─ここからが本番だ─
もはや地下闘技場は銃声と悲鳴と断末魔で奏でる音楽祭と化していた。
ソルシエールが会場入りし姿を現したのは良いものの、遅刻する事を宣言したヘルメスが意外にも早く会場入りを果たしてしまい、警備に当たっていた傭兵達に襲い掛かった事によって今の状況が出来上がっていた。
ヘルメスが注意を引き付けている隙にソルシエールはリングに居た少女と人形を傍に抱き寄せて、ワーロックのウイングを閉じ防御形態を取る事で二人を流れ弾から守っていた。
『さぁ逃げろ!逃げろ!どのみち殺すがなぁッ!!!』
「全く…これだとどっちが敵か分かんないな」
ヘルメスの通信に対しソルシエールはやれやれと呆れた表情を浮かべる。
このままヘルメスが周囲の敵を殲滅するまでこの状態が続くのだが、彼女はそれを仕方ないと判断。
人質の救出組であり、ベルフェゴールを装備しているシャリテが上手くやれているかなと心配しながらもソルシエールの服の裾をしっかりと握り、震える少女の頭に手を乗せ優しく微笑み話しかける。
「大丈夫。僕たちがちゃんと家に帰してあげる」
「ほんと…?」
「ホントだよ。お姉ちゃんの傍から離れたら駄目だからね」
「う、うん…!」
良い子だねと少女の頭を優しく撫でるソルシエール。
その一方で彼女は先程から感じていた違和感を払拭しきれずにいた。
(思ってたよりすんなり行けたのが気になる。それに悪魔の存在も…)
容易に突撃する事が出来た事、そして未だに姿を見せない悪魔の存在。
余りにも上手く行き過ぎている事にソルシエールは不安を隠せなかった。
(シャリテ…気を付けるんだよ)
今は動く事は出来ない。
人質の救出組に加わっている同期へと彼女は言葉を投げかけるのだった。
その頃、人質が囚われている牢屋がある地点…まるで監獄を思わせる場所では激しい銃撃戦が繰り広げられていた。
敵に攻め込まれたというのもあるが、元よりこの場所の警備は厚く、傭兵の数も闘技場にいた傭兵と比にならない程。
それをたった三人で何とかしなくてはならないのは余りにも無謀と言えよう。
しかしそれを覆す事が出来る程までに敵の数を減らしていけてるのはこの三人が普通ではないのが大きい。
特にパイソンの射撃に敵が攻撃もする間もなくやられていくのが大きいだろう。
そんな彼女は壁に身を寄せ、空になった弾倉に銃弾を込めていた。
敵がまだまだ居るにも関わらず、彼女は余裕の表情を浮かべている。流石はというべきだろう。
「敵も随分と重装備になってきたか。傭兵にしては動きが良い」
壁際からそっと顔を出して、新手の敵を見るパイソン。
先程まで弾倉ベルトを体に巻き付け軽機関銃を放つ傭兵も居れば、下手をすれば世紀末からやってきたのではないかと思ってしまうぐらいの格好をした傭兵がいたのだが、新手の敵は違った。
ガスマスクにヘルメット、防弾チョッキに加え自動小銃や散弾銃を手にし、傭兵にしては訓練された兵士並みに統率が取れており動きがしっかりしている。
「…腕の立つ傭兵という事でしょうか?」
「違うな。大方社長お抱えの兵士達だろう」
薬室に全弾装填。
取り出した弾倉を元の位置へ戻した時、二人の会話を静かに聞いていたネロが呟いた。
「それだけじゃねぇ。…酷い匂いだ。あいつら人間に擬態してんのか」
「ほう?それはシーナが言っていた"悪魔"とやらか?」
「だろうな」
そう言ってネロはブリッツを装着している右腕を撫でさすった。
義手を付けている為見えないがもう一つの腕、デビルブリンガーが悪魔に反応し脈動しているのを彼女は感じ取っていた。
「さて…」
ニヤリと笑みを浮かべるネロ。
漸く出番が来た。
背に背負っていたクイーンの柄に手を伸ばし、グリップを捻る。
クイーンが炎を噴き出しながら唸り、それを合図に身を隠していた場所から飛び出しネロはモンゴリー・エレクトロニクスお抱えの軍団へと突撃。
右腕の恩恵、そして元より持つハイエンドモデルとしての性能。それらが合わさった事によって生まれるネロの機動力は他の人形を圧倒する。
人に擬態し訓練された悪魔どもが相手だろうと、一瞬にしてその距離を詰める事など造作ないのだ。
「お仕置きの時間だ!クソ悪魔ども!」
距離を詰め、クイーンを抜刀。
右から左へと刀身を薙ぎ払い、密集していた敵達に一撃を見舞い吹き飛ばした時、上手く行けたのか推進剤噴射機構が全段階解放。
それに気付いたネロは小さく笑みを浮かべ駆け出した。
クイーンを振りかぶりながら持ち手の付近のレバーを引く。すると噴射口から凄まじい勢い良いで炎が噴き出し、それを推進力にして吹き飛ばした悪魔達と攻撃を仕掛けようとしている悪魔達へと突撃。
強烈な横薙ぎを放ちそこからさらに体を回転させて更なる斬撃を繰り出して敵を斬撃と炎の渦の中に巻き込む。
そこから全力でクイーンを左へ振りぬき止めの一撃を放ち、重装備である筈の悪魔達を両断。
絶命した悪魔達の亡骸転がっていく。
燃焼された推進剤の火の粉が薄っすらとネロの周りを漂うが彼女はそれを気にする様子もなく、次の標的を襲い掛かる。
すると敵はネロからシャリテとパイソンへと狙いを変えた。ネロよりも二人の方が脅威ではないと判断したのだろう。
狙いが自分達に向いた事に気付いた二人は手にしている銃で応戦。的確な射撃で一人一人仕留めていくも、数は中々減らない。
このままでは不味い。両手に持った大型ハンドガンを連射しながらもシャリテはそう思った。
「やはり使うしかないですよね…」
肩に装備したそれらを一目見ると両手に持っていたハンドガンをホルスターへと納め、小さく息を吐くとシャリテはベルフェゴールを起動させた。
本来であれば彼女はこれを起動させるつもりなどなかった。何故ならばこのベルフェゴールはシャリテ専用の装備ではないのだ。
ベルフェゴールはあの墓場から回収された装備の一つであり、あの中で眠っていた誰かの装備。実の所もワーロックもそうだったりする。
ただまともに動くのがこの二つだった為、シャリテはベルフェゴールを装備していた。
ただ誰かの専用装備であったこれを自分が使う事にシャリテは負い目を感じている。
誰かの装備。自分の物でもないが故に使いにくい。だが今この状況下ではそんな事を言っている場合ではない。だがそれでも…
─今だけは使う事を許して欲しい─
変形していくマントの音を耳にしながらもその想いを胸に伏せていた目を開けるシャリテ。
琥珀色だった瞳は赤く輝きを放ち、その両腕には鋭利な爪を備えた巨大なガントレット。
これこそがベルフェゴールに備わっていた機能の内の一つ。敵が確実に破壊する為だけにある接近戦形態。
「行きます…!」
掛け声と共にシャリテは敵へと突進。
巨大な爪でショットガンを持った兵士をすれ違いざまに切り裂くと流れる様に体を大きく回転させてもう一人を頭から右腕の手で叩き潰し、傍にいた敵を手刀でその首を刎ね飛ばす。
一気に三体の悪魔を仕留めるとシャリテはそのままネロを相対していた敵の集団へと襲い掛かり、ネロの加勢に入る。
「やれやれ…見た目とは違い、派手にやる」
暴れるシャリテの姿を見て吞気な事を言いながらパイソンは迫りくる敵達を難なく仕留めていた。
彼女の周りには無数の死体が転がっており、それらを全て一人で片付けたのは流石としか言えない。
「そろそろ上も騒がしくなっている頃か」
突入して時間は経っている。
恐らくカジノ方でも戦闘を起きているだろうと思いながら、パイソンは初めてシーナと出会った時の事を思い出す。
その時に起きたやり取りを思い出したのか、彼女は小さな笑みを浮かべた。
「あいつの指示がどんなものか確かめなくてはな。さっさとここを終わらすとしよう」
ネロとシャリテが暴れているおかげで敵の数は減りつつある。
敵を殲滅し人質を救出するまでそう時間は掛からない。
だが油断はできない。薬莢を捨て、素早く弾を込めると弾倉を元へ戻し迫りくる敵達へ狙いを定める。
「つまらないものだが、受け取れ」
そのセリフと共に彼女は手にしているリボルバーの引き金を引いた。
確かにつまらないものかも知れない。だが悪魔どもくれてやる冥土の土産には丁度良いのかも知れない。
地下で戦闘が繰り広げられている一方でカジノ制圧組に既に戦闘を繰り広げていた。
飛び交う銃弾、響き合う銃声、悲鳴、爆発音、破砕音。
一攫千金を夢見る、己が持つ運の駆け引きを行うカジノの賑やかな姿は欠片もなく、雑音だらけの戦場へと変貌していた。
「ったく、用意周到ね!スロットマシンにも武器を仕込んでるだなんて!!」
破壊したスロットマシンを防壁にし身を隠しながらFALが叫ぶ。
何か仕込まれている事に関しては作戦会議で聞いていたもののまさか機関銃を内蔵しているは誰が思うか。
何十台にも上るスロットマシンから機関銃が飛び出し、撃ってくる。
余りにも厚すぎる弾幕に顔を出す訳には行かず、破壊の為にグレネードを放とうにもそれも出来ず、おまけに雇われていた傭兵達も攻撃を仕掛けてくる為、上手く反撃出来ず部隊は苦戦を強いられていた。
「金持ちの遊び場にしては物騒極まりないわね!でもブラウ・ローゼや本社側の二人の方が大変か!」
違法人形売買組織壊滅以降、S10地区前線基地所属となったfive-sevenがそう言うと周りにいた人形達は確かにと肯定の声を上げた。
悪魔居ない分マシと言うもの。弾幕を恐れず突っ込んでくる悪魔が居たら最悪と言えるだろう。
だからといって誰もこの状況を楽観視している訳ではない。
何とかしてスロットマシンだけでも破壊さえしてくれれば戦況は大きく変わるだろう。
「どうしたものか。416の大砲でも全部は無理か」
「榴弾を放つ代わりに蜂の巣になってこいと言うの?45。代わりにあんたが飛び込んできたら?」
冗談よと416に言いながらもブラウ・ローゼのシリエジオかネージュを連れてこれば良かったかなと思いながら頭を悩ませる45。
その時、全員の通信に屋上にたどり着いていたある者の声が響く。
『なら私が何とかする。流れ弾に気を付けてくれ』
刹那、カジノの天窓が割れる音が周囲に響いた。
そこから落下してくるのは右半分しかないピエロのフェイスマスクを付け、圧倒的な火力を誇る白銀の装備【パトローネ】を纏うネージュ。
降下しながらアクロバティックな回転を決めつつ、彼女はコンテナと脚部のポットのハッチを全て展開。
無数の発射口から覗かせるミサイル。傭兵達が啞然とする中、ネージュは小さく呟く。
「大喝采を聞かせてやる」
全ての発射口、及び脚部のポットから無数のミサイルが一斉に放たれた。
ミサイルのシャワーがカジノに降り注ぐ。機関銃を撃ち続けるスロットマシンの群れが木端微塵に吹き飛び、傭兵達は飛んでくるミサイルに巻き込まれる。
連鎖する爆発。何もかもが吹き飛んで行き、戦況は一気に変わり部隊の面々は防壁から姿を出し攻撃開始、
そして落下してきたネージュは軽やかに着地。両手に持ったジェラシーを構えヘイトリッドを展開し、残存勢力に対し銃弾の嵐を御見舞いする。
するとその隣に鴉刃を手にしたルージュが並び立つ。
「助かりました」
「ああ。それよりも気付いているか?」
「はい。本店にしては随分と呆気ない。それに悪魔の気配もありますから…」
「どうやらここからが本番か」
「恐らくは。…前に出ます。援護お願いします」
鴉刃を構え、敵陣の中央へと飛び込んでいくルージュ。
人形達の銃撃に加えて接近戦を仕掛けてくる彼女に傭兵達を慌てふためき、それが隙となって仕留められる。
戦況は自分達が有利だと言うのに、拭えない違和感。
その違和感は間違っていなかったのか、何処から溢れて来たのか黒い泥だまりと血だまりの様なものから何かが姿を現す。
まるでマネキンの様は外観、しかし動きは不気味で片手が釘バットの様な物と一体化していた。
もう一体は爬虫類の様な外見だがまるで刃の様な背びれが特徴的だった。
レッサースティジアン、そしてケイオス。どちらも魔界に存在する悪魔だ。
そしてオマケと言うべきなのか、鹵獲されたマンティコア数機とイージス数機が隠し扉から姿を現す。
現れた無数の悪魔どもと増援を見て誰も驚きはしなかった。悪魔が出てくる事もオマケが出てくる事も想定していた。
ただ気を抜いてはいけない。自身にそう言い聞かせながらネージュは宣言する。
「全ての弾を使い切る」
ならば遠慮など要らない。
元よりこのカジノは更地にする予定なのだ。ならば出し惜しみする必要などない。
パトローネが持ち得る全ての兵装を使ってネージュは敵へ攻撃を仕掛ける。
パーティーはまだ始まったばかり。これからが本番なのだ。
そしてこの男達も遅れながらもパーティー会場に到達していた。
高くそびえ立つビル。夜間なのか社員は居ない。居るのは社長であるグレイス・モンゴリーだけ。
エントランスホールから何故か薄っすらと漂ってくる冷気。
そこに魔力が込められている事とビル全体から強力な悪魔の気配が幾つもある事にビル前の広場でビルを見上げていたブレイクとギルヴァは気付いていた。
するとギルヴァがブレイクに対しある事を伝えた。
「先に行け。俺が出る程ではなかろう」
「楽しようとすんなよ?剣が泣くぜ?」
肩を竦め、笑みを湛えるブレイクにギルヴァは軽くため息をついた。
「…グローザから話を聞いた。今回の一件はお前が大きく関わっているとな」
「…だったかな」
そんな事を言いながらもブレイク自身分かっていた。
今回の一件は自分の手で終わらせなくてはならない。
元より彼はギルヴァと共に同行しよう気はなかった。それをさも気付いていたというギルヴァの台詞に彼は苦笑いを浮かべる。
「たまには見せ場をくれてやる。さっさと終わらせて来い」
そう言ってギルヴァは踵を返し、近くのベンチに腰掛けるとコートの懐から本を取り出し読書に没頭した。
ギルヴァもブレイクと共にグレイス・モンゴリーを討つ気など最初からなかった。
その悪魔はブレイクが仕留めなくてはならない。そこに理由があるから、そしてそこに自身が介入する余地などない事も気付いていた。
「やれやれ…。ま、気付かれてんなら仕方ねぇか。勝手に帰るなよ?一人は寂しいからな」
「冗談を言っている暇があるならとっとと行け」
今から戦いに行くと言うのにこんな雰囲気で良いのかと言いたくなるが、大体この二人はこんな感じなので仕方ない。
はいはい、と返答してからブレイクは建物の内部へと歩み始めた。
建物の内部から漂ってくる冷気。建物に近づくにつれて、小さな氷山だったり氷の柱だったり、何処か見覚えのある物がそこらかしこに存在していた。
しかしブレイクは全く気にする事もなく、内部へと入っていった。
建物のエントランスホールでは辺り一面に氷が広がっており、上へと繋がる道に氷漬けされた何かが鎮座していた。
臆する事もなく、氷漬けにされた何かへ向かって行くブレイク。すると彼は近づいた事に目覚めたのかそれを覆っていた氷が音を立てて崩れた。
人よりも遥かに大きい体、犬の様な外見、そして何よりもその悪魔には頭が三つもあった。
首輪の鎖を揺らしながら歩み寄ると威嚇する様な咆哮を上げてから悪魔はブレイクを睨んだ。
「立ち去るが良い!人間!ここよりは先は我が主の領域ぞ!!」
普通の人間ならここで臆して言う通りにしているだろう。
だがこの男にそんな気はない。
笑みを湛えたままブレイクはお決まりの挨拶をする。
「こりゃ凄い。おしゃべりするワンちゃんか」
それが大型魔獣であろうとこの男には関係ない。
命知らずも良い所である。
「にしちゃ随分と興奮してんな。もしかしてお散歩か?それともリードを伸ばして欲しいのか?」
弱小とされる人間に小馬鹿したような事を言われたらたまったものではない。
それは怒りを露わにし、声を荒げた。
「貴様…!この人間風情が!!!」
口から勢いよく吐き出される冷気。
それを容易く躱すブレイクだが、先程入ってきた入り口が氷漬けにされてしまい出られなくなってしまう。
だが気にする様子もなく、彼はさらに煽り始める。
「落ち着けよワンちゃん。ほら、お散歩の時間だぞ。どうした?来いよ」
手を叩き、手招きする様な仕草。
こんな事されれば悪魔どころか誰だって憤慨する事間違いなしだろう。
もうこの人間を殺す事に決めたその悪魔は…ケルベロスは最後の忠告をした。
「後悔しても知らんぞ、小僧!」
「後悔しないね。そんじゃ始めようぜ?ワンちゃん」
背に背負っていたリベリオンの柄に手を伸ばし、引き抜くブレイク。
ケルベロスが雄叫びを上げると彼は地面を蹴り、ケルベロスへと駆け出した。
その様を監視カメラを使って見つめる者が一人。
最上階に存在する社長室で、その者…グレイス・モンゴリーは画面越しのブレイクを見つめていた。
しかしその表情は余裕でもなければ、恐怖でもない。
「ああ…やっときてくれた…!」
言うなれば恍惚の表情と言うべきか。
「会いに来てくれた…!私を愛されに来たのね…!あはっ…!あははははははっ!!」
もはや普通ではない。
高らかな笑い声は社長室に響き渡る。
グレイス・モンゴリーとブレイク。この二人にどのような関係があるのか。
それはブレイクがこの社長室に辿り着かない限り分からない事であった。
「それと余計な者は帰ってもらわないとね…ふふふっ…」
そう言って彼女はもう一つの画面を見た。
そこに映るのは読書に没頭しているギルヴァ。
「貴方の出番よ…せいぜい楽しんできなさい」
誰に向かって言っているのか、それはこの女にしか分からない。
ただ閉じていた扉がいつの間にか開いたままになっており、誰かが出ていったことは明白であった。
地下、カジノ、そして本社側も突入。
本社制圧がブレイクが担当。
さて…ワンちゃんとお散歩すっぞ!リード、しっかり握るぞ!
ん?ギルヴァはどうすんのかって?
まぁ見てなさいって。