青い炎を放つ仔馬を出会ったシーナはどうしたものかと思った。
誰かを呼びに行こうにもここを離れてしまえば仔馬が逃げ出す可能性もあるかも知れない。
ましてや相手は悪魔だ。この基地にどの様な危害を加えるか分かったものではない。
偶然にも誰かここを通り掛かったりしないものかと彼女は願った。そしてその願いが届いたのか、偶然にもここを通り掛かった人形が彼女に声を掛けた。
「指揮官?どうかされましたか」
「M4!良かった、良い所に!」
「?」
状況が分からないM4が小首を傾げ、きょとんとした表情を浮かべた。
そしてシーナの先にいた仔馬を見て彼女は目を見開き、つい身構えた。それがトリガーとなったのか仔馬は大きく咆哮を上げ、周囲に力場の様なものを展開した。
それが何かは分からない。だが不味いと感じたシーナはM4を抱えるとその場から飛び退く。幸いにも範囲はそこまで広くなく、二人の手前で力場は止まったのだが、その中にシーナが被っていた帽子が取り込まれていた。そしてその光景を見て二人は驚愕した。
「…ねぇ、M4。これって…」
「はい…。俄かに信じられませんが…」
それは有り得ない事象であった。力場の中に取り込まれた帽子がまるで『時』が緩やかになったかの様にゆっくりと降下していたのだ。
普通であれば地面に落ちているはずなのに、力場の中ではそうではなかった。
それが仔馬が持つ力だと認識せざるを得なかった。そして二人は同時に口に開いた。
「「時間がゆっくりになっている…」」
シーナもM4も悪魔という存在はいくつか見てきた。
だが自分達の先にいる悪魔は別格とも言えた。辺りを極寒地帯に変えたり、空間移動を駆使したりとは違う。相手は時間を操るという能力を持ち合わせた悪魔だ。それがどれ程強力な力か、どれ程危険な力か言わなくても分かる。そしてシーナは確信した。
この悪魔は外部に出してはならない。ここで押さえなくてはこの悪魔の力を自分の物にしようとする輩が現れる可能性もなくはないからだ。
だが迂闊に近づけば再度力場を展開され、攻撃される可能性もある。悪魔を狩る専門家を呼び討伐するという考えもあったのだが、彼女はそれを最後の手段として取る事にした。
悪魔であるが、見た目は仔馬。いつここに迷い込んだのかは分からないが、ここを攻撃するつもりがあったなら既に攻撃していたもおかしくない。だと言うのにそれが無いという事はこちらと争う気がないのでは判断していた。
「M4。マギーさんを呼んできて。フードゥルとグリフォンもお願い。私はここであの子を見張ってるから。それとこの事は余り他の子達に口外しないで。大人数で来てしまえば、さっき以上の力場を展開されるかも知れないから」
「分かりました」
シーナの指示を了承しM4はマギーらを呼びにその場から離れる。
残ったシーナは身をかがめ、じっと仔馬を見つめた。仔馬はM4が去っていた事を受け、若干落ち着いた様にも見えるが、警戒心が解かれる事はない。展開されていた力場は消失しており両者の間には被っていた帽子が落ちていた。その時仔馬が動き出し、帽子の傍まで歩み寄ると頭を器用に動かして帽子を投げてきた。
落とし物だぞと言わんばかりに帽子を返してきた仔馬の行動にシーナは目を丸くした。投げ渡された帽子を手に取ると彼女は優しく微笑み、ありがとうと一つ礼を述べてから帽子をかぶる。
対する仔馬は元の定位置へと戻り距離を取る。そこにM4によって呼ばれたマギー、そしてフードゥルとグリフォンがシーナと合流を果たす。
「おう、シーナのネェちゃん無事かい?」
「うん。それよりもあの仔馬の事分かる?」
「あん?」
シーナの指差す先にいる仔馬を見てグリフォンは一瞬だけ固まった。
その様子を見てシーナはグリフォンがあの仔馬の正体を知っていると確信する。
そんな事を知らずにグリフォンは近くにいたフードゥルへ話しかけた。
「おいおい、マジかよ。こいつはとんでもねぇレアな奴だぜ」
「うむ。我も実際目にするはいつぶりか」
グリフォンもフードゥルも仔馬の正体を知っていた。
しかし彼らの言い方は、まるで仔馬は普段から目にする事のない悪魔だと思わせる。
長い事魔界にいた事のある二人がここまで言わせる程。益々仔馬の正体が気になったシーナが二人へと尋ねようとした時、マギーが仔馬の正体を明かした。
「時間を操る悪魔とM4から聞いた時はまさかと思いましたが。よもやゲリュオンとは」
「それがあの仔馬の名前?」
「ええ。魔界では絶滅危惧種扱いになっている悪魔ですよ。個体差はあれど、一貫して同じ力を持つ。それが時間を操る能力です。しかし人間界に来ていたとは驚きですね…。寧ろ目撃報告が上がっていなかったのが不思議なくらいです」
ゲリュオンがどうやってこの人間界に訪れたのかは兎も角、ここに来るまでの間どの様に過ごしてきたのかは誰もが疑問に思う所であろう。
幾ら仔馬であろうと体から青い炎を放つ馬など居る筈がない。人前で姿を目撃されれば間違いなく噂にあがる事は間違いなく。にも関わらず今日にいたるまでそういった目撃情報が上がってないのは不思議と言わざるを得ない。
「もしかして…」
そこでシーナは初めてゲリュオンと出会った時を思い出す。
出会って早々、ゲリュオンはシーナに襲い掛かる事はせず寧ろ威嚇して近寄らせない様にしていた。時間を操る能力や素の力を利用されれば、人間であるシーナでは太刀打ちできる筈がない。
だと言うのにゲリュオンはしなかった。それどころか落とした帽子を返してくれるといった優しさすら見せてくれた。それら状況を思い返し、判断した後にシーナは呟いた。
「怯えていたのかな。人間に」
「悪魔が人間に怯える…。類を見ない例ですね。悪魔の中には臆病な性格の個体も当然いますが…ゲリュオンは元々気高い名馬だった事もあり気性が荒い性格なんですけどね」
「そうなんだ…」
シーナはちらりとゲリュオンの方を向いた。警戒心はしているようであるが、人が増えても直ぐに力を利用しようしている感じには見受けられない。
慣れたのか、或いは敵でないと判断したのだろうか。先程まで比べて落ち着いている様子でもあった。しかしこちらに歩み寄る事はない。少しでも距離が近づけたらなと思った時、彼女はある事を実行しようと考えた。
「ねぇ、フードゥル」
「む?なんだろうか、指揮官」
「悪魔って何でも食べるのかな?甘いものとかも大丈夫かな?」
「問題ないと思うぞ。我もたまに主から甘味を貰う事があるのでな」
それを聞いた瞬間、シーナの行動は早かった。
少しだけ外すと皆に伝えた後に彼女はある場所へと向かい作業を開始。そして暫くした後にクッキーを一杯に盛った皿を手に戻ってきたのだ。
マギー達の分も持ってきており、一つの皿をマギーに手渡すとシーナは距離を取ったままその場から動こうとしないゲリュオンの近くにもう一つの皿を置いた。
置かれたそれを見た後に不思議そうにシーナを見つめるゲリュオン。対するシーナは微笑みながら伝える。
「良かったら食べてみて」
言われて最初こそは警戒し口を付けようとしないゲリュオンであったが、香ばしい香りに負けたのか一つだけクッキーをつまんだ。ほのかに温かく、しつこくない甘味。悪魔であるゲリュオンでもその味はとても良かった。
初めて食べたクッキーがとても美味しかったのか、無我夢中にクッキーへと喰らい付くゲリュオン。その姿を見てシーナは静かに微笑みながら、急に始まったものであるが珍しいメンバーと共に小さなお茶会を開くのであった。
幸せそうな笑みを浮かべるシーナの姿をゲリュオンは静かに見つめていた事に気付かずに。
その日の夜。ゲリュオンは廃品置き場で立ち尽くしていた。
今日食べたクッキーの味、そして幸せそうに笑っていたシーナの事を思い出していた。
「…」
ゲリュオンはシーナという人物がどのような者なのか一目見た時から気付いていた。
非力な人間。それでも上に立ち、あらゆる困難に立ち向かおうとする強さを持った少女だと。まだ二十歳も満たない少女であり、本来であれば年相応の人生を送っていてもおかしくない。だと言うのに荒れ狂った世界で自ら命を落とす時もあるかも知れない所へ身を投じた。
鉄血との戦い以外にも悪魔が関わる事件に身を投じている事も彼女から聞かされずともゲリュオンは見抜いていた。あの時集まってきた者達がM4以外全員悪魔だという事にも気づいていたのだ。
そしてシーナという少女がいずれ大きな困難に立ち向かう運命にあると感じていた。下手すれば命を落としかねない程に。
「…」
今の今までゲリュオンは人間に対し良い感情など抱いていなかった。散発的に発生する魔界と人間界が繋がるトンネルに間違えて踏み入れてしまい人間界に来てしまった。
そこからは孤独な旅を続けてきたが、自身を見つけた人間や鉄血の人形に殺されそうになった。自身は行く当てもなく、ただただ安全な場所を探していただけ。何も仕掛けていないにも関わらずにだ。
そしてS10地区に訪れた時には気付かぬ内に基地へと迷い込んでしまい、廃品置き場で身を隠していたのだが今日シーナという少女と出会った。
今まで優しくしてもらった事などない。
だが彼女だけは違った。襲ってくる事は無く、美味しいクッキーをくれた。
そして思った。シーナ・ナギサという少女にこの荒れ狂う世界で長生きしてほしいと。
「…」
この感情は何のだろうとゲリュオンは思った。それでもこの感情が悪いものではないと感じていた。
彼は放っている青い炎を大きく放ち、そして誇り高き名馬の如く高らかに叫んだ。するとゲリュオンの体は光に包まれていき、数秒もしない内にゲリュオンはその場から姿を消した。
誰もいなくなった廃品置き場。そしてその部屋の中央にはあるものが落ちていた。
翌日、シーナは早めに起きてゲリュオンがいる廃品置き場へ向かっていた。
その道中で彼女と同じくゲリュオンの事が気になったM4と共に談笑しながら歩いていた。
「どうしているんでしょうね、あの子」
「分からない。でも暴れる様子はなかったし、大丈夫だと思う」
「だと良いのですが…」
M4とてゲリュオンの事を信じてみたいと思っていた。
しかし悪魔だという事には変わりない。その不安が取り除けずにいた。
下手すれば引き金を引く事にもなるかも知れない。なるべくそうならない事を願うほかなかった。
そうこうしている内に二人は廃品置き場へ到着。中に入った時、彼女達は目を見開いた。
昨日はそこにいたゲリュオンが居なくなっており、その代わりに部屋の中央には銀色に輝く懐中時計が落ちていた。その懐中時計を見つけたシーナはそれを手に取り、眺める。
「懐中時計?でも昨日ここにそんなものは…」
「はい。そのようなものは落ちてなかった筈ですが…」
何処にでもある懐中時計にも見える。しかし昨日までそんなものはこの廃品置き場には落ちていなかった事はシーナもM4も覚えている。
ではこの懐中時計は何なのか。ゲリュオンが消えた事と何か関係があるのだろうか。シーナの頭の中で疑問が次々と浮かび上がってくる。
しかし分かる訳ではなく、迷った末にシーナはM4と共にマギーが居る場所へと向かう事に。
後にマギーがいる部屋にて、彼女に事の顛末を伝えると落ちていた懐中時計を調べてもらい、解析が終わるまで二人は部屋の中で待機する事にした。
「何となくですが…あの懐中時計は消えたゲリュオンと関わりがあると思うんです」
「だよね…。それは私も思ってた」
もしそうだとして何故ゲリュオンは消えたのかその理由がシーナには分からなかった。
そこに解析を終えたマギーが懐中時計を手に二人の元に歩み寄ってきた。
「解析終わりました。一目見た途端まさかと思っていましたが、この懐中時計は魔具です」
「魔具…それってまさか」
「はい。ゲリュオンが自ら姿を変えたとしか思えません。理由は分かりませんが…」
マギーとて何故ゲリュオンが自ら魔具へと姿を変えたのか分からなかった。
懐中時計をシーナはマギーから受け取り、それを見つめた。そして懐中時計がほんの少しだけ輝いたのをシーナもマギーもM4も見逃さなかった。
理由は分からない。でもゲリュオンが力を貸してくれた事は分かった。
シーナは懐中時計を首に下げると静かに微笑む。
「…宜しくね」
優しく愛でる様に撫でながら懐中時計へと姿を変えたゲリュオンへと話しかけるのであった。
後にゲリュオンが姿を変えた魔具に名前が付けられる事となる。
時間を操る能力、そして銀色に輝いている事からシーナが命名した。
その名も…
『quick silver』
例え言葉を喋らなくても、芽生える心はあるのです…。
そしてシーナに強化が入り、魔具『quick silver』が装備されました。
つまりそれはどういう事か…分かるよね?
では次回ノシ