時々、自分が分からなくなる事がある。
ガキの頃の記憶はねぇし、アレックスとそっくりだって話だし、おまけにコイツが俺とシーナの兄貴だ? マジで訳分かんねぇ……訳分かんねぇけど……今、これだけはハッキリ分かる。
“殺る気スイッチ”なんて呼ばれてたこの力が、一体“何の為”にあったのか……
[カイ=ハイドフェルド]
[ZOIDS-Unite- 第42話:獅子の
(何? あれ……)
カイの瞳から完全に温度が消えたその瞬間、真っ先に息を呑んだのはクラウだった。
緊張に強張った表情の中で、その水色の瞳が怯えたように揺れる。
イグナーツから受け取ったゾイマグナイトでヒドゥンを回復させながら、彼女はカイの雰囲気が一気に変わったのを目の当たりにし、思わずヒドゥンへ身を寄せた。
この一夜の間に、何度同じ目を見ただろう?
地面に叩き付けられた直後に見た、ナイフを振り翳した瞬間のクルト。
死に物狂いで戦う自分を見つめ、薄ら笑みを浮かべてたシーナ。
そして、イグナーツと対峙する今のカイ……
このガーディアンフォースの隊員達は何処か異質だ。他の者達とは何かが違う。
「へぇ……」
カイの変化にイグナーツも満足げな笑みを浮かべ、瞬時に手首を返して再度斬りかかるが、カイは迫るナイフを寸分違わずに蹴り上げた。
ガキンッ! という鋭い音が響き、ナイフはそのまま月明かりに煌めきながら宙を舞い、弧を描く。
カイはすかさず銃口を向け、引き金を引いた。が、立て続けに放たれた弾丸をイグナーツは紙一重で躱し、更には一旦距離を取った先で、降って来たナイフをキャッチしてみせながら笑う。
「動きが変わったね。もしかして目が覚めた?」
その問いにカイは答えない。
イグナーツが何を喋っていようと今はどうでも良かった。コイツだけは今此処で始末しなければならない。そう“今度こそ”此処で……
だが、これ見よがしに隙を見せるイグナーツをどれだけ撃とうと、その度に弾丸は躱され、すぐに反撃がやってくる。
「チッ……」
無意識に零れた舌打ちは、はたして自分が零した物なのだろうか?
そんな疑問が微かに脳裏を過ったが、それすらも今は思考の外へ追いやって、彼は迫る刃を躱しながらイグナーツを睨んだ。
(コイツ、完全に遊んでやがる……)
わざと隙を見せては攻撃を躱す。余程の実力と技量がなければ、ただの自殺行為に等しい煽りだが、イグナーツはそれを平然とやって退けていた。クラウがヒドゥンを回復させる時間稼ぎを果たしながら、まるで遊びに熱中する子供のように、命懸けのじゃれ合いを楽しんでいる。
このままでは埒が明かない。そう感じたカイは、空になったマガジンをリリースし、新たなマガジンをグリップへ叩きこみながら一気に駆け出した。真っ直ぐ突っ込んで行くのではなく、イグナーツの間合いに入らないよう注意しながら、彼の周りをぐるりと周るように。
イグナーツの動体視力も、反射神経も、人の域を軽く超えている。どんなに不意を突こうとしても、飛んでくる弾丸を精確に避けて見せるのだ。ならばいっそ、それを逆手に取って踊らせてやれば良い。此方が主導権を握るにはそれしかない。
(なるほど。考えたね)
動きを制限するように飛んで来る弾丸を、敢えて馬鹿正直に避ける。
さぁ、次はどう攻めて来る気なのだろう? と考えつつ、弾を避ける為に一瞬目を離した直後……カイの姿が、消えた。
「あれ?」
子供のようにきょとんとした声を上げたイグナーツだったが、彼は全てお見通しだとでも言うかのように半身をずらし、背後から不意を突こうとしていたカイをそのまま振り向きざまに蹴り飛ばす。その的確な一撃はノーガードのカイの腹部を捉え、派手に吹き飛ばした。
地面を転がり、木の根元に背をぶつける形で止まったカイは、蹴られた腹を抱えて咳き込む。
幸いあばらは折れていないようだが、蹴られた衝撃で喉の奥まで逆流してきた胃液の味は、痛みと相まって全く生きた心地がしない。意識が飛びかけたのか、それとも地面を転がった際に頭でも打ったのか、視界はチカついていた。
そんなカイへ歩み寄って来たイグナーツは、地面に力無く投げ出されたままになっているカイの左手をおもむろに踏みつける……先程までの攻防の間に、こっそり拾ったのだと思われるクラウの投擲ナイフを握った、カイの左手を。
「発想は良かったけど、どんなに気配を消しても“殺気”がダダ漏れじゃ意味が無いよ? カイ」
「そいつは……どうも……」
そう言って、カイは銃口をイグナーツへ向ける。
しかし、イグナーツはゆったりと微笑んで囁くように呟いた。
「ハッタリが下手だね」
ほんの僅かに表情を強張らせたカイへ、彼は言葉を続ける。
「グロック17。装弾数は17発。そしてマガジンを入れ替えてから、僕を躍らせるのに17発。つまりその銃は全弾打ち切った後だ。弾は残っていない」
「……試してみるか?」
カイがニタリと嗤うのと同時に、イグナーツがハッとした様子で距離をとる。しかし、いくら人の域を超えた動体視力と反射神経を以てしても、これだけの至近距離から迫る弾丸の速度には到底敵う筈が無い……18発目の弾が、イグナーツの右大腿部を貫き鮮血を散らせた。
距離を取ろうとしていた事もあり、脚を打たれたイグナーツはそのまま尻餅をついて、ポカンと撃たれた自分の右脚を見つめる。
カイはそんな彼の前で立ち上がり、再びマガジンを入れ替えたグロックをイグナーツへ向けた。
「装填状態でマガジンを換えちまえば、1発多く撃てる。こんなの常套手段だろ?」
彼の前でマガジンを入れ替え、17発撃ち尽くし、一瞬の隙を突くのにマガジンを入れ替える余裕が無いのを強調する為、拾った投擲ナイフで斬りかかる。
ナイフを得物としているイグナーツに近接戦を挑めば、当然返り討ちにされるのは此方だが、そこでようやく18発目の出番。という訳だ。
……正直、本音を言ってしまえば一発で仕留めたかった所だが、基本的に人体の急所というのは上半身に多い。どれだけ至近距離とは言え、イグナーツの身体能力ならば最悪避けられてしまうかもしれない。だが脚……しかも大腿部は咄嗟に動かそうとしても可動範囲など高が知れている。おまけに機動力を大幅に削げる上、出血量も多いとなれば、ほぼ準致命傷と言って良いだろう。
そう。此処までカイは織り込み済みだったのだ。それを察したイグナーツはカイを見上げ、微笑まし気な笑みを浮かべる。
「なるほど。此処まで全て計算済みだった訳か。成長したね、カイ」
「テメェに喜ばれる筋合いはねぇ」
警戒しつつもイグナーツへ歩み寄り、その額へ銃口を向け、カイは告げた。
「ったく、やってらんねーよ。今すぐ此処でぶっ殺してやりてーのに、テメェには殺す前に吐かせなきゃなんねー事が山ほどある」
駄目だ……頭の片隅で誰かが叫ぶ。
此処でコイツから情報を引き出そうとしている場合ではない。と。
この好機を逃せば、コイツを始末する機会など2度と廻って来ない。と。
今だけは……任務よりも“因縁”に決着をつけるべきだ。と……
だが、カイはその声を敢えて押し殺した。イグナーツはシーナの過去に関する事を何かしら知っている。それを知るチャンスもまた、今しかない。
「相変わらず真面目だなぁ。そういう所は昔からちっとも変ってない訳か」
意味深な言葉を吐く彼の額に、銃口を押し付ける。ゴリッという鈍い感触を感じながら、カイはあくまで冷静に問い掛けた。
「テメェが俺とシーナの“兄貴”ってのは、どういう意味だ?」
「どういうって言われてもなぁ……その辺りは説明が難しいんだよ。と~っても」
面倒臭そうに答えたイグナーツだったが、ふと、彼は口角を上げる。
穏やかでありながらも、何処か底知れぬ不気味さを感じさせるような笑みを浮かべ、彼はそっと口を開いた。
「というか……その答えは僕じゃなく“君自身”が持ってる」
「どういう意味だ?」
探るように訊ねるカイに対し、イグナーツは何処か勝ち誇ったように問い返す。
「簡単な話さ。君、小さい頃の事……何か覚えてる?」
あまりにも予想外な問いに、カイは表情を取り繕う事も出来ず目を見開いた。
確かに自分には幼少期の記憶が全く無い。
だが、何故それをイグナーツが知っている? 何故それがシーナとイグナーツに繋がる? どう関係がある?
絶句したままのカイに対し、イグナーツは突き付けられた拳銃を額で押し返すように身を乗り出して嗤う。
「よーく思い出してごらん? 君が覚えている一番古い記憶は何だい? 恐らく、帝都病院の病室で目が覚めた時の記憶だと思うんだけど……」
「……やめろ……」
無意識に、ジリッと後ずさる。
イグナーツの言葉に誘導されるように、殆ど忘れていたあの日の記憶がカイの脳裏に過った。
無機質な白い病室。半分ほど開いた窓。風に揺れるカーテン……そして、目覚めた自分を見て涙を浮かべているのは――
「うっ……ぐ……」
突如、激しい頭痛に見舞われる。まるで見えざる何かが「それ以上思い出してはいけない」と警告するかのように……
そんなカイの姿を見て、イグナーツは本性を現すかのようにニタリとほくそ笑むと、ナイフを握り直してカイへ飛び掛かった……
~*~
一方、ヴァルフィッシュへ向かうレンとルーカスは、突如、横から姿を現し飛び掛かって来た赤い機体を間一髪で躱し、歩みを止めていた。
そう。
「チッ……もう嗅ぎつけて来やがったッ……」
レンの表情が強張る。無理も無いだろう。初邂逅で大敗を喫し、自分もライガーゼロも傷を負った。その相手が今、眼前に立ち塞がっているのだから……
ライガーゼロも姿勢を低くし、警戒心を剥き出しにして唸り声を上げる。その姿を見て、マリーベルはふと疑問を抱いた。
(この子……レン様が操作していないのに、威嚇してる?……)
そんな殺気立った唸り声を上げる獅子と、隙を窺うように佇む猟犬を、あくまで冷静に見据えるハウザーだったが……その脳裏に過るのは、これからの攻撃方法でも、作戦内容でもなく、自分が最も忌み嫌う男から突然告げられた通信の内容だった。
~*~
「やぁ。ハウザー。聞こえるかい?」
つい十数分前、いきなり通信を寄越してきたのはイグナーツだった。
何処か上機嫌な様子の彼の声音に、ハウザーはこの時点で既に嫌な予感がしていた。
「何の用だ」
短く無機質に訊ねれば、彼は案の定、想定外の事を口にしたのである。
「あのお姫様なんだけど、例のガーディアンフォースの新型に保護させておいたから。後は君の好きなようにして良いよ」
その一言に、ハウザーの脳裏には一瞬の内に様々な思いが駆け巡った。
全く作戦に無い事をしでかしてくれた事に対する不満と苛立ち。
やってくれたな……という怒りと呆れ。
いきなり尻拭いを押し付けられた事で、ドッと押し寄せて来た疲労感。
一体何故そんな事を?という疑問。
目立たず穏便にやったんだろうな? という懐疑。
いや、むしろこういった場合、既に最悪の事態の更に上を行っている。という悟りと諦めなどなど……頭を抱えたくて仕方がなかったが、そんな事をしたところで時間が巻き戻る訳も無く、ハウザーはただ絞り出すように苦言を呈した。
「また貴様は作戦に無い事を平然とッ……」
しかし、イグナーツはそんなハウザーの反応すら楽しんでいる様子で言葉を継ぐ。
「別に良いじゃないか。どうせ殺害予告は送ってあるんだし。寧ろ感謝して欲しいくらいだよ。あくまで今回のメインディッシュは“
「いいか! もしまた作戦行動中にその下世話でくだらん妄言を吐いてみろ! 貴様をもう一度眠りに就かせてやる! 今度はゾイドエッグではなく棺桶で! 永遠にだ!!」
殺気立った声で怒鳴るも、通信に返って来るのは愉快な笑い声だけだった。
「俺の事を嫌ってる割に、ちゃんと棺桶には入れてくれるんだ。君のそういう所大好きだよ」
「それは奇遇だな。私は貴様のそういう所に心底うんざりしているところだッ」
撥ね付けるような言葉に一頻り笑ったイグナーツは、何事も無かったかのように告げた。
「じゃ、僕はクラウを助けて来るよ。ついでに会いたい子も居るし。また後でね」
意味深なその言葉に、ハウザーは思わず訊ね返す。
「イグナーツ! 今度は何を――」
しかし、通信はそこで一方的に切られてしまったのだった。
~*~
やり取りを思い出し、微かに不機嫌な表情を浮かべる。
あのライガーゼロの中に、彼等の護衛対象たる皇女が乗っている……それが最も憂慮すべき点だった。レンと皇女は“ただの護衛と護衛対象”という関係ではない。師弟でもあり、家族ぐるみの付き合いがある親しい間柄だ。そして現在、成長途中にある未熟な少年は、自分ただ一人に皇女の命が懸かっているという極限状態に追い込まれている。
この場合、考えられる可能性は二つ。その重圧に押し潰され、必死の抵抗も虚しいまま皇女と共に散るか、この極限状態をバネに、予想だにしない急成長を遂げるか……ハウザー個人の予想としては、後者へ転ぶ可能性の方が極めて高いと感じていた。つまり、イグナーツがしでかした事は、安全に除去出来た筈の爆弾を、わざわざ爆発寸前にして此方へパスして来たも同然だと言える。
それだけでも十分厄介だというのに、行動を共にしている護衛が更に想定外だった。まさか部下を指揮している筈のルーカスが、この場に居合わせているとは……
ルーカス=リヒト=シュバルツは、持っていれば厄介この上ないが、使えば絶大な効果がある。帝国軍にとっても
ルーカスとの戦闘を極力避けつつ、レンと皇女を確実に消すには……
『来るぞ!』
デスキャットが飛び掛かるのと、ルーカスが叫ぶのは同時だった。
それぞれ左右に散開し、初撃を躱したライガーゼロとジークドーベル……此処まではハウザーの狙い通りだ。2人を引き離し、始末するべきライガーゼロだけを追い立てる。自分がやるべき事はそれだけで十分だ。
しかし、そんな彼の思惑を阻止するかのようにデスキャットへ反撃に出たのは、ルーカスのジークドーベルの方だった。
ヘルブレイザーを展開し、デスキャットへ斬りかかりながらルーカスが叫ぶ。
『レン! お前は先に行け!』
「悪い! 頼んだぜ!」
再びヴァルフィッシュへと駆けだしたライガーゼロを確認した直後、その後を追い掛けようとしたデスキャットの前に立ちはだかり、ルーカスはジークドーベルのフォトン粒子砲を突き付けた。
『おっと、私が相手では不満かな?』
外部スピーカーで呼び掛けるも、当然ハウザーは返事を返さない。誰の耳にも届かぬ舌打ちを打つだけに留め、彼は一度デスキャットを後方へと跳躍させる。
無言で距離を取ったデスキャットに対し、ルーカスは更に呼び掛けた。
『あくまで沈黙か。良い選択だ。どうやら君は、我々に声を聞かれては困る人物のようだからな。ティータイムのように気軽に言葉を交わしてくれるとは、此方も思っていない』
彼の言葉で、僅かな焦りと驚きがハウザーの胸を掠める。
前回の襲撃作戦で、自分だけは変声機を使わざるを得なかった。表向きは自分も帝国軍の軍人である以上、声を聞かれればすぐに正体がバレてしまうからだ。
とはいえ、明らかに声を変えていると分かるようなヘマはしていなかった筈。あくまで自然に違う声になるよう、変声機は調整してあった。当然、口裏合わせやアリバイ工作も万全であったのだが……
『一つ、面白い世間話を聞かせてやろう。帝国軍技研での音声鑑定では、君は10代後半から20代前半の男性パイロットだという結果だったそうだ。だが、そもそも関係者しか知らなかった筈の演習を襲撃した点から見ても、軍内に息のかかった者が居たのは明白だ。当然、技研の鑑定結果など当てにはならない。案の定、ガーディアンフォース側での鑑定結果では、君の音声に僅かながら音声加工が施された形跡があった。と聞いている』
(まったく……厄介な奴だ……)
ハウザーは、ルーカスのこういう面を何よりも警戒していた。
彼は帝国の至宝と呼ばれているカール=リヒテン=シュバルツの息子。プロイツェン派が台頭していた当時、どれだけ不当な扱いを受けようと己が信念を貫き続けた父親同様、長い物には巻かれないというスタンスの“超個人主義者”だ。
彼も己が信念を貫き通す為なら、一切手段を選ばない。あらゆる手を使って情報を集め、必要であれば、自身が知り得た情報を軍にすら伏せて行動する。
たった一人で、何処までも真実を追い求める為に……
『君だけが音声を加工していたという事は、あの日、君を知る者があの場に居たという事だ。異論があれば聞こう。君に言葉を発する気があるのならな』
ルーカスの言葉に、ハウザーは行動で答えた。
そこまで分かっているのなら、今更お前と交わす言葉は無い。と……
デスキャットを跳躍させ、ジークドーベルを飛び越す。そのすれ違いざまに、彼は二連衝撃砲をジークドーベルのフォトン粒子砲へと放った。
「ッ?!」
思考よりも早く、ルーカスはその一撃を紙一重で躱す。
それと同時に、彼の脳裏に既視感が過った。
高速戦闘ゾイドで、跳躍から攻撃やカウンターを繰り出す。それはルーカス自身も得意とする戦法であり、師匠が最も得意とした戦法だからだ。
しかし今回ばかりは、その一瞬の既視感が大きな隙となってしまった。
「チッ! 逃がすか!!」
そのままライガーゼロの後を追うデスキャットを、ジークドーベルが追い掛ける。だがそのスピードは、ジークドーベルの比ではなかった。
デスキャットの腹部側面に組み込まれた“超高速駆動機構”は、現代の高速戦闘ゾイドに採用されているブースターよりも遥かに効率良く、瞬時にトップスピードへ到達する事が出来る。
みるみる離されていく中、ルーカスはレンへと通信を開いた。
「レン! 例の赤い奴がそっちへ向かっている! 背後に気を付けろ! 俺もすぐ向かう!」
『わかった!』
~*~
「こっちは、だいぶ片付いたわね……」
ブレードイーグルのコックピットで、シーナは戦場を見下ろす。
交戦している第三陸戦部隊めがけて放たれた荷電粒子砲は、クルトのディバイソンが防いでくれた。無人ゾイド部隊の一部は後方から飛んで来た荷電粒子砲によって消滅し、残った兵力も第三陸戦部隊とクルト、そして他ならぬ自分が粗方仕留めた所だ。此方の応援はもう十分だろう。
「あとは……」
シーナが彼方、荷電粒子砲が飛んで来た方向を見据える。
「……ヨルハ」
『はい?』
シーナの呼び声に、思わず条件反射のように声を返しながら、クルトは首を傾げた。
彼女は今、自分を呼んだのだろうか? と……
『シーナさん? あの、ヨルハというのは?……』
「……ごめんなさい。なんでもないわ」
ゆるりと首を横に振って、シーナは告げる。
「クルト。あとはお願い」
たった一言そう言い残して、ブレードイーグルが飛び去って行く……その方向を確認し、クルトはハッとした表情を浮かべた。
「無茶ですシーナさん! 相手はジェノザウラーですよ?! 危険過ぎます!!」
ブレードイーグルにはユナイトが合体している。つまりシーナは現在、ブレードイーグルと意識共有状態だ。そんな状態で万が一、荷電粒子砲を喰らってしまったら……
しかし、シーナはクルトを通信画面越しに真っ直ぐ見据え、淡々と告げる。
『だからって、このまま好きに撃たせる訳にもいかないでしょ? 貴方が防ぎ切れる範囲にだけ荷電粒子砲が飛んで来るとは限らないんだから』
彼女の言葉に、クルトは何も言い返す事が出来なかった。
空から荷電粒子砲の光を目にしたシーナにしか、ヤークトジェノザウラーの正確な位置は分からない。そして、そんな遠く離れた場所に居る敵へ即座に奇襲を掛け、足止め出来るゾイドも、ブレードイーグルしかこの場には居ない……
「……わかりました。ですが、1つだけ約束して下さい」
『約束?』
微かに怪訝な表情を浮かべたシーナへ、クルトはふと笑みを見せた。
「絶対に無茶はしない。と……シーナさんの“約束のお守り”に」
その言葉に驚いたのだろう。微かに目を見開いたシーナは、静かに微笑んだ。
『……ズルい人。自分は無茶した癖に』
「すいません」
『でも良いわ。約束してあげる。絶対無茶はしない。って』
そんな彼女を見つめ、クルトは囁くように呟いた。
「ご武運を」
『貴方もね』
シーナから通信が切られる。
それと同時に、クルトは此方へ向かって来たレブラプター数機をツインクラッシャーホーンで蹴散らし、聞こえる事のない返事をそっと口にした。
「……大丈夫ですよ。此処で死ぬつもりはありませんから……」
~*~
その頃、ヴァルフィッシュへ辿り着くまであと僅かという所で、ライガーゼロは後方から凄まじいスピードで迫る機影をレーダーに捉えた。
レンは咄嗟に機体を脇へ跳躍させ、走って来た勢いもそのままに飛び掛かって来たデスキャットの一撃を、間一髪で避ける。不意打ちの一撃を紙一重で躱したライガーゼロに、ハウザーは静かな感嘆を口にした。
「ほう……今の一撃を避けたか。やはり子供の成長は侮れんな」
ほんの僅かに睨み合ったデスキャットとライガーゼロだが、すぐさまデスキャットは2連衝撃砲を放ち、ライガーゼロはまたも間一髪で砲撃を避ける。
(くそっ……こっちはマリーが乗ってるんだ。このまま戦う訳には……)
そう考えているのは、何もレンだけではなかった。ゼロ自身もまた、戦闘を躊躇うかのようにジリッと僅かに後退りながら、デスキャットを睨み付ける。
その挙動に気付いたのは、レンにしがみついているマリーベルだった。
(やっぱりそうだわ。レン様が操作していないのに、この子、自分で後退った……)
単座機の狭いコックピット内でレンの膝の上に腰掛け、彼にしがみついている状態だからこそ、マリーベルはレンの一挙一動が全て手に取れる状態だ。勘違いである筈が無い。
皇女である自分を守る為、レンが可能な限り戦闘を避けようとしているというのは、マリーベル本人も分かっている。しかし、先程の威嚇といい、この後退りといい、まるでライガーゼロ自身も戦闘を躊躇っているかのようだ。
もしかしたら、ゼロは……そんな彼女の思考を他所に、デスキャットの電磁クローが再び迫る。
「ッ!!」
やはりその一撃も寸前で躱しながら、レンも妙な違和感を覚えていた。
(おかしい……)
デスキャットの強さは、他ならぬレン自身が身を以って知っている。そんな相手が、こうもギリギリで躱せる程度の攻撃を立て続けに繰り出すだろうか?
これはまぐれでもなければ、自分が成長したからでもない。あのパイロットは、敢えて躱せる程度の攻撃しか繰り出していないのだ。
訝しむレンの膝の上で、ふと、マリーベルがレンにしがみ付いていた手を放し、ライガーゼロのメインパネルに触れて訊ねた。
「ゼロ……あなた、もしかして……」
「マリー離れるな! 怪我しちまう!」
叫ぶレンの声を無視し、攻撃を避ける際に激しく振られる体を、両手で精一杯支えて、マリーベルは意を決したようにゼロへ訴えた。
「ゼロ! どうか私達の事は気にしないで、戦って下さい!」
「マリー?……」
その言葉に、レンは思わず目を見開いた。それは言葉を投げかけられたライガーゼロも同様だったのだろう。戸惑うような声を微かに上げ、ライガーゼロは動きを止める。
突如動きを止めたライガーゼロへ、一気に攻撃を畳み掛けようとしたデスキャットだったが、追い付いたジークドーベルに背後から飛び掛かられ、
『レン! 何をしてるんだ! 早く行け!』
「いいえ! いけません!」
通信に響いたルーカスの呼び掛けに対し、首を横に振ったマリーベルはゼロへ語り掛ける。
「ゼロ。あなたは優しい子だから、遠慮しているのでしょう? 私だけではなく、大切な主であるレン様を守る為に……」
「グルル……」
マリーベルの言葉を肯定するように、小さく鳴いたライガーゼロ……そのやり取りを眺め、レンは何かがストンと腑に落ちた表情を浮かべた。
デスキャットと睨みあった時、ライガーゼロはこれまでに無い程の威嚇姿勢を取っていた。あれは、一度負けた相手であるデスキャットを警戒していた訳ではなかったのだ。体を固定する為の安全バーも使えず、今はただ逃げるしか術の無い自分とマリーベルを守る為、ライガーゼロは我が子を守る母獅子が如く、デスキャットを威嚇で追い払おうとしていたに違いない。
もう二度と、レンに怪我をさせない為に……
「ゼロ……お前……」
レンも、そっとメインパネルに触れる。
そんなレンを、マリーベルが振り返った。
「戦いましょう。レン様」
「けどっ……」
「シュバルツ少佐も聞いて下さい。これは全て彼等の罠です」
「え?!」
思わず声を上げたレンの前で、通信画面に表示されたルーカスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
『なるほど……彼等は余程、性格が悪いらしい……』
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! いったいどういう――」
『よく考えろ! お前がヴァルフィッシュに向かっている事は、奴らから見ても明白の筈だ! なのに何故奴はお前を殺そうとしない?!』
その言葉でようやく、レンもハッとした。
何故、デスキャットが本気で自分を仕留めようとしないのか? それは恐らく、ライガーゼロを敢えてヴァルフィッシュまで逃げさせる為だ。
ホエールキングはその巨体故、離着陸にどうしても時間が掛かってしまう。当然、地上に停泊している間は回避行動など全く取れない。逃げ切れば此方の勝ちだと思っていたが、それは完全に間違いだった。無事に逃げ込み、此方の気が緩んだ瞬間、荷電粒子砲でヴァルフィッシュ共々吹き飛ばす方が、遠方から機動力の高いライガーゼロを直接狙うより確実だ。
「……此処で、勝つしか無いって事か……」
やっと
逃げるに任せていれば良い物を、デスキャットはわざわざ此処まで追いかけて来た。恐らく、此方が敵の作戦に気付いた場合、此処に足止めするのが目的なのだろう。
助かる為には、いつ飛んで来るか分からない荷電粒子砲を警戒しつつ、デスキャットを速やかに倒してヴァルフィッシュから離れるしかない。
「……グルルッ」
ふと意を決したように、ライガーゼロが顔を上げた。
それと同時に、メインパネルのモニターにウインドウが表示される。
[
[Yes][No]
そのメッセージを読んだレンの脳裏に、トーマの言葉が蘇った。
―レン。もうこれ以上どうにもならない。これしか道が無い。という場合以外“絶対に使わない”と、約束出来るか?―
~*~
「実はな、ライガーゼロのゾイドコアにも、制御リミッターが掛けてあるんだ」
換装中のライガーゼロを見上げながら、トーマが告げた一言。
それは、専属パイロットであるレンすら知らなかった、リミッターの存在についてだった。
「制御リミッター? なんでゼロにもリミッターが……」
「こいつのコアが、バンのブレードライガーのクローンコアをベースにしているからさ」
バンのブレードライガーは、かつて乗り手であるバンの成長に合わせ、ジークが大幅な性能強化を施している。バンただ1人にしか扱えないほどの、過激な性能強化を……
どれほど過激だったかと言えば、フィーネがバンの身を案じ、ジークを止めようとした程だったらしい。
その瞬間はトーマも当時目撃しており、テスト中だったブレードライガーは前代未聞の稼働数値を叩き出した。当然、パイロットにも計り知れない程の負荷が掛かっているのは明らかだったが、バンはそんなライガーのコックピットで、仲間の心配を他所に笑っていたのだそうだ。
正直その話を聞いたレン自身も、改めて「父ちゃん人間辞めてんなぁ……」と思ったくらいである。
そんなピーキーなブレードライガーのクローンコアへ、オーガノイドシステムを搭載し、改良を加えたライガーゼロ-プロトは「クローンはオリジナルより性能が劣る」という常識を覆した。ブレードライガーと同等のポテンシャルを保つ事に成功したのだ。
だがそれは、ライガーゼロ-プロトもブレードライガー同様、一歩間違えばパイロットの命を奪いかねない性能を持つゾイドであるという事。バンならいざ知らず、新人のレンを専属パイロットに据えるのは本来有り得ない。
しかし、ゼロ自身がレンを選び、他の人間をパイロットとして認めなくなってしまった為、トーマはリミッターを掛けたのだ。
いつか、レンがバンと肩を並べられるようなゾイド乗りに成長するまで、ゼロがレンの命を奪ってしまう事がないように……
~*~
しかし今、ライガーゼロは「戦え」と言うマリーベルの言葉に背中を押され、「此処で勝つしかない」というレンの思いを感じ取り“全力で”デスキャットに立ち向かう事を自ら望んでいた。
―ボクは覚悟を決めた。だから後は、レン次第だよ―
そんなライガーゼロの思いが、伝わってくるような気がした。
レン自身も、自分1人なら躊躇わず[YES]を押していただろう。しかし、護衛対象である皇女を乗せた状態で、敵と交戦するなど御法度だ。あまりにも危険過ぎる上に、万が一の事があれば取り返しが――
「……えい」
「ちょ?! マリー!!」
最後の最後までマリーベルの身を案じ、悩んでいるレンに痺れを切らしたのか、他ならぬマリーベル自身が、容赦無く[YES]ボタンを押す。
思わず悲鳴のような大声を上げたレンを振り返って、マリーベルはにっこりと笑った。
「大丈夫です。私はレン様とゼロを信じておりますから」
はにかんでみせるマリーベルに、何処か諦めの付いたような笑みを向けた後、レンは操縦レバーを握り直しながら呟く。
「……ったく、変なとこで肝が据わってるよな。マリーは……」
「当然です。私はレン様の教え子ですもの」
「言ってくれるぜ……」
メインモニターに映るデスキャットをキッと見据え、レンは静かに囁いた。
「リミッターを解除したゼロの動きは、ロイヤルセイバーの比じゃないからな。絶対に俺から離れるなよ」
「はい!」
再びマリーベルがぎゅっとレンに抱き着く。
レンも覚悟を決め、相棒へと呼び掛けた。
「行くぞ! ゼロ!!」
「ガルォォォッ!!」
力強い咆哮を上げ、ライガーゼロがデスキャットへ飛び掛かった。
~*~
その頃、ブレードイーグルは皇居ミレトス城から遠く離れた森の上空に居た。
第三陸戦部隊を襲った荷電粒子砲によって、本来木々が生い茂っていた筈の場所は一直線に焼き払われ、まだ煙を上げている。しかし、ヤークトジェノザウラーが居たと思しき場所は、既にもぬけの殻であった。
「流石に移動してるわね……」
周囲へ痕跡を残しにくい遠距離狙撃系の装備を施したゾイドならば、狙撃ポイントを変えずに潜伏し続ける事の方が多いが、周囲に多大な発射痕を残してしまう荷電粒子砲搭載機は、撃つ度に場所を移動し身を隠さなければ、すぐに発見されてしまう。ある程度時間も経っている以上、姿を消しているのは想定内だった。
とはいえ、この森の何処かで次の発射タイミングを狙っているのは確実だろう。シーナはそう考えレーダーを起動し……ふと笑みを浮かべた。
「……なるほど。イーグルが来るのは想定済みって訳。なかなか用意周到じゃない」
レーダーに映ったのは、森の中に点在する無数の反応。
一見、敵軍の第二陣がこの森で待機しているように見えるが、ステルス機でもないイーグルの存在など、彼方もとっくに把握済みの筈。単機でのこのこ飛んで来たというのに、全く攻撃して来ないのは不自然だ。
更に不自然なのは、どの反応も“2つずつ”点在している事。恐らくヤークトが護衛のゾイドとツーマンセルで行動しているから、デコイも2つずつ配置し、此方を攪乱している。といった所だろう。それならば撃って来ないのも頷ける。攻撃に使用した搭載火器から機体を特定されるのを防ぐ為に違いない。
(姿が直接“視認出来ない”って事は、恐らく光学迷彩……面倒な奴)
宵闇の中、森の木々の下にジッと身を潜めたゾイドを発見するのは難しいが、現代人を遥かに超える視力を持つシーナであれば、けして不可能ではない。なのに、どんなに目を凝らそうと何も見えないという事は、森に潜む敵は全員光学迷彩を使用している。これだけ念入りに姿を消されては本命とデコイを見分ける事は不可能だ。
レーダーによる索敵だけが頼みの綱となる状況を作り出し、そこにデコイを配置する事で、実に上手く本命を隠している……やっている事そのものは比較的単純だが、このデコイだらけのレーダーの中から一発で“ビンゴ”を引き当てるのは、ほぼ不可能と言って良い。
かと言って、虱潰しに攻撃するには数や立地からしてあまりに非効率的だ。
本命を攻撃するチャンスがあるとすれば……
(次の荷電粒子砲を発射しようとした所で一気に叩くしかない……)
―しかしシーナ様。我々が頭上に居ると知った上で、奴は荷電粒子砲を撃つでしょうか?―
ブレードイーグルの言葉に、シーナは薄い笑みを口元に引いて見せる。
「これだけ大掛かりな仕込みをしてるのよ? 心配しなくても撃つに決まってるわ」
この言葉の直後、彼女は猟魔竜の荷電粒子砲発射を阻止する為、厄介な敵と交戦する事になる。