロッソと、副隊長を務めるヴィオーラ。彼等の実力や実績は、帝都崩壊とルドルフの戴冠にまつわる一連の事件から現在まで数多くの逸話を持っている。

 ……そして同時に、レン、エドガー、クルトの3人は、彼等が正義を掲げる大空の勇者。翼の男爵『アーラバローネ』である事も、秘かに知っている。

 

「帝国軍と皇族親衛隊。そして俺達か。これなら守備に問題は無さそうだな」

 

 独り言のように呟いたクルトの隣で、エドガーがぽつりとぼやいた。

 

「むしろ、僕達役に立つのかな?……」

「確かに……」

 

 レンが苦笑を浮かべる。

 帝国軍と皇族親衛隊に比べ、自分達はガーディアンフォースと言えど、所詮は訓練部隊だ。これ程の大きな任務では、むしろ足手纏いになるのでは? という思いすらある。

 しかし、そんな彼等にガウスは語った。

 

幻影騎兵連隊(ファントムリッター)についてはまだまだ情報が足りん。少しでも交戦経験のある人員を優先配置する事については、なんら不思議は無いだろう。特にカイはゴースト……いや、クラウと名乗るあの少女との接触経験もある事だ。唯一姿が割れているのが彼女だからね。いざという時の対処は、むしろカイに期待が掛けられていると言っても過言ではないだろう」

「なるほど。その辺の面倒事は全部俺に丸投げって訳か」

 

 心底面白くなさそうにカイがぼやく。

 まぁ、これまでの経歴と瓦礫街の任務における数少ない実績から見れば、容赦無く引き金の引ける自分が、侵入者の“始末役”として頭数に数えられている事に疑問も不服も無い。

 特にクラウは、ヒドゥンというオーガノイドを連れている。自在に姿を消す事の出来るあの能力は、人知れず潜入し標的を消す事に特化していると言っても過言ではないだろう。そういった意味でも、彼女がまた現れるであろう事は、カイにもある程度確信があった。

 ……とはいえ、それに対抗する為の具体策など、何一つ思い付きはしないのだが……

 

「それに、マリーベル殿下もまだ12歳だ。命を狙われているという極限状態の中で、少しでもその不安や恐怖を取り除くには、殿下との面識があり、歳の近い君達が一番適任でしょ?」

「というか、むしろ其方が今回の任務における俺達の役目……のようなものですよね?」

「まぁね。」

 

 レンの問いに、ガウスは至って軽く返したが、決して楽な任務ではない。

 マリーベルの傍に居るという事は、共に狙われる危険が常に付き纏う。という事。自分達は言わば、この任務における“最終防衛ライン”の立ち位置だ。チャイルドシッター気分で気を抜くなど以ての外である。

 

(責任重大だぞ。レン=フライハイト)

 

 気を引き締めるように自身へ言い聞かせるが、それでもレンにとって、この任務はほんの僅かばかり楽しみでもあった。

 マリーベルは、自分にとって“妹”のような存在でもあるのだから。

 

「と、いうわけで。だ。すぐに支度して搭乗機と共にヴァルフィッシュへ乗艦するように」

 

 その言葉に、全員の唖然とした視線がガウスへ向けられる。

 彼は何でもなさそうに、にっこりとした笑みを浮かべたまま驚愕の言葉を発した。

 

「皇女殿下が受けた殺害予告の日時、明日なんだよね」

 

 大した猶予も無い、ほぼ直前の殺害予告。確かにそれでは、飛び込みの案件であるのは致し方ないだろう。

 だがそれでも、カイ達は思わず声を上げる他無かった。

 

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇ?!」」」」」

 

 と……

 

   ~*~

 

 ガーディアンフォースベース所属艦。ホエールキング「ヴァルフィッシュ」の中で、任務の準備は着々と進んでいた。

 そんなヴァルフィッシュのメイン格納庫では、CASユニットの換装リフトで、ライガーゼロ-プロトが換装作業を行っている。

 

「まさか3週間経つかどうかで、調整中だったシールドゼロをブレードゼロに組み込んじまうなんて……やっぱすげぇよ。シュバルツ博士」

 

 着々と換装作業が行われている様を眺めながら、レンが呟く。

 近接格闘戦を行うならば、盾が必要。そんなルネの助言が、まさに形になろうとしていた。

 

「とはいえ、現在のセッティングはまだ微調整の終わっていない急造品同然の仕上がりだ。相手の攻撃を完全に防ぎきる事が出来るような出力のシールドは、張れてせいぜい1度きりといった所だからな。決して無茶はするんじゃないぞ」

 

 トーマの言葉に、レンは静かに頷く。

 換装の取り回しを優先したが故に、シールド強度に難があった第3試作ユニット-シールドゼロだが、合同演習襲撃事件でボロボロになってしまった第1試作ユニット-ブレードゼロの修復材料として流用し、なんとか近接格闘用ユニットとしての体裁を繕う事に成功したのだという。

 しかし、肝心のシールド強度は、シールド展開時にブレードゼロユニットに装備された無断可変ブレードが発する振動波を付加する事で、どうにか出力を維持させる事が出来る……らしい。

 それはあくまでスペックデータから割り出された概算であり、実際のテストは間に合っていなかった。理由は主に二つ。一つは呼び戻される直前までレンとライガーゼロが第七辺境支部にて訓練研修を受けていた為。そしてもう一つは、帰還後すぐに次の任務へ向かわなければならなくなってしまった為。である。

 

「本来ならば、テストも終わっていないような急造品ユニットを、こんな重要任務で使用するのは以ての外なんだが……護衛任務という観点から見れば、Eシールドを張れる機体は一機でも多い方が良い。特にあちら側には、ヤークトジェノザウラーが居るからな」

「はい」

 

 そう。ブレードの振動を付加させる事でシールド強度を補強しているという事は、つまりこの仮設ユニット……ブレードゼロ改。とでも呼ぶべきだろうか? このユニットのシールドもまた、計らずして荷電粒子砲に対抗し得る「電子振動シールド」になっていた。

 ディバイソンに電子振動シールドが搭載されている事は、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)も既に目の当たりにしているのだから、防がれると分かっていてディバイソンの居る場所へ荷電粒子砲を放ちはしない。そしてライガーゼロの機動力ならば、皇居であるミレトス城の周囲一帯を駆けるのは造作も無い事。

 何処から来るか分からない不意打ちの荷電粒子砲を防ぎ切る。というのも、レンとライガーゼロに今回課せられた重要任務であった。

 

(荷電粒子砲を防ぎ切る事が出来るのは一度だけ。使い所を見誤ったら一発アウト。か……)

 

 ずしりと重く圧し掛かる責任に、レンは眉間へ皺を寄せる。

 自分は目先の事に……仲間の危機に気を取られてしまう傾向が強い。それはネイトから受けた屈辱的な指摘からも自覚している事だ。しかし、今回の任務は皇女の護衛。咄嗟に仲間を庇ってシールドを使い、いざという時に皇女を守れなかった。という事態だけは、何としても避けなければならないのだ。それはつまり、例え目の前で仲間が荷電粒子砲の脅威に晒されようとも、自分は手を出せない。助けに入れない。という事でもある。

 そのような事態に陥らない事を願うしかないが、いざという時は……

 

「レン」

 

 短い呼び声に、顔を上げる。

 そんなレンの肩へ、トーマが優しく片手を添えた。

 

「気負うな。というのは当然無理だろう。私もかつて戦闘員として任務にあたっていた身だ。お前の不安はよくわかる。シールドが一度しか使えないという事は、最悪の場合、目の前でやられそうになっている味方を“切り捨てなければならなくなる”かもしれないという事だ。怖いんだろう? それが」

 

 その言葉に小さく頷いて、レンは視線を落とす。

 

「任務である以上、必要以上に仲間を気に掛けちゃ駄目だって事は、わかってるんです……だけど俺は、どうしても仲間を見捨てられない」

 

 彼はそっと両手を広げ、その掌を見つめた。

 

「どんなにガーディアンフォースの隊員だろうと、大英雄の息子だろうと、俺はまだまだちっぽけな子供で……俺とゼロの手で守り切れる物の大きさなんて、高が知れてて……全部を一人で守り切るなんて到底無理だって事も、わかってるつもりです。でも、俺は誰も失いたくない。犠牲を出したくない。全部守り切ってみせたいッ……」

 

 見つめていた両手でグッと拳を握りしめるレンを、トーマは心配そうに見つめる。

 戦いに向かない程の優しい心……それがこうも裏目に出てしまうレンが、それでもガーディアンフォースの隊員として頑張っているのは、その理由の全ては、たった今彼自身が語った「全部守り切ってみせたい」というこの言葉以外に無いだろう。いかにも子供らしい。だが、その思いだけで本当にこの惑星を救って見せた戦友の息子らしい、純粋で真っ直ぐな思いだ。

 

「……お前は本当に、バンにそっくりだな」

 

 何処か諦めが付いたようなその言葉に、レンは再びトーマを見上げる。

 トーマは、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「シュバルツ博士?……」

「本当は、使って欲しくない機能ではあるんだが……そうも言ってられないだろう。レン。もうこれ以上どうにもならない。これしか道が無い。という場合以外“絶対に使わない”と、約束出来るか?」

 

 その言葉に、レンは熟考するような間を一拍置いた後、一度だけ力強く頷いた。

 父、バン=フライハイトと同じ、信念を貫く力強い光を、その目に宿して……

 

   ~*~

 

 その頃、ホエールキング内の簡易ミーティングルームではちょっとしたいざこざ……と呼ぶにも馬鹿らしいような口論が起きていた。

 

「だから! 俺は大丈夫だっつってんだろ?!」

「いいや! 信用ならん! お前は特に気を付けるベき事だ!!」

 

 口論を起こしているのは勿論、カイとクルトである。

 そんな2人を心底呆れた眼差しで眺め、エドガーがそっと口を開いた。

 

「カイだって、一応名門一族の出なんだ。敬語くらい使えるに決まってるじゃないか」

 

 そう。普段から誰に対しても……ガーディアンフォースの副司令官であるガウスにすら、溜口で生意気な言葉を言い放つカイに対し、クルトが「付け焼刃でも良いから失礼の無いように敬語を覚えろ」と、タブレットを突き付けているのである。

 

「つーか! 敬語がどうのこうのっつーなら、俺よりシーナの方が大問題だろ?!」

「シーナさんを槍玉に上げるな! 右も左も分からんような時代に目覚めて、現代語の読み書きを覚えるのに手一杯なんだぞ! シーナさんが古代ゾイド人である事は陛下もご存じなんだ! そのくらい汲んで下さる!」

「お前のシーナ贔屓もとことん露骨だな! おい!!」

 

 激しく火花を散らす口論に、多少なり引き合いに出されてしまったシーナは、それでも彼等の間に割って入る勇気も無く、そっと不安げにエドガーへ訊ねた。

 

「エドガー。私もけーご? って覚えた方が良い?」

「ゆくゆくは。ね。けど、国で一番偉い人と失礼無くお話出来るような敬語なんて、今から付け焼刃で覚えるのは到底無理だし、クルトの言う通り、陛下はシーナが古代ゾイド人なのもちゃんと知ってるから、いつも通りで大丈夫だよ」

 

 そう言いながら、エドガーはシーナの頭を一撫ですると、手にしている読みかけの文庫本に再び視線を落とす。

 というかそもそも、ルドルフはかつて、当時全く敬語が使えなかった田舎育ちのバンと、同様に目覚めたばかりでルドルフの身分の高さをよく理解していなかったフィーネから、溜口で話しかけられていた。というのは有名な話であるし、戴冠して以降も、気兼ねなく話せる仲が続いている。少々敬語の使えない子供と対面した所で、気を悪くするような器の小さい人物ではない。

 

(全く、クルトもカイも苦労するな……)

 

 だが、この口論がただの子供っぽい口喧嘩という訳では無い事も、エドガーは理解していた。

 いくらルドルフが気を悪くしなかったとしても、きちんと身分を弁えた敬語が使えなければ、礼を欠く“無礼者”として城内の者達の一部からは確実に反感を買うだろう。そしてそうなった場合に陰で小言を言われるのは、シュバルツ家の人間であるクルトなのだから。

 城内に仕える者達の中でも重要なポスト……ルドルフの身の回りの世話をする執事を始め、皇妃メリーアン付きの侍女や、マリーベル皇女の教育係などには、シュバルツ家の分家の者が就いている。あくまで護衛任務で城への入城を認められただけの「下々の者」が、無礼な口の利き方をしたとあっては、自分達の中でも最年長且つ、過去の一件から一族の間で散々な立場に立たされているクルトが、陰でどのような扱いを受けるかなど火を見るよりも明らかだ。

 そしてカイは……直接聞いたわけではないが、第七辺境支部で話した際、そういった上流階級の者に対する嫌悪のようなものがあったように感じる。普段敬語を一切使わないのも、彼なりの事情があるのだろうが、彼も名門ハイドフェルド家の人間なのだ。少なくとも祖国の皇族に真っ向から普段通りの生意気な口を叩く程、馬鹿ではないだろう。

 ……まぁ、普段の振る舞いが振る舞いだけに、カイが目の前でルドルフやマリーベルに対して(うやうや)しく敬語で喋る様は、正直想像も付かないが……

 

(似合わな過ぎて、陛下の前で笑ったらどうしようかな……)

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら、エドガーはページをめくった。

 

   ~*~

 

 帝都ガイガロスに到着する頃には、既に日が暮れていた。

 城内に設けられた皇族専用のゾイド発着場は、それでも煌々と明かりが灯され、各々愛機と共に降り立った時には、緊張も一入(ひとしお)……だったのだが……

 

「わぁ~! すっご~い! おっきなお城だね!」

「グオグオ!」

 

 通信に響き渡ったシーナの声に、脱力、或いは癒されたのは間違いない。

 案内された駐機場にゾイドを駐機し、レンは先に到着していた第三陸戦部隊の隊長。ルーカスに軽い顔出しを兼ねて最低限の確認事項を確かめに。残りの者達はクルトを先頭に城内へと向かう。

 扉をくぐり、城の玄関であるエントランスホールに入った時、そこに立っていた人物を目にしたカイは、微かに息を呑んだ。

 そう。ガイロス帝国皇帝であるルドルフと、皇妃メリーアン。そして今回の任務の護衛対象であるマリーベル皇女が自ら出迎えてくれたのである。

 

「よく来てくれましたね。クルト、エドガー、そしてカイ、シーナ」

 

 柔和な笑みと共に口火を切ったルドルフに、クルトが答える。

 

「陛下におかせられましても、益々のご健勝、恐悦至極に存じます。此度はマリーベル皇女殿下の御身をお守りするという大役に、恐れ多くも陛下ご自身が我々をご指名下さったとお伺いしております。陛下のご期待に副えるよう、我々一同、全身全霊を以て殿下をお守り致します事を此処にお誓い申し上げます。つきましては任務の為、武器を携行し、オーガノイドを帯同させ城内に踏み入るご無礼、どうかご容赦下さい」

「構いません。むしろ、このような危険な任務を快諾してくれた事、心から感謝します」

 

 そう言って、ルドルフは行儀良く共に出迎えの場に立っている一人娘へ視線を移した。

 

「マリーベル。皆様にご挨拶を」

「はい。お父様」

 

 小鳥のように軽やかで可憐な声と共に、ルドルフの隣から歩み出たマリーベルは、カーテシー……片足を引き、もう片方の足を軽く折りつつ、ドレスの裾を軽く持ち上げて見せる上流階級特有の会釈と共に、ゆるりと自己紹介を口にする。

 

「ガイロス帝国第一皇女。マリーベル=アンネローゼ=ツェッペリンと申します」

 

 掌を滑らせるようにサラリとドレスの裾を離し、再び背筋を伸ばして両手を軽く前で重ね合わせるまでの所作は、到底齢12の少女とは思えない程気品に溢れ、それでいて、それを見せつけるような嫌な印象が一切無い。

 風に揺れた柳のように亜麻色の髪が揺れた様すら、彼女の清楚さを印象付けるかのようであったが、両親譲りの黒曜石のような黒い瞳は、可憐で清楚な彼女の奥に秘められた芯の強さを垣間見せるように煌めいていた。

 

「皆様。此度は私の為に、大変危険な任務をお願いする事になってしまった事、この場で深くお詫び致します。ですが、皆様が居て下されば、私も皆さまと共に此度の一件を無事に乗り越える事が出来ると信じておりますので、どうか、よろしくお願い致します」

 

 その姿に、その言葉に、カイは素直に思った。

 

(たった12歳で、肝の据わった子だな……)

 

 と……

 殺害予告を叩き付けられた不安。命を狙われているという恐怖。その全てを一切表に出さず、穏やかに、礼儀正しく、淑やかに頭を下げた齢12の皇女。きっと心の底では酷く怯えているに違いないだろうに。

 そんな彼女の姿に、カイも何処か心動かされるものがあったのだろう。彼は静かにマリーベルの前に膝を突き、彼女よりも頭1つ分以上低い目線から、穏やかにその顔を見上げた。

 

「どうかお顔をお上げ下さい。殿下」

 

 隣に立つクルトがギョッとしたように此方を見つめた視線を感じ、すぐにそれを意識外へ追い出しながら、彼は3年以上使っていなかった敬語で、それでも巧みに言葉を紡ぐ。

 

「城内において、そして殿下の御前にてこのような無粋な名は本来口にするべきではございませんが、我々は“特殊精鋭部隊”常日頃より訓練を積み、命懸けの任に当たっております。我々は我々の役目を果たすまでの事。我々に対し、殿下が詫びる必要が何処にありましょう?」

 

 その言葉に、マリーベルは微かに目を見開き、そしてゆっくりと大人びた笑みを浮かべた。

 

「私と共に命の危険に晒されながら、そのように仰って下さる事、感謝致します。貴方が、あの鷲型の古代ゾイドのパイロットとなった、ハイドフェルド大佐のご子息ですね?」

「はい。ハイドフェルド家長男。カイ=ローラント=ハイドフェルドと申します。名乗り遅れましたご無礼、どうかお許しください」

「構いません。皇女と言えど、私はまだまだ若輩の身です。どうかあまり畏まらずに」

「では、殿下の仰せの通りに」

 

 立ち上がり、今一度軽く会釈をしてから、カイはマリーベルを見つめる。

 それと同時に、意識から締め出していたクルトの視線が、そして、気になりもしなかったシーナとエドガーからの視線も共に突き刺さっているのを感じ、彼は内心苦笑した。

 

(まぁ、こういう反応になるよな。今までが今までだっただけに……)

 

 畏まった挨拶の一つや二つ、出来て当然……と、口煩い親族達から散々いいように言われて育った。これまでは「覚えた所で使わねーよ。そんなもん。」と思っていたが、今回ばかりは、それが役に立っているのだから、やはり人生何が起きるか分からないものである。

 そこにようやく、所用を済ませたレンが遅れてやって来た。

 その姿にいち早く気付いたルドルフが、微かに表情を緩ませる。

 

「レンも揃ったようですね。それでは――」

 

 しかし、不意にルドルフはその言葉を途切れさせた。

 理由は簡単。突如マリーベルがレンへ向かって一直線に駆け出したからだ。

 

「あぁ! マリーベル!!」

「あらあら」

 

 慌てて娘を呼ぶルドルフの姿も、微笑まし気に微笑むメリーアンも、自身を呼ぶ父の声を一切聞いていないマリーベルも、途端に何処にでも居そうな親と子。といった様子に様変わりする。

 先程まで纏っていた清楚さも可憐さもかなぐり捨てたマリーベルは、駆ける勢いもそのままに、元気一杯のはつらつとした声を上げながらレンヘ飛びついた。

 

「レン様!!」

 

 エントランスホールに反響する程のその声に、すっかり脱力した声音でカイの口から戸惑いの言葉が力無く転げ落ちる。

 

「レン……様??」

 

 一方、抱き着かれたレンはすっかり慣れっこだとでもいうかのように、一国の皇女に飛びつかれながら、戸惑った様子もなく普段通りの明るい声を上げた。

 

「マリー! 元気にしてたか?」

「えぇ! 勿論ですわ。私も、お父様もお母様も!」

「そっかそっか。良かった良かった」

 

 そう言って、マリーベルの頭を撫でるレンの姿は、まるで兄のようにも……いや、ほんの少し穿った見方をしてしまえば、まるで恋人のようにも思えてしまうような雰囲気を纏っていた。

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