Devils front line   作:白黒モンブラン

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―返した筈が、いつの間にか借りを作っている―


Act147 Return and return

その日、正式名称が与えられた独立遊撃部隊【ブラウ・ローゼ】のメンバーの一人、ヘルメスはシーナから許可を得て荷物を背負い町へと出向いていた。

 

「懐かしいな…」

 

いつぞや見た町の風景。行き交う人々に聞こえる話し声。

あの時歩いた時と変わらない。

違いを挙げるとするのであれば、雨が降っているか降っていないかの差であろう。

雨降る日に歩いた町の光景を思い浮かべながらもヘルメスは大通りを歩いていた。

この辺りでは見ないのか、すれ違う人々は思わず振り向く者もいるがそれを気にする様子もない。

 

「確かこの辺りだったか」

 

大通りから裏通りへ通ずる路地を見つけると迷う事無く彼女は足を踏み入れる。

一度だけしか通らなかったにも関わらず、その足取りに迷いはない。

まるで目的地への道のりは分かっている様子だ。

 

「何の因果か…こうしてこの地区で身を置く事になろうとはな」

 

そう呟きながら、ヘルメスは背負っている荷物をちらりと見やった。

ガンケースと呼ばれるそれ。

その中には以前まで使用していた【RDI Striker12】と【M79 グレネードランチャー】が収められている。

この二丁はあの雨の日に武器屋の店主から譲り受けたものである。

故に今はヘルメスの所有物となっているのだが、どういう意図があって持ち出しているのかは本人にしか分からない。

狭い路地を抜け大通りから裏通りへと出るヘルメス。

大通りの喧騒と比べるとこの裏通りは静かだ。行き交う人の少なさがそれを示している。

 

「…」

 

その場で立ち止まって辺りを軽く見回すヘルメス。

そしてあるものを見つけるとそれへと向かって歩き出した。

吊り下げられた看板には「weapon shop」と汚い文字で綴られているが店構えはしっかりとしており、小汚さを見せていない。店主の性格が出ていると言っていいだろう。

ドアノブを握り店の扉を開くヘルメス。備え付けられたドアベルが鳴り、店全体に来客を告げる音が響く。

その音を聞きつけたのか、店の奥から店主が姿を現す。

 

「いらっしゃ…」

 

そう言いかけた辺りで来客として訪れたヘルメスを見て店主の目が見開かれる。

その反応が余程面白かったのか、ヘルメスはククク…と小さく笑い声をあげた後に店主へと話しかける。

 

「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているぞ。私を笑い殺す気か?」

 

「それで死ぬタマじゃないだろ、ネェちゃん」

 

「確かにな」

 

肩を竦めヘルメスは店内へ足を踏み入れる。

そのまま店主の前まで移動すると背負っていたガンケースを置く。

ゴトと重たい音を立て、カウンターの上に置かれるそれを見て対面する店主は不思議な表情を浮かべる。

それを気にする事もなく、ヘルメスはガンケースを蓋を開くと同時に口を開いた。

 

「返しに来た」

 

「返しに来たって…おいおい、俺はあの時にこの二つをあんたにやったつもりでいるんだが?」

 

「それでもだ。元より貰い受けるつもりなどなかったのでな」

 

ヘルメスがこの武器屋に訪れたのはこの二丁の銃を返すためであった。

あの雨降る日。ヘルメスという名を与えられる前の錬金術士は夢想家に真意を聞く為に行動していた。

必ず戦闘に発展するであろうと分かっていた為、武器を求めていた訳だが残念な事にそれを買う金もなく偶然にも雨宿りの為に訪れたのがこの武器屋である。

鉄血の人形ではない人形としての生き方を見出す切っ掛けとなった場所であり、借りを作った場所。

そしてここS10地区、そしてS10地区前線基地に身を置く事になった以上この二丁を持つ気など彼女にはなかった。

飽くまでもその場しのぎとしての武器が必要であった事。

不要となれば大事に保管するのでなく、元の持ち主に返す事を決めていたのだ。

 

「弾を幾らか使ったがそれぐらいは多めに見ろ。一発も撃たずに済む状況ではなかったのではな」

 

「まぁそれぐらいは良いが…。しっかし義理堅い奴だな。わざわざ返しに来るなんてよ」

 

「借りを作ったままにしておきたくなかっただけだ」

 

「…そうかい」

 

ガンケースに収められている二丁の銃を取り出し、傍に置く店主。

これで武器は以前から愛用している複合武器となるヘルメス。

これ一本でどんな敵とも戦えると自惚れている訳ではないので、暫くは戦闘はお預けになるなと思いながらもガンケースの取っ手を握ると歩き出そうとした時であった。

チリンチリンとドアベルが鳴り、新たな来客を知らせた。

二人が出入口へと顔を向けると、そこに立っていたのはヘルメスが良く知る人物であった。

 

「おや、ヘルメス。こちらにいらしたのですね」

 

「エー、んんっ…シリエジオか。意外だな、お前がここに来るとは」

 

「そうとも限りませんよ?このお店には何度もお世話になっていますので」

 

つい昔の名を言いそうになるヘルメス。

そこに居たのはブラウ・ローゼの予備隊員であり、便利屋「デビルメイクライ」所属のシリエジオ。

普段は便利屋の事務所に居る筈の彼女がどうしてここに居るのかヘルメスには見当が付かなかった。

 

「いらっしゃい。いつもの用意出来てるよ」

 

いつもの営業挨拶でシリエジオへと声をかける店主。

 

「ではいつものを。先に代金は払っておきます」

 

「ん、丁度だな。直ぐに取ってくる」

 

代金を受け取ると店主は奥へ引っ込んでいく。

カウンターの前で待つシリエジオを見て、傍に居たヘルメスが話しかける。

 

「世話になっているのがよく分かる」

 

「一度や二度ではないですからね。それにここの店主は腕が良いですから」

 

店主の腕前に関してはヘルメスも同感だったらしく、確かになと言いながら頷く。

 

「それで?貴女はどうしてここに?」

 

「この店主に銃を二丁借りていたのでな。それを返しに来た」

 

親指を立て、借りた銃が置かれている場所を指すヘルメス。

指された場所を見てシリエジオは成程と小さく頷く。

 

(らしいと言えばらしいですね。…意外と律儀な性格なのは前と変わらないというべきですか)

 

口元で手が隠しながら小さくクスクスと笑うシリエジオ。

それを見て彼女が何を考えているのかを察したのか、ヘルメスは鼻をならしそっぽ向く。

そこに店主が"いつもの"を持って戻ってきた。

 

「待たせたな。いつものだぜ」

 

その手に握られているのは散弾が収められている箱。それも二つもだ。

それが店主とシリエジオが言う"いつもの"である。

それを紙袋へと納める店主。するとヘルメスとの関係が気になったのかシリエジオへ問いかけた。

 

「そういやそこの眼帯のネェちゃんとは知り合いなのか?」

 

「ええ。仕事仲間です」

 

「成程な。んじゃあんたから言っておいてくれ。格安で武器を売ってやるってな」

 

「だそうですよ?」

 

笑みを浮かべながらヘルメスへ振り向くシリエジオ。

しかしヘルメスは知らん顔を決め込んでいた。

今それを言われても金はない上に借金などするつもりなど一切ない。

言った所で動かないと判断したのだろう。見かねたシリエジオが動き出す。

 

「店主。そこの二丁を買い取ります。それとM1887のソードオフモデルは置いてありますか?」

 

「ああ、あるよ。ちょいと待っててくれ」

 

いきなり何をするつもりなのか分からず、シリエジオを見つめるヘルメス。

しかし彼女は笑みを浮かべたままで振り向かない。

店主が頼まれた物を持ってくると、それを手に取り構えてみたり動作を確認し始める。

炸薬式の銃は何度も使ってきた経験もあってかその手つきは滑らかだ。

 

「ふむ…良いですね。これも買います」

 

「毎度あり。この二丁は格安にしといてやるぜ」

 

「それは嬉しいですね。…では代金をこちらに」

 

何を目的としてそれらを買ったのか。

店を出て、事務所へと戻る帰路を辿り始めるまでヘルメスは見当が付かなかった。

 

 

事務所へと戻る道を辿っていくシリエジオとヘルメス。

大通りの端を並んで歩いているのだが、特徴的な姿をしている為か浮いている様にも見える。

通り過ぎる人がつい振り返るのだが、それを気にする様子もなく二人は喋っていた。

他愛のない会話を広げている内にヘルメスは武器屋でのシリエジオの行動について尋ねる事にした

 

「何故武器を買った?また更に増やす気か?」

 

「いいえ、そうではありませんよ」

 

「では何故?」

 

「何故って…貴女に渡す為ですが?」

 

「は…?」

 

シリエジオの返答にヘルメスは目を丸くし固まってしまう。

借りを返すために返品しに行ったというのに、今度はシリエジオに借りを作ることになった。

 

―借りは兎も角として、何の為に渡そうという考えに至った?―

 

どうしてもそれだけが分からず、彼女にしては珍しく困惑した様な表情を浮かべていた。

ヘルメスの困惑した表情を見て内情を察したシリエジオはその理由を明かした。

 

「祝いとでも言っておきましょうか。色々あって同じ場所に居る事になり、共に戦う事になったのです。これぐらいはしても良いでしょう?」

 

「では今日あの店に訪れたのはその為に?」

 

「いいえ。本来の目的は貴女も見た通りにいつものを買いに来ただけ。ただ店主が格安で売ってやるに対し貴女が反応しなかった。大方資金を溜めて買いに戻すつもりだったんでしょう?」

 

「…っ」

 

シリエジオの言っている事は当たっていた。

証拠として彼女から飛ばされる眼光にヘルメスを顔を反らしている。

それを見てやれやれと言わんばかりにため息をつくシリエジオ。

 

「ブラウ・ローゼが発足した今、装備が急務となっています。貴女の借りを作りたくない心境は分からないでもありませんが、それ一本で全ての敵と戦えるとは思っていない筈です」

 

シリエジオの言うそれ一本とは、ヘルメスという名前が与えられる前から愛用していた複合武器の事を指している。

以前は同じ武器を両手に装備していたのだが、S10地区前線基地を襲撃した際にギルヴァによって一つを破壊されている。その事をシリエジオはギルヴァから聞いている。

再会した当初こそは武器も持っていた為、何か施す事はないだろうと思っていたら今回の一件である。

 

「基地を襲撃したあの日以降、貴女が何を思い、何を胸に行動したのかは分かりません。しかしあの店主が見返りもなく武器を渡したという事は、貴女が死ぬ可能があるかも知れないと思っての事でしょう」

 

「…」

 

「全ての善意を受け入れろとは言いません。善意と言っても、その善意の中には狂気などが含まれている可能性もありますので」

 

「…」

 

返す言葉が思い付かず無言を貫くヘルメス。

それ以上言う気にはなれなかったのか、シリエジオも何かを言わなくなる。

そのまま会話が弾む事無く、事務所が見えるまでの距離まで来た時、とある話題についてヘルメスが持ち出した。

 

「店を出る前。あの店主が教えてくれた話、覚えているか」

 

「ええ。この地区ではなく、他の地区で起きた事件ですよね?」

 

「ああ」

 

それは二人が店を出る前に店主から聞かされた奇妙な話。

店主が聞いた話では、この地区とは別の地区の町で起きたとある事件をきっかけに、ある職に就く者達が誘拐されるようになったというのだ。

 

「…ガンスミスだけを狙った誘拐事件。目的が読めんな」

 

「ええ。何かあると見ていいでしょうね。特に店主が言っていた【金色の原石】が気になる所ですが」

 

「ああ。…事情は兎も角としてブラウ・ローゼの門出を祝うには十分な戦いになるか」

 

「…かも知れませんね」

 

夕陽が静かに沈んでいく中、二人は思う。

大きな戦いとは言えずとも、何やら面倒くさい戦いが舞い込んでくるだろうな、と。




今回はヘルメス(旧名 錬金術士)とシリエジオ(旧名 代理人)の二人をぶち込んだ普通の日常をお送りいたしました。
ぼのぼのとも言えずともこういうのもありかと思うのです。

これにて四章「Iron Bloody palace」は終わり。
次回からは四.五章へと入っていこうかと思います。
ぼのぼのをメインにしていきたいと思いますが、今回の話の終盤の内容通り、ドンパチもぶち込んでいきますし、配達したり、コーヒーを貰いに行ったりなどコラボも考えてりたりしています。

では次回ノシ

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