ZOIDS-Unite-   作:kimaila

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第6話-約束のお守り-

 ゾイドを操り戦闘データを集める怪しいディスク……

 パイロットの意思に関係なくゾイドが勝手に学習して戦うとなりゃとんでもない事だ。

 俺らの仕事に支障が出るのはともかく……心配なのはこれから旅立つカイと桜姫の方だな。

 また次に会う時まで、どうか達者でいて欲しいもんだが……

 [アサヒ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第6話:約束のお守り]

 

「よっしゃ! これでもう大丈夫だ!」

 

 カイは目を輝かせながら思わずガッツポーズをとる。

 その手には新たに発行して貰った真新しい通帳とキャッシュカードが握られていた。

 苦笑を浮かべる銀行の受付嬢へ笑顔でありがとうございました。と告げると、彼は早速預金をいくらか引き出して財布に収め、宿へ向かう。

 これでやっと金銭の心配をせずに自由に行動出来る。また気ままに空を飛んで行ける……

 だがそれは、この一週間世話になったザクリス、アサヒの2人とまた別れるという事でもあるのをカイは知っていた……

 

(……シーナの奴、寂しがるかな……)

 

 ふとそんな事を考えてしまう。

 仕事納めであった昨日、世話になった市場の食料品店の店長に別れの挨拶をした際に、店長はこれからまた旅に出る自分達への餞別だと言って缶詰や保存食をプレゼントしてくれた。それも廃棄間近の賞味期限の差し迫った物ではなく、店頭に並べておけるような良い物ばかりを……その瞬間にぽたぽたと涙を零しながら泣き出してしまったシーナを彼はぼんやりと思い出していた。

 良い人達に出会えるのは素直に嬉しい事ではあるが、その分別れはやはり寂しいものだ。

 家を飛び出したあの日から気ままな一人旅を続けて来たカイですら、繰り返す別れを名残惜しいと感じてしまうのだから、シーナにとってはきっと何十倍も寂しいに違いない。

 

「あ。そうだ」

 

 カイはふと呟いて宿の前を通り過ぎ市場街へ向かう。

 少しでもシーナを元気付けられれば良いなと思いながら、彼はとある店へと向かった。

 

     ~*~

 

 宿へ戻って来たカイは先にザクリスとアサヒの部屋へ顔を出した。

 

「よう。遅かったな。銀行込んでたのか?」

「いや、ちょっと寄り道して来た」

 

 不思議そうに訊ねて来たザクリスへそう答えながら、カイは彼らを交互に見た。

 既に荷物は綺麗に纏められており、いつでも出発出来る状態になっている。

 見慣れた光景の筈なのに、妙に別れの実感が込み上げて来たカイは珍しくポツリと呟いた。

 

「なんか……こんだけ長く世話になったのも久しぶりだったし、やっぱ少し寂しいなぁ……なんつって」

 

 そこまで言って照れ臭くなったのか、誤魔化すような笑みを浮かべた彼に、ザクリスとアサヒは何処か可笑しそうに顔を見合わせて笑った。

 

「まぁ、俺らもなんだかんだお前さん達と離れるのはちょいとばっかし寂しいよ。弟妹と離れるような気分になっちまう」

 

 アサヒが穏やかな顔で優しく呟く。

 不意打ちのようなその言葉に思わず目頭が熱くなりかけたカイの目の前に、ザクリスがずいっと二つ折りにした紙切れを差し出した。

 

「まぁ湿っぽいのもなんだ。コレでも受け取って、サッサと出発させてくれ」

「なんだよ。コレ」

 

 不思議そうに紙切れを受け取ったカイは、そっと折り目を開いて書かれた文面に目を通す。

 特徴的なザクリスの細い走り書きで綴られていたのは、この1週間の宿代。食事代。用心棒代等々……だが、その横に書かれた数字は全て「0」だ。

 

「え? ザクリスこれ―」

 

 思わず目を見開いて顔を上げたカイの頭を、ザクリスはニヤッと笑ったままくしゃくしゃと撫でた。

 

「おっと。ちゃーんときっちり領収切ってやったんだから抗議は聞かねぇぞ。じゃねぇと気が変わってとんでもねぇ金額吹っ掛けるかもしれねぇぜ??」

 

 そう言って意地の悪い笑みを浮かべるザクリスを見上げた視界が滲む……

 カイは思わず下を向いてギュッと目を閉じた。

 

「悪ぶって見せたって、お前らがっ……そういう事しねーのくらいわかってんだよっ。ばーか……」

 

 閉じた目の端から溢れる涙を誤魔化すように憎まれ口を叩くカイを見つめ、彼らは困ったように笑い合う。

 アサヒがカイの肩を励ますように優しく叩いて涙を拭いてやりながら口を開いた。

 

「カイ。どんなに背伸びをしたところでお前さんはまだ子供なんだ。だから困っとる時は頼ってくれて構わんよ。それに応えてやるのが、大人である俺らの役目だ。そうだろう?」

「うん……ありがとう……」

 

 ぐすっと鼻をすすりながら顔を上げたカイに、ザクリスがふと真剣な顔で口を開いた。

 

「なぁ。カイ」

「何?」

 

 残りの涙を拭きながらカイはザクリスを見上げる。

 彼は穏やかな声で諭すように言った。

 

「誰かと一緒に旅をするってのは、簡単じゃねぇ。確かに一人の時と違って楽しい事や協力し合って乗り越えられる事だって増えるが、それだけじゃない。一人の時に簡単に出来てたような事が出来なくなっちまう。それは、お前もわかってるよな?」

「……ああ。わかってる」

 

 真っ直ぐに自分を見つめ返して来る目の前の少年の、そのまだあどけなさの残る薄紫色の瞳を、切れ長の青い瞳が静かに見つめる……

 彼はふと、カイの腰のホルスターに収まっている拳銃へ視線を移して問いかけた。

 

「俺がお前にその拳銃をやった時に言った事……覚えてるか?」

 

 カイはその言葉に少しきょとんとした顔をして腰のホルスターをそっと見つめる。

 家を飛び出したばかりの頃、初めてこの2人と出会った時の事をカイは今でもハッキリと覚えていた。

 2人は色んな事を教えてくれた……その時、ザクリスが自分に銃の扱い方とこの拳銃をくれたのだ。

 

「……これはお前の命綱だ。だから自分の身を護る時にだけ使え。それ以外の事には絶対使うな。もしそれが守れないなら……俺がお前を殺す。だろ?」

 

 当時言われた言葉を噛み締めるように復唱しながら、カイはザクリスを見上げた。

 ザクリスは静かに頷いてカイを再び見つめる。

 

「その言葉はただの脅しじゃねぇ。武器を持つって事の本質だ。だから当然、ブレードイーグルにだって同じ事が言える。ゾイドだって一歩間違えば簡単に殺戮の道具に化けちまうし、それを決めるのは乗り手の心一つだからな。これからシーナと一緒に旅を始める以上、その拳銃も、ブレードイーグルも、自分とシーナを守る為に使え。自分一人だけを守ってれば良かった頃とは比べ物にならねぇ程難しい事だが、約束出来るか?」

「……勿論。って即答したいとこだけど……正直言うとさ、まだ実感湧かねぇんだ」

 

 カイはもう一度ホルスターを見下ろし、そっと片手をホルスターへ添えた。

 

「今まではその約束を守るの簡単だったけど……自分以外の誰かを守るって……その命を預かるって初めてだからさ。俺、ユナイトを起こす時に自分に誓ったんだ。最後までユナイトとシーナの面倒を見るって。勿論自分が決めた事だから、その誓いに後悔はない。でも、その為に一体何をすれば良いんだろう? って、いつも頭の隅で考えてる自分が居るんだ」

 

 彼はザクリスの青い瞳を真っ直ぐに見上げて言った。

 

「だから、教えて欲しいんだ。甘ったれんなって言われるかもしれないけど……シーナを守る為に、その新しい約束を交わす為に、一番必要な事を」

 

 ザクリスはそんなカイにふっと笑った。

 

「甘ったれんな。……て、言ってやろうかと思ったが……弟子の質問に答えてやれるのは師匠だけだよな」

 

 彼はそう言ってカイの頭にぽんっと手を乗せる。

 射抜くような真剣な眼差しで、彼は一言こう言った。

 

「絶対に死ぬな」

 

 鋭さすら感じるようなその真剣な声とは裏腹に、名残惜しそうにカイの頭を一撫でして離れたその手は、驚く程優しかった。

 

「この意味は自分で考えろ。きっと、行き着く答えは俺と同じだ」

 

 そう言ってニヤッと笑ったザクリスに、カイは一度だけしっかりと頷く。

 

「約束するよ」

「おう」

 

 若い師弟が静かに微笑み合った時、ふと部屋の扉をノックする音が響いた。

 

「ザクリス、アサヒ、カイ見なかった?」

「おん。こっちにおるよ」

 

 いつもの穏やかな声でアサヒが答えると、シーナがそっと扉を開け顔を覗かせる。

 彼女はカイを見た瞬間、ホッとしたような笑顔を浮かべて部屋に入って来た。

 

「良かったぁ。なかなか帰って来ないから心配しちゃった」

「わりぃ。シーナ。ちょっと2人と話込んじまってさ」

 

 苦笑を浮かべるカイに、シーナが鈴のなるような声でクスクスと笑う。

 

「今日でしばらくお別れだもんね。ねぇザクリス、アサヒ、コロニーの入り口までお見送りに行っても良い?」

 

 昨日店長との別れを寂しがり泣いていたシーナが自分から見送りを申し出ると思っていなかったカイは、思わず目を見開いて彼女を凝視する。

 そんな彼の隣で、ザクリスは愉快そうにニヤッと笑った。

 

「お? 泣き虫カイと違ってシーナはしっかりもんだな」

「あー?! ひっでぇ! そういうのは普通秘密にしといてくれるもんだろ?!」

 

 からかうような視線を投げかけてくるザクリスに、カイが何処かわざとらしく大声を上げる。

 そんなやりとりにアサヒとシーナが微笑ましげに笑い合えば、彼らを取り巻く空気は居心地の良い優しく穏やかな温度にふわっと染まって、しばしの別れの前であるのがまるで嘘であるかのように、ザクリスも、そしてカイも自然と笑い声を上げていた。

 

     ~*~

 

「じゃ、2人とも元気でな」

「おう。お前らもな」

 

 カイとザクリスが握手を交わす。

 その隣ではシーナとアサヒも握手を交わしていた。

 

「また何処かで会えると良いね」

「おん。それまで桜姫も達者でな」

「たっしゃ?」

「元気で健やかにあってくれよという意味さ」

「うん!」

 

 笑顔で別れの挨拶を交わす中、ただ一人ションボリしているのは心優しい桜色の恐竜だけだ。

 

「グォゥ……」

 

 しゅんと項垂れる頭と、地面に力なく伸びる尾は一目で寂しがっているのがよくわかる。

 ザクリスはそんなユナイトの頭を軽く叩き、からかうように笑った。

 

「そんなに離れたくないなら、お前も一緒に来るか??」

「グォ?! グオグオグオ!!」

 

 ギョッとした様子で顔を上げたユナイトはぶんぶんと首を横に振る。

 その様子を見てザクリスは苦笑し、アサヒもケタケタと笑い声を上げた。

 

「お前さんには俺らの大切な弟妹を守ってもらわにゃならん。どうかまた会う時まで、2人を頼んだぞ。ユナイト」

「グオ!」

 

 アサヒの言葉に力強く頷いたユナイトを見て、彼らは互いに顔を見合わせ笑い合った。

 最後に笑顔で手を振って、彼らはそれぞれの愛機へ乗り込む。

 イセリナ山方面へと駆け出した青い虎と赤い狼の後ろ姿を、カイ達は見えなくなるまでずっと見つめていた。

 

   ~*~

 

「やれやれ。お前さんホントに変な所で見栄っ張りだよなぁ」

「うるせぇっ……」

 

 ぐすっと鼻をすする音を通信越しに聞きながらアサヒが苦笑する。

 宿の部屋で珍しくカイが泣いたものだから、今頃になって柄にもなくもらい泣きでもしたのだろう。

 ザクリスは音声通信だけで映像を送って来ない。

 

「なぁに。ユナイトとブレードイーグルが付いとるんだ。あのディスクを搭載したゾイドに襲われたとしても無事に切り抜けてくれるだろう。そう心配しなさんな」

「心配してねーよ。あいつは俺の一番弟子だぞ。簡単にくたばるか」

「そうさな」

 

 穏やかにそう呟きながら、アサヒはふと考え込む。

 

(どちらかと言えば……カイが意識共有で無茶をせんかどうかの方が心配だなぁ……)

 

 カイとザクリスは性格がよく似ている。

 自分の為よりも、他人の為に一生懸命になれるその優しさは、頼りになる半面不器用で……そして、酷く危うい。

 だからこそ「絶対に死ぬな」という言葉の本当の意味をカイが痛感する時は、きっと大きな代償を伴う事になるだろう。ザクリスがそうであったように……

 だがそういう経験をしなければ、きっとあの言葉は言葉で終わってしまう。それはアサヒも分かっている。

 もしかしたらザクリスは、そこまで全て見通した上であの言葉を贈ったのかもしれない……

 

(自分と同じ目に遭って欲しくない。という思いの裏返しなのかもしれんな……)

 

 ぼんやりと考えながら牙狼(ガロウ)を走らせるアサヒに、ザクリスが音声通信を映像通信に切り替え声をかける。

 

「おい。何ぼんやりしてんだ。これから山越えなんだぞ」

「おん。わかっとるよ。お前さんも視界は滲んどらんだろうな?」

「泣いてねぇっつってんだろ。ばーか」

 

 そう言ってブツンッと途切れた通信に苦笑しながら、アサヒは呟いた。

 

「ホントによく似た奴等だ。なぁ? 牙狼(ガロウ)

「ガァーフ」

 

 全くだ。とでも言うかのような牙狼(ガロウ)の返事に、アサヒはやっぱり苦笑した。

 

     ~*~

 

 一方、カイとシーナ、そしてユナイトの3人は宿へ戻っていた。

 

「俺、てっきりまたシーナが泣くんじゃねーかと思ってた」

 

 荷物を纏めながらカイがふと呟くように言えば、シーナは苦笑しながらカイを見つめる。

 

「私も泣くんじゃないかって思ってたけど……でも、ザクリス達とはまたすぐ会える気がするから」

「そっか」

 

 カイは微笑みながら纏め終えた荷物を床に下ろす。

 ベッドの端に腰かけながら、彼は向かいのベッドに腰かけているシーナへ問いかけた。

 

「シーナ。これから旅に出る事になるけど何処に行きたい?」

「何処って言われても、私この時代の地理わらないよ?」

 

 困ったようにシーナは笑うが、ふと、彼女はカイを見つめる。

 

「でもね。私やりたい事が出来たの」

「やりたい事?」

 

 訊ね返すカイへ、彼女は静かに頷く。

 

「私、自分の途切れた記憶を取り戻したい。自分の事を思い出したいの……忘れたままの方が良い記憶かもしれないけど……それでも、私は自分の事を知りたい」

「それが、シーナのやりたい事なんだな?」

「うん」

 

 カイは静かにシーナを見つめ返した。

 自分は空を飛べれば良い。今まではそれ以外の目的など特に無い一人旅だったのだから、シーナが自分の記憶を取り戻す旅をしたいと言うのなら断る理由などない。自分がやる事は今までと同じだ。

 

「形の無い物を探す旅って、なんだか難しそうだよな」

 

 何処か楽しげに、カイは笑う。

 シーナはきょとんとしてそんな彼を見つめた。

 

「うん……でも、カイなんだか楽しそうだね?」

「だって面白そうじゃん。目的はあっても目的地は無い。俺好きだぜ。そういう旅」

 

 カイはそう言ってニヤッと笑って見せると、腰かけていたベッドから立ち上がり、ポケットから小さな紙包みを取り出してシーナに差し出した。

 シーナは首を傾げて、差し出された紙包みを受け取る。

 

「これ、なぁに?」

「開けてみろよ」

「うん」

 

 不思議そうに頷きながら、シーナは包みを開く。

 中から出て来たのは、このサンドコロニーへやって来た際にカイが買ってやると約束してくれた、あの銀色の鷲のペンダントだった。

 

「約束したろ? 預金下ろせるようになったら買ってやるって」

「カイ……」

 

 驚いた様子のシーナの隣に腰かけ、カイは彼女の手の中で煌くペンダントを眺めながら言った。

 

「このペンダントを買ってやるって、俺とお前が初めて約束した事だったよな」

「うん」

「だから、シーナとそのペンダントに誓って約束してやるよ。シーナのやりたい事に最後まで付き合うって。俺はずっとシーナの味方だって。まぁ、空を飛ぶしか能の無い俺なんかじゃ頼りになんねーかもしれねーけど」

 

 そう言ってカイはチラッとシーナを見る。

 彼女は目を潤ませながらペンダントを見つめていた。

 

「……私ね、ホントはずっと怖かった」

 

 不意に、小さな声でシーナは呟いた。

 

「途切れた自分の記憶が矛盾だらけで……自分が一体何なのか怖くなって……カイも、ザクリスも、アサヒも、店長さんやコロニーの人達も優しくしてるのに、不安でたまらなくて……ふとした時に、なんだか……まるで独りぼっちみたいな気持ちになって……自分が一体何なのか知りたい。その為に記憶を取り戻そうって決めたけど……それでも、怖い気持ちはずっと変わらなかった」

「シーナ……」

「でも、カイが味方でいてくれるって言うなら、そう約束してくれるなら……私、もう怖がるのやめる」

 

 シーナは両手でギュッとペンダントを包み込むように握り締め、カイを見上げる。

 その顔は、笑顔だった。

 

「ありがとう。このペンダント、約束のお守りにするね」

「約束のお守り。か……」

 

 カイはふと、自分の腰のホルスターに収まっている拳銃をチラッと見る。

 約束のお守り……それはきっと自分のこの拳銃にも言えるのかもしれない。

 兄貴分であり、師匠でもあるザクリスと交わした大切な約束の、その証なのだから……

 

「……そうだな。誰かと約束するって事は、約束する相手が必要だから……独りぼっちじゃないって証にもなるしな」

「独りぼっちじゃない証……」

「ああ。だから大切にしろよそれ」

「うん! 勿論!」

 

 シーナは嬉しそうに頷くと、早速ペンダントを付ける。

 彼女は胸の上で煌いた銀色の鷲を愛おしそうに一撫ですると、上着の中に大切そうにしまって立ち上がった。

 

「じゃぁ、私達も出発しよう。行き先なんてないけれど」

「おう。行き先なんか無くて上等だ。俺はそういう旅の方が得意だからな」

 

 カイも立ち上がり荷物を担ぐ。

 2人は揃って宿を後にした。

 

   ~*~

 

「あ。そうだ」

 

 ブレードイーグルを駐機している北口へ向かいながら、カイはふと思いついたように呟く。

 隣で不思議そうに首を傾げたシーナに、彼は言った。

 

「そういえばもう一つ、シーナに買ってやろうと思ってたもんがあるんだ。出発する前にちょっと市場街に寄って行こうぜ」

「うん。良いけど……一体何を買いに行くの?」

「店に着くまでのお楽しみ」

 

 カイはそう言ってシーナと共に市場へ向かう。

 やって来たのは小さな雑貨屋だった。

 カイはとある陳列棚の前まで歩いて行くと、シーナに訊ねた。

 

「なぁ、どれが良い?」

「どれって……これ、なぁに?」

「財布」

「お財布??」

 

 シーナは不思議そうにカイを見上げる。

 ああ。こりゃ分かってないな。と察したカイは苦笑を浮かべて口を開いた。

 

「だってお前、自分が働いた分の給料、全部俺に預けてただろ? だからシーナの財布買ってやろうって実はちょっと前から思ってたんだ。スカーズの連中に追い掛け回されたり、あのディスクを見つけたりでなかなか買いに来れなかったけどさ」

「でも、私お金持ってたって何に使えば良いかわからないし……」

 

 戸惑った様子のシーナに、カイはまた苦笑する。

 

「そんな難しく考えなくたって、自分の欲しい物や必要な物買うのに使えば良いんだよ」

「必要な物??」

「だって自分の物殆ど持ってないだろ? そういうのだってそのうち絶対無いと不便だなって思うようになるぜ。欲しいな。必要だな。って思った時に自分で買える方が便利だろ?」

「あ、そっか」

 

 シーナは納得したように頷いて棚を眺める。

 彼女は少しして、棚の端の方に並んでいた財布を手に取った。

 大きな赤色のがま口財布で、桜の柄が入っている。

 

「このお花、シーナにそっくり」

「え??」

 

 彼女の呟きに、カイが首を傾げる。

 

「まぁ、確かにお前に似てるっつったら似てるけど……」

 

 怪訝そうな顔をするカイに、シーナは照れたように笑いながら言った。

 

「あ。違う違う。私に似てるって意味じゃなくて、シーナって花があるの。その花とそっくりだからつい……」

「え? シーナって花の名前なの??」

 

 驚いた様子のカイに、シーナは頷く。

 

「うん。私の名前は、お父さんがその花の名前から付けてくれたの。私のフェイスマークがシーナの花そっくりだからって」

「へ~ぇ……って事は、桜とシーナってよっぽどそっくりな花なんだな」

「サクラ??」

 

 カイがシーナのフェイスマークと、彼女が手にしているがま口財布の桜柄を交互に見ていたのも束の間。

 彼女の一言を聞いた瞬間、彼はハッとした様子でシーナへ訪ねた。

 

「あれ?! もしかしてお前桜知らねぇの??」

「え? うん」

「じゃぁ、アサヒが付けた桜姫ってあだ名、意味わかってなかったって事か?」

「うん……でも、姫って呼ばれるのちょっと嬉しかったから、そのあだ名結構お気に入り」

「マジかぁ……お前桜の花知らなかったんだな」

 

 カイはそう言ってタブレットを取り出す。

 桜の写真を検索して彼は画面をシーナへ見せた。

 

「ほら。これが桜の花」

「へぇ~。桜って木に咲くんだね。でもシーナの花にホントにそっくり」

 

 画面に表示された桜の木を見て、シーナが目を輝かせる。

 彼女は画面の桜と手にした財布の桜柄、そして自分の髪を順番に見てから照れたように笑った。

 

「そっか。アサヒはこの花の色と私の髪の色がそっくりだから桜姫って呼んでたんだね」

「ああ。まぁついでに俺達にとってはシーナのフェイスマークも桜そっくりに見えるし、尚更だったんじゃねーか?」

「えへへ」

 

 シーナは手にした桜柄のがま口財布をもう一度眺めてから、笑顔でカイをみあげた。

 

「私、この桜のお財布がいい」

「だな。シーナにピッタリだ」

 

 シーナから財布を受け取ると、カイは店のレジカウンターへ財布を持って行き、会計を済ませる。

 すぐに使うからと値札だけ切ってもらった財布に、早速預かっていたシーナの給料を入れると、カイは財布を彼女にしっかりと渡した。

 

「鞄とか持ってねぇんだから、絶対落とすなよ?」

「うん!」

 

 シーナは嬉しそうに財布を受け取ると、キュロットスカートのポケットへ財布をしまう。

 彼女はカイを見上げて幼い子供のような無邪気な笑顔で笑った。

 

「お財布ありがとう。大切にするね」

「ああ。じゃぁ行こうぜ。ユナイト~行くぞ~」

 

 シーナの笑顔に笑顔で答え、カイは店の前で大人しく待っていたユナイトに声をかける。

 二人と一匹はブレードイーグルの元へと再び歩き出した。

 

   ~*~

 

 カイ達がサンドコロニーを旅立った頃……帝国領郊外では春先の雨が音もなく大地を濡らしていた。

 絹糸のような細い雨に打たれる郊外のとある邸宅……その一室に彼女は居た。

 アンティーク調の家具で統一された上品な書斎で、彼女はデスクの上のラップトップに向かっている。

 琥珀色の柔らかな長髪に、エメラルドのような鮮やかな緑色の瞳。ラップトップのキーボードを操作するしなやかなその指は白く長く、特に化粧などしていないであろうにも関わらず、整えられた綺麗な爪も、その唇も艶やかな淡い薔薇色をしていた。絶世の美女という言葉すら霞んで響く程のその美貌は、冷たく鋭いその眼差しすらも何処か妖艶に魅せる。

 ふと、書斎の戸をノックする音が静かな部屋に響く。

 彼女がチラッと時計に視線を巡らせて見れば、時刻は丁度昼時になろうとしていた。

 

「入れ」

 

 短く声を掛ければ、ひょこっと扉から顔を覗かせる少女が一人。

 少女は無表情にラップトップへ向かう女性の姿を見た後、無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「お姉様。昼食の準備が整いました。ってシュタイネルが言ってるよ?」

「そうか」

 

 彼女はやはり短くそう答え、疲れたかのような短い溜息を吐く。

 そんな彼女の傍に少女は小走りに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「お姉様、大丈夫?? お休みの日までお仕事ばっかりで疲れない?」

「ああ。私が好きでやっている事だ。心配は要らない」

 

 微かな微笑を浮かべて女性はそう答えるが、ふと彼女は目の前の少女に問いかけた。

 

「クラウ。少し見て欲しい物がある」

「え? 何々??」

 

 嬉しそうに眼を輝かせた少女……クラウの前で、彼女はラップトップを操作する。

 再生が始まった動画に映っていたのは、鮮やかな紫色のアイレンズを持つ白黒の鷲型ゾイドだ……

 その瞬間、クラウは驚愕したように目を見開いて映像に映る鷲型ゾイドを見つめ、口を開いた。

 

「双星の守護鷲……」

「やはりそうか」

 

 女性は動画を一時停止し、画面いっぱいに表示されたまま止まった鷲型ゾイドを見つめながら、呟いた。

 

「データ集積ディスクを与えた盗賊団のレドラーから、4日前に送られてきた映像だそうだ」

「えー?!」

 

 クラウが驚いたような声を上げる。

 が、彼女は次の瞬間むすっとした顔で双星の守護鷲と呼んだ鷲型ゾイド……そう、ブレードイーグルを眺めて不機嫌な声で呟いた。

 

「こいつが目覚めてるって事は、きっと双星の片割れも目覚めてるって事だよね?」

「ああ。恐らくな」

 

 女性の短い返答に、クラウのむすっとした表情に憎しみのような険しさが混じる。

 

「お姉様。こいつ殺しちゃ駄目?」

「駄目だ。搭乗者の詳細が不明である以上、迂闊に始末する訳にはいかない」

「むぅ……」

 

 クラウは面白くなさそうに口をへの字に曲げるが、画面に映るブレードイーグルを見つめてボソッと呟いた。

 

「……お姉様は、コイツのパイロットが双星の片割れだったら……本物だったら、手に入れたいんだよね?」

「ああ」

「そしたら……クラウはいらない子になっちゃう?」

 

 微かに寂しそうな声音で、クラウは遠慮がちに女性へ訪ねた。

 女性はクラウの顔を見上げ、その白い頬を軽く撫でる。

 

「まさか。血の繋がりなど無くてもお前は私の妹だ。不必要だと切り捨てる訳が無い」

「ホント??」

「ああ」

 

 その言葉にクラウはパァッと笑顔になると、まるで幼い子供のように女性に抱き着いた。

 

「お姉様大好き!!」

「ああ。知っている」

 

 よしよしとクラウの頭を軽く撫でた所で、再び書斎の扉をノックする音が響いた。

 次の瞬間クラウは女性に抱き着いたままあからさまに不機嫌な顔で扉を睨み付け、一方の女性はそんなクラウの態度を全く気にする様子も無く、先程同様の感情の類の無い事務的な声で短く呼びかけた。

 

「入れ」

「はっ。失礼致します」

 

 入って来たのは屈強な青年であった。

 赤茶色の髪は短く整えられており、頬に付いた切り傷の跡よりも、鋭いその眼を彩る燃えるような真っ赤な瞳が印象的だ。

 そして何より、私服姿であるにも関わらず背筋をピンと伸ばし敬礼をするその姿はまさに軍人であった。

 

「なんの用?? ハウザー」

 

 不機嫌な様子を隠そうともせずに、クラウは部屋に入って来た青年……ハウザーを睨み付ける。

 ハウザーは慣れた様子でなんでもなさそうにクラウを見つめた。

 

「執事長殿が心配なさっていたのでお声を掛けに伺っただけだが?」

「クラウが呼びに来たんだもん。ハウザーは来なくて良いもん」

 

 ぎゅぅっと女性を抱き締めるクラウに、女性は困ったように微笑んで顔を上げた。

 

「クラウ。先に昼食を食べて来ると良い」

「えー?! やだやだやだ! お姉様と一緒にお昼食べるもん!」

 

 小さな子供のように駄々をこねるクラウに、女性は優しく言った。

 

「この守護鷲の事についてハウザー少佐とも少し話がしたい。夕食は一緒に摂ると約束しよう。だから、先に食べておいで」

「うぅ……約束だよ??」

「ああ。約束する」

 

 その言葉に、クラウは渋々女性から離れて部屋の扉へとぼとぼと歩いて行く。

 彼女はすれ違いざまにハウザーを見上げ、忌々しそうにベーッと舌を突き出すと、パタンと静かに扉を閉め部屋から出て行った。

 

「やれやれ」

 

 思わずハウザーがそう呟けば、女性は何処か微笑ましそうにフッと笑った。

 

「そう呆れてやるな。確かに少々言動に難はあるが、慣れればあれはあれで可愛らしいものだ」

「ですが、大佐のお仕事の妨げになるのは少々看過出来ません」

 

 そう言いながら、ハウザーはデスクの前まで歩み寄る。

 女性は、リラックスした表情で微笑みながらハウザーを見上げた。

 

「お前が思う程妨げになっている訳でもない。ユッカから報告のあった例の鷲型ゾイドを、クラウは「双星の守護鷲」と呼んだ……古代ゾイド人であるあの子がそう言うからには、恐らく間違いないだろう」

「では、所在不明であった双星の片割れも?……」

「ああ。あの守護鷲と行動を共にしている可能性が高い」

 

 彼女はラップトップの画面で一時停止させていた動画を閉じると、椅子から立ち上がる。

 

「鷲型ゾイドなどこの時代には存在しない。だが、何処へ行こうと人目に付く筈のゾイドであるにも関わらず、目撃情報は殆ど無かった。恐らくつい最近覚醒したばかりで、まだあまり人目に触れていないのだろう。守護鷲の足取りを掴むまでは少々時間が掛かるだろうが……無知な市民の好奇心は我々の味方だ」

 

 彼女は何処か愉快そうに語ると、ハウザーの隣へ歩み寄り、彼の真っ赤な瞳を真っ直ぐ見据えた。

 

「そうなれば、いよいよ本格的に我々も活動を開始する事になる。こうして二人きりになれる機会も更に減る事になるだろう。だからこそ今のうちに聞いておきたい。ザムエル。お前は何故私に付いてくると決めた?」

 

 女性の射抜くような視線を真っ直ぐ見つめ返すハウザーの口元に、ふと、笑みが浮かぶ。

 

「貴女にお仕えする以上、私の居場所は貴女のお傍以外にあり得ません」

 

 彼はそう言うと、女性の目の前に片膝をつき、深々と頭を下げる。

 

「我が人生。我が命。我が武功の全てに至るまで、貴女様に捧げる事を今一度お誓い申し上げます。アナスタシア=フォン=リューゲン様」

 

 女性……アナスタシアは目の前で膝をつくハウザーを見下ろし、何処か呆れたような声音で呟いた。

 

「自ら私と同じ茨の道へ飛び込むか。お前程愚直で誠実な男は他にはいまい」

 

 だが、そんな声音とは裏腹に、彼女の顔には微かに笑みが浮かんでいた。

 

「良いだろう。お前の忠誠。確かに受け取った」

「はっ」

 

 アナスタシアは立ち上がったハウザーを見つめ、穏やかに微笑む。

 

「シュタイネルの事だ。お前の分の昼食も準備しているだろう。共に食べてはくれないか?」

「はっ。不肖ながら、ご一緒させて頂きます」

 

 そう言って敬礼をするハウザーの顔にも、微笑が浮かんでいた。

 2人は連れ立って書斎を後にする。

 主が去った後の書斎に響くのは、いつしか激しさを増した雨が窓を打つ音のみであった……




[Pixiv版第6話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9644215
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