ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第40話-姿無き暗殺者-

 夜の帳が、空を覆っていく。

 さぁ。もうすぐ素敵で滑稽なショーが始まるぞ。

 演者がより自分の役割をこなせるよう、俺も好きにやらせてもらおうじゃないか。

 どうせ本当の目的は、全く違う所にあるのだから……

 [イグナーツ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第40話:姿無き暗殺者]

 

 燃え上がるような夕焼けの赤も、広がり始めた宵の色に段々と染まりつつあった。

 まだ漆黒と呼ぶには程遠いその色は、藍を始めとした幻想的なグラデーションで空を彩る。

 名残惜し気に残ったほんの一握りの夕焼けは、遥か遠い地平線に薄く伸びるのみだ。

 そんな空を、皇居ミレトス城の窓から見上げる少女が1人……

 

「殿下」

 

 優しいその呼び声に振り返れば、皇族親衛隊の副隊長であるヴィオーラが、穏やかな笑みを浮かべて此方を見つめていた。

 少女……マリーベルはそんなヴィオーラに穏やかな笑みを投げかけ、再び自室の窓から空を見上げる。

 

「綺麗な空ですね。これから私の命を狙う者が来るというのに、まるでそれが取るに足らない事のように思えてしまいます」

「例えこの惑星にとって、人の営みが取るに足らない事であったとしても、私共にとっては一大事でございます。今日この日、数多の精鋭が集って警護に当たり、目を光らせているのも、全ては殿下をお守りする為なのですから」

 

 穏やかに、そして何処かそっと言い聞かせるように語りかけるヴィオーラに対し、マリーベルは悲し気な眼差しである場所を見つめる。

 

「……今日この日ほど、自分の立場を呪う日は来ないでしょう。私のような年端もいかぬ子供1人の為に、多くの兵が命すら捨てる覚悟で警護に当たってくれています。しかもその中には、私が想いを寄せる最愛の人まで……」

 

 マリーベルが見つめる先。そこには、駐機場に駐機された1頭の獅子の姿があった。

 遠い宵の薄闇の中でもハッキリと判る赤と黄の鎧に身を包み、静かに戦いの時を待つ気高き獅子の姿は、何とも頼もしく、そして同時に酷く心配でもある。

 レンは自分が知り得る中でも最高のゾイド乗りの1人だ。この任務で命を落とすような事は無いだろう。しかしそれでも不安は尽きない。マリーベルの心配は、自分自身の安否よりも最愛の想い人であるレンに、そして自分を警護する為に集められた数多の兵に対して向けられていた。

 彼女は振り返り、懇願するようにヴィオーラを見上げる。

 

「教えて下さい。ヴィオーラ。それほどの価値が、はたして私にあるのでしょうか? いっそ、私1人の命で皆を救えるのなら。と思ってしまうのは、私が弱いからでしょうか?」

「それは――」

「自分1人の犠牲で済むなら。なんて、思っちゃ駄目だよ。マリーちゃん」

 

 ヴィオーラの言葉をやんわりと遮った優しい声に、マリーベルが、そしてヴィオーラが声の主を見つめる。

 そこには、椅子に腰かけて作戦概要を確認しているシーナの姿があった。

 手にした大型タブレットで作戦内容を読み返しながら、彼女は穏やかに言葉を続ける。

 

「カイが瓦礫街に行く時も同じ事を言ってた。自分はどうなっても良いけど、他の誰かが傷付くのが嫌だ。って……でもそれって、結局皆を悲しませるだけだと思うの。」

 

 そう言ってシーナは顔を上げ、マリーベルを見つめると、優しく笑いかけた。

 

「少なくとも、私はマリーちゃんに二度と会えなくなっちゃったら、寂しいなぁ」

「シーナ……」

 

 黒曜石のような瞳に涙が滲む。

 シーナは手にしていたタブレットをテーブルに置き、そっと席を立つと、マリーベルをギュッと抱き締める。

 

「不安に押し潰されちゃう前に、皆を頼って良いんだよ。その為に皆来たの。だからね、泣きたい時は思いっきり泣いて良いんだよ。ね?」

 

 シーナの言葉に、その行動に、ヴィオーラもマリーベルと視線を合わせるように屈み、そっとその小さな背に手を添える。涙の浮かんだ大きな瞳を見つめ、優しい顔で一度だけ、ゆっくりと頷いて見せれば、マリーベルはシーナにギュッと抱き着いて泣き出した。

 

「ごめんなさいッ……私が命を狙われたばかりに、皆さんをッ、危険な目に遭わせてしまってッ……ごめんなさいッ……本当に、ごめ……なさいッ……」

「んーん。マリーちゃんはなんにも悪くないから、謝らなくて良いよ。大丈夫。皆で必ずマリーちゃんを守るから。だからマリーちゃんも、皆を信じてあげて。それだけで良いの。それだけで十分だから」

 

 優しく語りかけながら、マリーベルの亜麻色の髪を撫でるシーナの姿に、ヴィオーラは何処か不思議な気持ちになっていた。

 

(昨日初めて出会ったばかりなのに、殿下の不安を此処まで感じ取って、素直に吐き出させることが出来るなんて……)

 

 この時代に目覚めてまだ間もないという彼女の言葉が、皇族としての立場に縛られる幼い少女の心に、こうも真っ直ぐ刺さり、不安を吐き出させている……長らくルドルフの、そしてマリーベルの傍にいた自分だが、もしもシーナが居なかった場合、果たして同じ事が自分に出来ただろうか?

 自分自身も、命を狙われた経験ならばある。盗賊に身を(やつ)していた頃、軍への復帰をチラつかされ、帝国と共和国の全面戦争の火種を生むべく裏工作に加担し、そして失敗に終わった。その口封じの為に帝国軍から追われ続けたのだ。

 しかし、その頃の自分は既に、戦い方もゾイドの乗り方も一通り心得ていた。欲を掻いてしまった自分達の自業自得だという思いもあった。だから、長い逃亡生活に神経を擦り減らしこそすれ、その現状をある程度受け入れてもいたのだ。

 だが、マリーベルは違う。ルドルフのように命を狙われる理由が明確だったのとも、また状況が違う。レンからゾイドの乗り方を教わってはいるが、1人で戦う術とはまだ到底呼べもしない。成す術も無く、身に覚えの無い殺害予告を受け、命を狙われる……そんな恐怖を、戸惑いを、自分は経験した事が無い。

 そして同時に、マリーベルは自分が命を狙われている事よりも、それによって集められた軍人やガーディアンフォースの隊員達の身を案じている。自分のせいで危険な目に遭わせてしまっていると、死傷者が出る事を恐れている。それは必ずしも、彼女が心優しいからというだけではない。命を狙われた自分を責め、周囲を心配する事で、少しでも自分以外の者へ意識を向け、無意識に逃避していたのだろう。

 今この瞬間崩れたマリーベルの気丈さが、シーナに抱き着いて涙を流すその姿が、彼女が抱えていた不安や恐怖といった物の大きさを物語っていた。

 

   ~*~

 

 今までの気疲れや、今日1日ロイヤルセイバーを乗り回していた疲労もあったのだろう。そのまま泣き疲れて寝てしまったマリーベルをベッドに寝かせ、ヴィオーラがふとシーナに囁やいた。

 

「ありがとう。シーナ」

「え?」

「殿下は皇女として、ずっと気丈に振舞っておられたから……こうして素直に泣いて、不安を吐き出せたのは、貴女のお陰よ。」

「……そう……かなぁ? 私は……なんとなく、思った事を言っただけだよ」

 

 シーナはそう呟いてベッドに腰掛け、眠っているマリーベルの頭を優しく撫でる。

 

「泣かないのは苦しい事だし、いつ誰に殺されるかわからないのは、とっても怖い事だから……我慢しなくていい時まで我慢するのは、良くないなって思ったの。ホントに、ただそれだけ」

「……大人になるとね、そういう当たり前の事が、当たり前に出来なくなるのよ」

 

 シーナの隣に腰掛け、ヴィオーラはその澄んだ鶯色の瞳を見つめた。

 

「ねぇ、シーナ。良かったらこれからも、殿下のお姉ちゃんで居てあげてくれないかしら?」

「おねえちゃん……」

 

 その言葉は、シーナにとって妙に新鮮だった。

 弟妹はおらず、ガーディアンフォースの仲間達も年上ばかり。そんな自分が“お姉ちゃん”と呼ばれるのは、妙にくすぐったい気分だ。

 

「うん。私、ずっとマリーちゃんのお姉ちゃんでいるよ」

 

 はにかみながらシーナが頷いた……その次の瞬間だった。

 耳を劈くような音を立てて、窓ガラスが砕け散ったのは。

 

(来たッ……)

 

 ヴィオーラの手が腰に携えた拳銃を掴む。パッと目を覚ましたマリーベルをシーナが抱き締め、その2人を守るようにユナイトが立ち塞がり、威嚇の声を上げた。

 部屋の前で警護に当たっていたクルトとエドガー、そしてロッソが、間髪入れずに扉を開き、室内へ踏み入った先に待っていたのは、姿無き暗殺者と対峙するヴィオーラの姿だった。

 

「驚いたわね。まさか本当に姿が見えないだなんて」

 

 冷汗が一筋、彼女の頬を伝う。

 銃を向ける先には当然侵入者の姿など無い。何も無い虚空に銃を向けているという感覚に若干戸惑いながらも、ヴィオーラは警戒を崩さなかった。気配だけで分かる“圧”がズシリと此方の動きを押し留めているのだ。

 

「ふふっ……ふふふっ……」

 

 何処か嘲笑するような、押し殺した笑い声が不意に響く。

 直後、床に散らばった無数のガラス片のうちの幾つかが、踏み砕かれたかのようにパキリと音を立てた。

 

「そこか!!」

 

 ヴィオーラの声と共に、彼女の拳銃だけでなく、ロッソとエドガーの持つ拳銃も、踏み砕かれたガラス片の周囲を威嚇射撃のように打ち抜く。

 しかし、侵入者は全く違う場所に不意に現れた。

 

「何処狙ってんの? 下手っぴ」

 

 トンッと軽い音を立て、窓枠に1人の少女が降り立つ。

 鮮やかな菫色の髪に、水色の瞳……その容姿にクルトが声を上げた。

 

「現れたなゴースト……いや、クラウ」

 

 その言葉に、クラウはクスッと挑発するような笑みを零し、背面から窓の外へ倒れるように飛び降りる。その瞬間にはクルトが駆け出していた。

 

「ロッソさん達は手筈通りに!」

「あぁ! わかった!」

 

 ロッソとエドガーが、ヴィオーラ達と共にマリーベルを連れて部屋を後にする。

 その姿を僅かに確認するに留め、クルトはクラウを追って窓を飛び降りた。

 

   ~*~

 

 マリーベルの自室は、ミレトス城の7階に位置している。そんな高さから身一つで飛び降りるなど、普通ならばまず間違いなく死ぬだろう。だが、クラウにはオーガノイドであるヒドゥンが付いているのだ。こうも呆気無く身を投げて死ぬとは到底思えない。

 そしてクルトも、無策に窓から飛び出した訳では無かった。彼は飛び出すと同時に振り返り、手首に装着したワイヤーリールからワイヤーを放つ。破壊された窓の枠にロックされたワイヤーは、独特のドラグ音を立てながら彼を一直線に中庭へ誘う。

 月明かりが照らす夜の静寂を切り裂いたその音は、これから始まる“姿無き暗殺者”との戦いの幕を切って落とす音のように響き渡った。

 

「ッ!」

 

 中庭へ着地すると同時に、死角から見えざる刃が迫る。

 立ち上がった振り向きざまに感じ取った、刃の振り抜かれる“僅かな風圧”を頼りに、咄嗟にバックステップで距離を取ったが、その一薙ぎは恐ろしい程に重く、鋭く、クルトの胸元を横一線に切り裂いた。上着のファスナーすら紙切れのように切り裂いたその切れ味に、流石の彼も冷汗が背筋を伝う……幸い、大して深い傷では無いが、切り裂かれた傷口からじわりと広がる血の感触と痛みに、彼の瞳から光が完全に消え失せた。

 

「すごいね。ヒドゥンの攻撃に此処まで反応して見せるなんて――」

 

 さも面白そうに嗤う無邪気な声が背後から響いたその瞬間、クルトは投擲ナイフを3本、背後めがけて振り向きざまに放つ。

 突然背後から声を掛けられたにも拘わらず、一切の隙を見せず攻勢に転じたのが意外だったのだろう。クラウは言い終わりかけていた言葉尻を飲み込み、バック転でそのナイフを躱しながら距離を取った。

 

「……ふーん。そっちもナイフ使いなんだ」

 

 楽し気な笑みを浮かべながらも、水色の瞳が温度を下げる。

 あどけなさの残る大きな瞳の奥に、狂気じみた獰猛さがチラつく様を眺めながら、クルトはたった一言だけ冷たく言い捨てた。

 

「言い残す言葉はそれだけか?」

 

 その言葉に、クラウも袖の中に隠し持っていたナイフを両手に構える。

 彼女はそのまま真正面から一直線にクルトへ向かって駆け、そして姿を消した。

 

「テオ」

 

 突如相手が目の前で姿を消したというのに、クルトは冷静に相棒へ呼び掛ける。

 何処からともなく現れ、消える。それがヒドゥンの能力の応用である事は、あらかじめ仮説として自分が提唱していた事だ。姿を消す能力があるというのに、馬鹿正直に正面から突っ込んで来る方がそもそもおかしい。

 

[Eシールドに酷似したエネルギー周波数を僅かに検知しました。しかし、金属探知機能、及び通常レーダーに反応は認められません]

 

 テオの言葉に、クルトは内心舌打ちすると、突然現れ右から切りかかって来たクラウの一撃を右手のコンバットナイフで受け止め、腕力任せに彼女を弾き飛ばす。

 やはりヒドゥンの透明化能力は一定の不可視空間を作り出す事が出来るのだろう。オーガノイドがそう言ったシールドの類を展開するというのは、一見違和感のように感じるが、ジークやシャドーが体内格納の他に、球体状のシールドを使って人間を運ぶといった芸当が出来る事から、存外有り得ないという訳でもない。

 ……が、想像を上回っていたのはその性能だ。金属探知やレーダーすら無効化する事が出来るというのは、あまりにも厄介過ぎる。

 そんな思考に脳を使いつつ、本能と反射神経でクラウの攻撃をナイフでいなし、反撃しながら彼はふと思った。

 

(やはり、バイザーデバイスは付けて来なくて正解だったな)

 

 父、トーマからディバイソンを譲り受けた際、コックピット内に装備されていたデバイスヘルメットを撤去して据え付けたバイザーデバイスは、機外での活動にも使えるようになっており、暗視機能やテオが解析したデータの表示機能等があるのだが、如何せん視界が狭まる為、戦闘には不向きでしかない。

 姿の見えないヒドゥンに対して、テオの解析したエネルギー周波数を可視化して確認出来ないのは些か悔やまれるが、此処はもう自分を信じるしかないだろう。白兵戦において信じられるのは、結局の所、いつだって自分だけ……そして、そんな孤独な戦いを自分が最も得意としている事は、あの日からずっと変わらない。

 

「はぁ!――うぁぅ?!」

 

 切りかかって来たクラウの細い首を左手で思いっきり引っ掴み、そのまま地面へ叩き付けるようにしてねじ伏せる。

 

「悪いな。俺は例え相手が女子供だろうと、敵ならば容赦しない」

 

 右手に握ったコンバットナイフをすかさず逆手に持ち替え、しかしそのナイフは、クラウに振り下ろされる前に、切りかかって来たヒドゥンの尾を受け止める。

 苦々し気な舌打ちと共に一旦距離を取れば、すかさず見えざる刃との攻防が幕を開けた。

 先程、胸元を切られた際にダメージを最小限に抑えた要領で、僅かに押し寄せる風圧と、尾が振り抜かれる際に立つ微かな風切り音を頼りに、ナイフ一本で刃を凌ぐ。頭で考えるよりも早く、ただ本能だけに身を任せ、脊髄反射のように紙一重で……

 

(こんな芸当が出来るの、イグだけだと思ってた……)

 

 地面に叩き付けられた際に頭を打ったせいで微かに眩暈のする中、クラウはヒドゥンと身一つで渡り合うクルトを眺める。

 そして、姿の見えないヒドゥンの動きに全意識を集中している今が、彼を倒す最大のチャンスである事を彼女は確信した。確かにその驚異的な戦闘センスは、古代強化兵であるイグナーツにも引けを取らない程ではある。しかし、所詮相手はただの人間だ。勝機は此方にある。

 クラウは袖に仕込んでいた投擲ナイフを数本、おもむろにクルトへ放つ。1本は手にしたコンバットナイフで、もう1本は咄嗟に抜いた投擲ナイフでどうにか凌いだクルトだったが、残りの1本が頬を掠めると同時に、ヒドゥンの尾が無防備になった右の脇腹を捉えた。

 

「くっ……」

 

 間一髪で回避するも、確かに感じた皮と肉を裂かれる感触に、クルトは押し殺したような声を小さく上げ、苦痛に顔を歪める。

 それでも、飛距離を優先した低いバック転で精一杯距離を取った彼は、地面を捉え切れなかった足がザァッと音を立てて滑るのすら無視して、先程手にした投擲ナイフをヒドゥンめがけて放つ。

 オーガノイド……いや、ゾイドにとって対人武器など本来痛くも痒くもない筈だが、そこはクルトの知識と観察眼が一枚上手だった。

 迫り来る微かな“足跡”から、おおよその見当を付けて放たれたナイフは、吸い込まれるようにヒドゥンの左脚関節へ突き刺さり、案の定、突然駆動部に異物を噛んだヒドゥンは痛々しい声を上げて地面へ倒れ、その姿を露わにしたのだ。

 

「ヒドゥン!!」

 

 慌ててクラウがヒドゥンへ駆け寄る。

 カイの話通り、紫色の体色に翡翠色の目……その尾の先は身幅の広い刀のようになっており、その刃渡りは、先程の回避がもしあと一歩間に合っていなければ、確実に上半身と下半身が泣き別れになっていたであろう事を察するには十分だった。

 

「これでもう、透明化する事は出来ないようだな」

 

 切り裂かれた脇腹を押さえながら、そっと立ち上がる。そこそこの出血量ではあるが、腹圧で内臓が飛び出してくる様子は無い為、傷はどうやらそこまで深くはないらしい。この程度ならば、まだどうにか動けるな。と思いながら、彼はクラウを見据えた。

 

「怪我をしたくなければ、大人しく投降しろ。お前達には聞きたい事が山程ある」

 

 一瞬だけ、酷く悔し気な表情を浮かべたクラウだったが、ナイフを構える素振りすら見せずふらりと立ち上がった彼女は、ニタリとした笑みをその顔に張り付ける。

 

「投降? する訳ないじゃん。どっちにしろクラウの最初の役目はもう終わったもん」

「役目だと?」

 

 眉を顰めたクルトの前で、クラウの背後に倒れていたヒドゥンが突如むくりと起き上がった。

 ナイフの刺さった駆動部がスパークしてはいるものの、ヒドゥンは威嚇するように一際大きな鳴き声を上げると、体内へクラウを格納し、背中の小型ブースターで空へと舞い上がる。

 

「くそ! 逃がすか!!」

 

 すかさずヒドゥンめがけてワイヤーを放ったクルトだったが、ヒドゥンは放たれたワイヤーを尾の刃で真っ二つに切り捨て、飛び去ってしまう。その方角にハッとした彼はインカムの通信回線を開き、呼び掛けた。

 

「レン! カイ! ヒドゥンがそっちへ向かった!」

『えぇ?! マジか――』

『おいこら!! ヒドゥンの足止めは俺がやる。って啖呵切りやがった癖に、何やってんだこの馬鹿!』

 

 面食らったようなレンの言葉はともかく、間髪入れずに響いたカイの言葉に、クルトも思わず怒鳴り返す。

 

「貴様! それが負傷した仲間に言う言葉か?!」

『ちょ?! クルトお前――』

『やられて威張ってんじゃねぇ! こっちは今、シーナとユナイトが殿下を連れて逃げて来てる真っ最中なんだぞ?! 途中で鉢合わせちまったらどーすんだよ?!』

「なッ……」

 

 カイのその一言に、瞬間湯沸し器のように頭に上っていた血の気が、一気に引いていく。

 

―クラウの最初の役目はもう終わったもん―

 

 先ほどのクラウの言葉が脳裏を過る。

 予定ではマリーベルを安全な場所……ミレトス城の地下通路を通り、第三陸戦部隊の陣営へ連れて行く算段であった筈だ。しかし、その手前に駐機しているガーディアンフォースの陣営を目指しているという事は、恐らく地下通路に入る前に“本命”が襲撃して来たのだろう。

 そして、クラウはその報告を何らかの形で受けたに違いない。それこそ、耳が完全に髪に隠れている彼女の髪型なら、小型のインカムを装着していても全く分からない筈だ。

 

「わかった! なら俺もすぐそっちに――」

『はぁ? あっさり敵に逃げられちまった役立たずが、どの面下げて応援に来るって??』

「なんだと?! おいカイ! いくら俺に非があるとはいえ! 言って良い事と悪い事の区別も付かんのか貴様は! 一体どういう意味だ!! もういっぺん言ってみろ!!」

 

 あんまりな物言いに、流石のクルトも不良のように声を荒げる。

 しかし、その後に響いたカイの言葉はあまりにも予想外だった。

 

『だぁかぁらぁ!! 怪我人は足手纏いだから大人しくすっこんでろっつってんだよ!! こっちは俺達で何とかすっから!! てめぇはとっとと手当てでも何でも受けてこい!!』

「……は?」

『は? じゃねぇだろ!! 無茶はしねぇってシーナと約束した癖に怪我しやがって!! てめぇシーナ泣かせたら後でしばき回すからな!! いちいち言わせんじゃねーよ!! このクソボケ!!』

「おい! ちょっと待――」

 

 捲し立てるだけ捲し立て、ブツンッと乱暴に切られた通信に、クルトは思考を止めたまま、ぽかんとした表情を浮かべて固まる。

 

(なんであいつが俺とシーナさんの約束を知ってるんだ?……)

 

 シーナと第七辺境支部で交わした「絶対に無茶はしない」という約束。何故それをカイが知っているのだろう?

 ……まさか盗み聞きしていたのでは? などと考えながら、心の片隅がチクリと痛む。

 正直自分にとって、この程度の怪我なら無茶でも何でもないのだが……それでも、シーナが泣く姿が容易に想像出来てしまい、彼は途方に暮れた様子で呟いた。

 

「今回ばかりは……大人しくカイにしばかれるしか、なさそうだな……」

 

   ~*~

 

「急げ! こっちだ!」

 

 一方、時は遡る事、およそ20分前……

 マリーベルの自室を後にした護衛組は、打ち合わせ通り城の地下へ設けられた隠し通路へ向かっていた。先頭を走るロッソの後ろに、マリーベルを背中に乗せたユナイトが続き、その両脇をエドガーとシーナが固め、殿をヴィオーラが勤める形で、彼等は城内を駆け抜ける。

 地下通路の入り口は第三陸戦部隊の者が警備している。クラウも全く違う場所に現れた為、内部で敵に待ち伏せされている事は無いだろう。

 

―俺達ならどうする?―

 

 今朝の対策会議でのカイの言葉を、ロッソはそっと思い返す。

 

(全く、あの歳でよく此処まで思い至ったものだ……)

 

 彼の読みはこうだ。一目で脅威とわかる厄介な能力の持ち主。クラウとヒドゥンを先に仕向ける事で、そちらの対策に気を取らせる。そして彼女達に警護の者達の気を一手に引かせ、守りが手薄になった所に本命を差し向け、一気に叩かせるつもりなのだろう。と。

 ……こうして見れば至って単純な囮作戦だが、だからこそ、その読みが正しかったように思う。

 一つ心残りがあるとすれば、相手のその作戦を逆手に取る場合、クラウとヒドゥンの足止めを誰が引き受けるか?という議論になった際、真っ先に名乗り出たクルトの安否だ。姿の見えないオーガノイドを相手に、生身の人間であるクルトが1人で立ち向かうというのは、かなり厳しい……いや、ほぼ勝算は無いと見て良いだろう。

 

―自分の事は気になさらないで下さい。頑丈さだけは人一倍ですから―

 

 心配の眼差しを向ける自分達に、20歳にも満たない青年はそう言って笑って見せた。そしてどちらにせよ、マリーベルの守りを手薄にする訳にも行かない事から、クラウとヒドゥンの足止めはクルト一人に託される事となったのだ……その判断が間違いでなかった事を、今は願うしかない。

 

「マリーちゃん。もうすぐ地下通路だから、ユナイトにちゃんと掴まっててね」

「はい!」

 

 しっかりと頷き、マリーベルはユナイトの首にギュッと抱き着き直す。

 窓の割れ砕ける音で突然目を覚ましたというのに、マリーベルはパニックを起こすどころか、泣く事すらしなかった。今は泣く時ではない。それをよく心得ているのだろう。

 しかし、辿り着いた先……地下通路の入り口は、そんな幼い皇女にはあまりにも凄惨な状態と化していた。

 

「ぁ……」

 

 すっかり怯えた声が、その幼い唇から微かに零れる。

 通路の入り口を警備していた第三陸戦部隊の帝国兵達は、軒並み倒されていた。床に倒れている者。壁に背を預ける形でぐったりと頭を垂れている者……皆一様に血にまみれ、床も壁もそこかしこに弾けたような紅の痕が飛び散り、そこに立つ一人の侵入者が、最後の1人と思しき兵の首を片手で掴み、ぶら下げている。

 

「殿下、見ないでッ」

 

 思わず咄嗟にエドガーがマリーベルの視界を遮るように手を翳し、その言葉にハッとしたマリーベルはギュッと固く目を閉じた。

 しかし、侵入者はぶら下げた兵を(くび)り殺す寸前でゆっくりと振り返り、ロッソ達を見つめる。

 薄い浅葱色の髪に、金色の瞳。白い肌。そして、猫に引っ掛かれたような3本の細長いフェイスマーク……色こそ違えど、その容姿はカイと瓜二つであった。

 

「え?……」

 

 真っ先に声を上げたのは、当然シーナだ。

 しかし、その声は戸惑いよりも疑問のニュアンスが強い。今目の前に立ち塞がっている侵入者の姿……そのフェイスマークの色や服装は、以前サンドコロニーでディスクを調べた際に垣間見た、戦闘データの収集者に他ならなかったが……

 

(違う……)

 

 アレックスは自分の双子の兄なのだ。髪の色も、目の色も、フェイスマークの色も、自分と全く同じ色をしている。つまり、彼もカイと同様、容姿そのものが似ているだけの別人だ。

 もし今回の任務でアレックスと対峙する事になったら、どうにかして止めようと思っていた。戦う術などロクに思いつきもしないが、それでもアレックスなら、妹である自分の呼びかけに応えてくれる筈だと、何処か確信していた……しかし、目の前の相手が他人である以上、そんな手は通用しない。

 一方、侵入者はシーナと目が合った瞬間、無表情だったその顔にほんの僅かな驚愕の色を示す。

 侵入者……ユッカの脳裏に、以前データの波の奥に垣間見た桜色の髪の少女の姿が過った。

 間違いない、あの時の少女が彼女だ……

 

「……シーナ?」

 

 彼の口から無意識に放たれた一言は……シーナにとって、あまりにも似過ぎていた。

 自分が落ち込んでいた時、悩んでいた時、いじけていた時、アレックスは決まってこんな風に名前を呼んでくれた。静かに、そして何処か不思議そうに……

 

(あぁ……)

 

 何故、彼も兄と同じ声をしているのだろう?

 何故、兄と同じ口調で自分の名を呼ぶのだろう?

 何故、こんなにも――

 

「あ?! シーナ!!」

 

 エドガーが戸惑ったように叫ぶ。

 シーナが突然、ホルスターに収められていた彼の拳銃を引ったくり、兄の姿を模った偽物(ユッカ)へ、容赦無く発砲したのだ。それも3発。

 しかし、乾いた発砲音の直後に響いたのは、重く鈍い金属音だった。

 信じ難い事だが、ユッカは片腕一本で放たれた弾丸を弾いて見せたのだ。

 射撃訓練など一切受けていないオペレーターのシーナが、突然発砲したという事も、放たれた銃弾を腕一本で弾いて見せたユッカも、ロッソ達にとってはあまりに予想外だった。

 時が止まったかのような沈黙が僅かに漂った直後、ユッカに捕らえられている兵が、その一瞬の隙を突いて思いっきりユッカへ蹴りを入れた事で、再び時が動き出す。

 ユッカが、その兵を思いっきり無造作にシーナめがけて放り投げた。

 

「っと! おい! しっかりしろ!」

 

 咄嗟にシーナの前に割り込んだロッソが、飛んで来た兵を受け止める。

 激しく咳き込んだ後、その兵は息も整わぬ中でロッソを見上げた。

 

「気を付けて、下さい……奴は……我々の背後……通路の中から現れました……他にも、伏兵が居るかもしれませんッ」

 

 そんな必死の訴えに、ロッソが渋い顔をする。地下通路の中から現れた。というのは、全く予想もしていなかったパターンの奇襲だった。

 

「きゃぁ?!」

 

 直後、迫って来たユッカをユナイトが咄嗟に尾で吹き飛ばし、壁へと叩き付けた。

 突然のその動きに、背に乗っていたマリーベルが振り落とされないよう、ユナイトの首に再びしがみつく。その姿を見たシーナが鋭く叫んだ。

 

「ユナイト! こっちの援護はいい! 貴女はマリーを守る事にだけ集中して!」

「グォゥ……」

 

 ごめん……と呟くようにしゅんとしたユナイトの背の上で、マリーが戸惑ったようにシーナを見つめる。温かく優しかった筈の瞳は、普段とは違う瞳孔のハッキリとした冷たい色を宿していた。

 

「シーナ?……」

 

 遠慮がちに名を呼ぶマリーベルに、シーナは何処か優しく微笑む。

 

「怖がらせてごめんね。でも大丈夫。貴女のお姉ちゃんで居るって、ヴィオーラと約束したから」

 

 その言葉にマリーベルが、そしてヴィオーラが微かに目を見開く。

 シーナは手にしていたエドガーの拳銃を放り出すように投げ返し、ロッソへ告げた。

 

「私達は別ルートからマリーを安全な場所へ運ぶわ。奴の足止めをお願い」

「わかった! おい、動けるか?」

 

 ロッソは先程受け止めた兵に訊ねる。

 兵は一度だけ頷くと、若干ふらつきながらも立ち上がった。

 

「怪我人を庇いながら戦える相手じゃなさそうだ。貴方もシーナ達と一緒に行って下さい」

「わかったッ」

 

 エドガーの言葉を受け、兵はシーナとヴィオーラ、そしてマリーベルを乗せたユナイトと共にその場を後にする。幸い目立った外傷は特に見受けられなかった為、彼女達と一緒に逃げるだけなら特に問題は無いだろう。

 

「それにしても……」

 

 引き攣った笑みを浮かべたロッソの言葉に、エドガーもユッカへ向き直る。

 ユナイトに吹き飛ばされ、壁にめり込むほど叩き付けられたにも拘わらず、彼は全くダメージを受けていない様子でぽんぽんと砕けた壁の粉を掃っていた。

 

「あいつ、本当に人間か? 普通どんなに運が良くても、骨くらい折れそうなもんだが……」

「……さぁ? 毎日牛乳でも飲んでるんじゃないですか? 3ガロンくらい」

「それで弾丸まで弾けるようになるなら、俺も明日からそうするとしようかな」

 

 冗談めいたやり取りをしながら銃を構え、エドガーはユッカのその容姿に戸惑う。

 シーナの双子の兄が、カイと容姿が瓜二つであるという話は以前聞いていた。とはいえ、此処まで似ていると些か気味が悪い。色と身長くらいの違いしかないのだ。

 しかし、同時に疑問もある。もし目の前の彼が本物のアレックスならば、何故シーナはもう1人の人格に切り替わり、彼を撃ったのだろう?

 

「来るぞ!!」

 

 ロッソの言葉に、エドガーはハッと我に返り、すかさず発砲する。

 しかし、放った弾丸は全て先程と同じように、腕に弾かれてしまった。

 

「チッ! 一体どうなってるんだ! 奴の体は!」

 

 愚痴のような声を上げながらロッソも銃で応戦するが、やはりユッカは冷静に、顔色一つ変えもせず銃弾を弾き返していく……

 その様を見て、エドガーは不意に、母であるリーゼから昔聞いた話を思い出した。

 

「もしかして、鍍金化能力?……」

「鍍金化?」

「昔、母から聞いたんです。古代ゾイド人の更に祖先に当たる人種は、体内の金属細胞を自在に変化させて、体表を鎧のように硬化させる事が出来た。って。もしかしたら奴も――っと!」

 

 間一髪で首を捉えに迫ったユッカの手を躱す。次の瞬間、エドガーの首を捉え損ねた彼の手は、勢いもそのままにメシャリと音を立てて深々と壁にめり込んだ。

 

(冗談だろッ?……)

 

 自分の目の前で起きた事だというのに、その光景が現実の物だとは思えなかった。

 銃弾を弾いて見せたのが鍍金化によるものだったとしても、壁に深々と手がめり込むとは、一体どんな力で首を掴もうとしたのだろう?正直、生身でオーガノイドと戦う方がまだマシのようにすら思えてくる。

 

(僕達も、いつまで持ち堪えられるかわからないな……シーナ、ヴィオーラさん、どうか僕達が倒される前に、殿下を連れて早く逃げてッ――)

 

 祈りのような独り言を胸中で噛みしめ、エドガーはユッカへと再び銃口を向けた。

 

   ~*~

 

「シュバルツ少佐! 聞こえる?!」

 

 シーナと共にマリーベルを乗せたユナイトを先導しながら、ヴィオーラがインカムに向かって問い掛ける。彼女達は現在、ガーディアンフォースの陣営へ向かっていた。

 

『此方シュバルツです。どうされたのですか?』

「緊急事態よ! 地下通路の中に敵が潜伏していたの! 城の地下で通路の見張りをしていた隊員達はほぼ殉職したわ! そっちの出口は?!」

『なッ?!』

 

 思いがけない言葉に思わず言葉を失いながら、ルーカスは疑問を抱く。

 地下通路の出口は皇族専用のゾイド発着場に繋がっている。そして、自分の部隊である第三陸戦部隊は、そのすぐ傍に待機陣営を構えているのだが、此方は特に何の動きも無い。

 そもそも、それぞれの入り口に警備を配置する際に、通路内に敵が潜伏していない事は念入りに確認済みだ。つまり、此方の出入り口から侵入しない限り、城の地下に配置した兵が背後を取られる事など有り得ない……

 

「此方には全く何の異常も起きておりません。通路内に敵が潜伏していたという事ですが、確かですか?」

『えぇ! 侵入者に殺される寸前だった兵が1人生き残っていて、彼がハッキリとそう証言しているわ! その彼も現在、私達と共に行動中よ!』

「……」

 

 おかしい……ルーカスは漠然とそんな違和感を覚える。

 有り得ない状況で起きた突然の奇襲。生き残った兵の証言……その証言を信じるなら、敵は自分達が見張っている出入り口以外の場所から地下通路に侵入した事になる。地中を掘り進み、地下通路の壁面をぶち抜いて侵入した。という可能性もゼロでは無いが、もっと単純な何かを見落としているのではないだろうか?……

 

『ヴィオーラさん。その生き残った兵の名は?』

「え?……」

 

 突然のその問い掛けに、ヴィオーラは思わず訝し気な声を上げたが、次の瞬間ハッとしたように振り返った。

 

「貴方、名前は?」

「はい?」

 

 突然名前を訊ねられ、共に逃げる兵がぽかんとした声を上げる。

 

「良いから答えなさい!」

 

 キッと睨みつけられ、兵はビクリと肩を跳ねさせると、しどろもどろに答えた。

 

「デ、デニスです! デニス=バルテル中尉と言います!」

「……だそうよ。聞こえた?」

『はい。確かに私の部隊の者で間違いありません』

 

 ルーカスはまたも考え込む。

 バルテル中尉は、城の地下に配置していた警備兵の1人だ。通信越しに聞いた声にも確かに聞き覚えがある。恐らく本人で間違い無いだろう……が、どうにも不安が拭い去れない。

 こういった場合、ルーカスは状況判断よりも自身の感覚に賭ける傾向が強かった。自分は妙に直観が強い。どれだけ完璧な状況にあっても、自身の中で何かが違和感を訴えていれば、必ず事態は良くない方向へ向いてしまうのだ。

 

『しつこいようで申し訳ないのですが、今貴女方と行動を共にしているバルテル中尉の特徴を教えて下さい。簡単で構いません』

「特徴は――」

 

 その言葉の続きは、突如響いたブースター音とマリーベルの悲鳴によってかき消される。

 

『ユナイト! 下がって!』

『グオゥ!!』

『悪いわねシュバルツ少佐! 悠長に喋ってる暇が無くなったわ!』

 

 そんな声の後、発砲音が立て続けに響く。

 

(しまったッ……)

 

 先程のブースター音から察するに、恐らくクラウとヒドゥンが彼女達を襲撃したのだろう。

 思わず、時間稼ぎを買って出たクルトの安否が気になった。自身の怪我を全く意に介さない彼の無茶は、従兄である自分もよく知っている。一瞬、ほんの気の迷いのように最悪の事態が脳裏をチラついたが、すぐにそれを意識の外へ締め出した。今回は大丈夫だ。という妙な確信が降って湧いたのだ。当然、これも直観である。

 

「すぐに応援を送ります! どうにかそれまで持ち堪えて下さい!」

『こっちがやられる前に頼むわよ!』

 

 通信が一旦切れる。

 ルーカスは振り返ってすぐさま命令を下した。

 

「ブローベル! エンデ! ノイラート! 緊急事態だ! ガーディアンフォース陣営付近で殿下がオーガノイドの襲撃を受けている! 至急レオーネ副親衛隊長の援護に向かえ!」

「「「了解!」」」

 

 駆けて行くブローベル達の背を眺め、ルーカスは僅かに渋い表情を浮かべる。

 本来ならば、車かゾイドで向かった方が確実に早い。しかし、ガーディアンフォースの待機陣営は城の庭園の脇にあり、帝国軍側の陣営との間には、遊歩道の設けられた森が広がっている。そして森を迂回するには、皇妃の薔薇園を突っ切らなければならない……結局徒歩で向かわざるを得ないのだ。

 

(俺が直接向かえる立場なら……)

 

 そんな思いが一瞬過る。

 ジークドーベルの機動力と自分の腕ならば、一息に薔薇園を飛び越えてガーディアンフォースの陣営に着地出来ただろう。しかし、部隊を率いる隊長である以上、自ら直接援護に向かっては指揮が取れなくなってしまう。それが酷くもどかしい。

 

(頼む。どうか間に合ってくれ……)

 

 ギュッと目を閉じ、祈った後、彼はすぐさま切り替えるように他の部下達へ指示を出した。

 

「奴らは無人ゾイドによる部隊を有している! 我々が侵入者の対応に追われている隙を突き、城ごと攻撃して来る可能性も十分あるだろう! 各員、待機状態を維持! けして気を抜くな!!」

 

   ~*~

 

「……ヴィオーラ」

 

 不意に名前を呼ばれ、ヴィオーラは微かに戸惑ったようにシーナを振り向く。

 城の地下で侵入者と遭遇してからシーナが豹変した事に、彼女も違和感を覚えてはいるが、今は全くそれどころではない。彼女の態度は気にしないように努めつつ、彼女は訊ねた。

 

「何? シーナ」

「マリーをお願い。オーガノイドを相手にするなら、ユナイトを戦力に回さないと勝ち目がないから」

 

 それは、ある程度予想していた言葉だった。

 生身でオーガノイドとやり合うなど、ハッキリ言って正気の沙汰ではない。クルトがクラウとヒドゥンの足止めを1人で任された事の方が異例なのだ。彼のように、自身の筋力のリミッターを自在に外せるという特異体質でもない限り、この場を切り抜けるのはかなり厳しい。

 

「……わかったわ。殿下、此方へ」

「はい!」

 

 ヴィオーラの手を取り、マリーベルはユナイトから飛び降りる。

 クラウがすかさずその隙を突いて投擲ナイフを放つが、飛んで来た投擲ナイフはユナイトによってかみ砕かれた。

 

「行って! カイとレンもこっちに向かってる筈だから!」

「えぇ!」

「シーナ! どうかご無事で!!」

 

 走って行くヴィオーラとマリーベル。そしてバルテル中尉を見送った後、シーナはクラウと向き合う。クラウはまるで親の仇でも見るかのように、シーナを睨みつけていた。

 

「まさか、双星の片割れが直々に相手してくれるなんてね」

「それ、やめてくれる? その呼ばれ方は好きじゃないの」

 

 撥ねつけるような冷たい返事に、クラウは先手必勝の一撃で答えた……が……

 

「えっ?!」

 

 水色の瞳が驚きに大きく見開かれる。

 シーナは、素手でクラウのナイフを止めていた。

 ……いや、正確には“紅く変色した素手で”ナイフを受け止めたのだ。

 

「悪いけど、私に刃物は通用しないから」

 

 その一言に込められた殺気に、クラウは反射的に距離を取る。

 

(いくら“女神の名を冠する英雄”だからって、鍍金化まで使えるとか有り?!)

 

 鍍金化……それは古代ゾイド人の更に祖先が有していた能力だ。

 体内の金属細胞を自在に操り、体表を硬化させる……シーナの場合、鍍金化した手が紅く染まっているのは、彼女のフェイスマークが紅色をしているせいだろう。

 

「グオグオゥ?」

 

 不意に、ユナイトがシーナへ伺いを立てるように顔を覗き込む。

 「本気出そうか?」というその問い掛けに、シーナはクラウを見据えたまま冷たい笑みを浮かべた。

 

「えぇ……ユナイト。“殺して良いわよ”」

 

 その一言に、若葉色だったユナイトの目がブォンッと音を立て、真っ赤に変色する。

 主の許しに歓喜するように荒々しい咆哮を上げたユナイトは、ヒドゥンを見据え、猛獣のようにグルグルと唸り声を上げる。対するヒドゥンは、そんなユナイトの変化に気圧されたのか、ジリッと半歩ばかり後ずさった。

 

「じゃぁ、せいぜい楽しませて頂戴ね? ゴーストさん」

 

 今にも獲物を食い殺さんばかりの殺気を放つユナイトを、さも愛しそうに一撫でし、シーナ……いや“花の戦女(いくさめ)”が冷たく微笑んだ。

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