必要な物も揃ったし、私達は旅を始める事にした。
私の途切れた記憶を探す旅……きっと辛い記憶かもしれないけど、カイがずっと味方だって言ってくれたから。
だから、私も勇気を出そうって決めた。
いつか記憶を取り戻せたら、そしたら……アレックスにも会えるかな……
[シーナ]
[ZOIDS-Unite- 第7話:痛みの意味]
レドラーを失ったスカーレット・スカーズは、とある洞窟に居た。
LEDランプや燭台などで照らされただけの洞窟内は、昼間であるというのに薄暗く、若干気味が悪い。
だがそれでも、彼らが此処に居るのには訳があった。
事の発端はつい数時間前。グスタフに乗った無口なスキンヘッドの大男に砂漠のド真ん中で拾われた事に始まる。
その大男に連れて来られるがままにやって来たこの洞窟で、自分達を出迎えたのは……
「あらやだサム。一体何処で拾って来たの?その干からびかけの3人組」
声こそ男性だが、その口調やしぐさは間違いなく『オカマ』であろうと思われる洞窟の主。
中性的な顔立ちに線の細い体は間違いなくイケメンの部類だが、毒を孕んだような暗い赤色の髪と、冷たいミントグリーンの瞳が不気味でありながら何処か妖艶で、そう、一言で言い現わすならば蛇のような印象のオカマだ。
彼はサムと呼んだこのスキンヘッドの大男が人間を拾って来た事など大して気に留めていない様子で、まるで慣れっこだとでもいうかのように他の手下達へてきぱきと世話を命じ、一息吐いたら話を聞いてあげるわ。と言い残して洞窟の奥へと引っ込んでしまった。
手下達も何処か人の世話をし慣れている様子で着替えや飲み水を用意し、砂漠の熱ですっかり潰れてしまっていたスティーヴに至ってはサッサとベッドへ運び看病まで申し出てくれるという状態で、有り難さを通り越しここまで親切なのは何か裏があるのではないか?と怪しんでしまう程であった。
警戒心を抱きながらも、彼らの世話になる他ないスヴェン達は一通りの施しを受けた後、促されるまま洞窟の主であるオカマの青年の前に座り、自分達が砂漠を彷徨っていた経緯を話し始めたのだった。
「ふぅん。なるほどね……面白いじゃない。ピンク色のオーガノイドと、鷲型の飛行ゾイドだなんて」
スヴェンの話を聞いていたオカマ……アシュリーと名乗った青年が薄く笑う。
何処か自分達を嘲笑っているかのようにすら見えるその笑みは、彼の蛇のような印象をより蛇らしく見せるようで微かに背筋がゾワッとする。
だが、スヴェンは自分よりも年下であろうと思われるこの薄気味の悪い青年を真っ直ぐ見据えて、何処か懇願するかのような声音で言葉を続けた。
「ああ。あいつ等を捕まえりゃとんでもねぇ金になる筈だ。一つ手を貸してくれねぇか?? アシュリーさんよ」
彼の言葉に、アシュリーは至ってのんびりとコーヒーを啜った後で口を開いた。
「そうね。このディスクを使っても勝てない相手だなんて。久々に楽しめそうな獲物だもの」
彼は椅子の隣のサイドボードからとある部品を手にする……それは、スヴェン達がレドラーに組み込んでいたのとまったく同じ部品であった。
「良いわ。貴方達スカーレット・スカーズの面倒は当分の間、私達がみてあげる。その代わりビシバシ働いてもらうからそのつもりでいて頂戴ね」
彼はそう言ってまたコーヒーに口を付ける。
「サム。この3人の分のゾイドも何か調達して来てあげて頂戴」
「はい。ボス」
大男のサムが洞窟を出てゆく。
一体何処からゾイドを調達する気なのかは分からないが、正直そんな事はどうでも良い。
早くこの薄気味の悪いオカマとの話を切り上げたい。それがスヴェンの本音であった。
「ところで、一つ確認したいんだけど良いかしら?」
アシュリーが薄い笑みを浮かべたまま、獲物を眺める蛇のような眼差しをスヴェンへ向ける。
「そのオーガノイドと鷲型ゾイドを捕まえたとして、貴方達はどうしたいワケ? 話を聞いた限りだと、貴方達はそのオーガノイドや鷲型ゾイドよりも、その持ち主であるカイって情報屋の子を殺したいだけみたいに聞こえたけれど?」
「……まぁついでに言えば、クソガキカイだけじゃねぇ。ザクリスって賞金稼ぎとアサヒっていう傭兵も始末してぇ所だが……」
「……そう。じゃぁオーガノイドと鷲型ゾイドは私達が貰っても良いって事で間違いないかしら?」
アシュリーのその一言に、スヴェンは思わず言葉に詰まる。
彼よりも先にオーガノイドと鷲型ゾイドを見つけたのは自分達だ。
だが、助けてもらった上に自分達の報復の手伝いまでしてくれるというのだから、従わない訳にもいかない。
それに、彼に逆らわない方が良い決定的な理由をスヴェンはこの時点で悟っていた。
「……ああ。それで構わねぇ」
「そう。なら、契約成立ね」
彼は満足そうにそう言うと、席を立ちながら言った。
「貴方達のゾイドが調達出来次第、その鷲型ゾイドを追う事にするわ。それまではゆっくり体を休めてなさい。特にあのおデブちゃんの方……スティーヴだったかしら?砂漠の暑さにやられてすっかり寝込んじゃってるって話だし」
「ああ。恩に着るぜ」
彼の言葉にアシュリーは今一度微笑むと、また洞窟の奥へと引っ込んでしまった。
スヴェンは隣でずっと話の行く末を見守っていたオスカーを引き連れ、洞窟の外に出る。昼間の日差しに思わず目を細めながら空を見上げた彼に、オスカーは遠慮がちに声を掛けた。
「兄貴……良かったんですかい? あのオカマ野郎にオーガノイドとあの鷲型ゾイドくれてやるだなんて……」
「……ああ」
スヴェンは何処か諦めたような表情で呟くように言う。
彼はオスカーに静かに訊ねた。
「なぁオスカー。お前聞いた事あるか? 恐ろしく腕が立つってんで有名な「砂漠の
「え?ええまぁ……アレでしょ? 賞金稼ぎだって言われてたり、盗賊だって言われてたりする正体不明の……まさか兄貴、それがあのオカマ野郎だって言うんですかい? 砂漠の
驚いた様子のオスカーに、スヴェンは静かに頷いた。
「恐らく間違いねぇ……砂漠の
「え……」
サァッと青ざめたオスカーをチラッと見た後、スヴェンは再び空を見上げながら呟くように言葉を続ける。
「だが路頭に迷った挙句、奴の慈悲深さに縋ろうと自分から手下に加わりたがるゴロツキ共も後を絶えねぇんだと。手下達のあの面倒見の良さも、そういう連中の面倒をしょっちゅう見てるからだと考えりゃ辻褄は合う……俺達は既に
そう。
アシュリーが「砂漠の
下手に彼の要求を拒否する事も、ましてや裏切る事も、イコール「死」だ。
だが、噂が全て本当であるならば……彼の機嫌を損ねない限り自分達は彼に守ってもらえるという事でもある。
「まぁ。幸か不幸かそんな奴に拾われちまったんだ。こうなりゃ意地でもあのクソガキと青いのっぽと赤いチビに復讐して、後は……なるようになれ。だな」
「兄貴……」
オスカーの不安げな視線をわざと無視して、スヴェンは再び洞窟の方へ引き返えそうと振り返る。
その時丁度、洞窟内から出てこようとしていたアシュリーの手下の1人……パスカルという名の赤毛でそばかすの若い青年と鉢合わせた。彼はスヴェンとオスカーを見つけてにへらっと笑うと、特徴的なぼそぼそとした穏やかな声で2人に告げた。
「めし……できたよ」
「ああ。すまねぇな。今行く」
スヴェンは短く答えてオスカーと共にパスカルの後に続いて洞窟内へと再び踏み込む。
優しくも恐ろしい、
~*~
「よし。とりあえず昼飯にしようぜ」
その頃カイ達も、飛行中に見つけた泉の傍へイーグルを着陸させ昼食休憩を取ろうとしていた。
サッサとコックピットから降りて行ってしまったカイに、シーナは自分の足元に置かれた荷物を見た後、少し困ったような表情を浮かべて呼びかけた。
「ねぇカイ~! 何持って降りれば良い~?」
「あ。そっかそうだった」
シーナの呼びかけにカイが慌ててコックピットへ引き返す。
実はブレードイーグルには、長旅用の飲料水タンクや荷物の収納スペースといった物が全くついていない。
ゾイドのカスタムショップなどに持ち込んで付けて貰えば良い話ではあるのだが、古代ゾイドであるブレードイーグルをその辺のショップに持ち込むというのはなかなか厳しいものがある。
現代ゾイドの規格で作られたパーツはブレードイーグルとの互換性が殆ど無いので、下手をしたらワンオフの完全オーダーパーツになってしまう。そうなればパーツが仕上がるまで時間も掛かる上に当然値も張るのでなかなか手が出せない。
おまけにブレードイーグルはとにかく我が強過ぎるので、見ず知らずのショップ店員に触られるのを絶対嫌がるであろう事も容易に想像が付いた……最悪ショップの格納庫で大暴れでもされた日には……と考えると、そういった後付けのオプションパーツはことごとく諦めざるを得なかったのだ。
「わりぃわりぃ。思わずレドラーのノリで飲料水タンクに行こうとしちまってた」
カイは苦笑しながらコックピットの後席を覗き込み、シーナの足元からボンサックごと荷物を引っ張り出して必要な物を準備し始める。
シーナもコックピットから降りて来て、準備をしているカイの手元を覗きながら、なんとなく聞き覚えのあるトーンで彼に声をかけた。
「ねぇ、何かお手伝いする事ある?」
その一言に思わずきょとんとした顔でシーナを見つめたカイは、次の瞬間可笑しそうに笑い出した。
「そういえば初めて会った日も、昼飯の準備する時に全く同じ事言ったよな」
「あ。そうだったね」
シーナも可笑しそうに笑い出す。
あの時は直後にスカーレット・スカーズに襲われて、昼食はおろか荷物もレドラーも失ってしまったが、流石に今回は同じ目に遭う心配は無いだろう。
カイはコッヘル鍋とヤカンを出すと、シーナに手渡して言った。
「じゃぁ、その鍋とヤカンに水汲んで来てくれ。俺その間に他の物準備すっから」
「はぁ~い」
楽しそうに鍋とヤカンを抱えたシーナは泉へ向かう。
初めて手伝いを頼まれた子供のように何処か張り切った様子のその後姿を眺め、カイは微笑ましげにクスッと笑うと、食料を取り出しながら献立を考え始めた。
出来るだけ賞味期限の短い物から順に……だがそこそこ栄養も考えて……そんな事を考える自分に、自分で思わず苦笑が漏れる。一人の時は面倒臭がってコーヒーと干しパンだけで食事を済ませてしまう事も多かったのだがら、そんな自分が栄養の事を考える日が来るとは正直思ってもみなかった。
(一人の時に簡単に出来てたような事が出来なくなっちまう。か……俺、自分の事結構ズボラだったからなぁ……気を付けよっと……)
ぼんやりとそんな事を思いながら、とりあえず日持ちのしない普通のパンと、出発前に買ったリンゴを取り出す。あとは肉が食べたいので缶詰のベーコンと、野菜が無いので缶詰の野菜スープ。こんなものだろうか?
「お水汲んで来たよ」
シーナが水を汲んだ鍋とヤカンを目の前に置く。
カイはありがとうと言いながら、とりあえずキャンプバーナーに鍋を掛けて缶スープを湯煎しつつ、ナイフでパンを半分に切る。缶詰のベーコンを開けようとしたところで、少し炙った方が美味しいんだよなと思いとどまった彼はスープが温まるのをのんびりと待つ事にした。
「どうしたの?」
昼食の準備をする手を止め、キャンプバーナーの前で体育座りをするカイの隣に、シーナが真似をするように体育座りをしながら訪ねる。
そんな彼女の頭をわしわしと撫でながら、スープが温まるの待ってんだよ。と彼が教えてやれば、シーナは納得したようにまだ沸騰すらしていないコッヘル鍋を見つめて首を傾げた。
「……まだ?」
「まだ。」
「……もう温まったかな?」
「そんな早く温まんねーって」
カイが思わず笑えば、シーナはやっぱり首を傾げて不思議そうな顔をしている。
彼はそんな彼女にからかうように訊ねた。
「シーナ、もしかして滅茶苦茶腹減ってる?」
「んーん。そんなにぺこぺこって訳じゃないよ」
きょとんと返事をするシーナに、今度はカイが首を傾げる番だった。
カイは少し悩んだ後、もしかして……と思いながら、シーナに訊ねる。
「お前さ、まさか料理した事……ない?」
「うん」
「じゃぁ、もしかして鍋とかヤカン火に掛けたらすぐ温まるって思っ……てんの?」
「え? 違うの??」
彼女のその反応にカイは思わず頭を抱える。
いや、一番最初にまだ?と訊ねて来た時点でなんとなく、薄っすら、そんな気はしたが……まさかお湯を沸かすのに時間が掛かる事すら知らないとは……
「……あのな、シーナ。お湯ってのはそんなすぐに沸くもんじゃねぇし、沸いたらグツグツ言うから。だから沸くまで待つしかねーの。OK?」
「うん。おっけー」
シーナは頷いてまだ沸かない鍋をジッと見つめる。
(ジッと見てたって沸く時間が変わる訳じゃねぇんだけどなぁ……)
思わず苦笑しながら、カイはそんなシーナを眺めた。
変に無知で、純粋で、ザクリスが言ったように多分天然も混ざっているのだろう。なのに、ユナイトの意識共有の事や、あのディスクを調べた時の事を思い出す度に、どうも違和感を感じてしょうがない。
まぁ、本人も自分の途切れた記憶が矛盾だらけで、自分が一体何なのかずっと不安だったと言っていた。
カイですら違和感を感じるのだから、きっと本人にとってはもっと大きな違和感に違いないだろうが……だからこそ思わず考えてしまうのだ。本当に途切れた記憶を取り戻すのが彼女の為になるのだろうか?と……
シーナは自分の体に残る無数の傷跡の事すら覚えていないのだ。それだけでも相当辛く恐ろしい記憶であろう事くらい、カイにも想像が付く。
もし、本当に思い出さない方が良い記憶であったとしたら?シーナが思い出した事を後悔するような記憶であったとしたら?彼女は、その記憶を受け止め切れるのだろうか?……
(……俺はずっとシーナの味方でいるって約束したんだ。シーナが思い出したいって思ってる限り協力するし、絶対見捨てたりしねーけど……心配だな……)
ぼんやりとそんな事を考える目の前で、鍋が沸き始める。
シーナがカイを不思議そうに見つめて首を傾げた。
「なんか、グツグツじゃなくてゴトゴト言ってるけど、コレ、温まった?」
「あぁ、中で缶が揺れてるからそんな風に聞こえるだけ。ちゃんと沸いてるよ」
カイがそう言いながらボンサックを漁り、トングとタオルを引っ張り出して振り返った瞬間だった。
「はい」
シーナが沸騰している鍋の中から素手で引き上げた熱々の缶を、カイに差し出した。
……指は、真っ赤に火傷している。
「おい馬鹿!! 火傷してんじゃねーか!!」
「え?」
カイは慌ててシーナが差し出している缶をタオルで掴んで取り上げると、彼女の手首を引っ掴んで泉まで引っ張って行き、火傷した手を冷たい湧き水へ浸けさせた。
シーナは慌てた様子のカイを心配そうに見つめ、不安そうな顔をしている。
「どうしたの??」
「どうしたもこうしたも! なんで沸騰した鍋に手ぇ突っ込んだんだ!! 危ねぇだろ!!」
思わず大声で叱り飛ばすように怒鳴ったその声にビクリと肩を震わせたシーナは、
「……だって、もう温まっただろうと思って……」
震える声でそう呟いて目を潤ませた。
彼女のその反応に、怖がらせてしまった罪悪感がカイの胸の中でそっと湧き上がる。
流石にちょっと怒鳴り過ぎたか……と思いながら彼は気まずそうに俯いたが、そろそろ火傷は冷えただろうか?とシーナの火傷した手を泉の湧き水の中からそっと引っ張り出し、水につけていなかった方の手で赤くなった彼女の指先に優しく触れた。
一応冷えたようではあるが……思えば医薬品の類はまだそこまで買い揃えきっていない。案の定火傷用の薬を買っておかなかった事を後悔しながら、カイはさっきと違った静かな声でそっとシーナに呟いた。
「怒鳴ってごめんな……痛いのはシーナの方なのにな」
「……ねぇ、カイ」
「ん?」
遠慮がちに小さな声で呟いたシーナは、思わず不気味に思えてしまう程きょとんとした顔で、カイに訊ねた。
「痛いって……なに??」
「え??」
~*~
とりあえず火傷したシーナの指に包帯を巻いた後、カイは戸惑いを隠しきれない様子でシーナに訊ねた。
「お前、ホントに『痛い』って感覚ないのか?」
その問いに、シーナも戸惑った様子で目を伏せ、小さく頷く。
「ごめんね。痛いってなんなのか、ホントに私知らないの……」
彼女は不安げな表情でカイを見上げ、懇願するような声で再び訊ねた。
「ねぇカイ。痛いってなんなの??」
「えーっと……なんて言や良いんだか……」
カイもすっかり困り果てた様子で考え込みながら、一生懸命「痛い」の良い説明はないだろうか?と頭を捻る。
「怪我したり……どっかにぶつけたりした時とかにさ、なんかこう……ギャーッ!ってなる感覚っつーか……」
「ギャー??」
「あー……そっか。痛いって感覚がないから、シーナはそうなった事そのものがまずないよなぁ……」
うーん……と、改めて考え込んだカイは、潔く現代科学の結晶に頼る事にした。
彼はウエストバッグからタブレットを取り出し、一瞬悩んだ後「痛みを感じない病気」で検索する。
検索に引っ掛かった「無痛無汗症」という病気の記事をザックリ斜め読みした後、カイは訊ねた。
「なぁ、鍋に手を突っ込んだ時、熱いって思ったか??」
「……んーん。温かいなとは思ったけど、熱くはなかったよ」
「温度は感じるんだな……砂漠走って来た時だって汗かいてたし、温度感覚があるならこれじゃないか……」
彼は困った様子でタブレットのブラウザを閉じる。
もしかしたら古代ゾイド人は痛覚の無い一族だったのだろうか??
「あのさ、痛みを感じないってアレックスもそうだったのか?」
「うん。多分そう……小っちゃい頃に転んで膝とか擦りむいても、私もアレックスも平気だったから……」
「じゃぁ、古代ゾイド人が痛覚の無い一族だったって事かなぁ……」
首を傾げるカイの隣でシーナもずっと考え込んでいたが、彼女はハッとしたように顔を上げ、カイを見つめた。
「あ。でもね、他の子が転んで泣いてるのは見た事あるよ」
「え??」
「でも私、その子がなんで泣いてるのかわからなくて……アレックスと2人でどうしたんだろう? って……もしかして、それが『痛い』なの??」
「あぁ、うん。そう……それが痛いって感覚」
どうやらシーナとアレックスだけ痛覚が無かったらしいと知って、カイは尚更混乱する。
一体何故痛覚がないのだろう?小さい頃からという事は多分怪我の後遺症ではなく生まれつきなのだろうが……
「ねぇねぇ。転んで泣くのが「痛い」なら、お湯に手を入れて指が赤くなるのは痛いじゃないんじゃないかな?」
「はぁ?!」
「え……だって、血が出た訳じゃないし……」
「あのなぁシーナ……怪我ってのは色々種類があって、転んで擦りむくのも火傷するのも「痛い」になるんだよ。ついでに言えば手とか頭とかゴンッてぶつけんのだって痛いし、刃物で切ったり、銃で撃たれて穴開いたり、ドアに指挟んだとか、誰かに殴られたとか、骨が折れたとか、そういうのもぜーんぶ「痛い」だからな」
「そうなの?」
「そうだよ」
「そうなんだ……大変だね」
「いや、どっちかっつーと大変なのはお前の方だぞこれ……」
「なんで?」
「なんでって……」
カイはすっかり頭を抱えてしまう。
シーナは自分が怪我をしても全く気付かない。周りが気付いてやらなければ手当てだって遅れるだろう。
だが、そこまで考えてカイはある疑問を抱いた。
「そういえばさ……俺がユナイトと意識共有した時、怪我の心配してくれたよな?」
「うん」
「……もし意識共有した状態でブレードイーグルが死んだら、俺も死ぬから。って、滅茶苦茶心配してたよな?」
「うん」
「痛いってのは知らないのに、怪我をするとか死ぬってのは知ってるって事だよな? それ」
「うん。だっていっぱい怪我したらいっぱい血が出て死んじゃうし、死んだら動かなくなっちゃう……そしたら、もう喋ったり笑ったりしてくれなくなる……それはちゃんと知ってるよ。人も、ゾイドも、戦争で沢山死んじゃったの見てきたから……」
「そっか……」
カイは少し考え込んだ後、シーナに言った。
「沢山怪我したら死ぬってのは、わかってるって言ったな?」
「うん」
「でも、自分が今どのくらい怪我をしてるのか?って、痛いって感覚がなきゃ分からない。現に今、シーナはそっちの手に『火傷』って怪我をしてんのに、それが怪我なんだってわかってないだろ?」
「あ……そっか」
「そう。だから普通はどんな怪我だって痛いって感覚がある。けど、シーナは痛いって感覚が無いから、自分がどれぐらい怪我をしてるのか分かんないって事だ。それってすっげぇ危ないぜ?今回は俺がすぐ気付けたから手当てだって出来たけど、もし気付かないうちに怪我してたら、シーナも俺も気付かないまんま怪我ほったらかしにしちまうかもしれない。血が出ない怪我だって、ほったらかしてたら死んじまうような大怪我だっていっぱいあるんだからな。シーナの方が大変だぞっていうのは、そういう意味」
「……うん」
やっと事の重大さを理解し始めたのか、シーナが不安げに頷く。
そんな彼女の様子に小さな溜息を一つ吐いて、カイはその桜色の髪を梳くように一撫でした。
「シーナ。今朝やったペンダント出してみな」
「え? うん」
シーナは上着の中に入れていたペンダントを出して見せる。
カイはそのペンダントを見つめた後、彼女に言った。
「そのペンダントと俺に約束してくれ。シーナは痛いって感覚が無いから難しいかもしれないけど……もし怪我をしてるとか、なんかいつもと体の調子が違うって気付いた時は、ちゃんと隠さずに言うって。俺も、シーナが怪我をしてるとか、具合が悪そうだってわかったらすぐ手当てするって約束する」
「……うん。約束する」
「よっしゃ」
カイはそう言って優しく笑うと、もう一度シーナの頭を撫でてから中断していた昼食の準備を再開する。
シーナの手当てに追われていたので、せっかく温めた缶スープは少し冷めてしまっていたが、猫舌のカイには丁度良い。それにこれならシーナも口の中を火傷する心配は無いだろう……
(……待てよ?シーナが出されたばっかのスープとか煮込み料理とか平気な顔して食べてたのって……?)
サンドコロニーに滞在していた間、シーナが熱い物を平気で口にしていた姿を思い出す。
猫舌じゃないのが羨ましいなどと暢気な事を考えていたが、シーナに痛覚が無いと知った今となっては、きっと口の中を火傷しても気付いていなかっただけなのではないか?と思えてしまってしょうがない。
「あー……」
そこまで考えてカイはドッと疲れが押し寄せるような感覚を覚え、声混じりの溜息を吐く。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
きょとんとしたシーナに疲れた顔で答えながら、カイは思った。
とりあえず、作ってやる食事は猫舌の自分でも食べれる温度で渡してやろう。と。
キャンプバーナーで軽く炙ったベーコンに一生懸命フーフーと息を吹きかけて冷ましてからパンに挟み、注ぎ分けたスープと共にシーナに差し出す。
美味しそうにベーコンサンドとスープを頬張り始めたシーナを見て、カイはキャンプバーナーにヤカンを掛け、お湯を沸かし始めた。
無類のコーヒー好きであるカイにとって、コーヒーは食事に欠かせない。
ヤカンで湯を沸かしている間に、彼はナイフでリンゴを切り分ける。
「またお湯沸かすの??」
「ああ。こっちはコーヒー用」
「コーヒー??」
不思議そうなシーナに、とりあえず四つ切にしたリンゴを二切れ渡して、カイはボンサックからインスタントコーヒーのスティックを取り出しながら答えた。
「ああ。サンドコロニーで俺やザクリスがいつも飲んでたヤツ」
「あ! あの黒い飲み物!」
「そうそれ。シーナも飲んでみるか?」
「うん!」
好奇心に目を輝かせるシーナの前で、カイはもう一つコーヒースティックを追加で取り出し、準備に掛かる。
だが、出来上がったコーヒーを受け取ったシーナは、カップから立ち上る香りを嗅いで顔をしかめた。
「なんか、焦げ臭い……」
「あー、コーヒーって香りが独特だからな」
カイがコーヒーと共にベーコンサンドを齧る。
シーナはしょんぼりとしてカップをカイに差し出した。
「作ってくれたのにごめんね。なんか私、焦げた匂い駄目みたい……」
「いや。気にすんなよ。誰だって苦手なもんあるしな」
カイは特に嫌な顔をせずシーナが差し出したカップを受け取る。
のんびりと2人で昼食をとる傍らで、イーグルの背の上で丸くなったユナイトが小さく欠伸をあげた。
~*~
一方、アジトである洞窟の奥。
自室として使っている場所で、アシュリーはラップトップを操作しながらふっと薄い笑みを浮かべていた。
「名前を聞いた時、まさかとは思ったけれど……そう。貴方も軍を辞めてたのね。ナルヴァ大尉……」
彼は裏サイトに寄せられた賞金稼ぎ情報のとある欄を今一度読み返す。
「ザクリス=ナルヴァ。元帝国軍第3陸戦部隊大尉……6年前に軍を辞め、腕利きの賞金稼ぎとして活動中」
まるで懐かしむかのように頬杖を突き、彼はザクリスの情報欄を眺める。
その顔にはあの蛇のような薄い笑みではなく、朗らかな少女のような笑みが浮かんでいた。
「スカーズの3人に感謝しなきゃね。また貴方と会うチャンスがこんな形でやって来るだなんて」
共和国軍の新入隊員だった当時、初めての合同演習で出会ったザクリスの事を彼は鮮明に覚えていた。
圧倒的な射撃センスと、ゾイド乗りとしての才能。既に当時からあのカール・リヒテン・シュバルツ元帥と肩を並べる軍人になるだろうと言われていた彼の噂は共和国軍にも流れてきていた。
だからこそ、初めて出会った彼の性格や態度がイメージと随分かけ離れていたのが印象に残っている。
確かに射撃の腕も、ゾイド乗りとしての腕も噂通り……いや、噂以上の腕だったが、彼は異質だった。
彼は自分の成績や周りの成績は勿論、周りからの評価も、期待も、果ては周囲からどれだけ尊敬され崇められようが、先輩軍人達からその才能を疎まれいじめられようが、その全てに驚くほど無関心だったのだ。それも、ただ無視をしているのではなく、そういった周囲の全てに対して心の底から「興味そのものが全く無い」のだと分かるような無関心ぶりで、士官学校卒業と同時に与えられた「大尉」という異例の階級すら、彼の中ではどうでも良い物だったらしい。
試しに「大尉」と声を掛けても全く無反応だったので「ナルヴァ大尉」と呼んでみれば、彼は面倒臭そうにこっちを向いて一言言ったのだ。
「……あ?」
その面倒臭そうな視線が、声が、彼が初めて返してくれた反応だった。
それでも反応してくれた事がたまらなく嬉しかった。その後どんなに自分が彼に憧れているのか、尊敬しているのかを熱弁しても反応は二度と返ってこなかったが……
おまけに彼は、どんなに自分が傍に纏わりついても反応しない一方で、追い払う事もしなかった。
最初は追い払われない事に対し、「もしかして気に入られたのだろうか?」と自惚れもしたが、自分の存在は彼にとって空気を追い払おうとする人間がいないのと同レベルに過ぎなかった事をすぐに痛感した。
傍に居ようが居まいが、彼にとっては関係なかっただけ。追い払う価値すらなかっただけ……愛の反対が無関心とはよく言ったものだ。
だから、どうにかして彼の気を引きたいと思った。彼の方から自分に対して興味を持って欲しかった……
手に入らないのならば……殺してでも自分の物にしたいとすら思う程に。
合同演習最終日の大規模なゾイド戦演習で、命令を無視しザクリスへ襲い掛かった時のあの高揚感は今でもゾクゾクする……あっという間に返り討ちにされてしまったが、それでも、そのたった数分の彼との一対一の戦いだけが、唯一彼が自分を相手にしてくれたかけがえのない思い出だ。
そのせいで軍を除隊処分された事を後悔した事は一度もない。
自分が今、手に入れたものの全てを愛してやまないのは、きっとその経験のせいだろう。
自分にとって、可愛げをなくしてしまった所有物を壊すのは、自分の手を離れてしまう前に永遠に自分の物にする為だ。周りからは冷徹だ。残忍だ。と言われるが、とんでもない。自分は自分の手に入れた物を最後まで、永遠に自分の物にしていたいだけ。愛情深いだけ……
そしてそれは、ザクリスに対しても変わらない。
なのに……
「赤いコマンドウルフに乗った日系人の少年「アサヒ」と行動を共にしているが、そちらの詳細は不明……」
情報欄に記載されているその一文を、ポツリと呟くように読み上げる。
周りの事にも自分の事にもとにかく無関心だったあのザクリスが、誰かと行動を共にしているなど到底信じられなかった……
何者にも興味を示さない、誰の物にもならない、気高い孤高の存在であったあの彼が? 何故? どうして?……
「ねぇ、ナルヴァ大尉……貴方にとって、このアサヒって子はなんなの??」
顔も知らぬ、そのアサヒという少年に憎悪と嫉妬を抱かずにはいられない。
今までは遠巻きに彼を想うだけで満足出来た。
孤高の彼はきっと誰の物にもなりはしない。誰も彼を手に入れられない。だから自分がこうしてひっそりと憧れ、尊敬し、そして愛していれば、間接的に彼はイコール自分の物だったのだから。どんなに遠く距離が離れていようとも、その距離や会えない苦しさすら愛おしいと思っていられた。
なのに、何故この少年は……この「男」は、彼の隣にいられるのだろう?
男でも傍に置いてくれるというなら、何故ザクリスは自分を選んでくれなかったのだろう? どんなに心が女でも自分は男としてこの世に生まれてしまった。だから受け入れてもらえない……そう思っていたのに……
この少年は昔の自分と同じように纏わりついているだけなのだろうか? だとしたら滑稽この上ないが、もしザクリスから必要とされているのだとしたら? あの彼から傍に居ることを許してもらえているのだとしたら? 可愛がられているのだとしたら? 友愛であれ親愛であれ、愛されているのだとしたら?……
そんなの、受け入れられる訳がない。
「貴方にとってこの子がかけがえのない存在だとしたら……この子を殺したら、貴方は私を殺しに来てくれるのかしら? ねぇ? ナルヴァ大尉……」
ふとそんな呟きが漏れた。
どうせ許されない、実る筈のない恋だ。愛してもらえないのなら憎しみでも構わない。
愛した人に殺されるのならそれで良い、この報われない恋の痛みと共に自分を眠らせて欲しい……
「ねぇちゃん?」
ふと自分を呼ぶ声に振り向けば、パスカルがそっと部屋の扉から顔を覗かせていた。
「パスカル……どうしたの? 部屋に入るときはノックしなさいって言ってるでしょう?」
「したよ? でも、へんじなかったから……」
申し訳なさそうにしょんぼりとするパスカルへ歩み寄り、彼の頭を撫でると、アシュリーは困ったように笑った。
「あら、ごめんなさいね。気が付かなくて。何かご用事?」
「んーん。めし。できたから。もってきた」
「あらやだ。もうそんな時間? わかったわ。いつもありがとね」
「えへへ。うん」
嬉しそうに笑って、パスカルはワゴンに乗せて運んできた昼食の盆を差し出す。
少し鈍臭くて、言動も幼く、何より彼は戦ったりゾイドに乗ったりするのも苦手だ。
だから何処に行っても役に立たないと切り捨てられ、路頭に迷ってしまったのだろう。
だが、彼はいつも掃除や食事の準備などの雑用を自ら進んでこなしてくれるし、何より彼は素直で純粋だ。
拾ってやったばかりの頃、この口調について質問された時に「体は男でも心は女なのよ。」と教えてやったら、それ以来、自分の事を「ねぇちゃん」と呼んで慕ってくれている……その素直さに何度救われた事か……
「食べ終わったら食器は自分で下げておくから、お皿洗いお願いね」
「うん!」
パスカルは元気よく頷くと、カラになったワゴンをカラカラと押してご機嫌の様子で厨房の方へ駆け戻って行く。
そんな彼の後姿を微笑ましげに眺めた後、アシュリーは受け取った昼食の盆を抱えたまま器用に扉を閉め、デスクの前に戻った。
昼食に手を付けながら、彼はふとラップトップに表示したままの裏サイトのブラウザを眺める。
ザクリス、アサヒ、そしてオーガノイドと鷲型ゾイドを連れているというカイ……
つい物思いに耽ってしまったが、昼食を食べ終わったらもう少しきちんと情報取集しなければ。
それに、裏サイトは此処だけではない。他のサイトには別の情報も載っている事だろう。
しっかりと情報を集め、念入りに準備し、そして手早く始末するのがアシュリーのやり方だ。
「会える日が待ち遠しいわ。ナルヴァ大尉。アサヒとカイもね……」
蛇のような薄い笑みを浮かべた後、彼はそっとラップトップの画面を閉じた。