この世界に人の姿となって迷い込んでしまったレーゾンデートルは、自分の主やその仲間たちが訪れた喫茶店ではなく、道路橋に訪れていた。
そこはかつて異世界から迷い込んできた悪魔が騒ぎを起こした場所。
元凶は既に討伐され、荒れていた地面も舗装し直されて道路橋は元の姿を取り戻しており、人々の生活の支えとなって存在していた。
そんな場所に訪れたレーゾンデートルは感慨深げに道路橋を見つめていた。
「…私では無意味か」
鉄骨に手を当てながら、彼女は呟く。
ここに訪れた理由はもしかしたら残っているかもしれない悪魔の残滓を調べるためであった。
銃の姿をしていた時、何度か魔力を注がれた事があった為に自分でも感じ取れるのではないかと思っての行動だった。
だが先程の彼女が呟いた様に、ただの銃にその気配を感じ取る事が出来る筈もなかった。
もしあの時倒した悪魔が復活していたらそれでこそこの世界の平和は崩壊しているであろう。
だがそんな訳もなく、世界は平穏そのものである。
もう用はないと判断したのかレーゾンデートルは踵を返し道路橋を後にし、そのまま町の方へと歩みを進めた。
大通りから外れ、裏通りへと足を進めながらこれからどうするかに頭を悩ませていた。
レーゾンデートルがここに来たのは今回で二度目になる。
だがその一回目は人の姿ではなく銃の姿をしていた為、実質初めてに近い上に主であるギルヴァの記憶を通したとしてもうろ覚えに近い。
当然ながら地形も、例の喫茶店がある場所など知っている筈もなく、この地に知り合いが居る訳でもない。
同時に彼女は自分以外にもこの世界に迷い込んできた銃達が居る事に気付いていた。
その者達も探さなくてはならないという事も理解しているのだがどうしても避けられない問題があり、その問題を口にした。
「無一文…」
そう、現在レーゾンデートルは無一文なのだ。
今この場にシルヴァ・バレトとアニマが居れば話は違っていただろうが、残念な事に二人は遠い所に居る。
アレグロとフォルテも遠くに居て、ペインキラーに至ってはどこに居るのかすら分からない。
一見無表情に見えながらも、実は困っているという非常に分かりづらい表情を浮かべその場で立ち止まるレーゾンデートル。
その時、建物と建物間から黒い影が彼女の背後から歩み寄っていた。それが人なのか、或いは別の何かか。
ただ分かるとすれば人型であるという事だけ。
背中を向けたまま立ち止まるレーゾンデートルに迫った──
「遅い」
「!」
次の瞬間、その顔面に突き付けられる二つの縦に連なる銃口と淡い水色の瞳がその者を睨みつけていた。
太陽を隠していた雲が風によって流れて行き、陽光が町全体を照らした時、影は消え去りその者の姿が露わになる。
束の間に訪れる静寂。レーゾンデートルは静かに自身と同じ名の銃を下ろしながらその者の名を口にした。
「…ペインキラー」
白と水色が入り混じった髪。
黒い学生服の上にコートを羽織るといった風貌。
先程までM4A1と話し、わざと謎を残していった少女『ペインキラー』がそこに立っていた。
「流石。まるで神速の抜刀の如き速さね」
つい先程まで顔が吹き飛んで当たり前の弾丸を放つ銃を突き付けられていたにも関わらずペインキラーは平然としており、それどころかレーゾンデートルが銃を抜き取るそのスピードを褒めたたえていた。
謎が多い人物だと内心そう呟きながらレーゾンデートルはありがとうと返し銃をホルスターに収め、ペインキラーにへと尋ねる。
「他の皆は?」
「見てない。けど場所なら分かるよ」
「…何故分かる?」
当然とも言える反応だった。
その問いにペインキラーは小さく笑みを浮かべてから答える。
「気配ね。貴方の主が悪魔という存在を探知できる様に、私は貴女や他の皆の気配を探知できる」
本当にそんな事が出来るのかと問いたい。
だがその気持ちを抑え、レーゾンデートルはペインキラーの言う事を信じる事にした。
ああだこうだと言っている暇があるのであれば、さっさと他のメンバーと合流した方が良いと判断したためである。
「…今どこに居る?」
「こっちに向かってるかな。…多分列車か何かかな」
「どれ程で着く?」
「そこまでは分からないよ。でも駅で待っていれば合流できると思う」
駅に到着する時間が分からずとも他の面々がこっちに向かっている。
その事を知れただけでも良かったというもの。
安堵の表情を浮かべるレーゾンデートルに対しペインキラーは独特の感覚を用いて駅の場所を探る。
「距離はあるけど、歩いて行ける距離にあるね。取り敢えずそこに行きましょうか」
その提案に頷くレーゾンデートル。そして先導する形でペインキラーが歩き出す。
こっちへ向かってきている四人を迎えに行く為、二人は駅へと向かう。
そして奇しくもというべきか、歩道の向こうから一人の人形が歩いてきていた。
髪飾りに群青色の桜型ヘアアクセサリーを付けており、そのまま駅へと向かう二人の横を通り過ぎていった時、うっすらと風が吹き抜けた。
その風に何かを感じ取ったのか彼女はふと足を止め、後ろへと振り向いた。
「今の感じって…」
目に映るは駅へと向かう二人の後ろ姿。
彼女の視線はレーゾンデートルへと向けられていた。
誰かに似た感じ。それが一体誰なのか。彼女はその名を口にする。
「ギルヴァ、さん…?」
小首を傾げる少女…フォートレス。
何故ギルヴァだと思ったのか。
その理由が見当たらず、内心モヤモヤした気持ちで彼女は店へと戻っていくのであった。
今回は短いですが、ここまで。
本来であれば戦闘を考えていましたが、ネタが思い付かなかったので今回は戦闘無しでいきます。
次回はフォルテらと合流し、喫茶店へと向かう感じでやっていこうかと。
では次回ノシ