ブレイクが
少しばかり五月蠅い音を耳にしながらも読書に没頭する彼に蒼が話しかける。
―良いのか?シーナちゃんが立てた作戦だぞ?何もしなかったって聞いたらあの娘泣くかも知れんぞ?
「その程度で泣く奴ではあるまい。それにお前も分かっているだろう」
―そりゃ分かってるけどさ。でもここはいっちょ協力してやるもんじゃないか?
「気乗りがせん。それに今回の事態は奴が大きく関わっている。後始末はあいつの仕事だ」
蒼の言う事を聞くつもりは全く無いのか、ギルヴァは静かに本のページを捲ろうとした。
「…」
その時何かに気付いたのか、捲る手を止め読んでいた本を閉じた。それをコートの懐へ忍ばせると無銘を手に取りベンチから立ち上がり後ろへと振り返った。
暗闇が広がる奥から歩み寄ってくる女が一人。
黒みを帯びた赤い髪、赤い瞳、黒いドレス、すれ違えば誰しもが振り返ってしまう様な美貌、その美貌とは不釣り合いとも言っていい程の長大な対戦車ライフルを抱えていた。
既存の物を自分用に改造したのか、或いは飼い主に与えられたか。どちらにせよそれを知る者は本人だけ。
一見武装した美女と見えるが、ギルヴァは既に気付いている。
この女は悪魔だと。
それを分かっておきながら、彼は無銘の柄に手を掛けようとはしない。ただ鍔に軽く左手の親指を当てつつ何時でも鯉口を切れる状態を維持していた。
お互いの距離がベンチ一つ分となった時、女は足を止めた。
訪れる沈黙。薄っすらと冷たい風が吹き、遠くからは戦闘の音が響く。何が起きても可笑しくない雰囲気。
「殺さないのかしら。今ならやれるでしょ?」
この状況に耐えかねたのか女はライフルの銃口を下ろし、口を開いた。
その声にはどことなく覇気がない。まるで最初から戦う気がないと言っている様だ。
ギルヴァもそれを感じ取っていたからこそ、刃を振りかざそうとはしなかったのだ。
「死にたくば自らその命を絶てばいいだろう。それとも人の手を煩わせんと死ねんか」
「そうしたいのは山々なんだけど…どうも私をお人形として戦わせたい趣味の悪い子のせいで死ねないの」
「それは─」
鯉口を切る。鍔と鞘の間からさらけ出される刀身が一瞬だけ煌く。
柄を握り、抜刀。振り向きざまに後方から迫ってきた何かの首を刎ねた。
「─この小娘の事か?」
ギルヴァを背後から襲ったのはライフルを持った女よりも幼い少女であった。
血の様な赤色の髪、赤い瞳を有しており、まるで彼女の幼少期の姿ではないかと思わせる。
宙を浮かぶ首のない死体。余程自信があったのだろうか。自身が死んだ事に気付く事もなくその表情には笑みが浮かんでいた。
まるでボールの様に頭は地面を軽く跳ね、女の足元にぶつかって漸く止まった。
笑みを浮かべたまま冷たくなったその頭に向ける女の視線は冷たい。その目には軽蔑と嫌悪と殺意がごった煮になった様な物が宿っていた。
女の様子にギルヴァが疑問を覚える。
姿、髪の色こそ違えど、女と首を刎ね飛ばした少女の魔の気配は同じであった。まるで血の繋がりがあると言わんばかりに。
「…おかしいかしら。同じ気配を持っているというのに、死んだこいつを何とも思っていない事に」
「…悪魔同士の揉め事に興味はない」
「悪魔同士、ね。あの女の代わりの器でしかない私達は悪魔どころか人形にも劣る存在よ。人形の様に代えが利く。だからあいつが死ねば、造られた私達の一人が奴に意識を乗っ取られ、そして新しいグレイス・モンゴリーが誕生する。姿がバラバラなのはグレイス・モンゴリーだという事を悟られない為。何度でも続けるのよ、あいつは。相手が自分を何度でも殺してくれる事を喜びとして、ね」
相手が誰なのかは知らないけどと呟きながら諦めたかのようなため息をつく女。
そして足元にある頭に冷たい目を向けながら対戦車ライフルの銃口を突き付け引き金を引いた。
鳴り響く銃声。転げ落ちる薬莢、彼女の足元に付着する血痕、飛び散る肉片。
その光景を見てもギルヴァは何も言わない。ただ静かに刀身を鞘へと納めていた。
鍔と鯉口がかち合う音が静かに音を立てる。それを合図に女は静かに語り出した。
「あいつの代わりにはなりたくない。それに何故か人間の事が好きになっちゃったの。だから迷惑を掛けたくない。それに私が死ねば奴が第二の人生を歩む事なんて出来なくなるから」
「その言い方だと他の奴らは既に死んでいる様だな」
「ええ。私がこの手で始末した。予備が減った事を気付かれない様にするのが骨が折れたけど。…そして最後のこいつは貴方が斬った。残るは私一人」
女は手にしていたライフルを静かにベンチに立て掛け、ギルヴァの前に立った。
恐怖におびえる様子はない。ただこの結末を受け入れる。
人間を愛する様になった切っ掛けは分からない。しかし己の内に宿った【何か】に従った自身が決して間違ってなどいなかった。そう思って逝けるのであれば、それでいい。既に女は覚悟を決めていた。
「だから私を殺して。イカレ狂ったダンスを踊るのはもう飽きてきたの」
「…良いだろう」
そのまま刀を抜刀するかと思えば、何故かギルヴァは女の横を通り過ぎて行った。
だが女は分かっていた。
もう終わっていると。
その証拠にギルヴァの右手には鞘から抜き放たれた無銘が握られていた。
刀を払い鯉口に当ててから、静かにゆっくりと刀身を鞘へと納めていく。
鍔と鯉口の間隔が残り僅かとなった時、彼と蒼は小さく呟いた。
「安らかに眠れ」
―今度は…自分の人生を歩みな
その時ギルヴァの後ろで何か崩れる音がし、何が粒子となって散っていった。
だが彼は振り向こうとはしなかった。彼女が残した対戦車ライフルを手に取ると静かにその場から歩き去っていく。
静けさが漂うその場所に残ったのは血だまりと彼女が身に纏っていた黒いドレスだけだった。
外で何かが起きているとは知る訳もなく、ブレイクはケルベロスと激闘を繰り広げていた。
口だから吐き出される冷気、降り注ぐ氷の槍、まるで犬のお手の様に手を地面に叩きつければ隆起した無数の氷山が、少し距離を取ればその巨大な体を活かした突進や前足の爪で攻撃してくるなど番犬だけあってケルベロスは強力な魔物と言えた。
だがらといってブレイクが戦意喪失する訳もなく、彼は自身の持ち得る技、武器を全てを使ってケルベロスに対抗していた。
灰色だった体はまるで怒りを表しているかの様に赤くなっており、攻撃も熾烈になったケルベロスの突進攻撃を軽々と躱すとブレイクは吞気な事を言いだし始める。
「ワンちゃんにしてはパワフルだな!普通のリードじゃちぎれて散歩どころじゃなくなりそうだ!」
そんな事を言いながらホルスターからアレグロとフォルテを素早く引き抜き連射。
マシンガンの如く放たれる弾丸はケルベロスが纏う氷の鎧を砕いていき、三つの内の一つの鎧が剥がされるのを見つけるとそこへ目掛けてリベリオンを振りかぶり、連続して攻撃を繰り出す。
足よりも頭を攻撃すればより大きなダメージを与えられる。現にケルベロスの三つの頭の内、一つは無くなっていた。
だが延々と攻撃を喰らうだけの番犬ではない事は戦う前から分かっている事。リベリオンで更なる攻撃を繰り出そうとした時、噛みつこうとする攻撃に反応し彼は宙で特徴的な構えを取ってから魔力の障壁で攻撃を防御し素早くグラインドトリックで地上へと瞬間移動。
「あらよっと!」
拍子抜けする様な声と共に空中でヴァーン・ズィニヒに跨り突撃。
重量の車体による突進がケルベロスの顔面を歪ませ、怯ませる。それをチャンスとみたブレイクはバイク形態にしたままのヴァーン・ズィニヒで斬り刻み、そして車体と共に体も回転させ、勢い良くバイクを投げ飛ばし更なるダメージを負わせ地面に着地。着地した瞬間を狙っていたかの様に定位置に戻ったケルベロスは前脚を叩きつけて隆起した氷山の群を生み出した。
迫りくる氷山を容易く躱すとブレイクは地面を蹴り突進。ケルベロスの顎へ目掛けてリベリオンを大きく振り上げ強力な一撃を与えてから流れる様に刀身を振り下ろし残った頭を斬り落として地面に着地。
「そろそろお散歩も飽きてきたな。後で骨くれてやるから我慢しな!」
そこからリベリオンを突き立てて、突進技であるスティンガーによる渾身の一撃を叩きこみ巨体であるケルベロスを後方へと吹き飛ばした。
あれほど派手に動き回っていたというのにブレイクの呼吸は乱れておらず、まだまだ余裕があるのか笑みを湛えたままだ。それに対してケルベロスの呼吸は少しばかり乱れていた。
戦いを経て、自身を退けられる力を持った彼にケルベロスは問いかける。
「貴様…ただの人間ではないな?」
「さぁ?当ててみなよ」
腕を広げてとぼけるブレイク。
しかしケルベロスは当てようとはせず、ジッと彼を見つめると静かに口を開いた。
「我とてあの女の物で居たいとは思っておらん」
「それで?」
「…いずれにせよ貴様は我に力を示した。ならば我が魂を手に、我が牙の加護と共に先へ進むが良い!」
空へ向かって大きく咆哮を上げ、自らを光へ変えるケルベロス。
その場に巨体は消え去り、残ったのは輝く何か。
それはブレイクの方へ近づいて行き、彼がそれに手を触れた時、光は形を変え姿を現した。
手に握られているのは冷気を帯びた三叉の鎖。それを見てニヤリと笑みを浮かべたブレイクはその場で勢い良くそれをヌンチャクの様に振り回した。
新しいおもちゃを手に入れた子供の様にはしゃぎながら華麗に、そして流れる様に技を繰り出していく。
そして薙ぎ払いから勢いよく回転して、最後は決めポーズを決めてから感想を口にする。
「イカすぜ」
どうやらお気に召した様子であった。
ブレイクが新しいおもちゃ…ケルベロスを手に入れ、はしゃいでいた頃、カジノでは凄まじいまでの銃声が鳴り響いた。
また会場制圧し、人質の救出し終えたヨルムンガンドで駆けつけてきたジンバックとシリエジオ、パイソンの三人が応援に駆け付けた事に最早戦争一歩手前という状況が発生していた。
「もう無茶苦茶ね…。下手すれば第四次世界大戦の予行演習よ、こんなの」
「ブラウ・ローゼの連中と指揮官の教官が混じった途端これだからなぁ…」
破壊したマンティコアを盾代わりにして、悪魔どもに銃撃を仕掛けるAR15の台詞に対してM16は引き攣った笑みを浮かべた。
的確な射撃で悪魔を圧倒するパイソン、圧倒的な火力を保有するネージュがアクロバットな動きを披露しながら銃弾とミサイルをばらまき、鴉刃、漆、朱といった三振りの刀を巧みに操るルージュとニーゼル・レーゲンの待機形態で接近戦仕掛けるシリエジオによって悪魔どもの亡骸があちらこちらへと飛んで行く。
ヨルムンガンドの操縦士だったジンバックは愛用していた複合武器に更なる改造が施されたそれを用いて弾幕を形成していた。
これでこの状況なのだから、他のメンバーが合流したらもっと凄まじい事になるだろう。
そしてそれは地下からカジノへと繋がる階段から上がってきた者の手によって現実のものとなった。
「ご馳走はまだ残っているか…」
笑みを浮かべ、両手に持った武器で悪魔達を背後から襲うは地下制圧組の一人、ヘルメスだった。
ケイオスの頭をショットガンで吹き飛ばし、後方から襲ってきたレッサースティジアンの攻撃を躱し、わざと足を引っかけて転倒させる。
すぐさま起き上がろうとするレッサースティジアンだがそれをさせまいとヘルメスはその悪魔の腹部を思い切り踏みつけて阻止。近接武器しか持っていないので抵抗する事も出来ず、もがくレッサースティジアンの顔面に散弾を叩きつけて止めを刺し動かなくなった亡骸を蹴り飛ばす。
「楽しまないと意味がないな!だろう?ソルシエール?!」
「だねぇ!」
ヘルメスの声に答える様にネージュが割った天窓から死神がその翼を広げて手にした大鎌を振りかぶりながら降下してくる。
丁度その真下にいたケイオスの体を真っ二つに切り裂き、後方へと振り向きながら大鎌を一閃。複数のレッサースティジアンの首が刎ね飛ぶ。
ソルシエールに続きシャリテも天窓からカジノ内部へ降下し彼女の背後に降り立つ。
「悪魔の皆、気を付けろぉ!!おっかないのがいっぱい来てるからねぇ!」
「私はおっかなくないですよ!?」
ツッコミが飛んできた中ソルシエールは大鎌を構えて悪魔達へ突撃しシャリテはイージス達へ突撃。
悪魔の亡骸、破壊された機械兵の残骸の数は増える一方でカジノの正面入り口からのんびりと歩きながらネロが姿を現し、ブラウ・ローゼのメンバーが暴れる様子を見て足を止めた。
「あーあ…こりゃ俺の出番ねぇか」
まるで独り言の様に呟くと、珍しい事に近場に居たAUGが答えた。
「そうとも限りませんわ」
「そりゃどういう意味だ?」
新たな弾倉を差し込み、AUGはとある方向を指さした。
彼女が指差す方向を見つめるネロ。
そこには隠し扉から現れる悪魔達。それも今相対している悪魔とは一線を画す存在。
イージスの様に盾を構え、その手には湾曲した片手剣が握られておりその数、ざっと二十は上るだろう。
「…成程な」
確かにネロの出番が無いというAUGの意見は間違っていなかった。
地下での戦いで使用していたブリッツは破損しており使い物にならない。壊れた義手を外し、専用のホルダーに納めた時、彼女の右腕にデビルブリンガーが姿を現す。
背負っていたクイーンに手にかけ、切っ先を地面に宛がうとネロは笑みを浮かべ、グリップを捻る。
クイーンが唸りを上げ、排気口から微量の炎を吐き出す。
「こりゃあ楽しまないと損するな!」
地面を蹴り銃弾の嵐の中へと飛び込むネロ。
ブラウ・ローゼのメンバーが揃った事による起きた偶然か。
AR15が口にした【第四次世界大戦の予行演習】が勃発。カジノは一気に激戦区と化した。
デビルメイクライの魔具の中でケルベロスは作者の中で上位に入る程好きな魔具です。
さてこのパーティーも終わらせないとな…。
次回、その次に幕を下ろすとしましょうか。
では次回